52.過去に縛られて
5/16 13:00 金山県灯島市 堀口家宅
堀口和久は、数馬からの連絡を受けて頷いていた。和久が通話を切ると、彼の隣にいた飛鳥は真剣な表情で尋ねた。
「なんだって?」
「数馬が魅神を倒した。俺たちも動くぞ」
「よしきた」
和久の言葉を受け、飛鳥は明るく返事をする。
「準備はできてるか?」
「ええ。昨日のうちに武器の搬入は済ませてる。あとはみんなに召集をかけるだけ」
「わかった。俺は泰平に連絡する。飛鳥はマリに連絡してくれ」
「了解」
和久からの指示を受けた飛鳥は、すぐにスマホを取り出す。和久のいない場所まで席を外すと、飛鳥は通話を始めた。
「もしもし、マリ?出番だよ、例の集合地点に来て」
同時刻 安藤家宅
「はい、すぐに行きます」
マリは歯切れ良く返事をすると、通話していたスマホを置く。すでに彼女の服装は、私服でこそあったがいつでも動けるような服装になっていた。
鏡の前で後ろ髪をひとつに結ぶと、鏡台の引き出しにしまっている彼女の拳銃(CZ75)を取り出し、内部に銃弾が装填されていることを確認し、腰のホルスターに仕舞い込み、シャツの裾でそれを隠す。
そうしてスマホをズボンのポケットにしまうと、彼女の家のインターホンが鳴った。
「こんな時に?」
マリは不思議に思い、インターホンのモニターを見る。
やってきたのは、玲子だった。
「玲子?」
マリは改めて疑問を深めた。
(玲子にも飛鳥から召集がかかってるはず、なんでここに来てるの?)
マリは脳裏に嫌な予感がよぎりながら玲子がいる玄関まで小さく走る。玄関までたどり着くと、マリは笑顔を作って扉を開けた。
「いらっしゃーい、どうした…」
マリが愛想よく挨拶するが、思わず言葉を失う。
マリの目の前に立っていた玲子は、右手に拳銃(M500)を握りしめ、その銃口をマリに向けていた。
「中に入って、早く」
玲子は低い声で言う。マリは笑顔を消しながら後ろに下がり、家の廊下に立つ。玲子は玄関に立つと、扉を閉め、鍵をかけた。
「玲子、どういうつもりなの?さすがにこれは笑えないよ」
「笑わせるつもりでやってるわけじゃないからね」
マリの言葉に、玲子は短く答える。玲子は険しい表情をしていた。
マリはこの状況を変えるために、腰の拳銃に手を伸ばそうと考える。そのために、玲子の注意を逸らそうと話し始めた。
「私、飛鳥のところ行かなきゃいけないの。玲子もそうでしょう?だったら、早くこんなことやめて…」
マリがそう言いながら腰の拳銃を抜き、すぐさま玲子に向けるが、玲子はほとんど同時にマリのその拳銃を蹴り飛ばした。
「っ!」
拳銃は壁を反射し、マリの後ろへと滑っていく。玲子に背を向けずに拳銃を取るのは難しそうだった。
「抵抗しないで…殺しはしないから…」
玲子は心苦しそうに声を発する。マリはそんな玲子を見ながら尋ねた。
「ねぇ玲子、どうして?早く私たちが行かないと、またたくさんの人が苦しむんだよ?魅神は佐ノくんが倒してくれる、私たちは心音たちを止めなきゃ、また…」
「76人」
玲子はマリの言葉を、謎の数字で遮る。マリはその人数が何を指すのか理解した。
「…この間の首相襲撃事件で亡くなった人の数?」
「そう」
「それがどうしたのよ?」
マリに尋ねられると、玲子は目を伏せる。そして声を絞り出すようにしてその質問に答えた。
「…私が殺した…」
玲子が言うと、マリは首を傾げた。
「何を言っているの?事件の日、私たちは一緒に交番にいたじゃない、あなたに誰を殺せるって言うの?」
「違う…!」
マリの言葉に対し、玲子は首を横に振った。
「もっと前…桜たちから通報があった時…私はトッシーと遭遇してたの」
「えっ…」
初めて聞かされた真実に、マリは言葉を失う。玲子は言葉を続けた。
「彼は…私に…『好きだ』って…だから…撃てなかった…止められなかった…!そのせいで…あんなに大勢の人が死んでしまった…!」
玲子は目に涙を湛えながら言葉を振り絞る。マリはそれを聞き、奥歯を噛み締めた。
「魅神…!他人の心を弄んで…!そんなの玲子のせいなワケない!一番悪いのは魅神でしょ!?」
マリは感情的になって声を大きくする。そのままマリは玲子の目を見て訴えかけた。
「ねぇ玲子!冷静になって!こんなことしても何にもならない!今すぐ銃を下ろして、飛鳥のところに行きましょう?」
マリは思いを吐き出すだけ吐き出すと、玲子に優しく声をかける。しかし、玲子は首を横に振った。
「私は感情に任せて彼の味方をしてしまった…!彼を止められなかった…!こうなってしまった以上は、やるしかないの…!」
玲子は悲痛に叫ぶ。そのまま玲子は拳銃の撃鉄を起こし、マリの眉間に狙いをつける。
同時に、マリはそんな玲子の言葉に眉をひそめ、鋭く玲子の目を睨んでいた。
「自分のミスのためにさらに人を殺すの?それが警察官のやることなの?」
玲子は初めて見るマリの鋭い表情と正論に、思わずたじろぐ。そんな玲子を見て、マリは一気に姿勢を低くして突っ込んでいった。
マリは玲子の胴に飛びつくようにタックルを入れ、玲子を玄関の扉に追いやる。しかし、玲子は即座にマリの顔面に膝蹴りを入れると、自分から離れたマリに、追い討ちで蹴りを叩き込む。
マリは悲鳴を上げながら廊下に倒れ込み、そんなマリに玲子は銃を向けた。
「マリだってわかるでしょ…!佐ノ介のためだったらあなたはなんだってする、私だって…!」
「私の佐ノくんと魅神を一緒にしないで!佐ノくんは罪のない人間を一方的に殺したりなんかしない!仮にそんなことをしても、私はそれを手伝ったりなんかしない!だって私には責任があるから!」
マリはそう言葉を返し、すぐさま立ち上がると、玲子の顔面に目がけて蹴りを放つ。玲子は片手でその足を掴むが、マリは掴まれていない足で玲子の顔面を蹴り上げると、玲子の背後に回り込み、玲子を羽交締めにする。
玲子は抵抗するが、同じ警官として訓練を受けているマリの拘束からは簡単には抜け出せなかった。
「好きな人のために動いてしまう気持ちはわかるよ、でも私たちには、警察官として、この街の人たちを守る責任がある!忘れたなんて絶対に言わせないから!」
「責任...」
玲子はマリの言葉に考え込む。だが、すぐに玲子はマリを力任せに振り解くと、マリを投げ飛ばした。
「っ…!こんのぉ…!」
マリは怒りに任せて立ち上がり、玲子のもとへ駆け寄る。しかし、玲子は冷静にマリのボディーに一撃を叩き込むと、怯んだマリの頭を真横から蹴り抜く。
マリはすぐさま蹴り返すために右足を振り上げるが、玲子はすぐさまマリの軸足を蹴り飛ばし、マリをその場に倒した。
「痛ぁっ…やっぱり玲子に格闘じゃ勝てないか…」
マリは背中の痛みに身をよじりながらぼやく。
そんなマリを上から踏みつけて抑えると、玲子は両手で拳銃を構え、マリの眉間に狙いをつけた。
「何もかもマリの言う通りだと思う…私たちには責任がある…でも私はそれからも逃げてしまった…もうこの世界に私の居場所なんかない…せめてトッシーに筋を通して…私は自殺する」
「それで弱そうな私を狙ったの?この卑怯者!」
マリの言葉に、玲子は思わず怯む。温厚なマリにここまで強い言葉をぶつけられたのは初めてだからでもあった。
「撃ってみろ!星野玲子!教えた通りに!ほら早く!」
マリは玲子を強く睨みながら叫ぶ。拳銃を握る玲子の手が震え始めた。
「撃てないんでしょ?ここに来た本当の理由は、私に止めて欲しかったんじゃないの?」
マリの言葉に、玲子は言葉を失う。マリは同時に押し切れると察した。
「最初からわかっていたんでしょ?ミスを取り戻すには、戦うしかないって!でも好きな人を裏切ることになるのが怖かった、だから私のところに来た!そうなんでしょ!?」
マリは最後のチャンスと思い、声を張る。
玲子は奥歯を噛み締めた。
「ぅう…あぁぁ…っ!!」
玲子は涙を落とし、マリから足を外し、銃を下ろす。そのまま玲子は玄関の隅で頭を抱えながら人目を気にせず泣き出し始めた。
「マリ…!どうしよう…!私…私…!」
膝を抱えて泣きじゃくる玲子の隣に、マリはゆっくりと腰を下ろし、玲子を抱きしめた。
「トッシーのことが好きだった…!でも、私はやっちゃいけないことをした…!私は、警察官なのに…!もうこうなったらトッシーのために何人でも殺さなきゃいけないって思った、でもそんなことできなかった…!どうしたらいいの…!トッシーの味方にも、人々を守る警官にもなれない私は…!」
「…玲子、一緒に戦おう。私たちは、警官でしょ?」
マリは玲子に語りかける。
「一度ミスをして、それで大勢が亡くなって、でもだからといって2度と戦わないって言えば、また誰かが殺されるだけ。大事なのは、少しでも多くの、今を生きてる人たちを守ることでしょう?それができるのが警官でしょう?」
「マリ…」
「だから、力を貸して、玲子」
マリは優しく微笑み、手を伸ばす。玲子は一度俯く。
「...やっぱりマリには敵わないな…」
玲子はそう呟くと、顔を上げてマリの手を握った。
「…精一杯、頑張ってみる。私が殺してしまった命に報いるために」
玲子は決意を新たにした表情でマリに言う。マリは微笑んで頷いた。
「それじゃあ」
マリはそう言うと、不意に玲子の頬にビンタを入れた。
「痛っ!...なんで?」
「佐ノくんを馬鹿にした罰だよ。さぁ、行きましょ!」
マリは爽やかに言うと、廊下に落とした自分の拳銃を拾い、腰のホルスターにしまい込む。玲子も自分で立ち上がり、マリの隣に立つ。
2人は目を合わせて頷くと、玄関の扉を開けて外へ歩き始めた。
5/16 13:00 金山県灯島市 某所
河田泰平は、自宅の書斎で椅子に腰掛け、スマホを手に取っていた。
「なんだ」
「泰平か、集合地点に集まってくれ」
スマホから聞こえるのは、和久の声。泰平は二つ返事をしたかったが、目の前に突きつけられた銃口がそれを許そうとしなかった。
「…行けたらな」
泰平はそう返事を濁す。通話の向こうの和久も泰平が置かれた状況をなんとなく察知し、通話を切る。泰平はそれを察知すると、スマホを机の上に置いた。
「これで満足か、保高めい」
泰平は冷静に、目の前でサブマシンガン(Vz61)を自分に向けてくる女性、保高めいの目を見て尋ねる。めいは静かに頷いた。
「さすが泰さん、賢い人は話が早くて助かるよ」
めいは泰平に銃口を向けたまま、近くにあった椅子に腰掛ける。泰平は銃口を睨んでいた。
「別に俺は賢くなどないさ。本当に賢い人間なら、お前の嘘には騙されていない」
「泰さんは賢いけど素直だから。まさか私がトッシーの味方をしてるとは思わなかったんでしょ?」
「正直な」
泰平が言うと、めいはクスクスと笑い始める。共に戦っていた頃から変わらない、めいの笑顔を見て泰平は疑問を持たずにはいられなかった。
「なぜだ」
「何が?」
「なぜ魅神の味方をしている?やつがしていることは革命という名のテロリズムにすぎない。正当な選挙の下で選ばれた政治家を武力によって排除するのは、民主主義の否定であり、行先は破滅だ。そうだとわかっていながら、どうして魅神の味方をする?」
「今のままじゃ既に未来の破滅が確定してるから、っていうのはどう?」
泰平の言葉に、めいは平然とした様子で答える。泰平は眉をかしげた。
「どういうことだ」
「泰さんはさぁ、今、大学院生でしょ?日本で1番の大学を出て、政治家の友達も持ってて、将来はまず安泰。そんな人にはわからないよね」
「決めつけるな、相手がわからないと思うならしっかりと話せ」
「あ、そう。じゃあ聞いてくれる?私の昔話」
めいは至って普通のトーンで尋ねる。泰平は自分に向けられた銃口を見ながら答えた。
「…聞かせてもらおう」
泰平が言うと、めいは椅子の背もたれに体重を預けながら、まず泰平に尋ねた。
「私の苗字、どこかで聞いたこと、あったりしない?」
めいの問いかけに、泰平は黙り込む。そんな態度を見ためいはため息を吐いた。
「ま、そんなこと言われてもわからないよね。私たちが生まれる前、生まれても小さかった頃だもんね」
「なんの話だ」
「あぁごめんごめん。じゃあ、聞き方を変えるね。この名前、聞いたことがない?保高刃五郎と、保高ナラ」
聞き覚えのある名前に、思わず泰平の目が鋭くなる。そんな泰平の表情を見て、めいはニヤリと笑った。
「かつて日本で全国的に流行った過激派組織、革命連合の幹部だった2人か」
「さすが泰さん、よく勉強してるね」
泰平の気づきに、めいは我が意を得たりと微笑んだ。
「お前の両親は、テロリストだったというわけか」
「そ。正確には、おじいちゃんとおばあちゃんもね。そんな家系だったからさ、小学校の5年くらいで両親が捕まってさ。私、なんとか脱走して湘堂のおじいちゃんの家まで逃げてきたわけ」
「なるほど、ちょうどお前が俺たちの小学校に転校してきたのもその時期か」
「湘堂の街は元過激派だとか、元革命連合とかザラにいたんだよね。だから私、ヤタガラスがあの街を襲った理由、すっごいわかる。あそこの連中がたくさん生きてたら、国防なんかできないもん」
めいは他人事のようなトーンで話を続ける。泰平は同時に、めいが言わんとすることがなんとなくわかりつつあった。
「それで、お前の両親がどうした。お前もその血を受け継いで革命を起こそうって言うのか?」
「ははは、最初からそう開き直れればよかったんだけどね」
めいは笑いながら遠い目で言葉を発する。そのままめいは大きくため息を吐いた。
「私だってさ、本当は真っ当に生きたかったんだ。でもさぁ、親の因果が子に報いってやつ?私らを雇う世代の人たちって、皆革命連合と、その幹部がどんな連中だか知ってるからさ。私の戸籍調べて、絶対に弾くんだよね」
「企業側もテロ組織と関わりがあるとは思われたくないからだろうな」
「そーゆーこと」
めいは話を終えると、大きくため息を吐いた。そして今までの軽薄な空気感をかき消すように、前に体を倒し鋭く泰平の顔を下から見上げた。
「ねぇ、泰さん、おかしいと思わない?私は何も悪いことしてない。なのにテロリストの娘っていうだけで社会から弾かれる。あなたにこの気持ちがわかる?」
めいの問いに、泰平は机の上に置いてある本の表紙を撫でる。一度目を伏せ、考えを巡らせると、ゆっくりと言葉を発した。
「あぁ、わからない。お前の気持ちも、思考回路も」
泰平はそう言ってめいの目を見る。めいは不快な感情を抱き、改めてサブマシンガンの銃口を泰平に向けた。
「おそらく、お前はそういうふうに自分を受け入れない社会に対して不信感を抱き、社会を変えられる可能性が高い魅神の味方をしたのだろう。違うか」
「そう、私を受け入れてくれない社会なら、自分で変えていくしかない」
「そこだ。そこなんだ」
めいの言葉を聞き、泰平は足を組む。
「自分が社会に受け入れられないからという自分本位な理由で、なんの罪も犯していない人々の生活を脅かす。俺にはその思考回路が理解できない」
泰平はそう言いながら立ち上がる。同時にめいも立ち上がり、泰平の前に立ち塞がって銃を向けた。
「動かないで」
「断る。俺は友人を助けなければならない」
「泰さんのそういうとこ、好きだけど今は嫌い。こっちだって自分の生活を得られる最後のチャンスなの。お願い、言う事を聞いて」
めいは引き金に指をかける。いつでも泰平を撃ち殺す準備はできていた。
それをわかっていても、泰平は怯まなかった。
同時に、彼は脳裏で考えを巡らせ、自分の中の倫理と照らし合わせながら、自分ができることを考えていた。
「保高。お前が経験してきた苦しみは、俺には想像もできない。だが、それは多数の人間を苦しめていい理由にはならない。今なら間に合う。過去のことを水に流し、銃を下ろすんだ」
「そんなことできるわけない!私は散々偏見に苦しめられてきた!今度はみんなが苦しむ番だ!」
めいは感情的になって叫ぶ。泰平はそんなめいの姿を見て冷静に分析をしていた。
(やはり彼女の行動は、彼女自身の苦しんだ『記憶』に起因している…仮に今説得できても、この『記憶』があるかぎり、また同じことをするだろう…ならば、俺がやるべきことは…)
泰平は自分自身がやるべきことを理解する。同時に、その行いが秘める残酷さに、思わず目を伏せた。
一方のめいは、鋭く泰平を睨み、震える手でサブマシンガンを握りしめていた。
「私…泰さんのこと…好きだったのに…泰さんならわかってくれると思ってたのに…!」
めいは恨み言を吐きながら泰平の眉間に銃口を向ける。その目には涙を湛えていた。
そんな言葉を投げかけられても、泰平は冷静な様子を保っていた。
「悪かったな」
「…本当に!!」
めいはそう叫ぶと、引き金を引く。
瞬間、泰平はめいの腕を突き上げ、銃口を天井に向けさせた。
銃声が鳴り響く。
子供の頃から訓練で培った動きで、泰平はめいの背後に回り込み、腕でめいの首を締め上げた。
めいはその泰平の腕を振り解こうとするが、泰平が叫ぶ方が早かった。
「開け、記憶よ」
泰平はそう言うと、灰色の光を右手に集め、その光で本を発現させる、これが泰平のアイテムだった。
泰平の左腕で締め上げられているめいがもがく。しかし、構わず泰平が右手の本を開くと、空白だったページにつらつらと文字が書き連なり始め、めいの動きが止まっていく。
泰平はその本の全てのページが文字で埋まったのを確認し、めいが動かなくなったのを見ると、めいから腕を離し、その本を初めから読み始める。
(2013年4月。河田くんと知り合った。いい人そう)
そこに記されているのは、めいの全ての記憶だった。
(触れた人間の記憶をこの本に写し…そして操る。それが俺の能力…)
(2014年1月。泰さんの指揮でテロリストを倒した。やっぱり泰さんはかっこいい)
泰平は自分の能力でめいの記憶を読み解いていく。
(2022年。今日も面接で落とされた。テロリストの娘だからだ。社会が憎い。憎い。憎い。憎い)
泰平はその記憶を読み終えると、大きく息を吸った。
「保高…生まれ変わってくれ」
泰平はひと言そう言うと、その本の最初のページを引き裂くようにして破り捨てた。
同時に、床に倒れていためいが悲鳴をあげる。泰平はその様子から目を背けなかった。
(人間は記憶を積み重ねていく生き物…記憶とは、その人の人生に他ならない。それを奪うと言うことは、もしかすると、命を奪うことよりも残酷なのかもしれない…)
泰平は懺悔にも似たような感情を抱きながらページを破り捨てていく。その度に、めいが悲鳴をあげ、苦しんでいるのを、泰平は見逃さなかった。
(だが、過去に縛られるあまり、未来まで失う…俺にはその方が残酷に思えたんだ)
「ぃゃ…泰…さん…」
めいが泰平の方を向いて手を伸ばす。
泰平はめいの目を見据えた。
「許してほしいとは言わない。俺のことを恨んでくれて構わない。だから、どうか二度目の人生は、何に縛られるでもなく、自由に生きてくれ…」
泰平は、その本の最後のページを破り捨てた。
めいは、悲鳴も上げずに、その場に力尽きた。
彼女が目を覚ますと、見ず知らずの場所にいた。自分自身が何者なのかもわからない。周囲を見回すと、彼女の近くに、やはり知らない男が立っていた。
「あなたは…?ここは…どこなんですか…?」
彼女は自分でも気づかないうちに目に涙を浮かべながらその男に尋ねる。男は一瞬目を逸らし、彼女の前にしゃがみこんだ。
「…すまない、今はその質問には答えられない。だが、全て終わったら必ずここに戻ってきて、君の質問に答える。だから、今しばらくここで待っていてくれないだろうか」
「でも…ここがどこかも、私自身が誰かもわからないんです…!」
「頼む。俺を信じてほしい」
彼の力強い言葉を聞くと、彼女も急に胸のうちにあった不安がかき消える。なぜだか、彼の言葉は信じていいような気がした。
「…わかりました」
「ありがとう」
男は静かにそう言うと、懐からスマホを取り出しつつ、玄関を目指して歩き始めた。
「和久か、河田です。これからそちらに向かう」
彼女は、その男の声を背中で聞き流すことしかできなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
次回もお楽しみいただけると幸いです
今後もこのシリーズをよろしくお願いします