19.新たなる友達 数馬の場合
4月7日 朝7:30
珍しく寝坊した佐ノ介を置いて、数馬は1人で学校に来ていた。
「ったくよ、もう3ヶ月7時起きの生活してんだぞ。今更寝坊なんかするかっての。どーせマリと夜中まで励んでたんだろうよ、そーでしょーよ!佐ノクン!」
数馬は1人で文句のような嫉妬のようなことをぶつくさと並べながらリュックを自分の机の上に転がした。
「あーちきしょう!俺だってなぁ、中学生になったら女の1人や2人作ってイチャイチャチュッチュするって決めたんだよ!見てろオメェら?」
数馬は誰もいない教室でそう言いながら椅子に座る。両脚を机の上に乗せて教室の扉の窓を見た。半透明の磨りガラスだが、誰かが来ればそのシルエットはそこに映る。
さっそく誰かの陰がそこに映った。
(おぉっ!今なら2人きり、さ、カモン!麗しの女の子!)
数馬は下心丸出しにして身構える。
扉が開いた。
(お・ん・な・の…)
男だった。
「嘘ぉ〜…」
数馬は小さな声で落胆する。
入って来た男子は構わず1番窓際の1番後ろの席まで歩いていく。数馬は落胆のあまり後ろの机に頭を預けて天を仰いだ。
「なぁ」
入って来た男子は数馬に声をかける。数馬は力無く答えた。
「何さ」
「湘堂では世話になったな」
耳慣れた地名。同時にここで聞くはずのない文字の並び。数馬は瞬時に机から脚を下ろしてそちらに振り向いた。
ボサボサの短髪に、広い肩幅。だが数馬もその顔に見覚えのあるような気がした。
「…見た顔だな…」
数馬は呟く。記憶の糸を手繰らせ、辿っていく。約3ヶ月前の記憶が繋がった。
「あぁぁっ!あの、最後に駅に逃げて来た4人組の!」
「そうだ」
「いやぁここで出くわすとは。無事だったんだな!」
「お前の方こそ」
数馬はこの男の名前も何も知らないが、懐かしい友人に会ったように弾んだ声で話し出した。
「なんかあの時会った時よりゴツくなってねぇか?」
「お前もな」
「まぁ俺はあの後色々あったから」
「だがすぐにわかったぞ」
「まぁこんな変な顔は俺しかいねぇからな」
男の方は数馬の冗談に笑う。口数の少ない男だったが、笑うと年頃の少年だった。数馬もつられて笑いながら、尋ねた。
「そいで、お前さんの名前は?」
数馬が尋ねると、男は首を傾げた。
「あれ、名乗ってなかったっけ?」
「うん、全然」
「あぁ、そうか。俺は横山隼人お前と同じ湘堂の人間だ」
「俺の名前は重村数馬。世話になるぜ、隼人」
数馬が言うと、隼人は無言で右の親指を立てた。一見無言で無愛想な隼人からは中々想像できないジェスチャーに、数馬は声を出して笑っていた。
「他の3人は無事か?」
「全員このクラスだ」
「お、いいじゃん。先生方もそこは気ぃ遣ってくれてんのかね」
「かもな」
「あの街生き残るのは、楽じゃなかったもんな」
隼人は数馬の言葉に無言でうなずく。
「あの日から、何もかも変わった」
隼人は静かに言う。数馬もうなずいていた。
「俺は、自分の家族がどうなったのか知らない。俺は、自分たちで逃げるので精一杯だったからな」
隼人は静かに声を発する。数馬もうなずいていた。
「誰だってそうさ。あんな状況じゃあな」
「もし今同じ状況に置かれたら、俺は家族を守りたい。俺は今、そのために鍛えてるんだ」
「何やってるんだい?」
「柔術を少し。数馬も、何か武道をやっているんだろう?」
数馬は内心驚いていた。
「まぁ、空手に近い何かを少し。なんでわかった?」
「湘堂で見かけた時の身のこなし、あれがどうしても素人に見えなかったんでな」
「よく覚えてるなぁ」
「いつか一緒に稽古をしないか」
「いいぜ。その時はお手柔らかにな」
数馬と隼人は静かに微笑み合う。
朝の日差しが、僅かに教室に差し込み始めていた。
4月7日 15:00
学校が終わると佐ノ介は数馬や泰平とは別方向へ歩き出した。
「俺コンビニで買い食いしてくるわ」
「うっす」
佐ノ介はそれだけ言うと、数馬達が右に行くのに対して自分だけ左に歩いていく。
この先にあるのは港と海だけで、家は少ない。したがって中学生たちもこちら側には来ない。だからこそ佐ノ介は歩いていた。
「わっ!」
曲がり角に差し掛かると、マリがそう言って佐ノ介に飛びかかるフリをする。佐ノ介の顔をハッキリ認識すると、マリはそのまま屈託なく笑った。
「ふふっ…うわぁ」
マリの笑顔を見て思わず佐ノ介も笑顔になると、わざとらしく驚いたフリをした。マリも楽しくなって寸劇を続ける。
「ハハハ、驚いたかー!」
「驚いた驚いた。殺さないでくれー」
「ふふ、ならば私に忠誠を誓うか?」
「誓いまーす」
「じゃあ、デートしよっ!」
マリは急に寸劇をやめると、佐ノ介の左腕に自分の腕に絡ませ、体を佐ノ介に密着させる。佐ノ介も穏やかに微笑みながらゆっくりと歩き出した。
「マリ、これじゃ見つかった時、お互い大変じゃないか?」
「別にいいもん。美咲とか明美とかにさえ見つからなきゃいいし」
マリはそう言って佐ノ介の横顔を見上げる。佐ノ介も眉を上げていた。
「ウッキウキだね」
「だって、久々にデートできるんだよ?もう何ヶ月も一緒にお出かけできてなかったしぃ、制服デートも、中学生になったら絶対にやってみたかったんだもん」
「わかったわかった。怒らないの」
佐ノ介はそう言ってマリの頭をポンポンと撫でる。マリも恥ずかしそうに笑って目を逸らした。
「ブレザー、似合ってる。めっちゃ可愛い」
追い打ちをかけるように佐ノ介はマリを褒める。マリは下を向いて顔を隠そうとしたが、そのまま思わず口角が上がってしまっていた。
「笑った顔も可愛いよ?」
「ねぇ、ちょっとぉ、やめてよ〜もぉ〜」
マリは赤くなった顔を見せないように左手で佐ノ介の目を隠す。
そうして笑い合いながら歩く2人の前に、2人と同じ制服を着た男子と女子が現れた。
「じゃな」
「またね、狼介」
佐ノ介とマリは固まる。女子の方は佐ノ介とマリに気づかずに去っていったが、男子の方は佐ノ介とマリの方へ歩いてきた。
「あ」
その男子と気まずそうに佐ノ介とマリの声が揃う。
男子はかけている細い灰色縁の眼鏡を掛け直した。
「同じクラスの安藤…下の名前なんだったっけ?」
男子が佐ノ介に尋ねる。マリがすっと佐ノ介から手を離すと、佐ノ介は名乗った。
「安藤、佐ノ介だ」
「佐ノ介?随分と変わった名前だな?」
「君もじゃないか?鈴木狼介くん?」
佐ノ介は言葉を返す。目の前の男子、鈴木狼介はふっと笑うと、眼鏡をかけ直し、肩にかかる男子にしては長い後ろ髪を振り払った。
「よく人の名前が覚えられるな」
「そりゃあ、『狼介』なんて特徴的な名前が居たらな」
狼介の疑問に、佐ノ介は短く答える。マリも話に加わってきた。
「一緒にいたのは、同じクラスの雪乃ちゃんだよね、仲良いの?」
「2人みたいな仲じゃない」
狼介は少し呆れたような様子で言う。佐ノ介は少し目を鋭くして尋ねた。
「このこと、誰かに言うのか?」
すぐに狼介は呆れたようにしながら首を横に振った。
「誰に言うんだよ。それに、君らには借りがあるからな」
「借り?」
マリが尋ねると、狼介は逆に尋ね返す。
「見覚えないか、俺の顔」
「んな少女マンガみたいなこと言われてもな」
「まぁ、顔は覚えてなくても仕方ないか。湘堂で最後、駅に4人駆け込んできたの、覚えてないか」
狼介に言われ、佐ノ介はあぁ、と声を上げた。
「そういえばいたな」
「あの時はありがとうな。おかげで俺たちはここにいる」
「わざわざ礼なんていいのに」
狼介の感謝に、佐ノ介は軽く言う。マリもうなずいた。
「そうそう、私たちのこと秘密にしておいてくれればそれで十分だよね〜」
「…わかった。そういうことにさせてもらうよ」
狼介も納得したようだった。
「じゃあ、また学校でな」
佐ノ介はそう言ってマリと共に狼介とすれ違うようにして前に歩いて行く。
背中を向けた佐ノ介に狼介は声をかけた。
「おい、安藤」
佐ノ介は振り向く。狼介は一瞬何かを考えると、質問を投げかけた。
「恋愛って、そんな良いか?」
狼介の意外な問いに、佐ノ介は一瞬考える。
「良い?」
佐ノ介は、ニッと口角を上げた。
「最高さ」
佐ノ介はそう静かに答える。マリも思わず恥ずかしがって佐ノ介から目を逸らす。
一方の狼介はむしろどこか見下したような目でうなずいていた。
「そうか」
「そうさ」
狼介の発した短い言葉に、佐ノ介も短く返した。
「それじゃ、失礼」
佐ノ介はそう言ってマリを連れて狼介の前から去っていった。
狼介はそんな佐ノ介を黙って見送ると、1人静かにその場を立ち去っていった。
翌日 4月8日 8:00
「それは…一体どうなってるんだ?」
泰平は隣の席に座る男に尋ねる。色白で、学ランの上からでもわかる痩せ型の男。彼は右手でトランプの束を弄んでいた。
「これか?」
男は泰平に尋ねながら、泰平にトランプの束の底を見せる。泰平の目に映ったのは「ハートの6」だった。
「手品だよ」
男はそう言ってニッと笑うと、次の瞬間には僅かにトランプの束が上下する。瞬間、「ハートの6」は「スペードのクィーン」に変わっていた。
思わず泰平も小さく感嘆の声を上げる。手品を見せた彼は、そのまま静かに笑っていた。
「すごいな」
「大したものじゃない。タネがバレたら鼻で笑われるよ」
男はそう言って片手でトランプの束を2つに分ける。すぐに左手も加えると、さらにトランプの束を分割し、分割されたトランプの束をさらに分割して胸ポケットまで伸ばしていく。そして右手から分割されたトランプの束を折りたたむようにして左手側でひとまとめにすると、そのまま器用に左胸の胸ポケットにトランプ全体の束を滑り込ませた。
「…本当に器用だな。真似できる気がせん」
「できるさ。やればな」
泰平の言葉に、男は答える。そのまま彼は右手を差し出した。
「赤尾雄三。俺の名前だ」
「河田泰平。よろしくな」
泰平は雄三の右手を握り返す。そのまま握手すると、感心した様子で呟いた。
「…右手には何も仕込んでないんだな」
泰平の言葉に、雄三は小さく笑った。
「本当に仕込んでないか?」
「え?何か仕込んでるの?」
雄三の言葉に、泰平が尋ねる。雄三は素直な泰平の瞳に思わず笑っていた。
「仮に仕込んでても言わないさ。イカサマはバレるかバレないかのところが1番楽しいからさ」
「騙してる時が1番じゃあないのか?」
「俺はな、スリルが好きなんだよ。どんなゲームも、ただ勝つだけじゃつまらねぇ。イカサマして、それがバレるかバレないかもスリル。バレた後、逆転されるかどうかも、それはまたスリルだ」
「ギャンブラーだな」
泰平の言葉に、雄三はニッと笑ってうなずいた。
「泰平は…堅実そうだな」
「そうだな。そうでないとここにいないだろうな」
雄三の感想に泰平はうなずく。雄三は泰平の意味深な言葉の意味を理解した。
「なるほど、俺たちはコインの裏表か。あの日、あの街をどう生き延び、その後どういう思想に変わったか、ちょうど真逆らしい」
「…やはり雄三もあの時の4人の1人か」
泰平は雄三に言う。雄三の表情から笑みは消え、静かにうなずいていた。
「あの日も、俺にとっては全部が賭けだった。恐ろしかったよ。少しでも何かが違えば、ためらえば、俺は死んでたさ。その後だってギャンブルさ。狼介の親戚に養ってもらえることになってなかったら、国の補助金が出てなかったら、俺は野垂れ死んでたよ」
雄三はそう言いながら再び胸ポケットのトランプを取り出し、片手で弄び出す。
「それで保護者に少しでも恩返しするために始めたのがこれさ。大道芸とイカサマトランプで小遣い稼ぎ。ひでえ目にも遭ったが、稼げるんだこれが。だがいつか気づいたんだよ。これをやってるのは結局金が欲しいだけじゃねぇ。スリルが欲しいんだってな」
雄三はそう言ってトランプの束を持った右手を振るう。1番上に現れたカードは「ジョーカー」だった。
「なるほど、確かに真逆のようだ」
泰平が静かに言う。雄三は右手でトランプを弄びながら泰平の方を見た。
「だから気に入った」
泰平が言うと、雄三もニッと笑う。泰平も同じように笑うと、2人は声を上げて笑い合っていた。
同じ頃
竜雄は教室に着くと、机の上にリュックを置き、自分も椅子に座ってひと息ついていた。
「かわくら君、で合ってる?」
竜雄はその声で顔を上げる。見慣れない顔の男子生徒が竜雄の筆箱を持っていた。
「うん、その筆箱」
「昨日忘れてったよ、俺の机に」
「あぁ、ごめん、本当にありがとう」
「いいっていいって。ほら」
竜雄は申し訳なさそうに頭を下げながら筆箱を受け取る。そのまま竜雄は目の前の生徒の名前を尋ねた。
「えっと…君の名前は?」
「あ、相川雅紀でございます、どうぞどうぞよろしくお願いします」
ニコニコと笑いながら雅紀はわざとらしく丁寧に挨拶する。竜雄も少しおかしくなりながら笑いを堪えた。
「あ、あぁ、どうも、相川くんね…」
「顔も名前も似てるアイドルがいるけど、間違えないでちょーだいな」
実際の彼の顔立ちは穏やかではあったものの、名前の似ている有名アイドルとは全く似ていなかった。
「…ふふふ…」
思わず竜雄の口から我慢している笑いが少し吹き出た。すぐに失礼だと思った竜雄は笑いをかき消すようにして訂正した。
「あ、いや、笑っちゃダメだよね、ごめんごめん」
「いいや全然笑ってもらって結構だよ。こっちもそのつもりでやってんだから」
真剣な表情を作って謝る竜雄に対して、雅紀は明るい表情で答える。そのまま雅紀は尋ね返した。
「で、名前聞いてもいい?」
「あぁ、ごめん、名乗ってなかった。川倉竜雄です、よろしく。顔は…ジェンマに似てるって言われるなぁ」
「誰?」
「知らない」
竜雄が半笑いで答えると、雅紀は笑い出す。竜雄も一緒になって笑い出した。
「いやいや、そこはちゃんと調べようよ、ハハハ!」
「だって誰に似てるとか1人しか言ってこないんだもん、ハハハッ」
2人とも笑い終えてひと息つくと、竜雄は雅紀に対して感心しきった様子で言葉を発した。
「それにしても、初対面なのに冗談飛ばせるのってすごいよね…俺、初対面なんて何も話せないよ」
竜雄の言葉に、雅紀はあー、と言いながら考える。
「でも、できるようになったのは、最近なってからだね」
「そうなの?」
「うん。色々あってさ、何もかも、ずっとは続かないって思うようになってさ。こうやって、川倉くんと話してられるのもいつまでかわからない。そう思ったら少しでも印象に残ってくれた方がいいなぁって思って」
「だから冗談も言えるのか…」
雅紀の考え方に、竜雄も心から感心してうなずく。同時に、竜雄は雅紀の明るい表情に陰があるのに気づいた。
「もしかして…君も湘堂の…」
竜雄の言葉に、雅紀は一瞬驚いた表情をする。だがすぐに仕方ないと言いたげな笑顔を浮かべると、うなずいた。
「そりゃ、同じ経験したやつはわかるか」
「数馬から、友達から聞いたんだ。あの街を逃げる時、駅に逃げてきた4人がこのクラスにいるって」
「その通り。正直川倉くんの顔も見覚えあったよ。でも、この話題出したくなくてさ」
「ごめん」
「いいって。嫌でもこの話題からは逃げられねぇからさ」
雅紀はそう言って寂しそうに笑う。竜雄の表情は、重かった。
「はいはい、暗い話題はおしまいだよ」
すぐに雅紀は明るい表情に切り替わる。竜雄もつられてうなずいた。
「近々合宿あるじゃん?その後は仮入部。川倉くんどこ行くよ?」
「え、あ、そうだな…卓球とか?」
「いいじゃん、良ければ写真部も来てくれよ?川倉くんのこと、かっこよく撮るからさ」
「あー…それは嫌かな」
2人は声を上げて笑い合う。その表情は、この2人の暗い過去を感じさせなかった。
同日 13:00
昼休みの教室、数馬、佐ノ介、竜雄、泰平の4人が集まっていた。
「いい天気だなぁおい。昼寝したくなるね」
「ま、生活習慣上眠るに眠れないんだが」
数馬がソーダシガレットをくわえながらぼやくと、泰平は静かに言葉を発した。
数馬はそんな中ふと前を見る。
目の前に大きな腹があったのが見えた。
竜雄、佐ノ介、泰平、この3人の腹では絶対にない。数馬にとって初めて見るような大きな腹。数馬はそのまま視線を上げていくと、浅黒く焼けた肌の男子の顔が目に入った。
「安藤、河田、川倉、重村で合ってます?」
彼が尋ねると、数馬たちはうなずく。だが数馬たちは何よりも彼のふくよかな腹に目がいっていた。
「おう、で…どちらさんだ?」
「学級委員になった堀口くんじゃなかったか?」
数馬の質問に泰平が素早く答える。
「その通り」
彼はそう言うと、自分の大きな腹を叩く。軽い音があたりに響いた。
「学級委員の堀口和久です。どうぞよろしく」
和久が丁寧に挨拶すると、竜雄がまずすぐに頭を下げる。泰平と佐ノ介も少し遅れてよろしく、と言うと、数馬も机から足を下ろしてその場で頭を下げた。
「こりゃ学級委員殿、ご丁寧にどうも」
「で、御用向きは?」
数馬が挨拶すると、佐ノ介が尋ねる。
「ん、いや、大した用事があるわけじゃなくてな。やっぱり学級委員としてクラスメートとは交流を深めておくべきだと思って」
和久はにこやかな表情でそう言った。彼自身のシルエットも相まって人がよさそうに感じられる。それもあって数馬たちもまんざらではなさそうだった。
「ごもっとも。じゃあ軽く自己紹介したほうがいいか?」
「大丈夫、皆顔と名前は覚えてる」
数馬の質問に対し、和久が言うと、竜雄が声をあげた。
「すげぇ…どうやって覚えたんだ?」
「んー、名簿見返したかなぁ」
「え?じゃあ顔は?」
「まぁ、このクラスだいたい知り合いだからさ。それで知らない奴がいるってなったら、よく見るよね。そのうちに覚えてた」
和久の記憶力に、竜雄はもちろん数馬も一緒になっておぉと声を上げる。同時に泰平も何かに納得していたようだった。
「なるほど。道理でみんな堀口くんに学級委員を任せたがったわけだ」
「小学校の頃からこういうの押し付けられがちでね。その流れだな。女子の方の学級委員の飛鳥も、似たようなもんだ」
「嫌なことは押し付けろの精神か。勉強なるぜ」
佐ノ介は学級委員を押し付けた生徒たちの行動心理を皮肉る。佐ノ介の物言いに和久は静かに笑う。
「まぁでもそう悪いもんでもないさ。飛鳥とは幼馴染だからやりやすいし、俺自身リーダーってポジションにはおかげさまで慣れてるからな。あと、コレのおかげで貫禄あるって言われるし。ハァッ!」
和久はひと声気合いを入れると、自分の腹を叩く。軽快な音を立てた腹を見て、思わず数馬は笑い出していた。
「おい数馬、人の身体的な特徴を笑うのは失礼だぞ」
「あ、いや、そうなんだけどさ」
泰平にたしなめられる数馬は、自分の笑いが失礼という自覚はあったが堪えきれない様子だった。その様子を見て、和久も静かに笑った。
「ははは、気にしなくていい。持って生まれたこの腹だ、笑い飛ばすぐらいできなきゃな」
「でも、気にしてるんじゃないのか?」
自虐のように笑う和久を見て、泰平は心配したように尋ねる。一方の和久は笑っていた。
「いや全然。だってさ、考えてもみなよ。人間誰しも個性があるわけじゃん?これは人間である以上絶対避けられない、言ってみりゃ『格差』でもあるわけだよ。これって、どうやったって無くせないものだと思うんだよね。だったらその『格差』を笑い飛ばすなり、笑い飛ばせないものだったら笑い飛ばせるくらいまで小さくする、これが大事だと思うんだよね」
「和久の場合は痩せるかギャグに変えるかってわけだ」
「そうそう。で、俺はこれ諸事情あって痩せられないから。ギャグに変えてるってわけ」
和久の言葉を理解した佐ノ介が会話を回し、和久はそう言って満足そうに腹を叩く。そこに竜雄が首を傾げながら尋ねた。
「諸事情?」
「あぁ、飯が美味すぎるんだ」
しみじみと語る和久の姿に再び数馬が笑い出す。今度は佐ノ介も一緒になっていた。自分のギャグがウケたのを見て和久は追い打ちをかけるように熱く語り出した。
「いやさ、小4くらいからマジで急に飯が美味くなってさ。何食っても美味しく感じられるようになっちゃって。小遣いの限りの暴飲暴食を繰り返し、気がつけば俺の体はこんなザマ。俺の体はコーラとポテトでできている!それっ!」
和久はそう言ってもう一度自分の腹を叩く。笑っていた数馬と佐ノ介はさらに笑い、我慢していた竜雄も吹き出して笑い出していた。
「ふふふ、おもしれぇなオメェ…!」
数馬は本気で笑いながら呟く。数馬はそのまま隣に立っていた泰平も小突くと、泰平も徐々に笑い出していた。
年相応の笑顔を見せる彼らに対し、和久も笑顔を見せる。
「いやぁ、学級委員がこんな奴だとは思わなかったぜ。気に入ったよ、和ちゃんよ」
「お、ありがとよ」
「そっちじゃない」
佐ノ介の言葉に数馬が反応し、泰平が素早く訂正する。今度は和久が笑っていた。
「そうだったな、お前も数馬だもんな」
「そうそう。カズ同士仲良くしようぜ」
「あぁ、よろしく」
「それにしても合宿、楽しみだなぁ。バームクーヘンだぞ?」
和久が話題を切り替える。話題の急転換に、思わず泰平も呆れたような声が出た。
「よく話題が次から次へと」
「でも結局食い物なんだよな」
佐ノ介も泰平に賛同するようにツッコミを入れる。それに対して和久は力説した。
「当たり前だろ!美味いものを腹一杯食う!そして寝る!それが俺の幸せだ」
「いいねぇ」
「だから同じバームクーヘン班には厳しいぞぉ!」
和久の言葉に数馬が何かを考える。そして思い出したように声を上げた。
「うわっ、俺じゃん!?」
数馬の言葉に周囲のメンバーが一斉に振り向く。同時に数馬に質問し始めていた。
「待て、お前同じ班のメンバー把握してなかったのか?」
「しかもこんな目立つやつを?」
「名前を俺に尋ねていたしな」
「話し合いの時間、何やってたんだ?」
和久、佐ノ介、泰平、竜雄と、数馬に質問を投げかける。数馬は頭を抱えた。
「いや違う!決して話し合いの時間中に寝ていたわけじゃない!」
数馬は墓穴を掘った。
「はいこいつやってまーす」
泰平が鬼の首を取ったように言う。
「クラスから追放するぞ?」
「やっちまってくだせぇ学級委員長!」
和久が言うと、佐ノ介も小物らしい声を作って便乗する。すぐに数馬も状況から寸劇に走る。
「待ってくだされお代官様!」
「役職多いな」
「バームクーヘンは美味しく作るので、どうか、どうか命だけはお助けしろ」
「立場の乱高下激しいなこいつ」
数馬の言葉と和久のツッコミに周囲の3人は静かに笑い、和久と数馬も笑い合っていた。
「まぁいいか、許してやろう」
「ヨッ、太っ腹」
「ほれ!やらせんな」
数馬の掛け声に合わせて和久は自分の腹を叩くが、すぐにその手の甲で数馬の肩を軽く叩く。息の合った掛け合いに、会話を一切聞いていない、遠くから見ていただけの他の生徒も笑っていた。
「まぁバームクーヘンは大丈夫だよ。俺が班長やるんだから食い物で失敗するなんて有り得ないから」
和久が自信に溢れた表情で言う。体型と表情とセリフが一致し、そのせいでいつの間にか全幅の信頼が数馬たちの中で生まれていた。
「任せたぜ、料理長」
「おう、任せとけ!」
6日後 4月12日 合宿先の保健室 15:00
「なんてこと言うからこんなことになるんだよ…」
和久は保健室のベッドで1人大の字になると、天井のシミの数を数えていた。
「38度…絶対安静…何やってんだ俺は…」
和久は自分の額に手を当てる。自分でも熱いのがよくわかった。
「あぁ…俺のバームクーヘンが…カレーが…無事でいてくれ…」
和久は窓の外に手を伸ばし、自分が作るはずだったものに思いを馳せる。彼の胸の内は、自分の病気などよりも食事の不安のほうが遥かに大きかった。
16:00 野外調理場
合宿1日目の目玉であるカレー作りとバームクーヘン作りが始まった。
数馬の班を現在仕切っているのは、和久と同じ学級委員を務める女子である高村飛鳥だった。
「それじゃあどんどん料理していきましょう。女子でバームクーヘンを、男子でカレーって形で分担ね」
「おいっす」
この班にいる男子は数馬と隼人。本当なら和久がいるはずであり、数馬と隼人は不安そうにお互いの顔を見合わせていた。
「あ、男子諸君、困ったことがあったらいつでも呼んでね」
飛鳥が数馬と隼人に短く言うと、女子たちはひとつのグループになり、テキパキとバームクーヘンを作る準備を始めた。
「さて、俺らどうする、隼人?」
「やるしかないだろうな」
数馬が横の隼人を見ると、隼人は短く答える。2人は重い腰を上げると、カレーの作り方が記されたプリントを手に取った。
「『1、野菜の皮を剥いて、切ります』包丁ある?」
「あるぞ」
数馬がプリントの文字を音読し、隼人の方を見る。隼人は逆手で包丁を持つと、数馬の方に刃先を向けた。
「待て待て」
「どうした?」
数馬が指摘しようと声を発すると、隼人は逆手で包丁を持ったまま数馬に寄ってくる。
「ストップ!包丁を置け、持ち方が違うから」
「あぁ、失礼」
数馬が言うと、ようやく状況に気づいた隼人は包丁を置く。数馬は小さくため息を吐いた。
「もしかして料理したことない?」
「あぁ」
「オゥ」
数馬は不安そうな表情になったが、それを軽い口調でごまかす。
「わかった。じゃあ隼人、野菜を片っ端から洗ってくれ。そしたら俺に回してくれ」
「よし」
数馬はまな板の前に回る。その間に隼人はひと通りの野菜が入ったザルを持って水道の前に立つ。そして乱雑に水を出すと、野菜に浴びせていく。
「土とか付いてたら取っておいてな」
「わかった」
数馬が言うと、隼人は野菜ひとつひとつに土や汚れが付いていないか確認する。汚れの付いていないものは全てまな板の上に並べていくと、数馬が順番にそれを取ってプリントを見ながら包丁を入れていく。
「ピーマンはヘタを取り…へぇ、そう切るんだ」
数馬は慣れない手つきだが野菜を切っていく。一方の隼人は全ての野菜を洗い終えたようだった。
「野菜、洗い終わったぞ」
「お、サンキュー」
「何かできるか」
「あーそうだな、適当に野菜切っといて」
「わかった」
数馬は隼人用にまな板のスペースを空ける。そのまま彼は洗い終わった野菜たちをある程度均一な大きさに切っていた。
一方の隼人は調理台の下の調理道具入れを物色していた。
(…包丁がない?)
隼人はくまなく探したが、やはり包丁は見当たらない。
(…仕方ないか)
隼人はそう思うと、代わりの道具を手に持ち、調理道具入れを閉じる。
そして適当に野菜を手に取ると、その道具で野菜を真っ二つに切り分けた。
まな板が高い音を立てて振動する。
数馬は何事かと思って隼人の方を向いた。
「…は?」
隼人はフライ返しで野菜を切っていた。
「おいちょっと待て」
数馬は包丁を置いて隼人に駆け寄る。隼人は不思議そうに数馬の顔を見た。
「どうした?」
「どうしたって、お前が『どうした』だよ」
数馬が少し笑いながら言うと、隼人は首を傾げた。
「野菜切ってるだけじゃないか」
「フライ返しは野菜を切る道具じゃござんせん」
数馬が言うと隼人は目を丸くした。
「そうなのか?」
「そう…だと思うんだけど」
純粋すぎる隼人の瞳に、数馬は一周まわって自分が間違っているような気がして不安になってきた。
「包丁がなかったからてっきりそういうものなのかと」
「それは、スタッフさんが悪いな。しゃあない。野菜切るのはやっとくから、鍋に水入れておいてくれ」
「よし」
数馬は全てを用意してくれたスタッフに罪をなすり付けると、隼人から野菜を回収し、改めて細かく野菜を切っていく。その間に隼人は鍋に水を入れていた。
「やっべ順番ミスった」
数馬が言うと、隼人が振り向く。
「大丈夫か?」
「あー、大した問題でもなさそう。フライパンも用意しといて」
「よし」
数馬が野菜を切りながら指示すると、隼人がフライパンを取り出す。数馬は隼人がフライパンを置いたところに油を入れると、切り終えた野菜を次から次へ放り込んだ。
「後はもうしくじりようがないな。テキトーに炒めて鍋にぶち込んで終わりだ」
「料理は難しいな」
数馬の言葉に、隼人はしみじみと言う。数馬もうなずいていた。
「そっちはどう?男子諸君」
数馬と隼人の背後から女子の声がする。2人が振り向くと、バームクーヘン担当の飛鳥が後ろにいた。
「ん、ぼちぼち」
数馬が言うと、飛鳥はそう、とだけ答えた。
「出来上がったら教えて。和久に届けに行くから」
「待った。俺にやらしてくれねぇか?ちょっとアイツと話がしたい」
「え?まぁ、いいよ」
飛鳥は少し戸惑いながらうなずく。数馬も許可が下りるとうなずいていた。
30分後
「できたぁっ!」
数馬と隼人は目の前のカレー鍋をかき混ぜながら叫んだ。
「いやお疲れ隼人」
「数馬こそ、任せて悪かった。俺も勉強しなきゃな」
数馬と隼人はお互いに笑い合うと、皿にカレーを盛り付け、女子の分も机に並べた。
「カレーできたぜ!」
「バームクーヘンもできた!今切り分けるから和久のところに持ってって!」
「あいよ!」
数馬は返事をすると、余っていたお盆に自分のカレーと和久のカレーを置く。そこに飛鳥が切り分けたバームクーヘンを載せた皿を置いた。
「ちょっと待って!」
飛鳥はそう言うと、大量の砂糖を片方のバームクーヘンにふりかけた。
「え」
「大丈夫、こっち和久用だから」
「あ、はい」
「じゃあ、行ってきて!」
飛鳥に言われると、数馬はそのお盆を持って保健室へ歩き始めた。
5分後 保健室
「失礼しまーす」
軽い雰囲気の声が保健室に聞こえると、ゆっくりと木製の扉が開く。
「1組の重村です、堀口くんにカレーのお届けにあがりやした」
数馬が明るく挨拶すると、養護教諭は軽く頭を下げる。数馬はそれを見てから和久が横になっているベッドの横まで歩いてきた。
「おいっす」
「おう…持ってきてくれてありがとうな…」
「気にすんなって」
数馬はお盆を近くにあった机の上に置き、上体を起こした和久にカレーを手渡す。
「ほれ、俺と隼人、特製のカレーだ。肉がないのは学校側に文句言ってくれよ」
「食い物に文句は言わないよ。食えりゃなんだって美味しい。ということで、いただきます」
和久は一旦膝の上に皿を置くと、両手を合わせて挨拶する。そしてもう一度皿を持ち、スプーンの窪みに大きな山を作り、それを口へ運んだ。
「ひと口がデケェ。ホントに病人かよ?」
「いつもならこのサイズは3口でペロリだよ」
「マジかよ?」
「さすがに嘘。5口だな」
和久の言葉に、数馬も笑い、お互いに笑い合う。そのまま数馬は自分の分のカレーを手に取った。
「そういえば、お前もこっちで食うんだな」
「あぁ、お前の感想と、ちょっとしたハプニングを共有したくてね」
「あぁ失礼。このカレー、大変美味しゅうございます」
「おぉ、左様でございますか、和久殿」
2人ともわざとらしくキャラを作り、笑い合う。
「いや、マジで美味いよ。うちの自称高級カレーよりこっちのがずっといいや。肉がないけど」
「そうかぃ?」
「で、ハプニングってのは?」
和久に尋ねられ、数馬は待ってましたと言わんばかりに語り始めた。
「聞いてくださいよ学級委員長、今回カレーは男子、バームクーヘンが女子と分担したわけです。カレーを作るのは俺と隼人ですわ」
「ほう」
「『野菜切っといて』って彼にお願いしたわけですよ。で、切ってくれたんだけど、すんごい音がすんのね。何使ってたと思う?」
「え?」
「正解はフライ返し」
数馬の言葉を聞いた瞬間、和久は下を向いて体を震わせる。
「なんだよそれ…はっはっは!」
そう言葉を漏らすと、次の瞬間には豪快に笑い声を上げていた。つられるようにして数馬も声を上げて笑い出す。
「そのフライ返しってチョイスは一体なんなんだよ?」
「俺が聞きたいよ」
数馬と和久の声が部屋に響く。養護教諭の冷たい目線を感じ取ると、2人はすぐに静まり返った。
「それにしても、お前も結構笑うんだな」
「まぁ人並みには」
「そうか。いや、誤解してたな」
和久の言葉に、数馬は疑問を抱いた。
「誤解?」
「お前と、あと何人か、うちのクラスには『あの町』の生き残りが居るだろう?」
和久の言葉に、数馬は黙り込み、思わず表情が鋭くなる。
「俺は、『あの町』を生き延びた人間は、笑えないものだと思ってた。よく映画とかでもあるだろう?戦場から帰ってきた兵士は、心に傷を負って、って話。だから俺はそういうものだと思ってた」
和久の言葉に、数馬もうなずいた。
「俺もそう思ってたよ。でも、実際違った。少なくとも俺はね。戦わなきゃならなかったから戦っただけで、それ以外はみんなと同じだよ」
「うちの父親も似たことを言ってたよ」
「お父様が」
「うちの父親は政治家でね。応援演説に行ったら巻き込まれた。生きて帰ってきたんだが、元通りの生活に戻るまで、結構苦労したよ」
静かに語る和久を見て、数馬は黙り込む。
「だから、お前や隼人は強いなぁって」
「こんなの平和な時代には自慢にならんさ。俺は逆に和久のコミュニケーション能力とか、記憶力とかの方がずっと羨ましいよ」
「まぁ、そうなるように生まれてきたからな」
数馬が言葉を返すと、和久が意味深なことを言う。数馬は首を傾げた。
「どういうことだ?」
「まぁ、お前のことを信頼してるから、話すか」
和久はそう言うと、数馬の方を見るついでに、養護教諭がいないことを確認した。
「俺はな、生まれてくる時に遺伝子操作を受けたんだ」
「遺伝子操作…」
「身体能力が向上したり、頭脳のスペックが上がったりするように、生まれる時にちょちょっと遺伝子を弄ったんだとよ」
「なんだってそんなこと」
「うちは医療機器のメーカーでね。新しく作られた機器の実験も兼ねて、俺の持病を遺伝子レベルで治そうとしたらしい。だがうちの親は過保護でさ。色んなことで苦労してほしくないって理由でついでに強化したんだとよ。その副作用でこの腹さ」
和久は自分の腹をさする。
数馬は、そんな和久を黙って見ていた。
「たぶん今お前は俺のことを不憫に思ったんじゃないか?」
和久は数馬の表情を見て言う。数馬はすぐに答えた。
「そんな上から目線なことは思わないさ」
「まぁお前はそうだろうな。俺もそうは思わない。親にはむしろ感謝してる。だけど、世間には俺を『親の欲望で作り替えられた哀れな人間』って言う奴もいるだろうよ」
「…」
「それはきっとお前にも向けられる。『戦わされた哀れな子供』って言われるだろうよ」
和久の言葉に、数馬は否定できなかった。マスコミが結論ありきで記事を書くのは、火野の事件でよく知っていたからだ。
「俺は哀れなんかじゃない」
数馬は力強く言う。和久は同意した。
「俺もそう思うよ。俺がこう生まれたのも、お前が湘堂に生まれたのもそれは個性。だが世間は認めないだろうな」
和久の言葉に、数馬は苦い表情を浮かべた。
「これが『差別』なんだよ。自分とは違う人間に一方的にレッテルを張る。これは人間の性だ。無くせやしない」
数馬の表情がさらに重くなっていく。和久は続けた。
「だから俺はそれを否定しない。差別はあるものだから、そこから生まれた『格差』を、少しずつでも小さくする。俺はそっちの方が現実的だと思うから、いつか政治家になった時にはそれを目指す」
和久の眼差しは真っ直ぐ数馬を見ていた。数馬はそれを受け止め、うなずいていた。
「無くせないものは限りなくゼロに近づける、か」
数馬はひとり呟く。その間に、和久はバームクーヘンを一切れ口にした。
「…甘すぎィ!!」
和久が悲鳴にも似た感想を叫び、咳き込む。数馬はすぐに和久に水を差し出した。
「ありがとう…これ、誰のしわざ?」
「高村さん」
「やっぱり!アイツ料理下手なんだよ!」
「え、そうなの?」
「そうだよ!特に味付け!アイツホントに味覚終わってるからな。勉強も運動もすげーできるのに料理だけマジで不味い!」
「おいおい、言い方」
大きく目を見開いて言葉を発する和久に、数馬は少し笑いながらなだめる。和久は咳き込んでいた。
「あいつとは昔からの幼馴染なんだけど、ほんと昔から直らないんだよなぁ」
「それも個性ってやつだろ。それを大事にしながらみんなで幸せになってくのがあんたの理想だろ?」
「だが友達は料理の上手いやつがいい」
「お?差別か?」
「それはあるからって言ってんだろぉ!?」
数馬の言葉に、和久はわざとらしく怒ったような声を出し、すぐに2人は笑い合った。
「いやぁ面白かったよ、お前の理想とか、素性とか。話せてよかった」
「こちらこそ」
数馬は和久に礼を言いながら和久の平らげた皿を盆に乗せる。
「数馬も、わざわざありがとうな」
「気にすんな。それじゃ、また宿舎で」
数馬は和久に軽く挨拶すると、お盆を持って保健室を出る。和久は黙ってベッドの上に横になった。
「…あとで飛鳥のやつに文句言わなきゃな」
和久はひと言呟くと、目を閉じた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
次回もお楽しみいただけると幸いです
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