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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
1.少年たち
23/65

22.居場所 -波の声を聞きながら-

5月7日 某所

 薄暗い部屋のなか、クライエントはひとりモニターと向かい合っていた。モニターに映るのは暁広、数馬、佐ノ介、そして他の湘堂から逃げてきた子供たち。

「こいつらが…な」

 クライエントはひとこと呟きながら、置いてあった紅茶をすする。白地に金色の装飾がわずかにあしらわれたティーカップは、一瞬で中身がなくなった。

「不可能を排除していき、最後に残ったものが如何に奇妙なものであってもそれが最も論理的な真実…か」

 クライエントは呟く。彼の青い瞳は、じっと子供たちの横顔を見つめていた。




5月7日 灯島中学校 8:00

 暁広、浩助、圭輝、茜の4人は、昇降口で靴と上履きを履き替えると、自分たちの教室へ歩き出す。

「そういえばトッシー、体育祭近いね!」

 雑談の中、茜が明るく言う。暁広は言われて、あー、と宙を眺めた。

「確かに。月末だよね」

「いっぱい思い出作ろ!」

「あぁ、そうだね!」

 2人が話しているうちに、彼らは数馬たちのいる1組の前を通り過ぎる。彼ら4人の視界の端には、数馬や佐ノ介がいつも通り談笑を交わしている姿が入ってきた。

 4人はそれを無視して2組の教室に入る。そのまま圭輝はリュックを雑に机の上に置くと、暁広のもとへ歩き寄った。

「あーイラつく。朝っぱらから重村の野郎ヘラヘラしやがって」

 圭輝が悪態を吐くと、暁広と先に来ていた星が振り向いた。

「暁広、圭輝のやつどうしたんだ?」

 星が不思議そうに暁広に尋ねる。

「あぁ、1組のとある奴と揉めてね」

「アイツ俺のこといきなり殴ってきやがったんだ。庇ったトッシーまで巻き添えにしてよ、そのくせ反省しねぇでヘラヘラしてやがる!頭来るぜ!」

 暁広の解説に、圭輝が付け加える。腹を立て恨みを隠そうとしない圭輝を見かねて、星は考えを巡らせた。

「ようは圭輝はそいつに復讐したいのか?」

「当たり前だ!存在ごと消してやりてぇ」

 圭輝は力強く言う。暁広は少し黙っていたが、星は暁広の肩を叩いた。

「存在を消すとなると面倒だが、学校から追い出すのはできるかもしれない」

「ホントか?」

 星の言葉に圭輝は大きく食いつく。気がつくと暁広も星の方へ振り向いていた。

「そいつは確かに1組のやつなんだな?」

「あぁ」

「だったらできるな。1組には堀口和久って男がいる」

「学級委員のあの太ったやつか」

 星の言葉に暁広は言う。星はそのまま続けた。

「アイツはこの学年全体に大きな影響力を持っている。多くの生徒に好かれており、さらに彼の親は政治家だ。こちらに引き込み、敵の悪評を流せば話は早い」

「いいじゃねぇか、さっさと紹介しろよ」

 星が和久について解説すると、圭輝が言う。しかし星は首を横に振った。

「俺は顔見知りってだけだ。それがいきなり話しかけてきて他人の悪口を言ったところでどうにもならん。アイツは警戒心が強く、自分を利用してくる存在は寄せ付けない。そこで暁広だ」

 星は改めて暁広の肩を叩く。暁広は驚いた様子で星の方に振り向いた。

「俺?」

「暁広はここには友達が少ない。それを理由に堀口に自然に近づける。そうしてやつを説得し、圭輝の敵の悪評を流して学校に居られなくする。暁広は口も立つからな。どうだ」

 星の言っていることを実現できれば、恐らく数馬はこの学校で孤立する。暁広は星の頭の回転の速さに目を見開いていた。

「さすがだな、星」

「作戦だけ褒められてもな、やらないのか?」

「いや、やろう。奴には罰が必要だ」

 星の提案に、暁広はニヤリとしながら呟く。星と圭輝も、ニヤリと笑っていた。



8:20 1組の教室

 陰でこのようなことを言われているのにも気づかず、数馬と佐ノ介は教室でそのまま談笑していた。竜雄や泰平は他の友人たちと会話している。

「合宿面白かったな」

「あぁ…だが雄三にイカサマやられてボロボロだったよ俺は」

「アイツにカードゲーム挑む方が悪いんだよ」

 数日前の出来事を思い出しながら佐ノ介がぼやく。そんな佐ノ介の肩を、数馬はゲラゲラと笑いながら叩いた。

「俺目には自信あったんだよ。動体視力とか。でもアイツの手品は見破れなかった。なんかもう、やんなっちった」

「自信無くしすぎだろ」

「無くすだろそりゃ。お前だってそこらの中坊に殴り負けたら癪だろ?」

「雄三はそこらの中坊って言うには…」

 佐ノ介の言葉に数馬が言う途中、数馬は何かに気づいて発言を止めた。

「どうした」

 佐ノ介は数馬の様子に気づくと、数馬の視線の先を見る。佐ノ介が座っている席の前に、小柄な女子が立っていた。

「おっと、失礼。今どくよ」

「いや、別に…」

 佐ノ介が言うと、女子は気まずそうに答える。一方の数馬は女子の顔を見て軽く声をかけた。

「うっす。昨日ぶりだね、黒い翼の…」

「うわぁあああ!」

 数馬が口走ろうとしたことを黙らせるように、彼女はリュックを下ろしながら大きな声を上げ、すぐに数馬を睨む。

「ちょっと!」

「失礼いたしました、木村さん」

 数馬はニヤリとしながら答える。目の前の女子、木村陽子は眼鏡を掛け直しながら不満そうに膨れっ面を作っていた。

「てか、席隣同士だったんだね。気づかなかった」

「いっつも寝てるからだよ」

 数馬が言うと、陽子は少し怒った様子で言う。

「そんな怒らないでくれよ、俺が悪かったからさ」

「嫌です。怒っちゃいます」

 数馬の言葉に、陽子は少しニヤリとしながら答える。そんな2人のやり取りを見て、佐ノ介は1人静かにその場を立ち去った。

「おい佐ノぉ!助けてくれよー」

「タイマンは得意だろ?頑張れ」

 佐ノ介は一方的にそう言って数馬をあしらうと、自分の席に戻っていった。

 陽子は空いた自分の席に座る。数馬は少しため息を吐くと、陽子に愚痴をこぼすようにぼやき始める。

「全くぅ、昨日は親切にしてくれた木村ちゃんがいじめてくるよぉ」

「親切にしたのにいじめてきたのはそっちじゃん?」

 陽子は眉を上げながら数馬に言う。数馬は笑顔を見せながら息を吐き、わざとらしい演技を始めた。

「ふぅん、俺がそのようなことで謝ると思うたか?すみませんでした」

「手のひらクルックル!」

 数馬は背筋を伸ばし、陽子の方を向きながら深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べる。陽子はそれから目を逸らして頬を指でなぞった。

「…いいよ。怒ってないから」

 陽子は優しく笑うと、静かに答える。数馬はその笑顔を見て、自分でも気づかないうちに同じような笑顔になっていた。

 数馬はそのままふと黒板に書いてある今日の時間割を見て呟いた。

「そういえば今日の5、6時間目って体育祭の練習だよね」

「そうだね。流れ解散だって聞いたよ」

「抜け出さない?ホームルームないなら余裕っしょ」

 数馬はいたずらっぽく陽子に笑いかける。陽子は嫌そうに目を細めた。

「えぇ?バレたら面倒じゃない?」

「練習に参加しないことには何も言わないのな」

「まぁそれは…でも今日部活ないから行けなくはないか…」

「よし、決まりだ」

 陽子が予定を思い浮かべていると、数馬が一方的に決定を下す。

「ちょっと待ってよ。抜け出してどこ行くの?」

「海行きたい」

「えー私アニメイトがいい」

「そんなこと言ってると迷子になるぞ俺?」

「ダサすぎでしょその脅し」

 陽子の切れ味鋭い批評に、数馬は声を上げて笑う。純粋な数馬の笑顔に、陽子は少し耳を赤くしてから言葉を発した。

「もう、しょーがないなぁ。付き合ってあげる」

「おぉー木村様ー」

「でもバレたら全部重村くんのせいにするからね」

「どんとこい超常現象」

 数馬は陽子の言葉に自分の胸を軽く叩きながら答える。数馬がそのまま陽子に自信ありそうな表情で笑うと、陽子も静かに微笑み返した。


 そんな数馬の様子を、少し離れた席で佐ノ介はニヤリとしながら眺めていた。

「おい、佐ノ介、何を見ている」

 ずっと数馬と陽子の会話を見ていた佐ノ介に、佐ノ介の前の席の狼介が振り向いて尋ねる。佐ノ介はニヤリとしながら首を横に振った。

「いいや。恋愛っていいもんだなと」

「はぁ、顔に似合わぬ色恋バカだな」

「男はバカでちょうどいいのさ」

 狼介の言葉にも、佐ノ介はニヤけた表情を変えることなく言葉を返す。そのままチャイムの音が聞こえると、2人は正面を向いた。


12:40

 5、6時間目の体育祭の練習のため、4時間目が終わると同時に帰りの会が始まる。短い諸連絡が済むと、生徒たちはさようならの挨拶を済ませてから昼食を取り始めた。

 担任の教師がいなくなったのを見てから、数馬は食べかけの弁当を包み、リュックにしまい込む。そのまま和久の下にこっそりと寄ると、小声で話し掛け始めた。

「うっす、和久」

「おぉ、どうした?」

 和久は大盛りのどんぶりを片手に持ちながら数馬に尋ねる。

「自分次の時間サボって抜け出すんで、なんかあったらよろしく」

 数馬があっけらかんと言ってのけると、和久よりも彼の隣に座っていた雅紀が食いついた。

「お、脱走かい?数馬ちゃん。バレたら大目玉だぞ?」

「バレなきゃセーフ」

 数馬の言葉に、雅紀のさらに隣に座っていた雄三が食いつく。

「イカサマと同じだな。頑張れよ」

「あざっす。よろしく頼むぜお三方」

 数馬は軽妙に言い切ると、リュックを背負って教室を去っていく。3人は数馬の背中を見送る。

「ったく、仕事増えちまったな」

 和久が雄三と雅紀に笑いかけながらぼやく。

「俺らも抜け出しちまおうか?」

「俺はやめとくぜ。割に合わない」

「言うと思ったよ」

 雅紀の提案に、雄三は缶コーヒーを飲みながら答える。3人は穏やかに笑うと、そのまま各自の食事を続けた。


 数馬は廊下に出ると、そのまま昇降口に歩いていく。数人休み時間で校庭に出る生徒がいることに気づくと、その中に紛れ込むようにして校舎から出た。

 そのまま校庭で遊ぶ生徒たちを横目に見つつ、数馬は誰もいないことを確認してから校門を出た。正面の細い路地を抜け、学校から見えないところまで歩いてきた。

「遅いよ」

 数馬の横から陽子の声がする。数馬が向き直ると、陽子はニコリと笑った。

「言ってる木村さんは早すぎるよ。私服じゃん」

 数馬の言う通り、陽子はすでに私服だった。赤のベレー帽に、黄色のTシャツと水色のジーパン。

「ま、私、家近いからさ」

「絶対いるよねそういうやつ」

「じゃ、行こう」

 数馬が目を見開いているうちに、陽子はどんどんと歩き出す。数馬はそれにゆっくりとついて行った。


13:00

 食事を終えた和久たちは、更衣室にやってきた。体育祭の練習は当然体操服でおこなうためである。

「抜け駆け?おい良いのかよ学級委員」

 雑談の中、狼介が体操服を着ながら和久に尋ねる。それに対して隼人が割って入った。

「きっと、数馬にも事情があるんだろう」

「サボるって自分で言ってたぜ」

 隼人の言葉にすぐさま雅紀がチクる。目を何度もまばたきさせる隼人の横顔を見て、雄三は1人で笑っていた。

「まぁ別に咎めるほどのことはしてないからなぁ。他人に迷惑かけなきゃ、あとはアイツの自己責任だろ」

「泳がせてた方が面白そうだしな」

 和久が言うと、雄三も付け加える。狼介は小さくため息を吐いた。

「痛い目遭うぜ、あいつ」

「それが自由ってやつだからな。好き勝手できて、その代わり、自分のケツは自分で拭く。そういうもんだろ」

 和久はそうこぼしながら服を着る。そのまま彼は制服を着ている時よりも目立つ垂れた腹を軽く叩いた。


 着替えを終えた5人は自分たちの教室に歩いていく。すると、正面から8人ほどの同学年の男子の集団が歩いてきた。

 狭い道なので和久たちは道の端に一列になって寄る。彼らはそれに気づいたのかどうかもわからないが、広がって歩いていた。

 8人の集団が去っていき、和久たちもその場を立ち去ろうと背を向けたその時だった。

「堀口くん」

 和久を背後から呼ぶ声がした。和久が振り向くと、誰からも好かれそうなイケメンの男子がそこに立っていた。

「はい?」

 和久はその顔を知らなかった。

「和久ー先行ってるぞ」

「うっす」

 和久を置いて隼人たちは先に行く。和久は一対一でその男と向き合った。

 男は人から好かれそうな笑顔を作ると、自己紹介を始めた。

「1組の学級委員の堀口くんだよな?俺は2組の体育祭実行委員の魅神暁広。5、6時間めの体育館の割り当てについて何か聞いてない?」

 やはり和久はこの男を知らなかった。魅神と名乗るこの男は、一見人が良さそうに見えるが、同時に和久は言葉では言い表せない何かをこの男から感じ取っていた。

「あー…学級委員の方は特に何も聞いてませんね」

 和久は初対面の相手用に表情と声色を作って話す。

 暁広は和久のその様子に、わずかに目を細め、すぐに元の人好きのする笑顔を作った。

「そうだったか。ありがとう。体育祭はお互いに頑張ろうな」

「はい、ありがとうございます」

 お互いにその言葉に本音がないことは察していた。だがそれを表に出すこともお互いにしない。

「それじゃ」

「それでは」

 暁広は軽く手を振ってからその場を立ち去る。一方の和久は丁寧にお辞儀をすると、その場をゆっくりと去っていった。


「なるほど、星の言う通りだ」

 暁広は誰にも聞こえないように、背中越しに和久の大きな背中を見て呟いた。あの笑顔を作った暁広は今まで他人に警戒されたことはない。それを警戒してきた和久は、只者ではない。暁広は背中からひしひしと圧を感じていた。


「油断できないやつ、だな」

 和久も同じように、誰にも聞こえないように1人呟く。自分とも、数馬たち湘堂から逃げてきた人間たちとも何かが大きく違う異質な存在。和久は暁広からその気配を強く感じ取り、同時にひどく警戒していた。



13:30

 数馬と陽子は30分ほど歩いていた。平日のこの時間はあまり人通りは多くない。

「そろそろ海だよ」

 橋に差し掛かると陽子は数馬に言う。数馬は隣の陽子を少し見下ろしながらうなずいた。

「それにしても、木村さん良かったの?抜け出すの」

「今更聞くの?それ」

 数馬は少し不安になりながら陽子に尋ねる。陽子は逆にニヤニヤしながら尋ね返し、すぐに笑顔で数馬の質問に答えた。

「実は私も抜け出すつもりだったの」

「お主も悪よのお」

「日常生活でそれ言ってる人初めて見た」

 2人は言葉を交わし笑い合う。橋を渡り終え、足元がアスファルトから木製のタイルに変わった時だった。

「ほら、海だよ」

 陽子が正面を指差す。

「おぉー」

 数馬の目の前に広がるのは、太陽に照らされる青い海、港を行き来する白い船たち。煌めく水は数馬の瞳を照らしていた。

「いいねぇ」

 数馬は目の前の景色にそれしか言葉が出てこなかった。陽子は数馬の穏やかな横顔を見上げながら、そのまま歩く。

「もう少し歩くとベンチがあるから、そっち座ろう」

 陽子が言うと、数馬もうなずく。

 陽子に連れられながら数馬も歩くと、歩道の手すりまでやってきた。風景を遮るものは何もない。

 陽子はベンチに腰掛けると、数馬は手すりに頬杖をつきながら景色を眺めた。

「ホントに海が好きなんだね」

 陽子は数馬の背中を見ながら言う。数馬は海を見ながら答えた。

「あぁ。俺の故郷にも、海があったんだ」

「重村くん、やっぱりこの街の人じゃないんだ」

 陽子が何気なく言う。

 思わず数馬から表情が消えた。

 すぐに陽子はそれを察すると、微笑んだ。

「重村くん、話したくないことなら、私、無理に聞かないから」

 陽子の言葉に、数馬は振り向く。陽子は少し恥ずかしそうに目を逸らしながら話を続ける。

「重村くんは、私の秘密を守ってくれてるわけでしょ?だったら私も、重村くんの秘密を無理に暴こうなんて思わないよ」

 陽子は言葉を発しながら眼鏡を整える。数馬は海を背にしながら小さく微笑んだ。

「君は、本当に優しいんだな」

 数馬は低い声でそう言う。背中の手すりに体重を預け、広がる海の光に思いを馳せた。

 陽子はそんな数馬の姿を見ながら、リュックからスケッチブックを取り出す。気づいた数馬は何をするのか質問しようとしたが、すぐに陽子はそれを制した。

「動かないで。描きたいの、今の重村くんの姿」

 数馬は陽子の提案を聞くと、静かに笑い、元の姿勢に戻った。

「ごゆるりと」

 数馬はひと言だけ言うと、海を眺めた。

 陽子は数馬のその姿を、真剣に何度も見ながらスケッチブックにシャーペンを走らせていった。

「…潮風が懐かしい」

 数馬は1人呟く。陽子はシャーペンを走らせながら尋ねた。

「子供の頃はよく海に行ったの?」

「まぁ。プールがすぐ近くにあってさ。親父とプール行ったついでに、よく海も連れてってもらってた」

「素敵だね」

「木村さんは?子供の頃の思い出とかないの?」

 数馬に尋ねられると、陽子はうつむく。すぐに不穏な空気を感じ取った数馬はそれをフォローした。

「ごめん、嫌な話はしなくていい」

「いや、そうじゃないの!私が話すのが嫌っていうか、単純に暗い話だから、重村くんに嫌な思いさせないかなって」

「ホラー以外は大丈夫だよ、俺」

「ホラーダメなんだ」

「それで、よければ聞かせてほしいな」

 数馬が言うと、陽子は一度シャーペンを置いてから話し始めた。

「私、昔、犬を飼ってたんだ。正確に言うと、親が飼ってて、物心ついた時には一緒にいたの」

「うん」

「私、人付き合いってすごく苦手でさ。昨日重村くんが見た通り、あまり人に言えない趣味だし、人と話すのも得意じゃないから。だからクラスの子から仲間はずれにされることも少なくなかったの」

「そうだったんだ」

「だからいつもその犬と一緒にいたんだ。大好きだった。でもある時、交通事故で犬は死んじゃった。車を運転してた人たちも、すごく謝ってくれた。けど、私はまだ、心のどこかで引っかかってるんだよね。なんか、割り切れないっていうか。いい加減、忘れるべきなんだろうけどね」

 陽子はそう言って自嘲的に笑う。

「死んだ仲間は忘れられないよ。いつまでも。それは当たり前だ」

 数馬が静かに言葉を伝える。陽子は数馬の表情を見た。いつもの明るい笑顔からは想像できない、影のある表情。陽子には別人のようにすら見えた。

「…重村くん?」

「失礼。分かったような口を利いちゃったね」

「ううん、大丈夫。むしろ、そう言ってくれて少し嬉しいよ」

 陽子が笑うと、数馬も小さく微笑む。陽子は眼鏡をかけ直すと、気合を入れ直した。

「さーて、重村くん、じっとしてて!」

「おう」

 陽子がシャーペンを取り、数馬は背中を手すりに預ける。同時に数馬は陽子に尋ねた。

「なぁ木村さんよ」

「何?」

 陽子はシャーペンを滑らせながら顔を上げず声だけで答える。

「俺のこと、名前で呼んでくれないか。『数馬』って」

 陽子は顔を上げる。数馬が少し照れ臭そうにしているのを見て、陽子は知らぬ間に笑顔になっていた。

「…わかった。それじゃあ私のことも、『陽子』って呼んで、数馬」

「…分かったよ、陽子」

 2人は互いの名前を呼び合うと、静かに微笑み合う。

 海は静かに、そんな2人を見守っていた。



14:00

 中学校の校庭に、3年生の気勢が響く。暁広たち1年生はそれを遠巻きに眺め、息を整えていた。

「暁広、こんなのの何が楽しくてあいつらは大声をあげているんだ?」

 暁広にそう尋ねたのは昌翔だった。暁広は少し眉を上げると、小さく笑って答え始めた。

「誰かと何かを成し遂げるっていうのは楽しいことなんだよ」

「そうなのか」

「言っただろ?協力するのが大事なんだって。ああいう風に声を合わせるのも協力。数がいるだけでも、迫力があるだろう?」

 未だどこか腑に落ちていない昌翔に、暁広は盛り上がっている3年生たちを指差しながら言う。

「あっちと比べてみなよ」

 暁広は同時にまとまりがない3年生たちも指差しながら言う。昌翔は手を顎に当てた。

「そうだな…確かにまとまりのある集団の方が合理的に見えるし、明るく見える」

「そういうことだよ。仲間は多い方がいい」

 暁広はそう言うと、ふと横を向いた。

「俺も仲間を作りに行ってくるよ」

 暁広はそれだけ言うと、昌翔を置いて歩き出す。昌翔は静かにそれを見送っていた。

 取り残された昌翔の下に、星が歩いてきた。

「おい、暁広は」

「仲間を作りに行った」

 星の質問に、昌翔は静かに答える。星は和久に話しかけている暁広の姿を見て、1人納得していた。

「協力は楽しいことらしい。俺たちも協力しないか」

 昌翔は星の方を見ながら言う。星は少し驚いた様子で昌翔を見た。

「いいけど、何を」

「暁広を手伝うこと。あいつはいつか、すごいやつになる気がするから」

 昌翔の言葉に星は眉を上げる。

「考えることは同じみたいだな」


 同じ頃、校庭の隅に生えている木の陰で和久は滝の汗を流しながら休んでいた。

「ヒィー、あっちぃなぁ」

 和久は麦茶を飲みながら体操服の首の辺りを掴み、バタバタとさせて涼む。

「いやぁ、結構疲れるね、堀口くん」

 そう言葉を発しながら誰かが和久の元に歩いてくる。和久が顔を上げると、先ほど体育館前ですれ違った暁広が歩いてきていた。

「あぁ、さっきも会いましたね、魅神くん」

「そんな丁寧に話さなくていいよ。お隣いいかい?」

 和久の挨拶に、暁広は愛想よく答える。そのまま和久の許可を得てから和久の隣に腰掛けた。

(この男、今度こそ見極める)

 お互い決して声には出さないものの、心のうちで小さく叫ぶ。鋭くなりそうな表情を笑顔で押し隠し、2人は一瞬お互いの顔色を見合った。

(この男…何が目的で俺に近づいてきているんだ?ただの友達欲しい人間か…いや、こいつは事前に俺の名前を知っている。絶対に何か裏があるはずだ)

 和久は麦茶を飲みながら目を細めて暁広の表情を見る。誰からも好かれそうな甘いマスクのイケメン、そして爽やかな笑顔。彼が何かを訴えれば、思わず信じてしまいそうな、そんな雰囲気を纏っている。それが逆に恐ろしかった。

「堀口くんは綱引き出るのかい?」

 暁広は様子を見るために何気ない日常会話を振る。和久は笑顔を貼りつけたまま答えた。

「そうですねえ。みんな僕は綱引きに出た方がいいって言うものですから」

「体格いいもんね。まさに重量級って感じ」

 和久の言葉に、暁広は笑いながら答え、同時に和久の出方を窺った。

(怒るか?)

 一方の和久も、短い一瞬にさまざまな考えを巡らせる。

(キレてみるか?こいつ結構馴れ馴れしいから距離を作れるかも…いや、敢えて笑いに変えてみるか?ナメられるリスクはあるが上手くすれば逆にこっちが利用できるかも…それとも軽く受け流すか…)

 一瞬で浮かんだ3つの選択肢。和久は即座に決断した。

「まぁ、よく言われますね」

 最も無難で淡白な答え。会話も膨らみにくいぶん、和久のボロも出にくい。裏を返せば、暁広がどう返答するのか、その観察に集中できる。

 逆に今度は観察される側に回った暁広は、眉を少し上げながら考えを巡らせる。

(やはり俺のことを警戒している。どこまでも本心は見せないつもりだが、どうにか動かせないものか)

 暁広は考えを巡らせていることなど微塵も感じさせないように、笑顔のまま答えを返した。

「そうだよね。しかもみんなとも仲良いんでしょ?信頼されてるならなおのことみんな堀口くんのこと、頼りにするよね」

 相手の長所を見つけ、まず褒める。暁広は相手を自分の思い通りにしたいとき、必ずここから入るようにしていた。

 和久も、暁広のそのやり方には気づいた。

(褒めて油断させて利用する。そういう手口か。俺を狙ったということはそれで間違いないだろう。問題はふたつ。俺を利用して何をさせたいのか、もうひとつは誰が俺を紹介したかだ。ひとつ目はいつかボロが出るはず。ならまずは)

「別に僕はそんなにみんなと仲良くしているつもりはないんですけどね。誰からそんなこと聞いたんです?」

 和久は首を傾げながら暁広に尋ねる。このまま上手く暁広に和久を紹介した人間を探り出せれば、暁広の目的にも近づけると考えていた。

 暁広の額をひとすじの汗が流れ落ちた。

(どうする。ここで星の名前を出すかどうか。こいつはいつもの手を使ってもずっと警戒したままだ。ならいっそのこと共通の知り合いの話題を出してみた方が警戒を解けるか?だが星がもしこいつと因縁があれば、逆効果になる…)

「んー」

 暁広は一瞬の考えを唸り声で誤魔化し、そのまま言葉を繋いだ。

「特に誰がって感じはないかな。堀口くんと同じ学校だった人は、堀口くんは頼りになるよーって、少なくともウチのクラスの連中はそう言ってるよ」

 暁広は星の名前を出さないことを選んだ。ニコリと笑い、和久の目を見ながら言う。

(上手い逃げを打ったな)

 和久は、へー、と相槌を打ちながら警戒心をさらに強めていた。

(この男、したたかだ。少なくとも頭は悪くない。だからこそ俺に無駄に話しかけてくるわけがない。絶対何かある。逆にストレートに行こう)

 和久は自分の中で暁広がただ話しかけてきたという可能性を一気に切り捨て、言葉を返した。

「みんなに礼を言わなきゃな。でもなんで僕に話しかけてくれたんです?」

 暁広は内心ガッツポーズを取った。

(この流れに沿っていけば、この言い訳が使える!)

「友達がたくさん欲しくてさ。堀口くんも察してるかもだけど、俺ここの人間じゃないから、新しい友達作りたくて」

 暁広は穏やかな笑顔で言う。

(大嘘だな。こいつはその気になれば1人でネットワークを作れる。現に作ってる。俺の噂を聞いているのは、俺を通じなくても友人が作れる証拠だ。嘘を吐いてまで俺に近づくのは、やはり俺を利用するためだろう)

 和久も穏やかな笑顔を返すと同時に暁広が嘘をついていることを見破った。

 暁広は同時に目を見開いた。

(この表情…俺の考えを見抜いている…?明らかに今までの表情と違う。探りを入れている表情じゃない。何かに気づいた人間の表情だ)

 暁広は笑顔の裏で奥歯を噛み締める。和久は静かに微笑んでいた。

(そうか…俺としたことが…友達を作りたいと言ったのに、既に友達ができている風な口振りをした…これほど警戒心の強い人間が、その矛盾を見逃すわけがない…目の前のチャンスに飛びついてしまったか…!)

「どうしたんですか?魅神くん」

 和久は微笑みそのまま暁広に尋ねる。暁広は静かに微笑んだ。

(こいつの警戒心は解けないし、利用もできない。これ以上は無駄だ)

 暁広はそう思うと、和久から目を離し、空を眺める。息を大きく吸った。

「俺はさ、湘堂の出身なんだ」

 暁広は和久のことを気にせず語り出す。和久は眉をひそめながら暁広の一言一句に集中した。

「父さんも、母さんも、兄貴も2人とも死んだ。俺自身、生き延びるためにたくさんの人間を殺した」

 和久は黙ってその言葉を聞く。父から聞いていたこと、自分自身がニュースで見たこと、両方を併せて考えれば、湘堂を生き残るということはそう言う意味になる。

「俺はさ、平和になってほしいんだよね。全員が正しいことをして、そうすることで争いがなくなってほしいなって」

 暁広の言葉に、和久は反論しそうになるのを堪えて黙って耳を傾ける。

「そのためには力が必要なんだ。平等な力が。力がないから間違ったことをする。力がありすぎるから重村みたいに暴力を振るい、平和を乱す奴が出てくる。だから、重村みたいなやつを罰するためにも、全員が平等に強くなる必要があると思うんだ。それによってようやく正義が達成される」

 暁広の考えを聞きながら、和久は自分の考えをまとめる。

 暁広は和久の方へ振り向いた。

「君はどう思う?君にとっての正義はなんだい」

 暁広は優しく尋ねる。

 和久は一瞬考える。

「俺の正義か…」

 そう呟き、暁広の方を見据えると、静かに答えた。

「より多くの人が腹いっぱい食えることかな」

 和久はそう真面目な表情で言うと、腹を叩く。ポンと快い音を立てた腹は、少し波打った。

 暁広は和久の言葉に声を上げて笑った。

「ははは、見た目通り食いしん坊なんだね」

 暁広はそう言いながら立ち上がる。

「ありがとう。楽しかったよ」

「こちらこそ」

 暁広は和久に小さく手を振り、背中を向けて歩き出す。

「あ、そうそう」

 歩いていた暁広の足が止まる。彼はゆっくり振り向くと、和久に笑いかけるようにして声を発した。

「重村数馬と安藤佐ノ介、この2人には気をつけなよ。それじゃ」

 暁広は言うだけ言うと、そのまま和久に背中を向けて歩き去って行った。

 暁広の背中が小さくなっていくのを見て、和久は小さくため息を吐いた。運動した後の汗だけでなく、嫌な汗が背中を濡らしていた。

「和久」

 額の汗を拭く和久に、歩いてきた飛鳥が声をかける。

「よっす」

「どうしたよ?疲れた顔して」

 陽気に挨拶する和久に、飛鳥が尋ねる。和久は鼻で笑い飛ばすと、ゆっくり立ち上がった。

「なんでもねぇよ。お喋りしてただけさ」

 和久はそのまま歩き出す。飛鳥もその少し後ろから付いて行くようにして一緒に歩き出した。

 


14:30

「できた!もう動いていいよ」

 海辺の遊歩道では、陽子が数馬にそう言って笑いかける。数馬は体をほぐしながら陽子のスケッチブックを覗き込もうと歩き出す。

「どれどれ?」

 陽子の隣に歩き、数馬はスケッチブックを覗き込んだ。

「おぉっ」

 シャーペン一本で描いたこともあり、白と黒だけだったが、それでも見事にこの風景と、そして人影が背中越しに海を眺めているのがわかる。

「すげー。俺なんかこんなにカッコよくなっちゃって」

「顔黒塗りだけど」

「雰囲気クッソカッコよくない?」

「え…えぇ?そう?多少描きやすくはしたけど見たまま描いたつもりだよ」

「またまたぁ、ちょっと美化してくれたんでしょ?俺にはわかる。俺が立ってるだけでこんなカッコいいわけないんだから」

 数馬の言葉に、陽子は目を逸らしながら自分の頬を指でなぞる。それに構わず数馬は陽子の絵を見ながら感心の声を上げていた。

「にしても上手いなぁ。30分でこれ描いちゃうんだもんなぁ。もしかしなくても絵得意でしょ」

 数馬が素直に言いながら陽子に笑いかけてくる。陽子は戸惑いながら目を逸らす。

「いや、まぁ…好き、ではあるかな」

「好きこそものの上手なれってやつか」

 数馬は自分で言うと、ぼんやりと海を眺める。急に静かになった数馬を見て、陽子は不思議がって尋ねた。

「どうしたの?」

「…好きなものが誰にも求められてないものだったら、どうすればいいんだろうなって」

 数馬の遠い目を、陽子は横から見上げていた。さっきも見えた影のある表情。陽子はそれを見て不思議な気持ちになっていた。

「誰にも求められないなんて、そんなものないよ、きっと」

「そうかな」

「そうだよ。私のあのコスプレだって、みんなからすれば求められてないけど、あの衣装を作ってる会社さんからすれば私だって立派なお客。きっと、数馬の得意なことだって、見方次第で誰かが必要としているはずだよ」

 陽子は自分の趣味を正当化するように熱くなって数馬に語る。彼女が見上げると、黙り込んだ数馬の瞳がわずかに煌めいたように見えた。

「…数馬?」

「…ここの潮風は目に染みらぁ」

 数馬はそう言ってニッと口角を上げる。陽子も、彼の横顔を見上げ、小さく微笑んだ。

「さ、帰ろうぜ、陽子」

「そうだね」

 数馬が言うと、陽子も立ち上がる。

「陽子」

「なに?」

「その絵、もらってもいいか?」

 数馬は陽子のスケッチブックを指差す。陽子は静かに微笑むと、うなずいた。

「いいよ」

 陽子はスケッチブックから先ほど描いた絵を切り離すと、数馬に手渡す。数馬は折り目をつけないように紙の両端をつけるようにして持った。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 陽子はスケッチブックをカバンにしまうと、数馬の隣に立つ。2人は並んで歩き始めた。

「ねぇ数馬。また来ようよ。また描きたい」

「いいよ。学校抜け出すのは嫌いじゃない」

「そんなことしなくても、体育祭の後の平日休みとかさ」

「仰せのままに」




翌日 朝8:00

 和久が自分の教室にやってくると、いつも通り数馬と佐ノ介が談笑していた。和久はいつも通り軽い空気で2人にまとめて声をかけた。

「おっす」

 和久が挨拶すると、数馬と佐ノ介も振り向いて挨拶を返した。

「おいっす」

「昨日はどうもな」

 和久が荷物を置いていると、数馬が言う。和久はわざとらしく声を作った。

「いやぁ疲れましたよ。練習中に変なやつに話し掛けられてよぉ」

「変なやつ?」

「隣のクラスの魅神ってやつ」

 和久が言うと、数馬と佐ノ介は一気に表情が鋭くなる。その様子を見て、和久は少し口角を上げた。

「やっぱり因縁があったか」

「何言われた」

 数馬は鋭い表情のままで尋ねる。和久は変わらない表情のまま答えた。

「大したことじゃねぇよ?体育祭綱引き出るんだねー、堀口くんはクラスメートから信用されてるんだねー」

「それだけじゃないだろ?何吹き込まれた」

 佐ノ介も一緒になって和久に尋ねる。

「お前ら2人には気をつけろってさ」

 和久はニコニコとしながら答える。思わず数馬と佐ノ介は黙り込んだ。

「あと数馬のことは念入りにボロクソ言ってたぞ。お前みたいな奴が平和を乱すから罰さなきゃいけないってさ」

 和久の言葉に嬉しそうに佐ノ介が数馬の肩を叩く。数馬は不愉快そうな表情を隠そうとしなかった。

「それで。和久はどう思う。俺は罰を受けなきゃダメか」

 数馬は面倒くさそうに尋ねる。和久は肩をすくめた。

「さぁ?少なくとも俺は両方の事情を聞かないと判断できないからな」

「そりゃごもっとも」

「でも、ひとつ。これは俺の『感想』なんだが」

 和久は無くなっていた表情を明るくすると、小さな声で言った。

「お前らの方が信用できる」

「ホントかぁ?」

「あぁ。お前らはすぐ表情に出るからな」

 和久はそう言って声を出して笑い出す。

 一方言われた側の数馬と佐ノ介は心外そうに顔を見合わせ、真顔を作る。

「俺そんなに顔に出るか、佐ノ?」

「それはわからんが、気づいたことがある」

「なんだ?」

「お前おもしれぇ顔してんな、数馬…フハハ!」

 佐ノ介はそう言って笑い崩れ出す。横で見ていただけの和久もついおかしくなって笑い出した。

「てめぇ、おい佐ノ!この俺の『ぷりちーフェイス』になんてこと言いやがる!テメェだって似たようなモンだろがぃ!」

「俺のお顔はモテカワキュートって言うの。お前のはどこがプリチーなんだよ」



同じころ

 いつも通り圭輝、浩助、茜を連れた暁広は、教室にたどり着くなり自分の席に座る。目の前の黒板をじっと見据え、何かを考えていた。

「どうだった、暁広」

 隣の席に座る星が尋ねる。暁広はグッと奥歯を噛み締めた。

「堀口和久、とんだ食わせ者だ。利用する価値もない」

 暁広の言葉の真意を察すると、星はふぅっと息を吐いた。

「そう、か」

 星はわずかに発した言葉はそれだった。

 星が暁広を見ると、暁広はずっと遠くを見ていた。目の前の黒板の先、遥か遠くの何かをこの男は見ている。

「何を見てるんだ、暁広」

「未来」

 星の質問に、暁広はひと言答える。同時に、星は再び小さくため息を吐き、話し始めた。

「昨日、昌翔に話しかけられて、暁広のために協力しようって言われたんだ」

 暁広は星の方を見る。星は暁広の目を見据えた。

「どうやら俺たちは同じ未来を見たいらしい。お前の描く未来が」

 暁広は淡々と語る星の瞳から秘めた思いを感じていた。暁広以上に、この男は熱いものを心に秘めている。

「何事にも多少の失敗はあるだろう。ここでの失敗は未来の成功だ」

 星は真っ直ぐに暁広を見据えて言葉を発する。

 暁広はふっと息を吐いて穏やかに微笑むと、静かに答えた。

「…ありがとう。そうだな、未来はここからだ。これからも頼むぞ、星」

「望む所だ。少しずつでも、お前の思う未来を描いていこう。俺たちも、力を尽くそう」

 暁広は左の拳を星に突き出す。星も静かに右の拳をそれに突き合わせた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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