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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
1.少年たち
24/65

23.The Magic Order

5月22日 某所


「おい、クライエント」

 椅子に深く腰掛けるクライエントに、背後からスパイダーが話しかける。そのままスパイダーはクライエントが眺めているモニターを覗き込んだ。

「今更ガキどもの監視など、必要ないだろ。何を見ている?」

 スパイダーの言葉に、クライエントは紅茶をすすってから答えた。

「…いつからこうやって青春を謳歌している子供たちを見られなくなったんだろうな。あんなに朗らかに笑う子供たちを、『俺たちの世界』で最後に見たのはいつだっただろう」

 クライエントの青い瞳は、モニターを見ていたが、その目はずっと遠くを見ていた。スパイダーもクライエントの横顔を見てうつむく。

「…それをもう一度取り戻すんだろう?」

 スパイダーはそう言ってクライエントの肩に手を置く。クライエントは一度、目を閉じ、そして瞳に強い意志を宿して答えた。

「…あぁ。必ず、どんな手段を使ってでも、絶対に世界を救う」

「そうだ、その意気だ、相棒。俺たちはそのためにここにいるんだ。必ずやるぞ」

 スパイダーはクライエントの意志に応えるように気を張る。そのままスパイダーは席を立った。

「フォルダーとライターも呼んでくる」

「あぁ、明日の打ち合わせをしよう」



翌日 5月24日 9:00 灯島中学校

 雲ひとつない青空の下、校庭に生徒たちが整列する。校長が手短に挨拶を済ませると子供たちはラジオ体操を始める。それも済むと、事前に校庭の隅に出しておいた自分の椅子へ戻っていった。


 暁広のいる1年2組の生徒たちは5つに分かれたチームのうちのひとつ、緑組だった。その印である緑色の鉢巻を頭に巻くと、暁広は自分の席に着いた。

「トッシー、ねぇトッシー!」

 茜が暁広の隣に座り、暁広の肩をつつく。

「どうしたの茜?」

 暁広が振り向くと、茜は暁広にスマホを手渡す。

「何これ?」

「私らの写真撮って!」

 茜はそう言うと、他の女子数人と共に一列になって並ぶ。

「可愛く撮ってよ、トッシー」

 茜の隣に立つ美咲がオレンジ色の鉢巻を首にかけながら言う。暁広は軽くため息を吐くと、女子たちを改めて並ばせた。

「はいはい、ポーズとってー」

「トッシー、もっとやる気出してよォ」

 露骨に面倒くさそうにする暁広に、茜がダメ出しする。暁広は少しムッとしながらスマホのカメラを構えた。

「撮るよー、はい、チーズ」

 暁広は相変わらず嫌そうな表情を隠さないままシャッターボタンを押す。

「はい、いいよー」

「ありがと、トッシー!」

 茜がすぐにスマホを回収にやってくる。

「ねぇ、次トッシーも一緒に撮ろうよ」

 美咲がいたずらっぽく笑うと、暁広に声をかける。

「えー?」

「いいね!撮ろう!」

 面倒臭がる暁広に、茜が一方的に決定を下し、暁広の肩を引っ張る。

 そんな暁広と大勢の女子の気配に気がついた流は暁広を小突く。

「おやぁ?トシちゃん、このカワイコちゃんたち皆お前の女かい?」

「馬鹿なこと言うな!」

「あ、違うの。じゃあ1人くらい口説くか」

 流は暁広の怒鳴り声を軽く受け流すと、手近なところにいた、さえに声をかけた。

「よぉ、髪の綺麗なカワイコちゃん、この後メシでもどーよ?」

「…えっ、いや、うーん…」

「先約あるんで」

 戸惑って言葉を失うさえを見て、すぐに美咲がフォローに入る。流はすぐに状況を察した。

「そうかい。んじゃ写真の1枚どうよ」

「それじゃこれで撮って。私たちとトッシーをね」

 美咲は流にスマホを押し付け、さえを連れて茜と暁広の隣に並ぶ。

「ちっ、役得だな、トッシーよ」

 流は愚痴をこぼしながらスマホを構える。

 そんな様子を見ながら光樹は軽く毒づいていた。

「…醜い」

「光樹、あまり女性にそういうことを言ってはダメだぞ!」

「醜いものは醜い。それだけだ」

「…正直がお前の美学か。美学に生きるのもまた、人間の素晴らしさか!」

 光樹と興太が話していると、後ろから昌翔が2人の肩を叩いた。

「何をしているんだ、みんな」

「おぉっ、凰くんか!大したことは話していないぞ!どういう用事だい!?」

「お前、うるさいな。まぁいい。次の種目、俺たちの出番だ。星はもう行ったから、お前らを呼びにきた」

「わかった!さぁいくぞ光樹!俺たちの努力と友情で、緑ブロックに勝利をもたらすんだ!」

「うるさいやつだ」

 盛り上がる興太をよそに、光樹と昌翔は歩き出す。少し遅れて興太も歩いていた。


 

 暁広が女子に囲まれている様子は、隣のチームである数馬たちにも見えていた。

「全く、青春しやがってよ」

 そう愚痴をこぼしたのは数馬だった。

「なんだ?嫉妬してるのか?」

 数馬の隣で鋭く毒を吐いたのは狼介だった。赤色の鉢巻を外してそれで眼鏡のレンズ部分を拭く。数馬は首を横に振った。

「してねーよ。ただこの世の不条理を感じただけさ」

「悔しかったら青春すればいいじゃないか、お前も」

「言ってくれるなぁ、おい」

 狼介の言葉に数馬も半笑いになりながら言う。平然とした表情の狼介と、どこか言葉に詰まった数馬の表情を、雅紀は自前のカメラに収めてから狼介に話しかけた。

「狼介ちゃんは女に囲まれてもなんも思わんわけ?」

「思わないな」

「体のどっか反応しない?」

「昼間だぞ」

「モテたい気持ちに昼も夜もねぇ!」

 雅紀が突如として大声をあげて立ち上がる。

「あーもうキレすぎておったっちまったよ」

「どこが立ったんだか」

 雅紀が言った言葉に対して数馬が言うと、雅紀と数馬は笑い合う。そんな様子を見て、狼介は眼鏡を掛け直しながらため息を吐いた。

「ったく、下品な奴らだ。雄三見習えよ、あの物静かな佇まい」

 狼介が雄三の背中を指差す。雄三はこの野外でもトランプを片手で弄んでいた。

「あー運動したくねー」

 そのまま雄三は天を見ながら言葉を漏らす。

「物静かってか魂抜かれてるぞ」

「おーい雄三、今日はお前の大好きな勝負事の日だぞー」

 数馬が雄三に声をかける。雄三はゆっくり振り向くと、力が抜けた様子で答えた。

「運動での勝ち負けとか野蛮だろ。俺はそんなの嫌いだ。イカサマできねぇし」

「本音漏れてる」

「まぁいいや、ポーカーするぞ」

 周囲の状況を構うことなく、雄三はそう言って他3人の方へ振り向くと、トランプを手際良くシャッフルし始める。

 そしてあっという間にシャッフルを終えると、慣れた手つきでカードを配り始める。数馬と雅紀はそのまま手札を受け取り始めた。

「ったく、体育祭だってのに」

 狼介もそう呟きながら手札を持っていた。



数時間後 15:00

 クライエント、スパイダー、フォルダー、ライターの4人はモニターに映る灯島中学校の周辺地図を見ていた。

「そろそろ時間だ。作戦をもう一度説明する」

 クライエントはそう言うと、手に持っていた何かの端末を操作する。その結果、床一面に灯島中学校の周辺地図が映し出された。

「この後奴らは各々帰路につく。そこに待ち伏せだ。現状、作戦の変更はない。それぞれのグループを各部屋に閉じ込め、その後ライターの能力を使用する」

「抵抗されたらどうすんのさ?」

 フォルダーが粗暴な声で尋ねる。クライエントは静かに答えた。

「殺さない程度に痛めつけろ」

「でもクライエントよォ、あいつらすげー強えーじゃん?もし刃向かってきたら、大丈夫なのかよ?」

「ビビるなライター。いざとなったら俺様が片付けてやる」

 及び腰になっているライターの背中を、スパイダーはそう言って思い切り叩く。クライエントはその姿を見て1人で頷いていた。

「さぁ、やるか」


15:30

 体育祭を終えた子供たちは、椅子を自分達の教室に戻し、帰りの会を済ませて解散していた。

「いやあ、勝ったね俺たち」

 暁広は笑顔のまま隣を歩く茜に話しかける。茜も満面の笑みを返してうなずいた。

「本当にね!総合優勝に、マスゲームも最優秀、1年の団体競技でも優勝って、大勝利だよね!」

「本当にね。やっぱり勝つのは気持ちがいいや」

 暁広はそう言って茜に軽く拳を差し出す。茜もそれに対して自分の拳を軽くぶつけた。

「おーい、トッシー!」

 ゆったり歩く2人の背中から声がする。振り向くと浩助、圭輝はもちろん、昌翔、星、流、光樹、興太といった新しい友人たちもひとまとまりになって暁広を囲みながら歩き出した。

「暁広!今日まで体育祭実行委員として、お疲れ様!おかげで俺たちは優勝できた!」

「そこで、俺らで打ち上げってのはどうだ?」

 興太が暁広を褒め、すかさず星が提案する。暁広は一瞬茜の方を見る。

「私は賛成だよ!」

 茜が言うと、暁広もうなずいた。

「じゃあいくか!」


 彼らはそのまま一つの塊のようになって歩き、校門から出るとそのまま右側へと歩き出した。

「これどこ向かってるんだ?」

「あっちにファミレスあんのよ」

 圭輝が尋ねると、流があっさりと答える。そのままその一行はゆっくりと歩いて行く。

 ファミレスへの道は一本道で、体育祭が終わった後ということもあり、上級生たちの姿もちらほらと見える。他にも、一般の主婦や若者も少なくなかった。

「このまま行ってファミレスの席取れるのか?」

 浩助がふと星に言う。星はあごに手を当てた。

「確かに想像よりも人が多いな。暁広、違うファミレスでもいいか」

「俺は構わないよ」

「わかった。次の角、右に曲がってくれ」

 星が指示を出すと、先頭を歩く暁広と茜は右に曲がる。

 道が一気に細くなり、さらには人の気配も無くなる。先の見通せない曲がりくねった道だった。

「星、この道大丈夫なのか?」

 暁広が後ろを見ながら尋ねる。

「トッシー、前!」

 すぐに茜の声が暁広の耳に響いた。

 暁広はそれと同時に何かにぶつかった衝撃を感じた。

「うわっ」

 暁広はすぐに振り向く。目の前には全身を白色のスーツで固めた長身の外国人がいた。

「ごめんなさい」

 暁広はすぐに謝る。目の前の外国人は暁広を見下ろすと、静かに言葉を発した。

「魅神暁広、そしてその仲間たちだな」

 暁広と茜はその瞬間、一気に身構えた。

「俺の名前を知っている…?何者だ」

 暁広は尋ねる。

「後で教える」

 外国人はひと言そう答える。

 それと同時に、暁広の背後から何かが倒れる音が聞こえた。

 暁広が振り向く。その瞬間には、彼の背後にも強い衝撃が走り、暁広は気絶していた。

 外国人の前に、9人の子供たちが気絶して倒れていた。

「クライエントだ。ターゲット・ワンは回収した」


 

同じころ

 和久、隼人、狼介、雄三、雅紀の5人は、数馬たちと別れて別方向から帰っていた。

「そういえばお前らみんなこっちなんだな」

 和久が不意に思い出したように尋ねる。雄三がトランプを弄びながら答えた。

「全員同じところに住まわせてもらってるからな」

「ホント、狼介の叔父上には頭が上がらないよ」

 雅紀もカメラのレンズを拭きながら狼介に笑いかける。和久は疑問をそのまま狼介にぶつけた。

「狼介の叔父さんは何やってるんだ?」

「投資だよ。最近はボロ儲けしてるから俺たちのこと養ってくれてる」

「とはいえ、4人まとめて引き受けてくれるなんていい人だな」

「そうだな」

 和久と狼介が話していると、隼人が急に足を止める。

 不思議がった雅紀はからかいついでに一緒に足を止めた。

「どした隼人ちゃん、いい女でも見つけたかい」

「…妙な気配がする。誰かに見られているような」

 雅紀の軽薄な言葉をよそに、隼人は表情をわずかに鋭くして自分の考えを言う。

 瞬間、一気に全員の目が鋭くなった。自然な空気を取り繕いながら5人で背中合わせになり、周囲を見回す。

「ほう、俺に気づいたか。さすがじゃないか」

 誰もいないはずの虚空から、大人の低い声がした。

 身構えた隼人の正面の空間から、強い光が放たれて辺りを包む。光から目を守った彼らが次に見たのは、いつの間にか彼らを取り囲んでいる、武装した屈強な大人たちだった。

「ご同道願えるかな?坊やたち」

 そう言ったのは隼人の正面に立つ1人だけ武装していない、タンクトップと肩に蜘蛛のタトゥーを入れた男だった。

 隼人はその男と無言で睨み合うと得意の体術を叩き込めるように間合いを測る。

「待て」

 そんな隼人の肩を、和久は後ろから軽く叩いた。

「ここで戦っても無駄だ」

 和久に言われると、隼人は構えを下ろす。それ以外の3人も、一応目の前の敵に従うように構えを解いた。

 タトゥーの男は満足そうに笑った。

「それじゃあ参りましょうか」



同じ頃

灯島中学校 昇降口

 美咲はGSSTの他の女子たちと帰ろうとしていた。

「さえ、玲子とマリは?」

「玲子は桃と桜と蒼連れて先帰っちゃった。マリはわかんない」

「なんかあの2人付き合いあんまり良くないよねー」

「まぁ、色々あるんじゃないの?」

 美咲とさえが2人で会話を交わしていると、左側から香織とめいが、右側から心音が歩いてきた。

「ごめん美咲、お待たせ」

 香織が謝りながら合流する。美咲は軽く手を横に振った。

「あぁ、いいよいいよ。まだ全然集まってないし」

 美咲と香織の会話が終わったのを見計らい、心音が横から報告する。

「美咲、茜はトッシーと帰ったよ」

「あーらアツアツぅ」

 心音の報告を聞いて、美咲は静かに笑う。周囲の女子たちもそれに合わせて愛想笑いをしていた。

 そんな美咲たちに、良子と理沙が歩いてきた。

「お待たせ、みんな。やっと終わったの、保健委員」

「待ったよ、ホントに」

 理沙が笑顔で挨拶すると、美咲は冗談めかして答える。その一方で良子は得意の悲観論を並べていた。

「時は金なりって言うもんね、ここで遅れたせいで私たち嫌われてハブにされるのね、わかってる」

 そんな良子の肩を叩きながら、最後のメンバーである明美が現れた。

「大丈夫だよ良子、その理論だと私が1番嫌われるはずだから」

「明美、何してたのよ」

「ごめんごめん、ブロック長たちにインタビューしてたら遅くなっちゃった。さ、帰ろ」

 一方的に話を進め、明美は靴を履き替える。

「なんであんたが仕切ってるのよ」

 美咲は少しそう毒づくと、自分も靴を履き替える。そのまま美咲について行くようにして、女子たちは全員で下校し始めた。

 外に出て校庭を横目で眺めながら、香織は美咲に尋ねた。

「ねぇ、なんで今日みんなで帰ろうなんて声かけてたの?」

「え?まぁ、せっかく体育祭で、みんな帰るタイミング一緒だから、たまにはいいかと思ってさ」

「寂しがりなんだよね、美咲は」

 美咲が香織に答えていると、横からさえが口を挟む。

 美咲は少しムッとした表情をさえに向けると、さえは涼しげに笑っていた。


 女子の一行が雑談を交わしながら中学校の敷地を出て、帰路についていると、前方に同じGSSTの男子たちの集団があるのが見えた。

「あ、香織の彼氏たちだ」

「私の彼氏は1人だけだよっ、変な言い方しないでよ」

 明美がデリカシーのない発言をすると、すかさず香織は否定する。ツッコミのキレの良さに、周囲の女子たちも笑っていた。

「駿に広志に武に遼。いつものって感じだね」

「真次と竜と正もいるよ、珍しく」

「寂しがりに男も女もないってことか」

 集団の後ろでめい、理沙、心音が会話する。


「そう、人間はみんな寂しがりなのさ」


 彼女たちの耳に、聞きなれない男の声が響いた。

 すぐに彼女たちが振り向くと、次の瞬間、彼女たちは背後にあった強い光の前に気絶していた。


 ドサリ、という人の倒れる音が、駿にはハッキリと聞こえた。彼はすぐに談笑をやめて振り向くと、自分たちの後方数メートルに繰り広げられる異様な事態に息を呑んだ。

「おい、これはいったい…」

 駿が信じられない様子で男子の集団の背後を指差す。男子は一斉にそれに気づいた。

 彼らの後ろで賑やかに笑っていた女子たちが全員倒れていた。

「なんかあったんだ、助けてやらねぇと!」

 集団の最後尾にいた真次は、そう言って1人残らず倒れている女子の集団に駆け出す。

「香織!」

 自分の恋人の姿に気づいた遼も、その名前を呼びながら駆け出す。

「待て!危険かもしれないぞ!」

 走り出す2人の背中に、武が叫ぶ。


「そう、人間の感情は何よりも危険」


 聞くだけで背筋が凍えるような低い声。

 その場にいた男子たちは全員その声の方へ振り向いた。


 キャップ帽を目深に被った若い男が、いつのまにかそこに立っていた。右手には、見たことがない、おおよそ本物とは思えない拳銃のようなものが握られていた。

「何者だ!」

 広志が真っ先に尋ねる。

 キャップ帽の男は何も言わず、右手の銃らしきものを広志に向け、引き金を引いた。

「!!」

 青い光線が広志の体に命中する。

 すると、徐々に広志がその青い光線と同化していくのがわかった。

 彼は悲鳴を上げる間もなく、その場から消滅した。

「…!!広志!」

 血相を変えて叫ぶ駿にも、キャップ帽の男は一切の容赦なく青い光線を浴びせ、駿を消滅させた。

 キャップ帽の男は、少し銃に付いているレバーをいじると、正確な狙いはつけず、おおよそ全員の中心に銃を向ける。

「まずいまずいまずい!」

 遼はそう呟くと、正、竜を連れて逃げようとする。

 だがそんなことを許さず、青い光線は辺りを包む。遼も、正も、竜も、真次も、武も、次の瞬間には全員その場から消滅していた。

「…よし。成功だ」

 キャップ帽の男は静かに呟くと、気絶している女子の集団へと歩いて行く。

 そしてその集団のおおよそ中心に光線を放つと、一瞬で女子たちも消滅させた。

「これでよし…」



同じ頃

 不思議な事件が仲間たちを襲っていることなどつゆ知らず、数馬、泰平、竜雄の3人はグダグダと歩きながら自分たちの住処を目指していた。

「いやぁ、負けちまったなぁ」

「総合ビリ、学年ごとの団体種目も全てビリ、マスゲームも何も取れず。ここまで来るといっそ清々しいな」

 竜雄がぼやき、泰平が自分たちの成績を並べる。それを聞いて数馬はため息をついた。

「ま、負けたところで死ぬわけじゃねぇし」

「楽観的ねぇ、重村さん?」

 数馬の背中から女子のよく知った声が聞こえる。数馬が振り向くと、案の定玲子が鋭い表情でそこに立っていた。

「よぉ、星野さん。お久しぶり」

「久しぶりね、この間あんたのふざけたパンチを食らって以来かしら?」

「さぁてそんな昔のことは忘れっちまったな」

 玲子が殺意を隠そうともしないのに対し、数馬は軽口で空気を軽くする。

 桜がすぐに玲子の腕を掴んだ。

「玲子〜、やめようよ〜。喧嘩はよそう?」

「離して桜。これは私とこいつの問題。罪もない人間に一方的に暴力を振るうような奴を、私は放っておけない」

 玲子はそう言って桜の手をふりほどくと、拳を握って身構える。玲子の構えを見て、数馬もリュックを竜雄に預けて拳を握った。

「待ってくれ!俺の話を聞いてくれ!」

 竜雄はリュックを持ちながら玲子と数馬の間に割って入る。

「どいて、あんた部外者でしょ」

「違う!原因は俺だ!だが悪いのは全部洗柿だ!」

 竜雄の言葉に、玲子のみならず女子の全員が驚く。しかし、玲子はそれを振り払った。

「ハッ、そいつの腰巾着の言うことなんか誰が信じるのよ」

「待って玲子、私、気になる」

 殺意を消さない玲子に、蒼が後ろから言う。

「竜雄、バラすなって言われてたろ」

「知るか」

 竜雄を止めようとする数馬を、竜雄は逆に払い除ける。竜雄はそのまま玲子に向けて話し始めた。

「あの日、俺たちは」

 竜雄が話し始めた瞬間だった。


 数馬たちの横から何かが転がってきた。

「グレネード!」

 数馬が叫んだ瞬間にはもう遅かった。

 転がってきた物体は、強烈な光と音を立てて彼らの視覚と聴覚を襲い、彼らは次の瞬間には地面に倒れていた。


 数馬たちがそうして気絶する瞬間を、陽子は友人の雪乃とたまたま目撃していた。

「…え?何?今の…」

 陽子は建物の陰に隠れながら目の前の状況を見て困惑していた。

「数馬…だよねあれ。大丈夫なのかな…ね、雪乃」

 陽子が不安そうに呟いた瞬間だった。

「大丈夫だ」

 陽子の背後から聞こえた低い大人の声。陽子が振り向くと、白いスーツの大柄な外国人男性が、気絶した雪乃を脇に抱えていた。

「あ…ああっ…」

 陽子は本能的にこれから起きるであろうことに恐怖し、震えていた。

 震える足をどうにか動かし、陽子はその男から背を向けて走り出そうとする。

 しかし男は陽子の背後から陽子の口元へ手を回すと、麻酔を染み込ませたハンカチで陽子を気絶させた。

「こちらクライエント…あと2人だ」



 その頃、佐ノ介とマリはようやく校舎を出たところだった。

「お待たせ、佐ノくん!吹部の片付け遅くなっちゃった!」

「気にしなくていいよ。さ、帰ろう」

「うん!」

 2人は短く言葉を交わしてから校門を出る。そのままほとんど誰もいない道を歩いていた。

「マリ、鉢巻似合うよね。あとで巻いてよ、写真撮ろう?」

「うん!いいよいいよ!佐ノくんの方から写真撮ろうなんて言ってくれるの珍しいね」

「最近やっと武田さんがスマホ全員に買い与えてくれたからね。使っていこうと思いまして。ホントはもっとマリのこと撮りたかったんだよ?」

「えぇ〜?私のこと見たいならいつでも見ていいのに」

「ちゃんと形に残るモノでマリとの思い出を残したいんだよ」

 佐ノ介がそう言って微笑みかけると、マリも静かに微笑み返す。マリの表情は照れ臭さと嬉しさを隠しきれないようだった。

 2人はそのまま人通りの少ない路地に入る。変わらず2人は会話を続けていた。

「あ、そうだ。数馬のやつ、惚れた女ができたっぽいって話したっけ?」

「いや初めて聞いたよ?ホント?」

「ホントホント」

「誰誰?うちのクラスの女の子?」

「そうそう」

 2人はニヤニヤとしながら言葉を交わす。そんな2人の正面から、大柄な女性が近づいてきていた。

「ウチのクラスの木村って子」

「あー!陽子ちゃんか!」

「マリなんか知ってる?」

「いやまだそんな話せてないけど、優しそうな子だよね。数馬とはお似合いなんじゃないかな?」

「だよな!」

 マリの言葉に、佐ノ介も同意する。


 2人の前に、大柄な女性が立ちふさがった。


 佐ノ介とマリは足を止めると、その女性にぶつからないようにした。

「失礼」

 佐ノ介がそう言って女性の横を通ろうとした瞬間だった。


 女性は大きく手を振うと、強烈な平手打ちを佐ノ介の頬に叩き込んだ。

 比較的格闘が得意な佐ノ介でも、不意に強烈な一撃が飛んでくれば対応できない。マリと平和に話していたことも重なり、油断しきっていた。

「佐ノくん!?」

 マリはその場に倒れる佐ノ介の姿を見て思わず声を上げる。

「うるさい小娘!」

 佐ノ介を張り倒した女性はマリに一喝すると、長い脚を振り上げてマリのアゴを蹴り上げる。

 マリが防御するよりも速く、女性の蹴りはマリのアゴに炸裂し、マリはその場に気絶した。

「クライエント、こっちのはやったよ」

 女性は身につけていた腕時計に言う。ポケットから何かを取り出そうとする女性の足を、佐ノ介が掴んだ。

「て…めぇ…っ!」

「うざってぇッ!」

 女性は一喝して地面を這う佐ノ介の顔面を蹴り上げた。佐ノ介の意識は、その瞬間から途切れた。



19:00 武田のビル

 パソコンのモニターと向き合う武田だったが、彼のいる執務室の扉が強い音を立てたのを機に、武田は顔を上げた。

「どうぞ」

 武田は苛立ちを若干声に込めて言う。執務室の扉を開けて現れたのは、普段子供たちの食事を提供している小牧だった。

「これは珍しいな、小牧さん。またご亭主と揉めましたか?」

「ウチの旦那とドラ息子は今はどうでもいいです。こっちの子供らが誰もいないっていうのはどういうわけです。何か任務でも出しましたか?」

 小牧の言葉に、武田は一瞬不思議に思って聞き返した。

「誰もいない?」

「えぇ。あの子らには当然晩ごはんに遅れるなら連絡するよう言っているんですよね?」

「それはもちろん」

「ならなぜ誰も連絡せず晩ごはんの時間に現れないんです?」

 小牧のダミ声を聞きながら、武田はさまざまな可能性を考え、そして館内放送用のマイクに手を伸ばした。

「主要スタッフ、至急執務室へ」

 武田はそれだけ言ってマイクを置くと、小牧の方へ向き直った。

「小牧さん、教えてくれてありがとうございます」

「晩ごはんが冷める前に片付けてくださいね」

 武田に対して小牧は簡単そうに言うと、執務室を後にした。

 1人になった武田は、窓の外を眺めつつ、考えを巡らせた。

「またこのパターンか…だが、私の敵はもういない…今度は誰だ…?」






 暁広は後頭部に鈍い痛みを覚えながら、ゆっくりと上体を起こした。

 視界がどこかはっきりとしない。曇った視界を振り払うように頭を振ってから、暁広は周囲を見回す。

 正面に見えるのは、格子付きの扉で、暁広のいる部屋の照明はそこから漏れてくる廊下の光だけだった。

 薄暗い中、暁広は部屋全体を見回す。暁広の背後には、一緒に登下校していた仲間たちが気絶していた。

「ここは…一体…?」

 暁広は不思議に思いながら、まずすぐ近くにいた茜を揺すって起こす。茜の意識が戻ったのを見て、順に圭輝、浩助と、他の仲間たちを揺すり起こす。

「トッシー…?ここは…?」

 茜が目をこすりながら暁広に尋ねる。

「ごめん、わからない。とりあえずみんなを起こして」

「わかった」

 暁広の指示を受けると、茜は暁広のいる方向と逆方向にいるメンバーたちを揺すり起こし始める。

 最後の昌翔が目を覚ますと、彼は暁広に尋ねた。

「暁広、ここは一体なんだ?敵の目的は?」

 昌翔の疑問に、星、光樹、流、興太といったメンバーは不安そうに暁広の顔を見る。彼らは戦場を経験していないということを考えれば、動揺と不安は妥当なものだった。

「わからない。でも、だからこそ落ち着いて行動するんだ」

 暁広は自分に言い聞かせるようにして目の前のみんなに言う。彼らは暁広の声を聞いて、僅かに落ち着きを取り戻したようだった。

 そんな暁広の視界に、照明とも違う光が目に入る。見ると、大型のモニターが壁に取り付けられており、それの電源が入ったようだった。

「みんな、見て」

 暁広が言うと、その場にいた彼らは一斉にモニターの方へ振り向く。

 しかしモニターはまだノイズを見せるだけで、何も映さなかった。

「何がくる…?」

 暁広が身構えながら呟いた瞬間だった。

 パタリとノイズがおさまり、モニターは1人の男を映し出した。青い瞳に、白いスーツ。

「こいつは…!」

「俺たちを気絶させた悪党だな」

 暁広はその顔にさらに警戒心を強める。

 モニターの男は、ひとつ咳払いをしてから話し始めた。

「おはよう、『選ばれし』諸君」

 目の前の男はどう見ても日本人ではない。だが流暢に日本語を喋っていた。

「私が君たちをここに連れてくるよう依頼した、依頼主クライエントだ」

 クライエントがそう言うと、モニターに映る画面が切り替わる。いくつかの部屋の監視カメラの映像と思われるそれには、暁広にとって馴染みのあるGSSTのメンバーたちと、和久とその取り巻きが映っていた。


「そして今、私はここにひとつの命令オーダーを下す」


 映像が切り替わり、再びクライエントの顔が映し出された。


「どうか、君たちに、世界を救ってほしい」


 クライエントは真っ直ぐに子供たちを見つめていた。



「…何を言ってるんだ?こいつ」

 暁広の隣に座る圭輝は、目の前のモニターで語られることを理解できずにいた。

「誘拐しておいて都合いいこと抜かすな、とっととみんなを家に帰せ!」

 暁広がモニターに映るクライエントに向かって叫ぶ。

 クライエントは目を少し動かしてから答えた。

「今の声は、魅神暁広か」

「暁広、盗聴されてるぞ」

 クライエントの言葉にすぐに反応した星が暁広に忠告する。暁広も思わず息を飲んだ。

「暁広、いや、君だけじゃない。みんな私に対して同じ思いを抱えていると思う。だが、私の話を聞いてくれ」

「どの道聞かされるんだ、さっさとしてくれ」

 モニターから、佐ノ介の声が聞こえてくる。クライエントは眉を上げてからそれに答えた。

「仰せのままに」

 クライエントが言うと、モニターに映る画面が切り替わる。


 映し出されたのは、赤く煤やけ、多くの金属の残骸が散る大地だった。

 子供たちはそれぞれの部屋で目の前のモニターに映る景色を見ていた。

「これは…どこだ…?」

 暁広が呟く。しかし子供たちは誰一人として答えられない。そんな彼らを見て、モニターからクライエントの答えが聞こえてきた。

「ここが私たちの住む世界。西暦3015年の地球だ」

 クライエントは平然と言ったが、子供たちにはにわかに信じられないことだった。

「3015年…今から約1000年後の未来から来たのか?」

 星がクライエントに尋ねる。

「その通りだ。今君たちの住んでいる2014年の世界は、私たちにとっては太古の時代だ」

「頭おかしいんじゃねぇのか?」

 クライエントの信じがたい言葉に、圭輝が毒づく。

「そう思うのも仕方ないだろう。だが、これは事実だ。その証拠は、ここに連れて来られた数名にはよくわかるだろう。野村駿、君たちだ」

 突如名前を出された駿は少し身じろぐ。そして彼は周囲のメンバーたちを見回してから呟いた。

「確かに俺たちは妙な光線を浴びせられて、消滅したはず…だが全員なんの怪我もなく生きている…」

「そう、それが君たちにとって未来の技術、『原子保存装置』だ。光線を当てたものを原子レベルに一度分解し、電子化して保存。任意のタイミングでもう一度元の形に戻せるという技術だ。未来ではこれを応用し、必要なものを原子化して持ち運ぶことで、実際に持ち運ぶものは非常に軽くなっている」

「スター・トレックの転送みたいな原理ね」

 未来のことを語るクライエントに、蒼が呟く。そのまま蒼は持論を語った。

「大量の紙媒体が電子化で物理的にポケットに収まるほどに小さくなったことを考えれば、1000年後にはそもそも物質自体そういう風にできているのかも。今で言う、画像をデータ化してプリントアウトするみたいに」

「じゃあ1000年後にはタイムマシンもあるのか?」

 少し呆れたように暁広がクライエントに尋ねる。

 クライエントは静かに答えた。

「残念ながらタイムマシンの製作は国際法で禁じられている。だからタイムマシンは作っていない」

「こっちの法律は守らないくせによく言いやがる」

「待て、じゃあどうやってこの時代にやってきたんだ?」

 クライエントの言葉に、遼が毒づくと、駿が疑問を口にする。

 クライエントはモニターにこそ映らないが、一人静かに口角を上げて答えた。


「偉大なる力…魔法だよ」


 クライエントは至って真剣に語った。

 だからこそ、子供たちは言葉を失った。

「魔法?そんなものあるわけないじゃないの」

 美咲がクライエントを小馬鹿にするように言う。

 しかしクライエントは冷静に言葉を返した。

「『君たちが元々住んでいた世界』ではそうだろうな。だが『こちら』は違う」

「どういうことだ」

 暁広はクライエントに食ってかかる。暁広は自分でも理由のわからない恐怖で背筋が震えていることに気がついた。それは暁広だけではなかった。

 クライエントはその様子を見て、得意げな顔をして語り始めた。


「単刀直入に言おう。私たちが君たちを『魔法のない世界』から『魔法のある世界』へ引きずりこんだ」


 クライエントの言葉に、子供たちは衝撃を隠せなかった。

「いつ、俺たちを」

 暁広は衝撃を隠せない様子で尋ねる。クライエントは平然とした様子で答えた。

「君たちが電車で逃げた時だよ」

 クライエントの言葉で、暁広は全てを理解した。

「トンネルに入った時のあの妙な景色…!お前たちの仕業だったのか…!」

「そう。あの瞬間、君たちはこの世界にやってきた。この私の『世界線と時間を移動する能力』を使ってね」

 クライエントが言うと、彼の隣にいたスパイダーがくたびれたように声を発した。

「ったく、今日までホント大変だったぜ。お前らみたいな雑魚をどうにか生かしてやるのはよ」

 スパイダーの言葉に、暁広が食ってかかった。

「生かしてやるだと?ふざけるな、俺たちはみんなで協力して自分たちの力で湘堂を脱出し、ヤタガラスを倒し、火野も船広も倒してきた!」

「それがおかしいとは思わなかったのか?」

 暁広の言葉に、スパイダーは冷静に答える。スパイダーの言葉に、暁広は返すことができなかった。

「お前たちはただの小学生、確かに銃は少し扱えたかもしれない。だがそう簡単に急所に銃撃を当てられるか?そう簡単に窮地から脱出できるか?なんで銃弾がお前たちに当たらなかった?」

 スパイダーはニヤリとすると、子供たちに絶望を与えるつもりで言い放った。

「教えてやろう。俺たちがそういうふうに細工してやったんだよ。俺の能力は『原子を操る』こと。それを利用して、お前たちに弾が当たらないように軌道をずらしたり、逆にお前たちの弾が当たるように軌道をいじったり。挙句はアイテムを授けてやったりもしたなぁ?」

 スパイダーの言い草に、数馬は目を見開いた。

「体育館の時のスタングレード…!」

「わかったみたいだな。最初からお前たちは俺たちの手のひらの上だったってわけ」

 スパイダーは満足そうに言い切る。

 子供たちは今までの努力を否定されてような気がして、うつむくことしかできなかった。

 その中で、佐ノ介が口を開いた。

「…そうかい。丁重に扱っていただき恐悦至極でございますよ。で、その理由はなんだ?ただのお人好しで俺たちを助けたわけじゃないだろ」

 佐ノ介の質問に、再びクライエントが答え始めた。


「西暦2990年、ほんの数人のエゴで世界大戦が始まった。彼らは金が欲しいという気持ちだけで戦争を引き起こし、長引かせた。戦争が長期化し、人々が疲弊したところにビジネスチャンスがあると考えていたからだろう。だが状況は変わった」

 クライエントが重い表情で語る。スパイダーがクライエントに続いた。

「戦争が始まって10年経った頃、そいつらは世界中に細菌攻撃を実行。自分たちが作った血清を売り捌いて儲けるはずだったんだろうな。だが結局そいつらが作った血清も効果がなかったのさ。不治の病が地球上に蔓延し、人口は大きく減少。戦争のダメージも相まって細菌が蔓延して15年で地球の人口は3000人まで減り、あの煤やけた地球が出来上がった」

「それと俺たちになんの関係が?」

 駿が尋ねると、クライエントが再び話し始める。

「私たちは滅亡を避けるべく、過去に戻って戦争の原因である数人を排除したり、平行世界を探索したりもした。だがどれもダメだった。地球が滅びる運命はほんの数年違うだけで、変わらなかった」

「平行世界?」

「人間たちの選択や行動、それによってできるたくさんの世界のことだ。分かれ道で右に行くか、左に行くか、それだけでもふたつの世界、ふたつの未来があるだろう?私の能力はその無数の世界を行き来することだ」

 クライエントはそう言うと、モニターに映る映像を切り替える。無数の平行線が同じようなところで途切れる中、一本だけ延々と伸びていく線が映し出された。

「私たちはその能力で、ひとつの世界を見つけた。その世界には私たちが経験した戦争は存在せず、人々は栄え、平和が保たれていた。どうしてだと思う?」

 クライエントはニヤリとしながら尋ねる。理由を想像もできない子供たちは、黙り込んだ。

 クライエントは、それに対して答えた。

「とある組織が存在したからだよ。彼らは不老不死となり、どこの国にも属さず、平和を乱しうる存在を芽のうちから排除していた。1000年以上も、な。魔法を駆使してね」

 クライエントは一度息を大きく吸った。


「その組織の名は、『The Magic Order』」


 クライエントは言う。子供たちは息を呑んだ。

「彼らが目指したのは『魔法による秩序』。だから『Magic Order』なんだろうが、本来なら『Magical Order』だ」

「いかにも英語の苦手なお前たち日本人らしいミスだよ」

 クライエントが小言のように言う。スパイダーも一緒になって鼻で笑う。

 同時に、暁広はスパイダーの言葉で全容に気づいた。

「まさか…そのマジックオーダーって組織、そのメンバーは違う世界の俺たちなのか…!」

 暁広の言葉に、クライエントは頷いた。

「察しがいいな。その通りだ」

「つまりお前らは、別世界では世界を守っている俺たちを連れて行けば、自分たちの世界を守れるって思ってるんだな?」

「パーフェクトだ」

 考えを述べる暁広に、クライエントは言う。子供たちはそれによってクライエントの狙いを理解したようだった。

「俺たちに何をさせるつもりだ」

 暁広はさらに食ってかかる。クライエントは平然とした様子で答えた。

「簡単だ。これから私たちの世界にも『魔法による秩序』を敷いてもらう。私の指示で平和を乱す賊どもをこの時代から排除し、私たちの住む3000年代はもちろん、その先も何万年と続く平和を、君たちに作ってもらう」

「断ったらどうする」

 クライエントの言葉に暁広が目を鋭くして聞き返す。

「君たちに拒否権はない。私たちも必死なんだ。これしか世界を救えないんだ!」

 クライエントはモニターにこそ映らないが、立ち上がって声を張る。

「仮にイェスと言っても、俺たちは不老不死でなければ、魔法の力もないぞ!」

 暁広はどうにか情報を引き出そうと、言葉を返す。クライエントは冷静になって答えた。

「こちらの世界で不老不死にするだけのこと。まずは魔法の力を与えよう。ライター!」

 クライエントが指示を出すと、キャップ帽を被ったライターがカメラの前に立つ。彼の横には、スタンド付きのストロボライトがカメラに向けられていた。

「さて、お喋りはここまでだ。君たちに偉大な力を授ける!」

 クライエントのひと声で、モニターに映し出された映像が切り替わる。

 モニターに映るのはストロボライトだけだった。

 それが逆に子供たちの警戒心を煽った。

「何か来るぞ!」

 暁広が叫んだが、すでに遅かった。

 

 モニターに映し出されるライトは、優しさすら感じさせる白い光を放ちながらゆっくりと明滅する。子供たちはそこから目を離そうとするが、離せなかった。

 数秒もしないうちに、倒れる子供が現れる。ひとり、またひとりと、その光の前に意識を失い、倒れて行く。

 最後まで立っていたのは暁広と、別室に監禁されている数馬だった。しかし、彼らもじきに同じタイミングにモニターに向かって倒れた。


「…これでいい」

 モニターに映る監視カメラの映像を見て、クライエントはひとこと呟いた。そのまま彼は振り向いて仲間たちの方を向いた。

「3人とも、ここまでありがとう」

「何言ってんのさ。こっからだろ?私らの世界に戻って、そこから秩序を作り出す。礼はそん時だよ」

 クライエントの言葉に、フォルダーは照れ隠しも含めて返す。

「元の世界に戻るまで、プロジェクターのエネルギー補充があと20分。あいつらもあと30分は起きないはずだから、どのみちあいつらは連れて行けるね…これで世界が平和になるよォ」

「バカ。戻ってからが大変なんだよ」

 ライターが安堵したような声を出すと、それをたしなめるように、スパイダーがライターの背中を軽く叩く。だがスパイダーの表情にも明るいものがあった。

「よし、あと20分、自由にしてていいぞ」

 クライエントがそう言った瞬間だった。

 

 クライエントの背後のコンピューターが機械的な警告音を立て、すぐに機械の声でアナウンスが入った。

「警告、警告、2番入口から侵入者あり。警告、警告」

「コンピューター、緊急警備プログラム起動!侵入者を排除しろ!」

 クライエントは背後にある大型のコンピューターに命令する。すぐにその場の彼らは鋭い表情になっていた。

「クライエント、俺も行こうか」

 スパイダーがクライエントに尋ねる。しかしフォルダーがそれを止めた。

「待って、ガキの中に覚醒するとヤバいのがいる、あんたは万が一の時それの処理用にここにいた方がいい」

「だがあっちにはプロジェクターがある。万が一があれば帰れなくなるぞ」

 スパイダーはフォルダーとクライエントに言う。クライエントはすぐに指示を出した。

「今回はフォルダーの言う通りだ。スパイダー、お前はここに居ろ。私がプロジェクターを取ってくる」

「…わかった。気をつけろよ」

 クライエントはスパイダーに見送られながら走り出した。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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