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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
40/65

39.博打の琴線

14:00

 無事に問題を解決した隼人と狼介は、良子と座りながら話をしていた。

「私以外にも、同窓会には参加者が結構たくさんいました。でも、みんな魅神に攻撃されて…気がついたら私は魅神に操られてました…正直、記憶は曖昧で、誰が味方で、誰が敵なのかはわからなくて…」

 良子は自分が魅神に歯車を埋め込まれた経緯を話す。隼人と狼介は、それを聞いてメモをすると、頷いた。

「わかりました。情報、ありがとうございます」

 狼介が良子に言う。良子は荷物をまとめると、ゆっくりと立ち上がった。

「私はここを出ます。出版社の方でお仕事がありますから。お2人も、お仕事頑張ってくださいね」

「はい、ありがとうございます。良野先生も、『神在月』楽しみにしてますから、頑張ってください!」

 狼介に言われると、良子は恥ずかしそうに笑った。

「はい、頑張ってみます。それでは」

 良子は丁寧に頭を下げてからその場を立ち去っていく。隼人と狼介は、このホテルを出ていく良子の背中を見送った。

「あ、ヤッベ、サインもらってない!」

 良子がいなくなった瞬間、狼介は自分のミスに気づく。そのまま狼介は良子を追って走り出した。

「おい待て、稽古は」

「後回しだ!」



 同じ頃、雄三と雅紀は上の階の窓からそんなふうに良子を追う狼介と隼人の姿を眺めていた。

「お、狼介と隼人が女追いかけてる」

「なんだって?あいつらそんなうらやまけしからんことしてんのか」

 雄三が言うと、雅紀も便乗したそうに窓に張りつく。

「んー結構上玉。これはアイツらをとっちめなければ」

「そう言って女を口説こうってんだろ?やめとけ、無理だ」

「なんだぁテメェ?」

 雄三が冷静に言うと、雅紀は不満そうに雄三を見る。雄三が窓を指差し、雅紀もそれに従ってもう一度様子を見ると、良子が満面の笑みを見せながらサインを渡していた。

「ちっくしょお!顔がいいだけで得しやがってよ!」

「口説く前からフラれるとはな。世界記録更新だ」

「嬉しかねぇよ!」

 雄三は悲痛に叫ぶ雅紀の姿を見てケラケラと笑う。雅紀はわざとらしく泣き真似をすると、大股で歩き始めた。

「おい、どこ行こうってんだ」

「飲みに行く。バーくらいあるだろ」

「おいおい」

「大丈夫だよ、新品のボトル開けてもらうから」

「そうじゃねぇ、まだ昼間だろうが」

「知るか!やけ酒に昼も夜もねぇや!」

 自慢げに言う雅紀に呆れながら、雄三もそれについていく。2人は、ぐだぐだと階段を登って行った。



 4階にやってきた雄三と雅紀は、廊下の突き当たりにある扉を開けた。

 扉の先にあったのは、控えめな照明で照らされたカウンターといくつかの座席。カウンターの向こうには酒のボトルが並んでいることから、ここがバーであることは容易に想像できた。当然と言うべきかこの時間帯に客はほとんどいない。

「当たり〜、ほれ、飲むぞ雄三」

「しょーがねぇな」

 雅紀がカウンターに歩いていくと、雄三も少し呆れながらその後ろをついていく。

 2人がカウンターに近づくと、カウンター下に手を伸ばしていたバーテンダーが姿を現す。長い黒髪の女性だった。

「おい雄三、すごいぞおい」

「目ざとい奴だな全く」

 雅紀は雄三にそう言うと、服装を正してからそのバーテンダーの前の席に腰を下ろす。雄三も、そんな雅紀の隣の席に腰掛けた。

「いらっしゃいませ」

 バーテンダーの女性は、長い黒髪を軽く振り払いながら客の2人に言う。黒いネクタイとベストを身につけたその姿は、雅紀でなくとも息を飲むような艶やかな姿だった。

「わーお…」

「ご注文は?」

「ウィスキー。ボトルで」

 バーテンダーの質問に答えられない雅紀に代わって雄三が注文を通す。バーテンダーは注文を聞くと、2人に背を向けてウィスキーのボトルを探し始めた。

「雄三、世の中捨てたもんじゃねぇなぁ。見ろよあのうなじ。人殺せるぞ」

「ったくお前は…」

 バーテンダーが気づかないのをいいことに雅紀は雄三に耳打ちする。しかしすぐにバーテンダーがウィスキーのボトルを持ってきて2人の方を向くと、雅紀は姿勢を正した。

 バーテンダーはウィスキーのボトルと、氷の入ったグラスを2人の前に置いた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 バーテンダーに言われると、雅紀はカッコつけて言う。そのまま雅紀はウィスキーのボトルを開けて自分のグラスに注ぎつつ、バーテンダーに話しかけた。

「お姉さん、名前は?」

「さえです。忘れてくれて結構です」

「とんでもない、すごく素敵な名前だ。音の響きも、君のその凛とした姿にピッタリで僕は」

「溢れてるぞ」

 雅紀の口説き文句を遮るように雄三が指摘する。雅紀はそれに気づくと、酒を注ぐのをやめ、慌ててハンカチを取り出し机を拭いてからグラスから溢れそうになっているウィスキーに口をつけ、少し飲んだ。

「ははは、失礼。さえちゃんに見惚れてたよ」

 雅紀が笑って誤魔化すと、さえも微笑む。雄三はやはり呆れながら雅紀からボトルを受け取ってゆっくり自分のグラスへ注ぎ始めた。

「ところで、そこに大きなピアノがあるけど、君が弾くのかい?」

 雅紀は変わらずさえに話し続ける。さえは一瞬バーの隅に置いてあるピアノを見て、寂しげに笑った。

「たまに。でも、もう滅多に弾かないの」

「どうして」

「なんにもならないから」

「そんなことは」

 雅紀がそう言って慰めようとした瞬間だった。


 雅紀が息苦しそうに胸を抑え出す。ウィスキーに口をつけようとしていた雄三も、それに気づいて手を止め、雅紀の介抱を始めた。

「どうした、おい!」

「息が…!」

 雅紀は苦しみながら椅子から崩れ落ち、その場に気絶する。

 雄三はすぐに立ち上がり、さえの方に向いた。さえはニヤリとして雄三の方を見た。

「さすが警戒心が強いわね、赤尾雄三」

「…なるほど、最初から俺たちに気づいていたか」

 雄三は冷静に言うと、腰のトランプに手を伸ばそうとする。しかし、すぐにさえはカウンターの下から拳銃を取り出し、雄三に向けた。

「動くな、って言えばいいかしら?」

 さえはそう言って微笑む。雄三は手の動きを止め、両手をゆっくりと上げた。

 雄三は雅紀を見る。雅紀は顔色を真っ青にして苦しんでいた。

「もってあと30分ってところかしら。でも、解毒薬はここにあるわよ」

 さえは拳銃を持っていない手で謎の小箱を見せる。雄三はじっとそれを睨んだ。

「力づくで奪ってみせろ、か?」

「それは嫌。私は戦いなんて嫌い。だから、ゲームしましょ?平等なゲーム。あなたも得意な、トランプゲームを」

「俺もそれなりに名の通ったマジシャンだと思うが、それにトランプ挑むなんていい度胸だな」

「運の勝負に持ち込めば手品なんて関係ない。それに強い相手に勝ってこそのギャンブルでしょう?あなたが勝てば、この小箱の鍵をあげる。負ければ、あなたの命をもらう」

「俺がこいつを見捨てて勝負を下りたら?」

「あなたにそれはできない。あなたはエンターテイナー、全員が笑顔になるのを理想にしているから」

 さえと雄三は言葉を交わす。雄三は雅紀の方を見てからさえの方に向き直った。

「乗った。それで、ゲームはなんだ?」

「ポーカーよ。ドローポーカー。チップも降りるのもなし。3回先に勝った方が勝ち。どう?」

「なるほど、確かにそれなら純粋に運が強い方が勝つか。始めようぜ」

 雄三はそう言ってカウンターから離れ、空いている席のひとつに座り机と向き合う。さえもカウンターから出ると、バーの入り口の札を「CLOSE」に変えてから雄三と向き合うように座った。


「言っておくけど、私、運は強い方なの」

 さえはそう言って懐からトランプを取り出し、軽くシャッフルしてから雄三に手渡す。雄三はそれを受け取り、同じようにシャッフルしてから2人の間にトランプを置いた。

「そう言うからには、楽しませてくれよ?」

「えぇ。ゾッとさせてあげる」

 雄三とさえはわずかに言葉を交わし、さえはトランプを手に取り、交互にカードを配り始めた。

「イカサマはしてもいいわよ。その代わり、バレたらペナルティがあるから」

「楽しみにしてるよ」

 さえの忠告に対し、雄三は軽口で返す。

 雄三は手札5枚を見た。スペードの2、ダイヤの3、ハートの8、クローバーの4、ハートのQの5枚だった。

(このままじゃ何の役も無いブタだが…8とQを交換して5、6がくればストレートか…)

「交換は?」

 さえに尋ねられると、雄三は8とQを裏にして差し出す。さえは手際よく2枚雄三の方へ滑らせると、自分も3枚交換する。

 雄三はやってきた2枚のカードを見る。やってきたのはスペードの5とクローバーの6だった。

(よし)

 雄三は勝ちを確信したが、眉ひとつ動かさない。文字通りのポーカーフェイスだった。

「それじゃ、お互いに手札を見せ合いましょう?」

 さえがそう言うと、雄三は手札を表にして広げた。

「2から6のストレート」

 雄三がそう言うと、さえは自分の手札を見せる。ダイヤの2、ダイヤの5、ダイヤの7、ダイヤの8、そしてダイヤのQ。全て同じマークのフラッシュという役だった。

「ダイヤのフラッシュ。私の勝ちね」

 さえはそう言って雄三に微笑みかける。雄三は固唾を飲んでさえの表情を見ていた。

(イカサマしてる様子はなかった…だとしたら、この女、純粋に運が強い)

 雄三の思いをよそに、さえは散らばったカードたちをひとまとめにしてシャッフルし始めた。


「負けた方がディーラーをやりましょう。ほら」

 さえはある程度自分がシャッフルすると、雄三にトランプの束を手渡す。

 雄三は無言でシャッフルを始める。同時に、満足げに笑うさえの表情を見ていた。

(普通にやっても勝てるかわからない…だったらイカサマと行くか)

 雄三はそう決めながらカードを配り始める。お互いに5枚配り終え、雄三とさえはそれぞれ自分の手札を確認した。

 雄三は、自分の手札にAのペアと3のペア、そしてクローバーの5があることを確認し、イカサマに集中した。

 雄三は山札を握りながらさえに尋ねた。

「何枚?」

「2枚で」

 さえが要らない手札を差し出しながら言うと、雄三は指示通り2枚、さえの方へカードを滑らせた。

 雄三も、要らないクローバーの5を場に出すと、1枚だけ山札から自分の手札に加える。しかし、やってきたのはハートのK、雄三の望みの札ではなかった。

(こんなこともあろうかと)

 雄三は心で1人呟きながら、さえに見えないように右の袖から自分の能力であるトランプを発現させる。袖に隠していたのはスペードのAだった。

 雄三はハートのKを袖にしまいながら、スペードのAを手札に加えた。

 その瞬間、さえが立ち上がり、雄三の右手を掴み、手のひらが上になるように机に叩きつけた。

 雄三の右の袖口から、ハートのKが姿を現した。

「あら、なにかしらこのカード?」

「おいおい、右手は商売道具なんだ、丁重に扱ってくれよ」

 雄三は軽口で誤魔化そうとする。しかし、次の瞬間さえが力任せに雄三の指を本来曲がる方向と逆方向へ捻じ曲げた。

「ぐぁっ…!」

「そうよね。マジシャンが大事な指を失うような真似はしないわよね。悪いのはこの指で、あなたじゃないんでしょ?大丈夫、もうこれでイカサマできないから」

 さえはそう言って雄三の手を離す。雄三は激痛に耐えながら、右手を抑えた。

「指折ることはねぇだろ…!」

「イカサマがバレたペナルティよ。この勝負は私の勝ちにさせてもらうわ。これで私は2勝。次私が勝てば、あなたも、お友達も死んでもらう」

「…スリリングだな」

 さえの勝ち誇る表情に、雄三は軽口で返す。だが、雄三の表情は指の痛みで歪んでいた。


 さえは山札をひったくるようにして手に取る。そのままシャッフルを始めた。

「おい、俺がシャッフルするはずだろ」

「あら、怪我人への配慮よ。感謝しなさい」

 雄三は文句をつけるが、さえは冗談めかして答えた。

(これを口実に、このマジシャンにはもうカードを触らせずに済む…そうすれば後はイカサマもされない、純粋な運だけの勝負に持ち込める…!私の独壇場に…!)

 さえはそう思いながら山札をシャッフルする。イカサマはなにもしていない。先ほど雄三に勝ったのも、純粋にさえの運が強かったからだった。

 さえは手札を配り始める。雄三は負傷した右手を庇うようにしながら左手で手札を確認し始めた。

 さえも雄三の様子を警戒しながら自分の手札を確認する。3が3枚、スペードの8と、クラブのJ。すでにスリーカードという役はできていた。

「何枚?」

 さえは雄三に尋ねる。雄三はやはり左手だけで自分のカードを動かした。

「3枚」

 雄三に言われてさえは山札から3枚雄三の方へカードを滑らせる。同時に、自分もスペードの8を中央に置き、山札から1枚引いた。

 さえが引いたカードはハートのAだった。

(フルハウスはできなかった、か。でも、スリーカードでも十分勝ち目はある)

「勝負といこうぜ。俺はキングと5のフルハウスだ」

 さえの考えをよそに、雄三は自分の手札を広げて言う。雄三の見せた手札は、本人の言うとおりKが2枚、5が3枚のフルハウスだった。

「私は3のスリーカード。私の負けね」

 さえはそう言って場のカードを全て回収し、山札に加えてシャッフルする。雄三は相変わらずポーカーフェイスでその様子を黙って見ていた。

「首の皮1枚って言ったところかしら?でも、次で最後よ」

「どうかな?運の潮目は変わってきてるんじゃないのか?」

「だとしても、勝つ人間はどうあっても勝つし、負ける人間はどうあっても最後には負ける。運も同じ。結局最後に勝つ方は決まってる、それが運命ってものでしょ?」

「それを捻じ曲げてこそのギャンブラーさ。例え負け戦だったとしても、勝負しなきゃ勝ちは絶対に掴めない。だから俺は戦い続けるのさ」

「カッコつけちゃって疲れたでしょう?もういいのよ、次で楽にしてあげるから」

 さえと雄三はお互いに微笑みながら言葉を交わす。その間にさえはシャッフルを終え、お互いの手札5枚を配った。


 さえは雄三の表情を見ながら、自分の手札を確認する。4が2枚、6が2枚、スペードの5が1枚という状況だった。

(向こうにとって負けられない正念場、少し嫌がらせしてあげようかしら)

 さえはそう思うと、自分の能力を発動させる。

 交換する手札を悩む雄三の表情が歪み出すと、彼は指が折れた右手で自分の耳を塞ぎ始めた。

「あら、どうしたの?ギャンブラーさん?」

 さえは嫌味っぽく雄三に尋ねる。雄三の脳内には、どこからか非常に高周波の音が響き渡っていた。

(この音…!頭が割れそうだ…!これがこの女の能力なのか…!)

「ほらほら、何枚交換するの?教えてよ」

 雄三が苦しんで視界も歪んでいているのを気にせず、さえは嬉しそうに雄三に尋ねる。雄三は手札を一瞬確認してからそのうちの2枚を場に出した。

 さえは雄三の様子を楽しみながら山札から2枚雄三の方へ回す。

 その後さえもスペードの5を交換する。やってきたのはハートの2だった。

(またフルハウスにし損ねたか…でもツーペアで十分ね)

 さえはそう思いながら、雄三を見つつ自分の手札を見せた。

「4と6のツーぺア、あなたは?」

 雄三はやはり右手で片耳を抑えながら、自らの手札5枚を表にする。

「キングのスリーカード。俺の勝ちだ」

 さえはそれを聞いてニヤリと笑いながら場のカードを全て回収し、山札に加えてシャッフルし始めた。


「最後までもつれ込んだわね、ギャンブラーさん?」

「もつれ込ませた、のさ」

 さえは雄三の言葉を聞き、眉をひそめた。

「イカサマ?」

「いいや、こんな指でできるわけがないだろう?正解は、俺の能力さ。あんたが俺の耳元でこんな音を鳴らしているのと同じようにな」

「なぜそんなことを教えるの」

「俺の能力は、俺の望み通りの幻を作ること。だけど、それを誰かに『偽物だ』って見破られた瞬間、幻は消えちまうのさ」

「だから、なぜ今そんなことを言うの」

「ルールの確認さ。今の俺の能力、あんたは見抜けなかった。これは俺の勝ちでいいよな?」

「見抜けなかった私が悪いからね」

「次、俺は同じことをする」

 雄三はさえを真っ直ぐ見て言い切った。さえは雄三の本心を見かねつつ、じっと雄三を見ていた。

(この男…なにを考えているの…?いや、付き合ってはダメ、どうせやることはわかってる。私に先に手札を公開させて、後出しでそれより強い手札を見せるのよ。だったら、純粋に運で勝てばいい)

 さえは1人心の中で決心すると、カードを5枚、お互いの目の前に配り終えた。

 異様な緊張感が漂う最終戦、2人はそれぞれの手札を見た。

 さえの手札にあるのは、10、J、Q、K、A。しかも全てスペード。

(スペードのロイヤルストレートフラッシュ…!このゲームでこれを上回る役はない…!)

 さえは勝ちを確信して雄三を見る。雄三は、すでに手札を伏せ、重い表情をしていた。

(やっぱり思った通りの戦い方をするのね。でももう無駄!赤尾雄三、あなたがどんな幻を見せようと、ロイヤルストレートフラッシュに勝つことはできない!)

「交換は?」

 さえは自分の心の昂ぶりを抑えるように雄三に尋ねる。雄三は首を横に振った。

「そう、私も必要ないの。勝負しましょう、さ、早く手札を見せて」

 さえは手札を伏せながら雄三に言う。

 雄三は険しい表情でさえに言葉を返した。

「お前からだ」

「手口は見え透いてるのよ!後出しで私より強い手を幻で作り出す!そんな安っぽい手に、私が乗るわけないじゃない!」

 さえが声を荒げると、雄三は奥歯を噛み締めた。

「さぁ!早く手札を見せなさい!」

 さえが言うと、雄三は立ち上がりながらいつの間にか左手に握っていた拳銃(ルガーP08)をさえに突きつけた。

「解毒薬をよこせ」

「最悪ね、赤尾雄三。あなたほどのギャンブラーが、負けを認めずにこんな醜く足掻くなんて」

「黙れ!」

 雄三は声を荒げながらさえの眉間に銃口を押し当てる。しかし、さえは身じろぎひとつしなかった。

「打つ手を間違えたわね、赤尾雄三!あなたの能力を知らなければまだしも、知ってしまった私がそんな『偽物』に怯みはしないわ!」

 さえが声を張る。

 次の瞬間、雄三の握っていた拳銃が光の粒になって消えていく。さえは、雄三の絶望するような表情を見逃さなかった。

 同時に、さえは自分の手札を左手で守る。

「あからさまに銃を出したのは、私をそっちに集中させるためでしょう?その間に私の手札に細工をしようとしたから。あなたの右手が折れたように見えるのも幻。いざって時にイカサマできるようにしてるだけ。あなたの作戦は全部見破っている!あなたの負けよ、大人しく手札を見せなさい!」

 さえは勝ちを確信して雄三を追い詰める。雄三は諦めたように椅子に腰を下ろした。

「…俺も勝負師の端くれ。大人しく勝負するよ」

 雄三はそうして諦めたように笑いつつ、手札を表にする。


 2のワンペアがあるだけだった。ポーカーにおける最弱の役。さえの手札に並ぶ最強の役には絶対に勝てない役だった。


(勝った…!)


 さえはそう思うと、自分の手札を1枚ずつめくっていく。

 スペードの10、スペードのJ、スペードのQ、スペードのK。

「そして…!」

 さえが最後のカードをめくる。

 そこに現れたのは、ハートの3だった。


「…え?」


 さえは目の前の光景を疑った。自分の手元にあった最強の役、ロイヤルストレートフラッシュは、一瞬の間に何の役にもなっていない手札になっていた。

「嘘だ!」

 さえは動揺しながら立ち上がる。しかし何度見てもスペードのAだったはずのカードはハートの3でしかなかった。

「こんなの…!こんなの偽物よ!まだあなたはイカサマをしてる!」

「逆さ、俺の手品は全部バレてる。だから俺が勝ったんだ」

 さえが声を荒げるのに対して、雄三は冷静に言う。実際にさえの言葉に関わらず、カードに記されている数字もマークも変わらなかった。

「どういうこと…!」

「あんたが俺の指を折ったとき、1枚俺のカードを仕込んでおいたのさ」

 さえはその時の事を思い出す。思えば雄三はさした抵抗もせず、されるがままに指を折られていた。

「それがスペードのA…でもその正体はハートの3。そっからはずっと賭けさ。だが、あんたは強かった。誰よりも運が強いあんたなら、俺の能力を知った後、最後の最後に最強の手を出してくると思ってた」

 雄三は言いながら右手を振り、何度も握り直す。指が折れたのは演技とはいえ、その演技でも負担は十分かかっていた。

「私があなたの銃を偽物って言い切った瞬間、スペードのAはハートの3になり、私の負けは決まっていたのね…」

「あぁ。ポーカーの最強の手は、同時に1枚変わるだけで最弱に成り変わる、繊細な一手だ。これがもしツーペアやスリーカードだったら…俺は負けてたよ」

 雄三が言うと、さえは力無く椅子に腰を下ろした。

「…私の強運や、イカサマを見抜くことすら利用して勝つなんてね…赤尾雄三、あなた、最強のギャンブラーよ」

 さえは微笑みながら力無く拍手する。雄三はなにも言わずに、カードをまとめた。

「聞かせて。最初からあなたの能力を利用すれば、3連勝くらいワケもなかったんじゃない?」

 さえは尋ねる。雄三はカードをひとまとめにして机の中央に置いた。

「あんた言ったろ?俺はエンターテイナー、本物のエンターテイナーは、勝負で負けた奴も笑顔にするような勝ち方をするもんさ」

 雄三はそう言うと、右手をさえに差し出す。さえは清々した様子で微笑みながら小箱を雄三の右手に載せようとした。


 その瞬間、さえは胸を抑えて苦しみ始めた。

「…ぐっ…いやぁっ…!」

「どうした」

 さえは苦しみながら椅子から崩れ落ちる。雄三はすぐにそちらに回り込むが、さえは床に横になりながら持っていた拳銃を雄三に向けた。

 さえの脳内に声が響き渡る。

(さえ、君は勝てなかった。悪に屈した君を、生かしておくわけにはいかない。消えてもらう)

「いや…!いや…ぁっ…!」

 さえは脳内に聞こえてくる暁広の声を振り払うようにもがくが、声は消えず、さえの意志に反して握った拳銃の銃口がさえのこめかみに向かっていた。

「おい!よせ!」

 雄三は叫ぶ。さえは雄三にか細い声で助けを求めた。

「助けて…!歯車を…!」

 さえは雄三にそう伝えると、再び苦しみ悶える声を上げながら拳銃をゆっくりこめかみに近づけていく。

 一方の雄三は、さえの胸のあたりに浮かび上がってきた金色の歯車を目撃していた。

「あれか…!」

 雄三はトランプを発現させ、その角で歯車を縦に両断する。

 歯車は砕け散り、さえは力が抜けたように拳銃をそこに落とし、気絶した。

「…なんだよ、全く」

 雄三はそう思うと、さえが机に置いた小箱から解毒薬の入った瓶を手に取る。そして、そのフタを開け、倒れている雅紀の口に流し込み、飲ませた。


 しばらく雄三が放っていると、雅紀が目を開き、勢いよく起き上がった。

「ふはっ、女の子に毒を盛られる夢を見た!」

「たぶん現実だ、それ」

 雅紀は起き上がり1番に冗談を言う。雄三はそれに対して短く答えた。

「あれ、さえちゃんは!?俺のカワイコちゃんは!?」

「ったくこいつは」

 雅紀は周囲を見回す。


 すると、頭を抑えながらさえが歩いてきた。

「2人とも無事みたいですね…よかった…」

 さえがそう言うと、雅紀も立ち上がり、カッコつけた声で話し出す。

「もちろんだよ、さえちゃん。君の笑顔のためなら、俺は」

「ありがとうございます、赤尾さん」

 雅紀のことを無視して、さえは雄三に礼を言う。雄三は静かに微笑むと、さえも静かに微笑んだ。

 状況を知らない雅紀は、ずっと2人の表情を交互に見ていた。

「おい、俺が寝てる間に何があったんだよおい、何2人でイイ仲になっちゃってんのよおい!」

 雅紀が文句を垂れる姿を見て、さえと雄三は一緒になって笑っていた。



15:00

 4階のバーで、さえとのポーカーを終えた雄三は、さえと共に何があったかを雅紀に伝えていた。

「なーるほどぉ?つまりお前らはイチャイチャしてたんだな?」

「お前は何を聞いてたんだ。お前を助けてやったんだ、礼の一つでも言ったらどうだ」

「はい、ありがとうございました」

 雅紀の冗談に、雄三は釘を刺す。雅紀がさっさと頭を下げると、さえもそんな姿を見てクスクスと笑っていた。

「でも…本当に2人が無事でよかったです…一歩間違えたら私は2人とも殺してしまうところでした」

 さえがふとバーのカウンターの向こうに立ちながら呟く。それを聞いて、雅紀は疑問に思っていたことを口にした。

「そういえばどうしてわざわざさえちゃんは雄三相手にトランプ挑んだわけ?流石に有名なマジシャン相手には勝てないと思うけどな」

「そうですね。私も勝てると思ってないからその勝負を挑みました」

「どういうこと?」

「元々、魅神に歯車を埋め込まれて操られてあなたたちを殺そうとしただけなんです。でも、殺したくなかった。だから赤尾さんの得意なゲームに持ち込みました」

 さえがそう言うと、雅紀は嫉妬したように軽く雄三を小突き始めた。

「信頼されてんなぁ、羨ましいぞこの野郎」

「でも、本当は私自身、勝負してみたかったんです」

「え?」

「ここにはいろんなお客さまがいらっしゃるんで、私がカードのお相手をすることもあるんですよ。それで私、結構強かったから、本職の人にどこまでやれるのか見たかったんです」

「元々ギャンブラーだったの?」

「いいえ、元はただの売れないピアニストです。でも、ここのオーナーは私にピアノを弾かせてくれた」

 遠くを見ていたさえの横顔を見ながら、雄三はふと呟いた。

「オーナー…あの愛想の悪い男か」

「真次が?そんなはず…」

 雄三の言葉を受けて、さえは何かに気づく。

「まさか…真次も同じように歯車を埋め込まれたんじゃ…!」

「魅神にやられたのは同窓会って言ったな、オーナーもいたのか?」

 雄三がさえに尋ねると、さえは素早く頷く。

「お願いします…!真次を助けてください…!」

 さえが頭を下げる。2人が何も言えないでいると、さえは言葉を続けた。

「真次は…私にとって大切な人なんです…!だから、どうか…!」

 さえの言葉を聞き、雅紀は少し俯く。しかし彼はすぐに顔をあげ、微笑んだ。

「任せておきなよ、さえちゃん。顔あげなって」

 雅紀はそう言ってさえに顔を上げさせる。さえが前を見ると、雅紀と雄三はともにさえの方を見て微笑んでいた。

「…ありがとうございます」

「礼は要らない。極上のスリルを馳走してくれた礼だ。これくらいは安いもんだ」

 さえの言葉に対して、雄三はあっさりと返す。雄三と雅紀は立ち上がると、雅紀は財布から万札を出してカウンターの上に置いた。

「ごちそうさま」

 雅紀がそう言うと、2人はバーを出ていく。さえはそんな2人の背中を見送ると、不安そうにグラスを磨き始めた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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