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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
1.少年たち
27/65

26.眠る龍の記憶

5月25日 7:00 クライエントの事件の翌日

 数馬はゆっくりと重い瞼を開いた。

 目の前に見えるのは、見覚えのある天井だった。

「あれ…生きてる…」

「気がついたようね」

 数馬は声の方にゆっくりと頭を動かす。見ると、白衣姿の望月が立っていた。

「望月さん…俺は…」

「口から大量の出血。それによる失神。しかし目立った外傷もなければ、臓器に異常も見受けられない。安藤くんと川倉くんが輸血してなければ、あと少し血を吐くだけで死んでたわよ。一体何したの?」

 望月は不思議そうに数馬に尋ねる。しかし数馬は答えられなかった。

「わからないです…敵を殴り殺して…それから記憶が…」

「わかった。しばらくは絶対安静にすること」

「…わかりました」

 数馬は望月の言葉に従って、再び天井を見て瞼を閉じた。



同じ頃

 食堂に来て食事をしていた暁広、茜、浩助、圭輝のもとに、心音がやってきた。

「茜、ここ空いてる?」

「うん、空いてるよ、珍しいね、私らと食べるなんて」

「そうね」

 茜の言葉に頷きながら、心音は席に着く。茜と反対側の、暁広の逆隣。茜は少し眉をひそめた。

「トッシー、昨日のやつ、少し翻訳したわ。まだ全文はできてないけど、大まかな内容は掴めた」

「本当か」

「えぇ。後で部屋に来てほしい。そこで言う」

「わかった」

 暁広と心音は、お互いに顔を合わせずに会話する。浩助と圭輝はその様子を不思議そうに眺めていた。

「ねぇトッシー、私もいい?」

 茜が暁広に尋ねる。暁広は心音の方を見ると、心音が答えた。

「構わないわよ。そっちの2人も、トッシーが必要だと思うなら呼んでくれて構わないわ」

「浩助、圭輝、お前たちも来てくれ」

 暁広は心音に言われると、浩助と圭輝にも言う。2人はやはり釈然としない様子でうなずいた。



7:30

 佐ノ介はお盆にさまざまな料理を載せて廊下を歩いていた。その後ろには竜雄と泰平もいた。

「別にお前らは来なくてもよかったのに」

「暇だからな。登山部も今日は休みだ」

「普通に様子気になるし」

 佐ノ介の言葉に、泰平と竜雄がそれぞれ呟く。会話を続ける3人が医務室まで来ると、竜雄が扉を開け、佐ノ介が中に入った。

「ぃよう、数馬。飯持ってきてやったぜ」

 佐ノ介が陽気に挨拶する。数馬は力無く佐ノ介たちの方へ振り向いた。

「おぅ、佐ノ。泰さんと竜雄も。ありがとうな」

 数馬はそう言って微笑むが、やはり力がない。佐ノ介はベッドの横の机にお盆を置くと、数馬はゆっくりと上体を起こした。

「数馬、生きてるか?」

「あぁ…なんとかな」

 泰平の質問に数馬は答えると、頭を抑える。数馬の視界が揺れているのが他人から見てもわかるほど、数馬の具合は悪そうだった。

「でも、本当に驚いたよ。数馬が血吐きながらぶっ倒れたって聞いてさ、何事かって」

「こいつ目の前でいきなりそうなったからな。全く心配かけやがってよ」

 竜雄の言葉に、佐ノ介も軽く数馬に言い放つ。数馬が静かに笑うと、佐ノ介はそのまま続けた。

「挙句原因聞いたら『フラれたショック』って。はぁ!?だよな」

「ほぉ、あの非常事態にやりますなぁ」

 佐ノ介が冗談めかして言うと、泰平も冗談めかして言う。数馬は静かに笑っていた。

「数馬、食べなよ。貧血になっちまうよ?」

 竜雄が食事をすすめる。数馬はゆっくり首を横に振った。

「すまねぇ…食欲がわかねぇんだ」

「そうか。だったら食える時にちゃんと食えよな。また血を吐いたら、俺と佐ノ介が輸血するけど、自分の体は自分で治すのが1番だからな。早く治ってくれよ」

「そうそう。早く治っていただかないとね、重村さん?」

 竜雄が気遣って言葉をかけると、そこに付け加えるように廊下から声が聞こえる。数馬がわずかに上体を起こすと、玲子が医務室の入り口から数馬を見下ろしていた。

「どーも、星野さん。できるなら今すぐお相手して差し上げたいんだが、あいにくそうもいかなくてな」

「結構。私も病人に暴行する趣味はないの。それに、今日はあんたに用はないしね」

 数馬の言葉に、玲子も返す。そのまま玲子は言葉を続けた。

「川倉、昨日の続き、聞かせてもらおうじゃない」

 玲子の言葉に、竜雄は立ち上がって玲子の方へ歩き出す。竜雄が廊下に出たのを見て、玲子は医務室の扉を閉めた。

「昨日の続きってのはなんだい、あいつらそんなちちくり合う関係だったのか?」

 佐ノ介は様子がわからず冗談めかして尋ねる。泰平は頭を抱えた。

「下品な発想だな」

「えぇ?男と女が誰もいないところで2人きり、つまりそういうことだろ?」

 佐ノ介は泰平にそう言って笑いかける。

 それとほとんど同時だった。

「なんですって!?」

 扉越しに、玲子の声と、凄まじい勢いで扉が叩かれる音がした。玲子が竜雄の胸ぐらを掴んで、扉に彼の背中を叩きつけたのである。部屋の内側にいた3人は、軽く驚き、そちらを眺めた。

「お盛んだねぇ」

 佐ノ介が軽口を飛ばすのをよそに、扉越しに竜雄の真剣な言葉が聞こえてくる。

「嘘じゃない!これは圭輝もハッキリ認めてる!なのにあいつは嘘を吐いて数馬たちを陥れたんだ!」

「証拠はあるの!?口だけならなんとでも言えるじゃない!」

「それは…!」

「あんたが数馬を庇って嘘をついてる訳じゃないと、どうして言い切れるの!?」

「…!」

 扉越しに竜雄の声が聞こえなくなってくる。その様子を聞いて、数馬は静かにため息を吐いた。

「こうなるんだよ、結局。俺たちがいくら弁明しても、そいつの中で固まっちまったものは動かせない」

 数馬は呟く。その呟きに答えるかのように、竜雄は扉を開けて、医務室に戻ってくる。玲子は既に去っていったようだった。

「すまねぇ…数馬、佐ノ介…俺はダメなやつだ」

 部屋に戻るなり、竜雄は数馬と佐ノ介に頭を下げる。しかし、2人は穏やかに笑った。

「気にしてねぇよ。ありがとうな」

「そうそう。元々俺らが暴れん坊なのが悪いんだし」

「でも」

 数馬と佐ノ介の言葉を否定しようとする竜雄を、泰平は逆に抑えた。

「竜雄は最善を尽くした。それだけでいいじゃないか」

 泰平はそう言って微笑む。竜雄も、苦い表情を噛み殺し、笑って見せた。

「食欲も少し出てきたから、せっかくだし、竜雄のおすすめ通り、ご飯いただくよ。たっぷり食って元気付けないとな」

 数馬は竜雄にそう言って笑いかけつつ、お椀を手に持つ。

「そうだな。食え食え」

 4人は穏やかに笑い合っていた。


 そんな会話を、玲子は扉越しに聞き耳を立てて聞いていた。

「…川倉の話が嘘だったらもっと違う会話でもいいはず。でも…」

 玲子はそう思うと、扉から耳を離す。ひとつの仮説を自分の中に立てながら彼女は歩き始めた。



8:00

 食事を終えた暁広、茜、浩助、圭輝の4人は、心音の部屋にやってきた。

 4人を代表して、暁広が心音の扉をノックする。

「開いてるわ、入って」

 部屋の中から心音の声がする。それを聞いてから、暁広は扉を開けて中に入り、続いて茜、圭輝と入り、最後の浩助が入ると扉を閉めた。

 心音の部屋は几帳面すぎると言っていいほど整理されており、全員に共通で支給されている本棚にも、大きさ別できっちりと参考書や辞書、経営学やリーダー論といったジャンルの本が詰まっている。

「待ってたわ。さっきも言った通り、全文が翻訳できたわけではないから、翻訳できた部分の要点だけ伝える」

 そう言って心音は机の上に置いてあったキャンパスノートを手に取る。そしてそれを見ながらテキパキと話を進めた。

「このファイルは大きく2つの部分に分かれてた。ひとつは私たちの『魔法』について。ひとりひとり、どんな能力を使えるのか、どういう使用例があるかとかが書いてあった。だけど正直辞書にも載ってない単語が多くて、ここの部分の翻訳は後回しにしたわ」

「もうひとつは?」

 暁広が尋ねると、心音は頷いてから話し出した。

「『龍人』って呼ばれる、謎の生き物…人種かもしれないけど、それについて書かれてた」

「りゅうじん?竜の神様?」

 茜の質問に、心音は首を横に振った。

「違う。難しい方のリュウに、人って文字」

「なんでそこまで言えるんだ?」

 疑問に思った暁広が尋ねると、心音がすぐにキャンパスノートを置き、暁広から渡されたファイルを手に取り、ページを広げる。

「これ。明らかに切り抜いたものを貼り付けてるでしょ」

 心音の言う通り、そのページには「龍人」と大きく日本語で書かれ、その下にも何か日本語で書かれている紙が貼り付けられていた。

「龍人…なんだそれ?」

 圭輝の疑問に答えるように、心音は話し出した。

「ずっと昔、地球を支配した生き物らしいわ。彼らは何万年と争いのない時代を築いたものの、隕石によって死滅したらしい。このファイルによれば、龍人は強大な力を持っていたとか」

「強大な力?どんな」

 心音の言葉に、暁広が食いつく。しかし、心音は残念そうな顔をした。

「残念ながらそこまでは…まだ翻訳できてないの。意味のわからない単語と、変な文法…スラングかな、それが多すぎて」

「なるほどな…」

 暁広はそれを聞いて考えを巡らせる。

「クライエントは言ってたよな。俺たちを『不老不死にする』って。それと何か関係があるのか…?」

「このファイルには計画に関係のあることを書いてるはずだから、その可能性は高いわ」

 暁広の言葉に、心音が便乗する。そこに浩助が呟いた。

「でも、あいつら平行世界の話もしてたろ?この世界にその龍人は関係ない可能性もあるんじゃないか?」

「その件だけど、言い忘れてた。この切り抜きの正体」

 浩助の言葉に、心音が思い出したように声を上げた。

「ここを見て」

 心音は、貼り付けられた切り抜きの1番上の右端を指差す。ハンコの下半分と思われるマークが、白黒でそこに記されていた。

「これはなんだ?」

 暁広の質問に、心音は答えた。

「日本機密図書館のマーク」

「日本機密図書館?」

「えぇ。日本政府が隠しておきたい最高機密の本や書類をしまって置く場所よ」

「なんでそんなこと知ってるんだ?」

「親戚が政治家なのよ。その人がずっと昔に教えてくれたわ」

 心音はそう言ってニヤリと笑う。茜は言葉の意味に気づいた。

「ちょっと待って。じゃあもっとちゃんと龍人について知りたいって思ったら、その機密図書館に行かないといけないってこと?」

「半分正解で半分不正解。私たち一般人には当然、貸し出しとかもないわけで、そこの本は読めないわ」

「じゃあまさか…!」

 言葉を失う茜に、暁広はひと言呟いた。

「忍び込む」

 その場にいた全員が、暁広の言葉に驚きを隠せない様子だった。同時に、それしか手段がないことも頭の中で理解していた。

「そうなるわね」

 心音は頷いた。しかし、すぐに茜が提案する。

「待ってよ、武田さんに頼むのは?」

「ダメだろうね。機密を俺たちに教えてくれるような人じゃない」

 暁広は首を横に振る。それを見て浩助が暁広に尋ねる。

「でもトッシー、行ったところでこの本があるとは限らないだろ?」

「だが行かなきゃあるかないかもわからない。仮にあったとすれば、俺はこの龍人について知りたい」

「国を敵に回すかもしれないぞ?」

「構うものか。俺たちはこれのせいで迷惑かけられた被害者だ。龍人がなんなのか知る権利がある」

 暁広の言葉に、浩助も圭輝も、茜まで黙り込む。このまま暁広に従えば、日本政府を敵に回した犯罪者になりかねない。

 暁広は躊躇っている茜の手を両手で握った。

 戸惑う茜の瞳を真っ直ぐ見つめ、暁広は語り始めた。

「ねぇ、茜。怖いのはよくわかる。でも、これは俺たちがやらなきゃいけないことなんだ」

「…私たちが?」

「そう。湘堂で、あのテロに巻き込まれ、たくさんの仲間を失った。そしてそんな俺たちの前に、この龍人の資料が現れた。運命だとは思わない?」

「運命…」

「聞けば龍人たちは何万年と平和を築いたって言うじゃないか。俺たちの願いは、もう湘堂の事件を繰り返さないこと、そうだろう?この力さえあれば、俺たちの理想は叶うかもしれないんだ」

 暁広は真っ直ぐに茜を見つめて言う。茜の心は、すでに大きく暁広に傾いていたが、暁広は最後に一押しした。

「痛みを知っている俺たちなら、俺たちじゃなきゃ、平和な世界は作れないんだ。茜、俺に力を貸してくれ」

 真っ直ぐで曇りのない暁広の瞳。茜が惚れこんだその瞳に応えるように、茜は暁広の手を握り返した。

「…もちろんだよ!私とトッシーは、ずっと一緒!どんなことだって、私はトッシーと一緒にやってみせるから!」

 茜は暁広の瞳を見ながら言い切る。暁広の優しい笑顔が、茜のその瞳に映り込んだ。

「ありがとう、茜」

 暁広と茜は見つめ合う。2人は微笑み合うと、暁広は圭輝と浩助の方を見る。圭輝と浩助は少し呆れたようにしながらも笑っていた。

「俺たちの手は握らなくて良いからな」

 圭輝が言うと、暁広と茜は恥ずかしそうにすぐに手を離し、居住まいを正した。

「俺は暁広についていくよ。正直怖いけど、心音も暁広も、考えなしには動かないだろ?」

 浩助は心音と暁広に目配せしながら尋ねる。暁広と心音はうなずいた。

「だったら俺もやるぜ。お前らと一緒なら、まぁうまくいくだろ」

 圭輝も浩助に便乗するように言う。暁広は静かに微笑み、力強く頷いた。

「よし、そうと決まれば早速機密図書館に行って潜入方法を考えよう」

「え、今から行くの?」

 暁広の言葉に茜は目を丸くして尋ねる。それに対して暁広は穏やかに答えた。

「もちろん。何事も素早さが大事だからさ。心音、案内してくれるな?」

「任せて」

「おう。それじゃあ、各自部屋に戻って出かける準備だ。灯京までの金は各自用意してくれ。準備ができたらロビーに集合な」

 暁広が言い終えると、その場にいた全員はおう、と短く答える。

 予定の確認を終えた彼らは、部屋の主である心音以外の全員が部屋を出た。

「それじゃ、また後で」

 暁広はそう言って他の3人と別れる。他の3人はそれぞれ自分の部屋へと歩き出した。


 暁広は自分の部屋を目指して廊下を歩いていた。

「ねぇ、トッシー!」

 そんな彼の背後から玲子は彼の名を呼ぶ。暁広が振り向くと、玲子は周囲を見回しながら暁広に歩み寄ってきた。

「玲子か、どうした?」

「少し話せる?」

「この後出かけるから、できれば短く頼むよ」

 どこか表情の固い玲子に対して、暁広は軽く答える。玲子は改めて周囲に誰もいないことを確認してから、声をひそめて話し始めた。

「随分前の、重村が暴れたあの事件。原因は洗柿にあるって、川倉が」

「竜雄が?」

「えぇ。なんでも、湘堂を脱出する時、洗柿が川倉の妹を盾にした挙句、その上死んで当然くらいのことを言ったとか」

 玲子の言葉に、暁広は眉ひとつ動かさない。玲子は不安になりながらも、それを押し殺すように言葉を発した。

「ねぇトッシー。本当に洗柿がそう言ったんだったら、悪いのは洗柿じゃない?重村とも仲直りできるかも、だからさ、洗柿に本当のことを…」

「なぁ玲子」

 玲子の言葉の途中で、暁広はその両手を玲子の両肩に乗せる。驚きで身動きが取れない玲子の瞳を覗き込むようにして、暁広は玲子を見つめた。

「それがなんだって言うんだ?」

 暁広の言葉に、玲子は表情を失った。

「…え?」

「あの状況、みんな生き延びるのに必死だった。圭輝は必要な手段を取っただけの話だ。それをどうしてあの重村みたいな悪人に責められなきゃいけないんだ?」

「違う、あいつらが怒っているのは死んで当然だって言ったからで」

「本当に圭輝は言ったのか?」

「だから、私にはそれがわからないから本人に聞いてほしいって」

「どんな理由があろうと先に殴ってきたのはあいつらだ。玲子、俺を信じてくれないのか?俺よりも重村やその取り巻きを信じるのか?」

 暁広の悲しそうな表情が、玲子の瞳にしっかりと映った。何も言葉が出てこなかった。

「仲間だと思ってたのにな」

 暁広はそう言ってうつむく。彼の言葉は、玲子が今まで経験したどんなパンチよりも鋭く、玲子には堪えきれないものだった。

「…そんな言い方しないで…もちろん、トッシーのこと、誰よりも信じてるから…」

 いつもの玲子とは思えない、どこか弱さが隠しきれない声で、玲子は言葉を繋いでいた。

「…そっか。やっぱり玲子はいい人だな」

 暁広はそう言って顔を上げて微笑む。玲子も思わず、小さく照れ臭そうに笑った。

「話はそれだけ?」

「…うん」

「そっか。じゃあ悪いけど、俺この後用事あるから」

「…気をつけてね」

 玲子は力無くそう言うと、暁広の背中を見送った。

 玲子は少しうつむいてから、その場をゆっくり去っていった。




12:00

 数馬は医務室の扉がノックされる音で目を開いた。

 ゆっくりと頭を動かすと、佐ノ介がまたお盆を持って食事を持ってきていた。

「ようお坊ちゃん。昼飯の時間だぜ」

「…佐ノか。竜雄と泰さんはいないのか」

「あいつらは食堂で食ってる。俺はこっちで食いたくなってよ」

 佐ノ介は数馬の質問に答えながら数馬のベッドの横に座り、数馬にお盆を手渡し、自分の分の食事を口へ運び始めた。

 数馬はやはり力無くそのお盆を受け取り、自分の横に置き、手をつけようとしなかった。

 佐ノ介はそれを見て自分の食事の手を止めた。

「まだ食えないか」

「…そうだな」

 佐ノ介の言葉に、数馬は短く答えて天井を眺めていた。

「男がおかしくなる時ってのは3つある」

 数馬の横顔を見ながら、佐ノ介は語り出す。数馬は視線そのまま尋ねた。

「ひとつ目は?」

「命がかかったとき」

「ふたつ目は?」

「金が絡んだとき」

「三つ目は?」

「女が絡んだとき」

「誰の言葉だ?」

「うちの父親」

「らしいな」

 佐ノ介の言葉に、数馬は小さく笑う。だが佐ノ介は笑っていなかった。

 数馬は右手を開いて、それをじっと見つめる。そのまま彼は静かに尋ねた。

「なぁ佐ノ、人殺しってのは、どうやったって誰にも受け入れられないもんかね。人を守っても、人を殺したってだけで白い目で見られる。命賭けてんのに、割に合わねぇよなぁ」

 数馬は自嘲的に笑いながら佐ノ介に言う。佐ノ介は数馬の言葉に、窓の外を眺めながら答えた。

「だとしても、俺はやる。俺以外にマリを守れる奴はいないからな」

 佐ノ介はそう言って笑いかける。数馬は笑いながら右手を額に当てた。

「本当に好きだなぁ、お前」

「お前もだろ?」

「他人の女に興味ねぇよ」

「違う、一緒にいた木村の話だよ」

 佐ノ介の出した名前に、数馬の笑みが消える。

 数馬の表情を見て、佐ノ介は静かに声を発した。

「今から言うのは俺自身の信念なんだが」

 佐ノ介はそう前置きすると、数馬の横顔を見て話し出した。

「1人の女に惚れちまったなら、なんと言われようとその女のために尽くすべきだと思う」

「死んでも?」

「あぁ。その価値があるなら、命をかけるべきだ」

「…お前が言うと重みが違うなぁ」

 佐ノ介が並べる言葉に、数馬はしみじみと呟く。佐ノ介はそんな数馬を見ながら言葉を続けた。

「お前もそう思ってるんじゃないのか?割に合わねぇなんて愚痴をこぼす癖に、目は闘志に満ちてる。それはきっと木村のため。お前は彼女になんと言われようと、彼女の平和のために戦うつもりだ。違うか?」

 佐ノ介の言葉に、数馬は何も言えなかった。思わず数馬はため息を吐き、その後天井を見上げながら呟いた。

「…バカだろ?」

「男はバカでちょうどいいのさ」

 数馬はその言葉を聞いて、再び笑い出した。佐ノ介も、それを見て声を出して笑い、食事に手を伸ばした。




17:00

 機密図書館から戻ってきた暁広たちは、打ち合わせのために暁広の部屋にやってきた。

「トッシーの部屋汚いよぉ。服、脱ぎっぱじゃん」

「ごめんって。テキトーに横にどけて座ってくれ」

 部屋について文句を言う茜に対し、暁広は指示を出す。茜と心音は自分が座ろうとするところに置かれていた服を畳んで横に置き、圭輝と浩助は横に軽くどかした。

 暁広は自分の服やその他を蹴り飛ばしてスペースを作ると、そこに自分たちで手書きした機密図書館周りの見取り図を広げた。

「それじゃあ潜入の計画を立てましょうか」

 心音が暁広を見ながら言う。心音に言われると、圭輝と浩助は目の前の見取り図に膝を突き合わせた。

「それにしても、あれが機密を管理してる図書館なんだね。なんか普通の図書館ぽかったよ」

 茜が思い出したように呟く。心音は共感しながら解説した。

「確かにそうね。でもさっきから言っているように、あの地下が機密図書館になってる。地上の一見普通な図書館は、いわばダミーよ」

「普通の図書館の地下にまさか国家機密があるとは誰も思わないからな」

 心音の解説に、暁広も共感しながらうなずく。しかし、浩助が首を傾げた。

「地下も一般公開しているようだったが…」

「言ったでしょ。あれよりさらに地下があるの。エレベーターの制御盤に鍵が掛かってたの覚えてる?あれを開けるとさらに地下へのボタンが出てくる」

「なんか嘘くせぇな。トッシー、このちんちくりん信じて大丈夫かよ?」

 心音の言葉に、圭輝が呟く。暁広は考えながら答えた。

「手がかりがこれしかない。今は信じよう」

 暁広の言葉を聞くと、圭輝はわざとらしく大きなため息を吐いた。

「お人好しだな。おい、ちんちくりん、嘘だったら捻り潰すからな」

「いいわよ。嘘じゃないから」

 圭輝の脅しに、心音は至って平然とした様子で答える。それを無視して茜は暁広に尋ねた。

「でも、忍び込むのも大変じゃない?監視カメラすごく多かったし、警備の人も少なくなかった。営業時間外に潜入しても、鍵は開けられないし、監視カメラに見つかっちゃうしで、やっぱり難しいんじゃ…」

「だから助っ人を呼んだ」

 茜の言葉に、暁広は答える。

 驚く暁広以外のメンバーをよそに、暁広の部屋の扉がノックされる音が響いた。

「ちょうどいい」

 暁広はそう言って立ち上がると、扉を開ける。

「入ってくれ」

 暁広に言われると、3人新たに部屋に入ってくる。

「桃!」

「竜と正も」

 茜と浩助が驚いたように、入ってきた彼らの名を呼ぶ。

「これはどういう寄り合いなわけ?」

 桃が眼鏡を整えながら尋ねる。暁広は簡潔に説明を始めた。

「潜入したいところがある。みんなの力を貸してほしい」

「これは…『七時半に空手の稽古があるの。付き合えないわ』」

「『お許しください!』」

 暁広が言うが早いか、竜と正は嫌な予感を感じ取ってその場を去ろうとする。しかし、暁広はすぐに扉を閉め、扉の前に立った。

「俺たちは国会の機密図書館に潜入する」

「なんですって?」

 暁広の言葉に、桃が思わず尋ね返す。同時に、正と竜は言葉を失った。

「その図書館の中に、もしかしたら世界を平和にできる力について書かれたものがあるかもしれないんだ」

「『気でも狂ったんじゃないのか!?』」

「俺は正気だ。可能性に賭けたいだけなんだ!俺は、どんな人間でも平等に、幸せに生きられる世の中を作りたい!持って生まれた才能、性格、好み、そんなものに振り回されず、誰もが幸せに生きられる世の中を作りたいんだ!」

 暁広の熱意の前に、3人はもちろん、それ以外も黙り込んでいた。

「桃、君は戦いが好きなんだろう?そのせいでいつも悩んでる。戦いのない世界で、将来どう生きるか、いや、生きることすら諦めかけてるんじゃないのか」

 暁広の言葉に、桃は目を伏せる。暁広の言葉は図星だった。

「竜、正、お前たちもそうだろう?自分たちの趣味や嗜好が世の中と噛み合わなくて苦しんでる。クラスじゃ浮いて、ここでも居場所がない!」

 暁広が言い切ると、竜が暁広の胸ぐらを掴み、背中を壁に叩きつける。だが暁広はニヤリとしたまま竜の瞳を見た。


「作ってやる。お前たちの居場所を」


 暁広の言葉に、竜の力が弱まる。暁広はそのまま続けた。


「だから、お前たちの力を貸してくれ」


 竜は暁広から手を離す。正と桃も、伏せていた顔を暁広に向けた。

「…何をすればいい」

 竜が暁広に尋ねる。

「竜と正は機密図書館の監視カメラのハッキング。映像を差し替えてほしい。桃は俺たちと一緒に来てもらう。鍵開けを頼みたい」

「日程は」

「明日の朝10時からスタートだ。これから作戦を話す」




翌日 10:00 灯京国立第一図書館

 一見、やや大きく見えるだけの図書館の前に、暁広、茜、浩助、圭輝、心音、そして桃が立っていた。

 平日の月曜日であっても、この地域で1番大きな図書館であるので利用者数は少なくない。暁広たちはその中に紛れ込むようにして図書館へ入っていった。

「あー、あー、聞こえますか」

 暁広たちの耳元のイヤホンから正の声が聞こえてくる。暁広は茜たちと話しているように見せながら答えた。

「聞こえてる。エレベーター入ったところでまた連絡する」

「了解」

 暁広はそう言って会話を終えると、仲間たちを連れて図書館の中へ入る。

 入口にいた警備員に軽く会釈をしてから、暁広たちは足早に3階へ向かった。

 3階の視聴覚コーナーでは、それぞれの個人用に仕切りが設けられているため、利用者からはエレベーターの中はよく見えないようになっている。

 手筈通り圭輝がエレベーターに1番近い椅子に座り、利用者のフリをすると、暁広たちはエレベーターのボタンを押した。

「正」

 暁広の指示を受けて、正は自室のパソコンのキーボードを叩く。

「カメラは黙らせた。でも1分でブザーが鳴る。手早くやれよ」

 正の声をイヤホンで聞きながら、暁広たちはやってきたエレベーターに乗り込む。エレベーターの扉が閉まると同時に、桃が制御盤の前にしゃがみこみ、それが外から見えないように暁広たちは立った。


「…やれるかしら」

 桃は思わず固唾を飲んでから鍵開け用の道具を取り出す。細長い針金のようなそれを鍵穴に挿入すると、桃は鍵を開けようと試行錯誤する。

「あと50秒」

 イヤホンから正の声がする。桃はそれを聞き流して鍵と格闘していた。

「くっ…」

 桃は奥歯を噛み締めながら必死に手を動かす。暁広は外を見ながら桃を急かす。

「桃、急いでくれ」

「わかってる」

「あと30秒」

 桃のイヤホンからも正の声が聞こえてくる。桃は手を止めず鍵と格闘する。

 緊張する彼らの耳に、さらに圭輝の声が聞こえてきた。

「トッシー、1人そっち来てる」

「なんだと…」

 暁広は言葉を失う。そのまま彼は桃を見た。

「もう少し…!」

「あと15秒…!」

 正の声も切迫してくる。


 それに答えるように桃は鍵を開け、制御盤を開いた。


 中には本来存在しないはずの地下3階へのボタンがあった。

 心音はすぐに手袋を着けてそのボタンを押す。


 エレベーターは動き出し、暁広の目に映った図書館の利用客はエレベーターに乗り損ねたようだった。


「ふぅー…間に合わせた…」

 桃はひと息つくと、痕跡を消すために制御盤を閉じ、鍵を閉める。

「ありがとう、桃」

 暁広が桃に言うと、桃はくたびれた様子で親指を立てた。

 エレベーターは構わず動くと、下へ下へ降りていく。本来最下層であるはずの地下2階を通過すると、真っ暗な景色が続き、それが終わったかと思うと真っ白な通路が扉越しに暁広たちの前に現れた。

「これが…」

 暁広は目の前の景色に驚きを隠せないでいた。

 エレベーターの入口が開くと、暁広たちは周囲を見回しつつ前へ進む。

「暁広、監視カメラはハッキングしておいた。30分は図書館を探索できると思う。でも急げよ」

「わかった」

 暁広は機密図書館への入口へ歩きながら、竜からの通信に返事をする。

 それが終わると同時に、正からも連絡が入った。

「入口の電子ロックは解除しておいた。物理的なロックの解除は任せたぞ」

「仕事が多いこと」

 正の言葉に桃が愚痴をこぼす。そのまま桃は入口の鍵穴の前にしゃがみこむと、再びピッキングツールを取り出し、鍵を開け始めた。

 桃にとってはこちらの鍵の方がやりやすく、ものの数秒で鍵を開けた。

「すごい手際」

 茜の言葉に、桃は振り向いて少し眉を上げて見せる。暁広はそんな桃の横を通り抜け、入口の扉を押し開けた。


 扉の中、機密図書館と呼ばれる施設は真っ暗だった。暁広が持っていた懐中電灯の電源を入れて周囲に向けると、一見普通の図書館のように、無数の本棚とその中に本が並べられているようだったが、普通の本ではなく、何かのファイルの背表紙が並んでいるのがわかった。

「心音、龍人の資料がどこにあるか、見当つくか?」

「さぁなんとも」

「トッシー、手分けした方がいいんじゃない?」

 茜の提案に暁広はうなずくと、指示を出す。

「心音と浩助はこの階を、俺と茜で下を調べる。桃、見張りを頼む」

「了解」

 暁広の指示で、それぞれ足早に動き始める。

「あと20分」

 竜の残り時間を告げる声を聞きながら、暁広と茜は下の階へ走り出した。



 下の階にたどり着いた暁広と茜は、先ほどよりも背の高い本棚に囲まれた。心音たちに任せた階よりも、はるかに本の数が多い。

 暁広は近いところからライトで照らすと、本が五十音順で並べられていることに気づいた。

「ここは『な行』のスペースか…茜、奥に行こう」

「わかった」

 暁広が指示を出すと、茜はそれに従って共に奥へ駆けていく。

 ライトでファイルの背表紙を照らしながら、五十音が進んでいくのを見る。「ら行」のあたりに差し掛かると、暁広は歩みを遅め、一冊ずつ背表紙に記されている文字に目を凝らす。

「ら…り…見つけた!」

 暁広は自分より少し背の高いところに、『龍人についての調査報告書』と背表紙に記されたファイルを見つけた。何かに突き動かされるようにそのファイルを手に取ると、手近なところにあった机の上にファイルを広げ、ライトでページを照らす。

 ページの上端に、ハンコの下半分と思わしきマークが入っている。暁広がクライエントのアジトで見つけたファイルについていたマークと同じそれだった。

「本当にあったんだ…!」

 茜が声を上げる。それに構わず、暁広はカメラを取り出し、茜にライトを手渡した。

「照らしてて。写真撮るから」

 暁広の指示を受けて、茜はページを照らす。ファイル自体は分厚いが、中身となるページはさして多くはなかった。

 暁広はカメラのファインダーに映る龍人についての文章を眺めながら、奥歯を噛み締めつつ、写真を撮っていく。

「あと10分だ」

 イヤホンから竜の声が聞こえてくる。暁広はそれを聞くと、写真を撮りながら指示を出した。

「心音、浩助、こちらは龍人に関する資料を見つけた。引き上げる準備をしてくれ」

 暁広の言葉に少し驚いたように浩助と心音は目を合わせ、すぐに桃の下へ走り出した。

 暁広はカメラをしまうと、茜に目配せしてライトをしまわせる。暁広は目の前に広げたファイルを畳むと、元あった場所に戻した。

 暁広はファイルをしまうと、うなだれる。

「どうしたの、トッシー?何か嫌なことでも書いてあった?」

 重い表情をする暁広に、茜は尋ねる。暁広は静かに答えた。

「龍人の正体について書いてあった」

「それで、何者だったの?」

 暁広は息を吸うと、言葉を並べ始めた。

「龍人は、過去の人類だ」

「どういうこと?」

「過去の人類は、龍石りゅうせきと呼ばれるものから力を得て、龍人になった。そして、平和な暮らしを築き、何万年と栄え、最後は隕石で彼らは消滅した」

「だいたい心音が言ってたことと一致するね」

「ここからが大事なんだ。どうして龍人は平和だったと思う?」

 暁広の急な問いかけに、茜は戸惑う。

「え…わかんない」

「彼らは不老不死だったんだ。現代の人間を遥かに凌駕した身体能力と頭脳を持ち、不老不死だった彼らは争わなかったんだ」

「そう書いてあったの?」

「あぁ」

 暁広の目は、未だ何かを思っていた。喜びではない、怒りにも似た何か。茜はそれを感じ取っていた。

「龍人…この力があれば、誰も死なない、平和な世の中が作れる。そう思わないか、茜」

 暁広は茜の手を握りながら言う。茜はまだ状況の整理ができておらず、戸惑っていた。

「なのに…龍人はどうして国家機密になっていると思う?」

「…わかんない…」

「答えは簡単だよ、茜」

 茜はその瞬間、暁広の瞳に宿っていた感情が理解できた。

「この国を支配してる人間たちが、それをひっくり返されないようにするためだ」

 怒りだった。暁広の心の中に渦巻く強い憤りが、彼の言葉から滲み出ていた。

「俺は許せないよ…自分の利益を守るため、弱者から抵抗の手段を奪うなんて…!力は平等に与えられるべきだ!」

 暁広は茜の手を握る力を強める。茜はそこから伝わる暁広の熱から、彼の想いの強さを感じていた。

「俺は、絶対にこの世界をひっくり返す!世界の全員が龍人になり、平等に力を手に入れ、死人も出ない世界を創る!」

 暁広は本気だった。茜には、それがよくわかる。

「もう二度と俺たちの故郷のような場所は作らない!火野のような哀しい人間を生み出しはしない!…俺たちなら!」

 熱くなる暁広をおさめるように、イヤホンから竜の声が響いた。

「あと5分だ!終わったなら早く引き上げてくれ!」

 竜の声で我を取り戻した暁広は、必要以上に強く茜の手を握っていることにようやく気づいた。

「あぁ、ごめん。熱くなりすぎた」

「大丈夫、一旦引き上げよう?」

 茜に諭されると、暁広は頷き、2人は階段を登っていく。

 暁広の隣を歩く茜は、静かに暁広に声をかけた。

「ねぇトッシー」

「なんだ?」

「私もついてくから」


 浩助、心音、桃の待つ機密図書館の入り口前に、暁広と茜がやってきた。

「すまん。待たせた」

「急ぎましょう」

 暁広の謝罪を話半分で聞き流すと、心音が指示を出し、全員その場を後にする。

 機密図書館の入り口の扉に、桃はもう一度鍵をかけると、暁広たちが呼んでおいたエレベーターに駆け込む。それを見て、暁広はエレベーターのボタンを押すと、エレベーターは元々彼らがやってきた3階まで昇って行った。

「竜、もういいぞ」

「おっし」

 暁広の指示で竜はエレベーターの監視カメラの映像と、機密図書館の監視カメラの映像をもとに戻す。暁広たちがいた形跡は、なかったことになった。

「全く。一応最高クラスの警備システムのはずよ?それをあっさり破るなんて」

「竜も正も、桃も、最高以上ってことさ」

 心音の言葉に、暁広は笑いかける。心音は肩をすくめてそれに応えた。




15:00

 武田のビルに戻ってきた暁広たちは、一度暁広の部屋に全員集合した。

 暁広がカメラに収めた情報を全員に開示しながら、龍人について話すと、その場にいた全員が静まりかえり、現実離れした話に耳を疑っていた。

「龍人は確かに実在する。いや、実在した」

 暁広の言葉に、全員何も言わずに耳を傾ける。暁広はそのまま堂々と語り始めた。

「俺は決めた。この龍人の、不老不死の力で、平和な世界を作る。誰も死なず、どんな人間でも平等に生きられる、そんな世の中を俺は作る」

 暁広の言葉に、茜は隣で暁広の横顔を見上げる。しかし、暁広の目の前に座り込む仲間たちは、下を向いていた。

「夢みたいなことね」

 桃は暁広の言葉に、呟く。桃の言葉は、その場にいた多くの人間の内心にあるものだった。

「そうだな」

 暁広はうなずく。そして前を見て返した。

「だけど、俺たちはその『夢みたいなこと』を何度も実現してきた。そうだろう?今こうして生きているのだって、夢みたいだけど、俺たちが実現してきたことだ。今回だって同じだ。俺は諦めない」

 暁広の言葉を聞いても、茜以外は俯いている。

 しばらくの沈黙の後、桃、竜、正は立ち上がる。そのまま3人は部屋から立ち去ろうとした。

「お前たちはきっと、また来るよ。そして俺に協力してくれるはずだ。自分の居場所のために」

 暁広は3人の背中に、声を投げかける。3人は何かを見透かされたような不快感を覚えたが、それをグッとこらえて部屋を出た。

 部屋に残った浩助、圭輝、心音の3人も、ゆっくり立ち上がる。そして何も言わずに去っていった。


 残った2人、暁広と茜は黙り込んでいた。

 静まり返った部屋で、暁広はゆっくりと腰を下ろした。

「トッシー」

 茜が暁広の肩に手を置く。暁広は茜の手に自分の手を重ねると、静かに言葉を発した。

「大丈夫。茜がわかってくれたように、みんないずれわかってくれる」

 暁広はじっと正面を見つめる。彼の瞳には、彼の描く理想の世界が見えていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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