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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
1.少年たち
25/65

24.虚の城

19:30

 武田はカーナビを見ながら車を走らせる。そこには赤い点で子供たちの居場所が記されていた。

「もうじき着くぞ。佐藤、幸長は正面から、翁長、望月は他の入口を探せ」

「了解」

 武田は後部座席で武装を整える4人に言う。

「武田、俺は?」

 そう尋ねたのは助手席にひょっこり座っていた波多野だった。

「波多野さんは待機で」

「つまんねぇなぁ」

 武田が少し呆れたように指示を出すと、波多野は助手席で足を組んだ。

「だいたいなんで波多野さんがいるんです、武田さん?」

「いやぁ、お茶しようと思って来たら急にこれよ」

 幸長の質問に波多野が答える。

「それは知ってます。なんで付いてきたんです」

「ガキども助けるんだろ?俺はアイツらに借りがある。ここで返さなきゃ男じゃねぇ」

 佐藤の質問に、波多野は答える。武田は波多野の言葉に、目を細めた。

「波多野さん、命令を変更します。佐藤、幸長、そして私と共に正面から突入してください」

「よし来た」


「着くぞ」

 武田はそう言ってハンドルを切る。そのままそこに車を停めると、車を降りて彼らがいるはずの建物の前に立った。

「いつの間にこんなビルが建っているなんて」

「カーナビには反映されていなかった。この建物、何かあるぞ。注意しろ」

 佐藤の呟きに、武田が全員に声をかける。波多野も懐からドスを抜き、刃を軽く拭いた。

「突入する」

 幸長はそう言ってアサルトライフル(89式小銃)を構えながら目の前に見える入り口に歩き寄る。その間に望月と翁長は違う入口を探しにその場を去った。

 佐藤、武田、波多野も幸長の後ろを歩く。

 幸長は入口のドアノブに手を掛けるが、ドアノブは回らなかった。

「下がって」

 幸長は短く後ろの3人に言うと、腰のポーチから爆薬を手に取る。素早くドアノブ付近にふたつそれを付けると、ボタンを押して小さく爆発を起こし、鍵穴を吹き飛ばした。

 そのまま幸長はドア本体を蹴り飛ばす。左右に銃を向け、敵がいないかを確認する。

 それの答え合わせのように幸長の左側から銃撃が飛んで来た。

 幸長は咄嗟にそこから出ると、壁に張り付いた。

「何人だ」

 武田の質問に、幸長は淡々と答える。

「最低3人、多くて5人」

「数はほぼ互角だ。突っ込むか?」

 波多野の言葉に幸長は腰からひとつスタングレネードを取り出しながら答える。

「こいつを投げてから、ですね」

 幸長はそう言ってグレネードのピンを抜くと、敵のいる方向に向けて投げる。

 グレネードが強烈な音を立てると同時に、幸長は再び中に突入する。

 しかし先ほどまでと変わらず銃撃が飛んで来た。

 幸長はすぐに身を隠す。

「位置が悪かったか?」

「いや、敵は炸裂中も銃撃してた。そもそも効果がないんでしょうね」

 幸長に対して佐藤が答える。それを聞いて波多野は仮説を立てた。

「撃ってきたのは本当に人間か?銃撃だけならドローンや機械で十分だろう?」

「…可能性はありますね。佐藤、車から発煙筒とチャフを」

 波多野の仮説を聞いて武田は佐藤に指示を出す。佐藤はすぐに走り出した。

「何するんだい?」

「敵が機械だと仮定し、発煙筒でセンサーを潰し、チャフで撹乱。その後突入し、動力源を止めます」

 波多野が武田に質問し、武田が答えているうちに佐藤が車から戻ってきた。

「お待たせしました」

 佐藤の姿を見て、武田は冷静に指示を出す。

「よし、佐藤、合図したら投げろ。その後、折を見て全員で突入」

「よし来た」

 武田の指示に、波多野が威勢よく答える。佐藤はチャフグレネードのピンを抜き、いつでも発煙筒に火をつけられるようにしていた。

「佐藤、今だ」

 武田の指示と同時に、佐藤がまず発煙筒を投げ込む。中が明るくなったのと同時に、佐藤はチャフグレネードを投げつける。金属片が室内全体に舞い始めた。

 精密に一定間隔で行われていた銃撃が乱れ始める。ほとんど一点に飛んでいた銃弾も、着弾先が散り始めた。

「突入」

 武田の低い声の号令が辺りに響く。

 姿勢を低くした幸長と波多野が先頭を走り出すと、敵の姿を捉えた。数は4人。見たことのないライフルを持っているが、その場にほとんど固まっている。

「先行け!俺が片付ける!」

 そう叫んだのは波多野だった。走る足をさらに速めて、その通路の突き当たりにいる人影に近づいていく。

 波多野が近づいてきたのを見て、敵は発砲をやめて銃を振り上げる。

 だが波多野の方が速かった。

「もらった!」

 目にも止まらぬ速さでその敵の脇腹を切り抜ける。勢いそのまま残りの3人にも跳び寄ってドスを振るった。

 その間に武田たち3人は先に進む。すぐそこにあった先に進む扉を開けると、幸長が部屋を見回す。

「クリア!」

「波多野さん早く!」

 武田が自分たちの後ろで戦う波多野に声を掛ける。だが、波多野は敵に囲まれ、それを上手くかわしながら戦っていた。

「ああ!わかっちゃ!いるんだが!こいつら!いくら斬っても!死なねぇ!」

 波多野は武田に答える。その間にも、波多野は素早い動きで敵の殴打を全てかわしつつドスでその脇腹を切り抜けていた。

 武田は不審に思うと、持っていた拳銃を敵の1人の後頭部に向け、引き金を引く。

 真っ直ぐ飛んだ銃弾は、敵の後頭部に命中せず、命中するはずのその一瞬だけ敵が透けた。

「なんだこりゃ?」

 目の前で見ていた波多野は思わず攻撃を避けながら呟く。

 武田は瞬時に敵の正体を理解した。

「これは映像です、立体映像です!」

「だからいくら斬っても死なねぇわけだ!だが!こいつら銃弾は実物だぞ!どうなってんだ!?」

「原理はわかりませんが、映像なら電源があるはず!幸長、佐藤、探せ!」

 武田はすぐに指示を出す。幸長と佐藤が部屋を調べ始めると、武田も部屋に入ろうとした。

「おぉい武田!俺はどうすりゃいい!?」

 波多野が立ち去ろうとする武田に尋ねる。武田は部屋から頭だけ出して波多野に答えた。

「そこでしばらく生き延びてください」

「無茶言いやがって!」

 波多野の悪態を聞かず、武田は電源を探しに部屋に入った。

 部屋は質素だった。何も置かれていない机といくつかの椅子や、奥に棚があり、その隣に先に進むための扉があるだけだった。

「幸長、扉。佐藤は机、私は棚だ」

「了解」

 武田の指示を受けて、幸長は奥に進む扉に駆け寄り、銃を構えながら扉を開ける。

 扉を開けた数メートル先にいたのは、ライフルを向けている敵の群れだった。

「!」

 幸長はすぐに扉を閉める。同時に敵の銃撃が、金属の扉を撃ち続ける音が聞こえた。

「失礼!」

 幸長は咄嗟に機転を利かせ、隣にあった棚を扉の前に倒す。それによって扉が簡単には開かないようにした。

 同時に、棚のあった床部分に、金属製の床ハッチが現れた。

「よくやった幸長」

 武田はそう言うと、拳銃を懐に仕舞い、しゃがみこんで床ハッチを開く。

「…なんだ、これは…?」

 床ハッチを開いた先にあったのは、見たこともないタッチパネルだった。既存のパソコンやタブレットの画面とは、表示のされ方、ユーザーインターフェイスが全く異なるものだった。

「おーい!武田ぁ!まだかぁ!」

 波多野の悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。武田はすぐに答えた。

「あと少しです!」

「なるはやで頼むぞ!」

 波多野の言葉を聞き流しながら、武田は目の前のタッチパネルと格闘し始めた。

「…ちっ、吉村君や宮本君なら速かったんだろうな…」

 武田はそう愚痴をこぼしながら慣れないキーボードではない操作と格闘する。

 その一方で、波多野も息を切らしながら敵の攻撃をかわし続けていた。

「はぁ…はぁ…オメェら…いいよな…息切れしなくてよ…」

 波多野は軽口を無視して殴りかかってくる敵の攻撃をかわす。

 しかし次に襲いかかってきた敵の攻撃は避けられず、受け止める形になった。

「武田ぁああ!急いでくれ!もう保たんぞ!」

「今やってます!」

 武田はようやくタッチパネルを操作し、それらしきものを見つけた。

「Emergency Security Program…これか…!」

 武田は一か八かそう表示されているところをOffに切り替えた。

「どうだ」

 武田は思わず声を出す。

「うぉお…こいつらいい加減に…」

 波多野は敵に首を締め上げられ、高く持ち上げられていた。

 しかし、次の瞬間敵は消え、波多野は重力に従って床に落ちた。

「あ痛」

 波多野は小さく声を上げると、軽く叩きつけられた自分の腹をさする。

「波多野さん!無事ですね」

 佐藤が一瞬で波多野の様子を確認する。

 波多野は立ち上がりながら小走りで佐藤たちと合流した。

「ったく、ひでぇ扱いしやがる」

 武田のいる部屋に入るなり、波多野は武田に愚痴をこぼす。

「申し訳ない。あなたなら余裕だと思ったので」

 一方の武田は半ば笑っているような表情で言葉を返した。波多野はそれを鼻で笑い飛ばすだけだった。

 その間に幸長が棚を扉の前からどかす。先ほどまで扉を叩いていた銃撃の音は、武田が電源を切ったのと同時に聞こえなくなっていた。

「先に進めます」

「ご苦労」

 幸長からの報告を受け、改めて武田は銃を構え、佐藤と波多野もそれと共に武器を構えた。

「行きます」

 幸長はそう言って扉を開けながら銃を構え、周囲を見回す。

 先ほどまでいたはずの敵の群れは、やはりいなくなっていた。それでも一切油断せず、幸長は銃を構えながら薄暗い通路を進んでいく。


 通路は短く、少し進んだ突き当たりの角に、再び扉があった。


 幸長と佐藤が扉の両脇に張り付き、お互いにタイミングを計ると、扉を蹴破りながら部屋の中に突入する。

 中には、何かの機械を脇に抱えている白いスーツのイギリス人、子供たちを誘拐した本人であるクライエントがいた。

「動くな!」

 幸長と佐藤が銃を構えながら叫ぶ。クライエントはその声に振り向くと、右手に隠し持っていた銃らしきものを幸長に向け、引き金を引いた。

 クライエントの銃口から真っ直ぐオレンジ色の光線が放たれる。幸長が咄嗟に飛び退きそれをかわすと、幸長の背後の壁から火花が舞った。

 クライエントは同時に、波多野が駆け寄ってきているのに気づいた。

 すぐさまクライエントが銃を向けるが、それよりも速く波多野のドスはクライエントの首元に迫っていた。

 クライエントはすぐさま銃で波多野の刃を受け止める。そのまま2人は鍔迫り合いのような形になりながら睨み合っていた。

「…素早いな…あと少しで死ぬところだった」

「ハッ、手ェ抜いてやったんだよ」

 クライエントの言葉に、波多野は短く返す。そのまま波多野はドスをさらにクライエントの首元へ光線銃ごと押し込みながらクライエントに尋ねる。

「テメェ、ナニモンだ?なんでガキどもをさらった?」

「教える理由はない」

 クライエントはそう言ってひと息に波多野のドスを弾き返し、波多野へ光線銃を発砲する。しかし波多野はそれをどうにか避ける。

 クライエントはそのまま光線銃を乱射しながら部屋の奥の扉へ走る。武田たちもそれには物陰に隠れるしかできなかった。

「待て!」

 武田は拳銃をクライエントに向けて発砲する。しかしクライエントにそれが当たることもなく、クライエントは扉を閉め、鍵を掛けた。


 4人はすぐに扉の前に集まる。扉を叩いたりドアノブを回したりするが、扉は少しも開きそうになかった。

「ちくしょうめ、なんだあいつ」

 波多野はドスの柄を扉に叩きつける。

 その一方で、武田は部屋全体を見回していた。

「…妙だな」

「どうしました?」

「人を殺せるだけの光線なら、壁に痕が残っていてもいい。だがあれだけ乱射しておきながら、ひとつも痕跡がない」

 武田は光線が当たったはずの壁を眺めながら呟く。確かに武田の言う通り、壁には火花が舞ったにも関わらず、何の痕も残っていなかった。

「つまりどういうことだ、武田?」

「これは仮説ですが、警備の人間が映像だったことも考えると、そもそもこの部屋自体映像なのかもしれません」

 武田の仮説に、幸長が首を傾げた。

「しかし、これらの壁は実際に触れます。触れる映像など、聞いたことがありません」

「携行できる光線銃もね」

 佐藤も幸長に賛同するように呟く。それらの疑問を解決するかのように、波多野は言葉を発した。

「奴らとんでもない技術力の持ち主かもしれねぇぞ。にわかには信じられないが、もしかしたら未来から来た、だとか」

「…さすがにそれは飛躍しすぎかもしれませんが、相手の技術力に関しては同意です」

 波多野と武田の意見が一致する。

「幸長、佐藤。君たちはこの扉の爆破に取り掛かってくれ。私と波多野さんはこれが映像と仮定して動力源を探す」

「了解」

 武田たちは二手に分かれて行動し始める。幸長と佐藤は爆薬を取りに車へ戻り、武田と波多野はその部屋の中に何かしらの動力源がないかを探し始めた。


武田と波多野が動力源を探していたころ

「…い。…ら。…泰平、起きろ」

 真っ暗な視界の中、声が聞こえてくる。泰平はゆっくりとまぶたを開けると、うつ伏せになった体を起こそうとした。

「ダメだ、その状態のまま、声をひそめて」

 泰平は声に従ってうつ伏せのまま周囲を軽く見回す。自分と同じような体勢の竜雄と隼人の姿が見えるが、聞こえてくるのはどちらの声でもなかった。

「誰だ」

「和久だよ」

 泰平が尋ねると、視界の右側から小声でそう聞こえて来た。和久はそのまま泰平に状況の説明を始めた。

「たぶん、俺たちをさらった連中は俺たちの気絶まで計画の一環に入れていると思う。奴らの言葉が本当なら、気絶してるうちに異世界に放り込むのが簡単なはずだからな」

「なるほど、だから今も気絶しているふうに見せているわけか」

「そういうことだ。これはこの部屋にいる全員に徹底させている」

 和久は言う。確かに泰平の目に見える範囲では、全員気絶したときと変わらない体勢をしていた。

「ここにいる人数は8人。俺、泰平、竜雄、隼人、狼介、雅紀、雄三、雪乃」

「いざとなれば7人は戦える計算だな」

「あぁ、奴らが来たら最悪不意打ちをかけ、他の部屋に捕まってる連中を助ける。その前に、ひとつ聞いておきたい」

「なんだ」

 和久の言葉に、泰平は低い声で尋ね返す。和久はそのまま尋ねた。

「泰平は、クライエントたちをどう見る」

 和久の疑問はシンプルだった。それだけに、他の仲間たちも耳を傾けていた。

「世界を救いたいという気持ちは本当だろう。だが、それ以外はわからない」

「ほう」

「未来から来たということ、わざわざ俺たちGSSTを助けていたこと。これらは、極端な言い方をすれば言ったもの勝ちだからな。いくらでも誤魔化せる。だからあいつらの使った手口で判断するなら、俺はあいつらもテロリストと変わらないと思う。戦わなければ、この状況は変えられないだろうな」

 泰平の言葉に、和久も賛同したようだった。

「同じ意見だ」

 和久は静かに言葉を発した。泰平はそれを聞いて視線を鋭くした。


同じころ

 和久たちとは別の部屋に監禁されていた暁広は、ゆっくりと上体を起こした。

 まぶたを閉じれば今でも先ほどの不愉快な明滅が浮かんでくる。

 暁広は頭を軽く振ると、隣で気絶している茜を揺すって起こす。

「茜、起きるんだ」

 暁広は小声で茜の耳元に囁く。茜が起きるそぶりを見せると、暁広は浩助や圭輝を揺すり、そのまま1人ずつ揺すっていく。

 暁広が揺すった順番に、彼らは目を覚まし、上体を起こした。

「トッシー…ここは…」

「まださっきのところみたいだ。今のうちにここを脱出して、敵を倒そう」

 暁広は短く言うと、茜はうなずいた。

「昌翔、お前の能力で扉を焼き切ってくれ。その後は浩助、圭輝、俺たちで協力しながら敵を倒すぞ」

「わかった」

 暁広は既に戦場の指揮官としての暁広に切り替わっていた。浩助、圭輝も同様に、彼の右腕としての受け答えになっていた。

 暁広は、同時に不安そうにしている星、興太、光樹、流、昌翔の表情も見逃さなかった。暁広は彼らの方を向くと、自信に満ちた表情で声を発した。

「大丈夫、俺について来い」

「しかし、君たちが生き延びたのもあいつらの手助けがあったからだって言うじゃないか…これでは君たちの実力も不安だし、相手もかなり手強いと思う…」

 暁広の言葉に、興太が弱気になって呟く。それに対して、暁広は首を横に振った。

「それがなんだ。よく考えてくれ。アイツらがそこまでして生かすほど、俺たちは実力があるってことじゃないのか?」

「それは…」

「例えそうでなかったとしても、俺はたくさんの事件を生き延びる中で力をつけてきた。それは嘘じゃない。その力は、全員で生き延びるためのものだ。だから頼む。俺を信じてついて来てほしい。俺たちは絶対に全員で生き延びる…!」

 暁広の熱い眼差しが、彼らに向けられる。

 ふと昌翔が前を向いた。

「やろう」

 昌翔はひと言そう言うと、暁広へ微笑む。それは昌翔だけではなかった。

「これも、未来への一歩だな。信じるぞ、暁広」

 星もそう言って暁広に微笑む。星のその姿に、うつむいていた興太も顔を上げた。

「さっきは俺としたことが悲観的になって悪かった。俺は君の無限の可能性を信じる!」

「常識的に考えれば正気じゃない。だが俺は常識よりもお前を信じるぞ、暁広」

 光樹もそう言って暁広の肩を叩く。最後の1人、流に対して全員の目が向けられた。

「あ、俺?俺は最初っからトシちゃん信じてるから。上手いことやってくれるっしょ」

「テキトーなやつだな」

 流のあまりに大雑把な言葉に、圭輝が毒づく。周囲の面々はにこやかに笑っていた。

「よし、だったらやろう!昌翔、頼む!」

「わかった」

 昌翔は暁広の指示を受けて扉に自分の手を張り付ける。

「にしても昌翔の能力が魔法だったとは…」

「俺以外にもこれに似たような力を使える奴がいるってことだな。あいつらの言葉が正しいなら、お前たちももう使えるんじゃないのか?」

 昌翔は雑談しながら手のひらに力を込めて扉を焼き切ろうとする。彼の手のひらから放たれる炎は、バーナーのようにゆっくりと扉を溶かしていた。

「魔法を使うにはどうやったらいい?」

 暁広は昌翔に尋ねる。昌翔はゆっくり扉を焼き切りながら答えた。

「手のひらに力を込めるんだ。目をつぶって」

 昌翔の言葉通りに、暁広は目をつぶって手のひらに力を込める。


 数秒後、ゆっくりと暁広は目を開いたが、手には何も起きていなかった。

「…ダメか」

 暁広は1人でそう呟くと、ふと昌翔の方を見る。

 すると、今まで見えていなかった白い渦のようなものが昌翔の背中に浮いて見えた。

「…なんだこれ」

「どうしたの、トッシー?」

 不思議がって茜が横から声を掛ける。暁広が茜の方へ振り向くと、茜の胸元にも、同じような白い渦のようなものが見えた。

「茜のも見える…」

「え?」

 暁広はそのまま疑問に思って他の仲間たちの方も見る。やはり同じように白い渦が胸元辺りに浮いて見えた。

「これが…魔法なのか?」

「トッシー、ホントにどうしたの?」

 茜の言葉と不安そうな声に、暁広は自分の疑問を奥にしまった。

「いや、なんでもないよ。今はどうでもいいことだ」

 暁広はそう言って前へ向き直る。ちょうど昌翔が鍵穴の周りを焼き切ったところだった。

「行けるぞ」

 昌翔がそう言って扉から離れる。すぐに暁広が指示を出すと、全員扉の前に集まる。

「行くぞ」

 暁広はひとこと号令を掛けると、扉を蹴破る。

 暁広の横に浩助と圭輝が立つと、暁広は周囲の面々に行く方向を指差してから歩き出した。



同じころ

 クライエントは命からがらスパイダーたちのもとへ転がりこんできた。

「クライエント!無事か!」

「あぁ…刃物と鉛弾なまりだまとは…この時代の連中は本当に野蛮だな…」

 クライエントは脇に抱えていた機械を机の上に置き、光線銃も机の上に置いた。

「プロジェクターのエネルギー補充はもう少しかかる。それまで絶対に子供たちを逃すな」

「武田たちは?」

「上手いこと閉じ込めた。しばらくは追ってこれないはずだ」

 クライエントは状況を伝える。そんな彼が息つく間もなく、コンピューターが不穏な警告音を立てた。

「今度はなんだ」

「警告、第1収容室に意識回復者あり」

 機械音声のアナウンスに、ライターは思わずうろたえた。

「嘘だろ…?予定より早すぎるぞ…」

 ライターをよそに、フォルダーが監視カメラを確認する。見ると、昌翔が扉に手を当て鍵を焼き切ろうとしていた。

「どうしようクライエント…」

「男のクセにビビってんじゃねぇ!」

 怯え切ったライターに、フォルダーが思い切りビンタを叩き込む。フォルダーはそのままクライエントにひとこと言い放つ。

「行ってくる」

「待てフォルダー」

「相手は魅神たち、能力はわかってるしアタシでも倒せるよ。軽く捻ってやるさ」

 フォルダーはクライエントに不敵な表情で言うと、スパイダーにもひと声かける。

「スパイダー、本当にヤバいやつは任せたよ」

「あぁ」

 スパイダーの返事を聞くと、フォルダーは部屋を後にした。



 一方の暁広たちは周囲を警戒しながら薄暗い廊下を歩いていた。

「俺たち以外にも捕まっている仲間がいるはず。探して助けてから逃げるぞ」

 暁広が先頭を歩きながら言う。その後ろを歩く暁広の仲間たちは静かにうなずいた。

「それにしても、いくら歩いても同じような景色…ここってもしかして結構広いのかな」

 茜が周囲を見回しながら呟く。彼らはかれこれ5分ほど歩いていたが、他の仲間もいなければ脱出に繋がりそうな場所もない。

「トッシー、手分けした方がいいんじゃないか?」

「いや、ここで下手に二手に分かれるのは逆に危険だ。多少効率が悪くても、ひとまとまりになって探索しよう」

 浩助が提案するが、暁広はそれを却下する。


 それと同時に、どこから女性の高笑いが聞こえてきた。


 子供たちは全員背中合わせになって周囲を警戒する。高笑いはそれをさらにあざ笑うように声が大きくなった。

「何者だ。姿を現せ!」

 暁広は怯まず声を張る。しかし女の笑い声は止まらなかった。

 次に暁広の耳を襲ったのは、背後から聞こえてくる昌翔の悲鳴だった。

 暁広は振り向く。彼の視界に映ったのは、昌翔だけでなく他の仲間たちにも素手で襲い掛かる武装した人間たちの姿だった。

「ムカつくガキだけどこっちには必要だからね。殺さないでやるよ!さぁ大人しくしな!」

 さっきまで高笑いしていた女の声が暁広のすぐ後ろから聞こえてくる。暁広と茜が振り向くといつの間にかフォルダーが彼らの後ろに立ちはだかっていた。

 暁広はすぐさまフォルダーを殴ろうと拳を振るう。

 しかしフォルダーは飛んで来る暁広の拳を片手で止めると、暁広を投げ捨てた。

「大したことないパンチだねぇ?」

「このぉっ…!」

 暁広が倒れたのを見て、隣にいた茜がフォルダーへと殴りかかる。

「小娘が!」

 フォルダーが吐き捨てるように言うと、茜の頬を叩こうとする。

 しかし茜はそのビンタをかわすと、勢いそのまま膝蹴りをフォルダーの腹を目がけて叩き込んだ。

「ぅぐぅっ…!」

 フォルダーも強烈な一撃に思わずうずくまる。

 すかさず茜は追撃を入れようとするが、それよりもフォルダーが茜の首を片手で掴む方が早かった。

「ぅ…っ!」

「生意気なガキが…!私に何してくれんのさ!」

 そのままフォルダーは茜を持ち上げ、首を絞め上げる。茜は必死にもがくが、フォルダーの手を振りほどけなかった。

「茜!ぐっ…!」

 茜を助けようとした暁広だったが、フォルダーに頭を踏みつけられ、身動きが取れなくなっていた。

 他の暁広の仲間たちも、自分に襲いかかってくる敵をいなすので精一杯で、茜や暁広を助けに行けなかった。

「大人しくしてな!殺しはしないっつてんだろ!」

「それがなんだ…お前たちなんか信用できるか…!」

 フォルダーの言葉に、暁広が返す。カッとなったフォルダーは、さらに茜の首を絞める力を強めた。

「ぅぅ…!」

「お前らガキと違ってね、こっちは戦争を生き延びてきたんだよ!あんまり舐めた口利いてんじゃねぇぞ!」

「なら最初から『助けてくれ』と言えばよかったんだ」

「それじゃうまくいかねぇからこうなったんだよ!クソガキ!」

 フォルダーは暁広の顔を蹴り上げる。そうして彼の意識が朦朧とする間に、茜を床に叩きつけた。

 茜の体が跳ねる。彼女の苦しそうな表情が、暁広の目にはっきりと映った。

「…茜…!」

「いい加減にしな!」

 フォルダーの声と同時に、足が上がる。茜を踏みつけようとしている足だった。


 瞬間、フォルダーの足が止まった。


「これは…!」


 先ほどまで暁広の仲間たちを襲っていた人間の姿が消え始める。さらには延々と続く迷宮のように思われた部屋の間取りも、みるみるうちに変わっていき、次の瞬間にはボロボロの壁と、短い廊下に様変わりしていた。

 想定外の事態に、フォルダーも圭輝たちも言葉を失っていた。

「そんなバカな…!セキュリティが突破された…!?」

 フォルダーが思わず後ずさるなか、暁広は勢いよく立ち上がると、フォルダーへ駆け出した。

「この悪党め!」

 暁広はそう言いながら助走の勢いを活かし、両足でのドロップキックをフォルダーのボディに叩き込んだ。

「うぐぅっ!」

 強烈な一撃に、フォルダーは思わず後ずさり、膝をつく。

 暁広も、体勢を立て直すとフォルダーと向き合った。


「俺は…みんなを守る!」


 暁広の右の手のひらに、青白い光が集まっていく。

 幻想的ですらあるその光景に、暁広の仲間たちは後ろから見惚れていた。

「まさか…!『アイテム』…!まずい…!」

 フォルダーは様子に気づいて暁広を止めようとする。だが茜の膝蹴りと暁広のドロップキックのダメージは大きく、フォルダーは身動きが取れなかった。

 暁広の右の手のひらに集まる光を、暁広は力強く握りしめる。そこから溢れた光は線をゆっくりと描き、何かを形作っていく。

「俺に…力を…!」

 暁広はキッと正面を見据えながら叫ぶ。瞬間、光は小さな粒となって散っていく。

 それと同時に、彼の右手には青白い色をしたショットガンが握られていた。

 目の前で起きた不思議な出来事に、子供たちは言葉を失っていた。

「あれは…銃…?」

「これが…魔法なのか…?」

 茜と浩助が口々に言う。それを意に介さずフォルダーは立ち上がった。

「クソッ…でもここまで来て逃げられるか!」

 フォルダーは腰の銃へと手を伸ばす。

「トッシー!撃ってくるぞ!」

 圭輝が不安になって叫ぶ。

 しかし暁広は眉ひとつ動かさず冷静に右手のショットガンを構えると、そのままフォルダーへ向けて引き金を引いた。

 通常の銃弾とは違う無数の小さな白い球がフォルダーに向けて飛んでいく。

 そのまま暁広の放った銃弾はフォルダーの体に命中する。

 しかし、フォルダーは怯みこそしたが、血も出なければ、服も破けず、痛みも一瞬で、動けなくなるほどではなかった。

「ハッ!軽いね!」

「本当にそうか?」

 フォルダーの強気な言葉に、暁広はそのまま無表情で言い放つ。

 フォルダーは構わず銃を構えようとしたが、その瞬間、視界が大きく揺れ、手が震え出すのがわかった。

「こ、これは….!まさか…」

 フォルダーはそのまま身体中の力が抜けていくのがわかった。正確には全く身体が言うことを聞かず、力を入れられないという状況だった。

「嘘だ…!こんな早く、能力を使いこなすなんて…!」

 フォルダーはそう言って倒れ、銃を手から落とす。

「どういうことなんだ、暁広」

 星が背後から暁広に尋ねる。暁広は静かに答え始める。

「どうやら、これが俺の『魔法』らしい」

「どういうことだ」

「さっきからずっと変なものが見えていた。白い渦みたいなもの。俺たちはみんな同じような大きさで、この女のものは小さく、さっき消えた男たちには見えなかった」

 暁広はそのまま続ける。

「そして、今このショットガンでこの女を撃つと、その渦は一気に短くなり、小さくなった」

「つまり」

「俺に見えているこの白い渦、おそらくこれはその生き物の『寿命』なんだろう。このショットガンで撃てば、それを大きく減らせる」

 暁広の推理に、フォルダーは感心していた。

「だいたい当たりだよ…正確には、『身体的な寿命がわかる』、だ。その能力じゃ人が事故で死ぬのかは予想できない…」

「知ってるの?」

「そりゃあね…私の魔法は、他人の魔法がわかる能力だから…。あんたのショットガン、それを使えば、一気にそいつの身体的寿命を減らせるってわけさ…解剖したとき、外見は若いのに急に臓器だけ老化したように見えるのさ…!」

 フォルダーが苦しみながら言う。そのままフォルダーは続けた。

「あんたの力なら、減らした分は戻せるはずだろ…!頼むよ…!ここで死ぬわけには…!」

 フォルダーはそう言って暁広の方に這いずっていく。

 星はすぐに提案した。

「暁広、生かしておけば利用できるかもしれないぞ」

 だがすぐに逆側から茜が提案した。

「でもトッシー、生かしておいたら何をするかわからないよ」

 暁広は両方の意見を聞くと、ショットガンをフォルダーに向けた。

「茜の言う通りだ」


 暁広はひと言そう言ってショットガンの引き金を引いた。


「世界が…!」

 白い銃弾がフォルダーに命中し、溶け込む。

 痛みはなく、血も出ない。だが確かにフォルダーは苦しそうな顔をしてそこに死んだ。


「これが俺の力、か…」

 暁広はそう呟きながら右手に握られているショットガンを眺める。

 しかし、ショットガンは青白い光になると、ゆっくりと消えていった。

「ショットガンが」

「またいつでも出せるさ」

 ショットガンが無くなると、圭輝がうろたえたが、暁広は平然としていた。

「さぁ、いくぞ。道は開けた」

 暁広はそう言って歩き出す。

 暁広の友人たちは少し遅れて彼についていった。




 フォルダーが倒れる中、クライエントたちは復旧作業に動いていた。

「ライター!何があった!?」

「第一区画の警備コンピューターが物理的に吹っ飛ばされた!この時代の日本って法律で爆薬の使用が禁止されてるんじゃなかったのかよ!?」

「武田が法律なんか守るわけないだろう!早く復旧しろ!さもないと全員脱走するぞ!」

「わかったよ行ってくる!」

 クライエントに怒鳴られながら、ライターは復旧作業用の工具一式を持って部屋を駆け出た。

 クライエントとスパイダーはその間にも監視カメラを操作して復旧作業に取り掛かる。しばらくの作業の後、復旧したモニターに映ったのは傷をひとつも負わないまま倒れているフォルダーの姿だった。

「フォルダー…!」

 クライエントは思わず声を漏らす。スパイダーもその隣で奥歯を噛み締めた。

「数人は脱走しているが、まだ他の連中は気絶してる。クライエント、連れていける連中だけでも連れて行くべきじゃないか?」

「ダメだ。マジックオーダーには全員必要なんだ。数人だけ連れていっても上手くいかなかった例は見ただろう?」

「そうだがあの時とは状況も違う」

「だとしてもプロジェクターのエネルギー補充がまだだ!」

 クライエントとスパイダーが口論を交わす。


 そんな2人の視界の端に、とある部屋の監視カメラの映像が入り込んだ。

 スパイダーとクライエントはその映像を見る。そして固唾を飲んだ。

「スパイダー…」

「あぁ…起きてしまったようだな」

「任せていいか」

 クライエントはゆっくりスパイダーの方へ振り向く。スパイダーは静かにうなずいた。

「任せろ。生かして取り押さえる」

 スパイダーもクライエントにひと言そう言ってその場を後にする。

 クライエントはスパイダーのその姿を見て深くため息を吐いた。

「生きて戻ってこいよ…スパイダー」

 クライエントはそう言葉を漏らす。

 彼の目線の先には、未だにエネルギーを補充しているプロジェクターがあった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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