あだ名の歴史
あだ名。
それは親しみを込めて呼ばれるもの。
あだ名。
辞書によれば、本名とは別に、その人の容姿や性質などの特徴から、他人がつける名のこと。
皆様もお家で学校で。
あるいは職場で、本名とは違う呼ばれ方をされている方も多いことでしょう。
さて、そんな私ですが、今の会社に入ってから様々なあだ名をつけられております。
まぁ、基本は「とはちゃん」ですね。
ですが場合によっては、あるいはシチュエーションによっては、たまに復活するあだ名もあったりします。
えーとでは付けられた順番で語ってまいりましょうか。
まず始めはこれですね。
『ヒゲ女』
……出だしから残酷ですね。
ここまで読んでくださっている方は、一体どんな気持ちでこの文字を読んでいることでしょう。
さかのぼること数年前。
私は実妹と姪たちと一緒に、アイススケート場に来ておりました。
冗談抜きで、数十年ぶりにきたスケート場。
冗談抜きで運動神経が、生まれながらに死滅している私にとって、ドッキドキの体験でございました。
でもまぁ拙いなりに足を動かせば、それなりに進んでいくものです。
たどたどしい動きながら、私は次第にスケートを楽しむようになっていました。
時折休憩をはさみ、汗ばんだこともあり今までつけていた安全用のヘルメットを外して、再び私はリンクへと進んでいきます。
えぇ、この文章でお察しですね。
まぁまぁな勢いで、気持ちよく滑っていた私の足が突然、何かに引っ掛かります。
がくりと傾ぐ体。
とっさに反対の足で体勢を整えようとする私。
けれどもそこに現れるのは、そう「加齢」と「運動音痴」という呪いです。
それに抗うことが出来なかった私は、手よりも先に顎を思い切り氷の上に打ち付けます。
さらには勢いが止まらず、しばしそのまま「アイススケート」ならぬ「顎スケート」をする羽目に。
恥ずかしさを堪え何とか立ち上がり、その場から逃げるように去ると妹の元へ向かいます。
自分では見えない顎がどうなっているか、私は妹に尋ねました。
「うわー、まぁまぁ血ぃ出てるよ。……えっと、もう夕方だし帰ろうか」
かなり同情した声と、顎からの痛みがじんじんと響きます。
すっかり滑る気力をなくし、私たちはそのまま帰ることになりました。
妹の家で消毒をしてもらい、絆創膏などは貼らずに自分の家に帰り翌日は仕事です。
会社ではお約束通り、「とはってばやっちゃったねトーク」を同僚たちとくり広げそこから数日。
さすがに出血こそ止まったものの、その後にやってくるものに私は悩まされることになりました。
そうです、痣です。
思い切り打ち付けた顎には、青色と紫色が混じった痣があらわれだしたのです。
じわりじわりと時間をかけて、それは日々広がっていきました。
傍から見たらヒゲのように見えるこの痣が、ずっと残ったらどうしよう。
口には出さないものの、ひそかにそれを不安に思いながら私は生活を続けました。
しかしながら、痣は治る気配もなく日々、顔の上の方へと侵略を続け、次第に唇の方へと近づいてくるまでに。
不安になった私はフユミに相談します。
「ねぇ、フユミ。……相談したいことがある」
深刻な表情の私に、流石に真面目な顔で彼女は頷きます。
「あのさ、……ヒゲ化が止まらないの」
真面目に、至って真面目に私は相談しました。
フユミが、いつになく苦しそうな表情をしています。
それを目にしながらも、私は続けます。
「このままだと、ヒゲが唇まで行くかもしれない」
真面目に、あくまで真面目に(以下略)。
フユミが私から目をそらしました。
可哀想な私を、見ていられなくなったようです。
ここまでは本当に私も真面目に話していたのです。
ですが彼女の反応に、なんだか笑えてくるのと、いたずら心が生まれてきてしまいます。
「ねぇ、フユミ。……ヒゲがもし、唇までたどり着いたら口ヒゲじゃなく唇ヒゲって呼ぶのか……」
「うるさい、ヒゲ女! さっきから人が真面目に聞いてれば、ヒゲヒゲヒゲヒゲ言ってきて! あー、真面目に聞いて損した」
どうやらフユミにはカルシウムが、そして私には空気を読む力が足りていなかったようです。
こうして私には、「ヒゲ女」というあだ名が爆誕したのです。
心配していた痣は、時間はかかったものの、ぶつけた場所から次第に消えていきました。
しかしながら治る工程で、下から痣がじわりじわりと上がっていくその様を見たフユミから、「大陸移動説」という新たなあだ名を付けられる羽目になりました。
私的には許せないものの、そのネーミングセンスは狂おしく好きだという感情に苛まれたのも、今ではいい思い出と言えるのかもしれません。
さて、皆さまにはどんなあだ名がありますか?