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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
30/65

29.同窓会

2025年 4月26日 金山県 灯島市 シーサイドホテル 13:00


 その名の通り、窓から海の見えるホテルだった。

 そして、その海を背景に、和装に身を包んだ新郎新婦が、大勢の来客が談笑し、飲食する姿を見て穏やかに笑い合っていた。

 そんな新郎新婦の前に、グラスを片手に持った安いスーツの男が立つ。男はニヤリと笑うと、新郎新婦へグラスを掲げた。

「佐ノ介、マリ、改めて、結婚おめでとう」

 新郎新婦、佐ノ介とマリは、お互いに恥ずかしそうに笑うと、答えた。

「ありがとう、数馬」

「数馬の結婚式も楽しみにしてるよ!」

 佐ノ介とマリは屈託なく笑う。それに対して安いスーツの男、数馬は、自嘲気味に笑うと、静かに答えた。

「あればな」

 数馬はそれだけ言うと、背中の向こうにいる陽子を一瞬だけ見てからその場を去っていく。陽子は近くにいた玲子と話すだけで、数馬の視線に気づく余地もなかった。

 数馬は逃げるようにして新郎側の友人たちの席へ戻ってきた。

 豪華な食事が並ぶ円形の机の席に腰掛けると、小さくため息をついてからグラスの酒を一気に飲み干した。

「一気飲みは体に毒だぞ」

 数馬の向かいから、しっかりとスーツを着こなした泰平が嗜めるように言う。数馬はそれに対し、鼻で笑って答えた。

「飲んでる時点でどう飲もうとマイナスだっての」

 数馬はそう言ってグラスを置く。そのまま幸せそうな新郎新婦の姿を見て再びため息を漏らした。

「バカだよな、お前も」

 ふと数馬の隣に座っていた狼介が数馬に呟く。数馬は一瞬眉を顰めたが、何も言い返せずにそのまま狼介の言葉を聞いていた。

「10年も話せないまま、ずっと1人の女を思い続けて。しかもその女が振り向かないってわかってるのにやってる。俺ならさっさと他の女に切り替えるけどな」

 狼介の言葉を聞き流すように、数馬は目の前に並んでいた食事をかっこむ。

 空気を察した和久は話題を切り替えた。

「それより、国防軍に入隊した面々よ。えっと、数馬と、竜雄と、隼人に狼介、で、佐ノ介か。昇進おめでとう」

 和久はそう言ってグラスを掲げる。それに対して、竜雄が気まずそうに和久に声をかけた。

「和久、あのな…数馬だけは昇進できてないんだ」

「へ?」

 素っ頓狂な声を上げながら、和久は竜雄の方を見る。すぐに数馬の方も見ると、数馬は自虐的に笑っていた。

「あー…こりゃ失礼」

「別にいい。先輩殴って退官してないだけ安いもんさ。なぁ隼人」

 数馬はそう言って隼人に同意を求める。

「俺は先輩殴ってないからわからんよ」

「それもそうか」

 隼人の答えに数馬は肩をすくめる。一連の流れを見て、泰平は首を傾げた。

「数馬、なぜ先輩を殴ったんだ?」

「そいつが同期の女の子にセクハラしてたんだよ。でも結局女の子の方が軍をやめちまったから俺が悪い奴扱いさ。ま、その先輩も軍をやめさせられたらしいが」

 数馬の言葉に、泰平は苦い顔をしていた。

「暗くなっちまったな。さ、飲み直そうぜ。そろそろ雅紀と雄三も戻ってくるだろ」

 数馬がそう言って机の真ん中においてあったシャンパンのボトルを手に取る。

「ほれほれ、俺が注ぎますよ、上官の皆様に、院生の方に、政治家のセンセ」

「嫌味な部下だ」

 数馬の言葉に、狼介が言うと、みんな小さく笑う。数馬はそれを聞き流しながら1人1人のグラスにシャンパンを注ぎに歩き出した。

 数馬が最後の竜雄のところに来ると、竜雄が不意に数馬に尋ねた。

「数馬、泰さん、来週のGSSTの同窓会、行くか?」

 竜雄の質問に、数馬は少し驚きながら答えた。

「行けるわけないだろう。主催はあの魅神さんだぜ?俺の居場所なんかあるわけねぇ」

 数馬の言葉に便乗するように、泰平もうなずいた。

「俺もだな。学業も忙しい」

「そうだよな。俺も最初から行く気なかったからさ。2人も同じ考えだったから安心したよ」

 数馬と泰平の言葉に竜雄も小さく笑う。しかし竜雄の表情からすぐに笑顔が消えた。

「洗柿の野郎もいるだろうからな」

 竜雄の言葉に、数馬も泰平も黙り込む。竜雄が普段他人に見せない、自分の内側に抱え込んでいる闇の深さは、2人にとって想像することしかできなかった。




21:00

 佐ノ介とマリの結婚式が終わり、数馬はフラフラとしながら自分のアパートに帰ってきた。

 アパートの自分の部屋の扉を開け、鍵をかけると、その足取りのまま風呂に歩いて行った。

 数分シャワーを浴び、大雑把にドライヤーで髪を乾かすと、布団に転がった。

 大きなため息をついて目を閉じると、安普請の薄い壁越しに、隣の部屋の扉が開いた音が聞こえた。

「佐ノくん、今日の結婚式すっごい楽しかった!あんなふうに白無垢着られて、私ホントに嬉しかったよ!」

 マリの高い声が壁越しでも数馬の耳に入ってくる。数馬の隣の部屋に住んでいるのは佐ノ介とマリの夫婦だった。

「マリが喜んでくれてよかったよ。籍入れてからだいぶ経ってたし、白無垢もあんな安物で申し訳ない」

「そんなことないよぉ!すごい立派だったよ!」

 数馬はマリと佐ノ介のやりとりを聞き流しながらスマホに手を伸ばす。瞬間、数馬が横になっている布団のすぐ隣の壁の向こうからドンと音がした。

「一生の思い出を、ありがとう、佐ノくん!」

「こちらこそ。これからも2人で、一緒に思い出を作っていこう」

 マリの感謝の言葉に、佐ノ介は誠実に応える。次の瞬間から2人が情熱的に唇を寄せ合っている音が数馬の耳にかすかに聞こえてきた。

「…ふふっ、これも思い出作り?」

「忘れられなくしてやるよ」

 マリの甘い喘ぎ声は、数馬の耳には入らなかった。数馬はすでにヘッドホンで耳を覆い、好きな曲で自分の世界に篭り始めた。


 まぶたを閉じる。真っ暗な世界に、ピアノとストリングスとギターの曲だけが流れる。

「なんでこうなっちまったんだかな」

 不意に数馬の口からそんな言葉が溢れる。数馬は右手を見ながら過去を思い返した。

「陽子とはあの日以来話せず、魅神を敵に回したから同窓会にも出られず、腕っ節だけは強いからって軍隊入ったら、周りに置いてかれて1人だけ2年目の訓練…ひでぇザマだなこりゃあ」

 数馬は他人事のように言う。しかし、結局その言葉も自分1人しか聞いていないことを痛感すると、自虐的に鼻で笑った。

「人殺し、か」

 陽子に言われた言葉が、ふと数馬の脳裏によぎる。

「ちょうどいいのかもな。誰にも愛されず、孤独に死ぬ。割に合ってるかもしれん」

 数馬はそう思うと、もう一度まぶたを閉じる。そのまま彼は眠りに落ちていくのだった。


2025年 5月1日 14:00 金山県 灯島市 武田オフィス


 西に傾きつつある光が差す部屋で、暁広は武田の前に立っていた。

「久しぶりだね、魅神くん」

 武田の頭は真っ白だった。暁広が最後に見た時よりも、随分と歳をとったように見える。

「お久しぶりです、武田さん」

「原田くんと結婚したそうだな。おめでとう」

 暁広の挨拶に、武田も穏やかに微笑みながら答える。暁広もそれに頷いた。

 武田は窓の外の西陽を眺め、暁広に背を向ける。武田の背中は、暁広が彼に養われていた時よりもずっと小さく見えた。

「君も立派な青年になったな」

 武田はひと言そう言うと、暁広の方へ向き直る。

「すまない、年寄りのようなことを言ったな。明日の同窓会、楽しみにしているよ」

 武田はそう言って暁広に笑顔を見せる。暁広もそれに対して穏やかに頷いた。



17:00

 武田との話を終えた暁広は、街の外れの山の中にある、3階建ての洋館に戻ってきた。心音の所有する別荘であり、同時に暁広たちのアジトのひとつである。

「おかえり」

 暁広が靴を脱ぎ、通路を進んでいると、その途中にあった窓のある居間のような部屋から、ソファーでくつろいでいた圭輝が挨拶する。圭輝だけでなく、いつもの仲間たちも各々のくつろぎ方をしていた。

「どうだった、武田たちは」

 圭輝はそのままの姿勢で尋ねる。暁広は圭輝たちのいる部屋に歩いてくると、部屋の隅にあるソファーに腰掛けた。

「あぁ、歳を取った」

 暁広は頬杖をつきながらどこかを眺めて言う。星が別のソファーでくつろぎながら尋ねた。

「それでも殺すのか?」

 星の言葉に、暁広は自分の右手を見つめる。彼は右手を握り締めると、力強く答えた。

「あぁ。消さなきゃならない」

「でもよ、トシちゃん。そのジジイ、お前らの保護者やってくれてたんだろ?そんな奴をわざわざ殺す必要あるわけ?老いぼれ1人ほっといても、龍人の力をひっくり返せるとは思えないけどなぁ」

 重い表情で言葉を発する暁広に、流が軽い言葉をかける。だが暁広は首を横に振った。

「あいつはただの老人じゃない。俺たちの故郷を、湘堂を地獄に変えた人間の1人だ。それに、あいつの影響力は侮れない。消せるうちに消さなきゃ、何をするかわからない」

「それと同時に、これはパフォーマンスでもある」

 暁広の言葉に、心音が付け加える。心音は一斉に視線を集めると、考えを語り始めた。

「正義は必ず勝ち、悪は滅びるというところを、GSSTのメンバーたちに見せつける。そうして彼らを味方につけるのよ」

 心音は堂々と言い切る。その言葉を聞いて、暁広は握りしめた拳を自分の胸に当てながら前を向いた。

「何が正しいのか、皆ならきっとわかってくれる」

 

 暁広の言葉に皆が頷いていると、洋館のインターホンが鳴る。すぐそこの厨房にいた茜がモニターを見ると、竜、正、桃の3人が周囲を見回して待機していた。

「トッシー、竜たち」

「入れてやってくれ」

 暁広の指示を受けると、茜はモニターを操作して洋館の入り口を開ける。一連のやりとりを見ると、星たち元々GSSTではない4人が立ち上がった。

「俺たちは手筈通り動く。『同窓会』、楽しんでこいよ」

 星はそう言って他の3人を引き連れると、その場を立ち去る。そんな彼らと入れ違いに、竜、正、桃の3人が暁広たちのいる居間にやってきた。

「よく来た」

 暁広は目の前に立つ3人を見て、声をかける。

「暁広、背が伸びたか?」

 竜が暁広の姿を見ながら尋ねる。暁広は少し考えながら答えた。

「龍人になった影響でそうなったかもしれん。筋肉量は明らかに増えているから、おそらく身長にも影響は出ているだろう」

「心音から聞かされていたことは事実だったのね。本当に龍人になれるなんて」

 暁広の言葉を聞きながら、桃は呟く。それに応えるように、暁広は懐から3人分の小さな箱を取り出した。

「お前たちにも渡しておく。それぞれの龍石だ。蛍光灯などの光でも龍人になれる。必要な時に使え」

 暁広にそう言われながら、3人は手渡された箱を受け取る。正は周囲を見回しながら、箱を見た。

「もうみんなは龍人になってるのか?」

「そうだ」

 暁広が自信を持って答える。それに対して正は何度も頷いていた。

「さて、本題に入りましょう」

 話題を切り替えるように、心音が割って入る。全員心音の方に向き直ると、暁広も説明のために心音の隣に立った。

「同窓会の話をね」





翌日 5月2日 13:00

 武田のビルの1階にある食堂に、若者たちが集まる。彼らはお互いに成長した姿を見て、感極まった様子で笑い合っていた。お互いの身の上話に花を咲かせる彼らの姿を、暁広は茜と遠目から見守っていた。

「茜、出席者はどうなってる?」

「えっと…男の方でいないのは、重村、安藤、川倉、河田、だけだね」

「あいつらはそうだろうな。女は?」

「遠藤、星野、前田、吉田の4人だけだね」

「なるほどな。なら始めるか」

 茜からの報告を受けると、暁広は歩き出す。食堂に並ぶテーブルたちの前にある舞台に登ると、スタンドマイクの前に立って声を発した。

「あー、あー」

 暁広がマイクテストを行うと、その場にいた全員が暁広の方へ振り向く。暁広は人のよさそうな爽やかな笑顔を作ると、ニコリと笑ってから話し始めた。

「みんな!ご来席ありがとう!久しぶりに、一緒に戦ってきた仲間達に会えて本当に嬉しいよ!」

 暁広が言うと、みんなも賛同するようにグラスを掲げる。暁広はその反応を見て、誰1人として暁広に対して警戒心を抱いていないと察した。同時に、浩助、圭輝に視線を送り、彼らに合図を送った。

「今日ここに集まることができたのは、改めてすごく幸運だったと思う。湘堂の街を生き残り、ここに逃げてからも、ヤタガラス、火野、船広、クライエント…たくさんの強敵たちを倒してきた」

 暁広の言葉に、駿や広志といった男たちが頷く。香織や美咲などの女たちは、嫌な記憶を消したそうに俯いていた。

「それもこれも、みんなで協力し合えたからだ。みんなの力があったから、俺たちはもう一度ここに集うことができた!」

 暁広の言葉に、茜が率先して拍手をすると、会場の他の客たちもつられるように拍手をする。暁広は大音量の拍手を、片手を上げて制した。

「改めて、この場に集まれたことを祝おう!乾杯!」

 暁広がグラスを天高く掲げて声を張る。それに応えるように、会場の人々からも乾杯の声が聞こえてきた。

「いい挨拶だったぜ、トッシー!」

「よっ、いい男!」

 遼や蒼が茶々を入れる。暁広はそれに軽く手を振りながら壇上を降りる。そのまま同窓会は再び談笑の場に戻っていった。


 暁広が壇上から降り、みんながそれぞれ談笑し始めると、茜は女性グループの輪に入る。いるのは、美咲、蒼、香織、さえ、良子、明美、めいといった、茜がそれなりに話しやすいメンバーだけだった。

「ヤッホー、みんな久しぶり!」

 茜が挨拶すると、女性陣も明るく茜に挨拶を返す。

「お、茜じゃん」

「トッシーと結婚したんだって?おめでとう」

「いい男ゲットしちゃってこの」

 美咲が茜を軽く小突き、蒼もそれに便乗して茜をからかう。茜は照れ臭そうに笑った。

「ありがとう。でも、みんなもすごいんじゃないの?美咲は一流アスリートで、香織は女優さんでしょ?」

「ちょっと、上澄みだけ見て判断するのはやめてよぉ」

 横から良子が話に入ってくる。共感するように、めいも俯いていた。

「え?良子だって作家やってるんでしょ?十分すごいじゃん」

「…売れてないし」

 良子は卑屈そうに言う。茜は良子を憐れむような表情をし、その影でニヤリと笑っていた。

「売れる文章を書くのって楽じゃないのよね。新聞記者っていうのも…思ってた職業とだいぶ違ってた」

 明美も良子に共感するように呟く。明美の暗い表情も、茜は見逃さなかった。

「…とまぁ、あんまりみんな上手くいってないんだよね。言ってる私や、めいもフリーターだし」

 蒼が茜に状況を説明する。茜も、苦笑いする蒼の表情を見てうなずいていた。

「でも、まぁ、今は辛いことも忘れよう!飲もう飲もう!」

 茜が空気を変えるために酒を勧める。茜に押されるがままに、女性陣はグラスに注がれた酒を飲み始めた。

 茜はそのまま暁広の方に視線を送る。

 茜がわざわざ確認するまでもなく、暁広は他の男たちと昔と変わらない様子で談笑していた。

 暁広が相手にしているのは、駿、遼、武、広志、真次といった、やはり暁広を敵視していない人間たちだった。

「お、暁広。さっきのはいいスピーチだったよ」

「ありがとう、駿」

「武田さん達は?いつ来るんだ?」

「今仕事の残りを上で片付けているそうだ。しばらくしたら来ると思うよ」

 真次の質問に答えると、暁広はにこやかに笑い、みんなの現状を確認し始めた。

「それよりも、みんなすごいじゃないか。駿と広志はプロ野球選手、遼はサッカー選手で、武はパイロット、真次はホテルのオーナー。みんなの憧れの職業ばかりじゃないか」

 暁広が褒めると、みんな少し気まずそうに頬を指で掻く。

「まぁ、俺も広志も、練習すらまともにしない弱小チームの二軍だけどな」

 駿が呟く。広志も静かにうなずいていた。

「俺もサッカー選手っつっても、どこのチームにも雇ってもらえてないしな。香織に養われてるようなザマだ」

「俺のホテルも、さえがコンサートやるから持ってるようなもんだな。結構苦しいよな、生活」

 遼と真次も頭を抱える。

「わかるだろう、暁広。所詮、みんなこんなものだ」

 武が無表情で言う。暁広はそれに対して、苦い表情で頷いていた。

「トッシーはどうなんだよ?結構羽振り良さそうじゃねぇか」

「そうだよなぁ、肌もツヤツヤしちゃってよ。いいもの食ってんじゃねぇのか?」

 広志と遼が暁広をいじるようにして小突く。暁広はそれに対し、ニヤニヤとして答えた。

「まぁ、友達の企業に勤めさせてもらってるからな。食事は…料理が得意な奥さんをもらったおかげだな」

「はっ、のろけやがって」

 暁広がおどけて言うと、男たちは太い声で笑い声を上げる。平和な空気が、同窓会の会場全体を包んでいた。

 

 宴もたけなわになった頃、暁広はトイレと称して会場を後にした。そして、実際にトイレの個室に入ると、懐からスマホを取り出した。

「俺だ。始めるぞ」

 暁広はひと言スマホに向けてそう言う。そうして通話を切ると、持っていたカバンの中にしまっていたショットガンを取り出し、ストラップを斜めがけにした。

 暁広が個室から出ると同時に、トイレの電気が止まる。暁広の指示で動いている竜と正が停電させたことなど思いもよらない会場の人々は、混乱して不安の声をあげている。それは、廊下から会場へ歩いている暁広の耳にもしっかりと聞こえてきた。


「動くな!」

 会場に入るなり、暁広は叫ぶ。会場にいた全員が、薄暗い部屋の中で暁広の声がする方へ振り向いた。

 暁広は頭上に向けてショットガンを発砲する。威嚇射撃を兼ねたものだったが、会場を照らすシャンデリアを撃ち落とすことになった。

「危ない!」

 すぐさまシャンデリアの真下にいた蒼を助けようと、駿が蒼を突き飛ばす。蒼は無事だったが、駿はシャンデリアに足を挟まれ、身動きが取れなくなった。

「全員中央に集まれ!さぁ早く!」

「暁広、何の真似だ!?」

「静かにしろ!」

 遼の質問に対し、暁広は再び頭上に発砲してから恐喝する。

 そんな暁広の後ろから明美が飛びかかってきた。

 明美の腕力は、常人と比べても相当のものだったが、暁広はそれで首を絞められていても、冷静だった。

「トッシー!やめてこんなこと!」

 明美は呼びかける。しかし、暁広はそれに答えることなく、明美の腕を振り解き、その場に背中から叩きつけた。

「暁広!やめろ!」

 正面から真次がそう言って暁広に飛びかかってくる。真次は暁広よりも大柄で、暁広を取り押さえられるかと思われたが、すぐに暁広は真次のみぞおちに強力な一撃を叩きこみ、そのまま真次に膝をつかせた。

「急いで警察呼ばなきゃ…!」

 状況を見ていた美咲がそう言って腰のスマホに手を伸ばす。

 しかし、その背中に拳銃の銃口が突きつけられた。

「動かないで!」

 茜だった。茜はすぐに美咲からスマホを奪い取ると、全員に見えるように美咲のこめかみに拳銃を突きつける。

「死人は出したくないだろう、さぁ、全員指示に従え」

 暁広が改めて言うと、その場にいた全員が状況を察し、両手をあげて中央の1箇所に集まっていく。さらに、暁広の背後から圭輝と浩助が武装した兵士たちを引き連れて現れ、同窓会の参加者たちを取り囲んだ。

「…1人足りないな」

 暁広は両手を頭の後ろで組み、しゃがみ込んでいる元級友たちを見下ろして呟く。

「いたわよ」

 暁広の背後から心音の声がする。心音はさえの服の襟首を掴んで同窓会の参加者たちのところまで押すと、そのままさえを床に転がした。

「トッシー、どうしてこんなことしやがる?茜も、心音も!そっちの2人も!何してんだよ!?」

 状況を理解しきれない広志が声を荒げる。しかし、暁広はそれに対して銃口を突きつけることで黙らせた。

「お前たちに、協力してもらいたいんだ」

 暁広がはっきりと言う。銃を向けられている級友たちは、固唾を飲んで暁広の言葉に耳を傾けた。

「俺たちは、新しい世界を作るために戦っている。全員が不老不死になることによる、平和で平等な世界だ。だが、それを作るために排除しなければならない悪人は大勢いる。そいつらを倒すため、協力してほしい」

 暁広の言葉は、理解に苦しむものだった。

 しかし、その言葉を短く理解した武は、ゆっくりと立ち上がった。

「つまり俺たちに人殺しをしろと」

「正確には、悪人をな」

 武は暁広の言葉に頷くと、低い声で答えた。

「断る」

 武の返事を聞いた暁広は、ニヤリと笑う。

 次の瞬間、目にも止まらぬ速さのパンチが武の頬を打ち抜き、そのまま武は気を失っていた。

「まだ逆らうやつはいるか!」

 暁広は声を張る。すぐに広志と遼がそれに答えた。

「上等だ!オメェのやってることは船広たちと変わらねぇ!ぶっ飛ばしてやる!」

「もう人殺しなんかしなくたって生きられる!お断りだぜ!」

「果たして断っていいのかしら?」

 2人の言葉に答えたのは心音だった。2人が恐る恐る目線を心音の方にやると、心音は美咲と香織の後頭部に銃口を突きつけていた。

「…!待て、香織に手を出すな!」

「へぇ?」

 心音は遼の言葉を聞き、拳銃(グロック17)のスライドを引き、銃弾を装填する。そのまま引き金に指をかけた。

「香織はあなたにとって大切な奥さん、美咲は広志にとって大切な人。でも私たちには何の価値もない。死んでもらいましょ」

「待ってくれ!」

 広志が叫ぶ。心音はニヤリと笑うと、広志と遼の方に向き直る。2人とも絶望したような表情で心音を見ていた。

「…協力する。だから頼む、美咲を、殺さないでくれ」

 広志が地面に額を擦り付けるようにして心音に頼みこむ。心音は満足そうに笑うと、もう一度香織の後頭部に銃を突きつけた。

「ほら、香織が死ぬわよ?」

「…この通りだ」

 遼も不服ではあるが、広志と同じように土下座する。心音はやはり嬉しそうに声をあげて笑っていた。

「無様ね。いい気味。この2人を縛って連れて行きなさい」

 心音は部下たちに指示すると、香織と美咲を縛らせる。

 一連の様子を見て、暁広は尋ねた。

「みんな、協力してくれるな」

 暁広の問いかけに、めいが立ち上がった。

「トッシー、私、協力するよ」

「ほう」

「私、ずっと世間に嫌われてたからさ。こんな世の中、変えたい」

「歓迎する。他は!」

 暁広はあっさりとめいを受け入れる。その様子を見て、蒼も立ち上がった。

「あのー…私も…」

「理由は」

「え…いや…その…」

「命乞いか?」

「いやいやいや、そんなんじゃなくて!やっぱ、ほら、平和な世界だった方が、ね!楽しいじゃん!?」

「理由が軽い。こいつも縛って監禁しろ。ついでにそこのシャンデリアの下敷きも、ここで気絶しているのも連れて行け」

「なんでよぉっ!?」

 暁広の冷徹な指示に従い、武装した兵士たちが蒼を縛り上げ、連れていく。同時に武と駿も、他の兵士たちに連れて行かれるのだった。

「さて、処遇が決まってないのはお前らだな」

 暁広は自分の足元でうずくまる明美と真次を見下ろし、そのままさえと良子にも目線をやった。

「トッシー、明美は私にちょうだい。私の能力で洗脳するわ」

「わかった。なら残りの3人はテストに使わせてもらおう」

 心音とやりとりを交わすと、暁広は明美を連れて行かせる。そして右手を広げてその手の平に青白い光を集めると、金色の歯車を発現させた。

「何をする気…」

 暁広がゆっくりと怯えるさえの前に歩く。さえは本能的に暁広から逃げるように下がっていくが、すぐに暁広に追いつかれると、首を掴まれ、床に押し倒された。

「いや…っ…いやあっ…!!」

 さえが悲痛な声を上げる。しかしそれも虚しく、暁広は発現させた歯車をさえの胸元に押し付ける。

 必死にもがき、抵抗するさえだったが、それを無視して歯車はさえの体に溶け込んでいく。さえはそのうち抵抗できなくなると、そのまま気絶した。

「…嘘、何…今の…?」

 良子は目の前の事件に言葉を失う。だが、次の瞬間には彼女も暁広に首を掴まれ、抵抗する間も無く歯車を埋め込まれた。

 暁広は流れそのまま真次にも歯車を埋め込むと、歯車を埋め込んだ3人も部下に連れて行かせる。その場に残ったのは、暁広、心音、茜、圭輝、浩助と、武装した彼らの部下だけだった。

「竜、中継、繋がってるな」

 暁広が耳元の通信機を抑えながら尋ねる。通信機の向こうから、竜の声がはっきりと聞こえてきた。

「あぁ、録画もできてる」

「よし、なら行くぞ。お前たちは待機だ」

 竜の返事を聞いて、暁広は号令をかける。暁広の後ろに連なって、浩助、圭輝、茜、心音と歩き出していた。


 


 同じ頃、4階の物置にいた幸長は下の階から銃声が聞こえたため、状況確認のために内線を手に取っていた。

「…くそ、落ちてる。計画的なやり口だな…」

 幸長はすぐに危険な状況を察知すると、上の階にいる武田へ状況を知らせようと、部屋を飛び出る。

 同時に、再び銃声が聞こえてきた。今度は翁長の悲鳴も混じっていた。

「なんてことだ…」

「幸長」

 階段からボロボロになった佐藤が現れる。肩口と脇腹を撃ち抜かれ、すでに身体中が赤くなっていた。

「佐藤!大丈夫か!」

「…逃げ道は、全部塞がれてる…望月も…翁長も…みんな殺された」

「敵は誰なんだ!?」

「魅神…暁広…」

「何だと…」

 佐藤は血に汚れた拳銃を、幸長に手渡す。

「止めなきゃ…」

「佐藤…」

「私たち…間違ってたんだ…わかってたのに…烏海さんたちを止められなかった…その報い…」

 佐藤はそう言って静かに笑う。息も絶え絶えになる佐藤を、幸長はどうにか止血していた。

「幸長…あの子たちを…止めてあげて…」

 佐藤はそう言って幸長の腕の中で目を閉じ、力尽きた。

 幸長は佐藤をそこに寝かせ、自分の羽織っていた上着で佐藤の顔を隠すと、階段から聞こえてくる足音に、自分から向かっていった。

 右手に佐藤から手渡された拳銃を握りしめると、幸長は踊り場に現れた敵たちに銃を向け、引き金を引いた。

 銃弾は、先頭を歩く暁広の足元に当たる。気がついた暁広は、持っていたショットガンを幸長に向けた。

「動くな。それ以上進めば君たちを撃ち殺す」

 幸長は毅然とした態度で言う。鋭い目は、それだけ本気ということを物語っていた。

「魅神君。なぜだ。なぜこんなことをする」

「全ては正義のため。あなたのような悪党を消し、もう2度と湘堂の悪夢を繰り返さないためです」

 幸長は暁広と真正面から向き合う。

 次の瞬間、幸長は拳銃の引き金をひき、暁広の眉間に銃弾を叩き込んだ。しかし暁広は少し怯んだだけで、血などは一切出さなかった。

「何だと…」

 動揺する幸長をよそに、暁広はショットガンの引き金をひく。12ゲージの散弾が、幸長の体を貫き、吹き飛ばした。

 幸長はその場に大の字になって倒れる。遠のく意識の中、幸長はどうにか拳銃に手を伸ばすが、その手を暁広が踏みつけて押さえると、暁広は幸長にショットガンを突きつけた。

「悪に味方をするものも、また悪なんです。幸長さん、武田に味方したあなたは、残念ながら悪党だ。悪党は、死ななきゃならない」

「待て、魅神君…」

 幸長の言葉を待たず、暁広は引き金を引いた。




 武田は、最上階のオフィスで1人、窓の外を眺めていた。

 銃声が聞こえたことなど忘れてしまいそうになるほど、街はのどかで、空は晴れ渡っていた。

「…きたか」

 オフィスの扉が開く音がすると、武田はゆっくりと振り向く。

 覚悟を決めた表情の暁広と、その後ろに彼が信頼を置く仲間たちが控えていた。

 先頭の暁広がゆっくりとショットガンを武田に向ける。武田は一度目を閉じてから暁広の顔を真っ直ぐ見据えた。

「いつかこうなるような気がしていたよ。初めて会った時から、君たちの目は、強い意志を秘めていた」

「動かないでください、武田さん」

 左右にゆっくりと歩きながら語る武田に対し、心音が拳銃を向けて脅す。武田は足を止めると、改めて向き直った。

「俺たちは新しい世界を作る。お前達が作り上げてきた間違った世界を正し、平等で平和な世界を作り上げる。そのために、お前を殺さなければならない」

「なるほど。確かに私を生かせば、君と対立するだろうからな」

「同時に、これは復讐でもある。お前のせいで俺たちの故郷は滅びた。その罪は償わなきゃならない」

 暁広の言葉に、武田は目を細める。

 武田はしばらく考えてから暁広の言葉に頷くと、両手を広げた。

「わかった。撃て」

 武田は淡々と暁広に言い放つ。暁広は思わず銃を握る右手の力を強めていた。

「私が死ぬことでこの国が良くなるなら、喜んで撃たれよう。だがひとつだけ、親切心で言わせてもらうなら、私を撃った先は血に塗れているぞ。多くの人間を殺し、その全ての思いを背負いながら、それでも本当に君の理想の世界を作りたいならば、私を撃て」

 武田の気迫は並々ならぬものだった。

 追い詰めているはずの暁広たちが、逆に一歩退いてしまうほど、武田の目は鋭く、淡々と並べる言葉の全てが重かった。

 思わず息を飲んで後ろに控えていた仲間たちが暁広に目線をやる。暁広もその視線を受けながら、武田と睨みあっていた。


 沈黙が流れる。


 暁広はショットガンを投げ捨てた。


 武田は表情を変えないままその光景を見つめる。


「トッシー…!?」


 驚きながら暁広の仲間たちもその光景を見守る。

 瞬間、暁広は右手を広げ、青白い光を右手に集めると、その光がショットガンを形作る。

「…なるほど。すでに君は、魔法の力を手にしていたか」

 武田は諦めたように呟く。暁広は青白いショットガンを武田に向けた。

「俺からの最後の情けだ」

 暁広はそれだけ冷徹に言い放つと、引き金を引いた。

 青白い散弾が、武田の体に溶け込む。

 血飛沫も、傷もない。しかし、その銃弾によって武田の体内は急激に老化し、武田は胸を押さえながらしゃがみ込んだ。

「…その力で…理想の世界を作るんだな…」

 武田は苦しみながらも呟く。そして頭上から突きつけられる暁広の青白いショットガンを見上げ、ニヤリと笑った。

「地獄から君の作る世界を楽しみにしているよ」

 武田の最期の言葉はそれだった。

 暁広はもう一度引き金を引く。

 痛みも血もない、しかし確かに武田の死が、そこにあった。

「じゃあな、悪党」

 暁広はそれだけ言って、武田の遺体に背を向け、歩き出す。暁広の仲間たちも、武田が穏やかな表情で眠っているのにも見向きせず、暁広の背中を追って歩き出した。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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