14.血路
残酷な描写が含まれています
苦手な方はご注意ください
1月28日 朝11時 武田と交渉が決裂して1時間半
船広はボロボロになりながら自分の本拠点である吾妻商事の文字が描かれた窓のある高層ビルまで車で逃げてきた。すぐ近くの駐車場に車を乱雑に駐車すると、足を引きずりながら裏口に回り込んでエレベーターに乗り込む。
最上階にたどり着くと、荒れた息を整えないまま船広は転がり込むようにして頭を下げた。彼の正面には、黒一色に身を包み背を向ける男がいた。
「当然いい結果だったんだろうな」
黒一色に身を包んだその男は低くそう脅しながら振り向く。振り向いたその顔は、逃げ帰ってきた船広と同じ顔だった。
「どうなんだ?階?」
逃げ帰ってきた方は船広の影武者、階という男だった。
「すまねぇ船広!武田のやつ、最初から脅しても何とも思ってなかったみてぇだ!しかもあのガキども、思ったより全然」
「言い訳は聞いていない」
船広は土下座のような形を取る階を見下ろしながら冷徹に言い放つ。階は恐怖で何も言えなくなっていた。そんな階に船広は語りかける。
「お前が何をしたかわかるか?」
「え…?」
「おかげさまで奴らに居場所が知れる。じきに来るぞ」
階の表情が青くなる。それを気にせず船広は小さくため息を吐くと、机においてあった電話に手を伸ばした。
「泰山、2人ほど連れてこっちへ」
船広はそれだけ言うと、階の方へ歩み寄った。階は震えながら船広の顔を見上げた。
「頼む船広、俺たちマブダチだろ!?なぁ頼むよ!もう一度チャンスをくれよ!」
「お前は集団の利益を損ねた」
船広の足元にしがみつく階に対し、船広は一言冷徹に言う。そのうち、エレベーターが到着した音が響くと、泰山ともう2人、屈強な男たちが現れた。
「連れて行け。泰山はここに残れ」
「行け」
泰山が指示すると、屈強な男2人は階を連れていく。階は何かを喚いていたが、エレベーターに押し込まれるとそれも聞こえなくなった。
「さて、泰山。面倒なことになった」
「武田が一歩も譲らないのは想定内のこと」
「だが武田とガキどもは一筋縄ではいかないぞ」
「望むところ。あのガキどもが運だけで生き延びたことを思い知らせてやりましょう」
「その言葉を待っていた」
船広は泰山の方を向く。泰山は力強くうなずいた。
「俺たち力と知恵を持つ人間にこそ生きる価値があることを証明してやろう」
同じ頃
幸長は吾妻商事と書かれたビルから200mほど離れたところに車を停め、携帯電話で武田に連絡を取っていた。
「幸長です。敵の本拠点を見つけました。朱雀川市の吾妻商事ビルです。そこからおよそ1時間。外に見張りがいる様子は見えません。入口は北と南にひとつずつ。南側の方が人通りは少ないです」
「武田だ。了解した。全員をそちらに派遣する。引き続き見張りを続けてくれ」
武田に言われ、幸長は短く返事をしてから電話を切る。
一方の武田は電話を切ると、違う人間に連絡を入れる。
「武田だ。GSSTの諸君、出動だ。翁長、朱雀川まで運転してやれ」
「はい、かしこまりました」
武田の耳に子供たちのおう、という気合いの入った声と車のエンジンが起動する音が入る。
「それでは武田さん、行ってまいります」
「頼む」
翁長の言葉に、武田は短く答えて電話を切った。
「勝負だ、船広」
GSST本部ビルの駐車場から一台の大型トラックが公道に出る。その大きな荷台には、暁広たち18人の子供たちが武装して乗り込んでいた。
「作戦をもう一度確認する」
暁広が暗い荷台の中で声を張る。
「ビルに到着したらいつもの部隊に別れて人質を捜索して回収。その時に敵を一掃。その後に回収してもらう」
「不測の事態は臨機応変に対応、それでいいんだな?」
暁広に遼が確認する。暁広はおうと返事をする。
「人質を素直に返してくれるとも思えないな」
「何かにつけて周到な相手だ。警戒しすぎることはないだろう」
佐ノ介の呟きに泰平も言う。子供たちは全員自分たちの得物の点検を済ませると、ホルスターにそれらをしまい込んだ。
1月28日 金山県 朱雀川市 正午 出発から1時間
暁広たちを乗せたトラックは吾妻商事ビル近くまでやってきた。なぜか人通りは少ない。
翁長はビルの入り口近くに車を止める。子供たちは武器を隠しながらぞろぞろとトラックの荷台から降りた。
「A班とC班は正面から、B班とD班は裏から行く」
暁広が全体に短く指示を出すと、そのまま人通りの少ないビルの合間を抜けて暁広率いるB班と泰平率いるD班は裏口側に回り始めた。
佐ノ介率いるA班と遼の率いるC班は、入り口の前に素早く整列すると、息を合わせて自動ドアに歩いた。
ビルの中はよく整理された普通のオフィスのように見えた。だが人間の姿がひとつも見えないうえ、なぜか全て停電している。
子供たちは銃を抜く。そのまま周囲に何か手がかりがないか調べ始める。
早速数馬が部屋の奥にエレベーターを見つけると、入り口少し上の部分に貼られている案内板を見る。
「全部で地上10階建て…地下に2階層か」
竜雄が数馬と合流してエレベーターを調べる。ボタンを押しても何も反応しなかった。
「エレベーターは動かねぇ。本当に停電してるみたいだ」
「佐ノ、これ手分けして探索した方がいいんじゃねぇか?」
数馬が佐ノ介に言う。佐ノ介が遼に目配せすると、遼もうなずいた。
「よし、俺たちA班が10から8階を担当する。C班は7から5階を頼む」
「トッシーに連絡しておくか」
裏口側に周り込んだ暁広が隠して身につけている通信機に遼からの連絡が入った。
「トッシーか?この建物地下も含めて12階建てみたいだ。そっちのふたつの班で4から2階と1から地下2階の探索を任せたい」
「わかった」
暁広が通信を切る。暁広は泰平に目配せをすると、通信を聞いていた泰平は頷いた。
「地下は任せる」
「引き受けた」
泰平に頼まれ、暁広は答える。2人はそれぞれ自分の班員たちを連れて走り始めた。
早速暁広たちB班は地下に通じる階段を見つけた。だが真っ暗で下までは見えない。
「心音、ライト」
階段に差し掛かると、暁広は心音に指示を出す。心音はすぐに持っていたライトを取り出し、電源を入れて下を照らした。
暁広、浩助、圭輝、駿はそれぞれ自分の銃を構える。
「行こう」
暁広が言うと、圭輝と浩助が先行し、階段を降りていく。ライトを持った心音が最後列に回って照らしながら全員でゆっくりと階段を降りていく。
踊り場に出ると扉があったが、同時にまだ階段が下に続いていた。目の前の扉を押してみるが開かない。
「ぶち抜くか?」
「いや、先に下を探索してみよう」
圭輝と暁広が短くやりとりして再びB班のメンバーは階段を降りていく。
階段を降り続け1分もしないうちに彼らは1番下の階までやってきた。
早速圭輝がドアノブに手をかける。他のメンバーが銃を構えたのを見てドアノブを回し、扉を開いた。
扉の先もやはり真っ暗だった。
心音が照らすと、一本道にいくつかの部屋が左右にあるだけだった。その一番奥にも、何か部屋がある。その部屋だけは他の扉と違って覗き窓のような形で鉄格子があった。
「あの奥が怪しいな…あそこから調べてみよう」
暁広が指示すると、全員ゆっくりと正面の方に歩く。
鉄格子の扉に近づくと、何か人の気配がした。暁広は扉に触れるが、扉は少しも動きそうになかった。
「下がってて」
暁広は斜めにかけていたショットガンを手に取ると、その銃口をドアノブに密着させた。
暁広が引き金を引くと、ドアノブは金属音を立てて地面に落ちた。
暁広は扉を押す。
重厚な扉は音を立ててゆっくりと開いた。
心音が部屋を照らし、他のメンバーも銃を向けた。
「茜!みんなも!」
目の前にいたのは、後ろ手に縛られ、布を口に噛ませさせられた誘拐された女子たちだった。
「こちらB班、地下2階で人質を見つけた。全員合流してくれ」
駿が即座に他の班員たちに通信を入れる。暁広は人質にされた女子たちを助けるために指示を出す。
「圭輝、浩助、周囲の見張りを。駿と心音は一緒に拘束を解こう」
暁広から指示を受けると、駿と心音はそれぞれ手近なところから人質の拘束を解いていく。暁広は一番近くに転がされていた茜に近づいた。
「茜」
暁広はまず茜に噛まされている布をほどいて外す。茜はそれと同時に咳込んだ。
「大丈夫?」
「…うん…大丈夫。助けてくれてありがとう」
2人は見つめ合うと、少し照れ臭そうに頬を赤くする。しかし、すぐに茜が照れ隠しに暁広を急かした。
「あ、ほら、早く手の方もお願い」
「お、おう」
茜は身をよじって背中側で縛られた自分の手を暁広の方に差し出す。暁広は持っていたペンライトで茜の手を照らす。結束バンドで手首を締め上げ、それをさらに結束バンドで結びつけるという拘束方法だった。
早速ウェストポーチにしまってある工具セットからペンチを取り出し、結束バンドを切断した。
茜は軽く手首を振って確認すると、改めて暁広の方を見つめた。
「本当にありがとう」
「無事でよかった」
「トッシー、みんな助けたぞ」
駿が言う。言葉通り人質になっていた女子の拘束は全て解けていた。
「それにしても、ここまで敵の抵抗が一切ないなんて変じゃない?」
心音が呟く。暁広も頷いた。
「確かに妙だな…圭輝、浩助、異変はないか?」
「俺らの仲間が集まってる以外は今の所ないかな」
暁広の質問に浩助が答える。浩助の言う通り子供たちが歩いてきていた。捕まっていた女子たちも立ち上がって整列する。暁広はひと通りの様子を見てから翁長に連絡を入れた。
「魅神です。人質は全員無事でした。これから引き上げます」
「了解です。先ほどと同じ駐車場で待機しています」
翁長との通信を終えると、暁広は子供たちに整列を指示する。10秒と経たないうちに子供たちは4列縦隊に整列した。
「このままここを脱出する、急ぐよ」
暁広が言うと各列の先頭を行く数馬、佐ノ介、竜、浩助が銃を構えながら歩き始める。
列の後方では、歩きながら蒼が玲子に話しかけていた。
「大丈夫だった?玲子?」
「まぁね…後ろからやられて抵抗できなかった…けどまぁ何事もなく生きてる。そっちこそ大丈夫なの?ここまで銃声が一切聞こえなかったなんておかしくない?」
「んー、ま、トッシーがなんとかしてくれるっしょ」
楽観的な蒼と、どこかピリピリしている玲子の会話が続くうち、地上の1階にたどり着いた。
数馬と佐ノ介が周囲を警戒する。敵はいない。
「クリア」
数馬が言うと、全員階段から上がる。
1階の構造は、オフィスと表口があり机の並んでいる部屋と、裏口に通じる通路とそこから枝分かれしている地下への階段がある通路という形になっている。
子供たちはそのまま表口側の外に待機している翁長のトラックと合流するために表口側へ歩き始めた。
曇り空のせいで、外からの光はほとんど入ってこない。さらに電気も全て消えているせいで、どう歩いても部屋は薄暗い。
それでも子供たちは通路を進み、オフィスに入り、外の光を見てわずかに安堵した。
その時だった。
「これはこれは。人の家に勝手に上がり込んで盗みとは、悪い子たちだ」
オフィスに響く不気味な低い声。子供たちは銃を構える。声のした方を見ると、上の階に続く階段からゆっくりと人間が降りてくる。
黒一色で染めたスーツと、その下にわずかに見える防弾ベスト、薄暗い中でもはっきり見える腹の底が見えない笑顔。船広がそこにいた。
「人の仲間をさらっておいて何を言っている!」
暁広はショットガンを向けながら船広に叫ぶ。船広はニヤリとして言葉を返した。
「何事もやられる方が悪いんだよ。今もそうだ」
船広が不審な言葉を発したかと思うと、エレベーターの到着を知らせる音が響いた。
「全員退避!」
暁広が叫ぶ。
エレベーターから敵がゾロゾロと現れると、銃声が響き始めた。
子供たちはしゃがみこみながら散らばって逃げる。机を遮蔽物にしながら数馬などは撃ち返し、暁広は武器を持っていない仲間たちを誘導して表口から建物を抜け出す。
表口から出て10mほどのところに暁広たちが乗ってきたトラックが停車していた。
「よし、みんな、あの車に」
「乗ってはいけません!」
暁広の通信機に連絡が入る。それを聞いた暁広はすぐに叫んだ。
「全員ストップ!」
暁広の叫びと同時に、トラックに乗り込もうとしていた子供たちは一斉に止まる。
その瞬間、鼓膜を襲ったのは強烈な爆音だった。
すぐさま子供たちは身を伏せて爆風から身を守る。黒い煙が冷たい風で吹き払われると、無惨に燃え上がるトラックの残骸がそこにあった。
「そんな…!」
言葉を失う子供たちを無視するように銃撃が飛んでくる。
「ダメだ!防ぎきれない!」
建物の中で銃撃を返していた数馬たちも建物から外に出る。建物内の船広は部下たちに命令した。
「このまま追撃だ。1人たりとも逃すな。女は生かして男は殺せ」
船広の指示を受けて建物の中から銃撃しつつ敵が建物の外に出ようと走り出す。
暁広は瞬時に命令を下した。
「全員各自の判断で逃げるんだ!幸長さんや佐藤さんが町のどこかにいるはず!どうにかして逃げきるぞ!」
暁広の指示を子供たちは理解した。
子供たちを分断するように建物から敵が出てくると、子供たちは各々の判断で走り出し、銃撃を始めた。
子供たちの決死の逃走がここに始まった。
「逃げ切ってみせろ、この私たちから」
船広は建物の中で1人ニヤリと笑っていた。
同じ頃 金山県 灯島市 武田オフィス
「子供たちが分断された?」
武田は自分のオフィスで幸長から連絡を受けていた。
「はい、翁長のトラックが爆破され、さらに船広一派に子供たちは追跡されているようです」
「わかった。直ちに望月を派遣する。子供たちを全員回収してくれ」
「了解です」
幸長の返事を聞くと、武田は待機していた望月に連絡を入れる。
「望月、トラックを出して朱雀川市へ。子供たちの回収を頼む」
「わかりました」
武田は望月への連絡を終えると、通話機を置く。同時に引き出しにしまってある拳銃を手に取り、脇のホルスターに差した。
「頼むぞ、みんな」
武田はたったひとこと、虚空に向けて呟いた。
一方の子供たちはそれぞれ4つのグループに分かれて逃げ回っていた。
武器を持っていない女子を多く連れた大所帯の暁広たち。
いつも通りD班のままで行動している泰平たち。
なぜか一緒に行動するようになっていた数馬と竜雄と玲子と桃。
いつの間にか合流していた佐ノ介とマリ。
子供たちはそれぞれ生き延びるために逃げ回っていた。
「…はぁっ…はぁっ」
暁広たちは一旦追っ手を撒いて誰もいない路地裏の一角に隠れていた。
さっきの爆発で消防や警察が出動してサイレンが何重にもなって響くのが聞こえる。
「よし…今のうちに誰がいるのか確認しよう。各班、集合して」
暁広が指示を出すと、子供たちは班ごとに集まる。
各班のリーダーが点呼を取りはじめる。
10秒もしないうちにそれが終わると、暁広の下に点呼をおこなったメンバーが集まった。
「B班は玲子以外はみんないた。C班はどうだった、遼?」
「あぁ、数馬と竜雄と桃がいない。他はみんないる。広志、A班は?」
「A班は佐ノ介とマリがいない。で、D班は誰もいねぇと」
「となると、ここにいるのは15人か…」
暁広は自分達の置かれた状況を確認して呟く。そのままこの場にいるメンバーを改めて見て確認する。
武器を持ったメンバーは9人、さっきまで人質なので武器を持っていないメンバーが6人。武器を持ったメンバーの多くは予備の銃が貧弱なので、基本的には武器を持ったメンバー9人で残りの6人を守りながら逃げることになる。
(だがこの大人数、敵に目立たないようにどうやって逃げ切ろうか)
普通に逃げて一般人に見つかった場合、武器を持っている彼らは当然怪しまれる。かといって武器を捨てて一般人に紛れ込んでも、失敗すれば一方的に殺されるだけ。
「人の少ない路地裏を逃げ回ろう。狭い道になるから、前と後ろを武器持ってるメンバーで固める。先頭は俺と圭輝、浩助で。残りの武器を持ったメンバーは後ろを頼む」
「よっしゃ」
「みんな!整列!」
暁広が言うとみんな素早く暁広を囲うように集まる。
「俺たちは武器を持ってるメンバーでそうじゃないメンバーを守りながら路地裏を逃げ回る!絶対に全員で生き延びるぞ!」
「気合入れていくぞ!」
暁広が言うと遼もそれを後押しするように声を出す。その場にいた子供たちも、おう!と答えた。
「俺と圭輝と浩助で先頭を行く。他の武器持ちは列の後ろを固めてくれ!残りはその間に入るような感じでいくぞ!」
暁広たちが気合を入れ直している中、それらとは少し離れた路地裏で数馬は壁に張り付いて息を整えていた。
「ったく…なりふり構わず逃げちまったが…」
数馬はそう呟きながら周囲を見回す。同じように息を切らしている、竜雄、玲子、桃の3人がそこにいた。
「お前らがいてくれて助かったよ。俺1人じゃ帰れなくなるところだった」
数馬が冗談めかして3人に笑いかける。だが他の3人はどこか悲観的だった。
「帰れるかまだ怪しいけどな…」
竜雄が思わず愚痴をこぼす。それを聞いた数馬は竜雄の肩を叩きながら笑いかけた。
「そうだな。まだ道がわかってねぇや」
「そうじゃないでしょ。武器もない、人数も少ない…流石にそんな状況で逃げ回るなんて」
「やらなきゃわからないだろ?」
あまりに楽観的すぎる数馬に玲子が思わず言葉を漏らしたが、数馬は逆に言葉を返す。玲子はため息で答えた。
「ま、とにかく、帰れるまでどうぞお手柔らかに」
数馬の冗談に、3人はため息で答えていた。
「点呼とるぞ。池田、前田、細田、保高、宮本、吉村…全員いるな」
泰平率いるD班は、武器を隠して一般の人間を装いながら歩いていた。爆発音の気になった通行人は泰平たちとすれ違うようにしながら泰平たちのきた道を辿っていく。
「上手いこと逃げ切れたけど、どうする、泰平?」
めいが泰平に尋ねる。泰平は周囲を見回して警戒しながら考える。
「おそらくこの後幸長さんや佐藤さんが救援に来てくれるはず。とりあえずそれらと合流してから残りの班の援護に回ろう」
「どこかしらね、合流地点」
「大型車両が来ても問題ないようなところだろうな。駅か、それとも他の駐車場か…とにかく今はここから逃げるぞ」
泰平の短く的確な指示に、他のメンバーもうなずく。周りの一般人に怪しまれない程度に、D班のメンバーは小走りで走り始めた。
人質たちが閉じ込められていたビルの裏口、佐ノ介とマリは壁に張り付きながらしゃがみこんで様子を窺っていた。
「…敵はみんな表口に行ったみたいだ」
「…うん」
2人は周囲を見回して誰もいないことを確認すると、ひとまず表通りに出るために歩き始めた。
「…本当に無事でよかった」
佐ノ介がマリに言う。マリは少し涙目になりながら、佐ノ介の左腕にしがみついた。
「…うん!...助けに来てくれて本当にありがとう…!」
「まだだよ。これからちゃんと、2人で一緒に帰るんだから」
佐ノ介は歩きながらマリに頬を寄せる。
「何があっても、マリのことだけは守り抜くから」
佐ノ介がそう言うと、より強くマリは佐ノ介の腕に自分の腕を巻き付ける。2人の視界に、表通りの光が見えてきた。
幸長は自分の愛車である4ドアのワゴン車を運転しながら佐藤、望月と連絡を取っていた。
「…わかった!その手筈でいこう!」
幸長は通話を切ると、子供たちが身につけている通信機へ周波数を切り替えて通信を発した。
「幸長からGSSTの諸君。聞いてくれ。我々は今から君たちを救出する。しかし、我々から君たちを迎えにいくと入れ違いが生じかねない。そこで回収ポイントを設定する。各自最寄りの回収ポイントを目指してくれ。今から回収ポイントを伝える」
幸長の通信を、各自自分の耳に隠しつけている通信機で聞いていた。
「ひとつ目、朱雀川駅北口ロータリー。望月が大型トレーラーで待機している。
ふたつ目、北朱雀第3駐車場。ここでは幸長がワゴン車で待機している。
最後に、南朱雀市民公園。ここでは佐藤がワゴン車で待機している。これらのどれかに逃げ込んでくれ」
幸長が言うと、それぞれ子供たちは自分の居場所とどの合流地点が近いかを考え始める。
その一方で幸長たちも必死にアクセルを踏んでいた。
携帯を持っている心音が暁広に地図を見せながら、暁広は作戦を練っていた。
「よし、聞いてくれ。俺たちはこれから朱雀川駅北口を目指す。全員はぐれないでくれよ」
暁広は仲間たちに指示を出す。仲間たちは、特に女子を中心に不安そうな表情だったが、唯一茜だけは暁広を信じ切った眼差しをむけていた。暁広はそれに必ず応えると心に誓い、逃げ道の方へ振り向いた。
「いくぞ!」
暁広が号令をかける。彼の隣にいる浩助、圭輝と共に息を合わせると、大通りを挟んで20m先にある別の路地裏の入り口へ駆ける。3人の後ろからすぐに武器を持っていない茜、美咲、明美が続く。
先に行った6人が問題なくもうひとつの路地裏に辿り着いたのを見て、残された側の9人も状況を見ながら走り出す。
「心音、さえ、広志、行け!」
遼が指示を出す。決して足の早くない心音とさえに合わせながら広志は周りを警戒しながら走る。
広志たちがちょうど目的地にたどり着く頃を見計らって遼が再び指示を出す。
「桜、駿、真次!」
遼が3人の背中を叩く。比較的足の速い3人は、そう時間をかけず暁広たちの元に辿り着く。
「遼!」
暁広が遼の名前を呼ぶ。遼はうなずくと、香織、武を連れて走り出す。
遼が見渡す大通りは至って普通に見えた。店やビルが立ち並び、人々は静かに歩いている。だがいつどこから敵が襲ってくるか全くわからない。だから彼らはとにかく人目のつかないところを走っている。
遼たちが暁広たちのいるところまで後半分に差し掛かった時だった。
遼たちの右耳を、轟音が襲った。遼は咄嗟に香織に覆いかぶさるようにして彼女を守りながら音のした方向を見る。
さっきまで平和に生活を送っていた店や街の通りが、次々と爆発していくのが彼の目に映った。
「な…!」
「急いで逃げるんだ!」
暁広が遼に向けて叫ぶ。遼は武を立たせて先に逃げさせると、聞こえてくる悲鳴や爆発音に耳を伏せながら、自分も香織の手を取って暁広たちのいる路地裏の陰に転がり込んだ。
暁広たちは爆発が起きた街並みを見る。なんの罪もない一般人が爆発から逃げようと悲鳴を上げていた。それを無視するように次々と爆発が巻き起こる。
「一体何が…」
戸惑う子供たちの耳に今度は銃声が入ってくる。悲鳴と銃声の中、冷徹な船広の声が辺りに響いた。
「売れそうな女は取っておけ。他は殺せ」
船広の言葉に応えるように銃声が大きくなる。
路地裏から状況を覗き込んでいた暁広と、船広の目が合った。
「あのガキだ!殺せ!」
「まずい、逃げるぞ!」
同じ頃
泰平率いるD班のメンバーはいち早く合流地点のひとつである駅の北口ロータリーにたどり着いた。
ロータリーの端に駐車されている黒に銀の荷台のトラック。泰平は運転席に乗っている人物の顔を確認した。
「望月さんだ」
泰平は他の班員たちにそう言って安心させてから運転席にむけて両手を振る。泰平たちに気づいた望月は、荷台に乗るようにハンドサインで指示を出す。D班の子供たちは素早くトラックの後ろに回り込み、荷台の扉を開けて全員転がり込むようにして中に入った。
「D班全員います」
泰平は荷台に乗り込むなり望月に報告する。望月はうなずくと、幸長や佐藤に連絡を入れる。
「こちら望月、D班を全員確保しました」
望月が連絡を入れるのを横目に、D班のメンバーはひと息つく。怪我人は1人もいないのが彼らにとって幸いだった。
連絡を終えた望月は泰平に尋ねる。
「君たちだけ?」
「はい、他の班は分かりません」
泰平がそう言うと、彼が隠し持っていた通信機に爆発音と銃声が響き始めた。それと同時に、暁広の焦ったような号令が聞こえ始める。さらには僅かに女子のものと思わしき悲鳴がその中から聞こえた。
「助けに行った方がいいんじゃない?」
めいが泰平に言う。泰平も一瞬納得しかけるが、そこに望月が口を挟んだ。
「ここで下手に動いても余計に被害が拡大する可能性が高まるだけ。気持ちはわかるけど、トラックの安全確保に専念して」
望月の声と意見は冷静だった。なので、反論する気もD班のメンバーには起きなかった。
「分かりました。D班はここで待機。みんながここにきても大丈夫なようにトラックの周囲を見張っておこう」
泰平が改めてD班の他のメンバーに指示を出す。みんな異論はないようで、泰平の言葉に黙ってうなずいていた。
「さて、暁広たちが無事ならいいが…」
暁広たちは目的地であるロータリーまで約500mの狭い路地裏にいた。だが彼らの背後からは無数の敵が迫ってきている。
最後尾にいた暁広は叫んだ。
「足の速い遼と駿が先頭になってみんなを近くのショッピングモールまで避難させてくれ!俺と圭輝と浩助で一旦防ぐ!行ってくれ!」
暁広が言うと遼と駿が早速走り出し、声を張る。
「こっちだ!ついてこい!」
彼らが隠れている路地裏が表通りに出るまでは約20mの距離がある。足の遅い子供たちも少なくないので、残る暁広たち3人はそれなりに時間を稼がなければならない。
「さて、やるぞ浩助、圭輝!」
暁広は2人に声をかけると、敵が迫ってきている側の物陰に隠れた。
すぐさまそれに応えるように3人を目がけた銃撃が飛んでくる。すぐにそれを物陰に隠れてかわすと、暁広は圭輝と浩助に指示を出す。
「2人は弾幕で牽制を、動きが止まった奴らを俺がショットガンで仕留める!」
「了解!」
「撃ちまくれ!」
暁広が声を張ると、一息に浩助と圭輝は物陰に隠れながらそれぞれアサルトライフルとサブマシンガンを乱射し始める。
不用意に近づいてきていた何人かの敵が、銃弾の素早い連射の雨に倒れる。
「固まるな!乗り捨てられた車や電柱を利用して隠れろ!」
敵の指揮官である船広が大声で指示を出す。それを聞いた船広の部下たちは車の陰や電柱の影に隠れる。
隠れ始めた敵を見て、暁広はそれに狙いをつけた。
「逃さん!」
暁広は引き金を引く。車の影に隠れようとしていた敵を1人倒していた。
「撃ち返せ!」
同じように車に隠れた船広が部下に指示を出す。言われるまでもなく敵は銃撃を強める。流石に勢いで劣る暁広たちは物陰にしゃがみ込んだ。
「トッシー!俺らいつまでやりゃあいい!?」
圭輝がサブマシンガンを握りしめながら尋ねる。暁広は左耳の通信機に神経を集中させて声を張った。
「駿!」
「今全員ショッピングモールだ!みんな避難したらしく人はいない!」
「おし!」
暁広は駿からの報告を受けると、圭輝と浩助に指示を出す。
「逃げるぞ!」
暁広が言うと、一目散に3人は走り出す。船広はその足音を聞き逃さず命令を下した。
「警戒しながら慎重に前進。追跡を続けろ」
船広の指示に従って敵は銃を構えつつ暁広たちが隠れていた路地裏に迫っていく。
敵の先頭が逃げる暁広たちの背中を見つける。
「見つけたぞ!カバー!」
暁広を見つけた敵が叫ぶ。暁広は一瞬苦い顔をしたがすぐに浩助と圭輝に指示を出す。
「構うな!ついて来い!」
銃声が響き始める。3人は姿勢を低くしながら銃撃を何とかかわしつつ路地裏を抜ける。
「走れ!このままショッピングモールへ!」
「そのまま追撃、絶対に逃すな!」
暁広と船広それぞれの号令が響く。
暁広たち3人の視界に、少し離れたショッピングモールの駐車場が現れた。
銃撃が暁広たちの足元を掠める。怯まず彼らは駐車場へのフェンスまで走ると素早くフェンスをよじ登り、乗り越える。
「うぐぅっ!?」
着地した暁広の左腕の上側を、敵の銃弾が貫く。思わぬ被弾に暁広も悲鳴をあげた。
「トッシー!」
「大丈夫だ…!車の陰に隠れろ!早く!」
暁広は左手を庇いながら指示を出す。圭輝と浩助もそれに従って3人ですぐ近くの車の陰に隠れた。
「車に隠れたぞ、撃ち殺せ!」
敵の部下たちはお互いに連携を取って暁広たちの隠れている車にさまざまな方向から迫ろうとしてくる。暁広はその間に駿と連絡を取る。
「駿!どこにいる!」
「ホームセンターの中だ!」
駿の返事を聞きながら暁広は車に隠れようとする敵を牽制するために銃撃を浴びせる。
「よし、圭輝、合図したら撃ちながらあっちに逃げろ。浩助はその後時間差で反対側に、俺は最後に真っ直ぐ逃げる」
「わかった」
「駿、合図があったら遼、広志と一緒に攻撃を始めてくれ」
「おう!」
「行け圭輝!」
暁広が叫び、圭輝が姿勢を低くしながら走り出す。暁広と浩助はそれを援護するように迫りくる敵に牽制の銃撃を放つ。
圭輝もある程度距離ができると、銃撃しながら走るようになった。
「よし、浩助!」
暁広は隣でアサルトライフルを撃つ浩助に指示を出す。浩助は銃撃を止めると、先ほど圭輝が走っていった方向とは逆方向に走り出す。
「指示を出してるのは今隠れているガキだ。あいつに攻撃を集中しろ」
船広が部下たちに指示を出すと、浩助や圭輝を無視して敵は暁広に近づくために車の影に隠れながら前に進む。
暁広もそれに対応するようにショットガンの引き金を引くが、別方向からの銃弾が頬を掠めた。
咄嗟に車の影に隠れた暁広はショットガンに入っている弾を見る。既にマガジンは空だった。
敵の銃弾が暁広の隠れている車の窓ガラスを割る。ガラスの破片が暁広の頭に降り注ぎ、それから暁広は身を守る。
「ええい、クソ!」
暁広の声は通信機越しに駿たちにも聞こえてくる。緊迫した表情で、茜は両手を握って祈っていた。
「…いくぞ」
暁広は小さくそう言うと、しゃがみこんでいた状態から立ち上がり、その勢いで正面に走り出した。
銃撃が激しくなる。それに当たらないようにと祈りながら逃走経路上にあるボンネットの上を転がる。
敵もより確実に暁広を仕留めるため彼を追っていく。
暁広は次の車のボンネットの上を転がりながら自分を追ってくる敵の様子を見る。
暁広の口角が上がった。
「駿!今だ!」
ボンネットから転がり落ちるようにしながら暁広は叫ぶ。
それに呼応するように、暁広を追っていた敵の後方から悲鳴が聞こえ始めた。
「横からだと!?まさか…」
船広が暁広の狙いに気づいて目を見開く。一方の暁広はショットガンのマガジンを交換しながら口角を上げていた。
「そう。俺を追えば隊列は必然的に間伸びする。そこを横から突けば分断するのは簡単だ!」
駿たちの不意の銃撃により、間伸びしていた敵の隊列、特にその中央部分はどんどんと倒れていく。
暁広は指示を出す。
「浩助!圭輝!手頃な奴からぶっ殺せ!」
暁広は言うが早いか暁広を深追いした敵に銃撃を浴びせる。そこに圭輝と浩助の銃撃も加わっていき、実質的に4方向から攻撃を受けている敵の先頭部隊は、瞬く間に倒れていった。
指示を出す間もなく倒れていく部下たちを見て、船広も焦りながら叫んだ。
「総員撤退!急げ!」
「言うと思ったよ。真次!心音!武!出て右側の連中を攻撃!」
船広の指示に対して暁広も指示を出す。
船広たちは銃撃しながら暁広たちから距離を取っていく。ある者は近くにある車の窓ガラスを割って車を盗もうとするが、暁広の銃撃に倒れた。
しかし船広は誰よりも早く車を盗むと、数人の部下と共に車で逃げ去ろうとする。
「逃がさない!」
走り出して背を向ける車に、心音が銃撃を浴びせる。遅れて真次と武も銃撃する。
心音の1発がタイヤを撃ち抜いた。
車は甲高い音を立てて後輪を滑らせるようにして心音たちに対し真横を向けた。
「クソガキが!」
船広は吐き捨てるように言うと心音たちのいる側とは反対側にある運転席の扉から飛び出し、足を引きずりながらその場から逃げようとする。
部下たちは逆に船広を逃そうと車から降りて心音たちに銃撃を放つが、すぐに敵を殲滅して心音たちと合流した駿と暁広たちの銃撃が彼らを撃ち抜いた。
「指揮官が逃げるんじゃねぇ!」
敵の殲滅を確認した暁広は船広の背中めがけて銃の引き金を引く。
船広は大きく跳ね上がりながらその場に倒れた。
「クソッ!なんで…なんでこんなガキに…!」
船広は悪態を吐きながら這いずって逃げようとする。しかし、あっという間に暁広たちに囲まれていた。
船広が絶望した表情で前を見上げる。鋭い表情の暁広が銃を船広に向けていた。
「お、おい…やめろ…!俺は何も悪くねぇ!!」
「罪を償え、その命で!」
暁広は船広の命乞いに一切耳を貸さなかった。自分の声と銃声で船広の命乞いをかき消すと、その場に倒れた船広の死体を見下ろしていた。
一方、誰もいないホームセンターに隠れていた茜たち女子は銃声が鳴り止んだ状況に気づいたが、何もできずにいた。
「まさか…全滅してないよね?」
さえが不安そうに呟く。その言葉に茜が自信を持って答えた。
「してないよ。トッシーたちが勝ったに決まってる」
ホームセンターの自動ドアが開く音がした。
「ほら、トッシーだよ!」
物陰に隠れていた茜はそう言って入口のすぐ近くへ飛び出た。
「お疲れ、トッシ…」
茜の目の前にいたのは暁広ではなかった。
ボロボロになりながら銃をゆっくり茜に向ける、それは敵だった。
茜は絶望するのと同時に、自分らしいとも思った。不注意で飛び出して死ぬ。
茜は覚悟を決めると、目を閉じた。
銃声が響いた。
ドサッ、という人の倒れる物音が屋内に響いた。
「茜?」
暁広の声がする。
茜はゆっくりと目を開く。
愛しい暁広の表情が、目の前にあった。
「トッシー…」
「無事っぽいね。よかった」
暁広が笑顔を見せる。子どもらしい屈託のない、心優しい笑顔。
「みんな!いいよ!」
暁広は物陰に隠れている他の女子たちにも声をかける。
暁広の仲間たち15人が無事な姿で揃った。
「いやぁ、トッシーの見事な指揮もあって全員無事。最高だな」
暁広の隣に立っていた遼が暁広を軽く小突きながら笑って言う。暁広は照れくさそうにして首を横に振った。
「いいや。みんながいてくれたから上手くいったんだ。ありがとう」
暁広が頭を下げる。そしてすぐに頭を上げると、暁広は声を張った。
「さ、早くトラックまで逃げよう!」
暁広が言うと、子どもたちはうなずいた。
「隊列はさっきと同じ。武器を持ってるメンバーで持ってないメンバーを挟むようにして走る。行くよ!」
暁広の声に従って子供たちは隊列を組む。列が整った様子を見て、暁広は彼らの先頭を走り始めた。
曇り空には僅かに光が差していた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
次回もお楽しみいただけると幸いです
今後もこのシリーズをよろしくお願いします