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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
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40.忍ぶ里

 バーを出た雅紀と雄三は雑談を交わしながら数馬たちの待機している2階を目指して歩き出した。

「またフラれっちまったな」

 雄三が雅紀に言う。雅紀は目元を抑えながら俯いた。

「悔しくねぇやい!さえちゃんの笑顔のためなら…!別に構わねぇ!」

「…あんた男だよ」

 雄三は手元でトランプを弄びながら言う。雅紀は涙を拭くと、前を向いた。

「とにかく、あのオーナーぶっ倒して、さえちゃん笑顔にしてやろうじゃねぇか!なぁ雄三!」

 雅紀は雄三の方を向いて言う。

 同時に、雅紀は何かに気づいて足を止めた。

「あ?どうした?」

 雄三が尋ねると、雅紀は右手にアイテムである電動カッターを発現させていた。

「なるほど…!」

 雄三は雅紀の意図に気づくと、咄嗟にしゃがみながら雅紀の横へ転がり込んだ。少し遅れれば後ろにいた敵の攻撃に雄三は倒れていただろう。

「うぉりゃ!」

 雅紀は電動カッターを振るう。

 雄三の背後に立っていた、彼らの敵、このホテルのオーナーである真次の胸を目がけた渾身の一撃。

 しかし、真次が振るわれる電動カッターの刃を片手で掴むと、次の瞬間雅紀のカッターは光に変わった。

「なっ…!」

 真次がその手を拳に握り変える。強烈な殺意を感じた雄三は、雅紀の背中を掴んだ。

「下がれ!」

 雄三は言うが早いか雅紀の背中を引っ張る。一瞬でも遅れていれば真次の拳の餌食になっていただろう。

 その間に雄三はアイテムのトランプを発現させ、床に撒く。トランプから現れたのは、4体ほどの甲冑に身を包んだ騎士たちだった。

「逃げるぞ!」

 雄三がそう言って背後に走り出すと、雅紀もそれに従って走る。現れた騎士たちは、2人を背に真次へと剣を振り上げた。

 しかし真次は怯むことなく、甲冑の騎士たちに触れると一体を倒してそのまま他の3体も将棋倒しにして全ての騎士たちを薙ぎ倒す。一瞬にして騎士たちの姿は消え去った。

「おいおい、弱すぎねぇか!?」

 廊下を走る雅紀が雄三に愚痴をこぼす。

「違う!あのオーナー、何かがおかしい!普通俺のあの騎士たちにさわれるわけがないんだ!」

「はぁ!?普通に殴り倒してたぞ!」

「これはスリリングだな」

 雄三は自分の置かれた状況を皮肉りながら、階段を駆け下る。雅紀もそれに続いた。


 息を切らしながら階段を下り、2階にやってきた2人は、数馬たちがいるはずの202号室の扉を大きな音を立てて開けた。

 部屋に中にいた数馬と佐ノ介は、急に鳴り響いた大きな音に身構えた。

「雄三?雅紀?どうした」

 数馬が尋ねると、雄三と雅紀は荒れた息のまま話し出した。

「はぁ…オーナーが…!こっち向かってくる…!」

「真次が?」

「あいつの能力は…」

 雄三と雅紀が話している途中、背後に真次が現れる。背中から殺意を感じた2人だったが、その時にはすでに遅く、雅紀は殴り倒され、雄三は首を掴まれていた。

「ぐぅぁ…っ…!」

「雄三!」

 数馬と佐ノ介は咄嗟に真次の方へ駆け寄るが、それを追い払うように真次は雄三を数馬と佐ノ介に投げつけた。

 数馬はしゃがんでそれを避けたが、佐ノ介は位置関係で避けきれず、雄三に覆い被さられる形で被弾し、2人で壁に叩きつけられた。

「やってくれるじゃねぇか」

 数馬は軽口を叩きながら真次へ近づくと、右の拳を振り上げる。数馬はそれを敢えて大振りで真次の顔面へ振るった。

 真次はそれを右手で受け止めた。

(もらった!)

 数馬は拳に赤黒いオーラを纏わせようと力を入れる。しかし、どういうわけか数馬の能力は発動しなかった。

「!」

 数馬はすぐに危険を察知すると、左足で真次の金的を蹴り上げてから距離を取る。

「いいぜ、だったらステゴロで…」

 数馬がそう言って動き出そうとした瞬間、数馬の体の内側に激痛が走り、数馬はうずくまる。次の瞬間には、数馬は咳き込み始め吐血した。

(都合悪りぃ…!)

 数馬が内心愚痴をこぼすのも知らず、真次は数馬に駆け寄ると、サッカーボールを蹴り上げるように数馬の顔面を蹴り上げた。

 数馬が血を吐きながら大の字になって床に倒れる。そのまま数馬が動かないのを確認すると、真次は自分が倒した4人をまとめ、ズルズルと引きずりながら自分の部屋のある1階へ歩き始めた。

(あと3人)

 真次は脳内で数えながら2階にある隠し階段の入り口を開き、1階へと歩き始めた。

 

 真次が消えると、たまたま席を外していた竜雄が誰もいない2階に戻ってきた。彼は荒れた様子の辺りを見て、警戒を強めながら開きっぱなしになっている202号室の中を覗き見る。やはり誰かが暴れたような痕跡があった。

(…嫌な予感がする)

 竜雄は胸騒ぎを覚えると、携帯にすぐに手を伸ばした。

「川倉です、聞こえてる人、返事を」

 竜雄は7人全員がいるグループに通話をかける。返ってきたのは隼人と狼介の声だった。

「横山と鈴木だ。どうした?」

「切羽詰まってるみたいだけど?」

「数馬たちの部屋に来たら様子がおかしい。荒れた様子で、しかも誰もいない。2人とも数馬たちを見てないか」

 竜雄が現状を報告しながら尋ねると、2人は見てないと答え、そのまま続けた。

「確かに怪しいな。俺たちも今から合流する」

「1階で落ち合おう」

 竜雄はそう言って通話を切る。竜雄はポケットにスマホをしまうと、202号室の扉を閉めてから下の階へ走った。



 1階にやってきた竜雄は、ほとんど同じタイミングで外から帰ってきた隼人、狼介の2人と合流した。

「早いな2人とも」

「竜雄、なんかヤバそうだな」

 竜雄の言葉に、隼人が答える。竜雄は険しい表情でうなずいた。

「一旦状況整理しようぜ。竜雄、お前が最後にみんなを見たのは?」

「昼飯の時だな」

「…それじゃあ情報がないも同然だな」

 狼介の質問に、竜雄が答えると、狼介は頭を抱える。

「だったら聞き込みだな」

 すぐに隼人はそう言うと、カウンターへ駆け寄り、オーナーを呼び出すベルを鳴らすのだった。



 同じ頃、真次は1階の受付カウンターの奥、自分の部屋の中に気絶させて持ってきた4人を床全体に敷いたブルーシートの上に並べていた。

 窓にシャッターを下ろし、扉の鍵を掛けると、引き出しの中から自分が昔から愛用している拳銃デザートイーグルを取り出し、横にした4人の頭に向けた。

(そうだ…!そのまま引き金を引くんだ…!)

 誰もいないはずの耳元から、真次のものではない声が聞こえてくる。真次はそれに逆らえず、引き金にかけた指の力を強めた。


 銃弾が発射されるその寸前、カウンターからの呼び出しベルの音が部屋に響く。瞬間、真次は引き金から指を離していた。

(こんな時に誰だ…1階に誰かいるんじゃ、銃声を聞かれるかもしれん、追い払おう)

 真次は短く思考すると、銃を後ろ腰のホルスターにしまい、上着でそれを隠す。何度もしつこく鳴り響くベルの音に苛立ちながら、真次は部屋を出た。



「おい隼人、そんな鳴らしたら迷惑だろ」

 ベルのボタンを悪気なく一定間隔で連打する隼人を、狼介がたしなめる。隼人は注意されて初めて不思議そうに狼介の方を見ながらベルから手を離した。

「はいはいはいはい、そんな連打されなくたって行きますよ」

 カウンターの奥からそういって真次が気怠そうに現れる。露骨に不機嫌そうな顔をしながら真次は目の前の隼人、狼介、竜雄の3人と向き合った。

「ご要件は?」

「真次、数馬たちを見てないか?部屋も荒れてた、何かあったんじゃ」

 竜雄がカウンターに両手を載せ、前のめりになりながら真次に尋ねる。しかし、竜雄の言葉を遮るように真次は大きくため息を吐いた。

「何もありませんよ。あってもウチの責任じゃありません」

「そんな、あんまりな言い方じゃないか。調べもしないのに何もないなんて、なんで言い切れるんだ」

 竜雄は真次の態度に怒りを露わにする。真次はそれに対しても面倒くさそうに答えるだけだった。

「ウチじゃそういう嫌がらせはしょっちゅうなんだよ。何がしたいんだか炎上系とか抜かすバカが来ては何もないところで騒ぎ立てやがる。この間だってそういうバカが来てウチのバーの酒を割りやがった。少しシメてやったら入院先で低評価のレビュー付けてきやがったよ。お前も同じ病院に送ってやろうか?」

「今回は違うんだ、嫌がらせなんかじゃない!本当に荒らされてたんだ!」

 真次が竜雄を追い払おうとするのに対して、竜雄は必死に食い下がる。

「頼むよ真次、嘘だと思うならお前の目で見てくれ!」

「今は忙しいので」

「じゃあ数馬たちの行方は知らないか?」

「知らないって言ってんだろ。さっさと消えてくれ」

 真次はそう言って竜雄に背を向ける。竜雄は深くため息を吐くと、真次の背中に言葉を投げかけ始めた。

「変わったな、真次。そりゃ俺とお前はそんなに関わりはなかったけど、少なくとも困ってる人間の手を振り払うような人間じゃなかったはずだ!」

「買い被りだよ」

「そうらしいな」

 竜雄が諦めたように言うと、真次は歩き出す。


「犯人はオーナーなんじゃないのか?」

 消えようとした真次の背中に、狼介の言葉が突き刺さる。真次は思わず足を止めた。

「…何?」

「何もないって言いきれたのは、あんたがすでに部屋を見ていたからじゃないか?他の4人がいなくなったのも、あんたがさらったんじゃないのか?」

 狼介の言葉に真次は答えない。狼介は瞬間目を鋭くした。

「カウンターの奥、見せてもらおう」

 狼介が言うが、真次は答えない。

(…仕方ない)

 真次は内心そう思うと、素早く振り向くと同時に腰の拳銃を引き抜いた。

「!」

 重厚な銃声が1発鳴り響く。その寸前に3人は咄嗟に飛び退いたが、銃弾は隼人の左腕を掠めた。

 真次はすぐさまカウンターの奥へと走る。

「俺はいい、追ってくれ!」

 負傷した隼人が竜雄と狼介に言うと、言われた2人はカウンターを乗り越えて真次を追って走る。

 角を曲がり、真次が入っていった突き当たりの部屋に来ると、目の前で閉められた扉に、狼介が針金を構えた。

「下がれ!」

 狼介が竜雄に言うと、電撃を扉に向けて放つ。鍵が壊れたのを見て、竜雄が扉を蹴り開けた。

 2人は部屋の中に入ると、中で待ち構えていた真次と向き合う。真次の背後には、気絶している数馬たち4人の姿もあった。


「大当たりだったな」

 狼介はそう言いながら真次が抜いた拳銃に向けて電撃を放ち、吹き飛ばす。武器を失った真次へ、狼介はもう1発電撃を放った。

(痺れて寝てろ!)

 狼介がそう思うのもよそに、真次は飛んでくる電撃に右手をかざす。電撃が直撃しようとした瞬間、電撃は元々なかったかのように消え去った。

「なんだと…?」

 眉をひそめる2人をよそに、真次は右手にふっと息を吹きかける。

「効くかもな、俺以外には」

 そう呟く真次は、自信に満ちた表情をしていた。

「狼介、格闘戦しかない!」

「そうみたいだな…なに、準備運動はできてる!」

 竜雄と狼介は短く言葉を交わして身構えると、狼介が姿勢を低くしながら真次までひと息に1歩の距離まで近づく。

 真次は狼介に拳を振り下ろすが、狼介は同じ距離を保ちながら横に移動して攻撃を避けると、左脚を大きく回転させ、真次の顔面を後ろ回し蹴りで蹴り抜いた。

「竜雄!」

 狼介の声に呼応するように、怯んだ真次をひっくり返そうと、真次の脚をめがけてタックルを入れ、真次の片脚を抱きかかえる。

 そのまま真次をひっくり返そうとする竜雄だったが、真次は上手く体重をコントロールしてそれに抗うと、逆に竜雄の体勢を崩させた。

「そこだ!」

 真次は竜雄の顔面が下がったところを見計らい、右腕を大きく振るってアッパーカットを竜雄の顔面に叩き込んだ。

 竜雄が大きく吹き飛び、床の上に大の字になる。殴られたところから血を吹いたのもあり、一見して大ダメージのように見えた。

「竜雄!」

 しかし狼介は竜雄の頑丈さを信じると、真次の顔面にもう一度蹴りを叩き込む。それが当たると同時に、狼介は2発目の蹴りを同じように真次の顔面に放った。

「いい蹴りだ」

 真次はそう言うと、自分に当たる寸前のところで狼介の脚を受け止め、掴む。脚を掴まれた狼介はなんとか抜け出そうともがいたが、真次の力は強かった。

「だが良すぎたな!」

 真次は力任せに狼介を引っ張ると、そのまま脚を持って一回転し、勢いを利用して狼介を投げ飛ばした。

 狼介が壁に叩きつけられる。

 竜雄は自分の頭上で気絶している狼介を見てから、ゆっくりと起き上がる。

 しかし、そんな竜雄を、上から真次は踏みつけた。

「ぐ…っ…!」

「お前はやはり何もできない」

 真次はそう言って竜雄の胸をより強く踏みつける。

 痛みと圧迫感で息ができない状況で、竜雄は真次の瞳に、暁広と圭輝が映っているように見えた。

「正義のない人間が勝てるわけもない」

「結局お前は誰一人守れないんだ。家族も、友人も!」

 本来なら真次が言っているはずのこの言葉も、竜雄には真次の瞳の奥にいる暁広と圭輝の声に聞こえた。

(何も…守れないか…)

 竜雄は自分の胸を踏みつける真次の足を見る。

 同時に、その真次の足の先に倒れている数馬たちの姿が竜雄の目に映った。

(…違う…!)

 竜雄は意を決して真次の足を掴むと、無理矢理真次の足を引き剥がすようにして持ち上げる。

「何っ!」

 真次は驚きながら足の力を強めようとするが、竜雄は負けず、真次の踏みつけから抜け出し、転がって距離を取ってから立ち上がった。


「結構効いたよ、真次。でもな、おかげで思い出せたよ。自分が何のために戦っていたのか」

 竜雄はそう言いながら拳を握り締め、構える。

「俺は確かに自分の家族を守れなかった。だけどな、だから誓ったんだよ。せめて他の誰かの家族は守るって。そして、自分の友達も守るってな。俺の友達、返してもらうぞ」

「甘いやつだな…!何かを守りたいだの、友達だの!」

 構えている竜雄に一気に近づきながら、真次は上から拳を振り下ろす。竜雄が自分よりも重い真次の体重が乗ったそれを右腕で受け止めると、2人は鋭い表情で睨み合った。

「力が無ければ何の意味もない!」

 真次はそう言いながらそのまま竜雄を押し切り、姿勢が崩れた竜雄に、追撃の蹴りを叩き込む。

「ぅぐっ…!」

 さらに体勢を崩した竜雄の顔面に、真次のラリアットが炸裂する。竜雄は口から血を流しながら吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 しかし竜雄は逆に壁を蹴り、勢いをつけて真次の顔面を左で殴り抜いた。

「うぉっ…!」

 強力な一撃に真次はよろめく。一方の竜雄も、先ほどまでに食らった攻撃が効いたのか、頭を抑えたせいで追撃はできなかった。

「はぁっ…はぁっ…変わったな…真次…昔のお前はそんなこと言わなかった…お前はすごく友達思いだったじゃないか…それを無意味なんて言うやつじゃなかった…!」

 そう言って竜雄は血を吐き捨てると、もう一度構え直し、真次の目を見据えた。

「目が曇ってるな…魅神になんかされたんだろ…今のお前からは、何の意志もプライドも感じない」

「黙れ!そんなものが何になる!生きる上で必要なのは力だ!意志もプライドも、龍人の力の前には不要だ!」

 そう叫ぶ真次の言葉は、真次本人の言葉ではないことが、竜雄にはよくわかった。

「やっぱりお前か、魅神暁広。真次に何をした!」

「大したことじゃないさ。こいつの心を強引に操っているだけだ」

 竜雄の目の前の真次が言う。しかし、それは真次を操っている暁広の言葉に他ならないのが竜雄にはよくわかった。

「人の意志を奪って、自分の手は汚さないのか!卑怯者め!」

「龍人の世界に有象無象の意志は邪魔なだけだ。お前だって要らないゴミは捨てるだろう?廃材利用しているだけで何が悪い」

 真次を操る暁広の本音を聞いた竜雄は、怒りを隠しきれなかった。


「…テメェのその根性叩き直してやる!」

 竜雄はそう言うと、真次に全力で駆け出す。

 不意を突かれて反撃が遅れた真次の胴体に、竜雄のショルダータックルが直撃する。

 真次は竜雄よりも大柄である分、吹き飛びこそしなかったがそれでも竜雄のタックルは真次を再び数歩よろめかせるだけの威力はあった。

 よろめいた真次の顔面に、竜雄は拳を叩き込み始める。右のジャブを2発入れた後、大きく腕を振るって左のフックを真次の顔面に叩き込んだ。

 真次はその場に崩れ落ちる。

 竜雄は両手を握りなおしながら手を振るった。

「どうだ…!」

 竜雄はそう呟きながら真次を見下ろす。


 真次の口角がニヤリと上がった。


「!」

 竜雄が身構えると、真次はゆっくりと立ち上がる。そしてにやけた表情そのままで話し始めた。

「何か勘違いしているようだな。こいつをいくら殴っても、俺の能力は解けない!こいつがどんなに傷つこうと、俺が操る限り、何度だってこいつはお前に立ち向かう!俺には何のダメージもなくな!お前に残されているのは、お前が死ぬか、こいつが死ぬかだけだ!」

 真次を通した暁広の言葉を聞いて、竜雄は思わず表情をこわばらせる。

「それいくぞ!」

 真次はそう言って大きく足を振るって竜雄の顔面を狙う。

 竜雄はすぐにしゃがんだが、反撃は躊躇していた。

 そんな竜雄に、真次は前蹴りを叩き込んだ。

「!!」

 竜雄が吹き飛ぶ。床に倒れた竜雄はすぐに立ち直ったが、彼の心の中には迷いが生じていた。

(このままじゃ俺がやられる…でも俺が本気でやったら真次は死んでしまう…都合よく気絶だけ狙うなんてそうそうできるもんじゃないし、逆にそんな立ち回り方をすれば隙ができてやられる…!どうすれば…!)

「どうしたどうした!本番はここから…」

 足を止めていた竜雄に真次が歩き寄ろうとするが、瞬間胸を押さえて苦しみ出す。竜雄は警戒しながら立ち止まってその様子を見守っていた。

「…がっ…!やめろ…!うううう!!!」

 真次は苦しみながらその場にうずくまる。そして竜雄の方を向いて苦しそうに言葉を発し始めた。

「竜雄…!俺を…殺せ…!」

「真次!?」

「早く…!手遅れになる前に…!」

 真次はそれだけ言うと再びうめき声を上げる。しかしすぐに真次は元の表情に戻ると、竜雄を見据えた。

「…ったく、無駄に足掻くやつだ!」

 真次がそう言って竜雄に近づいていく。しかし竜雄は怯まなかった。

「さぁ!こいつを殺してみろ!さもなくばお前が死ぬぞ!」

「違う。俺も生き延び、真次も救い出す。そしてお前を倒す!」

「いいや、貴様らはここで終わりだ!」

 真次はそう言って拳を振り上げる。

 竜雄の脳天に拳が振り下ろされる瞬間、竜雄はカウンター気味に真次の下半身を目がけて掴みかかった。

(バカが…!そうやったって俺を倒すことはできないって学習しただろうが!)

 真次の中の暁広がそう思いながら、真次を掴んでいる竜雄を見下ろしながら後ろに倒されないように体のバランスを取る。

(片足タックルは、相手に背中を見せるのと同じ!殺してくださいって言ってるようなものだ!お望み通りにしてやる!)

 真次は肘を振り上げる。勢いよくその肘を振り下ろせば、竜雄の脊髄に強力な一撃を加えて半身不随にすることも容易だろう。

(死ね!)

 真次が肘を振り下ろそうとした瞬間、真次の体が浮くような感覚を覚えた。

 まさかと思い、真次が目をやると、竜雄は真次の腰を持って真次を持ち上げていた。

(まずい!)

 真次の体が浮いていく。竜雄は構わず自分の体を後ろに倒していく。

「うぉりゃぁっ!」

 竜雄の裂帛の気合いと共に、真次の体が持ち上がる。

 次の瞬間、真次の視界は床で覆われたかと思うと、すぐに天井でいっぱいになった。背中には鈍い痛みが走っていた。


 立ち上がった竜雄はすぐに振り向いて真次の方に構える。遅れて立ち上がった真次も、首を鳴らしながら構えた。

 2人の距離は約3歩。お互いに1歩踏み込まなければ、拳の威力を最大限に発揮できない間合いだった。

「馬鹿力だな。この俺を投げ飛ばすとは」

「デカブツを崩すには足元からさ」

「ならこれは崩せるか?」

 真次は挑発的に言うと右の拳を振り上げながら1歩踏み込む。

 竜雄も瞬時に覚悟を決めると、1歩踏み込みながら左の拳を振り上げた。

「うぉおおおっ!!」

「おりゃぁあっ!!」


 2人の気迫がぶつかり合う。


 互いの拳が、お互いの顔面に直撃した。

 しかし、どちらも倒れない。

 真次は、自分の方が大柄であることを活かし、上から体重を乗せていく。

「死ね…!川倉ァ…!」

 竜雄の顔面が押されていく。

 真次の拳が、そのまま竜雄の顔面を打ち抜こうとした瞬間、竜雄は徐々にその拳を跳ね返し始めた。

「なっ…!?」

「俺は…」

 拳に押されていたはずの竜雄の顔面が、真っ直ぐ真次の方を見る。

 真次が怯えたそのとき、真次の顔面に当たっていた竜雄の拳に力が入っていくのがわかった。

「不死身の…!」

 竜雄はその一瞬に渾身の力を振り絞る。

「川倉だ!!」

 自分に当たっていた真次の拳すら跳ね返しながら、竜雄は総身の力で真次の顔面を打ち抜いた。


「ぐわぁあああっ!!」

 真次が大きく吹き飛ぶ。

 床に大の字になったまま動かない真次の姿を見て、竜雄は血を拭った。

「友達は返してもらうぞ、魅神!」

 竜雄はそう言い捨てると、部屋の隅で気絶している数馬たちの下へ歩き出す。


「おい、起きてくれ、みんな」

 竜雄は1人1人を揺すり起こす。それによって、数馬たち4人はゆっくりとまぶたを開けた。

「…ぐっ…竜雄…?ここは…」

「おはよう。無事でよかったよ」

 目を覚ました数馬の姿を見て、竜雄は安堵の声を漏らす。遅れて佐ノ介、雅紀、雄三も目を覚ましたようだった。

「何があったんだ?オーナーにやられたところから記憶がないんだが…」

「後でゆっくり話すよ、佐ノ介。それより早くここを…」

「竜雄、後ろ!」

 佐ノ介が竜雄に叫ぶ。咄嗟に竜雄が振り向くと、気絶していたはずの真次が、落ちていた拳銃デザートイーグルを握りしめていた。

「なんだと…!」

 竜雄はすぐに真次へと駆け寄る。

 しかし、真次が銃を向けると、竜雄は脚を止めた。

「ふふ、動くな、川倉」

「魅神!」

「安心しろ。貴様は俺の手で殺すことにした。だから、この男は用済みだ」

 真次の体を通した暁広がそう言うと、真次は持っていた拳銃の銃口を自分のこめかみへと向けた。

「やめろ!」

 竜雄はすぐさま真次の右手に飛びかかる。銃口を逸らすことには成功したが、それを修正しようとする真次の力は強く、竜雄でも長くは持ちそうになかった。

「くっ…うぅっ…!」

 竜雄が必死に真次と力比べをする間、数馬たち4人には真次の胸元に歯車が浮かんでいたのが見えた。

「数馬!あれを撃て!」

 雄三が言うと、数馬はすぐに拳銃を発現させ、歯車へと狙いを定め引き金を引く。

 赤黒い銃弾が歯車を撃ち抜いて破壊すると、真次も力が抜け、勢い余って竜雄も倒れた。

「雄三、ありゃなんだ?」

「魅神の能力らしい。あれを埋め込まれた人間は、魅神に操られる。さっきそれでバーテンに襲われたんだ」

 数馬の質問に、雄三が答える。それを聞いた数馬たちは感心したような声を出し、じっと真次を見ていた。

 


 狼介が意識を取り戻し、隼人が簡素な応急手当てをした姿で部屋にやってくると、真次はようやく意識を取り戻したようだった。

「…っ」

「真次」

 竜雄が真次に歩み寄る。真次は悔しそうな表情で俯いていた。

「竜雄…数馬に佐ノ介も…久々に会えたと思ったら、俺自身がこんなザマで…不甲斐ないぜ」

「気にするなよ。俺たちは元の真次に戻ってくれただけで嬉しいよ」

 悔しさを滲ませる真次に対して、竜雄は優しく声をかける。しかし、真次は首を横に振った。

「俺はな、本当は心の奥でウンザリしてたんだよ。やってくるのは迷惑な客ばかりで、嫌がらせばかりされる。減った収入を誤魔化すために、さえにピアノじゃなくてギャンブルまでやらせて…だったらいっそここでお前たちに殺された方が良いと思った。そうすればさえも、もっと自分の人生を楽しめるって思ったんだ」

 真次は胡座をかき、俯きながら言葉を並べる。

 自分たちの知らなかった真次の思いや苦しみを打ち明けられ、その場にいた面々は黙り込んでいた。


「そんなわけないでしょ…」

 扉の向こうから微かに聞こえたのは、さえの声だった。

 扉が開き、さえの姿が現れる。他の男たちに目もくれず、さえは真次の前まで歩き、しゃがみこんだ。

「あなたを助けてほしいって言ったのは、私だよ。だって、あなたが死んだって、私の人生は幸せになんかならないもの」

「さえ…」

「私にもう一度ピアノを弾くチャンスをくれた。ギャンブルは多いけど、またピアノを弾ける。それだけで私の人生は十分楽しいの。人生をやり直せるって教えてくれたあなたが、一回魅神に操られたくらいで死ぬなんて、私は許せない」

 さえは真次の手に両手を重ねる。雅紀はすぐに目を逸らした。

「一緒にやり直しましょう。私の人生を考えてくれるなら、そうして。ね?」

 さえは真次の目を見て言う。真次は一瞬俯き、もう一度前を向くと、さえの手に自分の手を重ねてから、おう、と応えた。


「みんな、迷惑かけたな!」

 真次が立ち上がって声を張る。数馬たち7人は肩をすくめただけで答えた。

「無事にまとまってよかったよ。よくわからんけど」

「ありがとうよ、数馬」

 真次はそう言うと、思い出したように尋ねた。

「そういえば、なんで魅神はお前たちを殺したがってたんだ?」

 真次の質問に、狼介が数馬を小突いて耳打ちする。

「信用していいのか?」

「こいつは大丈夫」

 数馬は短く答えると、真次に話し始めた。

「魅神はこの間のテロ事件の首謀者だ。現在北回道に逃げてる可能性が高く、俺たちは奴を追ってる」

「なるほど…あいつも変わっちまったんだな」

 真次が呟くと、数馬と竜雄と佐ノ介は複雑そうに俯く。気まずい空気を察したさえは、話を変えた。

「だったら急いで行った方がいいんじゃない?」

「いやそれがね、さえちゃん、肝心の新幹線も魅神の部下に爆破されちゃってさぁ。今身動き取れないんだよね、俺たち」

 さえが話すとここぞとばかりに雅紀が話し出す。それを聞いた真次は声を張った。

「そういうことなら任せろ、車出す」

「いいのか?」

「当たり前だろ?俺もさえも助けてもらった礼と、殺しかけた罪滅ぼしだ。やれるところまで飛ばすぜ」

「ありがたい」

「ついでに宿泊料もマけとくよ。友達料金だ」

 真次がそう言って親指を立てると、7人は各々喜びの声をあげる。

「何から何までありがとうな。よし野郎共、荷物をまとめろ。1時間後に出発だ」

 数馬が言うと、早速各自自分の部屋へ歩き出す。しかし、雅紀だけは名残惜しそうにさえに話しかけていた。

「もうさえちゃんとお別れなんて寂しいよ」

「さえ、この人と何かあったのか?」

「さぁ?」

 真次の質問に、さえははぐらかして答える。雅紀がわざとらしく泣き真似をしながら去っていくと、その場にいた全員が笑っていた。


 雅紀が笑いを取ったのを壁越しに聞きながら、竜雄は佐ノ介、雄三と共に自室へ歩いていた。

「大活躍だったな、竜雄」

 佐ノ介が言うと、竜雄は首を横に振った。

「大活躍なんて、そんな。俺はただ、さっきの失敗を取り戻したかっただけだよ」

 竜雄はそう言うと雄三の方を見る。竜雄の視線に気づいた雄三は、穏やかに微笑んだ。

「失敗を帳消しどころか、こっち側が返さなきゃいけない借りが増えたぜ。ありがとうよ」

「俺からも改めて。本当にありがとうな、竜雄」

 雄三と佐ノ介が礼を言うと、竜雄は照れくさそうに顔を背ける。そんな竜雄をからかうように、佐ノ介は言葉を繋いだ。

「これからもよろしく頼むぜ、『不死身の川倉』クン」

「おいちょっと待て、起きてたのか?」

 佐ノ介の言葉に竜雄は思わず尋ねる。しかし佐ノ介は肩をすくめて一足先に自室へ戻って行った。

「…全くよぉ」

 竜雄も穏やかに微笑むと、自分の部屋へと戻っていくのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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