第9話 それは成長という名の進化
「はっ……はっ……!」
廃城の中を駆け抜け、壁と壁の間を飛び回る。
そんな俺を追いかける――1体の影。
『ワオン! ワオン!』
紫の毛並みをした狼のような妖怪、千疋狼。
その体躯は、まだ子供である俺よりだいぶ大きい。
鋭い爪と牙を剥き出しにして、俺を餌にするべく執拗に追い駆け回してくる。
「そろそろ、かな……?」
紫毛の千疋狼に追い立てられ、俺はやや開けた場所へ出る。
すると、
『ワオンッ!』
『ガオオ!』
『ウオオオン!』
待ってましたとばかりに、同じ紫毛をした3匹の千疋狼が飛び出してくる。
俺を追い駆け回していた奴は追い立て役。
で、こいつらが仕留め役ってワケだ。
もっとも、そんなのは最初から承知の上で追い駆けっこをしていた。
だって――
「この方がまとめてやれるから、楽なんだよね」
拳を握る。
1撃、2撃、3撃――。
紫毛の千疋狼たちが襲い掛かるよりもずっと速く、連続で殴打を繰り出し、魔力を流し込む。
ほぼ同時。
ほとんど時間差なく、3匹の千疋狼たちが弾け飛んだ。
『――!? ワオオ!?』
追い立て役だった最後の一頭が、驚愕した様子で身体を硬直させる。
その隙を見逃すことなく――
「ごめんね」
殴打で仕留めた。
抵抗力を失った相手を殺すのは気が引けるけど、こうしないとまたどこかで人が襲われる。
それを未然に防ぐには、こうするしかない。
当然、爺やからの課題って理由が一番ではあるけど。
「はぁ~……これでやっと50匹かぁ……。先が長すぎるよ……」
床の上に寝転ぶ俺。
――爺やから妖怪200匹の討伐を課せられて、既に8ヵ月が経過。
ぶっちゃけ、経過は順調とは言い難い。
それは何故か?
理由はシンプル、攻撃方法を徒手空拳に限定しているから。
俺は爺やからの教えを忠実に守って、ひたすら〝魔力の収縮〟を意識しながら立ち回っている。
魔力をしっかり抑えるように――魔力を放つのは打突の瞬間だけに――と。
お陰で魔力のコントロールはかなり上達したし、暴走なんてもうずっと起こしていない。
まさしく修行の成果だと思う。
けどやっぱり、一切の遠距離攻撃をしないってのは不便なんだよな。
さっきは全部の千疋狼を仕留められたけど、あれは要領のよかったパターン。
群れの中の1~2匹を倒したら、後は一斉に逃げ出されるなんてザラ。
だから効率よく討伐数が増えていかないのだ。
アイツら逃げ足も速いし。
最近なんとなく理解したんだけど、妖怪って賢い。
低級妖怪の多くが群れで狩りを行うし、そのくせ自分たちが不利だと判断すれば一目散に逃げ出す。
オマケに、こっちがなにを考えてるのかを察する能力も敏感。
だから野生動物を相手にしてるというより、人間を相手にしてる感覚に近い。
なんだかその内、言葉を喋る奴とか出てくるんじゃないかって気までしてしまう。
あんまり考えたくないけど……。
遠距離攻撃を行えばぐっと楽に狩れるんだろうけど……それじゃ修行にならない気もするし。
それになんか、ダンジョンを木端微塵にしちゃいそうで怖いんだよな……。
まあ――魔力の使用に制限をかけていたお陰で、気付いたこともあるけど。
「……うんしょっと」
起き上がり、目を瞑って、脳内で想像。
イメージするのは、小さなスズメの姿。
すると――俺の身体からズズッと魔力が漏れ出て、地面へと落ちる。
初めは不定形のオーラのようだったが、すぐに形を成していき――可愛らしい小鳥へと姿を変えた。
『チュン』
「よし、綺麗なスズメになったな」
俺は小さなスズメを手の平に乗せる。
しっかりと体温があって温かく、毛並みもフワフワ。
ちゃんと生きている証拠だ。
「それじゃ偵察をお願いできる? 妖怪を見つけてきてほしいんだ」
『チュン!』
お願いすると、スズメはすぐに飛び立っていく。
――そう、俺は自分の魔力を実体化できることに気付いたのだ。
実体化、具現化、具象化――どの言い方が正しいのかはわからないけど、とにかく思い描いたイメージをアウトプットし、魔力で形成することができる。
それこそ、まるで3Dプリンターみたいに。
これを知ることになった切っ掛けは、本当に些細なことだった。
「妖怪を追い駆け回すの面倒くさいな~」
「群れで動く奴らは偵察役がいていいよな~」
「俺も動物とか使って偵察できないかな~」
……爺やには言えないが、ぶっちゃけ妖怪狩りが30体を超えた辺りでそんなことを思っていた。
これソロでやることじゃねーよ、と。
その時、俺は漠然と小さな動物をイメージした。
そんな相棒いたらな、って。
すると――さっきと同じように魔力が実体化し、本当の生き物が出てきたのである。
最初は凄く驚いたけど、今では何の気なしにできるまでになった。
やっぱり味方がいると凄く助かるよ。
『チュン! チュン!』
飛び去ったスズメが戻って来る。
どうやら妖怪を見つけたようだ。
「よし、今日はそいつで最後に――」
「……あの~、ちょっといいかな?」
最後にして帰ろう――。
そう言おうとした俺の背後から、女の子の声が聞こえた。
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