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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
48/65

47.復讐と憎悪

5/16 朝10:00 北回道 石雁いしかり


 川倉竜雄と安藤佐ノ介は、最近になってできた銃砲店にやってきた。と言っても、その正体はただの酒屋の裏に倉庫を置き、その中に銃を並べて販売しているだけである。

「いらっしゃい」

 薄暗い倉庫の中で、白髪頭の老人が竜雄と佐ノ介に言う。受付のカウンターを挟み、竜雄と佐ノ介はそれぞれ必要な銃の名前を述べ始めた。

「AKとスパス、弾もセットで」

「ドラグノフとスタングレネードも頼む」

 竜雄と佐ノ介の言葉に、老人は怪訝そうな顔を浮かべる。それを見て、竜雄と佐ノ介は自分が国防軍の一員であることを示す手帳を見せた。

「軍人か」

 老人はその手帳を見ると、納得したように立ち上がり、後ろに並んでいるダンボールの中から竜雄と佐ノ介の言った銃を探し始めた。

 ものの数秒で老人は3丁の銃を抱え、カウンターの上に並べる。竜雄と佐ノ介はそれぞれ自分の注文した銃の作動を確認し始めた。

「お前ら、戦争でもするのか」

 老人は2人が作動確認をしている間に、質問をしながら他のダンボールから必要な弾薬を取り出し、カウンターに並べる。

「まぁ、そんなところだな」

 佐ノ介が冗談めかしながら答える。その間にも、竜雄はショットガン(スパス12)の作動確認をしていた。

「完璧だよ、じいさん」

 竜雄は銃の作動を確認し終えると、老人に言う。

「当たり前だ。他人の命を預かる道具、一丁一丁魂込めて整備してらぁ」

 竜雄はそれを聞きながら、カメラの三脚用のケースにショットガンとアサルトライフル(AK74)をそれぞれしまう。

「何をおっぱじめるのかは知らねぇが、やるからには勝てよ」

「もちろんだ」

 老人の言葉に佐ノ介がスナイパーライフル(ドラグノフ)をしまいながら短く答える。竜雄はその間に購入した3丁と弾薬分の代金をカウンターの上に置いた。

「まいどあり」



 店を出た竜雄と佐ノ介はスマホを確認していた。

「みんな待ち伏せに遭ってるみたいだが、どうにか撃退できてるらしい。龍観たつみ基地までそう遠くないところだそうだ」

「俺たちも、手はず通りに向かおう」

 佐ノ介が竜雄に言うと、竜雄も短く答える。佐ノ介もそれに頷くと、竜雄に背を向けて歩き始めた。

「じゃあな、竜雄。龍観で会おう」

「あぁ」

 佐ノ介に短く返事をすると、竜雄も佐ノ介と反対方向へ歩き始める。彼の肩には、2丁の銃が入っている黒いケースがふたつかかっていた。




 数分歩くと、竜雄は港にやってきた。ここは港であると同時に、倉庫も置いてあるらしく、海には船が、倉庫にはトラックもいくつか止まっている。

(地図によればここを行くのが駅への最短ルートらしいが…)

 竜雄は内心地図に不安を覚えながら道を進んでいく。辺りには人の気配もないのが、竜雄にとっては不気味だった。


 そんな竜雄を、洗柿あらいがき圭輝たまきは、倉庫の屋上から監視していた。

「へー。よりによってコイツが来たか。ちょうどいい」

 圭輝はそう言うと、横に置いてあったカメラで竜雄の背中を撮る。そして邪な笑いを浮かべ、カメラをしまった。

「さて、潰してやるよ」



 竜雄は圭輝に監視されていることも知らず、変わらず港を歩いていた。そんな竜雄が前に進もうとすると、曲がり角の奥から悲鳴と銃声が聞こえてきた。

 竜雄は反射的に懐の拳銃を抜くと、壁に張り付く。

 壁に隠れながら右目で曲がり角の奥を見る。その瞬間、竜雄は自分の目を疑った。

(あゆみ…それに母さん…!?)

 そこにいたのは死んだはずの竜雄の母と妹、そしてその少し後ろには、竜雄が2人を失った頃の姿の圭輝がいた。

 3人は何かに追われているらしく、3人の後ろから銃声が聞こえてくる。竜雄の母は必死に泣きじゃくる竜雄の妹の腕を引いて走り、圭輝も頭を抱えて怯えて逃げている。

「怖いよ!お母さん!」

 竜雄の妹が悲鳴にも似た声を上げる。竜雄の母は何も言えないまま曲がり角までやってくると、竜雄には気づかないまま、竜雄と反対側の壁に張り付く。

「助けてくれぇえ!」

 圭輝も必死に声を上げながら曲がり角まで逃げ惑う。

「行き止まりかよ…!」

「圭輝くん、こっち!」

 逃げ場を失った圭輝に、竜雄の母が声をかける。圭輝もその声に気づくと、竜雄の母の方へ転がり込むようにして壁に張り付く。

 竜雄は目の前で繰り広げられている光景が、何なのかを察した。

(これは…2人が殺された時の…!)

 竜雄はそれに気づくと、曲がり角の奥にいる追っ手に対して身を乗り出し、握っていた拳銃の引き金を引く。竜雄の狙いは正確で、敵の頭を貫いているにも関わらず、なぜか銃弾は当たっていない。

「クソっ!やめろ!」

 竜雄に構わず、追っ手は周囲を見渡して竜雄の母たちを探す。追っ手の足音が聞こえてきた竜雄の妹は、涙を流していた。

「お母さん…!」

「あゆみ、静かにしててね、いい子だから」

 竜雄の母は懸命に竜雄の妹をなだめる。だが、竜雄の妹は恐怖のあまり泣き声を上げ始めた。

「うっ…うぇええん!!」

「今泣いちゃダメだ、あゆみ!」

 竜雄は思わず声を上げながら銃を撃つ。だが銃は弾切れを起こし、追っ手は竜雄の体をすり抜けた。

「そこだな!」

 追っ手の声が聞こえてくる。

 竜雄は追っ手に向けてタックルを放つが、やはりすり抜ける。

 竜雄がその場に倒れた時だった。


「うるせぇんだよガキが!」


 竜雄の背後から聞こえてきた圭輝の声。

 まさかと思い竜雄が顔を上げると、圭輝が竜雄の妹を蹴り飛ばしていた。

 竜雄の妹は痛みに身動き取れず、追っ手の前に放り出された。

「あゆみ!!!」

 竜雄の母は圭輝を責めることすら忘れて竜雄の妹を助けようと飛び出す。

「やめろ!!」

 竜雄は絶叫すると、追っ手と自分の家族の間に立ち、体を大の字にして家族を守ろうとする。

 しかし、追っ手の銃撃は竜雄をすり抜け、竜雄の家族を貫いた。


「うわぁああっ」


 竜雄の背後から聞こえてくる、生々しい家族たちの悲鳴。

 竜雄が振り向くと、既に、竜雄の家族たちは息絶えていた。

「あゆみ…母さん…!!」

 竜雄は2人の遺体にしがみつくようにしゃがみ込む。そんな竜雄の耳に、逃げていく圭輝の足音と言葉が聞こえてきた。


「へっ、あんなのに巻き込まれて俺が死ぬのはゴメンだぜ」


 竜雄はその言葉を聞き、握りしめていた拳銃を声のした方に向ける。圭輝は竜雄にも気づかず、その場に背を向けて逃げ去っていた。

 竜雄は引き金を引くが、既に弾切れを起こした拳銃は、カチカチと音を鳴らすだけだった。

「…クソっ…!」

 竜雄は床に拳を叩きつける。そして、目の前に転がる家族の亡骸を見て、言葉を失っていた。

 そんな竜雄の姿を見て、本物の圭輝は少し離れた物陰から銃を構える。

「俺が生き残れたんだから感謝しろ。お前も同じとこに送ってやるよ」

 圭輝はひと言そう呟くと、引き金に指をかける。

 その瞬間、竜雄は恐ろしいまでの速さで圭輝の方へ振り向き、ケースにしまったままのアサルトライフルで圭輝の銃を撃ち抜いた。

「何?」

「出てこい洗柿!丸腰で俺と戦いたくはないだろう!」

 竜雄は声を張る。圭輝の銃は、竜雄からよく見える位置に落ちていた。

「そんなに言うなら出てきてやるよ」

 圭輝は偉そうにそう言うと、竜雄に撃ち落とされた銃の方へ歩き、竜雄の前に姿を現した。

「よぉ、昨日ぶりだな、川倉」

「洗柿…!」

「どうだった?お前の家族の死に様。いい俺の養分になってくれたよ」

 竜雄は怒りに任せてアサルトライフルの引き金を引く。無数の銃弾が圭輝を貫いているはずが、圭輝は少しも怯まずに、構わずゆっくりと自分の銃(UZI)を拾い上げた。

「お前の能力は仲間同士の不信感を煽るもの!だとしたらこの幻影はお前の仲間が作っているはずだ!言え!お前の仲間はどこにいる!」

「お前如き俺1人で十分だ。この幻影も、龍人になったおかげで手に入れたふたつ目の能力だよ。それもこれも、お前の家族が死んでくれたおかげで手に入れたもんだ。ハッハァ!」

 圭輝はわざとらしく笑い、竜雄の神経を逆撫でする。竜雄が歯を食い縛る姿を見て、圭輝は考えを巡らせていた。

(このまま挑発を続ければ、いずれコイツは冷静さを失って突っ込んでくる。そうなりゃ処理は簡単だ)

「ほぉら?どうした?来いよ。ビビってんのか?ママみたいに銃で撃たれて死ぬのが怖いかぁ?」

 圭輝は余裕の表情で竜雄を挑発する。

 竜雄は何も言わないまま下を向き、肩に掛けていた銃のケースを下ろした。そのまま竜雄はケースを開けると、その中から銃を取り出しつつ、圭輝の問いに答えた。

「死ぬのは、怖くない」

「あぁ?」

「俺が怖いのはな、お前みたいな悪党に、何の罪もない人たちの人生が踏みにじられることなんだよ」

 竜雄が自分に言い聞かせるように言葉を発しつつ、銃を取り出す。圭輝は作業中の竜雄を邪魔するように銃撃を浴びせようとしたが、竜雄がアサルトライフルで圭輝の銃を撃つ方が速かった。

「洗柿、俺はお前が憎い。お前は死んで当然の人間だと思う。だけど、今からお前と戦うのは、復讐のためじゃない」

 竜雄はそう言いながらアサルトライフルを構える。

「軍人として、他の誰かの大切な人を守るために、お前を殺す」

 竜雄は冷静だった。竜雄のそんな姿を見た圭輝は、思わず吹き出すと高らかに笑い始めた。

「他人のため?軍人として?よくもまぁそんな嘘をつらつらと!人間誰だって自分が一番だろうが!テキトーなこと抜かしてんじゃねぇ!ヘドが出る!」

「自分がそうだからって他人もそうと決めつけるな!」

 竜雄はそう言い返しながら、アサルトライフルの引き金を引く。飛んでくる銃弾に対し、圭輝は一度物陰へ隠れた。

 竜雄は逃げていく圭輝の背を追おうとしたが、踏み止まると、アサルトライフルと拳銃のリロードを始めた。

(ここで感情に任せて奴を追うのは危険だ…冷静になって奴を追い詰めないと…)

 自分を追って来ない竜雄の様子を見て、圭輝は物陰で舌打ちをしていた。

(無駄に冷静になりやがって…!さっさと突っ込んでくれば楽に死ねたものを…まぁいい、どうにか片付けるだけだ)

 圭輝は内心そう思うと、自分の能力で作り出したカメラを操作しつつ、自分の武器を隠している倉庫に走り始めた。


 持っている武器全ての整備を終えた竜雄は、圭輝が走って行った方へと拳銃を構えながら進んでいく。

 通路は基本的に一本道で、しかし曲がり角が多く、警戒しながら圭輝を追うのには時間のかかる地形だった。

(ここに至るまで人の気配すらない…嫌な予感がする…)

 竜雄はそう思いながら周囲を見回す。

 急に背後から人間の気配を感じた竜雄は、銃を構えながら気配のした方へ振り向く。大人の女性と、それに手を引かれている小さな女の子が、下を向いてそこに立っていた。

(あゆみと母さん…?)

 竜雄は銃を構えたまま様子を窺う。竜雄の目の前の2人は、俯いたままだった。

「竜雄…お前は母さんに銃を向けるのかい…?」

 竜雄の母はそう言いながらゆっくりと顔を上げる。瞬間、竜雄の母の体中に穴が空き、目からは血涙を流し始めた。

 竜雄は思わず恐怖心で後ずさるが、そんな竜雄の足下に、竜雄の妹がしがみついた。竜雄の母と同じように、竜雄の妹の体にも穴が空き、血涙を流している。

「お兄ちゃん、どうして助けに来てくれなかったの?」

「あゆみ…!違うんだ…!知らなかったんだ…!」

「この親不孝もの!!」

 竜雄の母も絶叫しながら竜雄の首を締め上げる。竜雄は必死にもがいてその手を振り解こうとするが、母の腕力は強く、なかなか振り解けなかった。


「おぉ、やってるやってる」

 圭輝は武器を隠した倉庫に辿り着くと、竜雄が自分の作った幻に掴みかかられている様子を、床下に隠したサブマシンガンを取り出しながら、カメラ越しに監視していた。

「さてさて、死んだお袋や妹と会わせてやるなんて、俺も親切だなぁ」

 圭輝は満面の笑みを浮かべながら竜雄の様子を見張りつつ、サブマシンガンの作動確認をする。

 そんな圭輝の背後から何者かの足音が聞こえた。

「誰だ」

 圭輝は振り向きざまにサブマシンガンを乱射する。そこにいたのは若い女性で、圭輝の銃撃に恐怖して動けなくなっていた。

(女ぁ?)

 圭輝の意識は目の前の女に集中した。そのせいもあり、竜雄の前に出していた幻影が弱まった。

(クソ、めんどくせぇ!)

 圭輝はそう思いながらも発想を変えた。

(いや、逆にコイツを人質にしてやろう)

 圭輝はそう思うと、その場にしゃがみ込んでいた女性の後ろ髪を掴み上げながら顔面に銃口を突きつけた。

「おい、女!何しに来た!」

「しゅ、主人が帰ってこないので、様子を見に…!」

「そうかい!主人は死んだよ!」

 圭輝はそう言いながら女性に倉庫の中を見せる。辺りには、圭輝によって無惨に殺害された港湾労働者たちの死体が転がっていた。

「あ…あぁ…!!」

「お前もこうなりたくなかったら大人しくしてろ!」


 圭輝が倉庫で人質を手に入れた頃、竜雄は自分の首を絞めている母の力が弱まったのを感じた。

 強引に母の腕を掴んで自分の首から引き剥がすと、無理矢理母を辺りに投げ飛ばした。

「竜雄…!お前よくも…!」

「黙れ偽物!本物の母さんなら、俺を止めないはずだ!自分のことよりも、他人のことを優先する人だったから!大勢を苦しめる悪人を倒すチャンスを、自分の憎しみで邪魔するような人なんかじゃない!」

 竜雄が言うと、足下にいた竜雄の妹が竜雄の足に噛み付く。竜雄は思わず怯んだが、すぐにそれも竜雄の母の方へと掴んで投げ飛ばした。

「俺は先に行く!それが本物の2人のためだから!」

 竜雄はそう言い捨てると、幻の2人から逃げるようにして圭輝のいる倉庫の方へと走り始めた。

 幻は、竜雄が走り出すと、すぐに消え去った。


 一方の圭輝も、その様子はカメラで確認していた。

「ちっ!抜けられたか!テメェのせいだクソババア!」

 圭輝は怒りに任せて女性の後頭部を殴りつける。倒れた女性の後ろ髪をもう一度掴み上げると、これから竜雄が来るであろう方向へ盾にした。

「なんで…」

「あぁ!?」

「なんでこんなことを…主人が何をしたって言うんですか…!」

「知るかよそんなの!そこに突っ立ってた奴が悪りぃ!」

 圭輝は女性の質問に対して怒鳴りながら答える。

 それからしばらく経たないうちに、倉庫の入口に竜雄の影が見えた。

 圭輝は反射的に引き金を引く。耳元で銃声を鳴らされた女性は、鼓膜の痛みに悲鳴をあげた。

 圭輝は構わず一度銃撃を止めると、入口の陰に隠れた竜雄へ声を張った。

「10秒以内に丸腰で出てこい!さもないとこの女が死ぬぞ、川倉!」

 圭輝の声を聞くと、竜雄はあたりの様子を見る。倉庫の内部に通じる外階段が竜雄の目に入った。

 圭輝のカウントダウンが始まる。竜雄は覚悟を決めた。

「8!7!」

 竜雄は圭輝に見えるように、拳銃を投げ捨て、続けてアサルトライフルとショットガンも投げ捨てた。

 同時に竜雄は自分の姿は見られていないことを利用して外階段へと駆け出した。

 圭輝はカウントダウンを続けつつ、銃だけを投げ捨てて姿を現さない竜雄の様子を見て、内心笑っていた。

(外階段から来るんだろ?読めてるんだよ!)

 カウントダウンを続けながら、圭輝は銃を外階段の出入り口へと向ける。

「3!2!1!」

 圭輝はカウントダウンを終え、外階段からやってくるであろう竜雄に備える。

 しかし、竜雄は現れない。

(何?)

「こっちだ!」

 圭輝の横から聞こえた竜雄の声。圭輝が振り向くと、外階段を使わなかった竜雄が倉庫の入り口から正面切って突っ込んできていた。

 裏をかかれた圭輝は、わずかに動揺しながら竜雄に銃を向ける。

 そのまま圭輝は引き金を引こうとするが、それよりも竜雄のショルダータックルが圭輝を吹き飛ばす方が早かった。

「ぐぁっ!」

 吹き飛ばされた圭輝は銃と女性を放しながら床に倒れる。

 そんな圭輝を見下ろしながら、竜雄は拳を握りしめつつ圭輝へ歩み寄った。

「洗柿…!覚悟はできてるだろうな…!」

「くそっ、ぶっ殺してやる!」

 圭輝はそう啖呵を切ると、すぐさま立ち上がって近づいてくる竜雄に拳を振るう。

 しかし、竜雄は冷静に圭輝の動きを見ると、前に進んでいた脚を止め、すぐさまバックステップで拳をかわした。

 勢い余って姿勢を崩した圭輝のボディーに、竜雄の右フックが直撃する。

「っ!」

 圭輝が声にならない悲鳴をあげると、すぐさま反撃として竜雄の顔面を掴もうと手を伸ばす。

 竜雄も本来なら追撃をしようとしていたが、圭輝の動きを見て防御に回る。圭輝の手を掴み、圭輝の姿勢を崩すと、圭輝の肘に膝蹴りを叩き込んだ。

「がぁあっ!!」

 竜雄の強力な膝蹴りを食らった圭輝は、思わず竜雄の手を払い除け、竜雄を蹴り飛ばす。

 距離が離れ、圭輝は膝蹴りを食らった自分の腕を庇う。そのわずかな隙を逃さず、竜雄は姿勢を低くしながら一気に圭輝の懐に潜り込み、圭輝の

片足を掴み上げてひっくり返した。

「ウォラッ!」

 ひっくり返った圭輝の顔面に、竜雄の拳が振り下ろされる。強烈な一撃に、龍人であっても圭輝の脳にダメージが来た。

 しかし圭輝はどうにかもう片方の掴まれていない足を振るって竜雄を蹴り飛ばすと、揺れる視界の中で立ち上がり、走り始めた。

「殺されてたまるか…!お前ごときに…!」

 圭輝はそう言いながら竜雄に背を向けつつ、追ってくる竜雄を警戒しながら落としたサブマシンガンを拾い上げ、倉庫の外を目指す。

「待て!」

 竜雄が声を張りながら圭輝を追おうとするが、瞬間、圭輝も振り向いてサブマシンガンを怯んでいた女性に向ける。竜雄も圭輝の銃口の向く先に気づくと、女性の方へと跳んだ。

 圭輝の銃撃が空を切り、竜雄が女性を庇った甲斐もあり、怪我人は誰も出ない。圭輝は竜雄が動けないのを見て倉庫から逃げ出した。

 竜雄はすぐに自分が庇った女性が耳を押さえていることに気づくと、アイテムの包帯を発現させながら声をかけた。

「大丈夫ですか?怪我は?」

 竜雄が声をかけても、耳元で銃声を鳴らされたショックで聞こえていないようだった。竜雄はそれに気がつくと、包帯を女性の耳に巻き始めると同時に、周囲に何人もの人間の死体が転がっていることにも気がついた。「くそ…洗柿め…!」

 奥歯を食いしばった竜雄は、女性の耳に包帯を巻き終えると、女性に大きくはっきり口を動かしながら指示を始めた。

「いいですか、ここにいて。わかりましたか?ここにいて。いいですね?」

 竜雄が聞き直すと、女性は頷く。それを見た竜雄は自分が投げ捨てたアサルトライフルとショットガンを拾い上げながら圭輝を追うために駆け始めた。


 早速倉庫を出た竜雄は、拳銃を構えながら周囲を警戒する。目の前に見えるのは海、左に見えるのは竜雄が来た通路、右に見えるのはトラックだった。

(来た道を戻ったか)

 竜雄はそう思うと、銃を構えながら左側の通路の方へと進む。拳銃を構えながらゆっくりと前に足を運び、警戒を続ける。

 そんな竜雄の背後から、不審な物音が聞こえた。何かの作動音である。

 竜雄は嫌な予感がして振り向く。


「ミンチだぁッ、川倉ァ!!」


 振り向いた竜雄の真正面から迫ってきていたのは、圭輝の運転する軽トラックだった。

「!」

 目の前までトラックが迫る。竜雄は咄嗟に横に転がり、間一髪でトラックのミラーを掠めながらトラックを回避する。

 トラックは通り過ぎ、何も載せていない荷台を倒れた竜雄の前に現す。圭輝はミラーで竜雄の姿を確認すると同時に、ブレーキを踏みつつ、ギアを後退用のところに入れると、トラックをバックさせながら竜雄に迫り始めた。

 竜雄は一瞬辺りを見回したが、トラックの速度は速く、今から立ち上がっても逃げられそうになかった。

(これは…!)

「終わりだァ!」

 圭輝はアクセルを踏み抜く。竜雄は迫ってくるトラックから目を背けなかった。


 倉庫の壁にトラックの荷台が衝突する。

 圭輝はサイドミラーで背後を確認する。竜雄はそこには映っていなかった。

「ふぅ〜、潰してやったぜ」

 圭輝が安堵のため息を吐いたその瞬間、荷台から足音が聞こえてきた。

 まさかと思いルームミラーで背後を確認すると、ガラス張りになっていた運転席と荷台の間の窓越しに、竜雄がアサルトライフルを、圭輝の後頭部に向けて構えていた。

「嘘だ…!」

「いいや本当だ!」

 圭輝の絶望したような呟きに、竜雄は短く答えると、アサルトライフルの銃弾の雨を、圭輝の後頭部に浴びせ始めた。

「うぐぁぁ!!」

 龍人の体とはいえ、至近距離から無数の銃撃を浴びせられ、さすがの圭輝も痛みに声をあげる。

 しかし、すぐさまギアを変えると、圭輝はトラックを走らせ出し、ハンドルを左右に何度も回す。

 蛇行運転で竜雄の体も揺れると、銃撃も圭輝から外れていく。竜雄はなんとか荷台にしがみつきながら圭輝に銃撃を浴びせ続けていた。

「うざってぇ!」

 圭輝はそう言うと、ブレーキを強く踏む。十分に加速が乗っていたトラックだったので、急停止によって竜雄も思わず前に倒れそうになり、運転席のボンネットに手を置いて姿勢を保つ。

 そんな竜雄のスネに、圭輝は割れた窓から強烈な肘打ちを叩き込んだ。

「ガッ…!」

 竜雄は思わず痛みにしゃがみ込む。痛みに耐えながら竜雄はアサルトライフルを連射するが、圭輝はそれをかわしながら運転席を出ると、荷台にいた竜雄の首に手を伸ばし、片手で掴むと、荷台に竜雄を叩きつけた。

「ぐっ…!」

 圭輝は仰向けになった竜雄の首を片手で絞める。そこには強烈な憎悪の感情があった。

「この野郎…!よくもこんなに俺の邪魔をしてくれたな…!死んで償え!」

「俺は…不死身だ…!お前のような悪党がいる限り、お前みたいなやつから、善良な人々を守るために…!俺は絶対に死なない…!それが俺の生き方だ…!」

「くっだらねぇな!自分の人生は自分のもの!他人を踏みにじってでも楽しむもんだろうが!踏みにじられる奴が悪いんだよ!」

 圭輝はそう言いながらさらに強く首を絞める。竜雄もそれによって意識が遠のきそうだったが、気持ちで耐えると、自分の手元に何かないかを探し始めた。


「だいたいなぁ、俺はお前が昔っから嫌いだったんだよ!綺麗事ばっかで一緒にいても俺には得もねぇ!さっさと死ね!」


 圭輝がそう言って力を込めたその時、竜雄は左手に握っていたアサルトライフルを運転席へと投げつけた。


 圭輝は思わず竜雄の投げたライフルの方を見る。

「何をした?」

「賭けだ」

 竜雄は圭輝の言葉に短く答える。圭輝はもしやと思い、竜雄の方を見た。

 竜雄の右手に握られていたショットガンの銃口が、圭輝の顔面に向けられていた。

(まずい!)

 竜雄はショットガンの引き金を引く。至近距離での散弾はいくら龍人であってもダメージが大きいと判断した圭輝は、一瞬しゃがんで身を隠した。

「あっぶねぇなぁこの野郎!」

 圭輝は立ち上がる。

 その瞬間、トラックが不審な音を立てていることに気がついた。同時に、竜雄が圭輝の右手に何かを巻いていることにも気がついた。

「何をしている!」

 驚いた圭輝は声を上げる。しかし、その瞬間に竜雄は圭輝の顔面に向けてショットガンの引き金を引いた。

 至近距離で散弾の全てが顔面に直撃し、思わず圭輝も怯む。その隙を突いて竜雄は圭輝の腕から抜け出し、トラックから降りた。

「効いたかもな、だが川倉、ここまでだ!」

「いいや、ここまでなのはお前の方だ!」

 圭輝がショットガンで撃たれた衝撃から立ち直るなり啖呵を切ると、竜雄も言葉を返す。

 圭輝は一瞬、竜雄の言葉が理解できなかったが、次の瞬間、右手が強い力で後ろに引かれるのがわかった。

 圭輝は振り向く。そして、自分の腕を引っ張っているものの正体に気がついた。


(トラックが…走っている…!?)


 トラックの荷台から伸びたロープが圭輝の腕に固く結び付けられ、その状態でトラックは真っ直ぐ海へと向かって走り出していた。

「賭けに勝ったのは俺みたいだな。運が良かったよ、AKがアクセルを踏んでくれて」

 トラックに引きずられながら、腕に巻き付けられたロープをほどこうとする圭輝に、竜雄が言葉を投げかける。

「くそっ、この程度のロープ引きちぎってやる!」

 圭輝はトラックと力比べするように引きずられながら、腕のロープを引きちぎろうと悪戦苦闘する。

 しかし、それを阻むように、圭輝の背後から銃弾が飛んだ。

「ぐはっ!」

 圭輝は振り向く。

 竜雄がショットガンを構えながら、徐々に海へと引き摺り込まれようとしている圭輝と速度を合わせつつ歩いてきていた。

「ま、待ってくれ川倉!」

「そう言って命乞いしたこの漁港の人たちを何人殺した?それだけじゃない、お前は何人罪のない人間を苦しめてきた!?その殺した人間たちの命の重さ、思い知れ!!」

 竜雄はそう言って気を吐くと、ショットガンの引き金を引く。大きくよろめき、海に近づいていく圭輝に、さらに竜雄は銃撃を浴びせる。

 トラックの運転席が波止場から海へ落ち、圭輝の腕も大きくそちらに引かれる。圭輝はなんとか踏ん張った。

 そんな圭輝にさらに竜雄はショットガンの銃撃を浴びせる。トラックが進んでいることもあり、圭輝はさらによろけた。

 ショットガンの弾がなくなり、竜雄は圭輝の顔面を、ショットガン本体で殴り抜ける。圭輝はさらによろめき、海まであと3歩まで後ずさった。

 トラックも運転席だけでなく、荷台全体も海へと沈む。圭輝もさらに後退り、海まであと2歩の距離まで迫る。

 竜雄は構わず懐から拳銃を抜くと、至近距離から圭輝の顔面に全力の連射を始めた。

「うぉおおおお!!!」

 裂帛の気合と共に、竜雄は全力の連射を浴びせる。拳銃に入っている全ての銃弾14発を、圭輝の顔面に叩き込んだ。

 しかし、圭輝は海まであと一歩のところで膝をつくと、顔をあげた。

(耐え抜いた…!こっからまだ…!)

 圭輝がそう思った瞬間だった。


「そぉおおりゃぁああ!!」


 大きく左手を振りかぶった竜雄の気合いが辺りに響く。


 竜雄の全力を込めた、渾身の左ストレート。


 圭輝の顔面にそれが直撃したかと思うと、竜雄はその拳を思いきり振り抜いた。


 圭輝の体は、宙に浮いた。


「うぐわあああ!!!!」


 圭輝の悲鳴が響いたかと思うと、次の瞬間には圭輝は海へと引きずり込まれ、悲鳴は海へと沈んでいった。




 誰もいなくなった港で、竜雄は1人肩で呼吸をしていた。

「…はぁ…はぁ…勝ったよ…母さん、あゆみ…」

 竜雄はそう言いながら、左手を開く。手の平に浮かんでいた、ふたつの爪の跡は、笑顔のような形を浮かべながら、ゆっくりと消えていった。

 そんな竜雄の背後に、戦いが終わった気配を感じ取った女性が姿を現す。竜雄はその女性に微笑むと、温和な軍人として話し始めた。

「もう大丈夫です。警察も呼びますから」

 竜雄が言うと、女性もわずかに微笑む。

(そうだ…俺の戦いはまだ終わりじゃない)

 竜雄は改めて気を引き締めると、目の前の女性を安全な場所まで誘導し始めた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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