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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
55/65

54.輝ける場所

5/16 14:00 金山県灯島市 虚山の麓


 飛鳥の運転する車に乗り、和久、泰平、玲子、マリは、虚山に通じる人気ひとけの少ない住宅街まで来ていた。

「車で行けるのはここまでなの。ここからは歩きで屋敷を目指しましょう」

 飛鳥は車を停めて言う。その言葉を聞き、各自自分の銃の手入れをしていつでも出発できるようにした。

「最終確認。俺と飛鳥が正面から進み、糸瑞の注意を引く。残りで人質を救出する。斉藤と大島の話では人質は屋敷の地下に幽閉されているらしい。そして地下に行くためには裏から侵入する必要があるそうだ」

 和久が得られた情報と作戦を確認する。

「泰平、それと警官2人、大丈夫そうか?」

「私らは大丈夫。むしろ、リーダー格のあんたが死なないか心配ね」

 和久の言葉に玲子が返す。すぐさま足にナイフを仕込みながら飛鳥が答えた。

「心配ご無用、私がいるんでね」

「余計不安かも」

「なぁんですとぉ?」

 飛鳥と玲子が軽口を叩き合う。そうしているうちに、全員準備が完了し、泰平がワゴン車の扉を開けた。

「冗談もここまでらしい。行くぞ、皆」

 和久が言うと、5人は一斉に車を降りる。そして、目の前の入り組んだ構造の住宅街を二手に分かれて歩き始めた。



 泰平、マリ、玲子の3人は虚山の裏に回り込むために遠回りをしていた。

 それなりに早く歩いてはいたものの、それでも時間はかかる。緊張感の漂う中で、それを和らげようとマリが話し始めた。

「このあたりってどうして人が少ないんだろうね」

「歴史的に元々浮浪者が多く、治安が悪いからだろう。あるいは魅神たちが邪魔者を消したか」

 泰平が淡々と考えを述べる。それを聞いた玲子は暗い表情をしていた。

「…違うって言いきれないのが怖いところね…彼は昔から自分に従わないものは悪って言い張ってしまうところがあったから…」

「人間は変わらない、か。こんな形で見せつけられるとは」

 玲子の言葉に、泰平も呟く。マリは自分の予想と反対に暗い空気になってしまったことに、少し俯いた。

 そんなマリが顔を上げると、電線にやたらとカラスが多いのが目についた。彼らはなぜかよく鳴いており、マリとカラスの目が合うと、カラスたちは一斉に飛び去っていった。

「…カラスって、なんか不吉」

「しかし基本的に人間を襲うことはしない。マリの考えは杞憂だ」

 マリの呟きに対しても、泰平は冷静に言葉を発する。マリもそれを否定せず、3人は前に歩いていた。

 そんな中、ふと玲子が足を止める。それにつられて、泰平とマリも足を止めた。

「どうしたの、玲子?」

 マリが尋ねると、玲子は険しい表情で周囲を見渡した。

「…なんか殺気を感じる…すごい鋭いの…」

「待ち伏せか。何人だ」

「人じゃない気がする…獣みたいな…」

 玲子は周囲を警戒しながら自分の考えを述べていく。そして玲子は拳銃(M500)を抜きながら2人に声をかけた。

「2人は先に行ってて。後で合流するから」

「玲子、本当に大丈夫?私も…」

「大丈夫。本命は人質の救出でしょ?何事もなかったらさっさと合流するから、さ、行って!」

 玲子に言われると、泰平は早々に頷き、足早にその場を去っていく。マリも、玲子の姿に不安を覚えながら泰平の後を追って歩き始めた。


 その場に1人になった玲子は、空を見上げる。カラスたちが輪を描くようにして玲子の上を飛んでいた。

「…私さ、船広の事件の時、犬に襲われて誘拐されたの。それ以来、獣の気配には敏感なんだ」

 玲子は空を見上げながら自分を見張っている誰かに話しかける。玲子には、その正体がわかっていた。

「桃、出てきて。いるのはわかってるの」

 玲子は毅然とした声で言い切る。

 玲子の上を飛んでいたカラスたちが、一斉にひとつの方向へ飛んでいく。玲子が目でそれを追っていくと、カラスたちはゆっくりと歩いてきた桃の周りに着地した。

「ふふ、久しぶり、玲子」

 鋭い目つきに妖しげな微笑み。中西桃は玲子の前でカラスの1匹の首を撫でていた。

「桃…」

 玲子は桃に拳銃を向ける。桃から放たれている殺意は、尋常ではなかった。

「あなた、心音やトッシーに協力しているの?」

「そうね」

「どうして」

 玲子の問いに、桃はカラスを下ろしながら話し始めた。

「自分らしく生きるため、かしら」

「なんですって?」

「玲子もわかるでしょ?戦場に立った時の高揚感、敵を打ち倒し、生き残った瞬間の解放感…私はね、故郷が燃えたあの日から、戦い以外のものに興味がなくなっちゃったの」

 桃は至って平然と、世間話でもするかのように言葉を発していく。玲子は桃が正気であることが逆に恐ろしくなってきた。

「普通の世間なんかに、何の価値も感じなくなった。私は抜け殻だった。そんな私でも、戦場では輝ける…トッシーは私が生きる場所を作ってくれるって言った…だから私は彼についていく」

「やめて桃…!トッシーは何人も殺してる、あなたまでその道に行く必要はない!」

「手遅れだよ、玲子。私は、戦場でしか生きられないの。どうしてもと言うのなら…戦って。戦って、私を止めてみせて」

 桃の殺気が増し、目つきが鋭くなる。

(やるしかない…!)

 玲子はそう覚悟を決めると、引き金に指をかけ、そのまま引こうとする。

 そんな玲子に、桃の肩に乗っていたカラスが襲いかかってくる。それに続くように、他のカラスたちも玲子への攻撃を始めた。

「っ…!」

 玲子はカラスたちを追い払うために銃を下ろし、拳をやたらめったらに振り回す。しかし、カラスは的確に玲子の体をつついていた。

「動物は私の友達…彼らは私と同じ本能を持ってる…だから私の言うことを聞いてくれるの」

 カラスに襲われる玲子の姿を見て、桃は呟く。そんなのを聞いている余裕もない玲子は、何とか立ち上がってカラスから逃げるように走り始めた。

(どこか屋内に逃げ込まないと…!このままじゃ穴だらけになる…!)

 玲子はそう思いながら周囲を見回す。

 目についたのは一見普通の民家の入り口だった。

 玲子はその扉に向けて肩から突っ込んでいく。荒れ果てた様子の民家の中に敵らしきものがいないのを確認すると、扉を閉めた。カラスは何匹か減ったが、まだ数匹玲子の周りに飛び交い、玲子を攻撃していた。

 玲子は目の前の廊下を駆け抜け居間に転がり込む。そこにあった机の上にあった百均のライターを拾い上げると、玲子はその火をつけながらライターを振り回した。

 火に怯えたカラスたちは玲子の周りを離れる。

 カラスたちは窓ガラスを突き破って屋内から逃げていった。

「…くっ」

 玲子は傷だらけになった自分の体を見てため息を吐く。同時に、壁に古くなった血の跡があることに気がついた。

 玲子は嫌な予感がして背後に振り向く。冷蔵庫が荒らされ、その両脇に老夫婦の死体が転がっていた。

「なっ…!?」

 匂いからしてもかなり時間が経っている。玲子は死体に近づくと、死体の外傷を確認した。

(銃やナイフの傷じゃない…これは…食われてる…?)

 玲子は自分の理解を越えた現象に息を呑む。

 そんな玲子の思考を妨害するように、閉じたはずの扉から激しい物音が聞こえてくる。嫌な予感がした玲子は拳銃を握りしめて居間から廊下に出て玄関を確認した。

 玄関の扉が吹き飛ばされる。

 その向こうから見えた敵の正体に、玲子は戦慄した。


「熊…!」 


 玲子の目の前で扉を破ったのは、体長2m以上はある熊だった。その背後には桃も立っていた。

「この子は人の味を知ってる…次は玲子の味を教えようかしら」

 桃はそう言って不気味に笑う。熊はそれを知ってか知らずか、真っ直ぐに玲子を目掛けて四足で走り始めた。

 玲子は握りしめていた拳銃を咄嗟に構えて引き金を引く。だが、熊の足は速く、玲子の銃撃は当たらなかった。

「っ!」

 熊が突進してくる。玲子は咄嗟に横に転がって突進を回避するが、熊はそれを見て体を玲子の方へと向き直した。

 横になっていた玲子が立ち上がるより、熊が玲子に覆いかぶさる方が早かった。

「!!」

 玲子は引き金を引こうとするが、熊は構わず玲子に抱きつき、爪を玲子の背中に突き立てた。

「がぁっ…!!」

 熊は口を開ける。そのまま人間では考えられない腕力で玲子の背骨をへし折り、玲子の首から食らいつこうという算段だった。

「…やめ…ろ…っ!」

 玲子はなんとか右手に握っていた拳銃の引き金を引く。拳銃から放たれた強力な銃弾は、熊の腹を貫いた。

 熊も思わずその威力に怯み、玲子を離して距離を取る。玲子は熊に拳銃を向けた。

 熊が前脚を振り上げながら玲子に覆いかぶさろうとしてくる。

 しかし、玲子は冷静に熊の頭に銃撃をふたつ浴びせる。熊は銃撃をくらいながらも抵抗したが、最後にはその場に力尽きた。

「はぁ…ありがとね、頭上がらないよ…」

 玲子は辛うじて命拾いし、拳銃に礼を言う。同時に、熊の爪を突き立てられた背中が痛み、玲子はその場に膝をついた。


「私のヒグマを倒すなんて、さすが玲子ね」

 息も絶え絶えの玲子に、桃の声が聞こえてくる。玲子が顔を上げると、桃が悠然と歩いてきて玲子の前に立ち、玲子を見下ろした。

「桃…もうやめて…今ならまだやり直せる、だから…!」

「言ったでしょ、玲子。手遅れなの。私はあなたみたいに普通の世界じゃ生きられない。戦場にしか居場所はない、平和な世界には邪魔な存在なのよ」

「そんな…」

「あなたがさっき殺したヒグマと同じ。私が私らしく生きるだけで世界の害になる。なら、私は自分が生きやすい世界を作る」

 桃ははっきりと言う。玲子は桃の心が変わらないことを理解すると、顔を上げた。

「だったら私はあなたを止める。警察官として。それが私の責任だから」

 玲子の表情を見て、桃も口角を上げた。

「それでいい。さぁ、勝負しよう、玲子」

 桃はそういうと、腰のホルスターのボタンを外し、いつでも拳銃を抜けるように準備を整えた。


 玲子は右手に握っていた拳銃を桃に向ける。

 そのまま玲子が引き金を引くよりも速く、桃が腰の拳銃(オートマグIII)を抜き玲子の拳銃を撃ち落とした。

(なんて早業…!)

 玲子が驚くのも気にせず桃は玲子の眉間に狙いをつける。

 玲子は怯まず、逆に桃の握る銃口へ突っ込んでいった。

 桃は引き金を引く。

 しかしその瞬間、玲子は桃の銃を蹴り飛ばし、銃撃はあらぬ方向へと飛んでいった。

 玲子はそのまま桃の顔面に蹴りを叩き込んだ。

「がっ…!」

 桃が怯んだところに、玲子は強力な蹴りを桃の腹に叩き込む。桃は吹き飛び、壁に叩きつけられた。

「ふふっ…やるぅ…」

 桃は玲子の攻撃を喰らいながら微笑む。

 玲子は構わず足を振り上げ、桃に追撃の一撃を叩き込もうとする。

 そんな玲子に、真横から何かが飛びかかってくる。玲子は咄嗟にそちらに振り向き、襲いかかってきた何かの攻撃を防いだ。

(犬…っ…!)

 玲子は攻撃してきたものが何であるかを認識した。犬だった。鋭い牙を玲子の喉元に突き立てようと、大きく口を開け、玲子を押し倒した。

 玲子は犬の首元を掴み、噛まれるその瞬間、なんとか口を逸らしてやり過ごしていたが、犬は変わらず玲子の首を狙っていた。

(ヤバい…このままじゃ…!)

 玲子の目には、犬の牙と同時に桃が自分の拳銃を拾い上げようと走っている光景が映っていた。

 犬の牙が玲子の首に襲いかかる。

 玲子は左腕で犬の牙を防いだが、同時に、噛みつかれた左腕から血がにじみ始めた。

「あぐっ…!」

 玲子はその痛みを奥歯を噛み締めて耐えると、左腕を犬に噛ませたまま立ち上がり、走り出す。目指すのは、3歩先にある自分の拳銃。

 しかし、玲子が走り出したのと同時に、桃は銃を拾い上げていた。

 玲子はまだ拳銃まで届かない。

(私の勝ち)

 桃はそう思うと、玲子に拳銃を向け、即座に引き金を引いた。

 銃声を聞いた玲子は、左腕を桃の方へと向けた。

 桃の放った銃弾は、玲子の腕に噛みついていた犬を撃ち抜いた。

「!!」

 桃は思わず若干動揺する。玲子はその隙を見逃さず、自分の拳銃を拾い上げた。


 2人は互いの銃を向け合う。


 同時にふたつの銃声が鳴り響いた。


 声も上げずに倒れたのは桃の方だった。


「桃…!!」

 玲子の銃弾を受けその場に倒れた桃の元へ、玲子は駆け寄る。桃の胸元に大きな赤い穴が開いており、桃は拳銃も握れずに倒れていた。

 そんな桃を玲子は両腕で抱きかかえる。すでに桃は瀕死で、息も絶え絶えになりながら、うつろな目で玲子の顔を見上げた。

「ふふっ…なんて無様…自分で自分の犬を撃って手元が狂っちゃうなんてね…でも、これでよかったのかもね…」

「そんなわけない…!」

「ううん、これでよかった…結局私はこの世界にいちゃいけない人間だったの…そんな私を殺してくれたのが…玲子でよかった…」

 桃は思いの丈を吐き出すと、咳き込み、血を吐き出す。玲子の腕の中でどんどん桃の顔色が白くなり、息が弱くなっていくのがわかった。

 桃は遠くを見つめる。

「…戦場が私を呼んでる…」

 桃は小さな声で言う。

 それが桃の最後の言葉だった。


「…桃…桃!!」

 玲子がいくら揺すっても、桃はもう動かなかった。

「…っ!!」

 玲子は奥歯を噛み締めながら桃をその場に横たえる。もう動かない桃の頬に、玲子の涙がこぼれた。

「…ごめんね…」

 声にならない声で、玲子は呟く。

 そして自分の拳銃を拾い上げ、自分のホルスターにしまいこむと、自分の傷すら気にせずに、泰平とマリの元へと歩き始めた。



5/16 14:15 金山県灯島市 虚山洋館地下


 宮本竜と吉村正の2人は地下の人質たちを収容している部屋の一角で外の監視カメラの映像を見ていた。

「竜、上、やり合ってるみたいだぞ。俺たちもいくべきじゃないか?」

「…いや、これ見てみろよ」

 正の言葉に、竜がモニターを指差して言う。映っていたのは泰平だった。

「上は囮、本命はこっちの人質なんだろうな」

「心音たちに伝えるか?」

「…いや、俺たちだけで片付けよう」

 正に対し、竜が言う。そのまま2人は泰平の迎撃のためにそれぞれの武器を装備した。

「おい!ここから出せ!」

 銃を握る2人に対し、監視室の向こうにある檻から声が聞こえてくる。2人は一瞬動きを止めたが、気にせず部屋を出た。

 外に出るために廊下を歩く途中、正は口を開いた。

「…なぁ、俺たち、本当にこのままでいいのかな」

「…でもどうしようもないだろ…このまま行くしかない」

 正の漠然とした言葉に、竜も不安な様子で呟く。正も納得しきれない表情で頷いていた。


 

 泰平は1人で虚山の裏に来ていた。彼が進んでいる道は階段状になっている細道であり、周囲には背の高い木がうっそうと生い茂っている。

 この坂道を登り切った先に心音たちの拠点である洋館の地下への入り口があるという話だった。

(さて、そろそろ迎撃があるはずだ)

 泰平はそう思いながら上を見る。想像通り、よくは見えないものの人の影がいるのがぼんやりと見えた。

(来たな)

 泰平は姿勢を低くする。そんな泰平の数m先で爆発が起きた。

「!」

 泰平は本能的に伏せる。泰平の背中に、爆発で舞い上がった土の塊がかかった。

 泰平がすぐに立ち上がると、山道の頂上にいる人間が誰なのかはっきりと視認できた。

「宮本竜と吉村正…久しぶりだな」

「河田泰平か…」

 竜は泰平の姿を見て呟く。竜は拳銃(M29)を握っており、正はグレネードランチャー(M79)を持っていた。

「同窓会で多くのGSSTのメンバーたちが誘拐されたと聞いた。お前たちは魅神側についたんだな」

「そう、今はお前の敵だ」

 正はそう言って泰平に銃を向ける。竜も泰平に銃を向けていた。

 そんな2人の姿を見て、泰平は納得したように頷いた。

「なるほど。確かに腰に銃を提げているなら、敵と言われても否定はできんな」

 泰平はそう言うと、自分の腰のホルスターと拳銃を見た。

「ならばこうしよう」

 泰平は腰のホルスターを外し、正と竜にも見えるように掲げる。そうして泰平はそのままホルスターごと拳銃を木々の中に放り投げた。

「『マジかよ』」

「俺たちは元々同じチームだった。その時のように話し合おう」

 驚く竜と正をよそに、泰平は堂々と声を発する。泰平のそんな態度に、竜と正はお互いに目を見合わせて泰平の言葉を疑った。

「どう思う?」

「…何か隠してるんじゃないか?」

 やはり慎重になって竜と正は泰平の様子を窺う。泰平は2人の様子をさして気にせず、両手を上げた状態で話を続けた。

「なんでお前たちは魅神についたんだ?お前たちの技術力なら、色んな企業に就職できたはずだ。わざわざ魅神の味方をする必要もないだろう」

 泰平は平然と語りかける。竜と正は泰平の意図が見えず、ひたすら警戒を強める。

「どうする、撃つか?」

「いや、向こうの目的を調べてからでも遅くないと思う」

 正と竜は小声で会話を交わし、次の行動を決めると、竜の方が声を発した。

「おい泰平、お前の目的はなんだ」

「質問してるのはこっちだぞ?」

「銃を持ってるのはこっちだ」

 泰平の口答えに、竜が持っている拳銃のハンマーを起こしながら言う。それを聞き、泰平は不服そうにしながらも納得した。

「答えよう。人質の救出にきた」

 泰平が言うと、竜も正も警戒心を強める。泰平は構わず話を続けた。

「当然わかっていたとは思うがな」

「だったらなんで銃を捨てた。俺たちがただ通すと思ったのか」

 正は泰平の言葉に対して鋭く言う。自分に向けられる銃口を見つめながら、泰平は細い道を左右に歩きながら話を続けた。

「あぁ。お前たちなら話が通じると思ったからな」

「動くな」

 泰平の動きに、竜は改めて拳銃を向ける。泰平は動きを止めて竜と正の方へと向き直った。

「ここにくる前、保高に遭遇したよ。正確には、彼女に殺されかけた。彼女はこの社会に対する恨みつらみを並べていた。魅神についてこの社会への復讐を果たそうとしていた。お前たち2人が魅神についたのも、それに近い理由じゃあないか?」

 泰平の言葉に、竜と正は眉を顰める。2人の表情の変化を見て、泰平は図星を突いたことを確信した。

「当たったみたいだな」

「…それがなんだって言うんだ。俺たちは確かに社会不適合者さ。会社勤めなんかできやしねぇ。毎日電車に揺られて、嫌な上司の相手して、それでもらえるのはケチな給料、そんな生き方してられねぇ」

 竜は心の中の苦しみを吐き捨てるように言葉を並べる。その横で正も下を向きながら言葉を繋いだ。

「俺たちは好きなことだけして生きていたいんだよ。ネットとゲームだけしてれば生きていられる、そんな生活がしたいんだ。トッシーはそれを作ってくれるって言った、俺たちを仲間だって言った。でも結局やってることはこれだ」

「でも今の社会で無理に働いて生きるよりはマシだ。だからやる」

 竜と正の主張を、泰平は真っ直ぐに受け止める。しばらく沈黙し、何かを考えると、泰平は言葉を返し始めた。

「結論から言おう。お前たちの言葉は甘えだ」

「そうだな」

「人間は1人では生きてゆけず、誰かの助けを受けながら生きていく。その対価として労働をする」

「は?」

「簡単に言おう。人が働くのは、自分のために働いてくれる他の誰かのためだ。だから人間には労働の義務がある、と俺は解釈している」

 泰平は竜と正が自分の言葉を理解しようとしているのを察した。今なら泰平の言葉に耳を傾けてくれる、そう思った泰平は主張を続けた。

「だが、人間、好きでもないことを延々と続けることはできない。これもまた事実だ。そして、俺はお前たち2人が自分の熱中する分野においては他の追随を許さないことを知っている。それは決して人質の監視やテロリストへの協力なんてものじゃない。お前たちがもっと輝ける場所を、俺は知っている」

 泰平の言葉に、2人は思わず息を呑む。泰平は最後のひと押しを始めた。

「俺には政府関係の友人がいる。彼はこの国のサイバーセキュリティを強化したがっている。物分かりのいい男で、お前たち2人の好きなスタイルで働くことくらい簡単に認めるだろう。自分の好きな分野で、好きなように働いて、人の役に立てるんだ。俺がいくらでも彼に口利きをする。このまま犯罪者の汚名を着て死ぬのか、俺を信じるか、お前たちが決めてくれ」

 泰平は2人の目を見据えて言う。泰平の言葉が嘘でないことは2人にもわかった。

「…」

 2人は沈黙し、考え込む。泰平の言葉はどこまでも魅力的だった。


 そんな2人の背後から、扉が開くような音が響く。


 2人が振り向くと、マリを先頭に閉じ込めていた人質たちが全員洋館の扉から出てきていた。

「やられた…!」

「『ハメやがったな!』」

 正はマリと銃を向け合い、竜は振り向いて泰平に銃を向ける。しかし、泰平は首を横に振った。

「確かにマリが洋館に入るための時間稼ぎはした。だが話した内容に嘘はない。俺はお前たちの実力を知っているし、このまま魅神たちの道連れになるのを好ましく思わない。だからこういう手段を取った」

 泰平の言葉の正当性に、竜と正も黙り込む。背中合わせのまま竜と正はお互いの思いを確認した。

「…どうする?」

 正が竜に尋ねる。


 竜はじっと黙り込んだ後、泰平に向けていた拳銃を下ろした。


「…俺は泰平を信じる」


 竜は俯きながらもはっきり言い切った。


 正もそれを見て、銃を捨てた。


「人質もこんなふうにされちゃ、もう義理もないもんな」

 正はそう言うと、泰平の方へ振り向く。泰平は竜と正の顔を見て力強くうなずいた。

「よく決断してくれた」

 泰平は2人に対して言う。竜と正はそれに頷くと、人質にしていたメンバーたちの方に向き直った。

「悪かった」

 2人はそう言って頭を下げる。人質にされていたメンバーたちは各々複雑な表情だったが、すぐにマリが声を張った。

「竜たちが主導したわけじゃないんでしょ?だったらあとは首謀者を倒せばいいだけだよ。大丈夫、任せておいて!」

「啖呵を切ってもらったところ悪いが、マリにはこのまま彼らを率いて下山してもらいたい。一般人をこれ以上巻き込みたくないからな」

「わかった。みんな、ついてきて!」

 マリが指示を出し、人質だったメンバーと竜と正もマリについていき、山を下りていく。そんな彼らの背中を見送り、泰平は改めて洋館を見上げた。

「さて、友人を助けにいくか」

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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