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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
44/65

43.幻影と享楽

5/16 朝6:00 北回道 運盾はこだて


 街を代表する観光名所、御竜ごりゅう城を望めるホテルで、鬼波流はカーテンを開き、全裸で日光を浴びていた。

「んー、この街の朝日はいいなぁおい?」

 流はそう言って自分の背後のベッドを見る。全裸の女が3人、首が折れ、物言わぬ姿で死んでいた。

「あぁそうだった、壊れちまったんだったな。でも良かっただろ?死ぬほど気持ちよくなれて」

 流はそう呟くと、掛けてあった自分の上着とズボンを身につける。

「また遊ぼーぜ」

 流は部屋の死体たちに軽いトーンで言うと、軽さそのままの足取りで部屋を出て、受付の横を通り過ぎようとする。

「お客様、お会計を…」

「これだ」

 流は歩きながら受付を殴り抜くと、吹き飛んだ受付に一切見向きもせずにホテルを悠々と出ていく。

 正面に見える城を見上げる。

「さて、星ちゃんに言われたからな。遊ばせてもらうぜ」

 流は1人そう呟きながら、その城へと歩き始めた。



同じ頃 御竜城正門バス停

 赤尾雄三はバス停近くのベンチに座って大きなあくびをしていた。

「ふぁぁ…次のバスまで30分か…貧乏クジ引いたな…」

 雄三はそうぼやきながら右手に握っていたトランプの束を無意識に弄び、片手で手品をしていた。

「ねぇ、あれもしかして、マジシャンの赤尾雄三じゃない?」

 雄三が瞼を閉じようとしていると、声が聞こえてくる。雄三がそちらに目をやると、御竜城の女性スタッフが2人、雄三の方に歩いてきていた。

「やっぱりそうだよ!」

 女性スタッフは雄三に気づくと、思わず声を高くして雄三に近づく。雄三は服のネクタイと襟を整えると、女性に向けて笑顔を作った。

「あの、トリックチャンネルの、AYさんですよね?」

 女性の1人が雄三のやっている動画のチャンネルの名前を出して尋ねる。

「そうですよ」

「いつも動画見てます!」

「ありがとうございます」

「あの、せっかくなんで、何か手品見せてもらえませんか?」

「よしなよー、準備が必要に決まってるじゃん」

 女性の1人が雄三に言うと、もう片方がそれを嗜める。雄三はそれを見てにこやかに微笑みながら話しかけた。

「確かに普通なら準備は必要なんですよ」

 雄三はそう言いながら右手のトランプを見せる。女性たちもトランプを見た。

「でも、このトランプはちょっと不思議でしてね」

 雄三は左手でトランプを1枚抜くようにしながら、あたかもトランプが花になったかのように、左手に隠していた花を見せた。

「え!すごい!」

 驚いて思わず拍手する2人の女性に、雄三は手品で見せた造花を渡す。女性は嬉しそうに花を見せていた。

「喜んでいただけて光栄です」

 雄三はそう言って微笑むと、再びベンチに背中を預ける。女性スタッフはそんな雄三の姿を見て尋ねた。

「バスをお待ちなんですか?」

「そうですね」

「30分は来ませんよ」

「みたいですね」

「よかったら、御竜城、ご覧になっていきませんか?」

 女性スタッフに言われると、雄三は城を見上げる。まさに日本の城と言えるような白い壁の城がそこに立っていた。

「私たち、案内しますよ!」

「それじゃあ、お願いします」

 雄三が立ち上がると、女性スタッフ2人は雄三を案内するように少し先を歩き始めた。



 数分もしないうちに雄三と女性スタッフたちは天守閣にやってきた。ここから街を一望できることもあり、すでに観客が入っていた。

「ここは開くのが随分早いんですね。てっきり開いてないものかと」

「最近まではそうだったんですけど、要望が多くて開館時間が長くなったんです。ここから見る朝焼けは人気がありますから」

「確かにいい眺めですね。知り合いの写真屋にこの風景を撮らせてやりたかった」

 雄三は社交辞令的にスタッフと会話を交わす。そのまま雄三がふと後ろを見ると、その場にいた15人程度の観客たちが雄三の方を見ていた。

「手品師のAYさんですよね?」

 観客の先頭に立っていた若い女性が雄三に尋ねる。

「そうですね」

 雄三が手短に答えると、観客たちが一斉に沸き立つ。

「あ、あの!何か手品見せてもらってもいいですか?」

 観客の中からそんな声が聞こえてくる。雄三は眉を上げつつ、観客たちを見回しながら歩き始めた。

「構いませんよ。ただ、私1人じゃどうにも心もとない」

 雄三はそう言いながら観客の中にいたキャップ帽を被った男の子に近づき、しゃがみ込んだ。

「お兄さん、ちょっと帽子を貸してもらえるかい?」

 雄三に尋ねられると、少年は帽子を脱いで雄三に手渡す。

「ありがとう、すぐに返すから」

 雄三は小声でそう言うと、再び観客たちの中央に立って手品を続けた。

「さて、この城、御竜城の城主は、最後は孤独に果てたという話がありますね。きっと彼も、最後には誰か大切な人を思い浮かべたと思います。そんな彼の思いを、大切な人へ届けるとしましょう」

 雄三はそう言うと、観客からは見えないようにアイテムのトランプを帽子の中に仕込み、鳩の幻を作り出す。

「この子の力でね」

 雄三がそう言って手を離すと、鳩はひょっこりと頭を出し、そのまま窓の外へと飛び去っていく。観客たちが鳩に気を取られている間に、雄三は帽子を貸してくれた少年の元へと歩いた。

「ありがとう」

 雄三はそう言って少年に帽子を手渡す。少年が思わず拍手をしだすと、他の観客たちもそれにつられるように大きな拍手を雄三に送っていた。

 雄三はうやうやしく頭を下げるが、観客に見えないその口で大きくため息をついていた。

(有名人ってのも、めんどくせぇな)

 そんな表情もすぐに笑顔で取り繕うと、雄三は顔をあげた。

「すみませんね、今日はこの程度で」

「ひとついいっすか」

 観客の奥から男の声が聞こえてくる。観客たちと雄三は、一斉にそちらを向いた。

「ここの城主にはおもしれぇ話があるんだわ。なんでも、『魔術師』って呼ばれるほど頭がよかったんだってさ。でも結局、最後は仲間とはぐれ、敵に囲まれ、この城に仕掛けた罠で自害したんだってよ」

 男は話をしながら雄三の前に立つ。雄三は相手の動きを見張りながら観客の様子を横目で確認していた。

「そのお話、現代に再現してみようぜ」

 男はそう言うと、右手をゆっくり上げる。

 瞬間、男の髪色が一瞬青白くなったかと思うと、何もなかったはずのこの部屋の床から、水が湧いてきた。

「何これ!?」

 観客たちが動揺するのも束の間、水はどんどんと高くなっていき、観客たちを後ろの壁まで押し流すと、水は観客たちを取り囲み、宙に浮く。

 雄三の目には、観客が水の球に閉じ込められたように映っていた。

「貴様何者だ」

 雄三はすぐに異常事態を察し、目の前の男に拳銃(ルガーP08)を向ける。目の前の男はニヤニヤとしながら名乗り始めた。

「俺は鬼波きなみながれ。エンターテイナーさ」

「今すぐ全員を解放しろ」

「それはできねぇよ。これから始まるショーの観客なんだからよ」

 雄三は即座に流に向けて銃弾を放つ。銃弾は流の眉間に直撃し、流は大きくよろめいた。

 しかし倒れない。

「おぉ…ホントに耐えられるもんなんだなぁ、えぇ?」

 流は雄三の方を見ると、ニヤニヤとしながら言葉を発する。一方の雄三は表情を変えないまま銃を構えていた。

「今度は俺の番だ、赤尾雄三!テメェの首から上を吹っ飛ばす!人体切断マジックと行こうぜ!!」

 流はそう言うと、両手を合わせて握りしめ、右の人差し指と中指を伸ばし、雄三へと向けた。

(何か来る!)

 雄三は瞬時に危険を察知すると、すぐさま身を低くして後ろへ跳ぶ。

 激しい音と同時に、流の手から高圧の水流が放たれる。

 先ほどまで雄三の首があったところの壁が、水流で貫かれて穴が開いていた。

「…ちっ、避けやがったか」

 流は横に逃げ、床に仰向けになっている雄三を睨みつける。構わず雄三は流の頭に銃を向けて引き金を引く。

 しかし、何発直撃しても流は怯みすらもしなくなっていた。

「あんなに銃撃を浴びせられているのに…!どうなってるの…!?」

 水の中に閉じ込められた女性スタッフが目の前で繰り広げられる異様な光景に思わず呟く。しかし、その言葉に誰も何も答えられず、流はだんだんと雄三に近寄ってきていた。

「全然効かねぇなぁ!」

 流は雄三を威圧するように言うと、7歩程度の距離を保って再び両手を握る。雄三は嫌な予感を察知して立ち上がると、流から見て左側へと走った。

「読めてんだよ!」

 流はそう言うと、雄三の逃げる先を目掛けて水流を放つ。水流は雄三の足先を掠め、雄三は足を止めた。

 雄三はすぐさま反転して逃げようとするが、その逃げる先も察知して流は水流を奔らせた。

「!」

 瞬間、雄三の立っている床が抜け、雄三は下の階へと落ちていく。高さは約3m。さして高くはないが姿勢の崩れた雄三は床に背中から落ちていった。

「危ない!」

 水の中に閉じ込められている観客の何人かが叫ぶが、雄三が床に落ちる音が響いた。

「お、死んだか?」

 流はそう思うと観客を閉じ込めてある水球を引き連れながら自分の開けた床を覗き込む。

 水球の観客からも、雄三が倒れて血を吐き、動かなくなっているのが見えた。

「あぁ…」

「確認してやるか」

 流はそう呟くと、床の穴を飛び降り、雄三へと近づいた。

 やはり近くで見ても、雄三は血を吐いて倒れたままで動かない。トランプも乱雑に散らばり、流が軽く雄三の足を蹴っても雄三は動く気配を見せなかった。

「ほぉー、死んだフリか。下手な演技しやがってよ!」

 流はそう言うと、再び両手を握り込み、それを雄三に向けた。

「本物の死体にしてやるよ!」

 流がそう言って水流を放とうとした瞬間、雄三は目を見開き、指を鳴らした。

 ほとんど同時に、流の背中に鋭い痛みが走る。

 流が背後を見ると、重武装の甲冑の騎士が1人そこに立っていた。

(こいつ…!手品師が作った幻か!)

 流はそう察すると振り向き様に水流を放ち、騎士を破壊する。

 しかし、それは雄三に背中を向けることにもなった。

(もらった)

 雄三は自分のアイテムであるトランプで流の首筋を切り抜ける。

 トランプは確かに急所に命中した。


 流が膝をつく音がした。


(やったか?)


 雄三はそう思いながら振り向く。

 しかし、流はニヤニヤとしながら首を左右に倒し、雄三を見ていた。

「久しぶりに痛みってのを感じたよ、ペテン野郎」

 流はそう言いながら立ち上がる。

「にしても、お前は本当にエンターテイメントってのをわかってねぇな。くっだらねぇ小細工で逃げ回ってばかり。つまらねぇやつだよ」

「まさかこれをエンターテイメントのつもりでやってるのか?観客が誰一人笑っていないのに?」

「観客なんざ俺の姿だけ見てりゃいいんだよ。このショーの主役は俺だ!俺様の!俺様による!俺様のためのショーだ!圧倒的な力でペテン野郎を叩きのめす、それが最高のエンターテイメントさ!」

 流がそう演説すると、流は右手を握りしめる。観客が閉じ込められている水球が狭まり、観客たちは息苦しくなっていた。

「…何もわかっていないのは貴様だ」

 雄三はそう言って目を鋭くすると、トランプの束を片手で広げ、いつでも投げつけられるようにする。

「それじゃ教えてもらおうか?小細工ばかりのペテン野郎!」

 流はそう言うと床を思い切り踏みつける。同時に床から水が湧いてくると、部屋一面に水は広がり、あっという間に雄三の膝下の高さまで水が張られた。

「さて、俺様のアイテムを紹介してやろう!」

 同じく膝下まで水に浸かっていた流が、勢いよくジャンプする。空中の彼の足元に、オレンジ色の光が集まると、光はサーフボードを形作った。

 流はサーフボードで水面に着地すると、雄三を見下ろした。

「さて、鬼ごっこの時間だぜ!」

 流はそう言うと、両腕を胸元で組んだままサーフボードを操り、雄三の方へと近づいていく。

 雄三は距離を取ろうとしたが、水に足を取られ思うように動けないと察し、逆にその場に留まった。

「ハッハー!水が膝下まであれば思うように動けない!だからその場に留まるのも確かに良い!でもな、戦いで足を止めるってのは最悪手なんだぜ!」

 流は勝ち誇ったように演説すると、サーフボードに乗って雄三に突っ込んでいく。

 雄三は突っ込んでくる流に向けてトランプを放つ。

 しかし、いくらトランプが命中し、流の体に突き刺さっても流は止まらず、真っ直ぐ雄三まで近づいてきていた。


 残り1m。


 雄三は衝突されるのを避けるため、横へ跳ぶ。

 流のサーフボードを、確かに回避した。

 しかし。


「逃がすかよ!」

 流はそう言うと、片手で横に避けた雄三の後頭部を掴み上げ、宙に浮かべた。

「!」

「ちょうど良い、人間の頭蓋骨を割るのに、何秒かかるか試してみようぜ!」

 流はそう言って雄三の頭を掴んだ右手の握力を強めた。

「ぐっ…あぁあああ…!!!」

「オラオラァ!ポーカーフェイスはどうしたァ!」

 雄三は経験したことのない痛みに、思わず全身をよじる。このままでは、雄三の頭は流に握り潰される。


「終わりだ」


 流が一気に雄三の頭を握り潰そうとしたその時だった。

 流の乗っているサーフボードがひっくり返ったのである。

(なにっ!?)

 流は驚きながらも、雄三の頭は離さずにいたが、流の腕は何かに引っ張られ、雄三を離し、逆に流が腕から宙吊りになった。

 流は動かない自分の右腕を見る。見ると流の右腕に突き刺さっていたトランプから細い金属製のワイヤーが伸びていた。

(あのペテン野郎…!俺に投げたトランプにワイヤーを仕込んでやがった!早く剥がさねぇと…!)

 流はそう思いながら右腕に刺さっているトランプを抜こうと左手を動かす。だが、そんな流の左手を、黒い甲冑の騎士が掴んでいた。

「!」

 それだけでなく、他にも何体も流の周りに女王や王も現れる。全員それぞれの武器を流に向けていた。

「クソ!なんだよ、こんな、にせも」

 そう言い放とうとした流の口を、無理矢理騎士の一体が押さえつける。

「こんな悪趣味なショーもおしまいだ」

 雄三がそう言って指を鳴らすと、雄三の作り出した幻たちは一斉に流に切りかかる。

「不老不死なんて幻だ。幻には、幻で対抗するのさ」

 騎士たちが攻撃する中、雄三は懐の拳銃の弾を補充する。同時に、上の階で水球の中に閉じ込められている観客を見上げていた。

(ここからじゃ助けに行けないか)

 雄三はそう思うと、トランプを1枚、雄三が落ちた穴から水球の近くへ投げ、床に突き立てた。

(よし、あそこからロープを発生させれば上に行ける)

 雄三がそう思った瞬間だった。


「ウォラァ!!」


 雄三の背後から聞こえてくる雄叫びと水流の音。


 雄三が振り向いた時には、雄三は左の脇腹を貫かれ、水の中に倒れた。

「全くよぉ!あんな『偽物』が効くと思ってんのかよ!えぇ!?」

 水の中を這いずる雄三の耳に聞こえてくる流の声。流の声に呼応するように、雄三が作り上げた幻は崩れ落ちた。

「でもよ、いい舞台装置だったぜ!やっぱりこういうのは逆転劇がなくっちゃな!」

 流は威勢よく言う。しかし、雄三は水の中に潜って流から距離を取るように這いずる。

 しかし、雄三の脇腹から流れる血で、流は簡単に雄三の居場所を掴み、どんどんと雄三の方へ歩み寄った。

「逃げたつもりか?無駄だ!」

 流はそう言うと、足下にいる仰向けになった雄三の負傷した脇腹を思い切り踏みつけた。

 痛みに声を上げた雄三だが、水の中ではそれも響かない。雄三の口の中に水が入り込むが、それすらも気にしている余裕は、雄三にはなかった。

「いい加減死ね!」

 流はそう言ってもう片方の脚を振り上げる。狙いは、雄三の顔面。


 雄三は水の中から自分の顔へ降ってくる流の足を見ていた。


 流の靴が水面に触れる。雄三の顔面が踏み潰されるのも時間の問題。


 流の靴が目の前にやってきた。


 その瞬間、雄三は右手から伸びていたワイヤーを引いた。


 流の足は、雄三の耳を掠め、床を踏み抜いた。


「!」

 辺り一面に張られていた水が、流の開けた穴から流れ落ちていく。雄三は、数秒振りの酸素の味を噛み締めながら、ゆっくりと立ち上がった。

 流は目の前に立った雄三に殴り掛かろうとするが、ワイヤーで縛られた足は自由に動かなかった。

「お前の言ったことは正しい。確かに逆転劇がなくっちゃな」

 雄三はそう言うと、指を動かし出す。すると、トランプの1枚1枚がまるで生きているかのように流の周りを飛び回り始め、勢いよく流に襲いかかり始めた。

「だが、お前はエンターテイナー失格だ!」

 雄三は指の力を強め、宙に浮いていたトランプを個別にワイヤーで操り、流を切りつけていく。四方八方から飛んでくるトランプに、流も対応しきれずに身体中を切りつけられた。

(このまま頭を斬り飛ばす)

 雄三は流が怯んだのを見ると、流の背後にあったトランプを思い切りワイヤーで引き寄せる。

 トランプは流の首筋に突き刺さった。

「ぐ…っ…!」

 流は自分の首に刺さったトランプを抜こうとする。しかし、雄三はトランプで首を吹き飛ばす方針から、流の周りを回って首をワイヤーで締め上げる方法に変えた。

(いくら不老不死とはいえ、呼吸ができなければどうにもならないはずだ)

 雄三はそう思うと、全体重を乗せて後ろに倒れ込む。流は脚に絡まったワイヤーで身動きが取れず、首を強く締め上げられた。

「うぉ…ぁ…っ…!」

 流が天井へ手を伸ばす。


 しかし、その腕もいずれ力が抜けると、流はその場に崩れるようにして倒れた。

 雄三も勢い余ってその場に大の字になった。

「はぁ…はぁ…くっ…」

 雄三は改めて自分の左の脇腹を見る。コインほどの大きさの穴が開き、そこから血が流れ出ていた。

(失血がひどい…あと少し倒すのが遅れてたら、手当てが間に合わなかったかもしれん…)

 雄三はそう思いながらアイテムのトランプの1枚に手を伸ばした。

(…?)

 その瞬間、雄三は自分の視界に違和感を覚えた。そして、その正体にすぐに気づいた。


(やつがいない…!)


「いよぉ、ペテン野郎。生きてるかぁ?」

 上の階から聞こえてきたのは、雄三が倒したと思っていた流の声だった。

 まさかと思い雄三が顔を上げると、上の階の床穴から、流が雄三を見下ろしてニヤニヤと笑っていた。

「おいおい、あんなので死ぬわけないだろ?主役の俺様があっさり死んだら、そんなのつまらねぇじゃねぇか」

「お前が死ねば逆に皆安心するぜ」

「皆って誰だよ?まさかそこにいる有象無象共か?冗談じゃねぇよ。俺の人生の主役は俺だ。俺様というスターを中心に脇役の有象無象共がいるだけだ!スターである俺様が満足するような刺激を提供する、それが俺様のエンターテイメントだ!」

「よくわかったよ。お前は自分しか見えていないんだな」

「その通り!だが人間全員そうだろ?口には出さないが、みんな自分以外の人間は脇役だと思ってる。だからいちいち誰かが死んでも悲しみもしねぇ。でもウチのトシちゃんは違う。あいつは世界の全員を見てる!世界の全員を幸せにしてやろうとしてる!あいつこそヒーローさ!」

「いいや、お前たちは何も見えていない」

「そう思ってんのはお前だけだよ、三流マジシャン」

 雄三は流の言葉に銃撃で答えようと懐の拳銃に手を伸ばす。しかし、それとほとんど同時に、雄三の足下から水が現れた。

(なにっ?)

「穴が空いてるから水浸しにはならないはずだって?悪いけど、塞いだよ」

 流が勝ち誇ったように言う。雄三が穴の開いていたはずのところを見ると、流のサーフボードが確かに床を塞いでいた。

「さて、ペテン野郎。洗濯機の中って入ったことあるか?」

 雄三の足下の水の水位が上がる中、流はそれを見下ろしつつ尋ねる。一方の雄三は膝まで上がってきた水に脚を取られ、思うように動けなくなっていた。

「この洗濯機の容積は?10×10×4で?400立方メートルくらいか?ま、せいぜい楽しんでくれや」

 流が言う間に、水は雄三の胸まで迫る。雄三は大きく息を吸うと、水に浮いて流のところまで近寄ろうとするが、瞬間、水の流れが大きく変わったのがわかった。


 雄三の足が浮く。


 そのまま水は水位を上げつつ、雄三を押し流し、彼の背中を壁に叩きつけた。


「!」


「盛り上がるのはこっからだ!」


 流の声が響いたかと思うと、再び水の流れが変わる。雄三は壁から剥がされると、10メートル先の反対側の壁へと凄まじい速度で押し流され、再び壁に叩きつけられた。

 雄三は受け身を取ることもままならず、背骨を壁にぶつけ、肺の空気が全て出る。雄三は顔の高さまで上がってきていた水の中に沈んだ。

(空気を…!)

 雄三はそう思って上へ浮上しようとするが、再び流れが変わる。


 今度は、部屋の中心に渦ができていた。


「水位は既に3メートル。この渦、耐えてみろよ!」


 流がそう言うと、水が動き出す。


 一切の容赦や遠慮のない水の流れが雄三に襲いかかる。渦の外側にいた雄三は、凄まじい速さで流され続けると、何度も全身を壁に叩きつけられていた。


(ここにいてはダメだ、渦の中心に行かなければ…!)


 雄三は水中で壁に叩きつけられながらも、状況を察知して渦の中心を目指して泳ごうとする。


 しかし、強烈な水の流れが雄三を押し流し、再び雄三を壁に叩きつける。雄三は受け身を取ろうとしたが、失敗して左腕を折った。

 耐えがたい激痛に声を上げそうになるが、必死にそれを堪え、冷静を保とうとする。しかし、腕の使えない雄三は既に泳ぐこともできず、さらに傷を負った脇腹から流れる血もどんどんと激しくなっていた。

(…まだだ…俺は降りない…手札はまだどこかにあるはずだ…!)

 朦朧とする意識の中で、雄三は再び目を見開く。


 流され、壁に叩きつけられる中、雄三は状況を変える一手を探した。


 そして見つけた。


(サーフボード…!)


 雄三は渦の中心から離れたところに、流が穴を塞ぐために使ったサーフボードを見つけた。

(あれさえ剥がせれば…!)

 雄三はそう思うと、アイテムのトランプを2枚取り出し、それをロープと金属製のフックに変えると、サーフボードに投げつける。

 雄三の放ったフック付きのロープは、運良くサーフボードに引っかかった。

(よし…!)

 雄三はロープを手繰り寄せ、サーフボードまで近寄る。

 サーフボードは、その両端に穴が開き、さらに床にも穴を開けて、そこに靴をねじ込むことで固定されていた。

 雄三は靴を抜く。同時に、雄三はこの床下に何があるかを知った。

 もうひとつの靴を抜くと、サーフボードが浮く。

 雄三は、それを見ると、最後の力を振り絞って部屋の各所にばら撒いた自分のアイテムであるトランプで罠を仕掛け始めた。




 一方の流は、上の階から渦の起きている下の階を見下ろしていた。

「さぁてそろそろ死んだ頃かなぁ?」

 流がそう思っていると、何かが流の方にやってきていた。

「お?死体か?」

 流は嬉しそうに微笑みながら浮かんできたその物体を見る。流にとっては残念なことに、それは流のサーフボードだった。

(ほぉ?あのペテン師、まだ生きてんのか?)

 流は下がっていく下の階の水位を見ながら考えを巡らせる。水の色は、雄三の血の色でうっすら赤くなっていた。

 数秒もしないうちに、その水も全て消え去る。流から見えるのは、濡れて色の変わった床だけだったが、すぐに雄三が咳き込む音が聞こえてきた。

 流は床穴から下の階に飛び降りる。

 流から5歩離れた部屋の隅で、深傷を負った雄三が、口や肺に入った水を咳で吐き出していた。

「しぶといじゃねぇか、よく生きてやがったな?」

 流は雄三に陽気な声を掛ける。雄三は返事をしなかった。

「まぁ俺様相手によく頑張ったとは思うぜ。所詮お前もやられ役だけどよ」

 流は雄三に言うと、両手を握りしめる。そうして両手の間に水を発生させると、僅かに隙間を作って雄三に向ける。

「お前の負けだ!」

 流が手に力を込め、水流を雄三に放とうとした瞬間だった。


 雄三は何かを掲げ、流に見せつけた。


 流は瞬間的に力を込めるのを止めると、雄三の手に握られているものに目をやった。

 手のひらより少し大きい程度の、直方体の何か。

「これ、なんだと思う?そう、C4爆薬さ」

 雄三はニヤリと笑いながら流に言う。流が険しい表情でそれを見ていると、雄三は言葉を続けた。

「お前の言う通り。俺は負けた。だけどな、ただ負けるのは癪に障る。だから、ギャンブルと行こうじゃねぇか。この部屋には城ごと吹っ飛ばせるだけの爆薬を仕掛けておいた。お前が動いた瞬間、俺はこれを起爆する」

 雄三の目は真っ直ぐに流を見ていた。決意を宿した、本気の人間の目。流にもそれはよくわかった。


「ギャハハ、どっちみち自分が死ぬギャンブルか?」


「あぁ…俺ももう長くはないだろう。それをチップにお前を消せれば、ジャックポット(大当たり)さ」


「お前がそんな分の悪い賭けをするわけがねぇ!人間は誰だって自分の命が1番可愛いはずだろうが!」


「換えの利かない命だからこそ賭ける価値がある。ギャンブルは1番デカいものを賭けるから面白い。違うか?」


「そうかい!それじゃあ吹っ飛ばしてもらおうじゃねぇか!その『偽物』で!」


 流は両手を握り直す。


 雄三の手から爆薬が光になって消えた。


 周囲に仕掛けてあった爆薬も、音もなく消え去っていく。


(やっぱりそうだ!テメェはおしまいだ!)


 流は手の間に水を発生させた。


 雄三は最後まで流を見ていた。


「そう、偽物だ」


 流の手が雄三に向けられた。


「だからいいんだ」



 超高圧の水流が放たれた。





 はずだった。


「!!」



 流が水を放とうとした瞬間、流の立っている床が消えたのである。

 流は足下を見る。

 そこに広がっていたのは、直径15センチほどの針の数々。落ちれば龍人といえど、無傷では済まない。



 流は、自分の体が重力に引かれていくのがわかった。

 このままでは落ちる。

 流は咄嗟に手を解くと、雄三の足を掴んだ。

「はぁ…はぁっ…!危ねぇじゃねぇかよおい!あと少しで、落っこっちまうところだったぜ…!だがな、落ちるのは俺様じゃねぇ!落ちるのはお前だペテン野郎!!」

 雄三を支えるものは何もなく、流に引っ張られ、雄三は針山へと引きずり込まれていく。

「この俺が…!俺がこんなところで死ぬわけがないんだよ…!」

 流はそのまま雄三を落として登ろうとする。



 しかし、いくら雄三を引いても、雄三は動かなかった。

(なんだ?)

「赤尾さん!しっかり!」

 聞こえてきたのは女の声。

 流が不思議に思いながら顔を上げると、雄三の体は流が閉じ込めておいたはずの観客たちに支えられていた。

(馬鹿な…!いつの間に…!)

「本当に、見えてなかったんだな」

 雄三は流を見下ろしながら懐の拳銃を抜く。

「お前は自分と俺しかみてなかった。だが俺は最初からみんなの事も見ていた。一流のエンターテイナーってのは、客から絶対に目を離さないのさ」

「この野郎知ったような口を!」

 怒りに任せて雄三を引きずり落とそうとする流に対し、雄三は銃撃を浴びせる。

 流の右手が離れ、左手一本で雄三にしがみつく。


 そんな流の左手に、雄三は狙いをつけた。


「冥土の土産に一つ教えてやろう。ショーの主役は、いつだってお前でも俺でもない」


 雄三の言葉を無視して、流が右手で雄三を殴ろうとする。


 その刹那、雄三は拳銃の引き金を引いていた。


 銃弾は流の左手を貫き、流の左手は雄三の足から離れた。


「うわあああああっっ!!!!」


 針山の中へ流が落ちていく。ものの数秒もしないうちに、流が針に貫かれ、動かなくなったのが雄三の目にも映った。


「ショーの主役は、いつだって観客なのさ」




 流を撃ち落とした雄三は、観客たちに引き上げられ、その場に横たわった。

 激戦を制した雄三の体はボロボロであり、雄三自身も動く気力すら湧かなかった。

「救急車呼んで!早く!」

 そんな雄三の容態を察して、観客たちは素早く役割分担をして雄三に応急手当を施し、救急車を呼ぶ。

「大丈夫ですよ、AYさん、すぐに救急車来ますからね」

 雄三を手当てしながら女性スタッフが語りかける。雄三は消耗し、朦朧とした意識の中で、返事すらもままならなかった。

 そんな雄三に、女性スタッフは雄三から渡された花を握らせる。

「これ、お守りです、頑張ってくださいね」

 雄三は弱々しくその花を握りしめると、小さく微笑んだ。


(有名人も…悪くねぇ)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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