第1話 才能を持って生まれたかった
「だからさぁ! ちゃんと仕事しろっつってんだよ!」
ガラの悪いクレーマーがダン!とカウンターを叩く。
ここはどこにでもある商業ビルに入っている、どこにでもあるメガネ屋。
そして俺はどこにでもいる平店員だ。
「……申し訳ございません」
「レンズに傷がついた商品売るとかなに考えてんの!? おまけにフレームも歪んでるしさぁ! 保証書持ってきたんだから、すぐ交換するのが筋ってモンだろうが!?」
「……ですがお客様、こちらの商品は購入から既に2年経過しておりまして、保証書も既に有効期限が切れております」
「だからなんだよ? そんなのそっちの都合だろうが。それに買った時から不良品だったんだよ。交換しろっつったら交換しろクズが!」
……たまにいるモノだ。
強気に出ればなんでも自分の思い通りになると、そう勘違いしてる手合いは。
買ってから2年も使って不良品だとか、自分で言ってて恥ずかしくないのだろうか?
それにメガネの傷や曲がり方からして、どうせそこらで喧嘩でもしてきたに決まってる。
で、買い直すのが面倒だからタダで交換しろと。
こういう輩がいるから世界は平和ならないんだなと、つくづく実感するよ。
「もうテメーじゃ話にならねぇ、店長だせよ店長!」
「あの~お客様、私が店長でございます。担当変わらせて頂きますね」
俺の後ろから出てきた店長が、クレーマーの対応を変わってくれる。
彼らがしばらく話した結果、最終的にはこちらが折れて新品に交換するという流れになった。
ようやくクレーマーが帰ると、
「やれやれ……困っちゃうよねぇ、ああいうお客さんは」
「店長、ありがとうございました……」
「ハジメくんもお疲れ。クレーム対応の件をマネージャーに報告しなきゃいけないから、キミはお店の方を見ててよ。今日は残業になっちゃうと思うけど、頼むね」
「……わかりました」
販売業をしていると、こんなことが度々ある。
その日、諸々の処理を終えて店長と店を出たのは、結局夜の11時を過ぎていた。
――俺の名前は河内ハジメ。
年齢は35歳。
趣味はアニメ鑑賞とゲーム。
ただどっちも最近はあまりやれてない。
他に生き甲斐と言えば、仕事から帰ってビールを飲むことくらい。
……俺は、生まれつきなんの特別性もない人間だった。
普通の家庭に生まれて、普通に小中高を卒業。
一応大学にも進学したけど、そこで学んだ知識を生かす職業に就くことはなかった。
今の仕事が嫌いなワケじゃないけど、愛着もないし満足もしていない。
いや、販売業という形態には愛想が尽きているが。
辞めようと思えばいつでも辞められる程度には嫌気が差してる。
でも他にやりたいことがあるワケでもないし、特殊なスキルや才能なんてなにもない。
だから鬱屈とした現状維持が続いてしまっている。
チャレンジングで面白いことをしてみたくはあるけど、具体的になにをしたらいいのかさっぱりわからない、そんな感じ。
もっとも、俺みたいな人間なんて星の数ほどいるのだろう。
そう思い込むことで自分を納得――いや安心させてきた。
これが普通なんだと。
こんな虚無感を抱えた日常こそ、世間が言う幸せなのだと。
なんの才能もない俺には、相応しい生き方なのだと。
けど……せめて次の人生では――なにか才能を持って生まれますように。
来世では、もう少し違う人生を歩めますように。
神様にそう願って、また虚無しかない明日を迎える。
結局は、それが俺の人生なのだ。
「あ~、今夜も冷えるねぇ。早くお酒飲んで温まりたいよ。ハジメくん、どこか寄ってく?」
「いえ、俺は結構です……」
「あちゃ、残念」
店長と一緒に店を出た俺は、電子看板や客引きのお姉ちゃんがひしめく街の中を歩く。
こんな時間でも、駅前はまだまだ明るくて華やか。
店長のようにふらっと飲み屋に立ち寄るサラリーマンたちも大勢見受けられる。
そんな中――ビルに取り付けられた巨大スクリーンに、なにやらニュースキャスターらしき女性が映し出された。
『ニュース速報です。先週練馬区に出現した新ダンジョンが、魔力保持者によって攻略されたとのことです。魔力という特別な才能を持って生まれた彼らの活躍は注目され続けており、警視庁は――』
ニュースキャスターの読み上げと共に映し出される、笑顔で手を振る若者の姿。
気分は完全に有名人なのだろう。
「へ~、あのダンジョン、もう攻略されたんだ」
店長がニュースを見てあまり興味なさ気に呟く。
ぶっちゃけ俺も興味ない。
だってあまりにもありふれた内容なんだもの。
――ダンジョン。
この世界とは異なる時空に存在する、文字通りの異界。
今からおよそ100年前、それは突如現れた。
なんの前触れもなく〝巨大な門〟――通称Dゲートが日本中に出現。
この門の中は入り組んだ迷宮となっており、〝妖怪〟が跋扈する危険地帯となっていたのだ。
妖怪は並の人間では太刀打ちできないほど凶暴で、尚且つ人を喰らう習性がある。
生命力も桁違いに高く、軍用銃を使っても簡単には殺せない。
Dゲートが現れた当初は自衛隊が送り込まれたが、妖怪のせいでほとんどが全滅、あるいは壊滅という結果に終わっている。
運良く生還した自衛官は「ヒグマやライオンに襲われた方がまだマシだ!」なんて叫んだとか。
さらに恐るべきことに、妖怪はDゲートを超えて街中に出没。
Dゲートの外で人が喰い殺される事件が多発し、一時日本中がパニックとなった。
人類はそんな危険な存在と出会ってしまったのだが――一方、時を同じくして日本人の中にも変化が起き始める。
〝魔力〟を持つ人々が現れ始めたのだ。
自衛隊でも倒せなかった妖怪を、彼らは魔法を用いて駆逐してしまった。
――魔力は、妖怪に対抗できる唯一の力。
極めて特別な才能。
それが誰の目にも明らかとなる。
彼らが現れてくれたお陰で、妖怪が街に出てくる前にダンジョンに乗り込んで倒す、という事前対策も取れるようになった。
今や魔力保持者は、日本の治安維持に欠かせない存在。
政府も多額の予算を計上して彼らを支援している。
そんな経緯も相まって、魔力保持者は常に注目の的。
要するに有名人なのだ。
妖怪から人々を守ってくれるアイドル、みたいな。
故に魔力保持者がダンジョンを攻略――つまりダンジョン内全ての妖怪を駆逐すると、必ず話題になる。
しかもDゲートは定期的に出現するため、割と頻繫にTVにも映る。
だから、ありふれた内容なのだ。
「それじゃ、僕は電車だから。明日は開け作業よろしくね」
「はい、お疲れ様です」
駅前で店長と別れ、俺は一人で歩き始める。
明るい街中を抜けて市街地へと入り、僅かな街灯だけが灯る薄暗い道を進んでいく。
「この辺はいつ通っても不気味だよな……。いつか妖怪でも出そうだよ」
思わず縁起でもないことが口から出る。
それと同時に、ふと脳裏にさっきのニュース映像がフラッシュバックした。
ニュースに出るほど活躍する、若い魔力保持者たちの姿が。
……彼らは、疑いようもない人生の成功者。
魔力という才能を持って生まれた時点で、既に違う世界の住人。
「……俺もなにか才能を持って生まれたら、あんな生き方ができたのかな」
羨ましいよ、と思う。
でも考えたってしょうがない。
あーあ、やめやめ。
酒でも飲んで忘れ――
「……ん?」
俺は立ち止まる。
何故なら――進行方向の先に、黒い影のようなモノが佇んでいたから。
『オ……ア……』
グネグネと蠢く黒い影は、ゾッとするほど恐ろしい声で唸る。
それは明らかに、人ではなかった。
「――ッ! まさか、妖怪!?」
マジ、かよ――!
ホントに出やがった!
なんでだ、この辺にDゲートなんてなかったはずなのに――ッ!
俺が身の危険を感じ取ったと同時に、黒い影の一つ目がギョロっと開く。
その目がこちらを捉えると、得物を見つけたように黒い影は襲い掛かってきた。
「逃げ――っ」
すぐに走り出そうとして足を一歩出した――その瞬間、俺は腹部を抉られる。
黒い影に、身体を食い破られたのだ。
「う――ぐぁ――ッ!」
激痛で地面に倒れる。
食われた腹から力と体温が流れ出る感覚。
痛い――痛い――痛い――!
「う、嘘だろ……こんな……ッ」
――こんな、こんなところで俺の人生終わりなのか?
俺はこのまま死んじまうのか?
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ!
ふざけんなよ畜生!
こんなのが俺の人生なのかよ!
俺、まだなんにもしてない……なんにもできてないじゃねぇか!
こんな……クソみたいな人生のまま、終わるのかよ――!
――意識が朦朧としてくる。
そして霞む視界の中で、黒い影が俺の顔を覗き込んでくる。
最後、意識が途絶える瞬間に見たのは――黒い影に飲み込まれる光景だった。
==========
「――おめでと――――元気な――――ですよ――――」
……ん?
誰かの声が聞こえる。
女性の声だ。
それに明るい。
さっきまで暗い夜道にいたはずなのに。
っていうか、アレ?
俺、どうなったんだ?
妖怪に襲われて死んだと思ったのに――
力を振り絞り、重い瞼を開いてみる。
すると――
「ほぉら、いい子ね~。さ、ママに抱っこしてもらおうか♪」
そこには、巨大な看護師さんがいた。
な、なんだ!?
この人、マジでデカいぞ!?
驚いた俺は、咄嗟に声を上げる。
「おぎゃあ!」
――え?
今の、俺の声なのか……?
でも明らかに赤ん坊の――
事態が飲み込めないまま、俺は巨大な看護師さんに抱っこされる。
そしてすぐに、別な女性の胸元へと移動させられた。
勿論、その女性もかなり大きい。
――いや、違う。
これは、彼女たちが巨大なんじゃない。
俺が、とてつもなく小さくなってるんだ。
それに身体の自由も効かない。
まるで全身の筋肉が弱り切った――というより未成熟になったような、そんな感じ。
「ああ……私の可愛い赤ちゃん……」
女性が愛おしそうに俺の頬を撫でてくれる。
この時、俺は確信した。
どうやら自分は――赤ん坊に転生してしまったらしい、と。
ぜひブックマークと評価をよろしくお願いします!