番外編:プラとおじさんと私
ある朝、私は玄関前で考え込んでおりました。
目の前には、もっさりと置かれたごみ袋たち。
この日、私の住む地域では、二種類のごみが重なる日だったのです。
おりしも『春の片づけじゃーい』と、捨てたプラスチック資源のごみがどっさりとありましてね。
目視する限りでも、5袋ほどはありましょうか。
私はうなりながら、この後の行動を考えていきます。
もちろん二回に分けて、捨てに行けばいいのは分かっています。
ですが、誰しもごみ捨ては一度で終わらせたいもの。
私の家は集合住宅なので、また上がってくるのも面倒だという思いがあったりするわけです。
できれば通勤で家を出る際に一気に持って行って、「はい、完了! さぁ、頑張って仕事に行くぞー!」と気持ちよく職場に向かいたいではないですか。
皆さまがご存じのように、プラスチックごみは、かさばる量は多くても軽量です。
つまり一度手に持ってしまえば、運ぶのはそんなに苦ではない。
そこで私は、出かける準備を終わらせると、家族の一人を玄関に呼び寄せます。
「今から私は、この大量のごみを捨てに行く。もし運びきれなかったら、残りは任せた」
家族はうなずき、私が次々とごみ袋を手に取っていくのを見守ります。
多少つかみにくいものの、一度で運べそうだと判断した私は、半分を玄関の外へとひとまず出すことに。
えぇ、全部持っていたら両手がふさがり、玄関が開けられませんからね。
残りの半分を持ち高々と掲げると、「見たか、これが私の生きざまよ!」と見守る家族へと言い放ちます。
「いいから仕事行けよ」
そんなツンデレ励ましの言葉を受け、私は玄関を出ます。
くるりと振り返り、一旦ごみ袋を床に置き、施錠のために鞄から鍵を取り出しました。
ゆっくりと閉まる扉からは、こちらを見ている家族の姿。
一度で運べるという達成感。
それと家族を笑わせてやろうという考えが混じり合い、私の口が開いていきます。
「♪はぁ~こべるよ。運べるよぉ~。一度にごみが運べるよ~」
お腰につけた黍団子を欲しがる、例の獣たちの歌のリズムに合わせて私は歌いはじめました。
それに気付いた家族は、私のことを黙って見つめています。
「朝からばかだな、こいつは」
そんな気持ちが視線から感じられますが、気のせいでしょう。
そして後ろから「良かったですね」という声が聞こえるのも、きっと気のせいでしょう。
……気のせいでしょう、……かね?
恐る恐る振り返れば、同じ階の住人のまぶしい笑顔が目に入ります。
「おはようございます。良かったですね」
本日二回目の『良かったですね』をいただきました。
私の背後で、「ぶふっ」という家族のこらえきれなかったであろう笑い声が聞こえます。
予想外の形で、私は家族を笑わせることに成功いたしました。
で・す・が!
聞かれたよ~、聞かれちゃったよ~!
顔面が熱くなっていくのが自分でもわかります。
とはいえ、このまま黙っているのも良くないではないか。
せめて返事をして、ついでに言い訳もしておきたい。
まずはあいさつからだ、うんそれからだ。
『はい、おはようございます!』
この言葉から始めて、説明を始めればいい。
わずかな時間でそれを判断し、私は口を開こうとしました。
ですが、忘れていたのです。
テンパった私は、だいたい実行しようとした行動が出来ない人間だということを。
極度のあがり症の人間は、こういう時、……噛みます。
「はぁい! んまぁす!」
全然かわいくないイクラちゃんもどきが、ここ東海の地に誕生しました。
住人の方はしばし固まった後、あいまいな笑みを浮かべ、私から離れていきます。
同じフロアであることを、後悔しているかもしれません。
ですが申し訳ありません、私はまだここに住んでいたいのです。
そんな願いを笑みにのせ見送る私に、その方は背中を向けて、いそいそと部屋へと帰っていきました。
……さぁ、私も仕事に行かなければ。
施錠をし、大量のごみ袋と果てしない後悔を抱え、私は歩き始めます。
歩くたびに、どんどん生まれるのは恥ずかしいという気持ち。
こんな時、誰かいれば「やっだぁ、もう私ってば失敗しちゃったじゃーん!」とか言えるのに。
ごみを捨て、車に乗り込んだ私は思います。
会社で、誰かにこの話を聞いてもらおう。
それで思いっきり笑ってもらって、この気持ちを昇華してしまえばいいと。
自宅を七時前に出るということもあり、朝の道路はすいており、渋滞もなく私は会社の近くまでたどり着きます。
さて、何と話そうか。
そんなことをぼんやり考えながら、細い道を徐行しながら進んでいきます。
そんな私の進行方向に、缶コーヒーを持った男性がいるのが目に入りました。
どうしたことか、男性は缶コーヒーを掲げています。
なんだかとてもいい笑顔で、晴れ渡った空に掲げ、何かを話していました。
とりあえず、周囲と男性の視線の先である空をさらりと見るも、人の姿はなし。
もう一度、言いましょう。
人の姿はありません。
おっさん誰~!
あと、おっさんと話しているのは誰~!
正直、そこそこワイルドな治安の場所の勤務先だけど、こんなの初めて見たよ~!
そんなドキドキを抱え、会社に着いた私は階段を駆け上がります。
すでに出社していたフユミの「おはよう」をかき消し、「聞いて! フユミ! 今すぐ聞いて!」と叫ぶ私に、さすがのフユミも驚いた様子を見せてきました。
とりあえず今朝のごみ事件とコーヒーおじさんの話をすれば、彼女は机に突っ伏します。
「待って、情報量が多すぎる。あんたもおじさんもやばすぎ。理解が追い付かない」
肩を震わせ、動けなくなっているフユミを見て私は思います。
彼女に話したおかげで、私の気持ちはすっかり昇華できているなと。
――けれどもフユミには、この出来事の消化は難しかったようです。
恐ろしいですね。
これも、ワイルドな治安のなせるものなのでしょう。
気をつけていきたいものだ。
そう考えながら、私は仕事の準備を始めるのでした。




