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我らの言葉は鈍器です 〜東海の片隅で今日も女子事務員は言葉と思いをぶつけ合う〜  作者: とは


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15/23

番外編:プラとおじさんと私

 ある朝、私は玄関前で考え込んでおりました。

 目の前には、もっさりと置かれたごみ袋たち。

 この日、私の住む地域では、二種類のごみが重なる日だったのです。


 おりしも『春の片づけじゃーい』と、捨てたプラスチック資源のごみがどっさりとありましてね。

 目視する限りでも、5袋ほどはありましょうか。

 私はうなりながら、この後の行動を考えていきます。


 もちろん二回に分けて、捨てに行けばいいのは分かっています。

 ですが、誰しもごみ捨ては一度で終わらせたいもの。

 私の家は集合住宅なので、また上がってくるのも面倒だという思いがあったりするわけです。

 できれば通勤で家を出る際に一気に持って行って、「はい、完了! さぁ、頑張って仕事に行くぞー!」と気持ちよく職場に向かいたいではないですか。

 皆さまがご存じのように、プラスチックごみは、かさばる量は多くても軽量です。

 つまり一度手に持ってしまえば、運ぶのはそんなに苦ではない。

 そこで私は、出かける準備を終わらせると、家族の一人を玄関に呼び寄せます。


「今から私は、この大量のごみを捨てに行く。もし運びきれなかったら、残りは任せた」


 家族はうなずき、私が次々とごみ袋を手に取っていくのを見守ります。

 多少つかみにくいものの、一度で運べそうだと判断した私は、半分を玄関の外へとひとまず出すことに。

 えぇ、全部持っていたら両手がふさがり、玄関が開けられませんからね。

 残りの半分を持ち高々と掲げると、「見たか、これが私の生きざまよ!」と見守る家族へと言い放ちます。


 「いいから仕事行けよ」


 そんなツンデレ励ましの言葉を受け、私は玄関を出ます。

 くるりと振り返り、一旦ごみ袋を床に置き、施錠のために鞄から鍵を取り出しました。

 ゆっくりと閉まる扉からは、こちらを見ている家族の姿。


 一度で運べるという達成感。

 それと家族を笑わせてやろうという考えが混じり合い、私の口が開いていきます。


「♪はぁ~こべるよ。運べるよぉ~。一度にごみが運べるよ~」


 お腰につけた(きび)団子だんごを欲しがる、例の獣たちの歌のリズムに合わせて私は歌いはじめました。

 それに気付いた家族は、私のことを黙って見つめています。


「朝からばかだな、こいつは」


 そんな気持ちが視線から感じられますが、気のせいでしょう。

 そして後ろから「良かったですね」という声が聞こえるのも、きっと気のせいでしょう。


 ……気のせいでしょう、……かね?


 恐る恐る振り返れば、同じ階の住人のまぶしい笑顔が目に入ります。


「おはようございます。良かったですね」


 本日二回目の『良かったですね』をいただきました。

 私の背後で、「ぶふっ」という家族のこらえきれなかったであろう笑い声が聞こえます。

 予想外の形で、私は家族を笑わせることに成功いたしました。


 で・す・が!


 聞かれたよ~、聞かれちゃったよ~!

 顔面が熱くなっていくのが自分でもわかります。

 とはいえ、このまま黙っているのも良くないではないか。

 せめて返事をして、ついでに言い訳もしておきたい。

 まずはあいさつからだ、うんそれからだ。


『はい、おはようございます!』


 この言葉から始めて、説明を始めればいい。

 わずかな時間でそれを判断し、私は口を開こうとしました。

 ですが、忘れていたのです。

 テンパった私は、だいたい実行しようとした行動が出来ない人間だということを。

 極度のあがり症の人間は、こういう時、……噛みます。


「はぁい! んまぁす!」


 全然かわいくないイクラちゃんもどきが、ここ東海の地に誕生しました。

 住人の方はしばし固まった後、あいまいな笑みを浮かべ、私から離れていきます。

 同じフロアであることを、後悔しているかもしれません。

 ですが申し訳ありません、私はまだここに住んでいたいのです。

 そんな願いを笑みにのせ見送る私に、その方は背中を向けて、いそいそと部屋へと帰っていきました。


 ……さぁ、私も仕事に行かなければ。

 施錠をし、大量のごみ袋と果てしない後悔を抱え、私は歩き始めます。

 歩くたびに、どんどん生まれるのは恥ずかしいという気持ち。

 こんな時、誰かいれば「やっだぁ、もう私ってば失敗しちゃったじゃーん!」とか言えるのに。


 ごみを捨て、車に乗り込んだ私は思います。

 会社で、誰かにこの話を聞いてもらおう。

 それで思いっきり笑ってもらって、この気持ちを昇華してしまえばいいと。

 自宅を七時前に出るということもあり、朝の道路はすいており、渋滞もなく私は会社の近くまでたどり着きます。

 さて、何と話そうか。

 そんなことをぼんやり考えながら、細い道を徐行しながら進んでいきます。

 そんな私の進行方向に、缶コーヒーを持った男性がいるのが目に入りました。

 どうしたことか、男性は缶コーヒーを掲げています。

 なんだかとてもいい笑顔で、晴れ渡った空に掲げ、何かを話していました。

 とりあえず、周囲と男性の視線の先である空をさらりと見るも、人の姿はなし。

 もう一度、言いましょう。

 人の姿はありません。


 おっさん誰~!

 あと、おっさんと話しているのは誰~!

 正直、そこそこワイルドな治安の場所の勤務先だけど、こんなの初めて見たよ~!


 そんなドキドキを抱え、会社に着いた私は階段を駆け上がります。

 すでに出社していたフユミの「おはよう」をかき消し、「聞いて! フユミ! 今すぐ聞いて!」と叫ぶ私に、さすがのフユミも驚いた様子を見せてきました。

 とりあえず今朝のごみ事件とコーヒーおじさんの話をすれば、彼女は机に突っ伏します。


「待って、情報量が多すぎる。あんたもおじさんもやばすぎ。理解が追い付かない」


 肩を震わせ、動けなくなっているフユミを見て私は思います。

 彼女に話したおかげで、私の気持ちはすっかり昇華できているなと。


 ――けれどもフユミには、この出来事の消化は難しかったようです。


 恐ろしいですね。

 これも、ワイルドな治安のなせるものなのでしょう。

 気をつけていきたいものだ。

 そう考えながら、私は仕事の準備を始めるのでした。


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[一言] 朝から笑いをありがとうございました(笑) そしてその後きっと生暖かい目で皆微笑ましくとは様を見ているのが想像させられました(* ॑꒳ ॑* )⋆* 続きは後ほど拝読させていただきます(* ॑…
[一言]  面白かったです。私のサイト内感想の一言目はほとんど「面白かったです」です。シリアスな作品にもこの「面白かったです」スタートが多いです。わざわざ「『笑える』という意味ではありません」とか書き…
[良い点] とはさんにも謎のおっさんにも爆笑www あぁでも、なんだか気分が良くて歌っていたら聞かれて恥ずかしい思いをした経験、僕も何度かあります笑 [一言] もしかしたら謎のおっさんも歌っていたのか…
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