53.かけがえのないもの
5/16 13:30 金山県灯島市 堀口家宅
和久からの召集を受けた数人が、すでにここに集まっていた。
最後の1人である泰平も、今インターホンを鳴らし、和久たちに合流しようとしていた。
「『花は』」
「『桜木』」
インターホンの向こうから聞こえてきた飛鳥の言葉に、泰平は淡々と合言葉を答える。目の前の扉のロックが解除されたと思うと、飛鳥が扉を開けて顔を出した。
「泰平ね、みんな来てる、入って」
飛鳥から指示を受けると、泰平は扉の中に入る。靴を脱ぎ、飛鳥の案内に従って廊下を進むと、すでに居間にはマリ、玲子、そして和久がそれぞれの武器を点検していた。
「来たな、泰平。武器はそちらに置いてある。好きなのを取ってくれ」
和久は泰平に言うと、泰平はその言葉に従って部屋の隅にある武器をしまってあるケースまで歩き、準備を始めた。
「それじゃあ和久、私、先行ってるね」
「あぁ、頼む」
飛鳥の言葉を聞くと、和久は手短に答える。飛鳥はそれを聞くと、1人どこかを目指して外へ飛び出した。
「飛鳥はどこに行ったの?」
玲子が自分の拳銃の整備をしながら和久に尋ねる。
「金山新聞の本社」
「なんでです?」
マリも会話に加わる。
「先日、この新聞社から波多野さんに関するデマが流れた。飛鳥が調べたところによると、その情報源は糸瑞らしい。昨日一日動けなかったのはそれを調べていたからだ」
「要するに、新聞社と魅神の一派がグルになってデマを流してるってことですか?」
「正確には、その新聞社の数人が、な」
マリの質問に、和久も自分の杖に仕込んだ刀の手入れをしながら平然と答える。同時に、和久の言ったことを理解した玲子が思わず声を張った。
「待って、下手したら新聞社は敵の巣窟なんでしょ?そんなところに飛鳥を1人で送るって…助けに行った方がいいんじゃないの?」
「あいつは大丈夫だ。俺たちが準備をしている間に、片をつけてくれるさ」
「随分と信頼しているようだが、大丈夫なのか?」
泰平が尋ねる。和久はやはり平然と頷いた。
「おう。あいつはこの国でも指折りのスパイだからな」
13:40 金山新聞本社前
自分の軽自動車を駆り、飛鳥は新聞社のビルの前にやってきた。腰にはいざという時のための金属製の警棒が収納されている。
飛鳥は胸ポケットのスマホを取り出し、今回の偽物の記事を書いた人間たちの顔を確認していた。
(記事を書いたのはこの5人…編集長は買収された証拠を掴めてるからそれで脅せばいい。けど、この子…)
飛鳥はまとめた情報の最後の1人、黒田明美の顔を見て複雑な表情をしていた。
(黒田明美…元GSSTメンバーで、私自身同じクラスになったこともある。武田さんの事件の時にも話を聞いたけど、真っ直ぐな性格な子で、買収されたようにも思えないし、その形跡もない。なのにどうして彼女はこんなデマを飛ばしたのかしら)
飛鳥は疑問に思いながらも、スマホをしまい、車の外に出る。そうしてビルを見上げると、正面の入り口へ歩いて行った。
(ま、考えてもしょうがないか。いざとなったら暴れちゃえ)
飛鳥は思い切りよく頭の中で吹っ切ると、新聞社のビルの中へ入っていった。
数分後、飛鳥は新聞社の隅の会議室に来ていた。中央に大きなデスクと5人用の椅子、ホワイトボードがあるだけの簡素な部屋である。
飛鳥が何も書いていないホワイトボードを眺めていると、扉を開けて5人組が入ってきた。先頭は禿頭の中年男性で、その後ろの3人はそれよりも若いさまざまな年齢の男性、そして最後に入ってきた女性は、飛鳥の知り合いでもある明美だった。
「どーもー、金山新聞井上班の皆様ー」
飛鳥がわざとらしく明るい声で言う。それに対し、禿頭の中年男性は不快な感情を隠そうともしなかった。
「全く、何の用事かね!我々は忙しいんだ、手短に済ませろ!」
「まぁまぁそんなプリプリなさらなくてもいいじゃないですか。今どき、新聞じゃネットニュースに早さで敵わないんですから」
怒鳴り散らす中年男性に対し、飛鳥は軽口を叩きながら余裕を見せる。飛鳥の言葉に、中年男性は余計に怒りを露わにした。
「我々新聞記者を馬鹿にしているのか!我々は真実を伝えるために日夜奔走しているというのに!」
「あらー、その真実ってお金で変わっちゃうものなんですね」
飛鳥は中年男性の言葉に興味なさそうに答えながら、胸ポケットのスマホを取り出す。
中年男性が怒りに任せて飛鳥に殴りかかろうと飛鳥に接近すると、飛鳥はその中年男性にスマホの画面を突きつける。
中年男性は、そのスマホの画面に映っているものを見て動きを止めた。
「やっぱり真実っていうのは実際の証拠に基づいて語られるべきですよね」
飛鳥はニヤリと笑う。スマホの画面には、目の前の男たちが賄賂を受け取っている映像の一部始終が映り込んでいた。
「そ、それは…」
「お宅の新聞社さんは協力的でして。監視カメラの映像を無償でくださったんですよ。にしても、自前の駐車場の裏なんて、もう少し場所は選ぶべきだったんじゃないですかね?」
飛鳥が煽るように言うと、飛鳥に殴りかかろうとしていた男も、その部下である3人の男たちも萎縮する。
弱った中年男性は、下を向いて言葉を発し始めた。
「…何が望みだ…何をすればいい…」
「先日の波多野さんに対する記事の訂正記事を出すこと。そうすれば、この映像はなかったことにしますよ」
飛鳥は真剣な表情で言う。中年男性はそれを聞き、諦めたように頷いた。
「…近頃はスクープも取れず、金に目がくらんだ…その程度のことでまだ記者を続けられるなら喜んで…」
「お断りします」
話を遮る女の声。飛鳥がそちらを見ると、今までひと言も話していなかった明美が1人だけ毅然とした態度で飛鳥に声を発していた。
「おい黒田、やめろ」
「私たちマスメディアの役割は権力者の監視、圧力に屈して記事を取り下げることはできません」
「やめるんだ黒田!そんな時代は終わったんだ!」
明美の言葉に、中年男性が必死になってなだめる。その間に、飛鳥は明美の言葉を鼻で笑っていた。
「賄賂に屈しておきながらよくそんなこと言えるわね?鏡とか見たことないの?」
「あなたこそ。権力にまみれた結果、自分に都合のいいものしか受け入れられなくなっているのよ。これは賄賂ではなく正当な対価。あんたたち不当な権力者たちを倒すためには必要なことなのよ」
「不当な権力者?選挙で選ばれてるのに?」
「もうやめるんだ黒田!」
飛鳥の言葉に明美が言い返すと、編集長が止めにかかる。しかし、明美はそれを気にせず、立ち上がった。
「現代の選挙でものを言うのは組織票。実際に国民の声を反映しているわけじゃない」
「仮にそうだったとしてデマを書いていい理由になるの?」
「世界を良い方向に変えるためなら」
「だったら尚のこと真実を書きなさいよ。方向性を決めるのはあなたたちじゃなくて国民なんだから」
明美の主張に対し飛鳥は鋭く答える。同時に2人は鋭く睨みあっていた。
瞬間、部屋の中央にあった6人用の長机が持ち上がった。
何かと思い、飛鳥が机から離れると、明美が片手で机を持ち上げていた。
(ウッソォ…)
飛鳥が言葉を失うと、明美は飛鳥に向けて机を振り下ろす。飛鳥が瞬時に飛び退くと、明美の近くにいた記者たちも逃げ始めた。
「く、黒田、やめろ!」
「言っても聞こえてないと思いますよ。大丈夫、ここは私に任せてください」
及び腰になっている記者たちに、飛鳥は冷静に声をかける。その間にも明美はもう一度机を振り上げていた。
「ほら早く!」
飛鳥が声を張るのと同時に、明美が机を振り下ろす。飛鳥はバックステップしてそれを回避し、記者たちは全員会議室から出た。
「はぁ、全く、とんでもない馬鹿力ね。こんなの女の子が片手で振り回すもんじゃないよ?」
飛鳥は軽口を叩きながら明美に語りかける。明美は飛鳥の言葉にニヤリともせず、片手で机を持ち直した。
「どうしてあなたは糸瑞の味方をするの?私の記憶ではあなた結構なエリートだったと思うけど」
飛鳥は純粋に疑問に思ったことを尋ねる。明美の答えは机を思いっきり振り回すというものだった。
飛鳥はすぐにしゃがみ込むと、明美の足元を狙って滑り込む。
スネの弱いところを攻撃された明美は、握っていた机を落とす。飛鳥はすぐに落ちてくる机を回避すると、明美のみぞおちに一撃を叩き込み、怯んだ明美の腕を後ろで締め上げた。
そのまま明美の背後に回り込んだ飛鳥は、明美の耳に何かが仕込まれているのに気がついた。
(無線機?誰かがこの子に指示を出していたってこと?)
飛鳥は事態の真相を察すると、明美の耳に付けられているイヤホンを外そうと手を伸ばす。しかしその瞬間、明美は怪力で飛鳥を振り解き、逆に両手で飛鳥の首を絞め始めた。
「んぐっ!?」
15kgの机すら片手で簡単に振り回す明美の握力は相当で、いくら飛鳥が明美の手を外そうとしてもできなかった。
(やっば…首折れる…!)
飛鳥は命の危機を感じる。同時に、覚悟を決めた。
(イヤホンさえ外せばチャンスあるかも…!やるしかない…!)
飛鳥はそう思うと、明美の腕から手を離し、一気に明美の耳に手を伸ばした。
気道を絞められ、意識が遠のきそうになる。
そのせいで飛鳥の手は明美の耳まで届かなかった。
「…死ね…」
明美の声が飛鳥の耳に聞こえてくる。
「…お断り!」
飛鳥は声と力を振り絞り、右手を開いて明美の頬を思いきりはたく。明美の顔面が揺れ、その衝撃で明美の耳の片方からイヤホンが外れた。
(どうだ…!)
飛鳥は明美の様子を見る。
飛鳥の首から明美の左手が離れる。イヤホンが外れた明美は、明らかに動揺しているようで、左手で自分の耳元を触って確かめていた。
飛鳥はすぐさまもうひとつの明美の手を払い除け、さらに明美の耳元に手を伸ばす。抵抗しない明美の隙を突き、飛鳥はもうひとつのイヤホンを外した。
イヤホンふたつを外された明美は膝から崩れ落ちる。
飛鳥はその明美からわずかに離れてその様子を見ていた。
「…大丈夫?」
飛鳥はその場に膝で座っている明美に、警戒しながら声をかける。
うつろな目をしていた明美は、飛鳥のその声で初めて目に光が戻った。
「…ここは…ウチの本社…?なんで私はここに…」
「覚えてない?」
明美は飛鳥の方を見てまばたきをする。そもそも飛鳥がここにいること自体信じられないような様子だった。
「同窓会の日から…ずっと心音の声が聞こえてきてて…心音の命令に逆らえなかった…私…とんでもないことをしたんじゃ…」
明美は立ち上がりながら呟く。飛鳥は目を伏せながら申し訳なさそうに頷いた。
「そうね。本心ではないかもしれないけど、あなたはデマ記事を書いた」
飛鳥の言葉を聞き、明美はひどく落ち込んだような表情になる。
「…あんなに嫌いだった連中と同じところまで堕ちたなんてね…最悪…真実を自分の都合のいいように捻じ曲げるなんて、ジャーナリスト失格だわ」
明美が1人で後悔していると、逃げていた編集長たちが廊下から会議室を様子を見守る。
編集長たちが警戒して中を見ている様子を見て、飛鳥は編集長たちを手招きした。
「もう大丈夫です、なんとかなりました」
飛鳥の言葉を聞き、編集長たちは会議室の中に入る。荒れた様子の会議室の中を見回し、明美の同僚たちはおっかなびっくりになりながら明美に声をかける。
「黒田?」
「…はい、聞こえてます。早く、訂正記事を出さないといけませんね」
明美は声をかけられると、ゆっくりと立ち上がる。明美は重い表情のまま飛鳥の方に振り向いた。
「ありがとう。心音に操られていたとはいえ、私は嘘を伝えてしまった。これをやり直せる機会を得られたのは、本当に幸運だと思う」
明美は飛鳥に言うと、飛鳥は小さく微笑む。明美は飛鳥に取ってもらったイヤホンを拾い上げると、右手で思い切り握りしめ、手の中で破壊した。
「別に私は何もしてないよ。仕事しただけ。信用を取り戻すのは、あなたの筆次第だよ」
「そうね」
「それじゃあ私も忙しいんで失礼しますね。皆さんの書く訂正記事、楽しみにしてますよ」
飛鳥はあっけらかんとそう言って会議室を後にする。編集長たちは飛鳥の背中を見送っていた。
5/16 13:35 金山県灯島市 堀口家宅
飛鳥が新聞社に出発した頃、和久、泰平、マリ、玲子の4人は各自自分の装備を整えていた。
その4人がいる、さして変哲のない一軒家の近くで、斉藤遼と大島広志の2人は、それぞれ襲撃の準備をしていた。
「…気が乗らねぇなぁ」
暗い表情で広志は呟く。遼も同じような表情をしていたが、すぐに首を横に振った。
「んなこと言ったってしょうがねぇだろ。やらなきゃこっちだって…」
「…わかってるよ」
2人は暗い表情をしながらその一軒家の裏にへと回り始めた。
最初に異変に気がついたのはマリだった。マリが座っている椅子の背後の窓の向こうの庭から、不審な気配を感じ取り、振り向いていた。
「どうしたの、マリ?」
「誰か居たような気がする…少し見てきます」
玲子に尋ねられると、マリは和久にそう言って腰の拳銃を抜き、靴下のまま窓を開ける。
「星野巡査、援護を」
「了解」
和久の指示を受けて、玲子もマリの後に続く。女性2人が窓の外に出たのを見て、泰平と和久も警戒を強めた。
「気のせいだといいが」
和久は1人でつぶやいていた。
庭に出たマリと玲子は、銃を構えつつ周囲を警戒していた。
「誰かいるの?」
マリは草むらに向けて声をかける。だが、人の気配はしなかった。
「きっと気のせいだったんじゃない?」
マリの背後から玲子が言う。
その瞬間、玲子の背後から物音がした。
玲子は咄嗟に振り向こうとするが、それよりも先に玲子は背後から締め上げられ、口元に麻酔を当てられて意識を失っていた。
玲子が倒れた物音に気づき、マリは瞬時に後ろを向き、銃を構える。
(大島広志…!なんでこんなところに…!)
マリは右手に麻酔ハンカチを持つ広志に向けて引き金を引こうとする。
しかし、そんなマリも背後から強い力で羽交締めにされると、銃を奪われた。
「堀口さ…!」
「頼む静かにしててくれ…!」
和久を呼ぼうとするマリの口を塞ぐ、その男の顔をマリは見た。
(斉藤遼…?なんで…?)
「佐ノ介の嫁か。ごめんな、こっちも嫁の命がかかってんだ…!」
遼はマリの耳元でそう囁くと、マリの口を塞いでいない右手に灰色の光を集める。発現したのは丸いヘルメットだった。
マリも危険を察知して逃げようとするが、それも虚しくマリはヘルメットを被せられた。
マリの視界が真っ暗になる。そのままマリはもがき続けたが、何をしても意味がなく、身動きも取れていなかった。
玲子とマリを無力化した遼と広志は、玲子を草むらの中に隠し、マリが入っているヘルメットをその横に置いた。
「なぁ遼、それ…マリ死んでないのか?」
「球体にしただけ。死んじゃいない…人妻殺すのは香織のためでもやりたくないからな」
「あぁ…早く終わらせないとな」
広志と遼は雑談を交わす。そうしていると、窓が開き、2人の前に新しく人が現れた。
「うちの庭に何か御用で?」
広志と遼はその声の方に振り向く。そこに立っていたのは泰平と和久だった。
「久しぶりだな、大島、斉藤。ここで何をしている」
泰平は冷静に尋ねる。広志と遼が暗い表情をしていると、和久が話し始めた。
「野球のドルフィンズの育成選手の大島と、サッカーのマーマンズの斉藤か。確かにどうしてここにいるのかわからない組み合わせだな。こちらは忙しい。お引き取り願おう」
和久に言われ、広志も遼もその要求に従いたかったが、首を横に振った。
「そうもいかねぇんだ…堀口、あんたに死んでもらわないと、こっちも困るんだよ」
広志がそう言うと、持っていたバットを構える。同時に、遼も腰のホルスターにしまっていた拳銃をいつでも抜けるようにした。
「和久、下がっていろ。俺がやる」
泰平はそう言って和久の前に出る。だが、和久はそんな泰平を横に押し退けた。
「いいや、この後の肩慣らしも含めて一度やり合っておきたい」
「おいおい、あんまりナメてくれんなよ。あんたがいくらガタイがいいからって、こっちだって散々戦ってきたんだからよ」
和久の言葉に、遼が答える。その様子を、泰平は和久の背後で呆れたように見ていた。
初めに動いたのは遼だった。腰のホルスターに差していたサイレンサー付きの拳銃(USP)を抜き、和久の眉間に狙いをつけて発砲する。
和久には、飛んでくる銃弾の軌道が見えていた。
(こんな時に遺伝子操作に感謝するなんてな)
和久はそう思いながら銃弾を回避しつつ、一気に遼の懐まで潜り込む。
接近戦になり、遼はすぐさま和久の腹に蹴りを入れる。
しかし、和久の肥満にも近い脂肪に包まれたボディは遼の脚を簡単に弾き返した。
(マジか!)
遼は驚いたがすぐさま銃で和久を撃とうとする。しかし、それよりも早く和久は体重を乗せて遼へと倒れ込んだ。
遼はそれを回避しようとするが、和久の体格は大きく、腕を広げられると遼は回避しきれなかった。
「ぐぉっ…」
和久の体重任せのボディプレスで遼はその場に倒され、上にのし掛かられた。あまりの体重差に、遼はすでに身動きが取れなくなっていた。
「遼!」
味方である遼が倒れ、広志も覚悟を決めて泰平の顔面を目掛けてバットをスイングする。泰平はあっさりとそれをしゃがんで回避する。
「らしくないスイングだな」
「うるせぇ!」
泰平の言葉に対し、広志は泰平の脳天を目掛けてバットを振り下ろす。やはり泰平はそれを回避すると、広志の腕を掴んだ。
「理由を調べさせてもらう」
泰平はそう言うと、右手に灰色の光を集め、本を形作ってすぐさま開く。広志はその瞬間、動けなくなった。
泰平が開いた本に、つらつらと文章が書き上がっていく。
「どうだ、何か分かったか」
泰平の本が出来上がると、和久が遼を押さえつけつつ尋ねる。泰平は本のページをめくりながら話を始めた。
「これか。『2025年5月2日、同窓会があった。トッシーが暴れて、美咲を人質に取られた。言うことを聞かないと美咲が殺される』」
「美咲って誰だ?」
和久が尋ねる。すると、和久に組み伏せられている遼が声を発した。
「美咲は、広志のマブダチだ。お互いに、両思いの友人同士、かけがえのない存在だ」
遼の声を聞き、和久は遼の方を見る。
「なるほど?となるとお前もそれに近い存在を人質に取られているのか?」
「…あぁ。俺の嫁が、美咲や他の人質と一緒に心音の屋敷に捕まってる。お前をやらなきゃ、みんな殺されるって脅されてな…」
和久に尋ねられ、遼は答える。泰平も話に加わった。
「他の人質とは、まさか同窓会に参加した他のGSSTのメンバーたちか」
「そうだ…」
泰平の問いに、遼が苦しそうに答える。それを聞いた泰平は開いていた本を閉じ、広志を解放した。
意識を取り戻した広志はすぐさま泰平に殴りかかろうとしたが、泰平は腰の拳銃を抜き、広志の目の前に突きつけた。
「大島、お前の動機はこちらも理解した。今すぐ攻撃をやめろ」
「何言ってやがんでぃ!お前たちを倒さなきゃ美咲は…!」
「それを救出するのさ」
泰平を怒鳴りつける広志に対し、和久は冷静に言う。広志は驚きを隠せない様子で振り向き、和久の顔を凝視した。
「…なんだと?」
「俺たちはこれから奴の本拠地に乗り込む。糸瑞には国家反逆罪の容疑がかかっているからな。そのついでに、お前たちの大切な人たちも救出する」
和久は淀みなくこれからの計画を話す。それを聞くと、広志は戸惑いを隠せなかった。
「それは…でも、できるのか?あいつら結構な数がいたぞ?」
「首相襲撃事件の時に、犠牲になった国防軍がかなりの数のテロリストを倒した。さらにその残党も、新幹線に工作を仕掛けようとして数馬にやられたらしい。つまり、糸瑞の屋敷にいるのはわずかな手勢ってことさ」
和久が自信に満ちた表情で言う。それを聞いた広志の心は揺らいでいた。
「信じてみよーぜ、広志」
そんな広志に、遼が声をかける。
「でもよ、遼、これで万が一美咲や香織を救えなかったら…!」
「きっとあいつら、自分のせいで俺たちが悪事を働く方が悲しむと思うぜ。そういう奴らじゃん」
遼に言われ、広志も言葉に詰まる。広志が黙り込んでいる間に、遼は和久に頼み始めた。
「俺は降参する。香織を、うちの嫁を助けてやってくれ」
遼に言われると、和久は遼に覆いかぶさった状態から離れ、遼に手を差し伸べる。遼が和久の力を借りて立ち上がると、泰平は広志に尋ねた。
「俺たちを信じてくれないか…広志。確かに俺や和久には妻子や恋人はいない。だが、かけがえのないものであるということは理解できる。だから」
泰平に説得されると、広志は目を伏せる。
そして、バットを放り投げると、泰平の前に正座し、額を地面に擦り付けるようにして頭を下げた。
「この通りだ…!美咲を頼む…!」
「やめろ、そんなの見たくない」
泰平は短く言うと、広志の顔を上げさせる。そして和久と目線を交わし、頷き合った。
「2人の思いは確かに聞いた。俺たちは必ず君たちの大切な人を救出する」
和久は広志と遼にはっきりと言い切る。広志と遼はそれを聞き、和久に向けて頭を下げた。
「さて、その作戦で重要になる星野と安藤の両名はどこにやった?」
泰平は広志と遼に尋ねる。その答えは、草むらの影から聞こえてきた。
「ここよ」
玲子の声だった。見ると、殴られた後頭部を押さえながら、玲子がゆっくりと上体を起こし、草むらの横に座っていた。
「無事だったか」
「えぇ…油断はしてなかったはずなのに、背後を取られるなんてね…」
「安藤巡査はどうした?」
ぼやく玲子に、和久が尋ねる。それを聞いた玲子は辺りを見回したが、あるのは謎のヘルメットだけだった。
「…姿が見えないけど…」
「そこのヘルメット、取ってくれないか」
玲子に対し、遼が言う。玲子は不思議に思いながら、そのヘルメットを手に取り、遼へと軽く投げ渡した。
「それ、何?」
「俺の能力。このヘルメットに収納したものはなんでも球体にしちまうのさ」
「じゃあ、その中の黒い布はもしかして…」
「丸くなったマリだよ」
遼の言葉に、驚きで全員言葉を失う。
「…実は俺この能力、人に使ったことなくてさ。戻せるかなこれ」
「冗談でしょ?」
遼の不穏な言葉に、思わず玲子が言葉を漏らす。
同時に、和久が自分の右手に光を集め、手袋を作り出し、それを手につけながら遼に声をかけた。
「貸してくれ」
和久に言われ、遼はヘルメットを渡す。和久は手袋をつけた手で、ヘルメットの中の黒い布に触れた。
「何するんだ?」
「俺の能力は触れたものの何かを反転させること。時間経過を反転させれば、元に戻せるはずだ」
広志の質問に答えながら、和久は解説する。
その言葉の通り、ヘルメットから徐々にマリの足が生え、胴体が伸びてくると、ものの数秒でヘルメットを被ったマリの姿になり、地面の上に立った。
「ぷはぁ、もう、酷い目にあった」
マリはそう呟きながらヘルメットを外す。無事な姿に戻ったマリの姿を見て、遼は安堵のため息をついた。
「無事でよかったぜ。悪いことしたな、マリ」
「大丈夫、話は聞いてた。奥さん、必ず救い出してくるから」
遼の謝罪に、マリは明るい言葉で答える。
そうしていると、和久のスマホに連絡が入る。和久はスマホを見ると、ニヤリと微笑んだ。
「今飛鳥から連絡が来た。デマの発信源を叩けた。これから糸瑞の本拠点を叩きにいくぞ。大島と斉藤はここで待っていてくれ」
和久は声を張って指示を出す。それを聞いて、その場の全員は頷いた。
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