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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
38/65

37.打算と友情の天秤

10:30

 圭輝を倒し損ねた数馬たち7人は、沈んだ空気になりながらホテルのロビーに戻ってきた。

 相変わらずロビーには誰もいない。ホテルのオーナーである真次も、奥の部屋にいるようだった。そんな様子を一通り確認すると、佐ノ介が状況の整理を始めた。

「襲ってきたのは洗柿。それで、やつの能力はおそらくボタンを取り付けた相手から冷静な判断力を奪う、そんな感じであってそうか?」

「いや、多分、ボタンを取り付けた相手の不信感を強める効果って言った方がいいだろうな。今後多人数で動くなら、やつの能力をケアする必要は出てくるだろうな」

 佐ノ介の言葉に、雄三が詳細に付け加える。

「だが、あいつは車で逃亡した。今は考えなくていいだろう」

 隼人がさらに言う。同時に、竜雄も思い出したように話し始めた。

「そういえば洗柿の奴はスタッフに変装してここに忍び込んできた。しかも俺たちの銃の件も、真次らしくない。もしかしたら真次も敵側かも」

「じゃあここで出る食べ物、飲み物はどれも口をつけられないな。どこかで買ってくるか」

 竜雄の意見に同調して狼介も考えを話す。すぐに雅紀が手を上げた。

「はいはいはーい、買い物なら俺いくぜー。なんか欲しいものある?」

 雅紀の質問に、各々好きな食べ物や飲み物を言葉にする。だが、数馬だけは何も言わなかった。

「おい?数馬?」

 雅紀が聞き返した時だった。

「ゲッフ…ゴッフ…!!」

 数馬が咳き込み、壁に寄りかかりながら崩れる。佐ノ介がすぐに数馬に駆け寄ると、数馬は口から血を吐いていた。

「数馬…!」

「すまん…食い物…ゲッフ…!」

 数馬は心配をかけないように会話を続けようとするが、血が止まらず、咳も止まらなかった。

 すぐに状況を察した佐ノ介は、全員に指示を出し始めた。

「雅紀、数馬の分は適当に買ってきてくれ。隼人、狼介、雅紀の護衛と荷物持ちを頼む。竜雄、雄三は自室で待機しててくれ、俺は数馬の面倒見るから」

 佐ノ介の指示を受けて、それぞれ動き出す。買い物を任された3人はホテルを出て近くのスーパーに向かい、竜雄と雄三は自室へ歩き出し、佐ノ介は数馬の肩を担いで部屋へ歩き出した。


 佐ノ介に肩を担がれて部屋に戻ってきた数馬は、靴を乱雑に脱ぎ捨て、早速ベッドに横になった。いまだに数馬は咳が止まず、持っていたハンカチに血を吐き続けていた。

「大丈夫かよ、おい?」

 数馬の姿を見て、佐ノ介は数馬の背中をさする。数馬は悔しそうな表情をしながら佐ノ介の介護を受けていた。

「情けねぇ…いい歳こいてこんな無様晒すとか…ゲッフ、ゲッフ…!」

「しょうがねぇだろ、そういう能力なんだからよ」

 佐ノ介は悪態をつく数馬に対し、そう言ってなだめる。だが、数馬は咳が止まらない様子だった。

「佐ノ介…造血剤取ってくれ…げっふ…」

 数馬に言われて、佐ノ介は数馬のリュックから錠剤を取り出し手渡す。数馬は咳込み終え、ひと通り血を吐き出すと、造血剤の赤い錠剤を口に押し込み、飲み込んだ。

 数馬は荒れた息を深く吸いながら天井を眺める。彼のすぐ顔の近くにあるハンカチとは対称的に、数馬の顔は青白くなっていた。

 咳が止まり、多少数馬は落ち着いていたが、実際には数馬の体はボロボロだった。

「何かできることあるか?」

 佐ノ介は数馬に尋ねる。数馬が首を横に振ると、佐ノ介もそれを見て、近くの椅子に腰掛け、数馬の気を紛らわすために話し始めた。

「とんでもない能力だよな。お前の能力じゃないと龍人は倒せない。なのに、使えば使うほどお前はボロボロになっていく。難儀な運命だよな」

 数馬はニヤッと笑い、もう一度咳き込んでから佐ノ介に言葉に答え始めた。

「ちょうどいいかもな…散々人殺してきたバチだ…でも…これで誰かを守れるなら…」

「『誰か』?陽子ちゃんだろ?」

「カッコつけさせてくれよ」

 佐ノ介の言葉に、数馬はごねるように笑いかける。佐ノ介も、わずかに血色が良くなってきた数馬の表情を見て笑顔を見せた。

「でもな、佐ノ、守るもんがすぐ近くにあるっていいもんだな。今まで、俺は必死に生きるためだけに戦ってきた。でも、今はそれだけじゃない…そう思うと、この痛みも我慢できる…」

 数馬はそういうと、再び咳き込む。ハンカチに血を吐き出し、佐ノ介が助けようとしたが、数馬は冗談を言いながらそれを止めた。

「…柄にもないこたぁ言うもんじゃねぇな…」

「寝てろよ」

 数馬の言葉に佐ノ介はそう言って答える。咳が止まった数馬は、静かに目を閉じ、微笑んだ。

「ゆっくり休め」

 佐ノ介は数馬の姿を見て、1人微笑んだ。

「お前の言葉が嘘じゃないのは俺が一番知ってるさ。大切な女がいるから戦える、その気持ちもよくわかる。だからよ、死ぬんじゃねぇぞ。お前の死に顔なんざ見たくねぇからな」

 佐ノ介は寝息を立てる数馬の姿を見て、1人で静かに呟く。そしてそのまま懐に入れてあるスマホで、自分の最愛の妻であるマリの写真を眺めた。

「俺も死なないからな、マリ。また会おう」

 佐ノ介はそのスマホを抱きしめるように自分の胸に当てる。そうして目を閉じた佐ノ介には、出発の時涙を堪えていたマリの姿が見えていた。

「マリ…」

 佐ノ介のまぶたから、わずかに涙がこぼれる。佐ノ介はその涙を拭うと、顔を洗いに席を立った。




同じ頃、206号室

 馬矢浩助は、1人自分の部屋で黙々と外の景色を眺めていた。机の上には彼が昔から愛用しているナイフが置かれていた。

 彼の胸ポケットのスマホが震え出し、無機質な着信音を響かせる。彼は淡々とそれに手を伸ばすと、画面を見ることもせずにその通話を受けた。

「…圭輝か」

 浩助は通話を始めると、通話相手の名前を呼ぶ。浩助の通話相手である圭輝は苛立った様子で会話を始めた。

「おい、あいつらは死んだか?」

「どうやら生きているみたいだ」

 圭輝の質問に、浩助は淡々と答える。次の瞬間には浩助のスマホから圭輝の舌打ちが聞こえてきた。

「クソが!浩助!お前片付けとけ!」

「お前」

 浩助が圭輝に言葉を返そうとすると、電話が切られる。浩助はため息を吐いてからスマホを元あった場所に戻した。

「昔から、いつもこうだ」

 浩助はそう呟きながら、机の上に置いてあったサバイバルナイフを手に取り、片手でお手玉しながらベッドに腰掛けた。

 彼はそう思いながら、ふと自分の過去を思い返し始めた。




(いつも…いつも誰かに流されて生きてきた…)


「浩助、お前にはこれを任せる、頼むぞ」

 浩助に指示を出していたのはいつも暁広だった。暁広と浩助はいつも隣におり、暁広は浩助を信頼し、浩助もそれに応えるように動いてきた。


(それが一番波風立たないで、何も起きないで済むって思ってたから…)


「浩助、頼む。争いのない世界のためには、お前が必要なんだ」


 11年前のあの日、暁広はそう言って浩助を説得した。


(でも…実際は違った…)


「荒浜を殺す。敵は皆殺しにしろ」

 

 閣僚たちを襲撃した日、浩助は暁広にそう指示を受けた。


(その通りにやった…俺はあいつに嫌われたくなかったから…自分の居場所を失いたくなかったから…)

 浩助はナイフを握っていない左手を自分の額に当てる。

(でも、しくじった…首相さえ殺せば、どうにか逃げ切れると思っていた俺が甘かったんだ…)

 浩助は右手に握るナイフの刃紋を見る。そこに映る自分の姿は、血に汚れているように見えた。

(首相を殺し損ねた時点で…もう俺たちに勝ち目はなかったんだ…俺たちは人を殺しすぎた…きっと俺たちはどこまでも追い詰められる…)

 浩助は外を見る。外は雲で光が遮られ、灰色だった。

(今なら…今なら…あいつらに投降して俺だけ助かることもできる…そうすれば…政府に直通のコネを持っているあいつらなら、それなりの手土産を持って行けば死刑にはならないはずだ…刑務所に数年入って、その後は新しい人生を過ごせる…)

 浩助はそう思いながら、懐から何かのケースを取り出す。天秤ばかりのマークがあしらわれたそのケースを開くと、中に水晶のような、透明な親指ほどの大きさの石がそこに入っていた。


「浩助、俺はお前を信じてる」


 暁広が浩助にこの石を手渡す時、暁広はそう言った。浩助はそれに答えられなかった。

(…まだいい)

 浩助はそう思うと、ナイフを後ろ腰のケースに納め、石の入ったケースを閉じながら立ち上がった。

(…やってみせる…倒してさえしまえば…俺の…俺たちの勝ちなんだからな…)




 ゆっくりと自室の扉を開け、その隙間から周囲の様子を窺う。今のこの廊下には誰もいない。

 浩助はそれを確認すると、素早い身のこなしで数馬たちのいるはずである202号室の前にやってきた。

(盗聴器の様子では中には重村だけ…だったら…れる)

 浩助はそう思うと、202号室のドアノブに手をかけた。



「おい、部屋間違ってるぜ」


 浩助の横からそんな声がする。同時、浩助がドアノブを握っている右手に、別の誰かの右手が載っていた。

「お前は…」

 浩助は右を見る。自分を抑える手の主は、佐ノ介だった。

「久しぶり、と言うほどでもないか、馬矢浩助」

 佐ノ介が言うと、浩助は佐ノ介の手を振り払うようにドアノブから手を離す。2人の男は扉を横目に向き合った。

「魅神の親友であるお前が、ここで何をしているんだ?え?」

 佐ノ介が浩助に質問を投げかける。浩助はその質問に対し、佐ノ介から距離をとるだけだった。

「数馬を殺す気だったんだろ?腰にナイフ隠してんのは見えてんのさ」

 佐ノ介に指摘され、浩助は目つきを鋭くする。一方の佐ノ介も、いざとなれば素手で戦うのを辞さない様子だった。

 浩助は後ろに手を回す。いつでも腰のナイフを抜くという意思表示だった。一方の佐ノ介も、間合いを測り、素手で戦えるようにしていたが、お互いに仕掛けようとはしなかった。

「どうした、そのナイフはナマクラか?」

 佐ノ介は浩助を挑発する。その言葉に、浩助は後ろに回していた手を真横に垂らした。言うなれば、戦う意志のない構えになったのである。

「…どういうつもりだ」

「安藤、お前は射撃の名人だ。それが今は銃も持っていない。それを倒しても、何の自慢にもならない」

「よく言うぜ、数馬の寝込みを襲おうとしたくせによ」

 浩助の言葉に、佐ノ介は嫌味を言う。同時に、その瞬間に浩助が何かを企んでいることに気づいた。

「…なるほど、戦いは本意じゃない、か」

 佐ノ介の言葉に、浩助は答えない。じっと佐ノ介を睨むだけだった。

 佐ノ介は浩助に戦う意志がないと判断すると、構えを解いた。

「それじゃ、『お話し合い』といくか。ロビーの横にスペースあるだろ?そこでどうだ」

「わかった」

 浩助は佐ノ介の提案に賛同すると、自分から佐ノ介の横を通り過ぎ、佐ノ介に背を向けるような形で階段を降りていく。佐ノ介はそんな浩助の姿に半ば呆れのようなものを覚えながら彼の背中を追って1階へ降りていった。



 1階のロビーの横には、休憩スペースがあった。やはり誰もいない。ちょうど2人用の向き合う座席があり、窓の外に延々と広がる雑木林を横目に、佐ノ介と浩助は向き合って座った。

「それで?何から話す?」

 佐ノ介の問いかけに対し、浩助は窓の外を眺める。木々の1本1本を、幸助は羨ましそうに眺めていた。

「思えば、俺とあんたはこうして真面目に話したことがなかったな」

「…そうだな。お互いの親友が敵同士、となれば話すこともないのは当然だ」

 佐ノ介のぼやきに、浩助はやはり窓の外を眺めつつ答える。佐ノ介は幸助の見ているものがわからず、不審がって尋ねた。

「何を見ている?」

「木だ」

 佐ノ介の質問に、浩助は単純に答える。佐ノ介は浩助の本心を掴めず、彼の横顔を注意深く観察していた。

「木?」

「あぁ、木だよ。昔、うちの近所にすごく大きな木があった。雨が降っても、風が吹いても素知らぬ顔、どんな時でも平和で、誰の敵でも味方でもない、そんな存在だった」

「お前が植物好きとは知らなかったよ」

「植物が好きなんじゃない。その木が好きだったんだ。俺は、その木になりたかった。波風立てず、のんびり平和に、マイペースに生きていく、そんなふうになりたかった」

「お前の理想も、初めて知ったよ。魅神にくっついてるだけのただのメガネだと思ってた」

 佐ノ介の言葉に、浩助は自虐的に笑う。同時に、浩助はそれを否定しなかった。

「そうあろうとしたよ。彼の近くは居心地が良かった。だから、俺さえヘマをせずに、波風を立てなければ、平穏に過ごせると思ってた」

「だが違ったわけだ」

「あぁ。あいつはどこまでも純粋で、真っ直ぐだった。だから、自分なら本当に世界を変えられると思って、戦った」

「そして罪のない人間を何十人と殺した」

 佐ノ介の言葉に、浩助は黙り込む。そのまま佐ノ介は話し始めた。

「どんな崇高な理想があろうと、罪のない国民に手を出すなら俺たち軍人の敵だ。馬矢、お前だってわかっていたろう?こんなこと、うまくはいかないって。実際にお前は荒浜首相を殺し損ったじゃないか」

「そうだな」

「だったらなぜだ」

「木だよ」

「はぐらかすな」

「暁広は、俺にとってあの木なんだ。公園にある、あの大木だったんだ。誰の手も借りずに立ち、上へ上へと伸びていく。少なくとも湘堂のあの日までは、そういうやつだった。だから俺はあいつの隣にいた」

 浩助はそう言うと、佐ノ介を真っ直ぐに見据えた。

 佐ノ介も、浩助の目を真っ直ぐに見る。佐ノ介には浩助の目が曇っているようには見えなかった。

「…お前にとって、魅神はかけがえのない親友だったわけだ」

「今も、な」

 佐ノ介は数馬の顔を思い浮かべる。おそらく浩助にとっての暁広は、佐ノ介にとっての数馬。そうであるならば、どれほど自分にとって大きな存在かは想像に難くなかった。


「取引しよう」


 次の瞬間、佐ノ介はそう口にしていた。浩助の目を見た佐ノ介は、説得できると判断したのである。

「馬矢、お前の口から魅神を説得してくれ。今ならお前たち全員、刑を軽くするように俺から掛け合う。こちらとしても余計な戦闘は避けたい。どうだ」

 佐ノ介の目は、冷静だった。しかし、その中に彼の心が見え隠れしていたのは、浩助にもよくわかった。

 浩助は何も言えなかった。佐ノ介はそんな浩助に畳み掛けた。

「お前には判断力がある。魅神が何を考えているのか俺たちにはわからないが、絶対にそんなものは成功しないし、させない。それはお前もわかっているはずだ。沈む船に自分から乗っていく必要はない」

 佐ノ介の言葉は正論だった。浩助にも、それはよくわかっていた。だが浩助は目を伏せるだけで何も言えなかった。

「お前も魅神も、木じゃなくて人間なんだ。自分で意志を持ち、自分でどう生きるかを決められる。馬矢、お前も、そうあるべきだ。誰かに流されるままの人生は終わりにしろ。自分の決断で、自分の判断で、何をするべきか決めるんだ。そうやって生きられる世の中じゃないか」

 目を伏せる浩助に、佐ノ介は畳み掛けた。

「お前が本当に魅神を友人だと思ってるなら、間違いを正してやれ」

 

 彼ら2人の座る席の横、受付カウンターの上にある天秤計りの飾りが揺れている。

 浩助は佐ノ介から目を逸らすと、ぼんやりとその天秤を眺めていた。

「友人、か」


 浩助はそう呟きながら佐ノ介にも見えないように腰のナイフを抜き、佐ノ介に投げつける。

 佐ノ介は避けなかった。そのナイフが佐ノ介ではなく、佐ノ介の頬を掠め、佐ノ介の後ろの壁に刺さることを知っていたからだった。

 浩助は立ち上がると、壁に刺さったナイフを抜いた。

「これがお前の答えか」

 浩助と背中合わせになりながら、佐ノ介は尋ねる。浩助は佐ノ介の方に振り向かないまま、ナイフの刃を拭った。

「暁広の目的は、全世界を龍人とすること。あいつはそうすることが世界の平和に繋がると信じている」

 浩助から聞かされたことは、佐ノ介たちにとって初耳だった。

「お前も、そう思っているのか」

 佐ノ介は浩助の方を見ないまま尋ねる。浩助はやはり答えなかった。

「暁広と付き合いが長いからわかる。あいつは一度信じると止まらない。だから、俺がどう思っていようと関係ない」

 浩助はそう呟くと、ナイフを腰の鞘に収める。彼はそのままゆっくりとした足取りで出口へと歩き出すが、すぐにその足を止めた。

「次に会う時は、どっちだろうな」

 佐ノ介の方も向かないまま、浩助はふと呟く。佐ノ介も、浩助に背中を向けたまま言葉を返した。

「どっちにしても、銃は持っておくよ。お前が本気を出せるように」

 佐ノ介の言葉に、浩助は1人微笑む。そのまま歩き出すと、ホテルから出た。

 1人残された佐ノ介も、ドアが閉まる音を聞いて、深く息を吸ってから立ち上がり、その場を後にした。




 一方の浩助は、胸ポケットのスマホを取り出すと、どこかを目指して歩きながら通話を始めた。

「…もしもし、トッシーか?」

「浩助か、どうしたんだ?」

 浩助のスマホから暁広の声が聞こえてくる。浩助は一瞬黙り込んでから話し始めた。

「あぁ、すまんな。真次のホテルで敵を襲撃したんだが…返り討ちにされてな…一度北回道に戻らせてもらうよ」

「無事なのか、浩助?」

「まぁ、生きてる程度には」

「わかった。真次たちを刺客として差し向ける。お前はゆっくり傷を治してくれ」

「ありがとう」

 浩助は、暁広の言葉に、短く感謝の言葉を述べる。同時に、一瞬の沈黙ののち、彼はゆっくりと言葉を切り出した。

「なぁトッシー、そろそろ、降りてもいいんじゃないか。このまま戦っても、勝てるとは限らないぞ」

 浩助は真剣に言う。

 次の瞬間、電話の向こう側から聞こえてきたのは笑い声だった。

「タチの悪い冗談だな、浩助」

 暁広が言うと、浩助は目を伏せる。そして、笑顔を無理に作り、少し笑ったように言葉を返した。

「…ははは、俺の冗談、やっぱり面白くないよな」

「あぁ、昔からな」

 浩助と暁広は笑い合う。浩助の瞳に、諦めのようなものがあったことは、暁広には知る由も無かった。

「まぁ、とにかく北回道でみんな会おう」

「おう、傷に気をつけてな」

 暁広の気遣いを聞いて、浩助は通話を切る。

 用意していた車の目の前まで来ると、ドアを開いて運転席に腰を落とした。

 周囲に他の車がいないことを確認してから、石の入ったケースを取り出す。表紙にあしらわれた天秤の飾りをなぞり、浩助は1人ため息をついた。

「打算と友情…はかりにかけて…俺は…」

 いろんな思いが浩助の胸のうちに募ったが、浩助はそれごとケースをしまい、車のアクセルを踏む。彼の親友がいる場所を目指し、もう一度彼と共に戦うために。



 一台の車が走り去っていくのを、佐ノ介は自室から眺めていた。頬には、先ほど浩助のナイフがわずかに掠めた跡が残っていた。

(馬矢…俺たちは同類なのかもな…だが…だからこそ、次にお前と戦う時は絶対に容赦はしない)

 佐ノ介は心の中で誓うと片手に握るスマホに映るマリの姿を見る。

(俺にも大切なものがある…お互いに譲れないものがあるなら、戦うしかない…)

 佐ノ介は数馬の寝顔を見る。

(…次に会うときは、どっちだろうな)

 佐ノ介はふと近くの机に置いてあった天秤の飾りを見る。天秤は、片側に大きく傾いていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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