番外編:ドライヤーが巻き起こすのは風か笑いか
家電が壊れてしまう。
これって突然にやってきますよね。
一昨日、我が家のドライヤー氏(年齢不詳)が静かにその生涯を閉じました。
風呂の湯船に髪が浸るのを許されても、感傷に浸っている暇はありません。
夜の風呂上がりだけでなく、朝の寝ぐせ直し等にドライヤーは必要です。
というわけで昨日の昼休みにドライヤーを買いに、私は某有名ディスカウントストアへと向かいました。
普段そのお店にはいったことがない&お店の特徴である圧縮陳列に驚きながらも数分、店内をうろうろした私は一つの結論にたどり着きます。
「……わかんない」
そうです。
とはさんは【運動音痴】、【方向音痴】という音痴ブラザーズに愛されし女だったのです。
しっかりとそんな自分を理解している人間の行動は一つ!
『わからなければ店の人に聞け!』
これですね。
というわけでドライヤーの他にもう一つの目的を増やし、私は店内を歩き回ります。
そうして見つけた店員さんに声を掛けます。
「すみません、ドライヤーはどこに置いてありますか?」
この時点で、私の頭の中にこの店を紹介してくれたミオナの言葉が浮かび上がります。
「あそこのお店の人は忙しいみたいでねぇ。場所を聞いても一緒について案内せずに、口頭で一気に説明されることが多いから頑張って覚えてね!」
すぐテンパってしまう自分に覚えることが出来るだろうか。
そんな不安が顔に出ていたからでしょう。
若い女性の店員さんは「あ、こちらになります~」とくるりと私に背中を向け歩き出しました。
どうやらその場所まで案内していただけるようです。
ホッとした私は店員さんの後ろを歩き始めました。
いえ、小走りで追いかけ始めます。
他の用事があって、急いでいたのかもしれません。
店員さんはなかなかに早足です。
足の長さが彼女より短いという不利な私は、回転力でカバーしつつその背中を追いかけます。
気分はさながら、オープンワールドゲームを始めたてのチュートリアル画面の勇者のよう。
しかしながらゲームとは違い、店員さんは振り返って「ついてきてるかな?」の行動をしてくれません。
そこそこ混みあった店内で他の人にぶつからないように、そして店員さんを見失わないようにと、私は軽く息を切らしながら追いかけていきます。
周りの人から見たら、颯爽と歩く店員さんこそが主人公である勇者。
私はさながら息荒く、背後から襲おうとするモブキャラにしか見えなかったことでしょう。
角を曲がりまた進み、そしてまた角を曲がり……。
ようやく目的地にたどり着き、私はドライヤーを手にすることが出来ました。
次に向かう場所、それはレジです。
そして案の定レジにたどり着けず迷った為、再び別の店員さんを見つけ声を掛けていきます。
「すみません。レジはどこですか?」
店内の音楽や周囲のざわつきもあり、私の声は聞き取りにくかったようです。
「はい? 何をお探しでしたか?」
そう尋ねられた私は、再び同じ言葉を伝えようと口を開きかけます。
けれども、また問い返されたらちょっと恥ずかしい。
そんな羞恥心が突然に襲い、違う言葉で伝えるべきだと脳が判断を下しました。
私はドライヤーを、店員さんに見せつけるように両手で掲げていきます。
そうしてコミュ障&テンパりやすいというこの私の口から出た思いは、自身が予想もしない言葉となって出ていくことになります。
「お金を……、払いたいです」
なにやら世界が終わる前に、バスケがしたくなりそうな言葉ですね。
そんな言葉を目の前で吐かれた店員さんは、ぽかんと口を開けて固まってしまいました。
やらかしたことに気づいた私は、あわてて「レジっ! レジを探していて!」と叫びます。
動揺が伝染したようで、「ハイハイハイハイ! レジですよね!」と4回もの『ハイ』サービスにて私をレジへと案内してくれました。
お金を払い、今度はレジから駐車場までもしっかり迷いつつ、なんとか会社にたどり着き一連の報告をしていきます。
どうやらフユミには今回の話がツボだったようで、お腹を抱えて笑っています。
「あっはは~。とはってば今日もやらかしてる~! そんな面白いことになっているんだったら、私も一緒に行けばよかったぁ」
「本当にね。記憶力がいいフユミがいたら、きっとあんなに迷子にならずに済んだし、ドライヤーを高々と掲げずにいたのだろうねぇ」
「ぶふっ、挙句に『お金払いたい宣言』だっけ? こっちは笑いすぎて『腹痛い宣言』だよ~」
「いや、そんなところでうまいこと言われても困る。まぁでも笑ってもらえたんなら良しとしようかねぇ。そういえばどうよ? これだけ笑える私のことを、実はどんどん好きになっているんじゃないの~」
何気なくつぶやいた言葉に、フユミはぴたりと動きを止めます。
そうして私に向けてにっこりと笑い、こう言い放ちました。
「よく聞いて、とは。今、あなたとの実際の距離は1mくらい。けれどね、心の距離は50mくらいはあるから。どうかそれを忘れないで」
――弊社、心のソーシャルディスタンスは今日もばっちりのようです。