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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
1.少年たち
16/65

15.突破

残酷な描写が含まれています

苦手な方はご注意ください

暁広たちが敵を倒していた頃


 数馬、竜雄、玲子、桃の4人は爆破されて倒壊した建物を目の前にして周囲を見回していた。

「あちゃー、こりゃ北口行くの無理じゃねぇの?」

 数馬がそうぼやく中、竜雄は必死にスマホで地図を検索していた。

「あっち側に行けば幸長さんのいるところに出られるみたいだな」

「少し遠回りになるわね」

「仕方ないわ、行きましょう」

 竜雄が自分たちの背中側の道を指差す。桃と玲子がその場で判断を下し、数馬と竜雄は少し肩をすくめながらそれについていった。


 竜雄の道案内に従いながら、4人は軽く足早に歩く。先ほどから背中から聞こえる爆発や銃声に向かうようにして消防、警察などの車両が走っていく。一般の通行人はそちらに気を取られて数馬たちには意識がいっていないようだった。

「この道抜ければ幸長さんのところに出られるよ」

「おっし、一気に駆け抜けちま…」

 数馬が竜雄の道案内に対して答えたその瞬間だった。

 鈍い銃声が甲高い音を立てて街に響き始めた。同時に、罪のない人々がその銃弾に倒れていく声も、悲鳴も響き始める。

 すぐさま4人は床に伏せて周囲を見渡した。銃声は左側から来ている。そして運良くすぐ右側には路地が伸びている。

「右!」

 数馬はそう言って姿勢を低くしながらその路地に転がり込むようにして路地に隠れる。遅れて玲子、竜雄、桃の順で路地の壁に張り付いた。


 すぐに数馬が様子を見ると、無数の武装した敵が先ほどまで走っていたあたりに蔓延っているのが見えた。まだ数馬たちは気付かれていないが、時間の問題だろう。

「さて、まずいことになったな」

 とりあえず見つからないために路地の奥に歩きながら数馬が呟く。

 そうしているうちに路地の行き止まりにたどり着いた。建物の窓が見えるだけで通路らしい通路もない。

「M500さえあれば…蹴散らしてやるのに」

「数多いぞ?結構厳しいんじゃねぇかな…」

 玲子の言葉に竜雄が小さく返す。数馬も銃の弾数を数えて考えた。

「とはいえ他に道があるかねぇ?位置も悪いし、何よりここで俺らが動けないでいると幸長さんが見つかって殺されかねない。やっぱやるか?」

「それはやめとこうぜ、数馬。勝ち目ねぇよ」

 竜雄が引き止めると、数馬も考えを改める。拳銃(M92F)を脇のホルスターにしまうと、アゴに手を当てて考える仕草を始めた。

「ある」

 突如として桃が声を発した。玲子は驚いたように桃を見た。

「何が?」

「道」

「どこに?」

 桃は玲子の質問に対して自分の正面を指差す。玲子が振り向き、数馬と竜雄がそちらを見ると、そこには謎の白い扉があった。

 数馬がさっそく拳銃を片手に持ちながらドアノブに手をかける。

 だが鍵がかかっているようだった。

「開いてねぇな」

「玲子、ヘアピン貸して」

 数馬の言葉を聞くと、桃はすぐに玲子に声をかける。玲子もそれにうなずいて前髪を留めているヘアピンを外し、桃に手渡す。桃も自分のポニーテールを支えているヘアピンを抜くと、扉の前にしゃがみ込んだ。

「もしかして?」

 数馬が煽るように呟く。それに答えるように桃は鍵穴にヘアピンふたつを突っ込んだ。

「鍵開けだ」

 竜雄が驚いたように呟く。桃はそれを聞き流しながら黙々と鍵穴と格闘する。

「ホントどこで身につけたんだか…」

「色々あってね」

 玲子の呟きに桃は短く答える。そうしているうちに、ヘアピンふたつは鍵穴を時計回りに回転させた。

「開いた」

 桃が言うと、数馬は玲子にリボルバー拳銃、M686を投げ渡す。玲子がそれを構えると、桃が扉から離れる。竜雄も拳銃を構えているのを確認すると、数馬は扉の前にしゃがみ込んだ。

 全員目配せでタイミングを確認すると、数馬は扉をゆっくり背中で押し開ける。


 中の様子を見る。正面に細い通路が伸び、突き当たりには右にだけ曲がれる通路がある。電気はついているが誰もいない。

「クリア」

 数馬が言うと、後ろで控えていた竜雄たち3人も建物の中に入った。

「なにここ?普通の建物じゃなさそうね」

 玲子が自分たちのいる何もない通路を見回して呟く。最後に入った桃が静かに扉を閉めると、数馬はゆっくりとしゃがみながら前に進み出す。竜雄と玲子も数馬の背後をカバーしながら数馬を先頭に曲がり角まで歩いた。

 数馬が壁に張り付きながら曲がった先の様子を窺う。

 人はやはりいない。その代わり、通路の突き当たりには扉があった。

 同時に、扉の向こうから銃声が聞こえてくる。嫌なことに悲鳴も遅れて聞こえてきた。

「ったく、どこもかしこもこれか」

 数馬がボヤく。玲子は弾数を確認しながらそれに答えるように言葉を発した。

「仕方ないわね。調べましょう」

「開ける」

 桃が扉に駆け寄る。鍵がかかっているのを確認すると、再びヘアピンを鍵穴に差し込む。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「なんだっていい。敵なら倒すだけ」

 数馬と玲子が呟きながら銃を構える。竜雄も固唾を飲んでから拳銃を構えた。

「開いた」

 桃がそう言って扉から離れる。すぐに数馬が扉に駆け寄り、しゃがみこみながら扉に張り付く。

 玲子や竜雄とアイコンタクトを取ると、数馬はゆっくりと扉を開けた。


「金は全て持ち出せ」

 泰山は率いている20人の部下たちの内5人に指示を出す。今彼らが強盗を働いている銀行の受付は1人金庫を開けるために生かした以外は皆殺しにした。後は金庫の金を奪って逃走するだけである。

 受付のカウンターを越えて10m程の通路、もとい銀行職員たちのデスクが並ぶのを歩いて左側にある部屋が金庫室である。泰山は受付カウンターの入口側に立って外を警戒しながら誰かと通信していた。

「…はい、こちらは順調です。…はい、手筈通りに」

 泰山が通信を切る。

 金庫室の方から悲鳴が聞こえたのはその時だった。

 泰山は振り向きながら周囲の部下5人と共にカウンターに張り付く。そのまま泰山は金庫室に通信を発した。

「金庫室、応答しろ」


 一方の金庫室の方では、数馬たちがひと仕事終えた様子で周囲を警戒していた。

「まさか扉開けた直後に敵がいるなんてな…」

「この銃、反動が足りないわね」

「借りもんに文句垂れんなや」

 竜雄は少し安堵し、玲子と数馬はそれぞれ銃をリロードしながら軽口を叩き合う。その間に桃は敵の死体からサブマシンガン(MP5A2)を拾うと、床に伏せている銀行職員の女性を見ながら他のメンバーに尋ねた。

「あの人どうする?」

 桃の質問に、数馬がすぐに機転を利かせると低い声を作って銀行職員の女性に言い聞かせた。

「警察です。後ほど我々の応援が来ますので、それまでここで伏せていてください。銃声が聞こえているうちは絶対に頭を上げないでください、いいですね?」

「は、はい!」

 銀行職員の女性は床に伏せて頭を抱えながら返事をする。数馬たちの顔は見ていない。よって数馬たちの正体がバレることはなさそうだった。

「金庫室、応答しろ」

 敵の死体から、泰山の声がした。通信機を通じて泰山が何か言っている。同時に、子供たちには壁越しでも泰山の声が聞こえていた。

「数馬、さっきの低い声で誤魔化せない?」

「いや、多分この距離は銃声が聞こえてる」

 玲子の提案に数馬は首を横に振る。

 それを証明するように壁越しながら足音が聞こえ始めた。どんどんこちらに寄ってきている。

「どうする?」

「やるっきゃねぇな」

 竜雄の質問に対して数馬は呟く。敵の死体からサブマシンガンを奪うと、拳銃を脇のホルスターにしまう。竜雄と玲子も何かを察して死体からサブマシンガンを奪った。

「何?何する気?」

 桃だけは数馬たちの意図が汲み取れず尋ねる。数馬はサブマシンガンの調子を見ると、ニヤリと笑って答えた。

「正面突破」


 泰山は数馬たちの考えなど知らず、ハンドサインで部下たちに指示を出す。

(カウンターを越えて偵察してこい)

 泰山の指示を受けた部下5人ほどがカウンターを乗り越えて銃を構えながら金庫室の方へ歩いて行く。泰山たちもカウンターから銃を構えて様子を窺う。

 派遣した部下たちが金庫室の入り口まであと数歩という距離になった時だった。

「突っ込めぇっ!」

 数馬の号令と共に金庫室から子供たちが飛び出してくる。不意を突かれた泰山の部下たち5人はあっという間にその場に倒れた。

「撃ち殺せ!」

 泰山が近くの仲間たちに指示を出す。しかし、子供たちはすぐにデスクにしゃがんで隠れると銃弾を凌ぐ。

 デスクに隠れて状況を見ながら数馬は敵にも聞こえるように大きな声で叫んだ。

「いよし!手榴弾行くぞ!」

 数馬の声は泰山にもはっきり聞こえた。

「グレネードを投げさせるな!撃ち続けろ!」

 泰山が号令すると、数馬たちが隠れているデスクへの銃撃がさらに激しくなる。それに対して玲子と桃が時折撃ち返す形を取っていた。

 ほんの数秒、数馬たちが耐えていると、徐々に泰山たちの銃撃が弱まってきていた。

 数馬は他の3人と目配せすると、中腰になって腕を振るった。

「そおら!」

 数馬の気合いと同時に、黒い物体が泰山たちの隠れるカウンターの陰へ飛んでくる。

「総員退避!」

 泰山は叫ぶ。自分も含めて部下たち全員はカウンターの陰から立ち上がって逃げる。

 それが泰山たちにとっては最悪だった。

「もらったあ!」

 数馬の声がすぐ間近に聞こえた。

 泰山が振り向くと、カウンターからあと5歩程度の距離まで数馬たちは走ってきていた。それに対して泰山の部下たちはほとんどまだ逃げ切れていない。

 子供たちのサブマシンガンが火を吹き、銃声を轟かせた。

 泰山の部下たちは次々と倒れていく。

「しまった…うぉっ…!」

 泰山自身も竜雄の銃撃を食らった。その衝撃に耐えきれず、彼はその場に倒れた。


 子供たちは周囲を警戒する。


 カウンターを乗り越えて辺りを見渡すと、自分たちが倒した死体だけがそこにあった。


「全滅…ね」

 玲子が呟く。数馬もうなずくと、サブマシンガンのマガジンを捨て、ボルトを引いて弾を排莢してから銃を投げ捨てた。

「すげぇや。こんな上手くいくなんて」

 竜雄が周囲を見渡して言う。桃が感心した様子で状況を語った。

「手榴弾と見せかけて空のマガジンを投げつけ、その隙に前進。接近戦で怯んだ相手を全滅させる…とんでもない賭けね。相手が逃げなかったら通用しなかった」

「私たち以外ならできなかったでしょうね」

 桃の言葉に玲子が付け加える。数馬も肩をすくめて笑った。

「ホントにな。ありがとうよ、お三方」

 数馬が言うと、他の3人も小さく笑って答える。

「さて、とんずらしようぜ」

 数馬がそう言って歩き出す。玲子が数馬の隣を歩くと、桃と竜雄がその後ろを歩いた。


 出口の自動ドアの前に来ると、目標の駐車場が見えた。

「お、竜雄、あれ目的地じゃね?」

 数馬が振り向いて竜雄に尋ねる。竜雄はスマホを取り出して確認を始めた。

「そうだな。位置的にちょうど…」

「竜雄後ろ!」

 数馬が血相を変えて叫ぶ。竜雄が振り向いた時には既に遅かった。

 凄まじいパワーで竜雄は殴り飛ばされ、壁に背中を叩きつけられたのである。

「!」

 桃も事態に気づく。竜雄を殴り飛ばしたその男、泰山は拳を振り上げ桃に向けていた。当たれば首の細い桃では一撃で殺されてしまう。

 桃はどうすることもできず、咄嗟にしゃがみこむ。

「せいやっ!」

 裂帛の気合いは玲子のものだった。咄嗟に泰山の腕と桃の間に入ると、その拳を左腕で受け止める。だが体重差は覆せそうになく、すぐに玲子が後ろ足の膝を突いた。

「くっ…!」

「そりゃっ!」

 そのまま崩されそうになる玲子を見かねて、数馬が左脚の前蹴りを泰山の腹に叩き込む。怯んだ泰山は玲子から2歩下がった。

「ありがとう、数馬」

「それは倒してからだ!」

 数馬と玲子が身構える。泰山は息が荒れた状態で、焦点の定まらない目で2人を睨んでいた。

「殺してやる…殺してやる…!殴り殺してやる…!」

「桃!竜雄を頼む!」

「わかった!」

 数馬の指示を受けて桃が竜雄の下に走り出す。数馬と玲子は泰山の出方を窺っていた。

「いけるか、玲子」

「当然!」

 数馬と玲子はお互いに目も交わさずに言葉を交わす。


 それを切り裂くように泰山の気合の雄叫びが響いた。

「うぉりやぁあああ!!!」

 力任せの泰山の右ストレート。数馬の顔面を真っ直ぐ捉えており、体格差も相まって食らおうものなら一撃で殺されてしまうだろう。

 だが数馬は少し腰を落とし、じっと泰山の動きを見ていた。

 泰山の拳が数馬の顔面を殴りつけようとしたその瞬間だった。

 数馬が姿勢を低くしながら前に出る。泰山の拳を掠めるようにして数馬は泰山の懐に潜りこんだ。

「おりゃ!」

 それと同時に数馬は折り畳んだ自分の左肘を泰山の肋骨に叩き込んだ。そのまま数馬は泰山とすれ違う。

 泰山自身の勢いを利用した強烈な一撃を食らった泰山は、思わず大きく怯む。数馬はそこを逃さなかった。

 数馬はすぐに体を回転させると、右脚の回し蹴りを、泰山の左足に叩き込む。膝裏の肉の薄い部分を狙った鋭い蹴り。大男の泰山であっても思わず左膝をついた。

「玲子!」

 数馬が玲子の名前を呼ぶ。それに応えるように玲子の気合いが響いた。

「そぉおりゃっ!」

 足下を崩された泰山は顔の位置が下がっていた。そこを狙って、玲子も遠心力を思い切りつけた後ろ回し蹴りを放つ。

 泰山のアゴを斜めに切るように、玲子の蹴りが炸裂する。並の男ならこれだけで気絶しそうな一撃だった。

 泰山も思わず倒れそうになったが、右の拳を地面に叩きつけてその痛みで意識を保つ。

「…このガキが!」

 泰山は数馬と玲子への怒りで意識を取り戻しつつ、左の拳を大きく振り回しながら立ち上がる。

 殺意を感じ取った数馬と玲子は咄嗟にそこから飛び退いたが、玲子の足下に敵の死体があり、体勢を崩した。

(しまった…!)

 泰山はそこを見逃さなかった。つまずいて頭が下がった玲子の元に駆け寄り、右の拳を振り上げた。

 しかしすぐに数馬が横から玲子と泰山の間に割って入る。そのまま跳び上がりながら泰山のアゴを左右の足で2回蹴り上げた。

 思ったよりも強烈な2発の蹴りに、泰山も思わず怯んで2歩下がる。そこを逃す数馬ではなかった。

「チェストォオオオオ!!!!」

 数馬の裂帛の気合いと共に振るわれたのは、彼自身が持てる力を全て振り絞った渾身の右ストレート。

 数馬の右の拳が泰山の鼻っ柱に突き刺さる。


「ぐぅっ…!」


 だが体格で勝る泰山は数馬の右ストレートをそのまま跳ね返そうとする。


「…ぬぅうん!」


 それに対して、数馬は後ろ脚を伸ばして前に体重を乗せると、そのまま泰山の顔面を拳で打ち抜いた。


「ぅぐぁっ!」


 泰山の頭が揺れる。泰山は後ずさった。


「はぁっ…はぁっ…」


 数馬は全ての力を出し切って息を切らす。泰山は鼻から血を流し、下を向いていた。

「…この程度か…!」

「!」

 泰山の声がする。数馬は咄嗟に身構えたが、遅かった。

 泰山は右の拳を力任せに大きく振るっていた。右フックである。

「うぉっ!?」

 数馬はなんとか泰山の拳を受け止めるが、体重に押し切られ、次の瞬間には吹き飛んでいた。

 そのまま数馬は飛んでいき、カウンターに背中を叩きつけられた。

「ぐぅ…っ!」

 背中に走る激痛で数馬はうつ伏せになったまま動けない。そこに泰山がゆっくりと歩き寄ってきた。

「踏み潰してやる…!」

 泰山はそう言って足を振り上げる。数馬はどうにか立ちあがろうとしたが、やはり激痛が走り動けなかった。

「死ね…!」

 泰山がそう呟いたのとほとんど同時だった。


 銃声が響いた。


 人が倒れるような物音が遅れて聞こえてきた。


「…前言撤回。悪くないわね、この銃」

 次に数馬の耳に入ったのは、そうやって軽口を叩く玲子の声だった。

 数馬はすぐ横を見ると、泰山が倒れているのがわかった。目を開けたまま、こちらを恨むように数馬のことを睨んだまま動かなくなっていた。

 数馬の頭上に足音が聞こえてきたかと思うと、玲子が拳銃を持っていない方の左手を差し出す。

 数馬はその手を左手で掴むと、引き込むようにして力を入れて立ち上がった。

「…重」

「重村なんで」

 数馬は軽口を叩きながら玲子に肩を担がれる。玲子は数馬の軽口を軽く笑い飛ばした。

「これ、返しとく」

 玲子はそう言って数馬から借りていた拳銃を手渡す。数馬はそれを受け取り、腰のホルスターにそれを差した。

「おい、竜雄、どうだ?」

 数馬は玲子に肩を担がれながら竜雄に尋ねる。竜雄は桃に肩を担がれながら立っていた。

「あぁ…なんとかなったよ。桃の手当てが良かったから」

「軽傷だから大丈夫。後で理沙にも診てもらって」

「それじゃ、幸長さんのとこに行くか」

 数馬が言うと、4人はゆっくりとした足取りで歩き出す。

「本当に、お前らがいてくれて良かったよ」

 数馬が呟く。他の3人はニヤリと笑うだけで応えた。


 銀行の外に出ると、正面に目的地の駐車場が見える。周囲には敵がいたはずだが、なぜかそれらがいなくなっていた。

「敵がいないわね。銀行を囲んでたはずなのに」

「何か別の目的ができたのかもな」

 玲子の呟きに数馬が答える。その言葉にどことなく竜雄も不安そうな表情を見せた。


 5分も歩くと、駐車場の入り口にシルバーの4ドアのワゴン車が停まっていた。その隣には幸長と翁長が立っていた。

「おーい!幸長さーん!」

 数馬が声を張る。しかしすぐに背中に痛みが走って声を失った。

「こっちだ!みんな!」

「ご無事でよかった」

 幸長が子供たちを誘導するために声を出す。翁長はその隣で安堵のため息を吐いていた。

 子供たちはワゴン車に乗り込む。後方の座席にきつめに詰めて子供たち4人は座り、前方の席には運転席に幸長が座り、助手席に翁長が座った。

「幸長だ。翁長と子供たち4人を回収した。撤収する」

 幸長は通信機を通じて関係者全員に報告する。そのまま他のメンバーの返事を待たずにサイドブレーキを外し、車を走らせ出した。


「翁長さん、無事だったんですね」

 走る車の中で桃が尋ねる。翁長はバックミラーで桃の表情を確認しながら返事をした。

「えぇ…トラックで待機中に攻撃を受け、トラックを放棄せざるを得ず…どうにか敵と戦いながら幸長に拾ってもらったのです」

「君たちこそ大丈夫だったのか?男子2人は肩を担がれてたが…」

 幸長が子供たちに尋ねる。子供たちは少し目配せし合うと、軽く答えた。

「ま、このメンバーなら、余裕ですよ」

 玲子が言うと子供たちは静かに笑っていた。



同じ頃 朱雀川駅 北口ロータリー

 泰平率いるD班は、望月が運転してきたトラックの内部で待機していた。

「今幸長から連絡があったわ。子供4人を確保して今引き上げてるって」

 望月が運転席から後ろの荷台で待機している泰平たち7人に言う。少し安堵したメンバーもいる中、良子は望月に泣きつくように声を発する。

「私たちも早く引き上げましょうよぉ」

「当然ダメだ」

 泰平が横から口を挟む。

「まだ魅神率いる15人が合流していない。通信によればじきに来るはず、もう少し待とう」

「他の車じゃ15人も乗せられないしね」

 泰平の説得に、めいも付け加える。良子は渋々それを認めたようだった。



同時刻 少し離れたビルの屋上

 犬神は、自分の1番の愛犬である銀色の狼(正確には狼と犬のハーフ)の頭を撫でながらトレーラーを見下ろしていた。

「ギンー、見えるか?あれが私の次のターゲットだ」

 ギンは黙って撫でられていたが、急に立ち上がる。

「どうしたんだい?」

 犬神が尋ねると、ギンは吠えて答える。犬神はうなずいた。

「わかった。行っておいで」

 犬神はそう言ってギンの背中を見送る。犬神は反対側の人間たちの方を向いた。

「さて。我々の任務、みんなわかっていますね?」

 整列した50人の人間は、おう、と短く答えた。

「ならばよし。さぁ、出撃です!」

 犬神の指示を受けて彼の部下たちは走り出す。犬神は笑顔を絶やさぬままトレーラーを見下ろしていた。

「安易に通信などするから傍受されるんですよ。さて、死んでもらいましょう」




 トレーラーの内部、少し冷えている床に腰掛けながらD班のメンバーは雑談を交わしていた。しかし泰平だけは周囲を見回しながら誰とも話さず銃の整備をしていた。

「泰さん、誰とも話さないの?」

 泰平の様子を見かねてめいが話しかけてくる。泰平は銃を整備しながら答えた。

「あぁ。話題もないし、警戒を続けなきゃならないしな」

「真面目だねぇ。ホントに、事件が起きてから変わったね」

「そうか?」

「うん、今まで以上に頼もしくなった」

 めいの言葉に、泰平は鼻で笑う。本人としては照れ隠しのつもりだった。

「ちょっとぉ、なんで鼻で笑うの」

「面白いからだな」

「何が?」

「顔」

「セクハラだよ?」

「…」

 泰平は迂闊な自分の発言に頭を片手で抱えた。めいは泰平のそんな姿に少し笑った。

「ははは、別に気にしてないよ。自分が可愛くないのは自分で自覚してるからね〜」

 めいは1人で言う。しかし泰平は反応しない。

「泰さん、そこは嘘でも…」

 めいが泰平を軽く叱るように話題を続けるが、泰平は無言で手のひらをめいに向ける。

 急に空気が鋭くなり、めいだけでなく談笑していた女性陣や竜と正も静まり返り、全員銃を取った。

「望月さん、敵に囲まれた可能性があります」

「ホント?」

「ひとまず偵察を出します。ですが、状況によっては戦闘になるかと」

「わかったわ。私は運転しなきゃいけないから、頼んだよ」

「保高、俺と来てくれ。他は臨戦体勢で待機」

 泰平が手早く指示を出しながらサブマシンガンを片手に荷台を歩く。泰平から少し遅れてめいも歩く。

 荷台の出口までやってくると、めいが少し開いていた扉を押す。


 泰平が周囲を見回しながら荷台から降り、扉の陰から出た瞬間、銃弾が泰平の足下に跳ねた。

「敵襲!」

 泰平は声を張りながらトレーラーの荷台にもう一度飛び乗る。中にいた子供達も一気に身構えた。

「泰平!どうなってる!?」

「まだ把握しきれていないが囲まれているのは間違いなさそうだ。望月さん、外見えますか?」

 蒼の質問に泰平は淡々と答え、望月に質問する。望月は運転席に隠れながら様子を窺った。

「見える!かなり距離はあるけど…何人か近くのビルの屋上からこちらを見てるように見える」

 望月が言うと、泰平も姿勢を低くして運転席の座席の陰に隠れながら窓の外を見る。確かに一般人とは思えない人影が先ほどから少し離れた車の陰やビルの屋上などを行き来しているのが見える。

「16…20人かそれ以上といったところか…」

 泰平は敵の人数を数える。望月はその間に不思議そうに呟いた。

「なんでここがバレたのかしら」

「通信を傍受されたのでしょう。でなければここまで的確に大人数を集められるとは思えません」

 泰平の分析を聞いていると、荷台の方から良子の絶望する声が聞こえてきた。

「今度こそもう死ぬんだ…囲まれて逃げ場もなく蜂の巣にされて、穴だらけになった後は道端に捨てられるのよね、わかってる」

「残念ながら池田の予想は今回も外れだ」

 泰平は良子のネガティブな発言をひとことで断ち切った。しかしこの状況に思わず蒼も声を上げる。

「でもどうすんの?こっちだって武器と弾薬には限界があるよ」

「1から作戦を伝える。だから落ち着いてくれ」

 泰平が落ち着いた声で頼み込む。若干興奮状態だった蒼や良子も落ち着きを取り戻し、残りのメンバーも泰平の方を向いて集中していた。

「まず、我々の目的はトレーラーを守ること。期限は魅神のグループが合流するまで。魅神のグループも近くまで来ているはずだからそんなに長時間戦う必要はない」

 泰平の意見をみんな集中して聞き入る。泰平は続ける。

「次に、敵の武装を見た限り、このトレーラーを爆破はできない。爆発物は確認できなかったし、このトレーラー自体窓ガラス始め防弾性能は高い。撃ち合いになってもこちらは有利を保てる」

 泰平の言葉に、D班のメンバーの表情が心なしか明るくなったように見えた。

「最後に、敵の狙いについて。おそらく我々を殺してトレーラーを確保すること。そこで魅神グループを待ち伏せるつもりなんだろう。だから爆発物は持ってきていないのだと推測される。そうなると我々はこの後、接近戦をおこなう確率が非常に高い。この3点を抑えて作戦を立てた」

「聞かせて」

「我々からは基本的に手を出さない。ここで待ち構える」

「籠城か」

「そうだ。細田、煙幕は持ってきているな?」

「もちろん」

「それを風向きに合わせて使用する。そうすることで敵がくる方向を集中させる」

「それを迎撃するのね、トレーラーで待ち構えて」

「そう。そして我々に集中した敵を、魅神グループが背後から突いて殲滅する」

 泰平がD班のメンバーと会話を進めつつ作戦を伝える。シンプルな作戦だったが、逆にそれがわかりやすく、D班は泰平を信頼した視線を向けていた。

「質問はないな…よし、始めるぞ。まずは風向きを確認する。細田、煙幕を用意」

 泰平は指示を出すと荷台の出口まで蒼を連れて駆ける。

 しかし、彼らがそこまでやってくると、さっそく武器を構えた敵が数人目の前にやってきた。

(しまった…!)

 撃たれる覚悟を決めながら泰平は銃を構えるが、間に合わない。

 敵の銃口が泰平を捉えた瞬間、銃声が響いた。

 次の瞬間には敵は倒れていた。

「『ただのカカシですな』」

「『俺たちなら瞬きする間に皆殺しにできる』」

 正と竜の拳銃からそれぞれ硝煙が漂っていた。

「すまない宮本、吉村」

「『気にするな!』」

 泰平の礼に正が短く答え、泰平と蒼は荷台の出口から手を伸ばし、風向きを確認する。

「よし、細田、右側に煙幕を」

「了解」

  泰平の指示を受けて蒼が煙幕に火をつけて右側に転がす。爆発音が響いたかと思うと、白い煙が風に舞い、トレーラーの左側を覆った。


 少し離れた屋上から双眼鏡で様子を見ていた犬神は静かに毒づいた。

「煙幕か…こすいことを…ふん、まぁいい」

 犬神は双眼鏡を下ろし、通信機を握った。

「煙幕が出ている側からは近づかないように。数の多いこちらの方が自爆のリスクが高いので。煙幕の出ていない方から弾幕を張り、敵の動きを封じながら接近するのです」

 犬神は冷静に指示を下す。犬神は部下たちの統率の取れた移動を見て勝算が高いことを確信していた。

「所詮そんなの悪あがきだ。踏み潰してやる」


 一方の車内では、荷台の出口に張り付きながら車の右側に陣取る敵に対し、D班は発砲を続けていた。

 しかし、人数にモノを言わせる敵は銃撃の雨によってD班を動けなくし、その間に車などの物陰に隠れつつトレーラーに近づいてきていた。

「すごい数!全然撃ち返せない!」

 蒼が床に伏せながらボヤく。良子はすでにネガティブな独り言を延々と並べ始めながら壁に張り付いていた。

「望月さん、車動かせますか!」

 泰平が尋ねる。望月は座席の陰に隠れながら答えた。

「できるけどこの状況じゃ直進と後退だけ!しかも動いたら煙幕の効果がなくなっちゃう!」

 望月の返答を聞きながら泰平は考えを必死に巡らせる。

 この状況のままでは確実に押し切られる。だから何か手を打たなければならない。

 だが敵の銃撃に対し、こちらは耐えることしかできない。

(考えろ…頭を冷やしてフル回転、活路は絶対どこかにある…ッ)

 泰平は周囲を見る。

「このままじゃ…」

 理沙が不安そうに呟く。竜や正も不安そうな表情を隠しきれない様子だった。良子はすでに諦めたような表情をしており、蒼も下を向いている。

 めいだけは泰平の方を向いていた。

 泰平とめいの目が合う。

 めいは黙ってうなずいていた。

「…そうだな」

 泰平の口角がグッと上がる。不敵な笑みと自信をたたえたその表情は、そのままD班全員にもう一度前を向かせた。


「望月さん、合図で前進を」

 泰平は望月にハッキリ言った。望月は泰平の様子を見て聞き返す。

「…作戦を思いついたのね?」

「はい。風が止まったタイミングでもう1発煙幕を投げ、トレーラーを前進。そこから煙に隠れて数人が、今敵の陣取っているところに奇襲をかける。危ない賭けではありますが…D班(俺たち)ならできると思います」

 泰平はそう言って周囲のメンバーを見渡した。

「できるよな?」

 泰平がニッと笑って尋ねる。子供たちは、それに笑顔を見せて答えた。

 良子は不安そうだったが、半ばヤケクソになりながら何度もうなずいていた。

 望月も、その様子を見て覚悟を決めた。

「わかったわ。運転は任せて」

 望月が返事をして座席に座ったのを見て、泰平はD班のメンバーに指示を出す。

「細田、煙幕を用意。保高、宮本、吉村、合図したら俺と一緒に奇襲をかける。前田と池田は奇襲を悟られないように撃ちまくってくれ」

「了解」

 全員の声が揃う。泰平は外にある煙幕を見る。銃声がうるさい。


 そんな中で風になびいていた白い煙が、ピタリと真上に伸びた。


「細田!」

 泰平が声を張る。蒼は荷台から煙幕を転がし、煙幕はそのまま外に転がり落ちる。白い煙が辺りに立ち上り始めた。

「望月さん!奇襲部隊!」

 泰平は再び声を張る。泰平が荷台を飛び降りると、すぐにめい、竜、正も後を追って荷台から飛び降りた。

 ほとんど同時に望月が車のアクセルを踏む。ゆっくりとではあるが車は走り出した。

「ええいもうこんちくしょー!」

 同時に良子がヤケになりながら持っていたサブマシンガンを乱射する。すぐに理沙も合流して銃撃するが、敵には当たっていなかった。

「車両が動いたぞ!追え!」

 敵は弾幕を張りながら、そうでない部隊が一般車の陰に隠れつつトレーラーに近づいていく。


 一方の犬神は屋上からその様子を見て違和感を覚えていた。

(煙幕を張りながら煙幕の外に行く?妙だな…)

 犬神はそう思うと、通信機を握りしめた。

「敵の動きがおかしい、警戒を…」

「ぐわぁっ!」

 犬神の言葉を、悲鳴が遮った。同時に、犬神は状況を察した。

(遅かったか…!)


 泰平、めい、竜、正の4人は、煙幕の中の敵の死体からサブマシンガンを奪うと、トレーラーに集中して追跡して追跡している敵部隊の背後に回り込んでいた。

 煙の外に出たが、誰も気づいていない。車のボンネットの陰にしゃがんで隠れた4人は、お互いに目配せしあった。

「よし、いくぞ!」

 泰平が声をかける。4人は一斉に躍り出た。

「うぉおおおお!!!」

「オラオラオラオラァ!」

「死ねぇえええ!!」

 4人は声を発しながら銃の引き金を引く。

 トレーラーを確保するために、トレーラーに接近していた敵の背中に、次々と彼らの銃弾が突き刺さっていく。不意打ちだったことと、4人の凄まじい気迫が相まってどんどんと敵は崩れてきた。

「ぐわぁっ!」

 敵が泰平たちに集中すれば、逆にトレーラー側にいる理沙、蒼、良子に背中を向けることになる。そんな状態では、トレーラーに近付こうとする敵は瞬く間に殲滅されていた。

「よし、一旦撤退…」

 泰平が他の3人に指示を出したその瞬間、どこからか肩を撃ち抜かれ倒れた。

「泰さん!」

 驚く3人だったが、そんな暇も許さないようにまだ残っている敵の部隊が泰平たちに弾幕を浴びせる。3人は咄嗟に車の陰にしゃがみこむ。

 だが今度は竜の頬を謎の銃弾が掠めた。

「スナイパーだ!」

 正が気づく。すぐに泰平が対処法を提案した。

「煙幕の中に隠れるぞ…!」

 泰平が肩を押さえながら言うと、他の3人もうなずく。狙撃がもう一度飛んでくる中、身を屈めながらめいが泰平の肩を担いで走り出し、正と竜も走る。

 その様子をトレーラーから見ていた理沙、良子、蒼が弾幕を張る敵の部隊に銃撃を仕掛ける。その甲斐あって敵の注意は泰平たちからは離れていた。

 その間に泰平たち別働隊の4人は煙幕の中に転がり込む様にして煙の中に伏せた。

「ここならば敵も狙っては撃てないはず…敵の隊列も崩したから、向こうが立て直すのにも時間がかかるはずだ…その間に作戦を考える…!」

 泰平が他の3人に言う。


 同じ頃、スナイパーライフルを構えていた犬神はニヤリと笑っていた。

「煙幕の中に隠れたか。予想どおりだ…!」


 トレーラーの中ではまだ良子と理沙と蒼の3人が発砲を続けていた。

 敵は列の様に並んで乗り捨てられた乗用車や軽トラックの影にうまく隠れながらトレーラーの3人に撃ち返していた。

「いい加減死んでよぉ!」

 良子が悲鳴のように声を上げながら引き金を引く。しかし、次の瞬間本当の悲鳴を上げることになった。

「痛ぁいっ!!」

 良子の肩口を敵の銃撃が貫く。初めての痛みと衝撃に銃を落としながら良子は荷台の影に隠れてのたうち回る。

「ぎゃあぁっ!!」

 思わず注意を持っていかれた蒼も一瞬の隙を突かれて腕を撃ち抜かれる。同じく銃を落として影に隠れた。

「痛い…!理沙ぁ…!早く治療して…!」

「あーもうダメね私、これ致命傷なんだわ、このまま死ぬのね私、分かりたくない」

「治療するから、今!」

 理沙は飛んでくる銃撃に背を向ける様にしながら銃を下ろすと、そこでのたうち回る良子たちに駆け寄る。しゃがみこんで自分の治療用ウェストポーチの道具を並べ、2人の症状を確認し始めた。


 煙幕の中の泰平たちはその状況がわからず、単純にトレーラーからの銃撃が止まったことに違和感を覚えた。

「前田たちの銃撃が止まった…?これはまずいか…」

「まさか理沙たちやられたんじゃ…」

「宮本、吉村、あっちの方に向けて銃撃、少しでも時間を稼ぐんだ」

「『撃てぇ!撃ち殺せ!』」

「『全滅してやるぞ!』」

 竜と正が持っているサブマシンガンを連射するが、すぐに弾が無くなった。

 煙の中からは様子がよく見えないが、敵がトレーラに向かっているような足音は聞こえなかった。


「悪あがきもそこまでだ」


 犬神がそう言った瞬間、強い風があたりを吹き抜けた。

「!」

 泰平には想定外だった。

 白い煙が風によって全て吹き払われ、隠れていた泰平たち4人の姿をあらわにする。

 トレーラに向けて弾幕を張っていた敵の部隊も、一斉に泰平たちの方へ振り向いた。

「二手に分かれ、片方はトレーラーを、もう片方は孤立したガキを殺すのです!」

 犬神の指示が通信機を通して敵全体に伝わる。

 敵の無数のサブマシンガンの銃口が泰平たちに向く。

 その間に敵の数名はトレーラーに走っていくのが見えた。

「泰さん!!」

 めいが切羽詰まった声で泰平を呼ぶ。

 泰平は目を閉じ下を向いた。

「手間取らせてくれたな!死ねクソガキ!」

 犬神の声が通信機を通じて響く。

 

 抵抗しない様子の泰平を見て、竜と正も覚悟を決めた。



「そろそろだ」


 泰平は前を向き、目を開いた。

 泰平の声を聞いためいたちは一斉に泰平の方を見ていた。


 銃声が轟いた。

 1発だけではない無数の銃声。


「これは…!」


「遅くなったな!」

 

 何発もの銃声が響き終わり、その後に聞こえたのは快活な若い声だった。

 泰平たちの目の前で向けられていた10m先の銃口たちはもういない。

 その代わりそこにあったのは、暁広率いる頼もしい仲間たちの姿だった。

「トッシー!」

 感極まってめい、正、竜が声を上げる。泰平はニッと笑っているだけだった。

 彼らが短くやりとりをしている間に、駿、遼、武といったメンバーがトレーラーに近づく敵を片付けていた。


「犬神隊長…!指示を…!うぐわぁっ!!」

 犬神の耳に入ってきたのは部下たちの無数の悲鳴。彼が指示を出す間も無く、背後から暁広たちの奇襲を受けた彼らはあっという間に殲滅されていた。

 すでに生き残っているのは犬神1人。犬神は敗北を悟った。

「…やれやれ…足止めがやられたのか…甘く見すぎたか」

 犬神は1人で呟くと、自分のポーチにある手榴弾を確認した。

「…このまま逃げるのも癪だな」

 犬神は1人呟いた。


 敵を全て片付けた暁広と泰平率いるメンバーは、武器を持っていない誘拐されていた女子を中心にトレーラーに乗せていく。

「本当に助かった、トッシー」

 女性陣をトレーラーの荷台の中に引き込みながら泰平は暁広に話しかける。暁広は笑って答えた。

「いや、こっちこそ。もしトレーラーを奪われていたら、俺たちはどうしようもなかったよ。間に合ってよかった」

 泰平もニッと口角を上げて答える。最後に乗り込んだ茜を、暁広が引き上げると、暁広は運転席の望月に声を張った。

「望月さん、全員引き上げました、出発を…」

「待ってください」

 暁広の言葉を、泰平が遮る。泰平は淡々と話を進めた。

「あと1人、片付けてきます」

 泰平が言うと、全員泰平の方を見る。

「あと1人?」

「あいつさ」

 泰平が言うと、運転席のフロントガラスの方を指差す。

 正面の建物から、スナイパーライフルを持った黒ずくめの服の男、犬神が現れた。

 泰平は何も言わずに荷台から飛び降り、運転席側へ走る。

 そのまま犬神の正面に出ようとした瞬間、泰平の足下をスナイパーライフルの銃撃が飛んでくる。泰平は咄嗟に車に張り付いて隠れた。

「泰平!」

 暁広が荷台から飛び降りて助けに行こうとする。それをめいが引き止めた。

「待って、泰さんに任せてみよう?」

 暁広はめいに言われると、不満はありそうだったが足を止めた。

 一方の泰平は車の陰に隠れながら声を張った。

「勝負はついた!こちらとしても無駄な殺しは避けたい!今すぐ武器を置いて降伏を!」

 泰平に言われ、犬神は鼻で笑いながらボルトを引き、スナイパーライフルの排莢をおこなう。

「降伏ぅ?俺がお前たちみたいなガキにか?」

「年齢は関係ない、勝ったのは俺たちだ」

 犬神は泰平がいるであろうところに向けて引き金を引く。泰平はもう一度身を隠し、片目だけ出して様子を見る。

「俺はまだ負けてなどいない!」

 泰平は犬神がそう言ったのを聞き逃さなかった。

 犬神がスナイパーライフルから左手を離し、ポケットに伸ばした。

 泰平は物陰から飛び出す。脇から拳銃(PC356)を抜くと、瞬時に狙いを定め、犬神に2発撃ち込んだ。

「ぐぅっ…!」

 犬神はスナイパーライフルを落とし、右手で撃たれた場所を抑える。

「…この野郎…!」

 犬神はポケットに入れた左手から手榴弾を取り出し、右手でピンを抜いた。

(防弾トレーラーだろうと…下から爆破されれば吹き飛ぶ!)

 犬神は覚悟を決め、左手を振り上げた。


 泰平はその左腕を撃ち抜いた。


 犬神の手から手榴弾がこぼれ落ち、犬神の真横に転がった。


「…キン…クロ…シロ…ギン…」


 犬神は朦朧とする意識の中、愛犬たちの名前を呼ぶ。

 泰平はそんな彼に背を向けた。



 灰色の爆風が辺りを包んだ。


 泰平は何も言わずにトレーラーの荷台に上がり込む。


「行きましょう」


 泰平が言うと、望月もうなずき、トレーラーはゆっくりと走り出した。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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