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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
52/65

51.2人の男

 2人の男が、正面切って向き合っていた。

 2人の横顔を照らす青白い光を放つ結晶を見て、魅神暁広は優しく微笑み、重村数馬は鋭く睨んでいた。

 鋭い表情のまま、2人は沈黙していた。

 そんな中で、暁広が口を開いた。

「重村数馬、お前はなぜ戦う」

 暁広の問いに、数馬は短く答えた。

「必要だから」

 暁広はそれを聞き、何度も頷く。数馬も今のところ暁広が戦う気がないことを察すると暁広に尋ねた。

「お前はなぜ戦う、魅神暁広」

「正義のため」

 暁広も短く答える。数馬は眉をひそめながら言葉を続けた。

「お前にとっての正義とは」

「世界中の全員が平等な力を持ち、不老不死になることで、世界中の全員が幸せになる、真に平和な世界を作る。それが俺の正義だ」

「世界の全員、か」

「あぁ。お前もここで俺の仲間になるなら、その世界の一員に加えてやろう。過去の因縁は忘れてな」

 暁広の言葉に、数馬は黙り込む。暁広はそのまま言葉を続けた。

「重村数馬、わかるだろう?今の世の中は間違っている!少数の人間が力を独占し、大多数の弱者にはなんの力も与えられていない!だから争いは繰り返す!だから俺は龍人の世界を作るんだ!全員が不老不死となり、平等に力を持った世界ならば、誰も死なない、争いも起きない、平和な世界ができるんだ!」

 暁広は世界への怒りを込めながら言葉を発する。だが、数馬は表情を変えないまま言葉を返した。

「ご立派ぁ、政治家にでもなったらどうだ」

 自分を小馬鹿にしたような数馬の言葉に、暁広は感情的になりながら答えた。

「そんな時間はない!今から言論を尽くしても20年は見向きもされないだろう!そして、既に自分にとって都合の良い仕組みを作った人間が、それを壊すような存在を許すわけがない!ならば、奴らを排除しなければ世界は変えられない!貴様も見てきただろう!世界を変えるには、力を行使するのが一番早いと!」

「ヤタガラスも、船広も、自分の要求を通すために人を殺していたな」

「だが俺はあいつらとは違う!世界中の全員のために!この世界のガンになる人間を排除しているだけだ!」

「ならなんで俺の後輩たちは死んだんだ?」

 暁広の主張に対し、数馬は静かに尋ねる。数馬はそのまま続けた。

「俺の後輩たちは、皆未来ある若者だった。それがこの世界のガンだったって言うのか」

「そうだ。俺の邪魔をするなら、どんな人間だろうと悪だ!悪は排除しなければならない!」

「そうか。だったら俺は喜んで悪党になる」

 数馬はそう言うと、右手に赤黒い光を集め、拳銃を形作る。そうして数馬はその銃口を暁広へと向けた。

「魅神、お前がやってることは、ただのわがままだ」

「なんだと?」

「お前は口じゃ世界を救うだとか言ってるが、やってることはなんだ?自分が気に入らないものを殺しているだけじゃねぇか!」

「違う!」

「ならなんで俺の後輩たちは死んだ!世界の全員の中にあいつらだって入ってるはずだろう!結局お前は自分の勝手な基準で人を殺しているだけのテロリストだ!」

「龍人による平和な世界のために、犠牲は付き物だ!」

「誰が龍人にしてくれなんて頼んだ!そんなのはただの独善だ!」

「黙れ!」

 暁広は一瞬で右手に青白いショットガンを発現させ、数馬に向けて発砲する。数馬は全身に終わりの波動を纏わせて飛んできた銃弾を消滅させた。

「重村数馬…この悪党め!貴様こそ、俺が作る龍人の世界の最大のガンだ!平和のために、貴様を殺す!」

「好きにしな。こっちは仕事するだけだ」

 暁広の宣言に、数馬はやはり冷静に答える。


 2人の男はお互いに自分の能力で作り出した銃を向け合った。


 先に引き金を引いたのは暁広だった。

 青白い散弾銃から放たれる、青白い散弾。それに対し、数馬の赤黒い拳銃から銃弾が放たれた1発は、その散弾たちを消滅させながら暁広の眉間を狙っていた。

 暁広は大きく宙へ跳ぶ。龍人の筋力を利用した跳躍で、大きく後ろに下がりながら数馬の放った銃弾をジャンプして回避した。

 同時に、一瞬、数馬の体から消えた終わりの波動を見逃さず、その隙に散弾を放った。

 数馬も上空から飛んでくる散弾に気づく。

(波動でのガードはできない、か)

 自分自身の状況を冷静に分析すると、数馬は散弾を横に転がって回避する。同時に、暁広が背後にある洞窟へと入っていくのに気がついた。

「待て!」

 逃げていく暁広に対し、数馬は声を張りながら暁広の後を追おうと駆け出す。しかし、そんな数馬の足元に、何かが転がってきた。

(手榴弾!)

 数馬は咄嗟に足を止め、全身に終わりの波動を出してこれから起きるであろう爆風から身を守る。だが、彼の予想に反して、やってきたのは爆風ではなく、強い光と高周波音だった。

「!!」

 数馬の視界を強い光が襲い、耳にも強烈な音が響く。数馬は何も見えずによろめきながら、暁広が逃げたであろう方向へ歩みを進めた。

「ちくしょう、逃げるなこの野郎!」

「そう慌てるな。ゆっくり始末してやる」

 何も見えない数馬に、洞窟の中から暁広の声が聞こえてくる。少しずつ数馬の視界が開けてくると、数馬はおぼつかない足取りで目の前の洞窟の中へと入っていった。

 洞窟の中は、この空間の唯一の照明である中央の龍石の光が入ってこないため、薄暗い。ましてや閃光手榴弾で聴覚と視覚にダメージを負っている数馬には、洞窟の中はほとんどよく見えていなかった。

「出てこい!龍人様は不老不死なんだろ!?俺ごときにひよってんじゃねぇよ!」

「獅子はウサギを狩るのにも全力を尽くす。安い挑発には乗ってやれんな」

「俺はウサギさんかよ!」

 自分自身の挑発に余裕を見せながら答える暁広に、数馬は軽口を叩いて毒づく。同時に、数馬は前へと歩きながら考えを巡らせていた。

(声が反響して、やつの居場所がわからない…だが別にいい、見つけ出して殴り倒すだけだ)

 数馬は方針を決めて前へと進む。だが、閃光手榴弾でダメージを負っていた数馬の視界は、足元に仕掛けられているブービートラップに気づくことができなかった。

「!」

 数馬が気づいた時にはもうすでに遅く、数馬の足はワイヤーを引いており、ワイヤーは数馬の足元の手榴弾のピンを抜いていた。

「やっべ」

 咄嗟に数馬は爆風から身を守るようにして腕を正面に回し、終わりの波動を纏わせる。

 ガードをしてもなお爆風は強力で、数馬の体を吹き飛ばし、洞窟を作っていた岩盤をも吹き飛ばす。倒れた数馬が上体を起こして様子を見ると、数馬が入ってきていた入り口は崩れて塞がれていた。

「…逃げ道を塞がれたか…いいや、どのみち前に進むつもりだったから、関係ねぇな」

 数馬は自分を騙すように前向きな言葉を吐くと、飛んできた石や砂を払い除け、前へと進み始めた。


 そんな様子を、暁広は中央の巨大な龍石が浮いている最初の広場で監視していた。彼の手には端末が握られており、その画面には洞窟の内部の数箇所に設置された監視カメラの映像が映っていた。

「ふっ…進んでいるな、重村数馬。せいぜい俺の用意したこの戦場を楽しむといい」

 暁広が口角をあげていると、早速暁広の仕掛けた罠が数馬に襲いかかる。狭い、障害物のない通路で機関銃付きのカメラが数馬に向けて銃撃を始めた。

「っ!」

 数馬は仕方がないので再び全身に終わりの波動を纏わせながら、設置されていた監視カメラに突っ込んでいく。銃撃は全て消滅させられ、数馬にダメージを与えることもなくカメラも破壊されたが、暁広はほくそ笑んでいた。

「いいぞ…そうやって終わりの波動を出せ。俺は貴様に手を出さない。地の利を活かし、持っている情報を活用し、最も確実で安全な方法で貴様を殺す」

 暁広はそう思い微笑む。彼の手元の端末には、わずかながらに消耗している様子の数馬が映り込んでいた。


 数馬は能力を駆使しながら洞窟の中の細い通路を進んでいた。拳銃(M92F)で周囲を警戒しながらの前進だったので、未だに出口らしきものも見当たらない。

 緩い左へのカーブに差し掛かる。壁に張り付くようにしながら道なりに進んでいくと、徐々に青白い光が道の先から差しているのがわかった。

(この光は…まさか最初の広場に出るのか?)

 数馬は驚きで速くなりそうな足を警戒心で速度を抑え、ゆっくりと警戒しながら進んでいく。

 数馬の視界から洞窟の岩肌が消えたかと思うと、正面から青白い光が一馬を照らし出し、同時にその光を背にした人間の影も数馬の目に映った。

「魅神…!」

「待っていたぞ」

 数馬は即座に握りしめていた拳銃で暁広を撃とうとする。

 それと同時に、暁広は持っていた端末を操作する。数馬が引き金を引くその瞬間、数馬の頭上の岩盤が爆発した。

 大岩の数々が数馬の頭上から降り注ぐ。数馬の身体能力を以ってしてもすでに回避できないほどの距離にまで迫っていた。


 岩盤が崩壊し、凄まじい轟音と共に砂煙が舞う。しかし、暁広はわずかたりとも油断していなかった。

「まだ生きているだろう、重村。早く出てこい」

 暁広は端末をしまい、右手に青白いショットガンを発現させて言う。彼の視線は鋭く数馬が潰れたはずの場所を見ていた。

「お呼びとあらば」

 崩れた岩の合間から、暁広に目掛けて赤黒い銃弾が軽口と共に飛んでくる。暁広は眉を動かさず、握っていたショットガンで赤黒い銃弾を撃ち落とした。

 同時に、崩れていた岩が徐々に黒い灰になっていく。そうして目に見える岩の多くが黒い灰になると、山積みになった灰の中から数馬が姿を現した。

「そろそろオモチャと遊ぶのも飽きてきたぜ。仕事させてもらうぞ」

「粋がるな。ここで死ぬのはお前の方だ」

 数馬の言葉に、暁広は短く答える。

 2人の男は互いの銃を向け合った。


 先に引き金を引いたのは暁広の方だった。青白い銃弾が数馬の元に飛ぶ。

 一方の数馬は赤黒い拳銃を終わりの波動へと変え、右腕に纏わせる。その右腕で自分の体を守りつつ、飛んでくる銃弾を打ち消しながら暁広の懐へと潜り込んだ。

 お互いに拳が当たる接近戦の間合い。数馬は暁広の脇腹を目掛け、左の拳に終わりの波動を纏わせてフックを放つ。しかし、暁広は龍人となったことで得た動体視力で、あっさりと下がってそれをかわした。

 数馬は続けて右の一撃を暁広の顔面へと放つ。だがやはり暁広はすんなりとそれを回避した。

(重村との接近戦は危険だが、終わりの波動を浪費させるのには最適。俺から攻撃する必要はない。もうじきこの男の最後だ)

 暁広は冷静に状況を分析しながら、数馬の攻撃を全てバックステップで回避していく。

「野郎…!」

 全ての攻撃を空振りさせられている数馬は、一気に間合いを詰めて怒りを込めて渾身の右ストレートを放つ。しかし、暁広は後ろに下がりつつショットガンで数馬を撃った。

 終わりの波動で防いだものの、ショットガンの一撃で数馬は大きく後ろに戻される。

「逃さ…!」

 数馬がもう一度距離を詰めようとしたその時だった。


 数馬の体内全てに、強烈な痛みが走る。その痛みに、思わず数馬は動きを止めた。

(今だ)

 暁広は隙を見計らってショットガンを数馬に発砲する。数馬はなんとか終わりの波動で銃弾を打ち消すが、直後、激しく咳き込み始めると、口から血を吐き始めた。

「ゲフッ…グフッ…!」

 数馬は咳き込みながら後ろに下がっていく。それを見逃す暁広ではなく、もう一度暁広は引き金を引いた。

 数馬はなんとか横に跳んで銃弾を回避しようとするが、結果的に失敗し、ほとんどの銃弾は数馬に直撃していた。

「ぐ…ぁあっ…!!」

 銃弾が直撃したところには傷もひとつもない。だが、数馬の内臓は急激に老化し、さらに数馬自身の終わりの波動の反動で口から血も止まらず、凄まじい痛みから数馬は膝をついていた。

「苦しいか?重村。これが世界の苦しみだ。俺は世界中の人間をこの苦しみから救わなければならない。死という苦しみから世界を解放するには、龍人の力しかないんだよ」

 膝をついて苦しむ数馬に、暁広はショットガンの銃口を向けながら演説をする。数馬は言葉を返そうとするが、すぐに咳き込んでしまい、言葉にならなかった。

「お前の寿命はあと1年程度。貴様の身体年齢は90の老人のそれだ。身体に大きな負担がかかる、終わりの波動ももう出せないだろう?諦めろ。楽にしてやる」

 暁広は慈悲深い表情をすると、下を向いている数馬の頭にショットガンの銃口を突きつける。数馬は変わらず咳をして下に血を吐いていた。


 暁広が引き金に指をかける。数馬は顔を上げ、暁広が引き金を引き切る瞬間を見計らっていた。


 暁広が引き金を引き切ったその瞬間、数馬は全ての力を振り絞り、銃口を横へ逸らす。暁広はそれに反応しきれず、虚空へ発砲していた。

 同時に、数馬は脇のホルスターから拳銃(M92F)を取り出し、ふらふらと立ち上がり、声を上げながら乱射を始めた。

(気が狂ったか)

 暁広はそう思うと、思わず数馬から距離を取り、改めてショットガンを構えた。

 その瞬間だった。

 轟音が暁広の背後から響く。暁広が背後を見ると、天井の大岩が崩れ落ちてきていた。

「!!」

 暁広は咄嗟に前に転がってそれを回避する。あと一瞬でも遅れていれば、暁広も大岩の下敷きだっただろう。

「残念だったな、潰し損ねて」

「いいや、違う…潰したかったのはあんたじゃない…逃げ道だ…!」

 暁広が余裕を見せると、すぐさま数馬は血を吐き捨ててから答える。

 暁広はまさかと思い数馬の方を見ると、再び全身に終わりの波動を纏っていた。

「ここで終わりの波動を出すか、自殺行為だな、重村。言っただろう、寿命短い貴様の体では、終わりの波動には耐えられない」

「『長くは』な。だが、逃げ道のない貴様1人葬るなんざ一瞬だ!」

 数馬は鋭い表情で宣言する。暁広は構わずショットガンを構えた。

(慌てる必要はない。また全て回避しきればいいだけのこと)

 暁広は気持ちと思考を切り替えると、数馬の動きに注目する。

 弱っている数馬は、先ほどのような機敏な動きはできず、踏み込んで暁広の顔面に左のジャブを打つが、暁広は先ほどよりも余裕を持って数馬の横にまわりこみ、そのジャブを回避した。

(脇腹はお留守、もらった!)

 暁広は勝利を確信するとショットガンを数馬の脇腹に向ける。

 しかし、暁広は数馬の右手が見えていなかった。

 左腕の下から、数馬は右手に握った拳銃(M92F)を暁広に向ける。おおよそ暁広の体のどこかに当たると確信すると、数馬は拳銃の引き金を引いた。

 数馬の拳銃から銃弾が飛ぶ。

 暁広も引き金を引いた。

 しかし、数馬の放った銃弾が暁広の右手に直撃する方が早かった。

 暁広の銃撃はあらぬ方向へと飛ぶ。

 同時に、銃撃の反動で、暁広は一瞬足を止めた。


(…!!)


 数馬はそこを見逃さなかった。


「ウォラッ!!」


 わずかに残っていた全ての力を振り絞り、終わりの波動を纏わせた左手の裏拳で、暁広のこめかみを殴りつける。

 暁広の脳が大きく揺れると同時に、経験したことのないような痛みと熱が暁広のこめかみに流れた。

「ぐぁあああっ!!!」

 暁広は思わずこめかみを抑えて声を上げる。そうして姿勢を崩した暁広の方へ、裏拳の勢いを利用して数馬は向き直った。

(まだだ…!この一撃さえかわせば…!)

 暁広は終わりの波動が全身には流れていないことを察知し、数馬の次の一撃に備える。

(ヤツももうほとんど動けないはずだ…!かわせる、俺なら…!)

 暁広は自分を励ますようにして数馬の動きを見る。だが、終わりの波動は徐々に暁広の体を蝕み、暁広の左目の視界を奪った。

(!!)

 暁広の死角に、数馬は暁広の想像を遥かに上回る速度で回り込む。

「寄るな!」

 暁広は数馬を追い払おうと数馬がいるであろう方向へショットガンを発砲する。

 数馬は逆に銃口の真横に潜り込み、暁広の懐へと潜り込んだ。

 数馬は右手の拳銃を捨て、拳に変える


「くたばれっ!!」


 数馬は大きく拳を振るい、勢いをつけると、暁広の顎を下から突き上げるように拳を振り上げた。

「がっ…!!」

「…リャ!」

 数馬はその拳で暁広のアゴを打ち抜く。

 暁広の体は一瞬宙に浮くと、そのまま吹き飛び、その場に大の字になって暁広は倒れた。



「はぁ…はぁ…」

 死闘を終えた数馬は、再び血を吐き出す。だが、同時に暁広から与えられたダメージが回復しつつあり、内臓の痛みがなくなってきているのを感じていた。

 しかしそれでも数馬の体は疲労の限界を迎えており、その場の岩に背中を預けて腰を下ろした。

 数馬は咳き込み、血を吐き出す。ようやく咳がひとまず止まった数馬は、倒したはずの暁広を見た。


「ま…だ…だ…」


 数馬の終わりの波動がまだ行き渡っていない暁広は、ポケットにあった自分用のカットした龍石を手に取る。

 残る力を全て振り絞り、暁広はゆっくりと起き上がると、部屋の中央にある巨大な龍石の結晶の方へと体を向けた。


「あの野郎…!」

 数馬は暁広に止めを刺そうと動こうとするが、再び咳き込み、血を吐き始める。

 その間に、暁広は自分の残った右目の前に、自分のカット済みの龍石を掲げる。


「俺に…力を…!!」


 暁広の願いを聞いたのか、部屋の中央の巨大な龍石はさらに強い光を放つ。その光は、暁広の掲げた龍石を通して暁広の右目に突き刺さった。


「うぅ…ぉおおおお!!!」


 強い青白い光が辺りを包み、数馬も思わず目を伏せる。その中で暁広の声だけが響いていた。


 光が消えると、数馬は顔を上げる。


 ボロボロになっていたはずの暁広は、今までの傷が嘘のように消え去り、数馬と戦う前の姿に戻っていた。

 自信に満ちた表情で暁広は数馬の方へ向き直る。

 数馬は覚悟を決め、もう一度ゆっくりと立ち上がった。

「力が湧いてくる…!この感覚…!そうだ、これこそが龍人の力…!」

 暁広は自分の体を見回す。そしていつの間にか左手に握られていた新しいアイテムを見る。銀白色の懐中時計だった。

 一方の数馬は暁広が自分の体を確認している隙に、拳銃(M92F)をしまい、拳銃アイテムを発現させ、暁広に向けて発砲した。

 暁広はゆっくりと飛んでくる銃弾の方へと振り向く。そして、ニヤリと笑うと、懐中時計を片手で開いた。



 暁広の眉間に飛んできた銃弾の動きが止まる。

 数馬も少しも動いていない。

 この空間、今この瞬間、動けるのは暁広1人だった。

「これが…俺の3つ目の力…!龍人は…時間すらも超越できる…!」

 暁広は空間で止まっている銃弾を悠々と歩いて回避すると、右手にショットガンを発現させ、数馬の真横に立った。

「時間が止まっていようと、貴様に触れるのはリスクが大きい。確実に仕留めてやる」

 暁広はそう言いながら数馬に銃口を向け、ショットガンの引き金を引く。

 拳銃を発砲したばかりの数馬は、体に終わりの波動を纏っておらず、暁広の予想では問題なく数馬の体に着弾するはずだった。

 しかし、暁広の予想に反し、暁広の放ったショットガンの銃弾は数馬から数m離れたところで停止した。

「…なるほど、そういうルールなのか。ならそれはそれで構わない。時間が動き出したその瞬間に死んでもらうだけだ」

 暁広はそう思うと、数馬の横から背後にかけ、歩きながらショットガンを連射する。ショットガンの銃弾は全て数馬に当たる寸前のところで静止し、数馬の周りに壁のように銃弾たちが溜まっていった。

「終わりだ、重村数馬」

 暁広はそう言って、懐中時計の蓋を閉じた。



 拳銃の引き金を引いた瞬間、数馬の視界から暁広は消えていた。正面の虚空を、ただ自分が放った赤黒い銃弾が飛んでいるだけだった。

(ヤツはどこ行った?)

 そんな数馬の疑問に答えるように聞こえてきたのは、左と後ろから聞こえてきた大量の銃声。

 数馬がすぐさま振り向くと、壁のようになった青白い銃弾たちが、数馬に向けて殺到してきていた。

「なんだこりゃ…!」

 避けようにも避けられないと察した数馬はすぐさま地面にうつ伏せになる。両腕に終わりの波動を全て集中させ、迫り来る二つの壁をやり過ごす。だが数馬が被弾する面積を最小にしても物量は圧倒的であり、全て凌いだ頃には両腕の終わりの波動はなくなっていた。

「ほう?凌いだか、重村」

 暁広の声がする。数馬はすぐさま顔を上げてそちらを見ると、伏せた状態のまま暁広へ拳銃を向け、引き金を引いた。

 暁広は構わず左手に握った懐中時計の蓋を開いた。

 瞬間、暁広の姿は消え、再び数馬は全ての方向から銃弾に囲まれていた。

(まただ…!)

 数馬は拳銃を終わりの波動に変え、右腕に集中させると、立ち上がって銃弾をかき消しながら暁広を目指して走り始める。

 数馬が走ってきていても、暁広は微動だにしなかった。

(よし、当てられる…!)

 数馬はそう思って暁広の顔面に拳を振るう。

 暁広はいつの間にか閉じていた懐中時計の蓋を開く。

 数馬の拳は空を切り、目の前にいたはずの暁広は姿を消していた。

「すっトロいぞ!」

 暁広の声が聞こえてくる。数馬の背後からだった。

 数馬は瞬時に振り向くと、やはり壁のように迫ってくる想像を絶する量の銃弾がそこにあった。

(どうなってる…?)

 数馬は右腕に纏わせた終わりの波動を駆使して自分に飛んでくる銃弾を打ち消す。

 全て打ち消し、暁広の姿が見えたかと思うと、数馬の心臓に痛みが走った。

(まずい…ダメージが蓄積してきた…早くあいつの瞬間移動のトリックを見抜かないと、俺が死ぬ…)

 数馬は自分の体がそう長く保たないことを察し、無理に動くのではなく暁広の動きを観察する。

 一方の暁広も、大きな行動を起こさず、ゆっくり歩いて間合いを測り続ける数馬の様子を見て、同じように一定の距離を保ちながら歩いていた。

「どうした?動かなければ俺は倒せないぞ?」

 挑発してくる暁広に対し、数馬は何も答えない。右手に纏わせた終わりの波動を拳銃に変え、暁広の様子を窺っていた。

「言葉を返す余裕もないか」

「違う。俺は…」

 暁広の言葉に、数馬が答えようとする。

 数馬はその瞬間、咳き込み始めた。


(待っていたぞ!)


 暁広はその瞬間、懐中時計の蓋を開こうと、左手を動かし始めた。


(終わりの波動の反動を受けている最中は、終わりの波動は出せない。この瞬間を永遠にすれば、お前に勝ち目はない!この瞬間が貴様の『終わり』だ、重村数馬!)


「やっぱりそれか…!」


 その瞬間、数馬の右手に握られていた拳銃が火を吹き、終わりの波動を纏った銃弾が、暁広の左手を、懐中時計の蓋が開く寸前で撃ち抜いた。

「なにっ!?」

 暁広は想定外の出来事と左腕の痛みに、懐中時計を落とす。

 そのまま数馬は懐中時計に銃撃を浴びせると、懐中時計は一瞬のうちに黒い灰となって消え去った。

「安全策を取りすぎたな、魅神。俺の弱点は俺自身が一番わかってる。それをどう活用すればいいかもな」

「ちっ…安い演技で俺を騙したな…!」

 暁広は怒りに任せて数馬に右手のショットガンで銃撃を浴びせる。しかし数馬はあっさりと飛んできた散弾を回避すると、暁広に拳銃を発砲し返す。

 暁広もその銃撃を回避すると、部屋の中央の巨大な龍石を背後にするようにして立った。

「お前の新しい能力ももう使えん。覚悟はいいな、魅神」

「いいや、俺は諦めん、絶対に!この世界を幸せにするには龍人の力が絶対に必要なんだ!だから俺はここで負けるわけにはいかない!」

 暁広はそう宣言すると、右の片手一本でショットガンを構え、数馬に向ける。数馬も、暁広のその気持ちと言葉を受け、改めて拳銃を向けた。


 2人の距離は約8歩。


 先に動いたのは数馬の方だった。

 暁広の眉間を捉えながら、拳銃アイテムの引き金を引く。同時に、数馬は暁広を目掛けて真っ直ぐに走り出していた。

 同時に暁広も向かってくる数馬に向けて銃撃を放つ。しかし、暁広の銃撃は数馬の銃撃によって打ち消されていた。

(銃撃はどうでもいい!それを放ったということは、その間ヤツは終わりの波動を纏えないということ!ならば逆に接近戦で殴り倒す!)

 暁広は覚悟を決める。脳裏にはかつて数馬に格闘戦で勝てなかった記憶がよぎったが、暁広は怯まなかった。

 終わりの波動を纏えないでいる数馬も拳銃を光に変えると、両手を拳に握り換えた。

(接近戦は俺の十八番おはこ、終わりの波動が出せるようになるまで、押し切る!)

 2人の距離は互いに一歩の距離。お互いの拳の威力が最大になる距離だった。


 数馬がまず暁広のボディーを目掛けて右の拳を振るう。

 暁広は片足を上げてその拳を膝で受け止めると、すぐさま右腕を振るって数馬の顔面を殴り抜けようとする。

 しかし、数馬は左肘で暁広の腕を弾き返すと、そのまま左の拳で暁広の顔面を殴る。

 怯んだ暁広に、数馬はもう一度左の拳で暁広の顔面を殴ろうとする。だが暁広も今度は数馬のその拳を寸前で掴み、受け止めた。

「ふん!」

 暁広はその拳を、あらぬ方向へ捻じ曲げる。

「がぁっ…!!」

 左手首を折られた数馬は、思わず声を上げそうになる。同時に暁広は数馬の腕を掴んだまま数馬を引き込むようにして数馬の心臓へ膝蹴りを叩き込む。

 数馬はすぐさま右腕で自分の心臓を守るが、それでも心臓にダメージは伝わり、右腕は折れた。

「このまま…死ねぇっ…!!」

 暁広はそう言って自分の右腕を振り上げる。龍人の硬い骨ならば、それを数馬の脳天に振り下ろすことで数馬の頭を叩き割ることができる。数馬にもそのことはよくわかっており、暁広の動きも見えていた。

(もう両腕は使えない!終わりだ!)

 暁広は勝利を確信した。


 だが、数馬は折れてまともに使い物にならない右腕を振り上げた。


 その右腕には、終わりの波動が纏わされていた。


 数馬の右腕が、暁広の顎を突き上げる。


 そのダメージで、暁広の振り下ろしていた腕の動きが遅くなる。


 数馬は、左腕で暁広の腕を受け止めた。


(くっ…だが押し切れる…!)


 暁広はそう思うと、徐々に終わりの波動で蝕まれる自分の顔面も気にせず、数馬の腕ごと押し切ろうと自分の腕に全身の力を込める。


「…そらぁぁ!」


 だが格闘戦では一日の長がある数馬は、気力を振り絞って足を一気に伸ばし、地面との反力を使って暁広の腕を弾き返した。


「なんだと…!?」


 想定を遥かに超える力で弾き返された暁広は、姿勢を崩しながらよろめく。

 その隙を、数馬は見逃さなかった。


「歯ァ食い縛れェ!!」


 そう叫んだ数馬は、右手を握りしめていた。その右手には、赤黒い光が宿っていた。


 暁広は身を守ろうと両腕で顔面を守る。


 数馬には関係がなかった。


 暁広のガードの奥にある顔面を目掛けて炸裂する、数馬の渾身の右ストレート。


 折れた数馬の右腕に伝わる、暁広の腕の感触。構わず数馬は拳を振り抜いていく。


「くっ…!こんなところで…!」


 暁広の腕が、徐々に終わりの波動に蝕まれていく。彼の腕は黒い灰に少しずつ変わっていっていた。


「俺の…正義が…世界が…!」


 暁広の腕が黒い灰になり、その隙間から数馬の腕が暁広の顔面へと伸びていく。


 すでに暁広には避けることもできなかった。


「うぉぉりゃあぁああ!!!」


 数馬の裂帛の気合と共に、数馬の右の拳が暁広の顔面に突き立てられる。

 そのまま数馬は拳を振り抜いた。


「うぐあぁあああぁあ!!!!」


 暁広の体が吹き飛ぶ。


 宙に浮いていた龍石に、暁広の背中が叩きつけられた。


「なぜだ…俺は正義なのに…!」


 暁広は悔しさから疑問を口にする。しかし、それも虚しく、暁広の体は全て黒い灰へと変わっていた。

 さらに終わりの波動は暁広を媒体として、宙に浮いていた龍石に伝わり、龍石も黒ずんでいき、光が失われ、灰になった。


 戦いを終えた数馬は、暗闇の中で宙を舞う黒い灰を見て、ようやく自分の勝利を確信し、拳銃アイテムを光に変えた。

「魅神…」

 数馬は投げ捨てた自分の拳銃(M92F)を拾い上げる。

「正義は押し付けるもんじゃねぇ。自分の心に持っとくもんだ」

 自分の手で葬った相手に対し、数馬は静かに言葉を発する。そうして、自分の連絡を待つ仲間のために、この基地から出ようと足を進め始めた。

 だが、その瞬間、数馬の全身に激しい痛みが走り始める。同時に、数馬は咳き込み始め、血を吐き始めた。

「げふっ…ごふっ…!」

(血が止まらない…早く地上に出ないと、連絡ができない…!)

 数馬は思わず足を止めそうになるが、責任感で痛みを堪えて足を動かし、前へ前へと進む。

 出口へと続く階段を登っていく。元から長い階段ではあったものの、今の数馬にはさらに長く感じられた。

 数馬は咳き込み、血を吐く。自分でも顔色が青白くなっているのがわかるほど、数馬は多くの血を吐きすぎていた。

 気を失いそうになる。しかし、折れた右腕を強引に壁に叩きつけて痛みで意識を保つと、数馬は階段を登り切った。

(あと少し…)

 数馬は近代的な基地の通路に戻ってくる。咳き込んで口から血を吐きながら、壁に体重を預けつつ、外の光が差す扉を目指して歩いていく。

 ようやく少し先に見えた外に通じる扉まで、数馬はボロボロになりながら歩くと、その扉を蹴り開け、右手で懐のスマホを取り出し、和久へと通話を始めた。

「…頼む…出てくれ…」

 数馬は力尽きる寸前だった。気絶しそうな体で、腰を床に下ろし、壁に背中を預けると、スマホから和久の声が聞こえてきた。

「堀口です、数馬、どうした?」

「…あぁ…魅神を倒した…」

「本当か!?」

「あぁ…あとは頼む」

「任せておけ。お前は早く治療を受けろ」

 数馬の報告に対し、和久は優しく声をかける。数馬もそれを聞き、静かに頷くと、通話を切る。

 山の頂上から見える街を見下ろしながら、数馬は晴れ渡る空を見上げた。

「お前の『正義』も…もうすぐ『終わり』だ…魅神…!」

 数馬はそう言うと、咳き込み始める。先ほどよりも激しい、発作のような咳。数馬は血を吐き続け、気がつくと、気を失っていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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