27.亡国の作り方
5月27日 9:00
体育祭が終わり、振替休日も明け、数馬たちのクラスは席替えをしていた。体育祭前にくじをひき、座席自体は休み明けに動かすシステムである。
木村陽子は数馬の隣の席から大きく離れ、一番窓側の席にやってきた。数馬とはお互いほとんど対角線の位置にいると言っても過言ではない。
陽子はぼんやりと数馬の方を見る。数馬は例によって軽い雰囲気で席が近くなった泰平や狼介と談笑している。それが陽子にとって不思議だった。
(あの人は…)
陽子は、数馬と出会ってから今日まで見てきた彼の表情を思い浮かべる。初めて話した時のにこやかな表情、海を眺めていた時の穏やかな笑顔、そして、スパイダーを殺した時の獰猛な笑顔。
「陽子ちゃん」
陽子がぼんやりと頬杖をついて数馬を見ていると、前の席からマリが話しかけてくる。
「あぁ、遠藤さん。よろしくね」
「マリでいいよ。よろしくね」
陽子は社交辞令的にマリに挨拶すると、少し考えてから会話を続けた。
「ねぇ、マリちゃん」
「はい、なぁに?」
マリの穏やかな雰囲気に毒気を抜かれた陽子は、若干調子を狂わされながら言葉をつなぐ。
「後で少し話せる?お昼休みでも」
「うん!いいよ」
「ど、どうも」
マリの明るい空気が、陽子には少し苦手だったが、陽子の求めている答えを持っていて、かつ話してくれそうなのがマリのみである以上、陽子はそれをこらえた。
13:00
昼休みになると、陽子とマリは誰もいない廊下の角にやってきた。
「どうしたの、陽子ちゃん?」
マリは明るい空気で陽子に尋ねる。陽子は複雑そうな表情で何かを考えていた。マリはその表情に気づき、ニンマリと笑ってつぶやいた。
「数馬?」
「え…」
陽子はマリの言葉を聞いて動揺し、言葉を失う。マリはそれを見てさらにニヤリと笑った。
沈黙が2人の間に流れる。陽子は諦めたようにため息をつくと、マリの隣の壁に背中を預けた。
「マリちゃん、読心術でも使えるの?」
「ううん。でも、恋してる女の子の顔はわかるよ」
マリが笑顔で言う。陽子に比べて背の高いマリは、少し首を傾けて陽子の表情を見る。赤い眼鏡をかけた彼女の黒い瞳は、ぼんやりと遠くを見つめていた。
「恋はしてない」
「そっか。それはごめん」
陽子が訂正すると、マリは素直に謝った。そのまま陽子は本題に入った。
「私たち、あの日、誘拐されたじゃん?」
「そうね」
「その時、マリちゃんが助けに来てくれたじゃない」
「そうだね」
陽子の言葉がそこで止まる。マリはそれに気づくと、陽子が話したいであろう方向に話題を伸ばした。
「それと数馬がどう関係するの?」
マリの質問に、陽子は再び硬直する。マリは察すると、質問を変えた。
「じゃあ、あの時どうして数馬は苦しんでたの?」
マリの言葉に、陽子はゆっくりと答え始めた。
「数馬は…能力を使って…敵を…殺した..」
陽子は苦しそうに言葉を絞り出した。
「私を…助けるために…」
陽子は下を向いた。マリは陽子が苦しんでいるのを、あえて無視して言葉を発した。
「素敵じゃない。自分のために戦ってくれる人がいて、自分のために命をかけてくれる。しかもその人に好意を持ってたら、なおさらじゃない?」
「違う」
マリの言葉に、陽子は思わず声を張る。マリはわざとらしく眉を上げると、陽子に尋ねた。
「じゃあ陽子ちゃんは、自分のために戦ってくれる人に対して何も思わないの?」
陽子は戸惑いを隠せないように暗い表情でうつむく。
「…そんなわけない。そんな恩知らずなこと」
「じゃあ何を苦しんでるの?」
マリは目を細めて陽子の横顔を見つめる。
陽子はゆっくりと息を吐き、マリの方を向いた。
陽子の瞳に涙が滲んでいるのを、マリは見逃さなかった。
「私は…彼を罵った…!人殺しって…!私のために戦ってくれた人を、そうやって…!」
陽子の表情は今にも泣き出しそうであり、同時にその裏に強い怒りを秘めていた。陽子自身に向けた怒りであるのは、マリにはよく理解できた。
「でも…怖かったの…!あの人は何の躊躇いなく人を殺して、いつもみたいに笑ってた…!なんでそうできるのか私には全然わからなくて…!」
取り乱す陽子の両肩に、マリは両手を置く。
陽子は顔を上げ、マリの目を見た。
「教えて…あなたたちは…何者なの?」
陽子の問いかけに、マリは一瞬顔を伏せて考える。
「私たちが何者か、か」
マリはもう一度顔をあげ、陽子の目を見た。
「私たちは、湘堂市の生き残り。あの街は、戦わなきゃ生き残れない場所だった。だから戦って生き延びる、いつしか私たちにとってそれが普通のことになっちゃったの。でも、戦う理由は決して人殺しがしたいからじゃない」
マリはそう言って渾身の笑顔を作った。
「生き延びて、また明日も大切な人と笑い合うためだよ」
マリの言葉に、陽子は黙りこみ、頷き、つぶやいた。
「…よくわかった…でも、同じ立場になったら、きっと私はできないだろうな…」
陽子は自分を恨むような表情でそう言ってマリの両手を自分の肩からゆっくり外す。マリは静かに陽子の表情を見ていた。
「陽子ちゃん、今後どうするの?」
「どうするって、何の話?」
「数馬のこと。好きなんでしょ?」
マリは陽子の目を見て言う。反論したげな陽子より先に、マリはニンマリとした表情で言った。
「だって好きじゃなかったら罪悪感なんて覚えないよ」
マリに言われると、陽子は小さくなって目を逸らす。陽子はそのまま顔を背けた。
「マリちゃんには隠せないか…秘密だよ」
「当たり前じゃん?」
赤くなる陽子に対して、マリは笑いかける。陽子は無言で頷き、自分の考えを話し始めた。
「彼はすごい素敵な人だと思う…叶うなら一緒にいたい…けど…私はああ罵った…私に彼と一緒にいる資格なんてない…私はもう彼には関わらない…マリちゃんみたいな素敵な女性と結ばれて、幸せになってほしい…」
陽子はそう言うが、マリにはこれ以上ないほど悲しい表情をしているように見えた。
「あ、でも、マリちゃんは安藤くんがいたか」
「待って何で知ってるの!?」
マリは思わず驚いて陽子の肩を持つ。そのままマリは陽子の肩を揺すった。
「だって見てればわかるよそんなの、いつも安藤くんのほう向いてるし、助けに来てくれた時も一緒にいたし!」
「内緒だよ!?絶対内緒だよ!?」
「わかってるよ!」
マリは陽子のその声を聞いてゆするのを止める。
2人は一瞬お互いに沈黙すると、声を上げて笑い出した。
「…ふふふ…マリちゃん、思ったより面白い人だね」
「そう?陽子ちゃんも思ったより乙女だった」
16:00 放課後
数馬は帰ってくると、風呂に入ってから自室の椅子に腰掛けた。
壁に貼り付けてあった絵をぼんやりと眺め、それを丁寧に壁から外すと、机の上にその絵を広げて眺めた。
シャーペンで描かれた、濃淡だけで表現された海と人影。全て陽子が描いたものだった。
数馬はその絵を眺め、右手を置く。そのまま力を込めれば、数馬の握力なら握りつぶすことなど容易だった。
数馬が力を入れようとしたその瞬間、数馬の部屋の扉がノックされた。
「数馬、いるか?」
竜雄の声だった。数馬は絵から手を離すと、椅子から立ち上がって扉を開けた。
「よう、暇だから遊びにきた」
「いらっしゃい。入りな」
数馬はそう言って竜雄を部屋の中に招く。
竜雄は部屋に入ると、机の上に置いてある絵に気づいた。
「その絵、数馬が描いたのか?」
「まさかぁ、同じクラスの木村っていたろ?あの子が描いた」
「へぇ、いい絵だなぁ」
竜雄に言われ、数馬は少しニヤリとする。そのままその絵を手に取った。
「捨てようと思ってたんだ」
「どうして?もったいないじゃないか」
「いや、まぁ、色々あって」
言葉を濁す数馬に、竜雄は絵を眺めながら言葉を発した。
「俺の妹も、絵が好きだった。今にして思えば、もっと目に焼き付けておけばよかったと思う」
竜雄はそう言いながら絵を指でなぞる。竜雄のそんな姿を見て、数馬は机から絵を取り、もう一度元あった場所に絵を戻した。
「…確かに捨てるにはもったいないな」
数馬は竜雄にそう言って笑いかける。竜雄もそれに応えるように静かに微笑んだ。
竜雄はそのまま壁に寄りかかりつつ腰を床に下ろす。数馬もベッドに背中を預けながら床に腰を下ろした。
「それにしても珍しいじゃねぇか、竜雄がこっちに来るなんて」
数馬はそう言ってポケットからソーダシガレットを差し出す。竜雄はそれを受け取りながらうつむいた。
「最近色々思うところがあってさ。クライエント達のこととか」
竜雄はそう言ってソーダシガレットを咥える。数馬は黙って竜雄の言葉に耳を傾けていた。
「あいつらさ、本当に力があったんだとしたら、助けられるくせに俺の妹を助けなかったんだよな」
「そうだな」
「自分のために、人の妹の命を見捨てた。あいつらと圭輝は同類だ…!」
竜雄はそう言って奥歯でソーダシガレットを噛み砕く。数馬は竜雄が殺気立っているのに気づいた。
「それをさ、友達って言って大切にしてる奴らがいるんだよ。仲間だって言ってる奴らがいるんだよ。俺さ、許せないんだよ」
「…魅神か」
竜雄の言葉に、数馬は先読みして呟く。竜雄はそのまま続けた。
「最近、色んな奴が暁広の部屋に出入りしてる。みんな暁広のことは信じてる。だが俺は圭輝を庇った暁広が許せない。だから奴の味方をしている連中も許せない」
竜雄の言葉に、数馬は静かに耳を傾ける。竜雄は黙り込む数馬の姿を見て尋ねた。
「俺は小さいかな」
「いいや、人として当たり前だ」
数馬はそう言って新しいソーダシガレットを咥える。そのまま数馬はニヤリと竜雄に笑いかけ、竜雄も安堵したように頷いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「…それにしても、最近やたら暁広の部屋の人の出入りが多い。なんなんだろうな」
竜雄は思い出したように呟く。数馬は肩をすくめると、静かに笑った。
「さてな。俺たちには関係ねぇこった」
18:00 暁広の部屋
学校が終わり、暁広はぼんやりとベッドに腰掛けていた。窓の外から夕日に染まる町を眺め、物思いにふける。
そんな暁広の思考を遮るように、扉を叩く音が響いた。
「誰だ」
「私よ」
聞こえたのは心音の声だった。暁広は少し不思議に思いながら自分の部屋の扉を開ける。
扉を開けると、暁広の想像通り心音がそこに立っていた。風呂上がりの直後なのか、いつもの生真面目な印象とは違う、大雑把なジャージの着こなし方をしていた。
「心音か」
「少し話せるかしら」
心音の質問に、暁広は心音を部屋に招き入れる。心音は部屋に入ると、窓から夕日に染まる町を見下ろした。
「…いい眺めね。まるでこの町の全てが手に入ったみたい」
「それで、何の用だ?」
心音が呟く背中に、暁広は質問を投げかける。心音は静かに振り向くと、部屋の中を歩き回りながら話し始めた。
「トッシー、ニュースは見てる?」
「いいや」
「そう。じゃあ面白いことを教えてあげる」
「なんだ?」
「波多野俊平、この男が新党を結成した」
心音の言葉に、暁広は身構える。
「波多野俊平…この間助けてやったあのおっさんか」
「そんなことがあったの」
「一体何者なんだ?」
「忘れた?私たちの故郷、湘堂を襲ったヤタガラスが最後に色んなものを託したのが、この波多野俊平よ」
心音の言葉に、暁広は驚きを隠せなかった。
「そうか…聞いたことがあるような気がしたら…!」
暁広の驚きを横目に、心音は話を続けた。
「その波多野が作った新党、日本保守党は、新聞や大手のメディアには取り上げられていないものの、ネットではかなりの話題になっている」
「それが何だって言うんだ?」
心音は足を止めると、暁広の顔を見た。
「いずれこの新党は大きな影響力を持つでしょうね。そして、それはひとつのことを証明することになる」
「それは」
「時代を動かすのは、暴力ということよ」
心音の言葉に暁広は眉をひそめる。心音はそのまま続けた。
「ヤタガラスの暴力によって人の心を動かし、波多野の政治力でそれを束ね上げる。そうすることによって全てを手に入れる。これが波多野のやり方。とても効率的だと思わない?」
心音の質問に、暁広は息を飲む。心音は、暁広の目を真っ直ぐ見て言葉を続けた。
「私の理想は、公平で平等な世界。それを作るために、今の少数によって搾取される世界は壊されるべき。あなたもそう思うでしょ?」
「…俺と心音の理想の行き着く先は同じ、ってことか」
暁広が呟く。心音は力強く頷いた。
「暴力と政治力、そして龍人の力、これを合わせてこの国を手に入れる。私とあなたならできる」
心音が言うと、暁広はじっと目線を返す。そして、暁広は頷いた。
「龍人による平等な世界。それを成し遂げることが、俺たちの『正義』…」
「力を合わせましょう?」
心音はそう言って右手を差し出す。暁広はその手を握り返した。
2人は視線を交わすと、無言で頷き合った。
「龍人と魔法による秩序…それによる平等な世界…俺たちで作ろう」
暁広の言葉に、心音は頷き、ニヤリと笑う。
夕日は沈み、部屋は明かりが照らすだけになった。
「ただ、私たちだけじゃ当然できない。だから、まずは仲間達を集めましょう」
「当てはある。任せてくれ」
翌日 16:00
授業が終わった放課後、暁広はいつもの仲間達に心音を加え、昌翔の家の前の林にやってきていた。
「暁広、珍しいな。みんなでこっちに来るなんて。しかも見慣れない女もいる」
夕日の差す林で、昌翔が心音を見ながら暁広に言う。暁広はゆっくり歩き出しながら話し始めた。
「みんなにわざわざここに来てもらったのは、みんなを仲間として信頼して、話したいことがあるからだ」
暁広の言葉に、圭輝と浩助が息を飲む。以前も話されたことをもう一度話すのだと察したからだった。
「この前、俺たちはクライエントと名乗る連中に誘拐された。奴らは俺たちを不老不死にして、魔法の力を与えようとした。それは覚えているよな?」
暁広の質問に、その場にいる全員が頷く。暁広は空気感をつかむと、そのまま話を続けた。
「奴らの言う不老不死の方法、俺たちはそれを掴んだ」
暁広の言葉に、事情を知らない人間達は驚きを隠せなかった。
「なんだって!?どうやってやったんだい?」
「機密図書館と呼ばれる機密書類を取り扱う場所に潜入し、クライエント達のアジトにあったものと同じ資料を見つけた。これが証拠だ」
興太の質問に暁広はそう言って懐からカメラを取り出す。それを星に手渡すと、他の仲間たちもそれを覗き込む。確かに何かの本を撮影したような画像だった。
「クライエントたちはここの資料に書いてある、『龍人』と呼ばれる存在を知っていた」
「龍人?」
「かつて何万年と平和を築いた、過去の人類だ。だが最後には隕石によって絶滅したらしい」
「…嘘みたいな話だが、嘘じゃなさそうだな」
暁広の表情を見ながら星が呟く。暁広は頷いてから続けた。
「そうだ。この龍人は、通常の人間をはるかに上回る身体能力に加えて、不老不死だった。だから平和を築くことができたんだ」
暁広の語る言葉に、光樹が首を傾げながら尋ねた。
「なぜそんな大昔のことが資料として残っている?」
「それはわからない。だが、大事なのは現にこの資料があるってことだ」
暁広は答える。そのまま暁広は静かに、力強く言葉を続けた。
「俺は、この龍人の力で平和な世の中を作りたい。だから、みんなの力を貸してほしい」
暁広の言葉を、全員理解し切れていない様子だった。
そんな空気を察したのか流が頭を掻きながら尋ねた。
「あんまよくわかんねぇんだけどさ、どうやってやるんだ?」
「龍人になるためには、龍石と呼ばれるものが必要だそうだ。この資料によると、龍石は確かに現在にも存在している。それを利用して全世界の人間を龍人にする」
暁広は力強く言い切る。
しかし、暁広の熱量に反して周囲の空気は重い表情で考え込む一方だった。
だが暁広は諦めなかった。
「どうしてこの世界には争いがなくならないと思う?」
暁広は仲間達に尋ねる。下を向いていた彼らは顔を上げて暁広のほうを見る。暁広はひとりひとりの目を見ながら話し始めた。
「人間は必ず死んでしまうからだ。死にたくないから、皆醜く争うんだ。だから、世界中の人間全員が不老不死になれば、争いなんてなくなる。平和で平等な、優しい世界が出来上がるんだ。そうすれば…湘堂で繰り広げられたあの悪夢を、もう2度と見なくて済むんだ…!火野のような哀しい人間を生まなくて済むんだ…!」
暁広は両手の拳を握りしめながら感情を抑えつけるようにして声を出す。今にも泣き出しそうな気配すらある暁広の姿に、周りの友人達は心をすでに動かされていた。
「頼む!俺たちじゃなきゃ…人の苦しみを知っている俺たちじゃなきゃ、優しい世界は作れないんだ!正義のために、力を貸してくれ!」
暁広は叫ぶ。心の底からの叫びだった。
沈黙が辺りを包む。
「やろう」
沈黙を破ったのは昌翔だった。
昌翔は暁広の目の前まで歩くと、右手を差し出した。
「俺はお前の描く世界が見たい。俺の初めての親友の理想を、俺は見てみたい」
昌翔は髪で隠れていない右目で優しく暁広の目を見る。
暁広も感激した様子で両手で昌翔の右手を握った。
「昌翔…!」
暁広が声を上げる。そんな暁広の隣に、星が歩いてきた。
「俺も昌翔と同じだ。お前の描く世界を見たい」
星はそう言って暁広にニヤリと笑いかける。暁広も満足そうにニヤリと笑った。
しばらく考えた後、光樹も暁広の隣へ歩き出した。
「やはりお前は他の有象無象の人間達とは違うようだな、暁広。俺はお前を信じよう」
光樹はそう言って暁広の隣に立つ。
それを見て流も暁広の方へ歩き、光樹の隣に立った。
「俺も信じるよトシちゃん。おめぇについてくと楽しそうだ」
流の言葉に少し呆れたようにため息を吐きながら興太は昌翔の隣に立った。
「楽しい楽しくないではない。より良い世界を目指そうという心意気、これこそ俺の最も大切にする人間讃歌そのものだ!暁広くん、俺にできることは協力させてもらうぞ!」
興太も勢いよくそう言って暁広の手を握る。
暁広は仲間達に囲まれ、感極まった様子で皆の顔を見ていた。
「皆...!」
暁広が感極まる中、昌翔は集団の輪から外れている圭輝と浩助に気がついた。
「お前たちもやろう」
昌翔は圭輝と浩助に声をかける。昌翔が声をかけたのを見て、暁広も2人の方を向いた。
「圭輝、浩助、頼む。お前たちの力が必要なんだ。俺が今まで勝ててきたのは、お前たちがいてくれたからだ。だから頼む、お前たちの力を貸してくれ。お前たちがいてくれれば、理想の世界が作れるんだ!」
暁広は2人の前に歩きながら叫ぶ。
圭輝、浩助はそれぞれ顔を下げて考える。そして圭輝は顔をあげた。
「俺は最初から手伝うって言ってるだろ?」
圭輝はそう言ってニヤリと笑う。暁広はその言葉の真意に気づくと、圭輝に対して笑いかけ、圭輝の肩を叩く。
「浩助」
暁広はそのまま浩助の表情を見る。
浩助は未だ踏ん切りがつかない表情で、暁広を見返した。
「なぁトッシー。本当にできると思うか?俺には話のスケールがデカすぎるように思えてならない。全人類を龍人にするなんて…」
「できるわ」
そう言って会話に入ってきたのは心音だった。浩助のみならず、全員が心音の方を向く。心音は堂々として話し始めた。
「時間はかかるかもしれない。でも、まずはこの国を手に入れることができれば、それを起点に世界中を龍人にすることができる」
「この国を手に入れる…」
「簡単よ。マスコミと政治を抑え、民衆の敵を作り、それを龍人たちが倒せばいい」
心音の言うことは浩助には不気味だった。感情を抑えた心音の声はどこかゾッとするような冷たさを持っていた。
「そんなこと…」
「『できない』?そんなことはないわ。今まで天下を取ってきた人間たちは皆そうしてる。次は私たちがやるだけの話よ」
心音の言葉に、浩助は黙り込む。
そこに暁広が言葉を繋いだ。
「浩助、頼む。争いのない世界のためには、お前が必要なんだ」
暁広の言葉に、浩助は考え込む。
しばらくの沈黙の後、浩助はメガネを掛け直した。
「…わかった。協力する」
浩助のひと声に、暁広は心から感激したようだった。浩助の隣に立つと、暁広は浩助の背中を叩いた。
男たちは暁広の周りに集まり、屈託のない笑顔で笑い合う。
茜はそんな様子を一歩引いたところから眺め、笑っていた。
18:00
自室に戻ってきた暁広は一息つくと、机に向かい、資料から得た情報を、暁広なりにわかりやすくノートにまとめていた。
そんな彼の部屋の扉がノックされる。暁広はノートを閉じると、内心では警戒しながらも明るい声で尋ねた。
「どちら様で?」
「中西」
聞こえてきたのは桃の声だった。暁広はノートを机の引き出しにしまうと、扉まで歩いてゆっくりと扉を開ける。
扉を開けた先にいたのは桃だけではなく、竜と正も少しバツが悪そうに立っていた。
「あぁ、3人か。この間はありがとうな」
「少し話せるか?」
暁広の言葉に竜が尋ねる。暁広は部屋の中に3人を招き入れた。
「どうしたんだ?」
3人を部屋に招き入れた暁広は、不思議そうに尋ねる。3人はそれぞれ俯いて何かを考えているようだった。
重い空気の中、正が大きく息を吸ってから話し始めた。
「この間、お前に言われたことを考えてみたんだ。自分の居場所ってものを」
正の言葉に暁広は眉をひそめる。正は言葉を選ぶようにして続けた。
「お前の言う通り、俺たちの居場所はクラスにはなかった。話題は合わないし、趣味も考え方も合わないし、みんな煙たがって距離を置いてくる」
正の言葉に、竜も続いた。
「別にそれでもいい、とは思ってた。けど…俺たちは…自分達の好きなことを好きと言いながら生きていたい。それを他人に批判されたくはない」
竜と正は真っ直ぐ暁広を見る。暁広もその視線を真っ直ぐ受け止めていた。
「お前、言ったよな。俺たちの居場所を作ってくれるって」
「本当なんだよな?」
竜と正は真剣な表情で暁広に問い詰める。
暁広も真剣な表情で答えた。
「当たり前だ」
「そこに私みたいな人間の居場所もあるの?」
暁広の言葉に、桃が割り込む。普段表情を変えない桃も、硬い表情をしていた。
「私は戦場でしか生きられない人間…命をかけて戦うことでしか生きがいを感じられない生き物…そんな私にも、居場所があるって言うの?」
桃の問いかけに、竜と正もより表情を重くして暁広の表情を見る。
暁広は3人の視線を受け止めながら真っ直ぐ3人の前まで歩く。そして3人それぞれの手を取り、ひとつにまとめて握りしめた。
「俺の理想は、全員に居場所のある世界だ。仲間たち全員にな。だから、俺がお前たちの居場所を作ってやる。俺について来い」
暁広は1人1人の目を見て言い切る。
暁広の純粋な瞳に、3人は呑まれるようにして言葉を発していた。
「ついていく」
暁広は笑顔を見せる。3人も、笑顔こそ見せなかったが、憑き物が取れたような、安心したような表情を見せていた。
「やるぞ…みんなで力を合わせて、必ず理想の世界を…誰も悲しまない世界を作るんだ…!」
太陽は沈み、少し早い月が昇り始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
次回もお楽しみいただけると幸いです
今後もこのシリーズをよろしくお願いします