表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
36/65

35.高速の戦場

朝7:45 灯島駅 北口

 数馬と佐ノ介は戦いを終えた後、なんの問題もなく集合場所である灯島駅にやってきた。

「おーい、数馬、こっちだ」

 そう声をかけたのは竜雄だった。濃緑のミリタリージャケットと薄いベージュのズボンをまとった、これも一見して一般人に見える服装である。

「よう竜雄。待たせたな」

 数馬は軽い空気で言う。佐ノ介は周囲を見回したが、そこにいるのは竜雄しかいないようだった。

「あれ、竜雄、他の連中は?」

 佐ノ介の問いに、竜雄は気まずそうに頬をかいた。

「雄三と雅紀は普通にまだ来てない。隼人と狼介は…ちょっと服買いに行ってる」

「なんだ?漏らしたのか?」

「いや、隼人が軍服で来ちゃってさ」

 竜雄が言うと、数馬は少し頭を抱えた。

「あちゃー…目立っちゃいけない任務なのに…俺、伝え忘れてたか…?」

 反省する数馬に、竜雄は平然と否定した。

「いや、『そういや言ってたわ』って隼人も反省してた」

「隼人お得意の天然だな」

 佐ノ介は1人その状況を笑い飛ばす。竜雄も同じように笑うと、数馬も苦笑いを浮かべた。

「ったく、戦場じゃめっちゃ頼りになるのに、日常生活じゃこれだもんなあいつ」

「あぁ、体デカくてしっかりしてそうに見える分、面白れぇよな…ふははは」

 数馬の愚痴に、佐ノ介も隼人の今までの数々の天然エピソードを思い出しながら笑っていた。


「お待たせいたしやした」

 数馬たちが到着してしばらくすると、隼人が申し訳なさそうに頭を下げつつ現れる。季節外れの水色のダウンジャケットに、ズボンは数馬たちに馴染みのあるオリーブ色の軍服だった。

「おはよう。似合ってるじゃねぇか」

 佐ノ介が隼人に言うと、隼人の隣に現れた狼介がメガネを掛け直しながら頷いた。

「まぁな。在庫一掃の安物だったとはいえ、一応世間的に目立たない格好にはしたはずだ」

 そう豪語するだけあって、狼介自身の服装は至ってシンプルであり、グレーのジャケットと黒のシャツ、白のズボンというように、地味な一般男性の服装だった。

「この時期にダウンジャケットは…」

「軍服よりマシ」

 竜雄の言葉を、狼介は食い気味に否定した。


 そんな会話をしていると、次にやってきたのは雄三だった。

「おはよう」

 眠そうにトランプを弄りながら挨拶する彼の格好は、高そうなスーツだった。黒のジャケット、ベストとズボンに暗い赤のシャツと白いネクタイ。

「雄三、今日はテレビの撮影じゃないんだぞ?何も人前に出る時の格好しなくても」

「この服装が俺の流儀なのさ…ふぁあ…」

 数馬の言葉に対し、雄三は軽くそう答える。そのまま雄三は壁に寄りかかった。

「出発する時呼んでくれ…それまで寝る」

 雄三はそういうと、目を閉じつつ、片手でトランプの手品を始めた。


 他のメンバーたちが雄三の言動に驚いていると、間も無く最後の雅紀もやってきた。

「うっすうっす。時間ピッタっすわ」

 雅紀が明るい空気で入ってくると、雄三を除いた全員がそんな雅紀に挨拶をする。雅紀の服装は、本業がカメラマンの彼らしく、ベージュのベストに登山用の緑のズボン、そして何より旅行用のスーツケースとは明らかに別のカメラ用の大きなバックを斜めがけにしていた。

「おいおい、旅行に行くわけじゃないんだぞ?なのにカメラ持ってきて」

「いいじゃんいいじゃん。記録用っすよ数馬ちゃん」

「極秘の作戦を記録に残すなって」

 数馬に対し、雅紀は軽い空気だった。しかし、話題が終わると同時に、雅紀が急に真面目な顔になって話し始めた。

「あ、そうだ。さっきニュースで早袰さっぽろ空港が使えなくなってるって流れてきてたよ」

 雅紀の言葉に、一行は目を見張った。

「このタイミングでか?」

「なんでも昨日の深夜、ってか今日の早朝?に原因不明の爆発があったんだって。その復旧にしばらくかかるみたいだよ。正直どれくらいかかるかわからないって空港側が発表してた。ま、敵さんの工作だろうね」

 雅紀のもたらした情報を聞いて、数馬は考えを巡らせる。

「なぁ雅紀、もしこれ陸路で行けたら空港の復旧待つより早いんじゃないか?」

「お、俺も同じこと考えてたよ。新幹線使って蒼杜あおもりまで行ってそっからフェリーだろ?確かに今日の午後には着けると思う」

「よし、それで行こう」

 数馬は雅紀の提案を聞くと、素早く決定を下す。他のメンバーたちも異論はないようだった。

「じゃあ雄三を起こしてくれ。出発するぞ」

 数馬の指示を受けて竜雄が雄三を揺すり起こす。雄三が起きたのを確認すると、一行は灯島駅の改札を抜けて、灯京とうきょう行きの列車へ乗り込んだ。



8:40 灯京駅 新幹線用ホーム

 この時間帯、数馬たちが目指す方面の新幹線を利用する客は非常に少ない。そのため、このプラットホームにもほとんど数馬たち以外の客はいなかった。

「全然人いないんだな」

「ま、平日だからだろうな」

 竜雄の感想に、狼介が淡々と答える。

「そういやニュースでもうひとつ面白いもの見たよ」

 雅紀はそう言うと、黄色い点字ブロックのすぐ内側に立つ数馬に、スマホを見せる。興味を持った他のメンバーたちも、一瞬それをチラリと見てから各自のスマホでそのニュースを検索した。

「『今回の閣僚襲撃事件の犯人発覚!首謀者は防衛大臣の波多野俊平!』だってさ?」

 雅紀が半笑いになって記事のタイトルを読み上げる。佐ノ介も小馬鹿にするように記事を読み上げ始めた。

「『波多野氏は自身の支持母体である支鮮華系の宗教団体、獄連会のメンバーを利用し、荒浜首相の暗殺を試みました。波多野氏の提案してきた政策は獄連会の教義と一致するものが多く、獄連会は波多野氏を通じて日本の政府を操ろうとしたと考えられています』」

 それを聞いて文章を一通り読んだ狼介は鼻で笑った。

「信者数が1000人程度の教団がどうやって国を操るんだか…しかも仮に防衛大臣が犯人だったとして捕まるのが早すぎる。もっと言うなら、記事内に具体的な証拠が何ひとつない。これが報道か?」

「事実を並べてやるな。マスコミさんも頑張ってるんだから」

 狼介の言葉に、雄三は興味なさそうにトランプをシャッフルしながら言い放つ。そこに並んでいる情報が嘘であることを知っている彼らは、余裕の表情でその記事を見ていた。

「だが、このデマを信じてしまった人間に俺たちの正体がバレたら面倒なことになりそうじゃないか?」

 隼人が呟く。彼らにとって隼人の発言は確かに一理あるものだった。

「確かに…ひどいメディアは軒並み解体されたとはいえ、昔そういう事件があったからな…波多野さんに近かった和久たちにも何か被害が出るかも…」

 竜雄はそう呟きながら、かつて自分達が戦った火野という男たちのことを思い浮かべていた。

「大丈夫さ」

 悲観的になる竜雄に、数馬は静かに笑い飛ばした。

「おかしなことは長く続かない。このデマはきっと和久たちがどうにかする。そのためにも俺たちは必ず、魅神を倒さなきゃならん」

 数馬の言葉に、全員改めて前を向いた。そして、自信に満ちた表情でお互いに微笑み合った。


8:45

 整列する7人の前に、青緑に輝く新幹線が停車する。7人は前から3両目の車両に乗り込む。この車両には7人以外にはあまり人はいない。7人は前の方に固まって座った。

「この新幹線の最高時速は320km、灯京から新蒼杜しんあおもりを3時間程度で走り抜ける、10両編成の名車さ」

 雅紀が嬉々としながら新幹線について語り出す。呆れたようにしながら隣に座っていた隼人が相手をしていた。

「さすが詳しいな」

「アタボーよ。本職は撮り鉄だぁい」

「じゃあ撮り鉄さんよ、どうしてこの車両を選んだんだ?」

「モーター音がいいんだよぉ。加速する時の音聞いてみな?イクから」

 前の席から入ってきた狼介の質問に、雅紀はここぞとばかりにこだわりを話し出す。

 面倒くさそうに狼介たちが話を聞いている中、それに巻き込まれなかった数馬と竜雄は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

「雅紀は賑やかだな」

「あぁ、連れてきてよかった」

 竜雄の言葉に、数馬もしみじみと呟く。

「俺たちだけだったら…もっと暗くなってたろうな」

 そう言葉を漏らす数馬の横顔は、殺された後輩たちの顔を思い浮かべているようだった。

 そんな数馬たちに構うことなく、新幹線はゆっくりと加速し始める。

「そうそうこの音!聞いたかお前ら?最高だろオメェ?」

 雅紀が興奮した様子で相変わらず隼人たちにエンジン音をアピールする。隼人たちは気まずそうに頷いた。

「…悪かったよ」

 雅紀は急に落ち着いて謝る。そのテンションの落差に、思わず他のメンバーたちも笑っていた。




9:15 灯京駅を出て30分後 同じ車両の2両目

 この車両の中は、数馬たちのいる車両に比べて人が多く、ビジネスマンの服装をした中年男性が多くいた。

 その中で一番前の座席に座る初老の男性は、腕時計を見てからつぶやいた。

「時間だ」

 男性の声を聞き、隣に座っていたサラリーマンがスマホでメッセージを送信する。同時に、初老の男性は座席の下からボストンバッグを引き抜くと、そのファスナーを開き、カバンの中に入っていたサブマシンガンを取り出した。

 彼だけでなく、同じ車両にまばらに座っていた中年のサラリーマンたちも、至って平然とした様子でバッグの中のサブマシンガンを取り出した。

「ちょっと…それって…!」

 そんなサラリーマンの1人の隣に座っていた女性が、異変に気づいて声を発する。だが、サラリーマンは冷静に銃を向けた。

「2号車の乗客の皆様、どうぞお静かに」

 不安になる一般の乗客たちの前に、初老の男性が落ち着いた様子で立つ。彼は上着こそスーツだったが、その中のベストは防弾ベストで、右手にはサブマシンガンが握られていた。

 各号車は分厚い扉と短い通路で区切られており、この号車で起きた異変を他の号車の人間が察知することは不可能だった。

「私は皆さんの隣にいる武装した人間のリーダー。名前はありませんが、『アルファ』とでも呼んでください。我々としても無駄な殺生は避けたい。どうか落ち着いて指示通りに動いてください」

 アルファと名乗る男は、淡々と自己紹介と命令を下す。

「全員、手近なものの指示に従い、両手を挙げながら通路に出てください」

 アルファがそう言うと、武装した人間たちがサブマシンガンを突きつけながら乗客を中央の通路に追いやると同時にスマホを没収する。

 その場にいた乗客は9人。ビジネスマンが2人、OLが2人、老夫婦が1組、若いカップルが1組、高校生くらいの少女が1人という内訳だった。

 対する武装した男たちは20人ほどはいそうだった。全員こういったことには手慣れていそうな、無駄な緊張感も油断もない集団であった。

「さて。ベータ、ここは任せる。ガンマ、イプシロン、手筈通りに」

 アルファは短く指示を出すと、1両目への扉と向き合う。彼の隣に、指示を受けた部下2人がその扉に対して工作を始めた。

(あの先…新幹線の制御装置がある…!もし変な細工をされたら…乗客がみんな死んじゃう…!)

 通路の中央でしゃがんだ状態にさせられている乗客の1人、高校生の少女は、これから起こるかもしれないことに固唾を飲んだ。

 彼女は同時に、自分以外の乗客を見る。全員絶望したような様子でうなだれ、死を静かに待っているようにすら見えた。

(なんとかしないと…!)

 そう思う彼女であったが、通路の前も後ろも、武装した屈強な男たちに塞がれており、簡単には逃げられそうになかった。

(…やるしかない…!)

「あいたたた…!」

 少女は自分の下腹部を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。不審に思った敵の1人が、彼女の肩を持った。

「どうした」

「トイレ…トイレ行かせてください…!」

「ダメだ」

「生理なんです…」

 少女が苦しそうな表情で言うと、対応している男も戸惑った様子でアルファの方を見る。アルファは状況を察すると、ため息を吐いて指示を出した。

「行かせてやれ。逃すなよ」

 アルファの指示を聞き、対応していた男も少女を立たせる。そして3号車と2号車を繋ぐ通路への扉を開け、少女に銃を突きつけながら少女をトイレに押し込んだ。


 トイレの中に押し込まれた少女は、計画が算段が狂ったことに少しパニックになっていた。

(どうしよう…このままじゃ助けを呼びにいけない…!どうしよう…!?)

 少女は不安な気持ちを深呼吸することで一旦和らげる。

(落ち着いて…なんとかなるはず…!)

 少女はそう思うと、改めてトイレの中を見回す。

 高いところに窓があり、そこには手が届きそうにないうえ、そこから外に出ても助けを呼べるとは思えなかった。

(あれじゃ出られない…でもあれ以外に何かあるかな…)

 少女は不安に思いながらもう一度トイレの中を見回す。

 そして彼女は、その狭い空間の中に助けを呼ぶことができそうなものをひとつ見つけ出した。

(…賭けてみよう…!)




同じ頃 3号車

 2号車で異変が起きていることなどつゆも知らず、雅紀は相変わらず隼人と雑談を交わしていた。

「でだよ隼人ちゃんよ、聞いてくれよこの間のグラビアちゃんてばさぁ」

「その話、5回目だ」

 隼人はそろそろ飽きてきたのか雅紀の話の流れを切る。雅紀は隼人の冷たい反応に頭を抱えると、次は佐ノ介に話題を振った。

「おいおい佐ノちゃんよ。軍人ってのはみんな無愛想なのかい?」

「お前が愛想良すぎるのさ」

 隼人は雅紀の話題の矛先が佐ノ介に向いたのを確認すると、席を離れ、数馬と竜雄の座る席へやってきた。

「お、隼人か。どうした」

 竜雄が隣に立つ隼人に話しかける。隼人は竜雄の前の席に座って話し始めた。

「雅紀の話相手に疲れてな。しばらくここにいていいか」

「いいよ。俺は何も面白い話できないけど」

「俺も会話は苦手だ」

 竜雄の言葉に、隼人は無表情で答えた。隼人はそのまま座席に背中を預けた。

「なぁ数馬、面白い話してくれよ」

 竜雄がふと隣に座る数馬に切り出す。急に言われた数馬は目を見開いて竜雄の方を見た。

「無茶振りにも程がねぇか?」

「だって俺も隼人もお喋りは苦手だし…」

「なら他人にやらすなよ…全く…そうだなぁ…」

 数馬は文句を言いながら周囲を見回す。そのまま彼は窓の外に目をやると、理解しがたい光景が外に広がっていることに気がついた。

「おい、撮り鉄。新幹線ってのはこういうふうにトイレットペーパーがどっかから伸びてるもんなのか?」

 数馬はふと雅紀の方を向いて尋ねる。雅紀は数馬の発言の意味がわからず、会話を中断して数馬の方を見た。

「あぁ?トイレットペーパー?」

 雅紀は不思議に思いながら数馬側の窓の外を見る。確かに白い細長いものがどこかから伸び、後ろの方まで延々と続いていた。

「いや、これが普通なわけないだろ。こっちの窓見りゃわかんだろ?」

 雅紀に言われると、数馬は目を細め、立ち上がった。

「竜雄、隼人、一緒に来てくれ」

 数馬に言われると、竜雄と隼人は機敏に立ち上がる。同時に、他の全員も不穏な気配を察して身構えた。

「とりあえず、紙の出どころを探ってみる...何もなきゃいいんだが…」

 数馬は呟きながら歩き出す。竜雄と隼人も同じ思いを抱きながら2号車と3号車を繋ぐ通路の入り口へ歩き始めた。

「言うまでもないと思うけど、お前らもいつでも動けるようにしとけよ?」

 佐ノ介がその場に残る雅紀、雄三、狼介に対して言う。その3人は、言われずともと言いたげにうなずいていた。


 分厚い扉をゆっくり開き、目の前の喫煙スペースの壁に隠れるようにしながら、数馬、竜雄、隼人の3人は通路の先を覗き込んだ。

 トイレがあり、そのすぐ近くに2号車への入り口がある。

 だが、そのトイレの入り口の前に、サブマシンガンを持った男がいた。

「…あれは…!」

 竜雄は思わず声をあげそうになるが、それを堪える。

 3人は声もなくやりとりを交わす。

 隼人が喫煙スペースの陰から躍り出ると、音もなく一気に敵に駆け寄る。

「何者だ!」

 敵がそう言いながら銃を向ける。

 しかし隼人は引き金を引かれるよりも先に敵の懐に入ると、銃を持つ腕を壁に叩きつけ、その後その敵を背負い投げて気絶させた。

「できたぞ」

 隼人が数馬と竜雄に言う。2人は気絶した敵の武器を奪い、さらに身分証などを探した。

 そんな中でトイレの扉が開く。

 3人はそれぞれの自分の拳銃を抜き、トイレの中の人物に向けた。

「う、撃たないで…!」

 中にいたのは高校生くらいの少女だった。怯えた様子で両手を上げる彼女の横には、窓の外へ伸びるトイレットペーパーと、それを縛りつけている手すりがあった。

「落ち着いて、国防軍です」

「軍人さん!?よかった…!」

 竜雄が銃を下ろしながら言うと、少女は安心したように両手を下ろした。

「トイレットペーパーは君がやったんだね?」

「は、はい」

「状況を教えてもらえるだろうか」

 数馬と隼人に尋ねられ、まだどこか不安な表情で少女は話し始めた。

「2号車に銃を持った人たちが現れて、お客さんたちに銃を向けてます」

「敵は何人くらい?」

「20人はいたと思います…でも何人かは1号車の方に行こうとしていました。2号車に何人いるかはわからないです…」

 少女からの報告を聞き、数馬は頷き、少女に優しく微笑んだ。

「わかった。ありがとう。もう大丈夫。君は勇気ある人だ。竜雄、この子を3号車へ。ついでに佐ノ介たちにも状況を知らせてくれ」

「よし」

 竜雄は数馬に短く返事をすると、少女を連れて自分達のいた3号車へ走り出す。

 その間に数馬と隼人は2号車への扉に張り付くと、その中へ聞き耳を立てていた。

「…どうだ隼人」

「…何も聞こえん…だから、かなり訓練された連中だと思う」

 数馬と隼人が短くやりとりを交わしていると、竜雄が他の仲間たち全員を連れて戻ってきた。

「数馬!」

「事情は聞いたよ。敵さん、1号車狙ってるんだって?」

 雅紀が数馬に尋ねる。数馬はそれに対して頷いた。

「あぁ、そうらしい。1号車には何があるんだ?」

「この新幹線全体の制御装置だよ。速度はもちろん、連結まで操作できる。急カーブまでに減速できなきゃ、脱線して破滅だ」

「急カーブまであと何分かわかるか」

「ざっと10分くらい」

 雅紀の言葉に、全員が重い表情になる。同時に、全員覚悟を決めた。

「じゃあ止めるしかないな」

 佐ノ介が軽口のように言うと、狼介もメガネを掛け直して作戦を明示した。

「賛成。まず2号車の人質を救出して、そのまま1号車に乗り込み、制圧」

「単純だな。さっさとやっちまおう」

 雅紀が狼介の言葉に賛同する。全員の目が、数馬に向いた。

「やるぞ」




 1号車への扉を開けたアルファは、信用のおける部下数名を連れてそちらへ走り出した。

 その間2号車に残された部下たちの中でもリーダー役を務めるベータは、人質たちを見下ろしながら部下の1人が戻ってこないことにやや苛立っていた。

「…カッパー!様子を見てこい!」

 ベータは部下の1人に命令する。命令を受けた部下は、2号車と3号車を繋ぐ通路へ出ようとした。

 すると、その扉が開き、ぐったりとした様子の彼等の仲間が現れた。

「?」

 彼等が違和感を覚えた一瞬だった。

「伏せろ!」

 数馬がそう叫びながら、ぐったりとした彼等の仲間の背後から現れる。

 銃声が鳴り響き始めた。

 数馬と隼人は先陣切って突入すると、手近なところにいた敵の急所に銃弾を叩き込み、2人で合わせて4人ほど倒す。

 状況を察したベータは、部下たちを自分の方へ下がらせると、座席に隠れながらサブマシンガンでの銃撃を開始する。

 弾幕が張られ、身動きが取れなくなる数馬と隼人だったが、その2人の背後から現れた佐ノ介が的確にベータのサブマシンガンを撃ち抜いた。

 弾幕が止まる。その間に数馬たちは一気に前に出る。

 数馬、隼人、佐ノ介、狼介が銃撃をしていく中、竜雄、雄三、雅紀が人質を守るようにして3号車の方へ逃し始めた。

「クソ…なんだあいつら…」

 ベータはそう呟きながら懐から通信機を取り出し、部下たちに銃撃をさせている中でアルファと連絡を取り始めた。

「アルファ、こちらベータ。敵襲を受け人質を奪われた、指示を請う」

「こちらアルファ、現状を維持せよ。繰り返す、現状を維持せよ」

 ベータの言葉に、アルファはどこまでも事務的に答える。通信機の電源が切られるとベータは苦々しく舌打ちした。

「ベータから2号車の各位へ、アルファの指示があるまでここを死守する。繰り返す、ここを死守する」

 ベータの指示に答えるように、テロリスト集団は弾幕を強めた。


 一方の数馬、隼人、佐ノ介、狼介の4人は正面から飛んでくる銃撃から身を隠しながら様子を窺っていた。

「このままじゃ埒が明かないな。どうする」

 隼人が自分の拳銃コルトキングコブラの弾を装填しながら尋ねる。敵の銃撃に軽く撃ち返しながら、狼介が他のメンバーに提案した。

「時間もあまりない、俺と佐ノ介が援護するから数馬と隼人で接近戦を仕掛けてくれ」

 狼介の言葉を聞くと、数馬と隼人はそれぞれ準備を整える。佐ノ介も銃撃をしていたが、一度その手を止めて隼人に尋ねた。

「おい、数馬が接近戦を仕掛けるのはまだわかる。銃撃を無効化できるからな。だが隼人、お前の能力で大丈夫なのか?」

 隼人はそれに対し、両手に青い光を集め、黒い鉢巻を発現させながら答えた。

「任せておけ」

 隼人は鉢巻を自分の頭に巻く。

「隼人の能力は、あの鉢巻を巻くことで自分の最高速度を上げること。常人の目に捉えられる速さすらも越えられる。だから銃撃を避けるのくらいはわけないさ」

 狼介は隼人が鉢巻を巻く間、佐ノ介に隼人の能力を説明する。佐ノ介は内心では信じきれていなかったが、2人に託すことにした。

「それじゃあ、いくか、隼人」

「おう」

 数馬の声に、隼人も短く答える。それを聞いた佐ノ介と狼介も、改めて自分の拳銃の調子を見てから頷いた。


「行け!」

 佐ノ介が叫ぶと、数馬と隼人がそれぞれ動き出す。文字通り瞬間移動しているかのように見えるほどに素早く中央の通路を走る隼人と、銃弾が飛んでくるのを強引に赤黒いオーラで防ぎつつ、座席を飛び越えていく数馬を、佐ノ介と狼介は座席の影に隠れて銃撃で援護していた。

 敵もそれぞれ統率が取れた様子で数馬と隼人を迎撃し始める。

 しかし、隼人の動きはどこまでも素早く、座席の影に隠れながら発砲していた彼らの前に、気がつくと隼人がいた。

 敵は即座に隼人に銃を突きつけ引き金を引くが、隼人はその腕を掴んで片手で捻りあげると、そのままその敵をすぐ近くにいた別の敵に投げつけた。

 そんな隼人の背後から違う敵が発砲しようとしたが、それを数馬が座席の上から現れて踏み倒していた。

「よそ見厳禁」

 数馬はそう言い捨てると、再び座席を乗り越え、ベータの元へ向かう。

 ベータも含め、こちらにいるのは残り8人程度。全員同じ列の座席の影に隠れ、横並びになって数馬たちに銃撃をしていた。

 そんなところに、数馬は座席を乗り越え飛び出す。数馬のすぐ近くにいるのは2人だった。

 2人の敵はお互いに誤射を恐れ銃をしまい、そのうちの1人がナイフで数馬の顔面を突く。

 しかし、それと同時に数馬はナイフを避けながら相手の顔面を殴り抜けていた。

 すぐに数馬はもう1人の敵へ振り向く。敵はやはりナイフで突いてきていた。

「慣れてんだよ」

 数馬は突いてきた敵の攻撃をかわすと、相手の腕を抱えながら羽交締めにし、敵のサブマシンガンを奪った。

 そのまま敵を盾にしつつ、目の前にいる敵に向けて乱射してから盾にしていた敵を投げ捨てた。

 数馬が敵を投げ捨てた頃、隼人も合流してくる。数馬が倒し損ねた敵の懐に入ると、腕力に物を言わせて敵を持ち上げ、地面に叩きつける。

 隼人の背後に伏せていた敵が隼人に殴りかかるが、咄嗟に気づいた隼人は敵の勢いを利用し、逆に背負い投げを決めていた。

 数馬と隼人の早技に、ベータはあっという間に唯一の部下と2人きりになっていた。

「アルファ、こちらはもう…!」

 座席の影で小さくなりながら通信機へ叫ぶベータだったが、すぐに唯一残っていた狼介の銃弾に倒れると同時に、ベータ自身も佐ノ介の銃弾に撃ち抜かれ、その場に倒れていた。

「狼介、やるじゃねぇか。ちゃんと急所だ」

「当たり前だ。自分だけがスナイパーだと思うな」

 佐ノ介と狼介は軽口を交わしながらベータたちの死体を確認する。そこに数馬と隼人が合流した。

 同時に、3号車側の入り口が開く。竜雄、雅紀、雄三の3人が4人の方へ駆けてきた。

「一般人の避難は終わったぞ!警察と鉄道会社にも連絡しておいた」

「にしても派手にやったなぁ」

 竜雄が報告し、雄三が床に叩き伏せられている敵たちの姿を見て呟く。

「そんなことより、早いとこ1号車を。あと5分で急カーブだ!」

 雅紀が言うと、数馬たちは1号車への入り口へ駆けた。



 その頃、1号車のアルファたちは、乗務員たちをすでに殺害し、新幹線の制御盤の前に来ていた。

「隊長、ベータから救援要請がありましたが」

 部下の1人が言うが、アルファは面倒臭そうに答えた。

「放っておけ」

「しかし」

「我々の任務はこの鉄道網の破壊であり、全員で生き延びることではない。任務を優先しろ」

 アルファは部下に言い放つと、他の部下に制御盤を操作させる。その部下は何かの端末を制御盤に接続し、ハッキングしていた。

「ハッキング完了です」

「よし、速度を限界まで上げろ。脱線さえさせてしまえば2日は新幹線も使えん。魅神さんのご所望通りだ」

 アルファの指示を受け、制御盤を操る部下は速度を限界まで上昇させた。


 数馬たちは加速したせいで一瞬体勢を崩したが、同時に加速の意味を理解して尚のこと気を引き締めた。

「いくぞ」

 佐ノ介がそう言って1号車への扉を開ける。

 同時に隼人と数馬が先頭を切って1号車へ突入した。


 1号車の中にあるのは乗務員用の控室と、トイレ、そして一番奥にあるのは運転用のブースである。

 運転用のブースに至るまでいる敵は3人、運転用のブースにいるのは2人。数馬と隼人はそれを瞬時に把握すると、それぞれ自分が倒すべき相手に一気に近寄り、1撃で相手を殴り倒す。

 残りの1人は慌てて数馬と隼人に銃を向けたが、すぐに入り口から狼介が飛び出してくると、アクロバティックに床を転がって敵に近づき、そのまま蹴り倒して気絶させていた。

 その3人の後ろから佐ノ介と竜雄が銃を構えながら前に進んでいく。アルファは一連の流れを見て、冷静に部下に指示を出した。

「持ち場を離れるな。手はず通り加速を続けろ」

 アルファはそう言うと持っていたアサルトライフルを竜雄に向けて引き金を引く。

「っ!!」

 竜雄は銃撃しようと思った矢先、脇腹を撃ち抜かれて思わずその場に倒れ込んだ。

 それをフォローするように、佐ノ介がアルファの急所を的確に撃ち抜いた。

「ぬっ!」

 アルファが倒れ、制御盤をハッキングしていた敵もサブマシンガンを取って数馬たちに発砲する。

 しかしすぐに竜雄がその敵に発砲し、2発で敵を倒していた。

「ごめんなみんな」

「やんなきゃやられてたさ」

 竜雄が謝ると、すぐに数馬がフォローを入れる。そのまま数馬が竜雄の肩を担ぐと、その横を雅紀が運転ブースへ走り出した。

「ったく派手にやってくれてよ!」

 雅紀が愚痴をこぼしながら運転席の制御盤を操作する。

 しかし、窓の外の景色が流れる速度は早まる一方だった。

「雅紀!」

 数馬が雅紀に声をかける。雅紀はそれに対して声を張った。

「ダメだ!速度の制御が軒並みハッキングされてる!あと3分じゃ解除できないし減速できない!」

「なんかないのか!?お前詳しいんだろ!」

 佐ノ介も必死になって雅紀に声をかける。雅紀は制御盤を見ながら必死に何かを考えた。

「落ち着け…」

 雅紀は自分に言い聞かせ、制御盤をくまなく見る。そして彼の目に入った文字があった。


「連結解除…!」

 

 雅紀はそれに一縷の望みをかけると、制御盤を操作する。

 新幹線の車両は、大きな音を立て始めた。

「何したんだ雅紀!」

「この1号車だけ連結を解除したんだよ!そうすれば全体にブレーキがかかって減速する!誰か!ちゃんと分離できてるか見てきてくれ!」

 雅紀の指示を受けて狼介と隼人が2号車への扉を開く。

 先ほどまでなんの問題もなく繋がれていた道がなくなり、2号車から後ろと彼らの乗っている1号車が離れていくのが見えた。

「ちゃんと分離できてるぞ!」

 狼介の声を聞き、雅紀は一安心しながら制御盤を見る。だがすぐに彼はまた叫んだ。

「ダメだ!早すぎる!このままじゃ後ろの車両が脱線する!」

 雅紀の絶望したような声を聞き、思わず全員絶望するが、すぐに狼介が前を向いて叫んだ。

「俺に任せてくれ!」

 狼介はそう言うと、懐から針金を取り出す。そして彼の視界に映る2号車に向けて彼はその針金を構えた。

(電車は文字通り電力で動いている…だったら俺の『電気を操る能力』でブレーキをかけることだって!)

 狼介はそう思うと、針金の先に青白い光を集め、次の瞬間には放っていた。

 青白い光が電線を伝わり、2号車以降の車両に流れ込んでいく。2号車が遅くなっていき、どんどん彼らの乗っている車両との差が広がっていった。

「いいぞ、狼介!」

 隼人が言う。狼介の方も自信に満ちた表情をしていた。

「どうだ、雅紀!」

「それが…!」

 雅紀は目の前を見ながら言葉を失う。それに気づいた狼介と隼人も、運転ブースから見える正面の景色を見た。

 数秒後には線路が大きく曲がり、橋に差し掛かるであろうことが容易に推測できた。だが問題は彼らの乗っている車両の速度だった。

 彼らは数秒後の自分の運命を悟り、覚悟を決める。

 だが、そんな中、雄三は懐から拳銃を抜き、運転ブースの窓ガラスを撃ち抜いた。

「何してんだ!?」

「皆!奇跡を信じろ!」

 雄三が珍しく叫ぶ。その言葉に全員前を向いた。




「脱線するぞ!!」



 勢いよく走る新幹線の先頭車両が脱線し、宙を舞った。

 川の上を飛び越え、そのままその車両は生い茂る森の中へ進んでいく。


 絶望が漂う車内で、雄三は撃ち抜いた窓ガラスから黒のトランプを外へ放り投げた。


 車内から回る世界が見える。


 先ほどまで川が見えていたのが、次の瞬間には森の緑色が見えた。


 そこで彼らは目を閉じた。



 





 大きな衝撃が車内の彼らを襲う。

 彼らは宙を舞い、壁に叩きつけられる。

 しかし、彼らは全員意識がしっかりしていた。

 同時に、大きな違和感が彼らの中にあった。

「…生きてる…?」

 彼らは背中にやわらかいものがあるのに気がついた。

 先ほどまで正面の窓があったところに横たわる彼らは、それがクッションであることに気づいた。

「…出よう」

 数馬に言われると、全員ゆっくりと立ち上がって横へ歩く。

 そして車両から離れると、背の高い木々に囲まれた森の中に降り立った。

 全員痛めた体の部分を庇いながら、その場を離れていく。


 ふと狼介が車両の方に振り向くと、車両の先に大きな体育用のマットのようなものがあるのが見えた。

「…助かったのはいいが、あれは何だ?」

 狼介が尋ねると、雄三が答えた。

「体育マットだ」

「あんなものがあるわけないだろう。あれは偽物じゃ…」

 狼介が言い続けると、派手な音が背後から聞こえてくる。

 7人が振り向くと、車両を支えていたマットが元からなかったかのように消えていた。

 同時に雄三は小さく頭を抱えた。

「言ってなかったな。俺の魔法」

 雄三はそう言うと、胸ポケットからトランプを取り出し、弄りながら話し始めた。

「俺の能力は人間以外の幻を作り上げること。触れるし、実際の機能も持っているが…偽物だって見抜かれたらその幻は消えちまう。俺と一緒に戦うなら、皆よろしく頼むぜ」

 雄三が言うと、全員頷く。そのまま彼らは車両を見た。

「雄三のそれは幻かもしれないけど、これは現実なんだよな」

 竜雄が呟く。彼らの目に映る車両は、信じられないような光景で森の中に突っ込んでいた。

 遠目に彼らが逃した2両目以降の車両が見える。

「俺たちは、これを当たり前の現実にしちゃいけないんだ」

 数馬が呟く。他の6人も、自分達の任務を改めて思い返し、覚悟を決めて歩き始めた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ