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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
29/65

28.龍の眠る場所

2025年 1月 暁広たちが龍人を知ってから11年後 金山県某所

 

 冬の冷たい空気が街を包む中、ここの部屋だけは暖かった。

 1人の若い女と、中年の男がジャージを見にまとい、ストレッチに精を出していた。

「はーい…もっと体倒して…」

 若い女は男の背中に体を密着させながら、男の耳元にささやく。女の柔らかい胸の感触を背中で感じながら、男は体を前に倒していく。

「おぅ…!」

 男の情けない声を聞き流し、女は再び男の耳元で囁いた。

「そう…そのままじっくり…もっと…」

 男は苦しみながら大きく開いた自分の足の間に上体を倒していく。息も絶え絶えになりながら、女の方に顔を向けた。

「ねぇ、今日のご褒美はないのかい?」

「ダーメ、もっとしっかりやってから」

 女はいたずらっぽくそう笑って囁く。男はそれに従って体を前に倒す。

「あ、でも、私の欲しいものをくれたら…あげちゃうかも…」

 女は耳元で囁く。

「何がいいんだい?」

「ほら…あれ」

「あぁ…灯島師団の情報か」

「声が大きいですよ」

 男の言葉を隠すように女は胸を男の体に密着させ、さらに体を倒す。男は思わず喘ぎ声を漏らした。

「ほら…もっと…そしたらいつもみたいに…気持ち良くしてあげますからね…」

 女の甘いささやきに、男は鼻息を荒くする。男は興奮した様子で話し始めた。

「…防衛大臣の直轄部隊だが、その機能は他の通常の師団と変わりはない…!」

「それからぁ…?」

「…兵力は従来の師団と大差ない。主な任務は首都圏の防衛のほか、大臣の指揮で柔軟に動き回るそうだ...実態はなんでも屋だな…」

「へぇー…」

 女は満足そうにニヤリと笑う。男から体を離すと、ジャージの上着を脱ぎ、Tシャツ1枚の姿になった。男も上体を起こし、足を閉じてから女の方を向いた。

「ちょっと暑くなっちゃいましたね…」

 女はそう言って男に笑いかける。男は鼻息を荒くしながら女の両肩に手を伸ばした。

「…もう我慢できないんですか?」

 女はニヤリと笑いながら男に尋ねる。男は何度も頷きながら女を押し倒した。

「知っているだろう?私は汗フェチなんだ」

 男はそう言って女の首元に自分の顔を埋める。

 女が甘い声で答えたその瞬間だった。


「これはこれは」

 男も女も知らない、威圧的な声が部屋に響く。

 次の瞬間には部屋の入り口が乱雑に開かれ、スーツ姿の男女が入り口に1列に並んでいく。そして最後に1人だけ、同じく黒いスーツで身を固めた、顔に古傷を負った白髪混じりの男、波多野俊平がタバコを吹かしながら現れた。

「…波多野…!貴様何をしている!」

 押し倒されていた女もすぐにその場を離れ、何事もなかったように平然とし、男は波多野に怒鳴る。波多野は携帯灰皿にタバコの灰と吸い殻を落とすと、男を蔑んだような目で見下ろした。

「仕事ですよ」

「なんだと?今この時間は私のプライベートだぞ!お前に侵害される謂れはない!」

 男の怒鳴り声に、一切怯むことなく波多野はポケットから何かの録音機を取り出し、再生する。録音機から聞こえたのは、先ほどの男と女の会話だった。

「…!波多野!プライバシーの侵害だぞ!訴えてやる!」

「よく言いますなぁ。防衛省職員であるあなたが盗聴ひとつ警戒しないとは」

 動揺している男に対して、波多野は淡々と言葉を発する。

「この会話で出てきているのは国家機密であります。よりによってあなたが知らないわけじゃないでしょう」

「…!」

「国家機密を外部に流出させた。しかも、よりによって緊張が高まっている支鮮華のスパイにね」

 波多野の言葉に、男は女を見る。女は恨めしそうな顔で波多野を睨みつけていた。

「あなたは自分1人の快楽のために、この国の1億2000万の命を危険に陥れた。スパイ防止法違反で拘束します」

「ま、待て!知らなかったんだ!」

「ご冗談を。かれこれ10年以上やっていたんでしょう?奥様を裏切って、若い女の体欲しさに国家機密を裏切った。誰もあなたの言い分などもう聞きはしませんよ」

 波多野は言いたいだけ言うと顎で自分の仲間達に指示を出す。スーツの彼らは男の腕を後ろに回し、手錠をかけて連れ出そうとする。男は波多野に向けて叫んだ。

「貴様も俺と同類だ!波多野!この裏切り者め!」

「私が裏切るのは貴様だけだ、この売国奴め。外患誘致罪で早く死刑になるがいい、絞首台が貴様を呼んでるぞ」

「地獄に堕ちろ!」

 男は捨て台詞を吐きながら連行されていく。波多野はそれを背中で見送ると、鼻で笑った。

「言われずとも」

 波多野の独り言を気にせず、他のスーツの人間たちは女の方にも手錠をかける。女は波多野を鬼のような形相で睨みながら言葉を吐いた。

「この差別主義者め…!私が在日支鮮華人だから差別するんだろうが!」

 女の言葉に波多野は眉ひとつ動かさず答える。

「在日だからではない、反日だからだ。支鮮華人ではなく犯罪人だから捕まる。これは法に基づいた区別であり、差別ではない。文句があるなら悪事をしなければいい」

 波多野の言葉に、女は波多野へ唾を吐きかける。波多野はそれをわずかに顔を傾けて避け、そのまま女は連行されていった。



 誰もいなくなった部屋の中で、波多野は大きくため息を吐いた。

「全く…あんな輩が国の中枢にいたことが腹立たしい」

 波多野は苛立ちながら呟く。そのまま彼は振り向いて立ち去ろうとしたその瞬間、見知った顔2つと知らない顔ひとつが目の前に並んでいるのが見えた。

「荒浜に堀口か」

「どもー」

 波多野の言葉に、荒浜と呼ばれた波多野と年齢があまり変わらない男が軽く挨拶する。波多野は荒浜の挨拶に小さく笑った。

「相変わらず首相とは思えない軽さだな」

「それが支持率の秘訣よ」

 波多野の言葉に荒浜は軽妙に答える。波多野はそれに肩をすくめた。

 すぐに荒浜の隣にいた堀口が波多野に言葉を投げかける。

「お前も人のことは言えないだろう、波多野。次期防衛大臣が、わざわざ最前線でスパイを捕まえることもあるまい」

「悪党の面は見ておきたいからな」

 波多野は堀口の隣に立つ、見慣れない大男に目線をやる。

「ところで堀口、そっちのデカいのは用心棒か?」

 波多野の言葉に、堀口はあぁと答える。

「紹介してなかったか。うちのセガレの和久だ」

「あぁ。会うのは初めてだなぁ」

 波多野が納得したように和久の前に立つと、和久は丁寧に頭を下げる。

「初めまして、堀口和久です。よろしくお願いします」

「よろしく。どうしてここに?」

 波多野が尋ねると、和久の父が答えた。

「いや、波多野、お前の秘書役にしたいと思ってな。頭は切れるしまぁまぁ動けるやつだ。使ってやってほしい」

 和久の父がそう言うと、波多野は肩をすくめて笑った。

「わかった。ちょうど人手が欲しかったところだ。よろしくな、和久」

 波多野が言うと、和久は頭を下げる。そのまま波多野は和久に指示を出す。

「和久、一旦席を外しておいてくれるか。3人で話がしたい」

「わかりました」

 波多野の指示を受けると、和久は足早にその場を去る。


 和久がいなくなると、波多野と荒浜、そして堀口の3人はぼんやりと部屋を眺めた。

「…この数年、本当に目まぐるしかったな」

 荒浜が呟く。堀口はそれに同意するように頷き、言葉を繋いだ。

「湘堂の事件が2013年、12年前か。あの時は死ぬかと思ったぞ、波多野」

 堀口は波多野を見る。波多野はそれを黙って受け止め、ゆっくりと言葉を発した。

「あの事件のおかげで、今の安保体制ができたんだ。あの事件の主犯である支鮮華人をマスコミが徹底的に叩いたことで、やっと国民の意識が変わった。安全保障を強化しなければ、明日は我が身だとな」

「そこからは早かったな。お前の保守党と、自民党の俺たちが合流し、自守党ができ、政権交代。スパイ防止法などの制定、日本諜報機関の復活に、憲法改正で自衛隊が国防軍に。この10年でよくやったよ」

 荒浜がそう言ってため息を吐く。

 波多野はいまだにどこか遠くを見つめているのに、堀口は気づいた。

「…湘堂の事件、まだ気に病んでるのか」

 堀口の問いかけに、波多野は静かに答えた。

「俺は止めようと思えば止められた。だがそれを止めず、犯人をでっち上げ、マスコミが襲撃されたのを利用してマスコミすらも操り、国民を操った。何人もの屍の上に、俺たちは立っている」

 波多野はそう言うと、両手を合わせた。

「俺たちは、どんな手を使ってでもその屍に報いなければならんのだ。平和で、強い国を、この手で守り、作らねばならない」

 波多野の思いに、他の2人も重い表情で頷く。

 3人は死んでいった者たちに想いを馳せ、目を閉じた。

「俺たちはこの国のために生きて、死ぬ」

 3人はたったひとつの掟を、胸のうちに誓っていた。



2025年 4月25日 北回道 龍観たつみ


 魅神暁広は、コートを着てもまだほのかに肌寒いこの街にいた。人の目も気にせず、真昼のこの町を真っ直ぐ歩いていた。

 街の人々の目線を受け流しながら、暁広は普段通り出入りしているアパートの一室へ入った。

「おかえり、トッシー」

 部屋の中からそう言ったのは茜だった。壁に寄りかかる彼女の左手の薬指には、指輪が輝いている。

「今日は早かったね」

 靴紐を解く暁広の背中に、茜はいつも通り雑談を振る。暁広は靴を脱ぎ終えると、振り向いてニッと口角を上げた。

「あぁ、準備が整った。今夜だ」

 茜は暁広のその声と表情に、穏やかな笑顔で頷いた。

「そう。やっと見つけたのね」

「あぁ。やはりここだった。心音の手に入れた機密資料は間違っていなかった」

 暁広がコートを脱ぎ、茜がそれを受け取る。暁広は興奮冷めやらぬ様子で部屋の中央においてある机のすぐそばにおいてある椅子に腰掛けた。そのまま机の下においてあった何かの図面を広げ、ニヤリと笑うと図面を眺めつつ、背中の茜に指示を出した。

「茜、みんなをここに呼んでくれ」



30分後

 暁広の部屋に、続々と人が集まってくる。浩助、圭輝、星、流、光樹、興太、心音。ここに茜と暁広を加えた9人が、暁広の部屋に集まっていた。

「さて、始めよう」

「おい、トッシー、昌翔がいないのに始めていいのか?」

 暁広の始めの合図に、圭輝が疑問を投げかける。それに対して暁広は自信に満ちた表情で頷いた。

「大丈夫だ。昌翔は今日は企業側の用事らしい」

「昌翔の困窮支援団体はうちの重要な資金源だからな。いないのも納得だな」

 暁広の言葉に、星も納得する。同時に、流が心音に話しかけた。

「なぁ、あんたもこっちにいて大丈夫なのかい?政治家の秘書やってんだろ?」

「忘れたかしら。あなたたちを養って、このアパートや他の資金を提供してるのは私の叔父。私は叔父の秘書であり、ここにおいては叔父の代理なの」

「なるほど、わからねぇ」

 流は心音の言葉に対してあっけらかんと言い切る。心音は少し頭を抱えたが、すぐにスーツの襟を正し、ネクタイを締め直しながら暁広に話を振った。

「トッシー、始めて」

 心音に言われると、暁広は改めて図面を机の上に広げる。全員机を囲むように立つと、その図面を見下ろす。どこかの施設の間取り図のようだった。

「これまさか…」

 浩助が驚いたように暁広の横顔を見る。暁広はニヤリと笑って浩助の言葉を先取りした。

「そうだ。自衛隊の龍観たつみ基地。公式には存在しないと言われている場所で、龍人に関する研究を何十年もおこなっているとされる場所だ」

 暁広はそう言い切ると、すぐに自分の言い間違いに気づいた。

「おっと、今は自衛隊じゃなく、国防軍か」

「本当に実在したんだな…大学在学中から何年もここを探していた甲斐があったな…!」

 興太が感極まったように呟く。

「だが、それも襲って全てを奪うわけだ」

 興太の隣で光樹が冷静に言い切る。暁広はニヤリとして首を横に振った。

「違う。これは解放だ。政府が自分達のためだけに隠しているものを全員で共有する、第一歩だ。俺たちの理想とする平等な世界は、ここに眠る龍石を手に入れることから始まるんだ」

 暁広の言葉に、全員の空気が鋭くなる。そのまま全員暁広に賛同するように頷いた。

「それで、作戦は?」

 浩助が尋ねる。暁広は待っていたと言いたげに話し始めた。

「龍観基地はこの街を少し外れた山の地下に広がっている。出入り口はふたつ。能力を、魔法を徹底的に活用して敵地に潜り込む」

「そうこなくっちゃな」

 暁広の言葉に、圭輝が言う。暁広は続けた。

「山の地下基地であるから、カメラを地上に出して地上の様子を探っている。星、お前の能力で強風を吹かせ、カメラを麻痺させろ」

「了解」

「レーダーが麻痺している間に別働隊が潜入する。浩助、お前の能力で入口を切断し、突入する。そして司令室に入ってからは圭輝、お前の能力で指揮系統を混乱させろ」

「おう」

「その後、光樹の能力で基地全体の出口を塞ぎ、流の能力で基地の周りを水で囲め。そうして基地を孤立させ、内部の人間たちが完全に不安を覚えたところに、心音、お前の能力で洗脳してくれ。興太、その際にお前の能力で脅すなりして手伝ってやってくれ」

 暁広が指示を出すと、その場にいた全員が力強く頷く。

「ここが始まりだ…魔法による秩序、マジックオーダーのな」



同日 22:00 龍観基地

 龍観基地内の監視室で、厳重にモニターと睨み合う警備員の1人が、モニターの映像が乱れ始めたことに気づいた。

「隊長、カメラかモニターの様子がおかしいようです」

「何?」

 隊長と呼ばれた人物はすぐにモニターに目をやる。すると、監視室のモニターは全て、すでにおかしいという状況を通り越し真っ暗な画面を映し出すだけとなった。

「なんだこれは?復旧急げ!」

 隊長は部下に短く確実に指示を出すと、手元にあった内線電話に手を伸ばした。

「司令官、こちら監視室、異常発生です。監視カメラ全機が機能停止状態です。繰り返します、監視カメラが全機機能停止です。何かそちらで変わった様子のことはありませんか、どうぞ」

「こちら司令室、確認する。復旧を急がれたし。オーバー」

 何事もなかった基地内に、急に緊張感が走る。基地内にいる職員たちは、カメラの復旧のために走り回る。

 司令室も同じ状況だった。司令官は各所に指示を出し、自分自身も周囲に気を配る。

 そんな彼らをよそに、基地全体の照明が消えた。

「非常電源に切り替え!」

 職員たちの声が響き、迅速な行動で赤色の照明が辺りを照らす。

 同時に、司令官はこの一連の異常事態が偶然ではないと確信した。

「これは何者かによる攻撃だろう…非常警報!第一種戦闘体制!」

 司令官は内線用の通話機を手に取り、叫ぶようにして命令する。基地内に不穏な状況を知らせる警報が鳴り渡り始めた。

「一尉、第2分隊を率いて周囲の警戒を!」

 司令官は近くに座りパソコンと向かい合う一尉に命令する。しかし一尉は座ったまま動こうとしなかった。

「一尉!急げ!」

 司令官は怒鳴りつける。それに応えるように一尉はゆっくりと立ち上がり、司令官を睨みつけた。

「なんだぁ老いぼれ!?俺に指図するつもりか!」

「!?」

 司令官は思わぬ一尉の言動に言葉を失う。一尉の言動の正体である圭輝は、それを面白おかしく笑いながら、机の影に隠れ、手元のダイヤル付のスイッチのダイヤルを回し、スイッチを押す。

「一尉!命令違反は軍法会議だぞ!早く行け!」

「テメェがいけ老いぼれ!」

 一尉はそう言って司令官に殴りかかる。しかし、違う部下がそれから司令官の身を守る。だがそこに別の部下が殴りかかり、あっという間に乱闘が始まった。

「愚か者が!この非常時に何をしている!?」

 なんとか乱闘から逃れた司令官が一喝するが、効果はなく、統率の取れていたはずの彼らはひたすら殴り合っていた。

 苦い表情をする司令官の耳元に、乱雑においた内線の通話機からの声が聞こえてきた。

「司令官!水が!水が来ています!すごい量です!このままでは脱出が不可能に…!」

「なんだと…!?」

 聞こえてくる状況に耳を疑いながら、司令官は必死に次の方策を考える。

「全員司令室まで撤退せよ!急げ!」

「無理です!各出入り口が謎の物体で接着されており、扉が動きません!このままでは、基地全体が水没します!」

 聞こえてくる報告に、司令官の息が上がる。想定もできなかった状況に、司令官は頭が真っ白になりそうなのをこらえて必死に考えを巡らせる。

「司令官!指示を!このままでは…!」


 司令官が覚悟を決めたその瞬間だった。


「龍観基地のみなさん、こんばんは」

 基地全体に響く、不気味なまでに落ち着いた女の声。それと同時に、基地の各所に配置されていたモニターに、何かが映し出される。黒いスーツに赤いネクタイを結んだ、この場には不釣り合いな格好をした、心音の姿だった。

「私たちはあなたたちに危害を加えるつもりはありません。どうか大人しく降伏してください」

 心音はそう言って手に持つ黒いマイクを両手で握りしめる。基地の内部にいる基地の職員たちは、意識せずともモニターに意識が集中していた。

「ここに龍人の力の根源、龍石があるのは知っています。それを使い、新しい世界を作りましょう」

 心音は穏やかな表情で演説する。モニターの前の職員たちは、心音の声を聞くたび、自分の心が自分のものでないような気がしていた。

 心音はそのまま演説を続けようとする。

 彼女の背後にいた、気絶していた職員の1人が意識を取り戻す。彼はゆっくり立ち上がると、心音に背後から飛びかかった。

「あら」

 心音はそれに気づくと、職員のみぞおちに肘を叩き込み、そのまま床へ転がす。

「道拓」

 心音は興太を呼ぶ。

 構わずその職員は心音に立ち向かおうと腕に力をこめる。しかし、それよりも先に興太の足が職員の頭を踏みつけ、押さえつけた。

「そういうのは匹夫の勇って言うんだ」

 興太がそう言って踏みつけている足に力を込める。

 爆発音が鳴り響いたかと思うと、興太が踏みつけている職員の体の内側から炎が巻き上がり、黒煙が吹き抜けた。

 一連の出来事はモニターを通じて全ての基地内の人間の目に晒されることになった。そして、全員が固唾を飲み、次は自分かと緊張状態になった。

 それに気づいた心音は、再び話し出した。

「不安、ですよね。次は自分か、明日は我が身か」

 心音はマイクを強く握りしめた。

「大丈夫…私たちは仲間…共に正義を為し、優しい世界をこの手につかみましょう…龍人の力で…!」

 心音の声に、本人たちも気づかないうちに基地の職員たちの心が奪われていく。抵抗しようとする意思すらも奪われ、彼らには心音の声しか聞こえなくなっていた。

「さぁ、共に行きましょう。ここまで来るのです」

 心音はニヤリとしながら言う。心音に心を奪われた彼らは、ゆっくりと心音の声に従って歩き出した。

 司令室も似たような状況だった。

 司令官の指示をよそに、その場にいた他のオペレーターたちも自分の職務を放棄して歩き出す。

「何をしている!持ち場を離れるな!」

 司令官は必死に叫ぶが、それも虚しくその場にいた職員たちは心音の下へ歩き出した。

「ご苦労ですな、司令官」

 そんな司令官に、嫌味のように聞き慣れない声が聞こえてくる。司令官は腰の拳銃を抜きながら声のした方に振り向く。

 その先にいたのは、ショットガン(M870)を構える暁広と、拳銃(VP70)を構える茜だった。

「武器を下ろせ」

 暁広は低い声で脅す。司令官は銃を下ろさず、暁広に訊ね返した。

「貴様何者だ!」

「俺の名は魅神暁広。貴様ら私欲に生きる悪党どもを掃除しにきた。だがここで俺の仲間になれば命だけは助けてやる」

「ふざけたことを…!」

 暁広の言葉に答える司令官の銃を、茜が撃ち落とす。司令官が怯んだ隙に、暁広は蹴りを叩き込み、その場に倒した。

 暁広は司令官を見下ろしながら、腰の通信機を手に取り、連絡する。

「魅神だ。洗脳した奴らも含めて全員司令室に連れてこい」

 暁広は連絡を済ませると、司令官にショットガンを突きつけながら話し始めた。

「貴様らがここで何をしていたかは知っている。龍人の研究だろう?」

「知らん」

「お前は知らなくても俺は知っている。普通の人間を遥かに超えた知能や身体能力をもつ、不老不死の存在。それをわざわざ隠しながら研究する、その理由もな」

 暁広が語る間、司令官の頭上でゾロゾロと足音がする。見慣れた仲間たちが、一糸乱れぬ状態で並んでいく。それは、信じていた仲間たちが洗脳されてしまった証拠に他ならなかった。

「貴様らは龍人の力を独り占めするつもりなんだろう?そうはさせない。俺がこの力で平等で平和な世界を作るんだ」

 暁広はそう言って司令官の胸ぐらを掴み、無理やり立たせ、後ろを向かせる。司令官の目の前には30人ほどの基地の全職員が立ち並び、彼らの前に心音が堂々と立っていた。

「さぁ、龍石の場所まで案内してもらおうか」

 暁広は改めて司令官の頭にショットガンの銃口を突きつける。

 司令官は不服そうな表情で、仕方なしに案内を始めた。

「全員ついてこい。心音、こいつらはここに閉じ込めておけ」

 暁広の指示に従い、心音は洗脳した職員たちに待機を命令する。その後、暁広の仲間たちは暁広と共に司令官の後ろを歩き始めた。



 暁広たちは5分ほど歩き、司令官の案内で入り組んだ形状の施設を進み、施設の最深部にある地下への階段まで辿り着く。

 足を止めた司令官の背中を押し、暁広たちは司令官を先頭にしたまま階段を降りていく。

 階段は、無理やり自然の洞窟に穴を開けたように作られており、途中から天井や壁が自然の岩肌になっており、剥き出しの白熱電球だけが階段を照らしている。

「狭いね…」

 愚痴をこぼす茜の言う通り、階段の幅は人ひとりがようやく通れるほどしかない。さらに、先に進めば進むほど、なぜか電球が減っていき、通路が暗くなっていく。

「電球ぐらい付けとけよ、ヘボ軍人」

 圭輝が司令官に言う。しかし司令官は冷静な表情のまま、見向きもせずに答えた。

「必要ないから付けてないのだ」

 司令官の言葉に眉をしかめながら、一行は歩いていく。

 ゆっくり歩みを進めていくと、司令官の言う通り徐々に明るくなっていくのがわかった。通路の先から、青白い光が漏れ出るようにしてこちらを照らしている。

 暁広は光の正体に気づき、ニヤリと笑いながら司令官を先頭にして歩く。

 光が強くなっていったかと思うと、彼らの正面に透明なアクリル板で作られた扉が現れた。

 司令官は扉の前で立ち止まる。しかし、暁広は改めてショットガンを司令官の後頭部に突きつけた。

「開けろ」

 暁広は司令官に命令する。司令官は渋々そのアクリル板の扉を開けると、暁広に指示されるままに扉の先に進んだ。


「これは…」


 扉の先にあった光景は、彼らの常識を疑うものだった。

 人間の数倍の大きさはあろう巨大で透明な石が、この空間の中央にある湖の上に、水面に触れることなく、宙に浮き、白い光を放っている。これが先ほど電球のない空間を照らしているものの正体だった。

「美しい…」

 光樹が思わず言葉を漏らす。それも仕方ないほどに神秘的な空間だった。

「これが…俺たちの追い求めていたものか…!」

 暁広は言葉を漏らすと、思わずその石の前に出て膝をつく。

「これが龍石…龍人たちの力の源…!浩助!」

 暁広は浩助を呼ぶ。浩助は素早く暁広の元に駆け寄った。

「お前の能力であれの一部を切り抜け」

「わかった」

 暁広から指示を受けると、浩助は自分の両手を合わせる。すると、紫色の光が浩助の手に集まり、次の瞬間には鞘に収まった日本刀を作り出していた。

「魔法とアイテム…!これを扱う人間が実在したとは…!」

 司令官は浩助の一連の動作に、驚きを隠せずいた。同時に、彼がやろうとしていることに気づき、叫んだ。

「やめろ!龍石を斬ることなどできない!仮に斬れてしまえば、それは…!」

「龍人への一歩が踏み出せる、ということだ」

 司令官の忠告に対し、暁広は短く答える。そんなやりとりをよそに、浩助は素早く紫の刀を抜き払うと、浮いている巨大な石の一部分を切り取った。

 暁広は浩助が切り抜いた石をキャッチする。

「…さて、始めようか」

 暁広がそう言うと、あたりは異様な緊張感に包まれる。

 それを気にすることなく、暁広は自分の右目の前に切り抜いた石を持ってきてから目を閉じた。

「…やるぞ」

 暁広は1人覚悟を決めると、右目だけを開いた。

 巨大な石の光が、切り取った石を通じて暁広の右目に突き刺さっていく。


「うぅっ…うぐぅぉおぉっ…!!!」


 暁広が苦しむような声が辺りに響く。

 しかし、暁広はそのまま石を光へかざしたままだった。


 暁広の体中を、何かが駆け巡る。

 暁広には、これが力なのだと思えた。


 数秒間、暁広が光を浴び続けていると、暁広はその場に倒れた。


「トッシー!」

 茜が暁広の名を叫ぶ。

 その拍子に銃を下ろした瞬間だった。

 司令官が茜にみぞおちに肘を叩き込むと、茜の拳銃を奪い取る。

 そのまま司令官は躊躇なく倒れた暁広に狙いをつけて引き金を引いた。

「トッシー!!!」

 銃声が3発鳴り響く。

 9mm弾は正確に暁広を撃ち抜いていた。しかし、暁広から血が出なかった。

「血が出ない…?まさか…もう…!」

 司令官はひとつの事実に気づくと、戦慄する。


「そうさ…これが…力だ…!」


 何度も銃弾を撃ち込まれたはずの暁広がゆっくりと体を起こす。銃弾が当たった彼の服の一部は破けているが、彼自身には傷ひとつついていない。

「なんてことだ…!」

 司令官は絶望しそうになるが、覚悟を決めて拳銃を構えて引き金を引く。

 暁広の眉間を捉え、真っ直ぐ引き金を引く。銃弾は狙った通り暁広の眉間に直撃した。

「…なるほど、衝撃はあるな」

 しかし、暁広はやはり傷もなければ痛みすらもないような表情で言い放った。血も出ていない。

「化け物が…!」

 司令官はそう毒づくと、こちらに歩いて向かってくる暁広へ何度も引き金を引く。しかし暁広は今度はそれを軽々とかわすと、司令官の首を片手でつかみ、締め上げた。

 司令官は自分の締め上げられながらも暁広の体に銃撃を浴びせる。しかし、服が破けるだけで暁広自身には少しもダメージがなかった。

「悪党にしてはいいガッツだ」

 暁広はそう言い捨てると、遠心力をつけて司令官を後ろに投げ捨てる。司令官は抵抗できず、銃を落として壁に叩きつけられた。

 司令官はなんとか立ちあがろうとする。しかし、彼が顔をあげた瞬間、暁広の右手に青白い光が集まっているのが見えた。

 同時に、その瞬間、茶色だった暁広の髪が、一瞬で全て白く染まり、瞳の色も青白く変化したのが見えた。

(これが…龍人…!)

 司令官の心の奥底から恐怖が湧き上がる。

 だが暁広には関係なかった。

 暁広の右手に集まった青白い光がショットガンを形作ると、暁広はそのままショットガンを司令官に向けて引き金を引いた。

 司令官がショットガンの銃弾から感じた痛みはわずかだった。それでも、あっという間に息ができなくなると、心臓が止まり、呆気なく息絶えた。

「楽に死ね」

 暁広はそう言い捨てると、青白いショットガンを再び光の粒に変える。彼の髪と瞳は、再び元の茶色に戻った。


 邪魔者を片づけた暁広は、仲間たちの前に立った。

「見たよな、みんな。これが龍人の力だ。銃弾などものともしない、最強の生物…今も力が内側からみなぎってくるようだ」

 暁広はニンマリと笑いながら右手を握りしめる。彼の見せた力に、彼の仲間たちも心を躍らせていた。

「浩助、どんどんこの龍石を切断し、人数分作るんだ。そしてみんな、俺のようにこれを光にかざし、龍人になれ。力を手に入れるんだ」

 指示を受けた浩助が再び刀を発現させ、宙に浮かんだ巨大な石の一部を切り取っていく。

 茜は、そんな光景を腕組みして眺める暁広の隣に寄り添った。

「トッシー…本当にすごいことが起きるんだね」

「あぁ…全てはここから始まるんだ…龍人による、平和で平等な世界…俺たちの手で作るんだ…!」

 暁広は左手で茜の右手を握りしめる。茜も、そんな暁広の手を握り返すと、彼の胸に自分の身を委ねた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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