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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
1.少年たち
26/65

25.人殺し

残酷な描写が含まれています

苦手な方はご注意ください

 うめき声が聞こえる。耳慣れない男の低い、何かに苦しむ声。

 木村陽子はそれによって目が覚めた。

「なに…?この声…?」

 先ほどの光の明滅で、未だに頭がはっきりと働かない。陽子は頭を振りながら声の正体を探す。

「うぅ…っ!ぅうううぅ…!」

 またうめき声が聞こえる。同時に、何か金属が床にぶつかるような音も聞こえた。

 陽子はゆっくりと上体を起こす。

 腰を床に下ろし、周囲を見回す。うめき声は陽子の後ろから聞こえてきていた。

 息を飲みながら陽子はゆっくりと振り向く。

 陽子の目に映ったのは、後ろ手に手錠をかけられ、苦しそうに声を上げる数馬の姿だった。

「数馬…!?」

 陽子はその声の正体に気づくと、数馬に近づく。だが数馬は体をよじって苦しそうにしていた。

「数馬、数馬!」

 陽子は数馬に呼びかけながら数馬を見る。何かにうなされるようにしながら額に油汗を浮かべていた。

 陽子は不安に思って数馬の額に手を当てる。だがとてもずっと触り続けられるような温度ではなかった。

「ひどい熱…!これじゃ…!」

 陽子は不安に思いながらポケットからハンカチを取り出し、数馬の額の汗を拭く。数馬もうめき声は収まったが、それでもまだ呼吸がひどく荒れていた。

「何が起きてるの…?なんなの?あの人たちも、あの光も…。本当に意味がわかんないよ…」

 陽子は不安そうに呟きながら数馬の額の汗を拭く。

 しかし数馬は一向に目を覚ます気配を見せない。陽子の不安は加速する一方だった。

「このまま知らないところに連れていかれちゃうの…?もう帰れないの…?もうあの海も行けないの…?もう…もう…」

 不安に押し潰されそうな陽子の瞳から涙が溢れる。雫は静かに数馬の頬を濡らした。

「数馬…目を覚ましてよ…!」




「…またここかよ」

 数馬は暗闇の中にいた。何度となく訪れている夢の中であり、数馬自身の心の中である。

「二度と出てくるなっつったよなぁ、ヤタガラスさんよ」

 数馬は言葉に怒気を込めながら振り向く。数馬の言った通り、ヤタガラスがそこに立っていた。

「お前なんなんだよ。この間消えたじゃねぇか。なんでこの期に及んで出てくるんだよ」

「言っただろう。『また会おう』と」

 数馬が苛立ちながら尋ねるが、ヤタガラスは平然とした様子で言葉を返す。数馬は余計に苛立ち、言葉を返す。

「お前は俺の悩みの象徴なんだろ?俺に悩みなんてねぇ」

「違う」

「違わねぇ!さっさとここから出せ!早いとこあいつらとっちめて陽子を」

「私が象徴するのは、お前の悩みではない」

 熱くなる数馬の言葉を遮って、ヤタガラスは冷静に言葉を発する。数馬は言葉を失った。

「何?じゃあお前一体…」

「私はヤタガラスであってヤタガラスではない。重村数馬、お前自身の戦いたいという欲求、闘争本能が、ヤタガラスの姿を借りて話しているんだ」

 目の前のヤタガラスは、堂々と言い切った。

 数馬は、合点がいったように頷いていた。

「なるほど。俺が初めて戦いってものを意識した相手だからか」

「細かいことはどうでもいい」

 ヤタガラスは数馬の言葉を受け流す。

 同時に、数馬の足下から白い光がヤタガラスへと伸び、ヤタガラスのところでふたつに分かれた。

「今、君の前にはふたつの道がある」

「道?」

「ひとつは私を受け入れ、戦う道」

「もうひとつは?」

「私を拒絶し、ここから逃れる道」

 数馬の質問に、ヤタガラスは答える。

 眉をひそめる数馬に、ヤタガラスは言葉を続けた。

「戦いを選べば、彼女を救えるだろうが、君は壮絶な人生を送ることになるだろう」

「逃げれば?」

「彼女は救えないが、君は平穏無事な人生を歩むことができる」

 ヤタガラスの提示したふたつの道に、数馬は黙り込んで考え始める。

「来た道は引き返せない。よく考えるんだ」

 悩む数馬に、ヤタガラスは声をかける。


 一瞬の沈黙の後、数馬は顔を上げて呟いた。


「戦おう」


 ヤタガラスは、数馬の表情を見る。そして目を細めて尋ねた。

「いいんだな?お前が忌み嫌っていた自分自身の闘争本能。それを受け入れるんだぞ?」

 ヤタガラスの言葉に、数馬は決意を秘めた表情で答えた。

「あぁ。他でもないそこにいる彼女が、『色んな自分も自分自身』って言ってくれたからな。そう言ってくれた彼女を、俺は救いたい」

 数馬の不敵な笑いがヤタガラスの瞳に映る。

 ヤタガラスも、数馬の言葉に不敵な笑顔を見せた。

「わかった。俺はお前だ。お前の思うままに、この力を振るえ」

「おう!」

 ヤタガラスの言葉に、数馬は威勢よく答える。

 瞬間、ヤタガラスは赤黒い光の粒に変化する。それは、凄まじい勢いで数馬の体に入り込んでいった。

「うぉっ…!うぅ…!」

 数馬の身体中に光の粒が巡っていくのがわかる。それと同時に、数馬は自分が考えられないような力を手にしようとしているのを実感していた。

「うぉおおおおおおおおおっっっっっっ!!!!!」




「おはようさんっ!」

 数馬はそう叫びながら上体を跳ね起こす。

 しかし、その頭は陽子の側頭部にぶつかった。

「痛っ!」

「おぅふ!」

 陽子は頭を押さえながら数馬から離れる。一方の数馬も頭を押さえようとしたが、後ろ手に手錠をはめられていたせいで身をよじることしかできなかった。

「いったぁーっ…」

「悪かった。大丈夫?」

 数馬が尋ねると、陽子は頭を押さえながら頷く。数馬もよかったよかったと頷いた。

「元気そうでよかった…ずっとうなされてたみたいだったから…」

「看病してくれてたのか。ありがとう」

 数馬は陽子に言う。陽子は恥ずかしそうに目を逸らして頷いた。

 数馬は改めて上体を起こし、自分の状態を確認する。後ろ手に付けられた手錠は、普通にやっても外せそうにはなかった。

「それ、外せそう?」

「普通は無理、かな。でも、今ならできるかも。下がってて」

 数馬の指示に従うと、陽子は距離を取る。そして数馬の様子を注意深く観察していた。

「…やるぞ」

 数馬はそう呟くと、手錠を引きちぎろうと手首に力を入れる。

「ふん!うぉぉぉっっ…!」

 しかし手錠は頑丈で、簡単に引きちぎれるわけもない。それでも数馬は続けた。

「ぬぅうううう…!」

 見ている陽子も思わず力んでしまうほど、数馬は力を入れる。しかしやはり金属には敵わなかった。

「ひぃーっ。ダメだこりゃ」

「もう。なにやってるのよ」

 数馬は詰めていた息を吐く。陽子は数馬の様子に小さくため息を吐いた。


 2人を閉じ込めている扉の格子窓から、影が伸びた。

 2人がそれに気づくと、次の瞬間には扉が開く。

 2人の前に、黒のタンクトップと肩に蜘蛛のタトゥーを入れた色黒の男、スパイダーが現れた。

「お楽しみのところ悪いが、もう少し寝ててもらうぞ」

 スパイダーは冷徹に言う。しかし、すぐに数馬が声を張った。

「おい!その子は関係ないだろう!帰してやれ!」

 数馬の言葉に、スパイダーは蹴りで答えた。その光景に、陽子は思わず目を伏せたが、すぐに数馬に駆け寄った。

「数馬!?」

 数馬を介抱する陽子を見て、スパイダーは小さくため息を吐いた。そんなスパイダーを見て、陽子は震えながら尋ねた。

「どうしてこんなことするんですか…!」

「言っただろ。世界を救うためだ」

「もっと平和な方法があるはずです!話し合って分かり合うことだって…!」

 次の瞬間に聞こえてきたのは陽子の悲鳴だった。スパイダーの殴打が、陽子の頬を襲っていた。

「痛い…」

 陽子は初めての痛みに、涙を堪えきれなかった。それでもスパイダーにそれだけは見せまいと顔を隠した。

「あのなぁ、世の中そんな甘くないんだ。力じゃなきゃケリがつかないこともあるんだよ。それがこれだ。わかったら大人しくしてろ、小娘」

 陽子は初めて受ける恫喝に、恐怖の気持ちを抑えきれなかった。

 

 陽子を見下ろすスパイダーの正面に、数馬は手錠を付けたまま立ち上がった。

「あ?」

 スパイダーは数馬の方を見る。下を向いていた数馬の表情は見えなかった。

「おっさん良いこと言うじゃねぇか。力じゃなきゃケリつかないってさ」

 数馬は顔を上げる。殺意を隠そうともしない数馬の目線がスパイダーの目に突き刺さった。


「俺もそう思うぜ。テメェをブッ殺さなきゃ、俺の気が収まらねぇ!」


 数馬の声が部屋に響く。


 同時に、彼の全身を赤黒い稲妻が走った。


「来たか…!」

 スパイダーは身構える。それとほとんど同時に、赤黒い稲妻が手錠の鎖を寸断すると、赤黒い光を纏った両手を拳にして、数馬は構えた。

「俺もお前もこれが得意だろ?じゃあこれでやろうぜ!」

 数馬が叫ぶ。それに対し、スパイダーは静かに呼吸を整えた。

「重村数馬の『終わりの波動』…そう、俺は貴様を倒すためにここに来たんだ!」

「やってみろ!」

 数馬はそう叫ぶと、スパイダーへと駆け寄る。

 スパイダーは指を鳴らす。次の瞬間、突風が吹いて数馬を吹き飛ばし、2人の距離は離れた。

 スパイダーはいつでも逃げられるように出口を背後に陣取る。一方の数馬はその正面に立った。


 お互いの距離は十歩。数馬はどうやって近づくか、様子を窺いながら脳内で算段を立てていた。

(あいつは『原子を操る力』だとか言ってたが…それが本当ならこっちの想像は越えてくるだろう。だったら下手に考えるよりもシンプルに!)

 数馬は脳内でまとめると、前へと踏み出した。

(近づいて、ブン殴る!)

 構えを解くと、そのまま全速力でスパイダーへと走り出した。

 数馬との距離があと5歩まで縮まる。

 スパイダーは右の手のひらを下に向けながら、右腕を伸ばし、そのまま右手を握りしめる。

(余裕こいてんのか?)

 数馬は疑問に思いながらも足を止めない。1番右ストレートの威力が出るスパイダーまであと一歩の距離まで踏み込んだ。

(もらった!)

 前脚に体重を乗せながら足腰の回転を乗せた渾身の右ストレート。強烈な一撃がスパイダーの頬へ炸裂するはずだった。

 数馬の前脚を乗せていた床が抜けたのである。

「!」

 右ストレートは大きく外れ、数馬は右手を床に叩きつける形になる。

 同時に、左脚が床にはまった数馬は、身動きが取れないでいた。

「クソッ!欠陥住宅が!」

「言っただろう?俺の能力は『原子を操る』こと。ちょっと能力を使えばこんなものさ」

 毒づく数馬に、スパイダーは数馬を見下ろすようにして言う。しかし数馬は言葉を返した。

「じゃあ俺のことを原子レベルにバラバラにすりゃいいじゃねぇか?そうして持ち運ぶのが1番手っ取り早いと思わねぇか、え?」

 数馬の言葉に、スパイダーは眉をひそめる。

 同時に、何かに気づいた数馬は、ニッと笑った。

「『できない』んだろ?俺をギリギリまで引き寄せたのもそうだ。お前の能力、真価を発揮できる距離はかなり短いと見た」

「だからなんだ」

「きっと俺をバラバラにするには、俺に触れられるくらい近づかなきゃならんのだろ?しかし俺を触ろうとしないのは、俺の超能力が怖いからだ!」

 数馬はそう言うと、床にはまった左脚に力をこめる。

 赤黒い光をまとった左脚が、床を蹴り上げて壊すように抜け出してくる。

 スパイダーは改めて3歩距離を取り、構え直した。

「やっぱりな。こんなコンクリの床を簡単に壊せるわけはねぇ。つまり、俺はお前に触れば勝ちってことさ」

「やってみろ、できるものならな」

 スパイダーは右の手のひらで円を描く。

 瞬間、次々とスパイダーの周囲に無数のナイフが数馬に刃先を向けて現れた。

「ここからは本気を出させてもらう。生捕りなんて生優しいことはしない!」

「そうこなくっちゃなぁ!」

 スパイダーの宣言に、数馬も明るく言葉を返す。


 ナイフが一本ずつ数馬に飛んできた。

 数馬はそれを後ろに下がりつつ回避していく。

 しかし、そのせいでスパイダーとの距離も開いていき、数馬は壁際まで追い込まれた上、スパイダーとの距離は始まった時よりも遠い12歩の距離まで離された。

「そこだ!」

 スパイダーが左手で数馬を指差しながら右手で指を鳴らす。

 数馬のいる位置に光が集まったかと思うと、次の瞬間には爆発していた。

 数馬は咄嗟に横に飛び退いたが、先ほど数馬のいた位置で起きた爆発の爆風で、大きく吹き飛ばされた。

「くっ…!」

「逃がさん!」

 数馬が倒れていた床が溶け、数馬の足首や手首を固定するように溶けた床が回り込み、固まる。数馬の手足は床に拘束され、数馬は大の字になって動けなくなっていた。

 スパイダーは再び左手で数馬を指差しながら、右手を鳴らした。

「おしまいだ」


 身動きが取れない数馬の目の前に、光が集まっていく。

「数馬…!」

 陽子も遠目で見ながら覚悟を決めた瞬間、爆発の光と爆風が辺りを包んだ。


 爆風からしゃがんで身を守りながら、スパイダーは呼吸を整えていた。

「はぁ…はぁ…久しぶりにここまでの規模の爆発をやった…クライエントには悪いが、わかってくれるだろう…」

 スパイダーがそう言って立ち上がった瞬間だった。


 爆風の黒い煙の中から、赤黒い銃弾がスパイダーに向けて飛んできた。

「!」

 瞬時にスパイダーはその銃弾をかわす。

 だが、スパイダーは息を飲んだ。

「なんだと…?」

 スパイダーは爆風の方を見る。彼が固唾を飲んだ瞬間、聞き覚えのある声が爆風の中から聞こえてきた。

「こりゃすげぇや。お前たちには礼を言わなきゃな」

 爆風の中から、人影が現れる。

 煤で体中が黒く汚れたその男、重村数馬は、赤黒いオーラをまとい、右手には赤黒い拳銃を握りしめて現れた。

「これが『終わりの波動』の力…!やはりこいつは…!」

 スパイダーは再びナイフを発生させ、数馬に飛ばす。

 しかし、数馬のまとった赤黒いオーラは、飛んできたナイフを消滅させた。

「…!」

 スパイダーは言葉を失う。もはや今の数馬にはどんな攻撃も通用しない。


「こっちの番だ」

 

 数馬はそう言うとゆっくりと歩き出す。赤黒いオーラをまとい、赤黒い拳銃を右手に、真っ直ぐ堂々とスパイダーへと歩いていく。

「…クライエントのため、世界のため…!ここで逃げるわけにはいかない!」

 スパイダーは引き下がりながらナイフを発生させ、飛ばす。しかし、やはり数馬のオーラは飛んでくるナイフを消滅させる。

「お前の能力だって無限ではない!これを食らえっ!」

 スパイダーは両方の手のひらを合わせて数馬に向け、力を込める。

 先ほどよりも大きな爆発が、数馬の正面を襲った。

「ぬぅっ!」

 数馬も思わず吹き飛ぶ。彼がまとっていた赤黒いオーラは、消えていた。

「そこだ!」

 スパイダーは右の手のひらで円を描く。

 無数のナイフが数馬に向けて空中にいた。

「食らえ!」

 ナイフが数馬へと飛んでくる。

 数馬はそのひとつひとつを拳銃で全て撃ち落とし、立ち上がってスパイダーへと歩いていく。

 一方のスパイダーもそれに合わせて下がりながらナイフを放っていく。

「今なら…!」

 スパイダーは再び両方の手のひらを合わせて数馬に向ける。強力な爆発で数馬を消し飛ばすつもりだった。

 数馬もそれを見てスパイダーに向けて拳銃の引き金を引く。

 スパイダーは瞬時に飛び退いてそれをかわした。

 それが運の尽きだった。


「なっ…!」


 自分自身が作り、数馬が蹴り広げた床の穴に、片足を突っ込んでいたのである。

(このままでは…!)

 体勢を崩したスパイダーは、構えが解けていた。数馬はそこを見逃さなかった。

「そぉりゃああああっ!」

 裂帛の気合いを込めながら数馬はスパイダーへと駆け寄っていた。

(くっ…!)


 スパイダーは右の手のひらで円を描く。


 数馬との距離はあと2歩。


 空中に無数のナイフが浮かんだ。


 数馬との距離はあと1歩。


 ナイフが飛んでいった。


 数馬のいない虚空へ。


「ぐっ…!」

 

 数馬の拳は、ナイフが飛ぶよりも先にスパイダーの頬へと直撃していた。


「消えろぉッ!」


 数馬の叫びと共に、数馬の右手に赤黒い光が宿る。

 数馬は、拳を振り抜いた。


「うぐわぁあああああっ!!!」


 スパイダーは絶叫しながら宙を舞う。

 赤黒い光が体中に奔り、彼の体は塵になっていった。

 

 数馬は右手を振るう。渾身の一撃は、数馬の右手にも負荷を与えていた。

「いっちょあがりぃ」

 数馬は小さく呟き、僅かに微笑む。

「それじゃ、逃げようぜ、陽子…」

 数馬はいつも通り軽口を叩きながら陽子の方を見た。


 陽子の表情は怯えきっていた。

 そして、その目は数馬に向けられていた。

 得体の知れない存在を見るような、生理的な嫌悪感を隠しきれていない、怯えきった目。


「人殺し…」


 陽子の口から、静かに発せられたその言葉を、数馬は聞き逃すことができなかった。

 正面から、真っ直ぐその言葉を受け止めた数馬は、言葉を失っていた。


「どうしてあなたは人を殺しても、平然としていられるの…?」


 陽子の言葉が続く。陽子の素直な疑問に、数馬は答えられなかった。


「あなたは…何者なの…?」


「俺は…」


 人殺し。


「…違う、俺は…!」


 言葉が出てこない。


 数馬は同時に体の内側から激しい痛みを感じ、うずくまる。


「おい、数馬!無事だったか!」

 数馬と陽子の閉じ込められていた部屋の入り口から、佐ノ介の声がする。佐ノ介と一緒にいたマリは、すぐに陽子に駆け寄った。

「あ、陽子ちゃん!あなたもさらわれてたの?」

「そう…みたい」

「無事でよかった。とりあえず、ここを出ましょう」

 マリは陽子の手を取って立たせると、部屋を去っていく。

 佐ノ介は、それを見ると、うずくまる数馬へと歩き寄った。

「数馬、俺たちも行こう」

 佐ノ介はそう言って数馬の背中を叩く。

「ゲフッ、グフッ」

 数馬が咳き込む。

「おい、しっかり…」

 佐ノ介がそう言って数馬の背中をさする。だが、その瞬間、彼の目に入った光景に、彼は言葉を失った。

「おい…その血…」

 数馬の手のひらに付いていたのは、鮮やかな色をした血だった。先ほどの咳でついたものである。

「…フラれたショックかな…」

 数馬は苦しそうに軽口を叩くが、すぐにまた咳き込み始める。

 咳が止まらず、数馬の口からは抑えきれない血が溢れていた。

「おいおいおいおい!しっかりしろ数馬!おい!」

 佐ノ介は必死に数馬の背中をさするが、数馬の咳は治まらない。

「マリ!来てくれ!早く!」

 佐ノ介は救護の心得が多少あるマリの名を叫ぶ。

 それに構わず、数馬は咳を続ける。

「しっかりしろ!すぐに助けてやる!」

「佐ノ…」

 佐ノ介が背中をさすっていると、咳の止まった数馬が佐ノ介を呼ぶ。

 佐ノ介は素早く身を乗り出すと、数馬と目を合わせた。

「おぅ、どうしたよ?」

 数馬は何かを言おうと口を動かす。


 しかし、声を出す間もなく、数馬は自分が咳で出した血だまりに倒れた。


「数馬…!?数馬ァッ!」


 佐ノ介は数馬の名を呼ぶ。しかし数馬はそこに静かに倒れるだけだった。


暁広たちはフォルダーを倒した後も探索を続けていた。

「ちくしょう、出口も何もねぇな。どんだけ広いんだここ」

 流が歩きながらボヤく。すぐに星が呟いた。

「さっき壁や人が消えたことから、この壁とかがハリボテの可能性はあるが、元の敷地が広いのは間違いないだろうな」

 星の言葉を聞きながら、暁広は先頭を歩く。

 ふと前を見ると、数メートル先の壁に扉があることに気がついた。

「浩助、ついてこい」

 暁広は浩助に短く言うと、その扉に向けて走り出す。浩助は隠し持っていたナイフを抜きながら暁広の少し後ろからついていった。

 扉にたどり着くと、暁広は扉の上側に付いている格子窓から中を見る。

「どうだ」

「当たりだ。捕まったみんながいる!」

 浩助の質問に、暁広は声を僅かに高くして言う。

「で、どうする?」

 浩助が尋ねると、暁広は一瞬考えて結論を出した。

「さっきのショットガン、やってみるか」

 暁広はそう呟くと、右手を広げ、そこに力を込める。

 青白い光が集まり、ショットガンを形作ると、暁広は鍵穴に銃口を密着させて引き金を引いた。

 扉の鍵はドアノブごと吹き飛んだ。

「やった」

 暁広が言うと、浩助が扉を蹴り開ける。


 中には、気絶した状態の仲間たちがいた。

「みんないるな!浩助、茜たちを呼んで来てくれ。みんなを起こしてここから逃げるぞ」

「了解」

 浩助はナイフをしまいながら返事をし、走り出す。

 暁広は同時に、右手に握られたショットガンを眺め、静かに笑った。

「この力、悪くない」



 そのころ、ライターは爆破された跡の残る動力室へ来ていた。

「派手に吹っ飛ばされちまってるよォ…直せるかなぁ」

 ライターは愚痴をこぼしながら機械の前に座る。この建物を大きく見せているコンピューターを修理するため、工具を取り出した。

「よっしゃ、武田たちも詳しいことはわかんなかったみたいだな。1番大事なところは生きてる」

 ライターは安心したように呟くと、工具を取り出そうとした。

 しかし、彼は怪しげな気配を感じると、工具から銃へ持ち替えた。

「誰だ」

 ライターは銃を構えながら入り口に近づく。だが誰も出てこない。

 ライターは覚悟を決めると、入口から廊下へ飛び出る。

 入口の両側に待ち伏せていた隼人と狼介が一斉にライターに襲いかかってきた。

「鈴木狼介と横山隼人!抜け出してやがったか!」

 ライターは2人から距離を取って光線銃を発砲する。しかし狼介は素早く転がり、隼人は身を屈めることでその攻撃を回避した。

「こいつ…!」

 ライターが怒りをこらえていると、狼介がそのままライターの方へ転がり、光線銃を蹴り上げた。

 光線銃はライターの手元を離れ、宙を舞った。

「しまった…!」

「隼人!」

 狼介が隼人の名を呼ぶと、隼人は一気にライターへ近づいた。

「!」

 ライターが気づいた時には遅かった。

「そぉぅらっ!」

 隼人は自分の脚をライターの両脚の間に差し込み、その脚でライターを払うことでライターをひっくり返した。

「うぉぁっ!」

 ライターは床に倒れる。狼介は光線銃をキャッチすると、そのままライターに向けた。

「よくやった2人とも」

 そう言って現れたのは和久だった。背後には一緒に脱獄した仲間たちもいる。

「すごい動きだった。俺も見習わないとな」

 竜雄はそう言って狼介と隼人を褒める。その間に、和久は雅紀と雄三に指示を出した。

「雅紀、雄三、敵の中枢を完全に破壊してきてくれ」

「よっしゃあ任せろ。実家は電気屋だぜぇ!」

「ま、ほどほどに」

 雅紀は狂喜しながらライターの出てきた部屋に入る。少し遅れて雄三も部屋に入った。

「さて、こっちだが」

 泰平は倒れているライターを見下ろしながら呟く。ライターは不服そうな表情を隠さなかった。

「こちらとしても無駄な殺生は好まない。どうか自分の時代や世界に帰ってもらえないだろうか」

 泰平はライターに向けて言う。

 ライターは首を横に振った。

「嫌に決まってるだろ…!お前たちにわかるもんか!毎日毎日仲間が死んでいき、それを救う手もない地獄が!そんな世界に帰れってのか!そんな世界で生きろってのか!そんな世界を救うのが、そんなに悪いことなのか!?」

「そうは言っていない。だが、やり方はあるだろう?」

 感情的になるライターに対して、和久が落ち着いて諭す。

「仮にもっと穏便な手段をとってくれれば、こちらだってそう悪いことはしなかった」

「何度もそうしたさ!今回のお前たちに会うまでに、もう100回はこうしてお前たちに頼み込んださ!だが結果は全てNOだ!」

 泰平は首を傾げた。

「お前たち、俺たちに何をやらせようとしたんだ」

「『秩序』を作らせようとしたんだ!人類の悪になるものは皆殺しにし、戦争を芽から摘み上げる!」

「善悪の基準は?」

「俺たちだ!」

「そんなの秩序でもなんでもない。ただ気に食わない相手を排除するだけの独裁だ!」

 泰平が声を大きくする。ライターは負けじと言葉を返した。

「ああそうだ!それしかもう方法は無くなってたんだよ!何につけても自由を主張する連中が!自分の利益だけを追い求めて人類を滅ぼした!だったらそれごと滅ぼすしかない!そんな世の中を作ったのは、お前たち過去の人間たちだ!」

 ライターは白熱するうちに立ち上がる。

「俺たちの世界を返せ!」

 ライターは怒りそのまま正面の狼介に殴りかかる。

 反応が遅れた狼介はそのまま殴り飛ばされ、光線銃を奪われる。

 ライターは光線銃を手にすると、和久に銃を向けた。

「お前たちが綺麗事を言うたび、反吐が出る思いだった!今さえ良けりゃいい綺麗事なんてな!なんの意味もねぇんだよぉっ!」

 ライターが引き金に指をかけた瞬間だった。


 銃声が鳴り響いた。

 ライターは自分の胸に風穴が空いていることに気がついた。

「…結局…このザマか…」

 ライターは静かに笑う。次の瞬間には、彼は何も言わずにそこに倒れていた。

「無事か」

 泰平たちの背後にいたのは、銃を持った幸長だった。

「幸長さん。えぇ、無事です」

「…なるほど、お前たちのところの保護者か」

 泰平が幸長と短く会話を交わす様子を見て、和久はひとり呟いた。

「周りの子どもたちは、お友達か」

「えぇ、一緒に誘拐されました」

「わかった。私はこの後武田さんと合流する。君たちの身柄は佐藤が預かる。ついていってくれ」

「了解」

 幸長は泰平に指示を出す。幸長は話し終えると佐藤と入れ替わりにその場を立ち去った。

 会話している声を聞きつけて、雅紀と雄三が顔を出す。2人の顔は煤で汚れていた。

「どうなった?」

 雄三が尋ねると、和久が佐藤の方に目配せをする。雅紀はそちらの方に目をやった。

「あーらベッピンさん」

「この人について行って逃げるそうだ」

 和久が状況を説明する。雅紀と雄三は納得した様子でうなずいた。

「こっちよ。ついてきて」

 佐藤が子どもたちを案内する。子どもたちは素直にそれについていくのだった。



同じころ

 囚われていた仲間たちを全員起こした暁広は、みんなの様子を眺めて指示を出していた。

「ここからは二手に別れよう。圭輝、浩助、俺と一緒に来てくれ。黒幕を倒す。残りは出口を探して先に脱出してくれ。駿、心音、みんなの指揮を任せる」

「それは引き受けるとして、トッシーたち、勝てるの?」

 心音が鋭い表情で尋ねる。暁広はわずかに微笑んで答えた。

「大丈夫。勝算はある」

 茜は隣の暁広を不安そうに見る。しかし暁広は自信に満ちた表情をしていた。

「トッシー、だったら私も連れてって」

 玲子が一歩前に出ながら言う。暁広は首を横に振った。

「ダメだ」

「どうして。実力だったら私だって」

「だからだ。茜と玲子は、みんなを守ってあげてほしい。俺たちは大丈夫」

 玲子は不服そうな表情だった。しかし、それをグッと飲み込むと、最後はうなずいた。

「…わかった」

「よし。駿、心音、みんなを任せた」

「任せて」

 駿はうなずき、心音は引き締まった表情で答える。それを見た暁広は、全員に聞こえるように指示を出した。

「よし!行動開始!」

 暁広はそう言って圭輝、浩助と共に部屋を出る。次の瞬間、廊下の壁が消え、ボロボロの壁が現れた。

「やはり武田さんたちが救助に来てくれているな。勝てるぞ」

 暁広は圭輝、浩助と目配せをする。その間に他の子どもたちは出口を探しにその場を去っていった。

「気をつけてね、トッシー」

 茜も立ち去る前に足を止めて言う。暁広は力強くうなずいた。

 茜も集団に加わって去っていく。暁広はその様子を見て改めて圭輝と浩助に指示を出した。

「行くぞ。黒幕を探し出し、必ず倒す」

 暁広の言葉に、浩助と圭輝もうなずく。3人は、去っていく集団と逆方向へ走り出した。



 暁広たち3人は、さっそく階段を1番下まで降りると、降りたすぐそこにあった部屋へ入った。

 暁広がショットガンを出して周囲を警戒するが、中には誰もいない。

「なんだろうこの部屋」

「なんもないならさっさと出ようぜ、トッシー」

 浩助は周りを見ながら呟き、圭輝も言う。だが暁広は部屋の中にあった机まで歩くと、引き出しを引いた。

 引き出しの中には、分厚い黒いファイルが入っていた。暁広は何かに取り憑かれたかのように、無意識にそれを机の上に広げると、その中身をパラパラとめくる。

「なんか書いてあったか?」

 浩助は暁広に尋ねる。だが暁広はファイルのページをめくりながら首を横に振った。

「…いや、全部英語で書かれてて、よくわからない。でも、俺たちの顔写真が載ってるページがある…」

「やっぱりあいつら俺たちのこと監視してたんだろうな」

「後で持ち帰って心音に翻訳してもらおう。圭輝、心音にこれを届けて来てくれ」

「しょーがねぇな」

 圭輝はそう呟きながらファイルを受け取る。そのまま彼は単独で心音たちの下へ走り出した。

「とりあえず、この部屋には敵はいなかったな。探しに行こう、浩助」

「了解」

 暁広は浩助に短く言ってその部屋を出る。浩助も静かに返事をしてから暁広について行った。



 暁広が部屋を出たころ、武田と波多野は廊下の隅で連絡を取り合っていた。

「翁長か…うむ。わかった。ご苦労」

「武田、翁長はなんだって?」

「子どもたちの約半数以上を救出したようです。ただ、数名黒幕を倒すために残ったほか、まだ単純に行方不明の者もいる様子」

「若いなぁ」

 武田の状況報告に、波多野は羨ましそうに呟く。武田は波多野を嗜めるように視線を送った。

「おっと失礼」

「結構。あと調べていないのは後はここだけのはずです」

 武田はそう言ってすぐそこの扉を見る。波多野もドスを握り直した。

「行きますよ」

「いつでもこい」

 武田が言うと、波多野は身構える。武田は拳銃に弾が入っていることを確認し、波多野と目線を交わしてうなずくと、扉を思い切り蹴り開けた。

 波多野が目にも止まらぬ速さで部屋に入り、すぐそこにあった机の脚の陰に隠れる。同時に武田はゆっくりと拳銃を構えながら部屋に入った。


 部屋の奥のもうひとつの入口から、オレンジ色の光線が飛んでくる。武田はそれをどうにかして回避すると、僅かに見えた光線銃の銃口を撃ち抜いた。

「!」

「動くな!これ以上の抵抗は無駄だ。大人しく降伏しろ」

 武田が冷徹な声で言う。光線銃を撃ち落とされたクライエントは、ため息を吐くと、声を張った。

「降伏?断るよ。私は世界を救わねばならん」

 クライエントはそう言って脚を伸ばし、光線銃を回収しようとするが、武田が再び光線銃を撃ち抜き、クライエントから光線銃は大きく離れた。

「おめぇ、何者だ」

 波多野が尋ねる。クライエントは自分の右手を見ながら、諦め半分に話し始めた。

「私は未来人。荒廃した世界を救うため、魔法と『龍人』の力を駆使して秩序を敷こうとしたのさ…!」

「龍人…!」

 思いがけない言葉に、波多野と武田は驚きを隠せず、波多野は思わず声を張った。

「貴様!何を知っている!」

「ふふふ…さて、どこで何を知ったっけなぁ…」

 クライエントはとぼける。壁の向こうに隠れるクライエントに斬りかかるべく、波多野は身を乗り出したが、武田がそれを制止した。

「待ってください!これは罠です!」

「だとしてもだ!こいつはここで殺さなければならん!」

「しかし!」

 波多野と武田が言い争う間に、クライエントは立ち上がって光線銃へと走り出す。

 気がついた波多野はクライエントに走り出し、武田は銃をクライエントに向けた。


 光線銃の銃口が、波多野に向く。


 オレンジ色の光線が空を裂く。


 波多野はそれを避ける。


 銃声が響き、白刃が疾った。


「なんて…野蛮な…」


 次の瞬間には、クライエントは胸に切り傷と風穴を作ってそこに倒れていた。

 波多野と武田は、それぞれの得物をクライエントに向けていた。

「貴様、魔法と龍人と言ったな!?自分の言ったことをわかっているのか!」

 波多野が血相を変えて尋ねる。クライエントは、静かに笑うと、それに答えるように言葉を発した。

「あぁ…よくわかっているとも…世界を変える力…これさえあれば…俺たちは…世界を…!」

 クライエントの体に激痛が走る。クライエントは震える手を天井へ伸ばした。

「みんな…すまない…」

 クライエントの手が、重力に従って床に落ちる。そのままクライエントは、その場に力尽きた。


 クライエントの死と同時に、部屋の見た目が変わっていく。波多野たちのいるところは壁もない、ただの吹き抜けだった。

「…武田。こいつらの所持品は全て回収しろ。死体から何まで、全てだ」

「言われずとも。幸長、望月、こちらへ」

 波多野の指示に従い、武田は幸長と望月を通信で呼ぶ。

「今日のことは全て極秘だ。徹底させろ」

「了解」


「あれ、間取りがまた変わったぞ」

 波多野と武田の背後から声がする。武田が振り向くと、暁広と浩助が周囲を見回していた。

「魅神くん、馬矢くん」

 武田は2人の方に歩いて行く。暁広もそれに気づいて声を張った。

「武田さん!」

「2人とも無事そうだな」

 武田はそう言って暁広と浩助の肩を叩く。暁広は、武田の陰から様子を窺う。すると、波多野が陽気な表情で手を振っていた。その足下にはクライエントの死体もある。

「もしかして、武田さんが黒幕を?」

「私と波多野さんでな。彼には後でみんなで礼を言おう。さ、佐藤が君たちを待っている。行こう」

 武田は一方的に話を進めると、暁広と浩助の背中を押して佐藤が待つ車へ歩き出す。

 暁広は不思議そうに浩助と目を合わせたが、それを気にせず武田は暁広たちを車まで連れて行くのだった。


 武田たちが車までやってくると、車の近くに武田にとって見慣れない子供たちがいるのに気づいた。

「魅神くん、馬矢くん、先に車に乗っていてくれ」

 武田の指示に従って、暁広と浩助はバンに乗り込む。佐藤がバンの入口を閉めたのを見て、武田は見慣れない子供たち、和久や昌翔らと向き合った。

「やぁ、はじめまして。私は武田。君たちは、うちの子たちの友人かな?」

 武田は穏やかそうな表情で尋ねる。全員を代表して和久が前に出て受け答えを始めた。

「はい、灯島中学校の生徒です。武田さんは私たちの友人の保護者さんでしょうか?」

「その通り。政府に関わる仕事をしながら、湘堂から逃げてきた彼らの保護をしているんだ」

 武田の言葉に、大多数の人間は黙って頷いていた。唯一驚いたような表情をしていたのは陽子だったが、気にせず武田は声を低くして彼らに語った。

「それでなんだが、今回の件は、国家機密に関わることなんだ。どうか今日のこの出来事は全て忘れていただき、誰にも口外しないでもらいたい。ご両親にも、友人にも、先生方にも、警察にも」

 武田の言葉に、子供たちは静まりかえる。映画のワンシーンのような、現実味のない会話に、子どもたちは言葉を失っていた。

「もし口外するようなことをすれば、苦しむのは君たちだからな。約束してもらえるかな」

 武田は穏やかな表情で言うが、実際には脅しである。不穏な気配を感じ取った和久は、他の子供たちに要らぬ恐怖を与えぬため、返事をした。

「もちろんです。なぁ、みんな。今日は俺が誘った打ち上げに来てくれただけだよな?」

 和久はそう言って全員の表情を見る。みんな和久の言葉の意図に気づくと、賛同するような声を上げた。

「信じているよ、諸君」

 武田は静かに言う。子供たちはうなずいた。

「私からの話は以上だ。各自解散してくれ。希望者があれば車で送ろう」



20:00 事件解決から5分後

 車はゆっくりと武田のビルを目指していた。多くの子供たちが座る車内で、暁広はぼんやりと考え事をしていた。

「トッシー」

 そんな彼を呼んだのは、心音だった。暁広が振り向くと、心音が、暁広の見つけたファイルを手に持っていた。

「圭輝から確かに受け取った。これは何?」

「声を小さく」

 心音に対して暁広は言う。心音は周囲を見回してからうなずいた。

「俺もよくわからない。全文英語だったからさ。だから心音に翻訳してもらおうと思って」

「なるほどね。でも、武田さんとかに預けた方が早いんじゃないかしら」

「ダメだ。武田さんは何か隠してる。この事件、ただの事件じゃない気がする。武田さんにこれが見つかれば、きっと没収されるだけだ。これは手がかりになる。だから心音、これは見つからないように持っていてほしい」

 暁広が言うと、心音も納得したように頷く。

「わかった。翻訳できたら教える」

「頼む」

 暁広との会話を終えると、心音はファイルを服の内側に隠しながら暁広から離れた。

「何の話してたの?」

 ひと息つく暁広に、茜が尋ねた。

「ん、大したことじゃないよ」

「そっか」

 暁広の優しい笑顔を見ると、茜は静かに微笑む。茜はそのまま暁広に話を続けた。

「あいつらは、なんだったんだろうね。本当に未来から来て、私たちのことを守ってたのかな」

「わからない」

「でも、仮にそうだったとしたら、私とトッシーの関係もあいつらに導かれてたのかな。運命だと思ってたものも、全部あいつらがそうなるように仕組んでたとしたら…」

「でもあいつらは倒れた。結局運命を思い通りにすることは、あいつらにはできなかったんだ。俺たちの方が、あいつらを上回る力を持っていたから。運命を変えるには、力が必要なんだ」

 茜は暁広の横顔を見上げる。暁広は、茜を見て、肩に腕を回した。

「俺は誰かに運命を握られるなんて嫌だ。自分の運命は、自分の手で、自分の力で掴んでみせる」

 暁広はそう言って茜に笑いかける。茜も、静かに微笑み返した。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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