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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
1.少年たち
21/65

20.その男

5月5日 18:00


「幸長、直ちにGSSTを出動させろ」

 武田の鋭い命令が幸長の耳に響いた。

 幸長はすぐさまビル全体に連絡できるマイクを手に取り、声を発した。

「GSST、ただちに全員集合!準備時間は後ほど与える!今はとにかく1階に集合せよ!繰り返す!」

 幸長がマイクに叫ぶ中、武田もシャツの上に脇用のホルスターを身につけ、その上にジャケットを羽織った。

「ついて来い、幸長」

 武田は短く言うと速足で歩き出す。幸長もそのすぐ後ろを歩いていた。



 武田と幸長が1階に着くと、子供たちが整列していた。だがその数は明らかに少ない。いるのは暁広、茜、圭輝、数馬、佐ノ介、竜雄、竜、正、めいの9人だった。

「少なくないか?」

「他は全員部活です」

「わかった」

 幸長の質問に、暁広が答えると武田が短く答える。張り詰めた空気そのまま、武田は指示を出す。

「君たちには今すぐ出動してもらう。事は一刻を争う、状況は車内で伝える。準備でき次第車に集合だ!解散!」

 武田の言葉に、子供たちは大きな声で返事をすると、準備するために武器庫へ走る。武田と幸長はガレージに向かい、走り出していた。


 武器庫に着いて準備を始めた暁広の横で、茜が不安そうに暁広に尋ねていた。

「トッシー、なにがあったのかな?」

「わからない。けど、きっと重要なことに間違いないと思う」

 暁広はそう言いながら防弾ベストを身につけ、ショットガンのストラップを斜めにかけてショットガンを背中に回す。

「とにかく行こう!」

 暁広はそう言うと走り出す。茜も、拳銃を太もものホルスターに入れると彼の背中を追うように走り出した。


 5分も経たずに準備を終えた子供たちは、ガレージにたどり着くとバンの後部に乗り込む。

「全員集合。出発だ、幸長」

 同じく後部に立っていた武田が子供たちの数を数えると、幸長に指示を出す。幸長はアクセルを思い切り踏むと、バンのエンジンは唸り声を上げながら走り出した。


「さて、状況説明を行う」

 武田がそう言うと、子供たちは一斉にそちらを向いた。

「君たちにはとある人物を救出してもらう。その人物は現在、佐藤と共におり、彼の所有するビルの中を逃げ回っている。これがそのビルの地図だ」

 武田は持っていた紙の地図を床に広げる。暁広と数馬はそれをじっと見ていた。

「佐藤の居場所はこの端末でわかるようになっている。彼女と一緒にいる人物の救出を頼む」

 武田は端末を暁広に手渡す。端末を見ると、佐藤は建物の最上階にいるようだった。

「建物自体はかなり狭そうだ。そうなると基本接近戦が多くなると思う。接近戦の得意な数馬と竜雄を中心に、正面から突入して最上階の5階を目指す」

「待った。これエアダクト使った方がいいと思う」

 暁広の意見に対し、数馬が提案する。全員一斉に数馬の方を向いた。

「エアダクトは1階の裏から入れて5階の換気口まで繋がってる。こっちの方が見つかるリスクも少ない」

「それでどうやって救出するんだ?」

 暁広がやや怒ったような表情で尋ねる。数馬はそのまま続ける。

「換気口からエアダクトまで出てもらう」

「却下だ」

 数馬の提案を、暁広は食い気味に却下する。数馬の目が細くなった。

「理由は」

「俺たちの武装じゃエアダクトには入れない」

「なら俺1人でエアダクトを使う」

「却下だ」

「理由は」

「リーダーは俺だ、指示に従え」

「リーダーならより良い作戦を取れよ」

「こっちの方がいいから従えって言ってるんだろ」

 数馬と暁広はお互いに熱くなっていく。そこに武田が割って入った。

「やめろ」

 武田の静かなひと声に、数馬と暁広はお互いに黙り込む。同時に武田は小さくため息を吐くと、背筋を伸ばした。

「そういうことなら私が命令する。魅神くん、君は正面から突入する部隊を指揮しろ。重村くん、君は単独でエアダクトを使い、最上階の要人を救出するんだ。これでいいだろう」

 武田が指示を出すと、数馬と暁広は一瞬沈黙し、そして、はい、と静かに返事をした。

「君たちの任務は要人の救出。それを忘れるな」

 武田は鋭い口調で釘を刺す。数馬と暁広は黙り込むだけだった。


「間もなく到着します」

 幸長の声がすると、子供たちは全員改めて気を張る。

 エンジンの音が小さくなってくる。音が止み、車の振動が収まると、正と竜がバンの後部扉を開ける。子供たちは周囲を見回しながら車から降り、目的のビルを見上げた。

 まだ夕方だというのに、明かりが消えている。華やかなこの街の夜景の中で、明らかにこれだけはおかしかった。

「茜、圭輝、竜雄、竜、正、俺と一緒に。めいと佐ノ介は待機」

 暁広が指示を出すと、全員銃を持ちながら暁広についていく。暁広は一瞬数馬を睨むと、彼らを引き連れて建物へ走っていった。

「なんだあんにゃろう?リーダーだからって調子こいてんじゃねぇぞ」

「口悪いなぁ」

「俺も心の声が聞こえるようになったみたいだな」

 数馬が悪態を吐くのに対し、めいは苦笑いし、佐ノ介がわざとらしく言う。数馬は佐ノ介の言葉の真意に気付くと、小さく舌打ちした。

「カリカリすんな。敵にぶつけてこい」

「おーせのままに」

 佐ノ介の言葉に、数馬はため息混じりに答えると、1人暁広たちとは別方向へ走り出した。

 バンに張り付くようにしながら、佐ノ介は建物の様子と耳のイヤホンに集中する。

「上手くいきそうか」

 佐ノ介の背後から声が聞こえる。振り向くと武田がバンから降り、佐ノ介の隣に立っていた。

「わかりません」

「そうだろうな。だがリーダーという立場は、常にその中で決断していかなければならない」

 武田が静かに語る。佐ノ介は、不思議と武田の言葉に集中していた。

「その決断がどんなに非情であっても、その責任は1人で背負うしかない。目的の達成、それが最優先であり、そのための手段を選ばないのがリーダーだからだ」

「…なぜその話を俺に?」

「さてな」

 佐ノ介には武田の本心がどこにあるのかわからなかった。だが、武田の言葉は、ずっと佐ノ介の胸の内に残るような気がした。


 武田と佐ノ介が話している間に、暁広たち6人は建物の裏口、非常階段の入り口にやってきた。

 暁広がまずドアノブを回す。しかし、鍵が掛かっていて開かないようだった。

「正」

 暁広が短く指示すると、正が素早くポケットから爆薬を取り出し、取り付ける。

「離れてろ」

 正が言うと、全員扉から少し離れる。正はそれを見てから爆薬を起爆した。

 爆薬は小さな音を立てて炸裂する。鍵の部分だけが綺麗に吹き飛んでいた。

 暁広が扉を開けると、中にはすぐ上に登る階段があった。

「行け」

 暁広が正面の竜雄に言う。竜雄は一瞬確認で暁広の顔を見た。

「俺?」

「そうだよ、行け!」

 暁広ではなく竜雄の後ろにいた圭輝が竜雄を蹴り押す。仕方なく竜雄が先頭になると、一瞬圭輝を睨みつけてからショットガン(スパス12)を構えつつ階段を登り始めた。

 少し遅れて暁広たちも竜雄の後ろからついていく。階段は暗く、それぞれの銃に付けているライトだけが頼りだった。

「敵がどこから来るかわからない。注意して進むんだ。竜、佐藤さんの位置は?」

「5階を逃げ回ってるな。この階段を使って逃げようとしているようにも見える」

「ならここを確保する必要があるか」

 暁広がそう言って考え始めた瞬間だった。

 暁広たちが入ってきた扉が乱雑に開く音が響いた。

 暁広たちは一斉に下を見る。

 武装した黒い物影が、階段を登ろうとしているのが見えた。

「撃ち殺せ!」

 暁広が叫ぶ。その指示を受けて全員一斉に持っていたサブマシンガンやショットガンを階段下の敵の影に向け、引き金を引き始める。ビル全体に悲鳴と銃声がこだまし始めた。



 その銃声は、5階にいた佐藤の耳にも入っていた。

「非常階段の方から銃声。このまま行けば鉢合わせになります」

 佐藤は一緒にいる男に低い声で言う。髭と髪に白いものが混じったその男は大して驚きもせずに頷いた。

「お嬢、正面突破でも構わんぞ。どうしたい?」

 男はそう言ってスーツの懐から短いドスを取り出す。佐藤は腰の拳銃を抜きながら耳をそば立てつつ状況を考える。

「おそらく、武田さんの救助が来たのだと思います。部屋に隠れて彼らと合流しましょう」

「正面突破はナシか。仕方ねぇ」

「行きましょう」

 男がドスを懐にしまったのを見ると、佐藤は近くにあった扉に駆け寄り、扉を開ける。

「いたぞ!」

 同時に、佐藤たちの背後から敵の声がした。

「ヤベェッ!」

 男は短くそう言うと、佐藤を庇うようにしながら部屋に飛び込む。少しでも遅れていれば彼も佐藤も撃ち抜かれていただろう。

 男はすぐに扉を閉め、鍵をかけた。

「お嬢、チャカ持ってねぇか」

 男は佐藤を立ち上がらせながら尋ねる。

「これ一丁です」

 佐藤は男と共に部屋の奥にある執務机隠れながら答える。男はやはり動揺もせず、そうかい、とだけ答えた。

「しゃあねぇや。久しぶりにこのドスに血ィ吸わせてやるかぇ」

 男はドスを懐から取り出し、さらに鞘から抜き放つ。銀に輝く刀身が姿を現し、不敵な表情の彼を映し出した。

「他に逃げ場はありませんか?」

 佐藤が尋ねるが、男は首を横に振った。

「非常階段だけだ」

「そうですか…ですが諦めませんよ」

「たりめぇだ。俺のタマ、そう簡単にくれてやれるかよ」

 2人が会話しているうちに、扉に銃撃が浴びせられ、扉が蹴破られる。そのまま部屋に銃撃の雨が降り注いだ。

 2人は机の陰に隠れるが、銃撃は徐々に木製の執務机を削っていく。銃撃が窓ガラスを割り、ソファーなどにも穴を空けていくこの状況では、撃ち返すことさえできなかった。

「畜生!人のオフィスなんだと思ってやがる!」

 男が敵を怒鳴りつける。しかしそれに答えたのは敵の銃撃だった。

「私が引きつけます、その間に窓から脱出を」

 佐藤が声を張る。だが、瞬間男は何かに気づいた。

「いや、その必要はなさそうだ」

「え?」


 佐藤はその男の視線の先が気になって振り向く。


 壁に取り付けられた何の変哲もない換気口。


 それが丁寧に取り外されたかと思うと、次の瞬間にはそこから拳銃(M92F)が現れ、敵に向かって銃撃を浴びせ始めた。

 拳銃の銃声が鳴り響くたびに、敵の銃声が小さくなっていく。

「いい腕だ」

 男も思わず感心の声を上げたかと思うと、ついに最後の1人が倒れ、銃声が聞こえなくなった。

「ふぅー」

 換気口からひと息つく声がする。

 声の主は拳銃のセーフティーを掛けると、換気口から這い出て床に手を伸ばして一回転しながら着地した。

「お待たせしました、佐藤さん」

 着地してそう言ったのは、数馬だった。

「重村くん、ありがとう」

 佐藤が言うと、それを聞いていた男はドスを鞘に納めながら軽口を叩いた。

「重村、か。いい名前だな、坊主。助かったぞ」

「どうも」

 見慣れない大人が馴れ馴れしく話しかけてくるのに、数馬は気まずそうに挨拶した。

「ということは、GSSTが来てるってことね」

「はい。魅神が何人か率いて今上がってきてるはずです」

「お嬢、まさかこの坊主がお宅らの特殊部隊かぇ?」

 佐藤と数馬の会話に、男は不思議がって尋ねる。佐藤は短く頷いた。

「えぇ。その1人です」

「さいですか…」

 男は何か言いたげに唸り声を上げる。

 そんな彼らを現実に引き戻したのは、部屋に近づく足音だった。壊された扉から見える廊下から、白いライトが辺りを照らしながらこちらに近づいているのが見える。

「下がって」

 数馬はそう言って大人2人を後ろに下がらせると、拳銃を扉側に構える。


 廊下の白い光が一瞬暗くなり、数馬の顔を照らした。

 拳銃とショットガンの銃口が交差した。

「撃つな!」

 ショットガンの持ち主、暁広が叫ぶ。その声を聞いて暁広の後ろに控えていた子供たちも一斉に銃を下ろした。

 数馬と暁広も、一瞬互いに睨み合うと、銃を下ろす。暁広は銃を下ろしたそのまま佐藤の前まで歩いた。

「佐藤さん、救出に来ました」

 暁広が言うと、佐藤は頭を下げる。

「魅神くんも、みんなもありがとう」

 佐藤が言うと、男も暁広の方へ歩み寄った。

「野暮なこと聞いて悪いが、敵はどうした?」

「全員倒しました」

 男の質問に、暁広は短く答える。その言葉に、男は言葉を失ったようだった。

「そうか…いや、本当に助かった。心から礼を言わせてもらう」

 男はそう言うと、深々と頭を下げた。

 それを見ると、暁広は通信機に声を掛けた。

「こちら魅神。佐藤さんとターゲットの救出に成功しました」

「武田だ。了解、ご苦労だった。2人ともこちらまで護衛してくれ」

「了解」

 暁広は通信を終える。そして大人2人の方へ向き直った。

「さぁ、行きましょう」



数分後

 佐ノ介と武田が周囲を見回していると、建物から子供たちに囲まれた佐藤と、顔に刃物の古傷を負った中年男性が現れた。

「いよぉ、お疲れさん」

 佐ノ介が軽い口調で子供たちに言う。数馬は軽い雰囲気で返し、竜雄も返事をしたが、それ以外の子供たちは何も反応しなかった。

 一方の武田は佐藤と男に挨拶していた。

「佐藤、ご苦労だった」

「いえ、救援ありがとうございました」

 武田は男の方に視線を送る。男は人の良さそうな笑顔を見せていた。

「いや助かったよ。ツレに会えなくなるとこだったぜ」

 男はそう言って武田の手を握り、肩を叩いて大笑いする。一方で、武田は呆れたような様子でその男を見つめていた。

「本当に…あなたに死なれちゃ困るんですよ」

 武田が珍しく感情的に言葉を漏らす。男は笑顔そのまま短く答える。

「知っている」

「はぁ…引き上げますよ」

 武田はそう言って佐藤と男をバンに乗せる。その様子を見てから子供たちは車に乗り込んだ。

 子供たちが車内に乗り込むと、男が後ろに座る子供たちに声を掛けた。

「もしかして俺たちが車に乗るまで警護してくれてたのか?」

 男の質問に、子供たちは曖昧な返事をする。男はそれを気にせず話を続けた。

「悪かったな、待たせちまって。今日助けてくれたことも併せて、もう一度礼を言う。ありがとう」

 男は誠実に言う。子供たちもまんざらではなさそうだったが、大きくは反応しなかった。

 それと同時に、暁広は思い切って武田に尋ねた。

「武田さん。その男は一体何者なんですか?」

 暁広の質問に、子供たちの間にも若干気まずい空気が流れる。武田は気にせず答えた。

「この男は」

波多野はたの俊平しゅんぺい。ただのオッサンだよ」

 武田が答えようとしたところに、男はにこやかな表情のまま名乗った。

「波多野…俊平…」

 子供たちにはその名前に覚えがあるような気がした。だが思い出せない。それを気にせず暁広は質問を続けた。

「ただのオッサンを武田さんが救うはずがないです。あなたは一体何者なんですか?」

「魅神君、君たちには関係ないことだ」

 武田が短く突き放す。鋭い武田の口調に、波多野は大きく眉を上げた。一方の暁広はその武田の様子が気に入らず、さらに噛み付いた。

「助けたのは俺たちです。知る権利はあるはずです」

「そんなものはない」

「おぉい、すげぇ言い草だな」

 武田が短く言い切ると、波多野も思わず笑い出す。暁広はなおさら頭に来たようだった。

 波多野はすぐに暁広が怒ったことに気付くと、後ろの席を向いて暁広に話しかける。

「若いの、俺が言っちゃあナンだが、そうカリカリすんな。世の中にはな、秘密ってもんがあるだろ?俺の正体ってのも秘密なんだよ、これが。今回はこれで見逃しちゃくれねぇか?」

 波多野は上手い具合に暁広を丸め込もうとする。暁広は苦い表情のまま、わかりました、とひと言答えた。

「ありがとうよ」

 波多野は軽くそう言う。しかし暁広はまだ苦い表情のままだった。



18:30 武田のビル 1階

 武田たちはビルに着くと、大人たちはすぐに5階に上っていった。

 一方の子供たちは武器を戻すために武器庫にやってきた。

「全く!武田さんは俺たちをなんだと思ってやがる!」

 暁広は怒りを露わにしながら銃を置く。隣にいた茜は、気まずさに圧されて何も言えなかった。

「俺はリーダーだぞ!情報ぐらいくれたっていいだろう!知る権利はあるはずだ!」

 暁広がイラつきを隠そうとしない様子を見て、誰もなだめようとはしなかった。茜も、圭輝も弱々しく同意するだけだった。

「知ってたらどうしたんだ?リーダー?」

 そんな暁広に声を掛けたのは数馬だった。武装をひと通り外し終え、既に武器庫から去る準備はできていた。

「もし仮に悪人だったら殺してたのか?」

 数馬が尋ねる。暁広は数馬を睨むと、イラついた様子で答えた。

「かもな」

「じゃあ悪人かどうかは誰が決めるんだ?」

「俺が決める」

 暁広がハッキリ言い切ると、数馬は眉を上げる。

 数馬が黙り込んだのを見て、茜が数馬に声を上げ始めた。

「あんたさっきからなんなの?トッシーに突っかかって、命令まで無視して!」

「だが結果は成功だろ?『魅神』茜さん?」

「俺らが正面切ってやったからだよ、自分の運で調子乗んなクソ野郎」

 数馬が不敵な表情で茜を挑発すると、横から圭輝も数馬を罵る。一方の数馬は一切怯まず反射的に罵り返した。

「お前が生き残ってんのは他人に頼り切ってるからだろ。運も実力もねぇクセに悪態だけは一流だな」

「重村数馬!」

 暁広が声を張る。数馬は改めてそちらに向き直った。

「なんだ」

「今日は見逃してやる。だがはっきり幸長さんには報告させてもらうぞ」

「ご自由に。君はいつだって正しいだろうから」

 数馬は平然とした様子で暁広を煽る。暁広はキッと数馬を強く睨んだが、数馬は口笛を吹きながらその場を後にした。

 すぐに佐ノ介も軽妙に歩きながらその場を後にする。竜雄も気まずそうにしながらその場を後にした。

 一方の暁広たちはその場に残ったまま数馬たちの背中を睨んでいた。

「なんなんだアイツ?リーダーは俺だってのに」

 暁広が言う。茜もうなずいていた。

「ホントだよね。今回だってトッシーの指揮は正しかったじゃん」

「嫉妬だよ、きっと。あんな雑魚気にしなくていいぜ、トッシー」

 圭輝が暁広の肩を叩く。暁広は静かにため息を吐くと、少し離れて様子を見ていた竜と正の方を向いた。

「2人はどう思う?」

 急に話題を振られた竜と正は、言葉に詰まる。暁広はその反対側にいためいにも目線を振った。

「めいも。俺とアイツ、どっちが正しかったと思う?」

 暁広の質問に、竜と正は少し戸惑うと、言葉を選びながら声を発した。

「そりゃ…トッシーなんじゃない?リーダーなんだし」

「まぁ、ちょっとあいつは頑固すぎたよね」

 正とめいが言う。わずかに暁広の口角が上がったのは誰にも見えなかった。

「指揮者は暁広だ。命令には従うよ」

 竜も静かに言う。

 茜もうなずいた。

「そうだよ、それが普通だよ。だってトッシーは実力で選ばれたリーダーじゃない。リーダーが沢山知っておくのは当然だし、リーダーの命令に従うのも当然じゃん。なのにアイツ、ホント何キレてんだろうね」

 茜が言うと、圭輝が納得したようにうなずき、正、竜、めいも弱々しくうなずく。

 暁広は、そんな彼らを見て自分は間違っていないと少し胸を撫で下ろしていた。



「数馬、数馬」

 1人でその場を立ち去った数馬の背中に、竜雄の声がする。数馬が振り向くと、軽く走って数馬を追いかけてきた竜雄と悠々と歩いて数馬に追いついてきた佐ノ介がいた。

「よう」

「よう、じゃないよ。どうしたんだよ?トッシーとあんな喧嘩して」

「らしくはなかったな」

 竜雄の質問に、佐ノ介が付け加える。数馬は小さくため息を吐いた。

「まぁ、確かにちっと大人気なかったな」

「いや、そういうことじゃなくてさ。理由が気になって」

 竜雄が数馬に改めて尋ねる。数馬は一瞬うつむくと、考えを話し始めた。

「うーん…あいつさ、自分が正しいって信じて止まないじゃん?『自分がリーダーだから』って理由でさ。もっといい方法だってあったろうに、自分を正しいと信じちゃうからそれを認めない、俺にはそう見えて」

「…なるほど」

「もうひとつさ、波多野さんの正体、無理に聞こうとしてたじゃん。しかも教えてもらって当然くらいのことも言ってさ。あぁいうの個人的に嫌でね」

「リーダーの権利、知る権利、まぁ、お前の嫌いそうな言葉を、魅神のやつはふた言目には並べてるもんな」

 数馬の言葉に、付き合いの長い佐ノ介が言う。数馬はうなずいた。

「でも、一応ここのリーダーはトッシーなわけじゃん?上手くやらないとめんどいよ」

 竜雄が言うと、数馬も嫌そうな表情でうなずいた。

「…ごもっとも。明日あたり謝っとくかぁ」

「洗柿の奴の汚ねぇ笑いが目に浮かぶぜ」

 数馬のボヤきに、佐ノ介が茶々を入れる。数馬はもう一度ため息を吐いていた。



5階 武田のオフィス兼応接間

 数馬や暁広が揉めていることも知らず、武田は波多野に茶を出してもてなしていた。

「ありがたく頂戴ちょうだいする」

 波多野は武田にひと言そう言うと、ひと息に緑茶を飲み干した。

「いやぁ、やっぱ喧嘩すると口がカラッカラだぜ。そこに緑茶はたまんねぇな」

「おおよそ殺されかけた直後とは思えないお言葉で」

 波多野が緑茶の感想を述べると、武田はやはり呆れたように呟く。そんな武田を一切気にせず、波多野は緑茶の味を楽しんでいた。

 緑茶を飲み終えた波多野は、思い出したように武田に声をかける。

「今日は泊まらせてもらうぞ」

「こちらもそのつもりです。護衛もたくさんおりますので」

 武田の言葉に、波多野は眉をひそめた。

「あの子供たちか」

 波多野が低い声で尋ねると、武田は静かに答えた。

「そうです」

 波多野は緑茶の器を机に置く。そして武田の目を見た。

 正気だった。だが、瞳の奥がどこか曇っている。波多野には、武田の目がそう見えた。

「武田、この世は、地獄だな」

 波多野が背もたれに背中を預けながら天井を眺める。武田は前屈みに座りながら波多野を見た。

「俺たちが情けないばっかりに、あんな無邪気な子供たちが軍人の真似事をしなきゃならねぇ」

「仕方のないことです。使えるものは全て使う、この国を守るためにはそれが当然です。彼らはあの街を生き延び、私の下へやってきた。これは宿命だったんです。彼らは戦う運命だった」

「違う。俺たちが彼らを引きずり込んだんだ」

 波多野が再び武田の顔を見る。武田は怯まず波多野と睨み合った。

「彼らをもう二度と戦場に立たせたくはない。そのために俺たちは動いている、そうだろう?」

 波多野は武田の顔をじっと見つめる。武田はゆっくりとうなずいた。

「後は俺に任せてくれ。この国は、もうすぐ自分で自分の国を守れるようになる。在日支鮮華人スパイたちの一掃の目処も立った。政治的にも、我々の工作はうまくいってる。彼らが戦う必要はもうないんだ」

「本当に感謝しています」

 波多野の言葉に、武田は頭を下げる。波多野はそのまま武田に言った。

「だから、もう彼らを戦場に送らないでやってくれ」

 波多野と武田は再び目線を交わす。

 波多野は、武田の瞳にあったわずかな曇りの正体に気がついた。

「お前も本当は罪悪感を覚えてたんじゃないのか?」

 波多野の言葉に、武田は沈黙する。

 わずかな沈黙ののち、武田は目を逸らし、静かに声を発した。

「…初め、彼らが逃げてきた時、私は彼らを人間だとは思わなかった」

 武田の声だけが、2人だけの応接間に響いた。

「あの街を襲ったのは他でもない私の親友。それを生き延びた彼らがまともな人間とは思えなかった。そんな彼らが親友を倒した。親友の実力をよく知ってるだけに、なおのこと怪物だと思いましたよ」

 武田は懐かしむように過去を思い出す。

「ですが、彼らと時間を共にするうち、わかりました。彼らは心のない怪物ではない。人並みに、笑い、怒り、涙を流す、子供たちなのだと。気がつけば彼らに情が湧くようになっていました。彼らが無事に帰ってくると、頬が緩んでしまうこともありましてね」

 武田の言葉に、波多野も頷く。

「あなたの言葉を聞いて、安心して彼らに青春を謳歌させてあげられる。私にはそれがどれほど喜ばしいか…ぬるいでしょうか、私は」

「いいや。それが愛国心だ」

 波多野は、武田の瞳が僅かに煌めいたのを見逃さなかった。同時に、波多野の瞳にも同じ輝きがあったのは、誰も知らない。



同日 19:00 波多野救出から1時間後

 部活などから帰ってきた子供たちも合流し、28人の子供たちは食事のために食堂に集まった。

 いつも通りバイキング形式の食事であり、子供たちはお盆を持って列に並ぶ。

 竜雄も例外ではなかった。彼の前に数馬、佐ノ介、泰平の3人が既に並んでいる。

「痛てて…」

 竜雄は自分の背中をさする。先ほど波多野を救出する時に圭輝に蹴られたところだった。

「大丈夫か?」

 竜雄の後ろから声がする。竜雄が振り向くと、駿が心配そうに竜雄を見ていた。

「あぁ、駿。ちょっと、任務で」

「撃たれたのか?」

「いや、そうじゃなくて…俺がぼうっとしてたから圭輝に蹴られたんだよ」

 竜雄はそう言うと気まずそうに笑った。駿も少し驚いた様に相槌を打った。

「それは…お大事に」

「ったくあの野郎も蹴るこたねぇよなぁ、駿?」

 話が聞こえていた数馬が会話に入ってくる。

「まぁ、蹴るのはやりすぎだよな」

 駿は相槌を打つ。

 どこか力のない様子の駿を見て、竜雄はその理由になんとなく気づいた。声を低くすると、竜雄は駿に言った。

「あのさ、駿?もしかして、俺の家族のこと…まだ気にしてるのか?」

 竜雄が尋ねると、駿は黙り込む。図星だった。

 竜雄はすぐに駿に言葉をかけた。

「駿、別に俺はもう気にしてない。いや、気にしてなくはないけど、駿が気にすることじゃないよ。俺たちは俺たち、今まで通り仲良くやろうよ」

 竜雄が優しく言うと、駿は静かにうなずく。竜雄も同時に静かに笑った。

「ひとつ、圭輝で思い出したんだ。竜雄の家族について」

 駿が竜雄の顔を見て言う。駿はそのまま続けた。

「俺より前に、圭輝は逃げてるはずなんだ」

 駿の言葉に、竜雄は息を飲んだ。同時に数馬がそれに反応した。

「つまり?」

「圭輝は、もしかしたら竜雄の家族の死について何か知ってるかも」

 駿が言う。竜雄は再び息を飲むと、彼の唇は震え始めた。

「無理に、とは言わないけど、もし竜雄がもっと情報がほしいと思うなら…圭輝は何か知ってると思う」

「でも圭輝は何も知らないってあの時」

「わからねぇぞ?」

 可能性を否定しようとする竜雄に対し、数馬が言う。

「アイツ平気で嘘つくからな。何か隠してるとか十分あり得るぞ」

 数馬の言葉に、竜雄は黙り込む。考えてみれば、竜雄が尋ねたあの時、圭輝の様子は変だった。

「…真実を、知りたい」

 竜雄は小さく、だが力強く呟いていた。

「ありがとう、駿。後で圭輝に聞いてみる」

 竜雄は意を決した表情で駿に言う。駿は竜雄の気迫に少し圧されるようにしながらうなずいた。

「竜雄、ついていってもいいか?」

「頼む。俺1人だと、またはぐらかされるかもしれないし」

 数馬が提案し、竜雄はうなずく。数馬はすぐに佐ノ介を小突いた。

「佐ノ、お前も来い」

「うぉっ?なんだ?」

「食事終わったら声かけてみる」

「決まりだな。やってみよう」

 竜雄が決めると、数馬も便乗する。佐ノ介だけは状況がわからず周囲を見回した。

「言うのが遅くなってごめんな、竜雄」

 駿が言うと、竜雄は首を横に振った。

「ううん、むしろ今で良かったよ。今なら冷静になれるから」

 竜雄はそう言って穏やかに微笑む。駿が事実を伝えたあの時とは全く違う、たくましくなった竜雄の姿が、駿には少し眩しかった。

「おい、結局なんなんだよ?」

 その場で1人だけ状況がわかっていないのは佐ノ介だけだった。



19:30

 食事を終えた竜雄、数馬、佐ノ介の3人は、男子部屋の並ぶ3階で圭輝が来るのを待ち伏せしていた。

「佐ノ、泰さんは?」

「あぁ、誘わなかった。最悪アイツの嫌いそうなことをするかもしんないからさ」

 数馬と佐ノ介が短く言葉を交わす。その一方で、竜雄は壁に寄りかかって何か考えているようだった。

「一体圭輝は何を隠してるんだ…?」

 竜雄は考えるが全く想像もつかない。彼は利き手の左手をグッと握りしめ、天井を眺めた。

「来たぞ」

 佐ノ介が低い声で言う。すぐに佐ノ介と数馬は横に隠れると、竜雄は階段の方を向いた。

 珍しく圭輝が1人で階段を登って来ていた。

 竜雄はスッと息を吸うと、背筋を伸ばした。

「圭輝」

 階段を上り切ってすぐのところで、圭輝は竜雄に声をかけられる。圭輝は竜雄の顔を見た。

「なんだよ」

「少しいいか」

「今忙しいんだよ」

 圭輝はそう言うと竜雄を横に突き飛ばしてその場を立ち去ろうとする。しかし、竜雄はすぐに体勢を建て直して声を発した。

「俺の家族のこと、何か知ってるんだろ?」

 竜雄の声が圭輝の背中に突き刺さる。圭輝は足を止め、振り向かないまま答えた。

「知らねぇっつってんだろ」

 圭輝の低い声。だが竜雄は怯まず声を張った。

「嘘をつかないでくれ!圭輝なら何かを知ってるって駿も」

「知らねぇっつってんだろうがよ!!」

 圭輝が振り向きながら竜雄を怒鳴りつける。圭輝は憎悪にも似た表情で竜雄を睨んでいた。

「おい、いい加減にしろよ?テメェみたいな雑魚がイチイチ俺に言いがかり付けてくんじゃねぇよ!」

「言いがかりだってならキレなくったっていいだろ、え?」

 今にも圭輝が竜雄に掴みかかろうかというこのタイミングで、数馬と佐ノ介が現れる。圭輝は舌打ちして竜雄から距離を取った。

「ほら、冷静に話し合おうぜ、洗柿クン?」

 佐ノ介も圭輝を挑発するように言う。圭輝は逃げようと背中を向けたが、すぐに数馬が凄まじい力で圭輝の肩を掴み、逃げられなくした。

「おいおい、まだ何も話してねぇよ?」

「クソ!離せ!」

「だったら知ってることを教えてくれ、圭輝!それで全部済むんだ!」

 竜雄が圭輝を説得する。だが圭輝は未だに数馬の手から離れようとしていた。

「なぁ竜雄、ひょっとしてこいつ、お前の家族を盾にして、自分だけ逃げたんじゃないか?」

 佐ノ介が自分の推論を言う。それに対して数馬が鼻で笑った。

「おい佐ノ、冗談でも不謹慎だぜ。さすがにそんなクズがいるわけねぇだろ」

 数馬が言う。


 逃げようとする圭輝の足が止まる。


 その場の空気が大きく変わる。


 笑っていた数馬も、佐ノ介も、まさか、と言わんばかりの表情になっていた。




「そうだよ…こいつのお袋と妹を盾にしたよ!」


 圭輝は大声で言い切った。


 圭輝のその表情には、反省など微塵もなく、怒りだけがあった。


「嘘だろ…?」

 竜雄が弱々しく言葉を発する。


 数馬も驚きのあまり手を離していた。佐ノ介も、自分で言い出したこととはいえ、その場から動けなくなっていた。


 そんな数馬や佐ノ介を置いて、圭輝は竜雄の前にやってくる。


 そして必死に笑顔を作り、竜雄の手を取りながら竜雄に笑いかけた。


「でもしょうがねぇよな!?あんな状況だもんな!?おめぇだって家族より俺の方が大事だろ!?俺たち友達だもんなぁ!?」


 竜雄は言葉を失った。怒りも呆れも通り越し、もはや彼には目の前のこの人間が、人間かどうかすらわからなくなっていた。


 そんな中、1人数馬は怒りを隠そうともせず、竜雄から圭輝を引き剥がす。

 そして振り向かせて胸ぐらを掴み上げた。


「こいつの妹はいくつだったと思う?小1だよ!俺らより5つも下!それを盾にして何も思わねぇのか!」


 数馬は思いの丈をぶちまける。この男の最後の良心にかけた。


 だが、ないものにいくらかけても無駄だった。


 圭輝は、数馬の言葉を鼻で笑い飛ばした。


「どの道死んだよあんな連中!どうせ生き残れなかった!だったら俺が生きるのが一番正しいだろ!?」


 殴り殺してやりたかった。だが数馬はそれをグッとこらえて具体案をどうにか絞り出した。


「まずは『ごめんなさい』だろ!」


 結局それも無駄だった。


「誰に謝る必要があるってんだよ!?」


 この男は一切悪びれない。自分が悪いという自覚もない。となれば、もはや数馬が躊躇う理由もない。


「このクソ野郎!」


 数馬は叫ぶと同時に思い切り圭輝の頬を殴り抜いていた。

 圭輝が吹き飛んで倒れる。

 数馬は一切の容赦なく圭輝まで駆け寄ると、助走をつけた渾身の蹴りを圭輝の腹に叩き込む。圭輝の体が大きく跳ねたが、数馬は勢いを緩めず次は右脚で身体中を踏みつけていく。

「助けてくれぇ!殺される!!」

 圭輝が情けなく助けを呼ぶ。

 数馬にはそれすら不愉快だった。

 数馬はもう一度圭輝の胸ぐらを掴んで立たせる。

 そして右の拳を力の限り握り締め、振り上げた。

「死ねこの野郎!」

 数馬がそう言って右の拳を振るった瞬間だった。

 圭輝は数馬の顔にツバを吐きかけた。

「ぅわっ!!」

 数馬は思わず怯み、手を圭輝から離す。

 勢い付いた圭輝は数馬の顔面を殴り抜け、そのまま階段を駆け下った。


「助けてくれぇえええ!!」


 圭輝は階段を下りながら周囲に聞こえるように命乞いをする。


「数馬!」

 顔についたツバを拭った数馬に、佐ノ介が声を掛ける。

「あのクズゼッテェ許さねぇ!」

 数馬と佐ノ介は、竜雄を置いて走り出した。



 圭輝が肩で息をしながら逃げてきたのは1階だった。

「圭輝!どうしたんだ?」

 1階にいて、真っ先に圭輝に声をかけたのは暁広だった。茜と浩助も一緒におり、他の仲間たちもそれなりに近くにいる。

「トッシー!アイツが、アイツが!」

「アイツ?」

 圭輝が息を切らしながら暁広に状況を説明する。暁広はよくわかっていないようだったが、『アイツ』はすぐに声を上げて現れた。

「出てこいクズ野郎!殺してやる!」

 そう叫ぶ数馬の声が階段から聞こえてくる。

 圭輝が暁広の陰に隠れると、数馬と佐ノ介が階段から降りてきた。


 状況をひと目で認識した数馬は、すぐに暁広に怒鳴った。

「おい魅神!そのクズ野郎をこっちによこせ!今すぐ!」

 それに対して圭輝は暁広にしがみつくようにしながら助けを求めた。

「助けてくれよトッシー!こいついきなり殴ってきやがったんだよ!」

 平然と嘘を吐く圭輝の姿に、佐ノ介は驚きすら覚えていた。しかしもはや驚かない数馬は言葉を返す。

「あぁ!?テメェが竜雄の家族を盾にしときながら!『あんな連中』とか抜かしやがったからだろうが!」

「言うわけねぇだろ!なぁトッシー、信じてくれよ!」

 暁広の背中にしがみつく圭輝が、必死で暁広に声を上げる。


 弱者を助けること、それが正義。


 暁広はそう思うと、腹を決めた。


「数馬、圭輝はこう言ってるぞ」


 数馬は驚きが隠せなかった。その反動で、理論的な反論ができなかった。

「嘘に決まってんだろ!!」


 そんなことはわからない。暁広は冷静に脳内で分析し、そして結論を出した。

「だが先に手を出したのはお前だ、まずはお前が謝るべきだ」


 数馬はこの男の言っていることが信じられなかった。

「謝れ!?殴られるようなことをしたそいつが1番悪いに決まってんだろ!」


 茜にとって大切な人の意見をことごとく無視する数馬に、茜は憤りを隠せなくなった。

「トッシーの言うことを聞きなさいよ!アンタ少し強いからっていつもトッシーに逆らって!」

 茜が前に出ながら数馬を怒鳴りつける。

 だが、この間合いは数馬の間合いだった。

「すっこんでろ!」

「きゃぁっ!」

 目にも止まらぬ速さで数馬の拳が茜の顔面を殴り抜ける。

 茜が床に倒れた瞬間、暁広はハッキリと認識した。

 重村数馬は敵である。

「重村!この野郎!」

 

 暁広は感情に任せて数馬に拳を振るう。

 だが数馬はそれを素早くいなし、前に出ながら暁広の顔面に右肘を叩き込んだ。

「ぐぅっ!?」

 暁広は怯んだがなんとか倒れないように踏ん張る。

 しかし数馬はすぐに左脚の前蹴りで暁広を吹き飛ばした。


 浩助は数馬を取り押さえようと数馬の背後から飛びかかろうとする。

 すぐに佐ノ介が浩助と数馬の間に入り、渾身の蹴りで浩助の顔面を蹴り抜いていた。

「誰か!幸長さん呼んできて!」

 遠巻きに様子を見ていた美咲が言う。すぐにさえが食堂にある非常連絡用の電話を取った。

「すみません!1階で喧嘩が起きてます!すぐに来てください!」

 さえの必死な声が響く。

 

 その間にも暁広や浩助が数馬、佐ノ介に殴りかかるが、簡単にあしらわれていた。

「やめなさいよ!」

 暁広を何度も殴る数馬に対し、食堂から出てきた玲子が怒鳴る。

 その声を聞いても攻撃をやめない数馬に、玲子は飛び蹴りを浴びせた。

「!」

 不意打ちを食らった数馬は暁広から離れて構え直す。

「あんたトッシー殺す気!?」

 玲子は数馬に尋ねる。数馬は笑い飛ばした。

「邪魔をするならな!お前だって容赦はしねぇぞ!」

「上等じゃない!!」

 数馬の言葉に玲子は威勢よく答える。


 そのまま玲子は数馬の顔面を目がけて蹴りを放つ。

 数馬はそれを右腕で受け止めながら、右の拳で玲子の顔面を殴り抜いた。

 だが玲子は立ったままだった。

「イッテェなぁ!!」

 玲子はそう吐き捨てるように言うと、数馬の顔面を右で殴り返した。

 やはり数馬も倒れない。

「おもしれぇ!!」

 数馬は切れた口から血を吐き捨てると、再び構え直した。


 数馬がもう一度拳を振り上げたその瞬間だった。


「やめないか!」

 幸長が翁長と共に数馬の背後から現れ、声を張る。そのまま幸長は数馬を、翁長は佐ノ介を羽交締めにした。

 数馬と佐ノ介がもがくが、身動きが取れない。


 その状況を見て暁広は立ち上がると、数馬の顔面に飛び回し蹴りを叩き込んだ。

「魅神君!」

 幸長が怒鳴る。だが誰も暁広を取り押さえなかった。

「悪党には当然の報いだ!」

 暁広は数馬に向けて叫ぶ。

 数馬はもう一度口から少し血を吐き捨てると、言葉を返した。

「これがテメェの『正義』か!魅神暁広!自分に従うやつのやることが全部『正義』で!それ以外は全部『嘘』で!『悪』か!」

 数馬は暁広を全力で睨みつけながら言う。暁広はそれに対してい言い返すことなく睨み返すだけだった。

「そっちのデブも覚えてろ!いつか絶対に地獄に叩き落としてやる!」

 数馬は次に圭輝を睨みつけて怒鳴る。

「重村君!大人しくしろ!事情はこちらで聞く!」

 幸長は数馬を締め上げる力を強める。そのまま数馬と佐ノ介は幸長と翁長に連れられて上の階へ上って行った。


 数馬と佐ノ介がいなくなり、1階は嵐が去ったような静けさに包まれた。

「大丈夫?みんな」

 暁広がボロボロになった顔を拭いながら尋ねる。茜に手を差し伸べて立たせ、浩助の肩を担いだ。

「私は大丈夫…トッシーと浩助こそ、大丈夫?」

 茜は暁広の手を取りながら尋ねる。浩助も少し自分の顔を手触りで確かめながらうなずいた。

「俺も大丈夫…」

 浩助がそう言ったのを見て、暁広は玲子と圭輝の方に振り向いた。

 玲子は口元を拭い、圭輝は安心しきったような表情を見せる。どちらも無事ではありそうだった。

「玲子と圭輝は?」

 暁広は改めて尋ねる。玲子はうなずいた。

「まぁね」

 圭輝も暁広の前にしゃがみ込むようにして暁広に礼を言った。

「ありがとうトッシー、本当にありがとう!!命の恩人だよぉおっ!!」

 圭輝は心の底から叫ぶ。暁広は少し困ったような笑いを浮かべると、照れ臭そうに言葉を発した。

「命の恩人なんて大袈裟だよ」

「ねぇ、この喧嘩、原因はなんなの?」

 玲子が圭輝に尋ねる。徐々に彼らの周囲に野次馬として美咲や他の子供たちが寄ってきた。

「知らねぇよ!重村と安藤がいきなり殴りかかってきたんだよ!」

「本当なの?」

 圭輝が大声で弁明すると、玲子が冷静に尋ねる。すぐに圭輝は必死になって弁明を続けた。

「本当に決まってんだろ!?とにかくあいつらが先に殴ってきたんだよ!」

 圭輝が言うと、周囲のみんなも疑いの目で圭輝を見る。そんな中で考えを述べたのは暁広だった。

「あいつとはさっき揉めたからな。その流れで俺と仲の良い圭輝に暴力を振るった可能性はある…卑怯なやつだ…」

 暁広が言うと、周囲の野次馬たちもざわつき出す。

 暁広の周囲からの信頼が厚い分、彼の「意見」は「事実」として子供たちの間では広がりつつあった。

「無抵抗の人間に暴力を振るうなんて…重村も安藤も、船広や他のテロリストと変わらない…クズめ…」

 暁広が憎悪を剥き出しにして呟く。周囲の子供たちもそれに共感するように口々に言葉を交わしていた。

「大丈夫、幸長さんたちは何が正しいかをわかってるはずだ。あとは大人に任せよう」

 暁広はそう言って圭輝に笑いかける。圭輝も安心したようにうなずいていた。

「今後、あいつらは信用できないね」

 茜が言う。暁広がうなずくと、周囲にいた野次馬の子供たちもどこか共感している様子だった。



4階 雑用部屋

 幸長、翁長に連れて行かれた数馬と佐ノ介は4階の角の部屋に押し込まれた。

「一体何を考えてるんだ君たちは!仲間内であんな乱闘して!」

 幸長が大きな声を張り上げる。数馬と佐ノ介が黙っていると、部屋の入り口が開いて武田と波多野が入ってきた。

「幸長、大きな声を上げるな」

「そうそう、もう夜だからな」

 武田が幸長に言い、波多野は軽い口調で言う。幸長は小さく頭を下げると一歩下がった。

「何があったのか教えてもらおうか、重村君、安藤君」

 武田が数馬と佐ノ介に冷静に尋ねる。数馬と佐ノ介は一瞬ためらった様子を見せると、事実を述べた。

「洗柿を殴り、それを庇った魅神、原田、馬矢、星野を殴りました」

 武田はそれを聞いてメモを取る。すぐに波多野が次の質問を投げかけた。

「どうしてだぃ?」

 波多野の質問にも、数馬たちはどう答えるか躊躇う。それを見て波多野は目を細めた。

「嘘はつかなくていい。俺は部外者だ。明日にはここからいなくなる。だからお前らがどんな理由で誰を殴ってようと、俺には関係のないことで、お前らを信じる」

 波多野は静かに言う。波多野の言葉に、数馬と佐ノ介は一瞬考える。そして数馬が言葉を発し始めた。

「洗柿の野郎が…湘堂を脱出する時、竜雄の…川倉くんの家族を盾にしたって…!そのくせ謝りもしねぇから…殺してやりたくなったんですよ…!」

 数馬は今も怒りを滲ませて言葉を並べる。

 すぐに佐ノ介も続く。

「それを庇った魅神も、自分が正しいって態度をしてやがった…!それも許せなかった…!」

 数馬と佐ノ介の言葉を聞き、波多野は黙り込む。彼らが握りしめる拳を、波多野は見逃さなかった。

「なるほど」

 波多野は静かに頷く。武田もメモを取り終えた。

 幸長は状況を見て武田に声をかける。

「武田さん、少し外でお話しできませんか」

「いいだろう」

 幸長は武田を連れて廊下に出る。


 部屋の中は、波多野、数馬、佐ノ介の3人になった。

 目の前で小さくなる数馬と佐ノ介の2人を見て、波多野は小さく笑った。

「なぁ、坊主ども」

 波多野は穏やかな声を作って2人の肩を叩いた。

「俺にゃオメェらが嘘ついてるたぁ思えねぇ。だからお前らを信じるんだが、お前らがキレたワケ、俺ぁ好きだぜ」

 波多野はそう言ってニッと笑う。大人の余裕と、芯のある男の笑顔。数馬と佐ノ介には今まで見てきたどんな大人たちともこの男は違うように見えた。

「男ってのは喧嘩のひとつやふたつは避けられねぇもんさ。だから大事なのはなんの為に喧嘩するのかだ。そこで男の価値は決まるのさ。オメェらは自分の意地を通した。イイ男だよ」

 波多野が言うと、数馬も佐ノ介も感極まって深々と頭を下げる。こんな大人がいるのかと、2人には一種の衝撃があった。

 そんな目の前の子どもたち2人を見て、波多野も小さく笑った。


 一方廊下にいる幸長と武田は声を低くしてやり取りを交わしていた。

「武田さん、これは全体のリーダーである魅神君の信用問題に関わります」

 幸長が不安そうに言う。武田は手を顎に当てながら考えた。

「そうだな」

「彼のチームからの信頼はチーム全体のパフォーマンスに関わります。彼ら2人の言葉が事実なら、洗柿君に味方した魅神君の信頼にヒビが入る可能性は高いです」

「ならばこの件は封殺か」

「残念ながら、それが良いかと」

「あれほど倫理にうるさかったお前が、そう言うとはな」

 武田が幸長にこぼす。幸長は武田に言われると、言葉を失った。

「それは…」

「気にするな。お前は忠実に任務をこなしてきただけだ。それに慣れきってしまっただけのこと。それは決して悪いことじゃない」

 武田はそう言って幸長の肩を叩く。幸長は不服そうに目を逸らしていた。

「しばらく重村、安藤の2人は訓練に参加させないようにしよう。参加するようになっても魅神たちとは時間をずらし、可能な限りお互いの顔を合わせないようにしよう」

「わかりました」

 武田の提案を、幸長は異論もなく賛成する。

 2人はそのまま部屋に戻った。


 武田と幸長が部屋に戻ると、波多野が数馬と佐ノ介相手に何かを話していた。

「波多野さん」

 武田が声をかけると、波多野は武田に気づいたように、おうと答え、数馬たちの前から一歩引いた。

「重村君、安藤君。君たちの処分を決定した」

 武田は毅然とした態度と表情で2人の前に立つ。2人は色々と覚悟を決めると背筋を正した。

「君たちには2週間、訓練の参加を禁ずる」

 武田の言葉を、2人は静かに受け止める。武田はそんな彼らを見ながら言葉を続けた。

「おそらく、君たちの言葉は事実なのだと思う。半年近く君たちと一緒にいるのだから、それは想像がつく。だが、魅神くんの影響力がチーム全体に及ぶ以上、我々としてはチームを優先したい」

 武田は淡々と、感情を押し殺したように言う。

 数馬と佐ノ介は無表情でそれを受け止めると、わずかな沈黙の後静かに答えた。

「わかりました」

「そして、今回の件は口外しないでもらいたい」

「…了解です」

 武田の言葉に、数馬と佐ノ介は深々と頭を下げながら言葉を発した。

「すまない」

 武田は静かに声を発し、頭を下げていた。

 数馬と佐ノ介は何も言えなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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