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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
45/65

44.芸術と極彩

5/16 朝7:00 北回道 塔矢とうや


 虹原光樹は湖の前にキャンバスを置くと、持っていた椅子も広げ、湖を正面にしながら真っ白なキャンバスに筆を走らせ始めた。

 晴れ渡る空の下、光樹はただ湖だけを見て筆を進める。そんな彼は、背後に人の気配を感じ、絵を描きながらも振り向かずに声を発した。

「誰だ」

 光樹の背後から近づいていた警備員は、思わず足を止めたが、すぐに要件を話し出す。

「ここの警備員のものです。そこは立ち入り禁止ですので、片付けていただけますか?」

「断る」

 光樹は筆を止めることもせずに短く答える。警備員は少し呆れたようにしながらそのまま光樹に話し続けた。

「お客さん、ここは条例で」

「知るかそんなこと。俺が絵を描いているのが見えんのか」

「お客さん、いい加減に」

 警備員は光樹の肩を掴んだ。

 その瞬間、光樹は振り向きざまに立ち上がると、自分の肩に置かれていた警備員の手を外し、警備員の顔面に強烈な拳の連打を浴びせ始めた。

 不意を突かれた上に、素早い連撃を叩き込まれた警備員は抵抗することもできずにその場に倒れることしかできなかった。

「愚か者が」

 光樹は短く言い捨てると、再び椅子に腰を下ろし、キャンバスに絵を描き始めた。



 同じ頃

 雅紀は雄三のスマホから連絡を受け、不安そうに応対していた。

「はい…わかりました、わざわざご連絡ありがとうございます」

 雅紀は通話を一度切ると、改めて雅紀の仲間全員のトークルームに連絡を入れた。

「雄三が重傷を負って病院に運ばれたらしい。一応生きてはいるらしい」

 雅紀が連絡を入れると、すぐに既読が付き、佐ノ介から返信がきた。

「了解した。不安ではあるが任務は続行で」

「うす」

 雅紀は佐ノ介の堅い文面を見て小さくため息を吐きながらスマホを胸ポケットへしまった。

「佐ノ介も真面目なやつだなぁ」

 雅紀は1人そんなことを呟きながらふと横を眺める。立ち入り禁止の黄色と黒のロープが周囲に張り巡らされながら、青く美しい湖が広がっていた。

「いいねぇ。本当にこんな仕事じゃなけりゃのんびり写真旅行でもしたいんだけどなぁ」

 晴れた青空と互いに反射し合う湖の青を見ながら、雅紀はカメラケースから自分の一眼レフを抜いた。

「んー、雄三の見舞い用に1枚、撮らせてもらうか」

 雅紀はそういうと、しっかりとカメラを構え、湖へと向けた。


5分後

 雅紀は目的地を目指して湖沿いを歩きながら、写真にちょうどいいスポットを探していた。

 同時に、雅紀はあるスポットから立ち入り禁止のロープが無くなっている事に気づいた。

「はぇー、落ちるやつとかいそうだけど、大丈夫なのかな?」

 雅紀はそう思いながらも、ロープが張られていそうなところには立ち入らないようにしながらカメラを構えた。

 ファインダーから見える湖を眺めつつ、雅紀は手動でピントを合わせながらシャッターにかけてある右の人差し指に力を込めた。

「写真家の相川雅紀か」

 雅紀がシャッターを押すと、横から知らない男の声が聞こえてくる。雅紀が横を見ると、木製のキャンバスに向かって絵を描いている人間がいた。キャンバスで顔が隠れ、どんな人間かは雅紀にはわからなかった。

「いい身分だよな。目の前の景色を機械で写すだけで、SNSの有象無象にちやほやされ、金をもらえる」

 キャンバスの向こうから顔も見せずに雅紀に言葉を投げかけてくる男に対し、雅紀は軽くため息を吐きながら答えた。

「まぁ、綺麗に撮るのも難しいんでね」

「ふん、ネットの何もわかっていない連中にウケる画像に綺麗もクソもあるか」

「お前、うちのユーザーバカにしすぎだろ」

「事実を述べているだけだ。奴らは芸術の何たるかを理解もしていないのに、偉そうに美を語り、消費し、捨てていく。『正しい』芸術も知らないくせにな。だから俺たちはこの世界をひとつにする。『正しい芸術』というものを何も理解していない愚か者たちに植え付けるのだ」

 雅紀は傲慢な口調のこの男の言葉に不快感を覚え、思わずカメラを下ろし、その男の方へ歩き寄った。

「お前何様だよ?」

 そう言いながら相手に近づく雅紀は、その瞬間、地面に何かが転がっているのに気がついた。

 雅紀が不思議に思いしゃがみ込んでそれを見ると、人間と同じ大きさ程度の金属の彫刻に見えた。しかし、よく見ると、それは彫刻ではなく、人間が金属に変えられたものだった。

「なんだこれ…!?」

「貴様もそうしてやろう、醜い写真家、相川雅紀!」

 雅紀が嫌な予感を感じ取るのと同時に、雅紀の足先が急に重くなる。見ると、雅紀の足先は銅の色へと変化しつつあった。

(これは…!俺の足が金属になりつつある...!これでこの人も殺されたのか…!)

 雅紀は自分の脛の辺りまで金属化が進んでいるのと、それの張本人がキャンバスの人物だと察し、すぐさま懐の拳銃モーゼルミリタリーを抜き、キャンバスに銃撃を浴びせた。

 銃弾はキャンバスを貫通し、男にも銃撃が当たる。雅紀の足が軽くなった感覚を感じると、雅紀は咄嗟に湖から離れるように転がった。

「…人のキャンバスになんてことを…!」

 雅紀を殺そうとしたその男は、キャンバス近くに置いてあった椅子から立ち上がった。

「…虹原光樹…!貴様か!」

 雅紀は自分を殺そうとした人間の顔に気づくと、銃撃を浴びせる。しかし、光樹はその銃撃を避けることもなく受け止め、雅紀の顔を睨みつけた。

「許さん!」

 光樹は自分の周囲に鋭い金属片を浮かばせる。雅紀は咄嗟に背中を向けて走り出し、数メートル先にある木々が生えている小さな林の中を目指す。

 光樹は金属片を放つが、雅紀の素早い動きに対応できず、金属片は軽く雅紀の肩を掠めるだけで終わった。

「ちっ!」

 雅紀が林の中に入っていったのを追えずに見届けると、光樹は苛立ちながらキャンバスを直し始めた。

「許さんぞあの写真屋風情が!」

 光樹はそう言ってキャンバスを簡易的に修理すると、椅子に腰掛けてキャンバスに白い紙を置き、雅紀の逃げ込んだ林の姿をその紙に描き始めた。




 一方、林の中に逃げ込んだ雅紀は、カメラを望遠鏡代わりにして木の陰に隠れながら光樹の様子を窺った。

(あいつ…銃撃受けてもピンピンしてやがった。あれが龍人ってやつなんだな…さて、どうやって倒そう…)

 雅紀はそう思いつつ光樹の様子を横目で見ながら周囲を見回した。

 周囲にあるのは見上げるような高さの木々。利用できるものはそれだけだった。

(…ここに誘い込んで四方八方からレーザーを浴びせることができれば、チャンスがあるかもしれない。龍人の丸焼きにしてやるぜ)

 雅紀はそう思うと、右手に光を集め、彼のアイテムである電動カッターを発現させる。そうして雅紀は木々に電動カッターで傷をつけ始めた。

 雅紀は作業しながらも光樹の様子を見る。光樹は雅紀を追おうとせず、湖のそばにどっしりと腰を据えて絵を描いていた。

(なんなんだ…?ずっと絵を描いて、俺のことを追おうとしてこない…一体何を企んでるんだ?)

 雅紀は不審に思いながらも自分側の準備を続ける。



 同じ頃、光樹は雅紀が逃げ回り作業をしている林の絵を描いていた。そんな光樹のキャンバスの横には、出来上がった湖の絵が立てかけてあった。

 光樹は雅紀の動きをわずかに確認すると、キャンバスに出来上がった林の絵を眺めた。

「はぁ…我ながら不満の残る絵だ」

 光樹はそう呟く。しかし、その絵の出来は一般人には写実的で秀逸なものに見えた。

「さて、終わりにしてやろう」

 光樹はそう言うと、自分が描き上げた林の絵を半分に切り裂いた。


 雅紀も思わず作業を止め、光樹の行動に息を呑んだ。

(何をしているんだ、あいつ?あんなプライド高いやつが、自分から自分の作品を破り捨てて…)

 雅紀がそんな考えを巡らせていると、次の瞬間、光樹はもう一枚の紙を取り出した。


「これが芸術だ」


 光樹はそう言うと、破いた林の絵を、取り出した湖の絵に貼り付けた。


 次の瞬間、雅紀が張り付いて隠れていた木が、根っこから地面を離れて湖に引っ張られ始めた。

(なんだと…!)

 雅紀は嫌な予感がして走り出す。木が折れ、文字通り根こそぎ木が持っていかれるこの異常な状況に、雅紀はその場所から逃げようとするが、雅紀の体すらも持っていかれそうになっていた。

「くっ…!」

 雅紀は数メートル先、光樹の能力が機能していない林まで走ろうとする。しかし、凄まじい引力に引かれ、雅紀の体は横倒しになりながら走る。

 横から飛んでくる木をしゃがんで避けると、そのまま湖に引かれそうになるのを、カメラケースを投げて動かない木に引っ掛けることで辛うじてしがみつく。


 大半の木が湖に持っていかれたこの惨状を見て、雅紀は木に隠れることしかできなかった。

(やっべえなこれ…どうなってんだこりゃ)

「ほう、逃げ切ったか、写真屋」

 光樹は雅紀の悪運の強さを褒めるように呟く。一方の雅紀は工作していた木を失ったことと、そもそも光樹の能力の強力さに目を見開くことしかできなかった。

(いや、ダメだ、ここで日和ひよったら負ける)

 雅紀はそう思いながら光樹の様子を見る。光樹はすでに新しく雅紀の隠れている林の残り部分の絵を描いていた。

(ここで隠れててもダメだ。逆にやつをこっちに引き摺り込もう)

 雅紀はそう思うと、アイテムのカッターで木の幹に切りつけた跡をつけた後、木の影から身を乗り出しもう一度拳銃を構え、光樹が絵を描くキャンバスの足を撃ち抜いた。

 キャンバスが崩れ、光樹と雅紀が睨み合う。

 雅紀は光樹の眉間に銃弾を撃ち込んだが、光樹は金属を纏わせた拳でその銃弾を弾き返した。

 一瞬の沈黙が流れると、雅紀は大きく息を吸って声を張り始めた。

「おい虹原!お前さっき世間は芸術をわかってないとかなんとか言ってたよな!えぇ!?お前まさかよぉ?自分の描きたいものだけ描いて、それが受け入れられないから世間をボロクソ言ってんじゃねぇの!?」

 雅紀が煽ると、光樹から金属片が飛んでくる。雅紀は拳銃でそれを撃ち落とし、そのまま煽りを続けた。

「偉そうに芸術のご講釈を垂れてますがね、言ってるあんたの絵はナンボのもんなんだ?自己満足を芸術とか言ってるだけじゃないのか?便所の落書きを芸術なんて言って受け入れてくれるほど世間は優しくねぇぞ!」

 光樹の心に一番効果的な言葉を選んで雅紀は光樹を挑発する。黙っていた光樹も思わずゆっくりと立ち上がった。

「…便所の落書き?」

「そうだよ!お前の作品は誰に見てほしい訳でもないんだろ!自分の思う美しさを押し付けるだけの作品なんて、便所の落書き以外のなんだってんだ!」

 雅紀は改めて声を張る。光樹は瞬間、全速力で雅紀の方へと走り出した。

 急にスピードを上げて動き出した光樹に背を向け、雅紀は逃げ出すが、光樹の速度は尋常ではなく、あっという間に光樹は雅紀に追いついた。

(!?)

 雅紀が殺意を感じ取って振り向いたその瞬間、光樹は金属を纏わせた拳で雅紀を殴りつける。雅紀は瞬時に身を守ったが、体重と速度の乗った光樹の一撃は、雅紀を大きく吹き飛ばした。

 雅紀はそのまま吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。雅紀は軽く頭を振るうと、寄ってくる光樹を見上げた。

「貴様、俺の作品を便所の落書きとのたまうか。許さんぞ!」

 光樹は右の拳に金属を纏わせて握り締める。同時に、光樹は雅紀が切り込みを入れた木の横を通り過ぎた。

「安心しろ、貴様の死体も芸術に変えてやる!」

 光樹はそう言って腕を振りかぶりながら雅紀に近づいていく。雅紀はゆっくりと立ち上がると、光樹の動きをじっと見つめた。

 雅紀が木の幹につけた傷跡が、光樹の背中を捉える。雅紀はアイテムの電動カッターを発現させ、光樹の拳目掛けてカッターを振るった。

「ふん、力比べで龍人に勝てると思っているのか!」

 光樹の拳と、雅紀のカッターがぶつかり合い、火花が散る。

 雅紀は両手でカッターの持ち手を握りしめるが、光樹は右手一本で雅紀の攻撃に対抗する。

「ぬるい!」

 光樹はそう言うと、右の拳を振り抜いて雅紀のカッターを吹き飛ばし、雅紀自身のことも蹴り飛ばした。

 しかし、雅紀はにやにやと笑って光樹の方を見た。

(こいつ…何を笑っている…?まぁいい)

 光樹がそう言って拳を振り上げ、その場に倒れている雅紀の顔面を殴り潰そうと雅紀に歩き寄った。

 その瞬間、光樹は背中に強烈な熱を感じた。

 光樹は不審に思って振り向くと、光樹の背後にあった木の幹から白色の光が光樹の背中に突き刺さっていた。

「これは…」

「よう、龍人様。日光浴はお好きかい?」

 雅紀は軽口をたたきながら立ち上がると、さらに近くにあった木の幹を切り付ける。光樹は正面と背後の2方向から強力な光を浴びせられ、その熱さから服が燃え、光樹自身は動けなくなり始めた。

「クソ…!姑息な!」

「好きに言いなよ!このまま焼き尽くしてやるぜ!」

 雅紀はそう言ってさらに他の木に切り傷をつけ、そこから光を伸ばす。次々と強力になっていくレーザー光線に、光樹は燃え上がりながら膝をついた。

 雅紀は木を切り付けるのをやめると、身動きの取れない光樹に向けて銃撃を始める。銃弾は光樹の体に命中し、光樹の体は炎上と銃撃で確実にダメージが蓄積していた。


 雅紀は拳銃の装弾数である10発を撃ち終えると、動かなくなった光樹を見ながら、ポケットにしまっていた銃弾のクリップを取り出し、リロードを始めた。

 光樹は燃え上がり、その場に膝をつき、何も動かない。雅紀はそんな光樹の姿を見ても手を緩めることなくレーザー光を強めた。

(流石に効いたろ…)

 雅紀はそう思いながら光樹の姿を見る。

 雅紀が銃のリロードを済ませた瞬間だった。


 光樹が炎上した体そのまま、ゆっくりと立ち上がった。

 光樹は顔だけを動かして雅紀の方を睨む。

「生きてやがったか…!」

 雅紀はそう呟くと拳銃を構える。

 その瞬間、光樹は自分の全身を金属で覆った。

 光樹を燃やしていた炎が消え、さらに光樹に集中していたレーザー光が反射して、逆に雅紀に襲いかかった。

「!!」

 雅紀は自分の顔を守り、目を焼かれないようにする。だが龍人すらも動きを止めるような強力な光は、雅紀の体をジリジリと焼き始めた。

(このままじゃ俺が焼け死ぬ…!)

 雅紀は咄嗟に自分の状況を判断すると、電動カッターのスイッチを切る。その瞬間、雅紀に襲いかかっていたレーザー光がなくなり、雅紀は自分のガードを解いた。

 それと同時に光樹も全身に纏っていた金属を解除し、雅紀に一気にステップして近づく。

「よくもやってくれたな!」

 光樹はそう言いながら雅紀の顔面を目掛けて金属を纏わせた拳を振るう。

 雅紀はすぐさま持っていた電動カッターでその拳を受け止めたが、光樹の拳はそれすらも強引に雅紀を殴り抜いた。

「うぅっ…!」

 雅紀の姿勢が崩れたボディーに、光樹はボディブローを叩き込む。金属で硬化した拳での一撃は、雅紀の体を大きく跳ね上げるのには十分だった。

 そのまま光樹は雅紀を殴り伏せる。雅紀は強力な一撃に、仰向けになって倒れた。

「ふぅーっ、ボクシングも意外に役に立つものだな」

 その場に倒れて悶絶する雅紀の姿を見ながら光樹は拳を握り直す。

「だが、それも今日までだな」

 光樹は握った拳を振り上げると、雅紀の顔面に向けて振り下ろした。

(死ね)

 重力による加速度が増した、金属を纏った拳が雅紀の顔面に降ってくる。当たれば雅紀の顔面は容易に砕けるだろう。

 雅紀は飛んでくる拳をじっと見ながら右手を伸ばす。

 そして、自分の愛用のその道具に気がついた。

 雅紀はそれに気がつくと、思わずニヤリと笑い、光樹の顔を見た。


「はい、チーズ!」


 雅紀は迫り来る光樹の拳と、それに伴って近づいてくる光樹の顔に向けて右手に握りしめたカメラを構えると、すぐさまシャッターを切る。

「!」

 至近距離でカメラのフラッシュを浴びせられた光樹は、怯んで拳を止める。同時に雅紀は後ろに転がりながら立ち上がり、光樹のキャンバスを目掛けて走り始めた。

(あのキャンバスに何か絶対仕掛けがある!レーザーが効かなかった今、倒すんだったらやつの能力を利用するしかない!)

 雅紀はそう思うと、ただひたすら全力で走る。

 一方の光樹はフラッシュの光にめまいを覚えながら、雅紀に向けて金属片を飛ばす。雅紀は転がってその金属片をかわすと、キャンバスを立ててその陰に隠れた。

 同時に光樹も雅紀を追いかけて走る。

 雅紀と光樹はキャンバスを挟んでお互いに睨み合う形で距離を測りあっていた。

 雅紀はその間にキャンバスに乗っかっている絵を確認する。

 そんな雅紀の一瞬の隙をつくように、雅紀の足が金属になっていく。

「!」

「油断したな…!」

 光樹の能力で雅紀の足が動かなくなっていく。雅紀は動けなくなる自分の体を察し、最後の切り札であろうキャンバスに乗った光樹の絵を掴んだ。

 同時に、雅紀は光樹の絵を見る。

 そこに描かれていた絵は、湖の絵だった。しかもその絵は秀逸で、まるでそのまま湖がその場にあるかのような写実的で、芸術的な絵だった。

 その絵に気を取られる余裕もなく、雅紀の足は金属になっていく。

(まずい…!)

 雅紀はやばいと思うと同時に、光樹に話しかけ始めた。

「こんないい絵を描ける奴が、なんでこんなことしてやがる」

「龍人の正しい世界を作るためだ。芸術とは、常に人間の理解を超えたものでなければならない。それこそが正しい芸術だ。その芸術を作るためには、人間を超えた龍人の世界でなくてはならない」

「何言ってるかよくわからねぇけど、正しいだけの芸術なんかあるかよ!」

「負け惜しみか」

 雅紀の言葉を聞き流し、光樹は雅紀を金属硬化していく。雅紀の腰の辺りまで金属になりつつあった。

「貴様の命は永遠の芸術になる。時間を超えた永遠の美しさ、それこそが真の芸術だ。喜ぶがいい」

 光樹の言葉を聞きながら、雅紀は自分の胴体が金属になっていくのを見る。

 しかし、雅紀は一か八か握りしめていた光樹の湖の絵を半分に破き、湖の湖畔あたりに湖の水を貼り付けた。

 同時に、光樹は目を見開いた。



 湖の水が突如荒れ狂い始める。

 その水は、雅紀と光樹が立っていた湖畔を押し流し、雅紀と光樹は流された。

「うわぁっ!!」


 光樹と雅紀の距離ができ、金属になりつつあった雅紀の体も元に戻った。


「この野郎…!人様の絵を勝手に破きやがって!」

 光樹は雅紀に駆け寄ると、胸ぐらをつかみ上げる。光樹は能力を使用するよりも確実に殺せると判断し、雅紀に向けて拳を振り上げた。

 光樹の拳が雅紀に振り下ろされるその瞬間、雅紀は持っていたカメラで光樹の目にフラッシュを浴びせた。


「!!!」


 視界を潰された光樹は、雅紀から手を離す。

 手が離れた隙を利用し、雅紀は電動カッターを発現させた。


 雅紀の電動カッターは光樹の目を狙って振るわれた。

 電動カッターは光樹の両目を切り付けた。


「これでどうだ!!」

 

 雅紀は右の拳で光樹を殴りつけて距離をとる。光樹はよろめいて雅紀と距離を離すと、雅紀は電動カッターのスイッチを回した。

 白い光が光樹の目に襲いかかるように集中した。光樹はすぐさま自分の目を守ろうと両手で目を覆うが、いくら覆っても光は光樹の目を襲い、光樹の視界は常に真っ白で何も見えなかった。

「くっ…ぐわああっ…!!」

 目の見えなくなった光樹は無茶苦茶に腕を振るう。雅紀は光樹から距離を取り、遠くから様子を見ていた。

「何も…見えない…!俺の作り上げた芸術も…!龍人の世界も…!」

「もう終わりだ、虹原」

 絶望したような言葉をあげる光樹に、雅紀は短く声をかける。だが光樹は息を荒げながら雅紀の方へ振り向いた。

「貴様…そっちだな…!」

 光樹は目をつぶりながら雅紀の方へ走り始めた。

「俺の目を返せ!」

 光樹はそう叫びながら雅紀に飛びかかる。だが、目の見えない光樹の攻撃は、雅紀には難なくかわすことができた。

「もうやめな。今のあんた、『醜い』ぜ」

 雅紀は光樹の姿を見て呟く。光樹は雅紀の方へ振り向いた。

「『醜い』だと…ふざけるな!龍人となり、不朽不滅を手に入れた俺が、そんなわけがないだろうが!」

「誰が何をどう思うかはそいつの自由だ。それを捻じ曲げてまで自分を押し通そうなんて、醜くないわけがない!」

「黙れぇっ!!!」

 光樹は雅紀の言葉に激昂し、雅紀の方に襲いかかる。


 だが雅紀は一切怯むことなく光樹の勢いを利用して逆に光樹を投げ飛ばし、湖へと投げ込んだ。


「うぁああああああ!!!!!」


 光樹は悲鳴を上げつつ、湖に沈んでいく。


 そんな彼の落ちたところへ、折れた木が沈んでいった。


「…隼人に教わったのが役に立ったよ」

 雅紀はふと呟く。そして汚れた自分の服を整え、カメラをケースにしまい込み、改めて湖を見た。

 先ほどまであれほど美しかった湖は、木々が折れ、荒れ果てていた。

「…美しさだのなんだの言って、やってることはこれか」

 雅紀はそう呟くと、再び自分の目的地を目指して歩き始めるのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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