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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
1.少年たち
18/65

17.一番弟子

残酷な描写が含まれています

苦手な方はご注意ください

 佐ノ介とマリを回収に来た佐藤だったが、乗ってきた車にはいつの間にか敵のボスである船広が乗り込んでいた。彼は助手席に座り込み、佐藤に銃を向けていた。

「どうした?よくドライブした仲じゃないか。あの時みたいに運転してくれよ」

 船広は旧友に話しかけるように佐藤に笑いかける。

 佐藤は不満そうに運転席に乗り込み、運転席のドアを閉めた。

「安藤くん、遠藤さん、変なことはしないように。私がなんとかするから」

「房江はいつもそうだな。いつも気負ってばかり。ま、周りがアレじゃあ仕方ないか」

「こいつ…」

 言い返そうとした佐藤に、船広は銃をもう一度突きつける。

「安心してくれ。私も目的地は同じなんだ。さぁ、灯島まで優雅にドライブと行こう。ほら早く」

 船広が場を仕切る。佐藤は渋々車のキーを回すと、サイドブレーキを外してゆっくりとアクセルを踏んだ。

 後部座席に座る佐ノ介は、どうにか船広を撃ち抜ける角度を探すが、船広は上手く座席の陰に隠れていた。

「んー。やはり房江は運転が上手いな」

 殺伐とした空気の中、船広だけは上機嫌に話題を振る。佐藤は船広を睨むだけで返事をしなかった。

「おぉい房江。いつからそんなに無愛想になった?私と付き合っていた時はもっと私にラブコールをしてくれたじゃないか」

「誰があんたなんかに…!あんたが私の妹をダシに脅したからじゃない…!」

「痴話喧嘩はよそう。子供たちの前でみっともないぞ。なぁ2人とも?そうは思わないか?」

 船広はそう言って佐ノ介とマリに笑いかける。だが佐ノ介もマリも何も言わずに黙っていた。

「つれないなぁ」

 船広は自分以外が軒並み冷めた対応をしてくることにため息を吐いた。

 わずかな沈黙を裂くように、甲高い通信機の着信音が運転席に響く。船広は銃を佐藤に向けながら命令した。

「出ろ。さぁ早く」

 船広に命令され、佐藤はゆっくりと通信機を手に取った。

「…はい、佐藤です」

「幸長だ。望月も子供たちを回収できたようだ。そちらはどうだ?」

「安藤くんと遠藤さんを回収して、いま本部に向かっています」

「よかった。これで全員だ。今俺と望月、両方とも渋滞に捕まっているから、早いところ先に本部に行っててくれ」

「…了解」

「何か問題は?」

 幸長の質問に、佐藤は一瞬口ごもる。すぐに船広は佐藤のこめかみに銃口を突きつける。佐藤は状況を察し、幸長に言葉を返した。

「…ありません」

「わかった。本部で会おう」

 幸長はそう言って通信を切る。佐藤もその様子を見て通信機を置いた。

 1人で大笑いしていたのは船広だった。

「はっはっは…相変わらず幸長は鈍い男だ。鈍い同僚を持つと大変だな、房江?」

「あんたも人のことは言えないんじゃない?子供たちが全員帰ってきたってことは、あんたの部下が全滅したってことじゃないの?」

「別にあいつらは部下でも同僚でもなんでもないさ。たまたま同じ現場で、私が指揮してやって生き延びただけのこと。全滅しようと私の知ったことではない。むしろ感謝しているよ。君たちが口減らししてくれたおかげで、これから武田さんとの『交渉』で得る金は独り占めできる」

「…あんたこそ烏海さんと一緒に死ねば良かったのよ」

 自分の部下に一切の情をかけず、自分の欲望を隠そうともしない船広の姿に、佐藤も思わず感情的になる。船広はそれを鼻で笑い飛ばした。

「実際、あの湘堂の街で烏海さんは私のことを殺そうとしていただろうね。私たちが任されたのは避難場所である駅から最も遠い区画。だが私は生き延びた。なぜだと思う、房江?」

 船広は左手で佐藤の頬を撫でる。佐藤は不快感を隠そうとしなかった。

「私が優秀だからだよ。知力、武力、才能、時の運、全ては私にある。だから私は生きている、生きる価値がある」

「自分のためだけに生きてて楽しいの?」

 不意にマリが言葉を発した。

 急にマリが話しかけてきたことに、船広は眉を上げた。

「おや、急に来たね」

「質問に答えろよ、天才さん?」

 佐ノ介も皮肉たっぷりに船広に言う。船広は穏やかに笑いながら答えた。

「楽しいねぇ。当たり前じゃないか。自分の人生、自分の好きなように生きるのが最善だろう」

「そのために他人をいくらでも踏みにじるの?」

 マリがわずかに怒りをたたえながら尋ねる。船広は穏やかな表情そのままに答えた。

「踏みにじられる人間が悪いのさ。悔しければ踏みにじる側に回ればいい。それが社会だ」

「社会不適合者がなんか言ってるぜ」

 佐ノ介が静かに言葉を発する。船広は眉をわずかに上げた。

「あまり角が立つようなことは言わない方がいいぞ、安藤くん。これは社会人の先輩としてのアドバイスだ」

「覚えておくよ、小悪党さん」

 佐ノ介は吐き捨てるように言う。彼としてはこの挑発に乗った船広が座席の陰から出て来てくれればそこを撃ち抜くつもりだったが、船広はその場でため息をついて頭を抱えるだけだった。

「やれやれ…房江、君たちは子供にどんな教育をしてるんだ?」

「悪党は殺せ」

「はっ!嫌な保護者だなぁ。そう考えると私は本当にツイてたんだな。烏海さんの一番弟子として育ててもらって良かったよ。房江とも出会えたしな」

 船広は1人で大笑いする。不遜な態度の船広に、他の3人は怒りで手を出しそうになったが、状況を考えてそれをグッとこらえていた。


「…さて、そろそろ着くな」

 船広が腕時計を見て、周囲を見回して呟く。

「言っておくが、妙なことはするなよ」

 船広は後部座席に座る佐ノ介とマリを脅す。

 ワゴン車は武田の所有するビルに隣接するガレージに入る。

「裏口のすぐ近くに停めろ」

 船広は短く佐藤に命令する。佐藤は不服そうにしながら指示通りビルの裏口のすぐ近くに車を停め、サイドブレーキを引いた。

「ご苦労」

 船広はそう言うと、左手を佐藤の結んであったポニーテールに伸ばす。

「!」

 乱雑に佐藤の髪を引っ張りながら、船広は助手席の扉を蹴り開け、佐藤ごと連れ出しながら車を降りる。

 佐ノ介はそのタイミングに合わせて拳銃を構える。だが船広は窓ガラス越しに佐ノ介に拳銃を撃った。

 銃口がマリの方を向いていることに気づいた佐ノ介は咄嗟にマリを庇う。

 その隙に船広は裏口を蹴り開けると、佐藤の髪を引っ張りながらすぐ近くにあったエレベーターに乗り込んだ。


 お互いに無傷だった佐ノ介とマリはすぐに状況を察知すると、後部座席のドアを開けて車を飛び降り、船広の後を追う。

 裏口を佐ノ介が蹴り開け、マリがエレベーターを確認する。

「ダメ、もう乗ってる!」

「階段使おう!」


 一方の船広はエレベーターの中で、もがく佐藤をエレベーターの壁に抑えつけていた。

「離せ…!」

「離さないよ、房江。私は君を愛しているんだ。武田さんから金を奪ったら、2人で静かに暮らそう」

「お断りよ!」

 佐藤が船広を拒否すると、船広は髪を掴んでいた左手を離し、佐藤の首に左腕を回し、首を絞めあげた。

「…ぐ…ぁぁっ…」

「房江、きみは私の言うことを聞いていればいいからね」

 佐藤は抵抗しようとするが、船広の腕力は強く、佐藤には振りほどけなかった。

 エレベーターのドアが開く。2人の前に見えたのは武田のオフィスの入り口である木製の扉だった。

 船広は佐藤の背中を蹴り飛ばしてエレベーターから扉の前まで吹き飛ばす。受け身を取り損ねた佐藤を、もう一度髪を掴んで乱暴に立たせてから、扉を蹴り開け、即座に佐藤を武田の方に向け、佐藤を盾にするようにして武田に銃を向けた。

「お久しぶりですね、武田さん。いや、あなたにとっては数時間ぶりですか?」

 船広が歪んだ笑顔で武田に言う。武田は立ち上がろうとしたが、すぐに船広が銃を向けてそれを制した。

「おっとぉ、妙なことはしないでもらいましょう?可愛い部下の頭が吹っ飛ぶところは見たくないでしょうからね。両手を上げてゆっくりとデスクから離れ、目の前まで来ていただきましょう」

 船広が銃を向けながら武田に命令する。武田は指示通り両手を上げてゆっくりとデスクから離れ、船広の前に立った。

「久しぶりだな、船広。お前のことだから影武者の1人や2人用意してると思っていたよ」

「さすが武田さん。私のことをよくわかってらっしゃる」

「子供たちが空ノ助を殺した時、お前の写真が無くてな。いつかこうなると思っていたよ。それで?金が欲しいのか?」

 武田の言葉に、船広は佐藤を抑えつけつつうなずいた。

「えぇ。本当に物分かりがいい」

「くれてやってもいい。何に使う?」

「知れたこと、その金で贅沢に遊んで暮らす、それだけです」

「ならばくれてやれないな」

 武田がハッキリと言うと、船広は眉をしかめながらもう一度佐藤の髪を掴み上げた。

「ほう?武田さんにはこの銃が見えないようで?」

「よく見えてるさ。だから言ってるんだよ、船広。私の金はこの国の金だ。私の金は、この国の国益のためだけに使うんだよ。我々の命はその金よりも遥かに安い」

「出た出た出た出た…」

 船広は呆れた様子で言葉を漏らす。船広は佐藤を八つ当たりで蹴ってからまだどこか怒りが収まらぬ様子で言葉を発した。

「国だ、国益だ、愛国心だ?あんたも烏海さんもそればっかりだ!自分の利益をそんな言葉で取り繕い、私の生き方を平気で批判する!私もあなたも同類だ!自分の利益以外頭にない、それのためなら手段を選ばない、そういう人間だ!自分のことばかり棚に上げるんじゃない!」

「私はお前をわかっていたようだが、お前は私を少しも理解していなかったようだな」

 船広の言葉に、武田は静かに笑ってそう言葉を返す。船広は鋭く武田を睨んだ。

 船広が感情的になった今が好機と思ったのか、佐藤が体をよじってもがき出す。船広も若干不意を突かれた様子で、佐藤の髪を引っ張り、暴れる佐藤を抑えつけようとする。

「クソ!暴れるなこのアバズレ!」

 船広は銃口を佐藤の後頭部に向けた。


 その瞬間、銃声が響いた。


 佐藤の結ばれていた黒い髪が、佐藤の頭から離れ、船広の左手に握られていた。

「なっ…!」


「ソォゥラァッ!!」

 言葉を失った船広の背後から聞こえたのは、マリの裂帛の気合い。それと共に、マリの鋭い蹴りが船広の右手を襲った。

「ぬっ…!」

 船広の右手から拳銃が離れ、宙を舞う。

 船広が拳銃を掴もうと前に手を伸ばした刹那、佐藤が肘を振るった。

「トリヤァッ!!」

 ただの肘鉄ではない。佐藤が渾身の力を込めて振るった、船広の急所への一撃。

「うぐぅっ…!」

「ヤァアッ!」

 船広の頭が下がる。さらに佐藤はその下がった顎を突き上げるように拳を天高く振り抜いた。

 船広の視界が歪んでくる。だが佐藤は容赦しなかった。

 佐藤は船広の首を掴む。そのまま体重を移動させると、船広の体を宙に舞わせた。

 船広の背中が床に叩きつけられる。

「トドメッ!」

 佐藤はもう一度気合を入れて、右脚に全体重を乗せる。その脚で思い切り船広の顔面を踏みつけた。

「ぐぅっ…!」

 船広はまだ意識があった。痛みで意識を保ちながら、落としたであろう拳銃を探す。

 だが、その船広を凄まじい力で武田が踏みつけ、抑えつける。船広が落とした拳銃は、武田の右手で鈍く輝いていた。

「空ノ助があの世で泣いてるよ。一番弟子の出来の悪さにな」

 武田はボヤくようにして言うと、しっかりと右脚で船広を抑えつける。そして、武田は手にした拳銃の銃口を船広の頭に向けた。

「謝ってこい」


 銃声が響いた。

 武田は自分の靴についた血を少し振り払ってから、拳銃を佐藤に投げ渡した。

「好きにしておけ」

 武田はその言葉も添えると、懐のハンドタオルで手に付いた血を拭う。

 一方の佐藤は拳銃の余っていた銃弾を、全て船広の顔面に叩き込んだ。

「何度でも死ね!このクソ野郎!」

「恐ろしいなぁ」

 佐藤は言葉と共に撃ち終えた拳銃を投げ捨てる。その様子を見て、武田は思わずボヤいた。

 武田はふと振り向く。佐ノ介とマリが、複雑そうな表情でそこに立っていた。

「安藤君、遠藤さん、2人ともありがとう。おかげでなんとかなったよ」

 武田は頭を下げる。すぐに佐ノ介とマリは首を横に振った。

「いえ、全然」

「佐藤さんも、髪…」

 マリが心配そうに佐藤の髪を見る。整っていた長い黒髪は見る影もなく、銃弾によって乱雑にちぎれた短髪になっていた。

「…ちょうど切ろうと思ってたの」

 佐藤は自分の髪を見ながら呟く。

 彼女はそのまま、ニヒルに笑った。



1月28日 16:00 逃走開始から4時間後

 子供たちを乗せたトレーラーと、幸長の運転するワゴン車が武田のビルの隣のガレージに止まった。

 ガレージには武田や佐藤、佐ノ介とマリといったメンバーも待機していた。

「やぁ諸君、おかえり。ご苦労だった」

 トレーラーやワゴン車から子供たちや運転していた大人が降り立つと、武田が珍しく感情的に労いの言葉をかけた。

 子供たちはお互いに帰ってこられた仲間たちと笑い合う。その間に、幸長、翁長、望月の3人は、武田と佐藤の前に整列した。

「ただいま戻りました、武田さん」

「諸君、本当にお疲れ様。中に入って休んでくれ」

 武田の労いの言葉を受け、大人たちは一礼してから中へ入っていく。

「佐藤、髪切ったのか?」

 幸長が歩きながら佐藤に尋ねる。佐藤は小さく溜め息を吐いた。

「ホントに、ニブいやつ」

 

 一方の子供たちは、それぞれ喜びあっている様子だった。

「玲子ぉ〜無事で良かったよ〜」

 玲子の姿を見ると、桜、蒼といった女子たちが近づいてくる。玲子は2人を小さくなだめながら、笑って答えた。

「当たり前じゃない、私が死ぬわけないじゃん?」

「さっすが玲子、かっこいい!」

 蒼が玲子をおだてる。玲子もまんざらでもなさそうに笑った。

 数馬は、竜雄とその背中を見ていた。

「ったく、結構怪しかったくせになぁ?」

「数馬、そう言うのは無粋ってやつだよ」

 数馬が笑って言うと、竜雄も笑って言う。数馬は笑いながらふと辺りを見る。集団の輪から離れたところで、佐ノ介が小さく笑っている。その隣には、マリの姿もあった。

「…そうだな、上手くいって何よりだ」

「本当にな」

 数馬が言うと、それに同意するように泰平が歩いてくる。数馬と竜雄はそちらの方を向いた。

「お、泰さん。無事で良かったぜ」

「俺は今日も死に損ねちまったよ」

「是非明日以降も死に損ねてくれ、竜雄」

 竜雄の言葉に、泰平はニンマリした様子で返す。そのまま泰平は右手を上げる。ハイタッチだと思った数馬は右手でその手を打とうとした。

「うぇーい」

「ひょい」

 泰平は自分で効果音を付けると、右手を下ろして数馬の手を避けた。そのまま泰平はニヤリと笑っていた。

「おぉい!」

 数馬が抗議の声を上げる。竜雄はそんな様子を見て思わず笑顔になっていた。

「にしても、今回はトッシーにだいぶ助けられたな」

 泰平が急にしみじみとしたトーンで声を発する。数馬は暁広の方を見る。

 確かに多くの子供たちが暁広の周りに集まり、男子は暁広を笑顔で軽く小突き、女子はそこから少し離れて暁広に何か言っている様子だった。

「さてGSSTの諸君!集合!」

 武田が声を張る。子供たちはその声に応えるように武田の前に走り出す。そして各班ごとの4列に並ぶ。

「…うむ。素早い整列、本当に素晴らしい。今日はみんな本当にご苦労だった。各自手当てが必要な者は手当てを受け、後はゆっくりと休んでくれ。さぁ、中に入りたまえ」

 武田は子供たちにも労いの言葉をかける。子供たちはそのままビルの中に入っていった。


1階 17:00

「いやあ、ホント、家に温泉あったらって考えたことあるけど、ホントに極楽だね!」

 温泉に浸かりながらそう声を発したのは茜だった。

 ここは女子専用の温泉だった。手当てを終えた女子全員が、今ここでお湯に浸り、のびのびとリラックスしていた。

「にしても、なんで温泉まであるんだろうね、ここ」

「元々ホテルだったって言ってたから、その設備なんじゃないかしら」

 玲子の疑問に、心音が答える。玲子も納得した様子で声を上げた。

「温泉の効能で、傷の治りが早くなるって言ってたけど、本当なの?」

「血行改善で代謝が上がるのよ、実際は」

「あ、それ聞いたことあるかも!」

 良子の疑問に、理沙が答えると、蒼も食いついてくる。

「こんな時まで真面目な話してるね、理沙たち」

「いや、あれ、ある意味趣味トークじゃない?」

 理沙たち3人の話題を聞きながら、めいと桃が話す。2人には理沙たち3人のトークの内容はよくわからなかった。

 桃の向かいにいた美咲は、隣に座っている桜を見ていた。

「な〜に〜美咲〜?恥ずかしいから、あんまり見ないで〜」

「桜って、髪下ろしてる方が綺麗ね。香織にも負けてないと思うよ」

「え?逆に私、桜に勝ってたの?」

「火種を撒くのはやめなさいよ、美咲」

 美咲の隣に座るさえが、呆れたように言う。美咲は少し笑うと、笑顔そのまま言葉を発した。

「じゃあもっと撒いちゃお。明美!今日のスクープ!教えてちょうだい!」

 美咲が大きな声で言うと、明美は軽く返事をしてから思い出し始める。

「今日は何をすっぱ抜かれるのかしらね、私の被害妄想の中身とかバレちゃってこいつキンモー!とかやられたらどうしよう」

「あ、はい!黒田!スクープ行きます!」

 明美の隣で不安を並べる良子をよそに、明美は右手を高く挙げて声を張った。

「茜がぁ!!」

 明美がひとこと言うと、周囲の女子たちの声が上がる。一方の茜は慌てて明美の元まで泳ぎ始めた。

「ちょっと明美!!」

「トッシーにぃ!!」

「トッシーにぃ??」

 女子の声のボリュームが上がっていく。茜が明美の元まで泳ぎ着いたが、すでに遅かった。

「告白されてましたー!!」

「きゃー!!」

 茜は明美の首を軽く絞めて温泉に沈める。だがすでに明美の情報は全体に広まっていた。

「おめでとうー!!」

「ほら明美死んじゃうから手を離して」

 女子の多くから歓声が上がる。近くにいた蒼が茜にそう言って、明美の首から茜の手を外す。茜は抵抗もせず顔を隠した。

「もう…もう…!」

 茜が恥ずかしそうに声を漏らし、水を拳で何度も叩く。

 もはや精神的に悶死している茜に、美咲が追い打ちをかける。

「茜はなんて返事したのー?」

「聞きたーい!!」

 女子の大半が美咲に乗っかって煽っていく。茜は、しどろもどろになりながらどうにか答え始めた。

「それは…その…まだ…お返事、できてなくて…」

「じゃあどう返事するつもりなのー?」

 美咲はここぞとばかりに押していく。いつも快活で明るく爽やかな茜の姿はなく、顔を赤くして弱々しく声を発していた。

「う…う…受け…つもり…です…」

「聞こえなーい??」

 茜の言葉に対して美咲は煽っていく。茜はヤケになって大きな声で叫んだ。

「受けるつもりです!!」

「うぇーい!!!」

 茜の言葉に、女子のほとんどからの歓声が上がり、全員からの拍手が浴場に響いた。

「おめでとうー!」

「前々からトッシーは茜のこと好きだったっぽいからね!ほんとおめでとう!」

「トッシーの隣、似合ってるよー!」

 心音、蒼、めいが次々と茜を煽っていく。茜は照れ臭そうに笑いながら顔を隠し、そのままお湯に沈んでいった。

「あ、ターミネーターのモノマネ?」

「そういえばトッシーもターミネーター好きって言ってたような気がする」

 良子が茜を茶化すと、明美も追い打ちをかける。茜はお湯から顔を出して言葉を返した。

「うるさいうるさい!なんでもトッシーに繋げんなぁ!」

「そうよアンタら、うるさいよ」

 このうるささの原因の美咲が場を収める。そのまま美咲は話し始めた。

「こういうときは、ちゃんとアドバイスしてあげるっていうのが大事なの。わかる?」

「確かに」

「ということで、ウチらの元祖カップル、香織大先輩から関係を長続きさせるためのアドバイス、どうぞ!」

「えぇっ!?」

 美咲の無茶ぶりに、思わず香織も動揺する。さえは少し呆れた様子で美咲をたしなめた。

「こら、美咲、調子乗らない。香織も、なければないって言っていいのよ?」

「いや…ある…」

「え?」

 香織は視線で宙を泳ぎながら言葉を紡いだ。

「…定期的に…好き、って…言い合うことじゃないかな…」

 思わぬピュアな答えに、女子は全員沈黙する。そしてしばらく間を置くと一斉に女子の大半で香織を取り囲んだ。

「香織〜、2人っきりの時はそうやってイチャイチャしてるの〜?」

「本気で言ってるの?そのアドバイス?」

「ちょっと詳しく」

 桜、理沙、そして恋愛に一切興味のなさそうな桃すらも香織に迫る。香織は恥ずかしそうにしながらひとつひとつに答え始めた。

 そんな女子たちの喧騒をよそに、お湯から上がる水音がふたつ響いた。

「あれ、玲子とマリ、上がるの?」

 気がついた美咲はお湯から出た2人に尋ねる。返事に窮した玲子に助け船を出すようにマリが答えた。

「ちょっと、のぼせちゃったから、先上がらせてもらうね。ね、玲子ちゃん」

「ん?あぁ…私も」

「そう。じゃあまた後でね」

 美咲は玲子とマリを見送ると、香織をいじるのに戻る。玲子とマリは2人で脱衣所に上がると、それぞれ自分の服を畳んである場所に歩いた。


「…はぁ…」

 ひと通り服を着終えると、玲子は思わずため息をこぼした。マリの視線を感じると、玲子はすぐに謝った。

「…ごめん、ため息なんて吐いちゃって」

「ううん、全然大丈夫。気にしなくていいから」

 マリの優しさが却って玲子に少しこたえた。玲子は力無く笑うと、歩き始める。マリもその隣をゆっくりと歩き始めた。

 廊下には誰もおらず、玲子とマリだけだった。

「ねぇ、マリ」

「…なに、玲子ちゃん」

「…キツいわ…」

 玲子の声は震えていた。いつも凛々しく、力強い玲子からは考えられないような、悲しそうな声。

 マリは隣にいる玲子の横顔を見上げる。涙をグッと堪えるために、奥歯を食いしばっているのがよくわかった。

「…大切な人を取られたんだもん…それはキツいよ…キツいよ…」

 マリもそう言って共感する。


「う…ゔぇええええん!!」

 泣き出した。

 マリが。

「え!?」

 玲子も思わず驚きで振り向き、涙も引っ込んだ。

「辛いよぉ!玲子ちゃん!…わだぢだっで、わだぢだっで、好きな人取られたら…!そう考えたら…!ゔぇええええん!!!」

「なんでアンタが泣くのよ!?泣きたいのは私だよ!」

「びぇぇぇぇぇええん!!」

「あぁもう!泣き止んでよ!」

「ゔぁのぐぅううん!!!」

「何言ってるかわかんないよ…もう」

 玲子はマリの様子を見ながら軽く背中を叩いたりさすったりしてマリを落ち着かせる。このまま見つかるのは非常に望ましくないので玲子はマリを連れて誰もいないところで慰め始めた。

「ほら、ティッシュ、ちょっと高いやつ。これで鼻かんで、さっさと泣き止んで」

 玲子はその場に都合よく置いてあったティッシュの箱をマリに差し出す。

「あでぃがどゔ…」

 マリはまだ涙で詰まった鼻声だった。それでもひと言礼を言ってティッシュを取り、一気に鼻をかんだ。

 徐々に元に戻っていくマリを見て、玲子は思わず小さく笑った。

「なんか、マリの泣きっぷり見てたら、色々バカらしくなってきた。涙も引っ込んじゃったよ」

 玲子はそう言ってマリに笑いかける。マリも、鼻をかみ終えて顔を上げると、それに応えるように笑った。

「だって、玲子ちゃんの分も泣いておいたもん」

 マリの思わぬひと言に、玲子は言葉に詰まる。同時に、自分にはマリがしたような気遣いはできないだろうと思った。

「…ったく、もう」

 玲子はマリの首に腕を回し、軽く締め上げる。

「ちょ!?」

「降参だよ!マリには!」

「言動一致してないよぉ!」

 玲子の言葉にマリも返す。玲子はそれに笑うと、マリの耳元で囁いた。

「…ありがとう」

「…どういたしまして」

 2人は穏やかに笑う。そのまま2人は声を出して笑い始めた。

「そう!私にはトッシーがいなくても、マリがいる!」

「え、あ、あの玲子ちゃん、私、その…ごめんなさい」

「えぇっ!?」



19:00 食堂

 子供たちは明るい表情で食堂に集まっていた。

「こんばんは、諸君」

 それにつられたのか、子供たちの前で声を張る武田も心なしか明るい様子だった。

「今日はよく頑張ってくれた。好きなように食べてくれ。また、君たちには明日から3連休を与える。腹いっぱい食べて、英気を養ってくれ。私からは以上だ」

 武田がそう言って後ろに下がると、代わりに食事班長の小牧が前に出てきた。

「食事班長の小牧です!みなさん無事で何よりです!心ゆくまで、たっぷり食べてください!以上!召し上がれ!」

 小牧が太い声で言うと、子供たちは一斉に「いただきます!!」と言葉を返し、各自お盆をとってバイキング形式の料理を取り始めた。

「おい!今日ケーキあるぞ!」

「チーズケーキだぜぇ!こりゃあ後で全員でジャンケンだな!」

 遼が声を上げ、広志も便乗して言う。男女問わずチーズケーキを狙う人間たちの声がした。

「わかってねぇな、結局1番美味いのは米なんだよ」

「そうそう、日本人の心の故郷。やっぱ白いご飯をたらふく食うのが1番幸せなんだよなぁ」

 チーズケーキに浮かれる子供達をよそに、真次と竜雄はせっせと自分のお椀に白米を山盛りにしていく。

「食い物なんてなんでもいいだろ」

「人それぞれってやつじゃね」

 並んでいるメニューに一喜一憂する子供達を鼻で笑う圭輝を、その隣の浩助がたしなめる。2人は最後のおかずコーナーで思い思いの料理を取ってお盆に載せた。

 そのまま2人は列を離れると、空いてる席を探す。見ると、暁広が座っており、その隣が空いていた。

「おい、あそこにしよーぜ」

「いや、あっちにしよう」

 圭輝が暁広の隣に行こうとするが、浩助は違う空いてる席を指差す。

「あっそ」

 圭輝は浩助の言葉を無視して暁広の隣の席に直行する。浩助は少し頭を抱えると、渋々圭輝についていった。

「よ、トッシー。この席空いてるよな」

「ん?あぁ、もちろん」

 圭輝は暁広の返事も待たずに暁広の隣に座る。浩助も圭輝とは逆側の暁広の隣に座った。

 浩助は小さくいただきますと言ってから食べ始め、圭輝はそのまま食べ始める。

「今日は2人とも、ご苦労だった」

 暁広はゆっくりパンをかじりながら2人に話し始めた。

「お前たち2人には特にキツいことをやらせがちだよな。本当に悪いと思ってる」

「ホント、ウチのリーダー様は人遣いが荒いもんな」

 暁広が謝ったと同時に、圭輝が言う。すぐに浩助はフォローを入れた。

「まぁ、それだけ俺たちのことを信頼してくれてるってことなんだろ?」

「そうだな。なんかズルいけど、それが本音だ」

「だったらしょーがねーな」

 3人は静かに笑い合う。そんな3人の正面に、心音と茜がやってきた。

「あー、座ってもいい?」

 茜がどこか気まずそうに尋ねる。心音はそれをくすくすと笑いながら眺めていた。

「あ、あぁ、もちろん。どうぞ」

 暁広が気まずそうに微笑みを作りながら茜に言葉を返す。茜は少しかしこまった様子で食事を机に置いて席に着く。心音も浩助の前に座った。

「今日はみんなありがとうね。みんなのおかげで、私も、美咲たちも無事にここまで帰ってこれた。本当にありがとう」

 茜は暁広たちに笑いかける。暁広も静かに笑って言葉を返した。

「俺たちとしても、茜たちが無事で本当によかった」

 暁広の笑顔に、茜も少し恥ずかしそうに笑う。圭輝は鼻で笑ってパンを食べていたが、浩助は気まずそうにスープをすすっていた。

 茜は浩助と圭輝が見ていない間に、そっと暁広のところに紙ナプキンを滑らせる。

(?)

 暁広は何も言わず、音も立てずにそれを受け取る。

(後で部屋に来て!)

 白い紙ナプキンの上に、黒い細字で書かれた端正な字。暁広は思わず声を上げそうになったが、それをグッとこらえて茜の方を見る。茜は恥ずかしそうに顔を赤くしながら黙ってスープを飲み干していた。



「乾杯」

 子供たちが食事をしている中、武田たち大人は別室で宴会を開いていた。

 武田がまず注がれた分の日本酒を一息に飲み干す。少し遅れて他の4人も自分のグラスの酒を一息に飲み干した。

「武田さん」

「いや、大丈夫、自分で注ぐよ」

 武田の隣に座る佐藤が武田に酒を注ごうとするが、武田はその手を止めた。武田は穏やかな表情で日本酒の瓶を取ると、自分のグラスに注ぎ始めた。

「今日は本当に、みんなご苦労だった。今日は好きなだけ飲んでくれ」

「ではありがたく」

 幸長はそう言って自分のグラスに酒を並々と注ぐ。そんな幸長の隣で、翁長が小さくなって謝っていた。

「にしても、私が不甲斐ないばかりに皆様を巻き込んで本当に申し訳ない限りです」

 翁長はそう言って真っ白な頭を抱える。すぐに武田がフォローを入れた。

「船広が相手だったんだ。予想外のことはいくらでもあるさ」

「えぇ…本当に予想外の連続でした…誰1人こちら側に死者が出なかったのが奇跡みたいです」

 望月もしみじみと語る。それに対して幸長が言葉を挟んだ。

「奇跡じゃないさ。子供たちが自分で考え、自分で動き、自分で努力した結果さ」

「そうね。逆に私なんかは子供たちに助けられちゃったわ」

 佐藤も、短くなった自分の髪を見ながら呟く。しみじみとした様子で幸長は言葉を漏らした。

「…みんな本当に逞しくなった」

 幸長が言うと、周囲の人間は全員頷く。

「ここまで彼らが生き延びられたのも君たちのおかげだ。誇ってくれ」

 武田が言うと、武田以外の4人は無言でグラスを高く掲げた。

「ところで、どうだ、幸長、リーダーは決められそうか?」

 武田は幸長に尋ねる。不思議に思った望月が幸長に尋ねる。

「リーダー?幸長さん、どういうことです?」

「GSST全体の現場指揮官を、子供たちの中から1人選ぼうかという話を前々から武田さんとしてたんだ」

「1人全体を見渡してくれる子供がいてくれると、こちらとしてもありがたいからな。それで決めたのか?」

「今回の事件の報告書を見て決めたいと思います」

 幸長が答えると、武田は頷いた。

「急いではいない。みんな休養は取りたいだろう、報告書もゆっくり休んでからでいいからな」

「ありがとうございます。まぁ、おそらく、彼になるんじゃないかと思っているんですがね」

 幸長は武田の質問に答える。武田は首を傾げた。

「彼?」



 子供たちの夕食は終わり、それぞれが自分の部屋に戻っていった。

 月は高く昇り、子供たちの部屋のある2階や3階には白い光が差していた。廊下に出れば、子供たちの寝息も聞こえてくる。普段は夜更かしをしている彼らでも、必死に逃げ回った今日は疲労でよく眠っている。

 暁広は扉越しに聞こえてくる女子たちの寝息を聞き流しながら、電気の消えた暗い廊下で茜の部屋を探していた。

「ここか…」

 暁広は茜の部屋の前にやってくる。

 胸が高鳴る。何を言われるのか。

 頭の中ではなんとなくわかっていた。だが期待しすぎないように自分の気を引き締める。

「…ふぅ〜」

 暁広はあまり大きな音が鳴らないように扉をノックした。

「…暁広です」

 暁広は名乗ると、息を飲んで真っ直ぐ立ち尽くす。

 わずかな沈黙の後、扉がわずかに開く。その隙間から、茜の瞳がこちらを覗いているのが見えた。

 茜はそのまま暁広を手招きする。周囲を見回して誰もいないことを確認してから、暁広は茜に招かれるようにして部屋に入った。

 茜の部屋は若干服が散らかっている以外は基本的に整理されている部屋だった。電気はついていなかったが、窓から差し込む月明かりは部屋を十分に明るく照らしていた。

「椅子とかないから、床に座ってもらう感じでもいい?」

「OK」

 茜に言われると、暁広はフローリングの上にあぐらをかく。茜はパジャマの襟を少し直してから暁広の前に正座した。

 月明かりの青白い光は、2人の横顔を照らしていた。

 茜が大きく息を吸う。そして顔を上げると、ゆっくりと話し始めた。

「…誘拐されたとき、本当に怖かった。もう二度と、みんなに会えないかもって本気で思ったんだ」

 茜の言葉を、暁広は黙って聞く。茜は月を見上げながらそのまま言葉を繋いだ。

「…その時ね、一番最初に思い浮かんだのがね、トッシーの顔だったの」

「俺?」

 暁広が尋ね返すと、茜はうなずいた。

「…そう。美咲でも、心音でも、明美でも、香織でもなく、トッシーに会えなくなるのが嫌だったの」

 暁広は息を飲んだ。

 茜は真っ直ぐ暁広を見つめた。

「トッシー、私もあなたが好き」

 茜はそう言うと、そのまま堰を切ったように思いを述べ始めた。

「あの事件が起きる前から、ずっと好きだった。でも、あの事件が起きて、トッシーと一緒にいる時間が増えて、もっともっと好きになってた。母さんも父さんも、妹も、大切な人たちはみんな殺されちゃったけど、トッシーだけは私のそばにいてくれて、いつも励ましてくれた。こんな私だけど、これからもずっとあなたの隣にいたい…!」

 月明かりはわずかに浮かぶ茜の涙を輝かせた。

「…ごめん、なんかもう、自分でも何言ってるんだか…」

 茜はそう言って照れ隠しに笑って顔を背ける。


 そんな茜を、暁広は抱き締めた。

「…俺のそばにいてくれ、茜」

 暁広の優しい声が茜を包んだ。

「…うん!」

 茜も暁広を抱きしめ返す。

 2人を照らす満月は、綺麗だった。


船広事件から約2ヶ月後 4月4日 午前8:00

 訓練場に集まり、整列する子供たちの前に、武田は立った。

「諸君、おはよう」

 武田は子供たちの姿をひと通り見回す。そして、少しニヤリと笑ってから小さく言葉を発した。

「制服がよく似合っているぞ、諸君」

 武田の言葉に、子供たちは自分の身につけている制服を見下ろす。男子は黒地に金のボタンの学ラン、女子は紺のブレザーを身につけていた。

「君たちは今日から中学生だ。おめでとう。期待も不安もあるだろうが、それは至って普通の感情であり、しかしいつかは宝物になる感情だ。その感情と共に過ごす一瞬一瞬を、どうか大切にしてほしい。私からの挨拶は以上だ」

 武田の声はどこか優しかった。子供たちは静かにその言葉を受け止める。武田が一礼すると、武田の横から幸長が歩いてきた。

「続けて、任命式をおこなう」

 幸長の言葉に、一部の子供たちがざわつく。

「任命式?」

「なにそれ?」

 子供たちの疑問に答えるように、武田が解説を始めた。

「君たちは現状、4つの班に分かれて行動している。それらをまとめて指揮するリーダーをこれから任命する」

「魅神暁広、前へ」

 幸長の声が響く。驚いた暁広は固まっていたが、すぐ後ろにいた茜が背中を押す。暁広は茜と少し笑い合ってから、子供たち全員の前に出て、武田、幸長の2人と向かい合った。

「魅神くん、君たちは今まで4つの戦場を潜り抜けてきた。湘堂、屯山、毎朝新聞社、そして先日の朱雀川」

「この全てで、君の指揮官としての活躍は目覚ましかったと聞いている。よって、君をGSSTのリーダーとして任命したい」

 武田と幸長が言う。暁広は少し戸惑いながら尋ねる。

「リーダーって、何をするんですか?」

「今まで通りだ。現場でみんなに指示を出す。ただその指示を出す相手がB班だけでなく、ここにいる君以外の27人に全員になるだけだ」

 幸長が軽く言う。暁広は一度子供たち全員の方を向いた。

「みんなは、俺でいいのかな?」

 暁広の質問に、子供たちは拍手で答える。

 暁広はそれにうなずくと、武田と幸長の方へ振り向いた。

「やります」

「ありがとう」

 武田は暁広に礼を言う。そのまま幸長が笑って暁広に無茶振りをした。

「それではリーダーとして全員に何かスピーチを」

「えぇ!?」

 暁広は一瞬うつむいて考える。そのままよく考えがまとまらないまま話し始めた。

「あー…リーダーになった、魅神暁広です。…俺たちは、なんとかあの街を生き延びて、今日ここまで生きてきた。最近、よくその意味を考えるんだ」

 暁広の脳内で、だんだんと言葉がまとまってきた。

「きっと、俺たちみたいな人間をこれ以上生まないこと。それが俺たちがやるべき『正義』なんだろうなって思うんだ。事件が起きれば、俺たちが誰よりも早くそこに行って戦い、みんなが安全に生きられるようにする。それがきっと、俺たちが戦う意味なんだって思うようになった」

 暁広は目の前の全員を見回す。そして、自分の恋人である茜と目を合わせ、うなずくと、改めて前を向いた。

「みんなで俺たちのやるべき『正義』をなそう。だから、これからも改めてよろしく」

 暁広が言うと、拍手が飛び交う。武田と幸長も拍手を送っていた。

「いやぁ、魅神くん。見事な演説だった。ありがとう」

 武田が暁広を褒めると、暁広は自分の列へ戻っていった。

「さて、午後からは君たちの入学式だ!遅刻などはするんじゃないぞ」

 武田が声を張る。子供たちもそれに対抗するように、大きな声で返事をした。

「解散!」

 幸長が言う。子供たちは散り散りになって歩いて行った。



同日 14:00 灯島中学校

 青空に満開の桜が咲き誇っていた。

 その下に、まだまだ制服に着られているような姿の子供たちが集まっていた。

 何組だった?といった声や、何部入る?というような言葉が飛び交う。その人混みの中には、GSSTのメンバーたちも当然いた。

「トッシー!」

 人混みの中、茜の声がする。暁広はそちらの方に振り向くと、茜と話し始めた。

「茜!」

「同じクラスだね!私たち!」

「あぁ、そうだね!同じ2組どうし、よろしく!他誰がいたっけ?」

 暁広と茜は人混みから少し離れてクラス名簿を見る。

「えっと…2組は…圭輝と、心音と…浩助がいるね」

「楽しいクラスになりそうだ!」

 茜が読み上げたメンバーを考え、暁広は嬉しそうに声を上げる。茜も、思わず笑みをこぼしていた。

 そこからかなり離れたところでは、数馬と佐ノ介と泰平がクラス名簿を確認していた。

「っと?俺たちは1組か」

「遠藤さんに、泰さん、竜雄、数馬に俺か。まぁなんとも都合のいい連中が揃ったもんだ」

 佐ノ介が名簿を見ながら笑い飛ばす。泰平も静かにうなずいていた。

「うるさい女子がいないだけでどんなに心安らぐことか…」

「泰さん、間違っても本人たちの前では言うなよ」

「言われずとも」

 数馬と泰平は短く言葉を交わす。

 3人はそのまま人混みの中をかき分けるようにして自分たちの教室へ歩き出した。

 

 彼らの新しい学校生活は、今ここに始まったばかりだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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