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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
37/65

36.憎悪の銃声

朝9:45

 脱線した車両から辛うじて生き延びた数馬たち7人は、深い森の中をあてもなく歩いていた。

「ここどこだよ?」

 佐ノ介がぼやきながら歩く。雅紀がスマホを取り出して検索を始めた。

福嶋ふくしま県は群山むれやまってところらしいぞ」

「そうか。それで、北回道にはここからどうやっていくんだ?」

 隼人が雅紀に尋ねる。雅紀はスマホをスワイプしながら答えた。

「んー。バスかなぁ。まぁここからだったら向こうに着くのもだいぶかかるけど。あ、電車はさっきのやつのせいで全線見合わせだって」

「身動き取れないわけだ」

 狼介は呆れたように呟く。そのまま狼介は数馬に尋ねた。

「どうするんだ数馬?今日中に目的地に行くのは無理そうだぞ?」

 数馬は狼介に尋ねられ、答えを考える。彼は今、脇腹を負傷した竜雄の肩を担ぎながら歩いていた。

「怪我人もいるし、身動きも取れないんじゃな…ホテルを取ろう」

「もうか?まだ朝だってのに早くないか?」

「まぁ電車の事故もあの規模だと相当復旧に時間はかかるだろうし、荷物は新幹線に置いてきたし、しかも俺たちはこのあたりに全く詳しくない。暗くなってから寝所探すよりは、今見つけておいた方がいいだろ」

 佐ノ介の問いに対して、数馬は冷静に答える。佐ノ介もそれを聞くと、数馬の意見に賛同した。

「ごもっとも。それじゃあどこのホテルにする?」

 佐ノ介が続けて問いかけると、竜雄が思い出したように発言した。

「確か真次がこの辺りで旅館を経営してたような気がする。あいつならもしかしたら何かひいきしてくれるかも」

「友達料金か。竜雄ちゃんもせこい事考えるねぇ」

 竜雄の発言に雅紀はニヤニヤとしながら便乗する。

「旅館の名前は?」

「『しのぶ里』」

 竜雄からその旅館の名前を聞くと雅紀はスマホでその名前を検索する。

「ほぉー、こっから20分、結構近いな。ちょっと評価低いけど」

「20分、持ちそうか、竜雄?」

 雅紀の報告を聞いて雄三が竜雄に尋ねる。竜雄は余裕そうな表情で頷いた。

「問題ない。かすり傷だ」

「よし、早速出発しよう」

 竜雄の声を聞き、数馬が他のメンバーたちに向けて言う。彼の言葉に従い、7人は森の中を歩き始めた。



20分後

 未だに7人は森の中を歩いていた。

「おおよそ建物の姿すら見えないのですが地図はなんとおっしゃってます?雅紀?」

 ゴールが見えない状況に、佐ノ介が圧を出しながら雅紀に尋ねる。雅紀は慌ててスマホを操作しながらそれに答えた。

「だいたい合ってるはずなんだがなぁ…?」

 雅紀はそう言いながら一行の先頭を歩く。他の6人も未だに高く伸びる木々を見回しながらその後ろを歩いた。

「あった!」

 雅紀がそう言って正面を指差しながら森を走り抜ける。三方を森に囲まれたその広場に、ただひとつログハウスのような外見をした4階建ての建物があった。入り口の横には、「しのぶ里」と筆で書かれた看板も立っていた。

「やっと朝飯にありつける」

「ひと休みできるぜ」

 一行はそれぞれ思ったことを口にしながら旅館の入り口へ歩いて行く。

 雅紀と共に先頭を歩いていた隼人が旅館の入り口を開いた。

 

 旅館の入り口を開けてすぐのところはロビーだった。入ってすぐ正面に受付があるが、今は誰もいない。受付の横には外を眺めることができる休憩スペースがあるが、そこにも誰も座っていない。

 ひとまず受付を済ませるため、数馬がカウンターにある呼出し用のベルを鳴らす。

「はいはい、今行きますよ…」

 カウンターの奥から気怠そうな男の声が聞こえてくる。男はそのまま髪を大雑把に整えると、7人の前に姿を現した。

「ようこそ、ホテル『しのぶ里』へ」

「久しぶりだな、真次」

 7人の前に立つ、気怠げな態度をとるその大柄な男こそ、数馬、佐ノ介、竜雄と共に湘堂を脱出した仲間の1人、藤田真次だった。

「お?数馬に佐ノ介に竜雄か。随分と久しぶりだな」

「部屋を借りたいんだが、余ってるか?」

「おう。うちで寝泊まりする物好きは珍しいからな。7人まとめてってのは難しいから、3人と4人で分かれてもらっていいか」

 真次に言われると、数馬がすぐに頷く。同時に他のメンバーたちが素早く相談して分け方を決めた。

「チェックアウトはいつ頃の予定で?」

 真次は鍵をふたつ手渡しながら尋ねる。数馬がそれを受け取りながら答えた。

「明日の朝」

「わかった。屋上の露天風呂は18時から、レストランは19時からだ。どうぞゆっくりしててくれ」

 真次がそう言うと、7人はその場を離れようとする。しかしすぐに真次は声をあげた。

「あぁっと忘れてた。全員、銃は預けてくれ。規則なんだ。携帯許可証とセットでここに置いてくれ」

 真次に言われると、全員足を止める。そしてそれぞれ隠し持っていた拳銃をホルスターごと取り外すと、財布の中から携帯許可証であるカードと共にカウンターの上に載せた。

「政府も考えたよな。銃を許可制にして、税金をそこから取るってのは」

「湘堂の事件でどうやっても銃は規制しきれないって察したんだろうな。だったら政府が認めた一般人には銃を持たせて、しかも税金を多く取る」

「これだけの嫌がらせをされてなお銃を持ちたいやつだけが、銃を持っていいわけだ」

 7人が各々の拳銃を置く間、真次と佐ノ介が短く会話する。それぞれ拳銃を置き終えると、真次はそれを眺めた。

「うっし。チェックアウトの時に返す。もう好きにしてくれていいぜ」

 真次はそう言ってカウンターの下から大きめのバックを取り出し、順番に銃をその中に入れていく。そんな様子を背中で見ながら、7人は自分達の宿泊する部屋へ歩き始めた。



「変じゃないか?」

 彼らの宿泊する部屋のある2階へ歩く途中、竜雄がぼんやりと数馬に呟く。数馬はそれを聞いて首を傾げた。

「何が?」

「真次だよ、もっとこう、エネルギッシュというか、元気なやつだったじゃないか」

 竜雄に言われると、数馬も沈黙する。だがすぐに佐ノ介が横から否定した。

「年を取ったんだよ。人間変わるさ」

 そうこう雑談を交わしているうちに、7人は目的の部屋にたどり着いた。

「201は竜雄と雅紀と雄三、202が残りでいいんだな?」

「そう。さっさと手当しようぜ、竜雄」

 数馬の言葉を聞き、雄三が201号室の扉を開けて中に入る。竜雄と雅紀が中に入ったのを見て、数馬たち残された4人も自分達の部屋の鍵を開け、中に入った。


 中に入ると同時に、竜雄はベッドのひとつに腰を下ろした。

 着ていた上着を脱ぎ、傷を負った自分の脇腹を見る。銃弾はやはり貫通していた。

「手伝おうか?」

 雅紀が尋ねると、竜雄は首を横に振り、自分の上着のポケットから包帯を取り出した。

「こう見えても衛生兵でね。傷の手当とかは慣れてるんだ」

 竜雄はそう言いながら服を脱ぎ、包帯を巻き始める。だが、すぐに包帯が足りなくなったことに気がついた。

「ほら」

 雄三がそう言いながらどこからか取り出した包帯を竜雄に手渡す。竜雄はその包帯の正体に気づいたが、何も言わずに微笑んだ。

「ありがとう」

 竜雄は雄三の優しさに素直に感謝しながら包帯を巻いていく。慣れた手つきで包帯を巻き終えると、緑白色の光を左手に集め始めた。

「そういや竜雄のアイテムも能力もよく知らないんだよな。どういうやつ?」

 雅紀が竜雄に尋ねると、竜雄の集めた光は羽ペンを作り出した。竜雄はそれで包帯越しに怪我したところへ印を書きながら答えた。

「こうやって怪我したところに印をつけて、傷の治りを早める能力だよ」

「へぇ、じゃあ怪我はなんでも治せるわけ?」

「いや、自然治癒力を高めるだけだから、それが機能しないんだったら無理だよ。まぁでも、大体の怪我は治せるって言ってもいいかもね」

 竜雄の言葉に雅紀が感心した様子で頷く。雄三も少し離れたところでそれを聞き、感心しているようだった。

「不死身だな」

 雄三がふと呟く。竜雄はそれを聞くと、どこか複雑な表情をしていた。

「昔から、ツイてるのと頑丈なのが合わさってよくそう言われたよ。でも、ありがた迷惑な話だよな」

「どうして。賭けられるチップが多くて損はしないぞ」

「倒れても倒れても死にきれなくてさ。そうやって生き延びてもまた戦う。いっそ死んだ方が楽かもしれない、そう思う時がある」

 竜雄の言葉に、雅紀と雄三は沈黙する。彼のいう言葉に少なからず共感できる部分があったせいだった。

「でも、いつかは死ぬよ。永遠のものなんてないさ。だから、その時までは生きてていいじゃねぇの?」

「そういうもんかな」

「そういうもんだろ」

 竜雄の質問に、雅紀も静かに答える。竜雄と雅紀がわずかに微笑みあうと、それを横目で見ていた雄三もわずかに微笑みながらトランプを片手で弄び始めた。


 そんな穏やかな空気が漂う彼らの部屋の扉がノックされる。

「スタッフのものです。お水のサービスをお持ちしました」

 そう語るスタッフの声を、竜雄はどこかで聞いたことがあるような気がした。

 竜雄の感じた思いを気にすることなく、雅紀が扉を開ける。そこに立っていたスタッフは、キャップ帽を目深に被り、顔が見えないようにしていた。

「そっちの机に置いといてください」

「はいかしこまりました」

 スタッフは雅紀の指示を受け、近くの机にコップに入った水を3つ載せたお盆を置く。

 スタッフがそのまま立ち去ろうとしたその瞬間だった。

「すみません、これは誰の指示でやってるんですか?」

 竜雄がそのスタッフの背中に問いかける。スタッフはその場に立ち止まり、背を向けたまま答えた。

「誰の指示も、そういう規則ですので」

「じゃあ質問を変えます。なんでお前がここで働いてるんだ?洗柿」

 竜雄の声のトーンが低くなる。異様な気配を感じ取った雄三と雅紀は、もしやと思いスタッフから離れ、身構えた。

「竜雄、知り合いか」

「あぁよく知ってるとも。6歳だった俺の妹とお袋を盾にして自分だけ生き延びたクズ野郎だ!」

 竜雄はそう言うと、ベットから立ち上がった。

「誤魔化せると思ったかクソ野郎!こっちを向け!」

 竜雄が声を張ると、そのスタッフの男は面倒臭そうにため息をついた。

「ったく、昔っからめんどくせぇんだよ!!」

 スタッフの男は振り向きながらそう叫ぶ。そして帽子を竜雄に向けて投げつけると、腰に隠していたサブマシンガン(UZI)を抜き、部屋中に乱射し始めた。

 咄嗟に全員物陰に隠れて銃撃をやり過ごす。その様子を見たスタッフの男に扮していた洗柿圭輝は吐き捨てるように叫んだ。

「よく見抜きやがったな!褒めてやるよ!だがそれだけでなんの意味もねぇな!雑魚が!」

「当たり前だ…!お前だけは…!俺の家族を殺したお前の顔と声だけは絶対に忘れるものか…!」

「死んだ人間なんてなんの価値もないものに執着してるのか?馬鹿が!」

 圭輝の言葉に、竜雄は我を忘れるほどの激しい怒りを覚えた。銃撃が止み次第、いつでも竜雄は飛び出そうとしていた。

 銃撃が止まる。同時に圭輝はその場から背中を向けて走って逃げ出す。

「待ちやがれこのクソ野郎!!ぶっ殺してやる!」

 竜雄は感情のままに走り出す。

 取り残された雅紀と雄三は、お互いに短く作戦会議を始めた。

「俺が竜雄追うよ、雄三、数馬たちに伝えてくれ」

「おっし」

 2人は部屋を飛び出ると、それぞれ自分の役割をこなし始める。雅紀は竜雄の背中を追いかけて走り、雄三は隣の部屋の扉を叩いた。

「雄三だ、今竜雄が敵を追いかけて外に行った、お前たちも来てくれ!」

 雄三は要点だけ伝えると、数馬たちが出てくるのを待たずにそのまま走る。

 階段を駆け下り、カウンターのベルを連打して何度も呼び出し音を響かせた。

「オーナー!オーナー!」

 雄三の切羽詰まった声など気にせず、真次は再び気怠そうにゆったりとした足取りでカウンターの奥から現れた。

「どうしたんです?」

「銃を返してくれ!今すぐ!」

 雄三は語気を強めて真次に言う。しかし、真次はそれを気にせず、平然とした様子で答えた。

「どうして」

「緊急事態なんだ、お宅のスタッフに化けた人間に殺されかけた。銃声が聞こえなかったわけじゃないだろう?」

 雄三に言われるが、真次は何もしようとしなかった。

「おい、聞いているのか、銃を返してくれ」

「規則ですので」

 雄三が言っても、真次はひと言それだけ答えた。雄三は諦めなかった。

「ここで使えないんじゃ何のための銃なんだ?早く、事態は一刻を争うんだ」

「規則なんですよ。争いが起きないための」

「犠牲が出ないためのルールだろう、ルールのために犠牲を出すのか」

「嫌ならここから出て行ってもらいますよ。お仲間ともども。お勘定はキャンセル料込みでね」

 真次の脅しに、雄三は何も言わなかった。そして表情を得意のポーカーフェイスで押し殺した。

「…いいだろう」

 雄三はそれだけ言うと真次に背を向けて走り始めた。



 一方、感情のままに走っていた竜雄は、森の中に入っていた。圭輝の動きは竜雄の知っているものよりも遥かに俊敏で、竜雄の追跡からあっという間に逃れると、この森のどこかに隠れたようだった。

「どこに行った!出てこい!」

 竜雄は森の中に叫ぶ。竜雄の声は森の中にこだました。

 竜雄は周囲を見回す。だがやはりあの憎い人間はいないようだった。

「後ろだ!」

 竜雄の背後から聞こえた邪悪な声。竜雄はそれに気づき、振り向こうとしたが、それよりも早く声の主である圭輝が竜雄を締め上げていた。

「くっ…!」

「視野が狭ぇなぁ!オメェのお袋と妹もそうだった!お陰様で盾にするのが楽で楽でしょうがなかったぜ!」

 圭輝の煽り文句を断ち切るように、竜雄は左肘を圭輝の腹に何度も叩き込む。しかし、圭輝は怯みすらせずにそのまま煽り続けた。

「でもそのおかげで俺もこうして不老不死になった!お前の家族には感謝してるよ!」

 圭輝はそう言って竜雄の背中に拳を叩き込んだ後、蹴りも入れて竜雄をその場に倒す。竜雄は受け身を取って転がり、圭輝と向き直って拳を構えた。

「…お前の目的は何だ…」

「楽な生活。何でも俺の思うようになる生活さ。トッシーは太っ腹だからよ、あいつの理想の世界ができたら俺も何不自由しない生活ができるってわけよ!」

「少しは誰かの役に立とうとか思わないのか…!」

「バカじゃねぇの?自分の人生、よそ様にまで構ってらんねぇよ。むしろ利用するだけしてやって、俺の人生の養分になった方がみんな幸せさ!お前の家族みてぇにな!」

 圭輝の言葉に、竜雄は思わず殴りかかっていた。感情任せの左ストレート。圭輝はニヤニヤしながらそれを避けると、竜雄の腹にボディーブローを叩き込んだ。

 怪我が治りかけている部分ということもあり、竜雄の体には余計なダメージが入り、竜雄は思わずうずくまった。

 そこに圭輝の蹴りが飛ぶ。ボールでも蹴るかのような乱雑な蹴りが竜雄の顔面に直撃し、竜雄はその場に倒れていた。

「無様だな!」

 圭輝は竜雄に唾を吐きかけると、倒れた竜雄に足を振り下ろし、踏みつける。

 しかし、竜雄はその脚をつかむと、圭輝を引きずり倒し、その上にまたがり、顔面に何発も拳を振り下ろし始めた。

「この野郎!この野郎!何でお前みたいなのが生き延びて、何で俺の家族が死ななきゃならなかったんだ!」

「弱い奴に生きる価値はねぇんだよ!」

 竜雄の攻撃を喰らっても平然としながら、圭輝は言い返す。そして片手で竜雄を吹き飛ばしてから圭輝はヘラヘラとしながら立ち上がった。

「お前だって同じだ!お前は弱くてみっともない、生きてるだけで何の価値もない人間なんだよ川倉竜雄!」

 圭輝の挑発に、やはり感情的になった竜雄は姿勢を低くして突進していく。レスリングのタックルの要領である。そのまま圭輝に辿り着くと、圭輝の脚を持って倒そうとしたが、圭輝は器用に体重を動かし、倒れなかった。

「ほらな?」

 圭輝は目の前にあった竜雄の背中に肘を叩き下ろし、怯んだ竜雄の顔面に膝を叩きこみ、竜雄を吹き飛ばした。

 竜雄が倒れると、圭輝は呆れたようにため息を吐き、竜雄を見下ろした。

「めんどくせぇ野郎だよ、片付けてやるから感謝しな」

 圭輝はそう言うと、腰に差していたサブマシンガン(UZI)を抜き、未だに立ち上がれないでいた竜雄に狙いをつけた。

「死ね、雑魚が!」

 

 圭輝が引き金を引こうとしたその瞬間、圭輝の背後から電動のモーターが回転する音が聞こえた。

「…!」

 圭輝が振り向いた瞬間、雅紀が握っていた小型の電動カッターを振りおろす。

「ぬわっ!?」

 回避しきれなかった圭輝は、背中をそれで切り付けられる。だが、血も出ず、圭輝の方も服が少し破られただけであまり痛がっている様子もなかった。

 切りつけた本人である雅紀も、目の前の光景に驚いてはいたが、すぐに自分に銃口が向けられたことに気がつくと、そこから逃れるように横へ転がった。

「ちっ!邪魔しやがって!」

 圭輝は毒づくと、膝を大きく曲げてジャンプする。そしてすぐそばにあった木の枝に飛び乗り、そこから他の枝に飛び移り、逃げていった。


「大丈夫か竜雄?」

 雅紀は圭輝がいなくなったのと同時に、竜雄に声をかける。竜雄は悔しさのあまり、雅紀に顔を向けられなかった。

「…無事そうだな。よし、それじゃ、あいつを倒す算段を考えよう」

 雅紀は竜雄の気持ちを思い、敢えて竜雄に気を遣うような言葉をかけず、仕事の話題を振る。竜雄は雅紀の心遣いに気づくと、言葉を発した。

「あいつはすごい速さで木を飛び回ってる。これを追いかけるのは難しい。何か印みたいなのがあるといいんだけど…」

「任しといてよ竜雄ちゃん、ちゃんとやっといたぜ」

 竜雄の言葉に、雅紀は自信に満ちた表情で言う。彼は先ほど圭輝の背中を切りつけた電動カッターを竜雄にアピールした。

「これが俺のアイテム。切りつけたところから光を出せるんすよ。つまり、奴の背中から光が出るわけ」

 雅紀が得意げに言うと、竜雄は木の上を見る。太陽の光が上から辺りを照らしていたが、その中で確かに不自然な向きに白い光が伸びているところがあるように見えた。

「あれか…!」

 竜雄はそれに気づいて動こうとする。だが、それを雅紀が引き止めた。

「木の上攻撃できるものがないっしょ?それに、下手に動くとこのタネがバレる。じきに雄三が銃持ってくるからそれまで待とう」

 雅紀が言うと、竜雄は悔しそうに拳を握りしめる。雅紀は竜雄の心情が想像できるだけに、同じように悔しげな表情で竜雄を抑えた。

 雅紀の能力で作った光が、木々の枝を飛び回る。圭輝が竜雄と雅紀を奇襲しようと様子を窺っていることに他ならなかった。

 一方の圭輝も、木の枝を飛び移りながらなぜか自分を追跡してこない竜雄と雅紀を見て不審な思いを募らせた。

(妙だな…俺の場所を把握してるみたいだ…しかも俺の能力もまだ機能してない…もうひと押し、奴らの関係にヒビを入れなきゃあな)

 圭輝は次の一手を考えながら枝を飛び移っていく。


 しばらくすると、雄三が手提げ袋を持ちながら雅紀と竜雄のもとに走ってきた。

「おい、銃持ってきたぞ!」

 太い木の影に隠れている雅紀と竜雄の背後から、雄三が声をかけると、竜雄は圭輝の動向を見張りつつ、雅紀は雄三から手提げ袋の中身を受け取った。

「ありがてぇ、待ってたんだ!ほれ、竜雄の!」

 雅紀は自分の拳銃を取ると、すぐに竜雄の拳銃も手渡す。竜雄はそれを受け取ると、即座に圭輝のいる方向へ発砲を始めた。

 圭輝は自分の足元に銃弾が着弾すると、すぐさま枝の影に隠れた。

(撃ってきた…?妙だな…真次は完全にトッシーの支配下のはず)

 圭輝はそう思うと違う枝に飛び移りながら竜雄と雅紀の方を見る。すると、圭輝の気づかない間に雄三が合流していたことがわかった。

(ほう?あいつか…赤尾雄三、とか言ったな…前に手渡された資料の通りなら、この銃撃も幻の可能性がある…おもしれぇ!)

 圭輝は自分の記憶をたどると、枝を飛び移り、敢えて竜雄たち3人の目につくところへやってきた。

 竜雄たち3人はすぐに振り向き、圭輝に銃撃を浴びせる。だが、圭輝は龍人の体の頑丈さを使って銃弾を無効化し、高笑いしてみせた。

「そんな豆鉄砲が効くかよ!ましてや、そんな『偽物』じゃあな!」

「なにっ」

 竜雄は圭輝の声を聞いて動揺する。

 瞬間、彼ら3人が握っていた銃が光の粒となり、跡形もなく姿を消す。雅紀と竜雄は驚き、雄三は気付かれたことを訝しみ、圭輝はそんな3人の姿に高笑いを続けていた。

「はーっはっは!仲良しごっこはいいもんだな!」

 圭輝はそれだけ言うと、別の枝に飛び移り、3人の前から姿を消す。

 そして枝の影に隠れてから右手に光を集め、ダイヤルとスイッチのついた謎のリモコンを形作ると、ダイヤルを大きく回し、スイッチを押した。

 圭輝の姿を見失った3人のうち、雅紀はすぐに次の手を打とうと周囲を見回していた。

「しゃーない、奴を追おう」

「その前に聞きたいことがある」

 雅紀の言葉をよそに、竜雄はそう言って雄三の方へ向き直った。

「どうして偽物を俺たちに渡したんだ、答えろ」

 竜雄の目は鋭かった。今にも竜雄は雄三を殺そうとするほどの殺意を見せていた。そんな竜雄をなだめるように、雅紀は雄三と竜雄の間に入った。

「落ち着きなって、今はそれよりも奴を追わないと」

「うるせぇっ!」

 竜雄は怒鳴りながら雅紀を押し退ける。そのまま雄三の胸ぐらを掴みあげた。

「俺はあいつを絶対に殺さなきゃならないんだ!なのにお前はどうして俺に偽物を渡した!答えろ!」

「オーナーが規則だって言って銃を渡そうとしなかったんだ、だから仕方なくああした」

「なら数馬たちはどうした!お前はあいつらを呼びに行ったんだろう!だったらどうして一緒にいない!」

「それは…」

「お前は偽物なんじゃないのか!?」

 竜雄は熱くなって雄三の首を締め上げる。それを見て雅紀は竜雄を引き剥がし、竜雄を羽交締めにした。

「落ち着けよ!竜雄、お前らしくないぞ!?」

 雅紀に羽交締めにされ、竜雄は暴れ回る。


 一連の様子を上から眺め、圭輝は嬉しそうに笑いを堪えていた。

「やっべ…たまんねぇよ…!ああいう風に仲良しごっこしてるのが崩壊してくさま…!くくく…ははは…!」

 圭輝はそう言ってさらに手に持つリモコンのダイヤルを大きく回してから、スイッチを押した。


 そんなことを知らない竜雄は、雅紀を思い切り振り解く。

「雅紀!こいつが敵だとしたら、まずこいつを倒さないと!」

「俺は敵じゃない」

「ならなぜ奴はお前の能力を知ってたんだ!どうして銃が偽物だって知っていた!それは敵とお前が通じ合っていたからじゃないのか!」

 竜雄は雄三の頬を思い切り殴り抜ける。雄三はガードをしようとしたが、訓練を積んでいる竜雄に対し、格闘に慣れていない雄三はガードもできずに吹き飛んだ。

「もうやめろよ竜雄!」

 雅紀が竜雄と雄三の間に割り込む。そのまま雅紀と竜雄はつかみ合いになった。

「雄三は敵じゃないって言ってるだろ!敵はあいつだ!」

「なぜそんなにそいつを庇う!敵かもしれないのに!」

 雅紀と竜雄が言い争う姿を見て、圭輝は再び笑っていた。口を押さえてはいたものの、そこから笑い声が漏れてしまうほどには彼の心は愉快だった。

「いいぞ…!争え争え…!」

 雄三は歯を食いしばりながら顔を上げる。ぼんやりとした視界を振り上げ、竜雄の方を見た。

(…?)

 竜雄の背中に、見たことのない小型のボタンが取り付けられていた。だが、雅紀と掴みあっているため、すぐにそれは見えなくなった。


「さて、そろそろ仕上げてやるか」

 圭輝はそう呟くと、枝の上に立つ。そして乱闘を繰り広げる竜雄、雅紀の方を向いてサブマシンガンを抜いた。

「いいもん見せてもらったぜ、川倉竜雄」

 圭輝はそう言うと、サブマシンガンの引き金を引く。

 その瞬間、彼の背後から赤黒い銃弾が飛んできて圭輝の脇腹をかすめた。

「!」

 圭輝が急いで振り向くと、数馬、佐ノ介、隼人、狼介と、竜雄の仲間たちが勢揃いだった。その中でも、数馬はアイテムである赤黒い拳銃を圭輝に向けていた。

「おやぁ?生きてやがったか、重村数馬!あのレストランでガキと一緒に死んだと思ってたよ!」

「何、後輩への手土産にお前たちの首を持っていこうと思ってな」

 圭輝の言葉に、数馬も冗談で返しながら銃撃を浴びせる。しかし圭輝は咄嗟に飛び退いて別の木の枝に乗った。

 銃撃を回避はしたものの、圭輝は脇腹に掠めた数馬の1発目を気にすると、サブマシンガンの銃撃をばら撒き、数馬たち4人の足を止めた。

 そのまま圭輝は一瞬竜雄たちの方に目をやる。いまだに乱闘を続けている竜雄と雅紀の姿を見ると、数馬たちに吐き捨てるように言葉を投げかけた。

「楽しい余興だったぜ、お前ら。今日はもう飽きた。じゃあな」

「待て!」

 圭輝は好きなように言うと、木の枝を飛び移り、その場から去っていく。数馬と狼介がそれぞれ赤黒い銃弾と電撃を放って圭輝の動きを止めようとするが、圭輝はさっさとその追跡を振り切り、姿を消していた。

(放っておいても、後は川倉がやってくれるさ)

 圭輝は1人そう思ってほくそ笑むと、木々を飛び移り森を抜ける。そのまま近くに置いてあった自分の車に乗り込み、どこかへと走り出した。

 隼人も鉢巻を巻き、能力を使って森を抜けるまでは圭輝を追跡したが、車で逃げられたために追跡をそこでやめた。

「ここまでか」

 隼人は悔しそうに奥歯を噛み締めると、すぐに自分達のいた場所へ引き返した。


 数馬たちは圭輝の背中を見送ると、乱闘している雅紀と竜雄の元へ走る。

 すぐに数馬が2人の間に入ると、佐ノ介が雅紀を抑え、数馬が竜雄をおさえ、狼介が雄三を助け上げた。

「落ち着け竜雄!俺だ!数馬だ!」

 竜雄だけはまだ冷静さを失い、数馬の呼びかけも虚しく、雄三へ殴りかかろうと暴れる。だが、竜雄以上に格闘に手慣れている数馬は軽々と竜雄を押さえていた。

 その間に狼介に助けられた雄三は、数馬に抑えられている竜雄の背後に回り込む。

「何をする気だ!」

「数馬、抑えててくれ」

 竜雄は雄三が自分の背後に回り込もうとしているのに気づき、さらに暴れようとしたが、数馬は雄三の指示を聞いて竜雄をさらに抑えつける。

 その間に雄三は竜雄の背後に取り付けられていたボタンを取り外す。

 同時に竜雄の全身の力が抜け、その場に膝崩れになって気絶した。

「なんだなんだ?」

「こいつだよ」

 不思議がる数馬に対し、雄三はコイントスの要領で竜雄に取り付けられたボタンをアピールした。

「多分、これが敵のアイテム。これをつけられると、興奮状態になって冷静さを失うんだろうな」

「いつの間に…」

「多分、やつと竜雄が格闘した時だろうな」

 雄三の推察に、雅紀が言う。雅紀はそのまま続けた。

「普段あんなに温厚な竜雄が、あんなにキレてんだもん、なんか変だとは思ってた」

 雅紀が言い終えると、竜雄がゆっくり目を覚ます。そしてすぐに状況に気づくと、数馬の手から離れた。

「奴は?」

「逃げたよ」

「そうか…俺は…どうしちまってたんだ…雄三も、雅紀も、本当にすまない」

 竜雄は状況を聞くと、罪悪感から雅紀と雄三に頭を下げる。雅紀と雄三は首を横に振った。

「気にしなくていい。相手の能力が作用した結果だ」

「そうそう。悪いのはあいつだって」

「いや、俺が一番悪い…!」

 雅紀と雄三がフォローするのに対し、竜雄は自分自身を責める。そのまま竜雄は両手の拳を握り締め、俯いた。

「俺は…!あいつが憎すぎて…冷静さを失っていた…!それに付け込まれたんだ…!例えあいつのせいで雄三に殴りかかったんだとしても、結局は俺が冷静さを失ったからだ…!」

 竜雄はそう言葉を発しながら近くにあった大木を殴る。

「妹の…家族の…かたきを取ってやりたかったのに…!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょおおお!!」

 竜雄は悔し涙を誤魔化すように、叫び、何度も木を殴りつける。

 竜雄の拳に血が滲み始める。

 その様子を見て、数馬が振り上げた竜雄の拳を止めた。

「そんなに殴ったら、肝心な時に奴を殴れないぞ」

 数馬は静かにそう言うと、竜雄は拳を解き、腕を下ろす。そして泣き顔を誰にも見せないようにうなだれた。

 数馬たちも竜雄の泣き顔を見ないようにするために、竜雄に背を向ける。隼人が戻ってきたのを見ると、数馬は優しい声で全員に言った。

「行こう」

 竜雄以外の6人はその声に従って歩き出す。

 竜雄も、拳についた血を拭い、涙を拭くと、前を向いて彼らの背中を追って歩き出した。

(絶対に…あいつだけは倒す…あゆみ…兄ちゃん、頑張るからな)

 竜雄は心の中で誓うと、もう一度拳を握り締めた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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