48.任務と友情
5/16 朝10:30 北回道 風良野市
安藤佐ノ介は、竜雄と別れて目的地に向かっていた。
次のバス停への近道は、目の前のラベンダー園を抜ける道。佐ノ介はスマホで地図を確認しながらラベンダー園の看板を見ていると、スマホが振動し、連絡が入った。
「洗柿は倒した。今後は全員で行動しても問題ない」
佐ノ介が見ると、竜雄からの連絡だった。佐ノ介はそれに口笛を吹くと、軽快にスマホのキーボードで返信を打ち始めた。
「ご苦労。全員龍観で会おう」
佐ノ介がそう打ち終えると、すぐに竜雄から「了解」と返信が来て、既読が5になる。佐ノ介はスマホをしまい、改めて目の前にあるラベンダー園の入り口を見る。長い階段が佐ノ介を待っていた。
「さて、行くとするか」
佐ノ介は息を吐くと、ゆっくりと階段を登っていく。一段一段踏みしめて登りつつ、階段の両側に広がる紫のラベンダーの花壇を横目で眺めていた。
(どこを見ても見事なもんだな)
佐ノ介がそう思っていると、佐ノ介の懐から何かが落ちる。佐ノ介は足を止めてそれを拾い上げた。
(お守り…)
佐ノ介が落としたのは、この旅を始める前夜にマリから手渡されたお守りだった。
「私の能力はよくわからないけど、光を浴びたあの時からこのお守りだけは出せるようになったの。どんなご利益があるかはわからないけど、持っていって」
前夜に交わしたマリとの会話を思い返す。佐ノ介は思い浮かんだマリの顔を抱きしめるように、そのお守りを握りしめた。
「マリ…全部終わったら、ここに来ような」
佐ノ介は1人でそう呟くと、再びお守りを懐にしまい、階段を登り始めた。
さして時間もかからずに階段を登り切り、平地にやってくる。あたりにはラベンダーが植え込まれたレンガ造りの花壇がいくつも設けられ、通路を作っていた。
佐ノ介はラベンダーの香りや花の色合いを楽しむこともせずに最短距離を目指して真っ直ぐに前へ歩いていく。
50mほどの直線に、誰もいない。静寂が辺りを包む中、佐ノ介は周囲を警戒しながら出口を目指す。
そんな佐ノ介がふと正面を見た時だった。
出口の前に、誰かが立っていた。
佐ノ介の目つきが鋭くなる。佐ノ介とその人間の距離は15m。佐ノ介にはそれだけの距離があっても、その人間の顔がよく見えた。
「馬矢…!」
佐ノ介は思わず足を止める。佐ノ介とは対照的に、出口の前に立っていた人間、馬矢浩助はゆっくりと佐ノ介の方へと歩き始めた。
「また会ったな、安藤」
歩きながら気安く話しかける浩助に対し、佐ノ介は懐から拳銃(CZ75)を取り出すと浩助の眉間に狙いをつける。
「動くな、そこで止まれ」
佐ノ介が冷静に言うと、浩助も足を止める。銃口は正確に浩助を捉えていた。
「...ふっ、ちゃんと銃は持ってきたか、安藤」
「…あぁ。お前とは結局こうなると思ってたからな」
「そうか」
浩助は佐ノ介の声を聞き、穏やかに微笑み、懐に手を伸ばした。
佐ノ介はそれを撃とうとしたが、浩助が取り出したものが拳銃ではないのがわかったので引き金は引かなかった。
「なんだ、それは」
浩助が取り出したのは、謎のケースだった。浩助は佐ノ介の問いに答えながらケースを開いた。
「龍石。これさえあればどんな人間でも簡単に龍人になれるのさ」
ケースの中で透明な輝きを見せる水晶のような石を眺めつつ、浩助は呟く。警戒を解かない佐ノ介に浩助は話しかけた。
「なぁ、安藤、お前の提案には感謝してる。けど、俺は親友を裏切れなかったよ。たとえお前や世界を敵に回しても、俺は変われないらしい」
「いいんじゃないか?俺もそういう人間だからな、個人としては否定しないが、こっちにも仕事はある」
「不器用な意地っ張りが2人、敵同士になったか。なら、しょうがないよな」
浩助はそう言って微笑むと、ケースから親指ほどの大きさのその石を摘みあげ、太陽へとかざした。
太陽の光が石を通じて浩助の目に突き刺さり、まばゆい光が辺りを包む。佐ノ介も思わず自分の目を庇うように左腕で光を遮った。
「これが…力か…!」
ほんの数秒後、光がなくなり、その中から浩助の姿が再び佐ノ介の目に映る。今まで黒かった浩助の髪と瞳は青白くなり、心なしか腕や足も太くなり、全体的に大きくなったように見えた。
佐ノ介は瞬時に引き金を引く。放たれた2発の銃弾は正確に浩助の眉間に直撃したが、浩助は軽くよろめいただけで血も流さなければ声も上げなかった。
「不老不死っていうのは嘘じゃなかったんだな…暁広が追い求めたのもわかるよ」
浩助は自分自身の身に起きていることに驚きながら、体を動かして何が変化したのかを確かめていく。構わず佐ノ介は浩助に銃撃を浴びせた。
浩助は飛んでくる銃撃を見るなり、左手に力を込めると、彼自身のアイテムである日本刀を発現させ、刀を抜き払う。
銃弾が一刀の元に二つになると、さらに刀から白い衝撃波が飛んだ。
「なるほど?これが龍人になって得られた二つ目の能力か」
浩助は冷静に呟くが、構わず佐ノ介は目の前から飛んでくる衝撃波に銃撃を浴びせる。しかし、何発撃ち込もうと銃弾はその衝撃波によって切り捨てられ、勢いも衰えずにゆっくりと佐ノ介の元へ飛んでくる。
佐ノ介は首元をその衝撃波に掠められながら、姿勢を崩しつつ衝撃波をなんとかかわす。同時に、浩助がいつの間にか距離を詰めていることにも気がついた。
(!)
浩助は佐ノ介の喉元にサバイバルナイフを突き立てようとする。間一髪佐ノ介はそのナイフの刃を拳銃の銃身で受け止めたが、浩助は構わず佐ノ介の首をかっ切ろうと力を強めていた。
「この…馬鹿力が…!」
佐ノ介は悪態をつきながら浩助を押し返そうとするが、浩助の力は凄まじく、徐々にナイフの刃が佐ノ介の首に近づいていく。
「終わりだ、安藤」
浩助の力がさらに強まる。佐ノ介もなんとか踏ん張るが、片膝を地面に突くほどに追い込まれていた。
佐ノ介はその瞬間、銃の引き金を引いた。銃弾はあらぬ方向に飛んでいったが、浩助は思わず銃の方を見た。
その僅かな隙に、佐ノ介は左手を自分の後ろ腰に回す。そして、事前に購入していた閃光手榴弾を腰からピンを抜きつつ地面に叩きつけた。
「こいつ...!」
浩助が気がついた時にはもう遅く、高周波の音と強烈な光が浩助の視界を包み、彼の世界は一瞬真っ白になった。
ほんの僅かな間、浩助の視界が利かないうちに、佐ノ介は浩助の腕から抜け出していた。
浩助は自分の視界を取り戻し、佐ノ介の姿が見えないことを確認すると、一度ナイフをしまい、周囲を見渡す。どこもかしこもラベンダーの花が咲き誇っていた。
「上手く逃げたな、安藤。だが、いつまでも逃げられると思うなよ」
浩助はそう脅しをかけると、ナイフの代わりにアイテムの刀に持ち替えて佐ノ介を探し始めた。
一方の佐ノ介は姿勢を低くしてラベンダーの花壇に身を隠しながら浩助の様子を窺いつつ、息を潜めていた。
(危なかった…この状況、接近戦じゃ流石に部が悪いか…どうにか距離を作って狙撃しよう。拳銃は効かなくても、ライフル弾なら多少は効くはずだ)
佐ノ介は今後の方針を決めると、浩助の動きに注意を払いつつ、しゃがんだままで歩き始めた。
(少し先に階段があるな…登って逃げるぞ)
佐ノ介が歩き出した瞬間、風が吹き抜けラベンダーの葉が揺れ、葉っぱ同士が触れ合う音が響く。
浩助はその音のした方向へ刀を振り下ろす。
早咲きのラベンダーの紫色の花弁が舞い散った。
「…ただの風か」
浩助は手応えがないことにため息をつく。一方の佐ノ介はさして遠くない距離に刀が振り下ろされたことに冷や汗を流した。
(あと数mズレてたらヤバかったな…)
佐ノ介はそう思いながらその場を離れようとしたが、浩助の気配がすぐ近くにあり、動けば角度の都合で浩助に簡単に見つかってしまいそうで、なかなか動けないでいた。
(逃げたいが…どう逃げようか)
佐ノ介は浩助をその場から引き剥がすための作戦を考える。
背中越しに見える浩助は徐々にこちらに向かってきていた。
そんな佐ノ介の目に、自分が握りしめている拳銃が映った。
(マガジンを投げて物音を立てれば気を引けるか…やるか)
佐ノ介は拳銃に入っているマガジンを抜くと、拳銃本体は一度懐にしまい込み、右手に力を込める。灰色の光が集まったかと思うと、佐ノ介の右手に射撃用のゴーグルが発現した。
佐ノ介はそのゴーグルをかけると、少し離れた花壇に狙いをつける。ゴーグルを使ったロックオンを完了した佐ノ介は、花壇に向けてマガジンを投げつけた。
マガジンは小さな放物線を描き、ラベンダーの茎に当たる。草の葉の音が辺りに響いた。
浩助が物音のした方へと走り始めた音が聞こえた。
(今だ)
佐ノ介もその間に姿勢を低くしながら数m先にある上への階段を目指して歩き始めた。
そうとも知らず浩助は佐ノ介の投げたマガジンの落ちた場所へと走る。勢いそのまま浩助はラベンダーの花ごと、その場にいるはずの佐ノ介へ刀を振るった。
花と草の葉が舞い散る。だが、浩助が斬ったのはそれだけであり、佐ノ介の首はそこにはなかった。
「これは…空のマガジンか。やってくれたな、安藤」
浩助は切り倒されたラベンダーの中にあったマガジンを見て佐ノ介の思惑に気づいて呟く。浩助は辺りを見回し佐ノ介を探したが、佐ノ介の姿はなかった。
「どこに逃げたかは知らんが…暁広のためだ、逃しはしない」
浩助は刀を構えながらゆっくりと周囲を警戒しつつ歩き始める。
その浩助の姿を、佐ノ介は公園の2階から狙撃銃のスコープ越しに監視していた。
「お前もダチのため、か」
佐ノ介は浩助の頭に狙いをつけ、浩助の動きに合わせて銃口を動かしていく。
(悪いな。こっちはもっと大きなものを背負っちまってるんだ)
佐ノ介は内心浩助に同情にも似たような感情を抱きながら、肩の力を抜いて指の感覚を研ぎ澄ました。
浩助が振り向く。
2人の目がスコープ越しに合った。
瞬間、佐ノ介は狙撃銃の引き金を2度引いた。
銃弾がふたつ、浩助の眉間を目掛けて飛んでいく。
浩助の目には、そのふたつの銃弾はスローモーションにすら見えていた。
(1発は外れる。本命はこっちだけだ)
浩助は2発のうち1発しか当たらないと判断すると、自分の眉間に飛んでくる銃弾へ、刀を振り下ろし、佐ノ介を睨んだ。
(腕のいいスナイパーと聞いていたが、結局龍人の前じゃ無力だ)
浩助は内心勝ち誇ると、衝撃波を放とうと刀を高く構えた。
その瞬間、浩助の後頭部にライフル弾が直撃したのである。
(なんだと…!)
浩助は背後を見るが誰もいない。そのことから、外れたはずのもうひとつの銃弾が浩助を撃ち抜いたのを察した。
「俺の能力は狙ったところに着弾させる能力…正面から撃ったってお前には効かない。だから2発目に細工したのさ」
佐ノ介は小声で言うと、さらに引き金を引いていく。
浩助も何発も飛んでくる銃弾に対抗しようとしたが、銃弾はそれぞれ独特の軌道を描き、浩助に的を絞らせない。その銃弾たちに翻弄されるうちに、浩助は何発も銃弾に貫かれた。
ライフル弾の殺傷力は龍人であっても強力だったようで、銃弾が直撃したところからわずかながら血が滴る。浩助は膝を突き、そこに倒れた。
「静かに寝てな」
佐ノ介は小さく言いながら、一度狙撃銃のスコープから目を外し、全弾撃ち切った狙撃銃のマガジンを交換し始めた。
(いくら龍人でも、なりたてならこれで結構効くんじゃないか…?)
佐ノ介はそう思いながらマガジンの交換を終え、改めて浩助の様子をスコープ越しに窺う。
佐ノ介は周囲を見回したが、そこに倒れているはずの浩助はいなかった。
(まさか…!)
佐ノ介は嫌な予感がしてスコープから目を離し、上を見る。
地上で伏せていた佐ノ介に、刀を向けている浩助が、空中から降ってきていた。
「ありかよ…!」
佐ノ介は悪態を吐きながら狙撃銃を持ったまま横に転がって立ち上がる。その瞬間に着地した浩助と彼の刀は、佐ノ介の喉があったところを的確に捉えていた。
「よく避けたな。やったと思ったんだが」
「昔から悪運は強くてね」
浩助の軽口に、佐ノ介は狙撃銃を構えながら軽口で返す。浩助は地面に突き刺さった刀を右手で抜くと、左手には愛用しているサバイバルナイフを握りしめた。
「それも今日までらしい」
浩助はそう言うと、姿勢を低くしながら佐ノ介に一気に近づき、左手のナイフを佐ノ介の首元へ振るう。佐ノ介は咄嗟に持っていた狙撃銃でそれを弾き返す。
浩助は続けて右手の刀で佐ノ介の喉元を突く。佐ノ介は狙撃銃で刀を払い除けると、すぐさま反撃の銃撃を浴びせる。浩助は若干怯んだが、すぐさま刀を振り上げ、佐ノ介の心臓を切り裂こうとする。
佐ノ介は狙撃銃でその刀を受け止めて心臓を守るが、その代償として狙撃銃は真っ二つになり、使い物にならなくなった。
「…!」
「もらった!」
浩助は勝ちを確信して左のナイフで佐ノ介の喉元を狙って突く。佐ノ介は咄嗟に両手の狙撃銃の残骸を投げ捨て、自分に迫るナイフを左足で蹴り払った。
浩助も攻撃の手を緩めず、右手の刀で佐ノ介の首を真横から薙ぎ払おうとする。
佐ノ介は冷静にその刀の動きを見ると、姿勢を低くしながら浩助の膝を右足で踏みつけた。
「ぬっ…!」
浩助は一瞬足元が崩れたが、冷静に左のナイフで佐ノ介の胴元を切り払う。佐ノ介は咄嗟に下がったが、ナイフは佐ノ介の腹筋を掠めた。
(姿勢が崩れた今なら…)
そう思った佐ノ介は懐から拳銃を抜く。だが、同時に浩助は右の刀で佐ノ介の銃を握った腕を狙っていた。佐ノ介の動体視力は、浩助の刀の動きを見逃していなかった。
佐ノ介は浩助に狙われている右腕を大きくあげ、さらに拳銃のマガジンを外した。
刀は佐ノ介の腕ではなく、佐ノ介が落とした拳銃のマガジンを斬り裂いた。
その瞬間だった。
刀はマガジンの中に入っていた銃弾すらも斬り裂き、銃弾の中の火薬も斬り裂いた。その結果、小さな爆発が起きたのである。
「!!」
佐ノ介も浩助も咄嗟に自分の身を庇う。浩助はその場に伏せ、佐ノ介は背を向けてその場を立ち去った。
背中にいくつかの細かい金属片が刺さりながら、佐ノ介は下の階の花壇の影に隠れていた。
(痛てぇ…マガジンの破片が刺さりやがった…)
佐ノ介は痛みに耐えながら腰に入っているはずの予備のマガジンを見る。しかし、そこにあるのは最後のひとつだけだった。
(武器もねぇ、弾もねぇ、薬もねぇか…勝ち目もねぇか?)
佐ノ介は内心自虐的に笑いつつ、予備のマガジンを拳銃に装填する。だが、銃をリロードした際に背中が痛み、思わず咳き込んだ。
そんな佐ノ介の懐から、何かがこぼれ落ちる。よく見ると、マリから手渡されたお守りだった。
(お願い…生きて帰ってきて…)
出立前日、マリは目に涙を浮かべながら佐ノ介にそう言った。佐ノ介はマリの表情を思い出しながら、そのお守りを拾い上げた。
「マリ…」
佐ノ介はお守りを握りしめながら呟く。同時に、少し咳き込んだ。
「安藤、出てこい。場所はわかってる、正面切ってケリをつけようじゃないか」
お守りをしまった佐ノ介に、浩助の声が聞こえてくる。佐ノ介はその声を聞いて周囲を見回した。
(俺の血の痕が残ってる…本当にバレてるんだろうな)
佐ノ介は冷静に状況を分析する。そして拳銃に弾が込められていることも確認し、大きく息を吸った。
(もう逃げ切れん…接近戦じゃナイフには勝てないし、銃も効かない…だが…)
佐ノ介は懐にしまったお守りを握りしめる。
(それでも俺は軍人…国家のために、あいつらを生かしておくわけにはいかない…一か八か…俺はやる)
「マリ…ごめんな」
佐ノ介はそう呟くと、意を決して立ち上がる。
浩助が佐ノ介から少し離れた通路に立ち、ナイフと刀を握りしめていた。
「お望み通り出てきてやったよ、馬矢」
佐ノ介はそう言うと、浩助の正面まで歩き、向き合って立つ。
2人の距離は約8歩。ナイフでも刀でも遠いが、拳銃なら有効な距離である。だが佐ノ介は拳銃を構えなかった。
「物分かりがいいな、安藤」
「お前と違ってな」
佐ノ介の皮肉に、浩助は鼻で笑い飛ばす。
「安藤、俺もお前も同類だろう。友人のために戦い、友人のために命を懸ける。そのために決して譲ろうとしない。俺たちは同類だ」
「いいや違うな。俺はそれ以上に大事なものを背負ってる。この国の人々の未来をな。そのために、お前と、お前のダチには死んでもらわなきゃならない」
「…そうだな。結局分かり合えないもの同士は、こうなるしかないか」
浩助は大きくため息を吐く。
その瞬間、空気が一気に張り詰めた。
「消えろ、安藤」
浩助は姿勢を低くしながら佐ノ介の方へ踏み込んでいく。
佐ノ介も拳銃を構える。
そして、前に踏み込んだ。
(拳銃での接近戦は愚策!安藤、もらった!)
浩助はそう思いながら右手の刀を斜めに切り上げる。佐ノ介はそれをどうにか避けつつ、浩助に接近した。
だが、そんな佐ノ介の先に、ナイフが向けられていた。
「うぉおおおお!!!!」
佐ノ介は叫びながら拳銃を発砲する。
至近距離から銃撃を眉間に浴びせられ、浩助は大きく上を向いた。
しかし、同時に左手のナイフに何かが刺さった感触も、確かに感じ取った。
(よし…これで終わりだ…!)
浩助が勝ちを確信して正面を向いた瞬間だった。
「うぉらぁああ!!!」
鬼気迫る表情の佐ノ介が、銃撃で怯んだ浩助の口に、拳銃の銃口をねじ込んだ。
「!!」
佐ノ介の脇腹には確かにナイフが刺さっている。だが、佐ノ介は痛みを強引に精神力で耐え、浩助の口の中に銃を突っ込んでいた。
(いくら龍人だろうと…体の内側から一点を撃ち抜かれたら…生きていられないだろ…!)
佐ノ介はそう覚悟を決めると、引き金を引き始めた。
銃声が響き渡る。1発1発が、正確に浩助の脳幹を目指し、同じところへと命中していく。
浩助は佐ノ介の気迫に飲まれそうになりながら、佐ノ介に刺さったナイフをさらに押し込む。
(臓物の1、2個くれてやる…!それでこの国を…マリを守れるなら…!)
佐ノ介は痛みを耐えながら、さらに拳銃の引き金を引く。
拳銃の銃弾は残り6発。
浩助は銃弾をくらいながら、右手に握った刀を佐ノ介の背中に突き立てようとする。
だが、佐ノ介はそれを察知しても銃撃をやめない。
拳銃の銃弾は残り3発。
(刀が…刺されば…!)
浩助はその一心で佐ノ介の背中に刀を向ける。だが、彼が刀を突き立てようとするたび、佐ノ介の銃撃で浩助の体が揺れ、狙いが狂う。
拳銃の銃弾は残り1発。
浩助は佐ノ介の背中に、ついに刀の刃先を付けた。
(このまま押し込む…俺の勝ちだ…!)
浩助が勝ちを確信した瞬間だった。
最後の1発が、浩助の脳幹を貫いた。
動かなくなった浩助の手を、佐ノ介はゆっくりと払い除ける。浩助の口から拳銃を抜くと、浩助の死体は重力に従ってその場に倒れた。
浩助の死に顔を見下ろした佐ノ介は、思わずその場に膝を突き、自分の脇腹に突き刺さったナイフを見た。
「…痛てぇ…」
同時に、急に頭が冷静さを取り戻し、その瞬間まで感じていなかった強烈な痛みが遅れて一斉にやってきた。
「痛ってぇええええ…!!!」
思わず痛みに声をあげ、その場に倒れ、のたうち回りそうになるが、その痛みのあまりにそれすらもできなかった。
佐ノ介は痛みに苦しみながらスマホを懐から取り出す。そして震える手で仲間たちへメッセージを送った。
「馬矢たおした。俺重傷、竜雄、こい、フラノ、早く」
自分でも笑ってしまうような下手くそな文章に、佐ノ介は小さく笑う。
すぐに既読が付くと、竜雄から連絡が返ってきた。
「すぐ向かう。あと10分」
竜雄からその返信を確認すると、佐ノ介は安堵して花壇のラベンダーに寄りかかる。早咲きのラベンダーに心を癒されながら、佐ノ介は懐からお守りを取り出す。何も描かれていない白い袋だったが、なんとなくマリの顔が浮かんできたような気がした。
「マリ…ありがとう…2人でここに来ような…」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
次回もお楽しみいただけると幸いです
今後もこのシリーズをよろしくお願いします