閑話 ヴィルヘルム①
よろしくお願いします。
家から追い出された後のこと。
冒険者ギルドに登録したヴィルヘルムは、苛立ちをすべてモンスターにぶつけながら過ごしていた。
ストレス発散をしているのに、苛立ちは一向に減らない。
どこにいても、何をしていても、父親のあのセリフと表情がフラッシュバックする。
あの日の衝撃は一言で言い表せなかった。
父親に見捨てられたのだから当然ではあるだろう。
しかし、それだけではなかった。
とうに父親には見限られているだろうと思っていたし、自分も見限っているものだと思った。しかし、父親からのセリフにショックを受けた。その事実にもショックを受けた。自分は何を言われてももう響かないだろうと思っていたのに、まだ未練たらしく父親からの気持ちをどこかで信じていた証拠だった。
幼少期はまだよかった。
少し神経質だけどよく笑う父親。
厳しいけれど優しい母親。
そして、生意気だけれど悪友ともいえた弟リヒター。
楽しく過ごしていたはずだった。
最初に歯車が狂い始めたのはスキル鑑定の時。
聞いたこともない『編集』のスキルを告げられた時に頭の中は疑問符でいっぱいになったけれど、『あとでお父さんとお母さんに聞けばいいや』くらいにしか思っていなかった。その後はお祝いにアイスでも買ってもらって帰ろうと考えていたくらいだ。
しかし、父親の表情を見て、その考えが甘かったことがすぐに分かった。
父親はまるで汚いものでも見るかのような表情をしていた。
何も言えずに、ただ母親の手を握って帰った。
それから父親は笑うことが減ったが、そもそも仕事であまり家にいないので、夜だけ我慢すればいいと思っていた。
日中は相変わらず弟と遊んでした。
しかし、この後起きたことですべてが完全に変わった。
町の近くでモンスターの反乱がおきたのだ。
まだ小さなダンジョンがクラッシュしたらしい。
そこからあふれ出たモンスターは運悪くヴィルヘルムの家の方へ向かってった。
近隣数棟の家をなぎ倒し、走り去っていく。
その少し前まで、ヴィルヘルムは弟と一緒に町の中心広場で遊んでいたが、おもちゃを忘れただとかの理由で、兄権限でヴィルヘルムが命令して弟1人にとりに行かせていた。
ただ事ではない物音は、中心広場にまで響き渡っていたので、ヴィルヘルムは慌てて家まで走っていった。
角を曲がって家が見える直前まで、弟の無事を信じていた。小賢しいけれど頼りになる弟だ。きっと危機にすぐ気が付く。誰よりも早く気が付く。そう祈りながら走っていった。
そして、つぶれた家が見えた瞬間、すべてをあきらめてしまった。それほどまでに家はもろく崩れ去っていた。
家々の前には泣き崩れる家族や身内がすでに集まっていた。
近所の占い師のおばあちゃんもいた。
母親は仕事に行ってしまっている。
父親も仕事に行ってしまっている。
弟は、きっと崩れた家の下敷き。
何もできずに立ち尽くしていると、占い師のおばあちゃんがそっと手をつないでくれた。
「フコ・サワ、フコ・サワ(大丈夫)」
おばあちゃんがずっと呪文を唱えてくれていた。
少し遅れて騎士団が到着した。
父親は先頭の馬に乗って騎士団を率いていた。
団員に指示を出した後、家に騎乗のまま駆け付けた。
「リヒターはどうした。」
父親は固い顔で、ヴィルヘルムへ目も合わせずに問いかける。
ヴィルヘルムが俯いて首を振ると、舌打ちをして踵を返して去って行ってしまった。
弟のリヒターは優秀だった。
きっと父親もリヒターに期待していた。
リヒターは運動神経がずば抜けていた。軽業師のように屋根まで上ったり木を伝ったり。鬼ごっこでは最強だと思っていた。
また機転がよくきく。そして何よリ度胸があった。
しょうもないいたずらを思いついては、兄のヴィルヘルムも巻き込んで実行し、成功させてしまう。
二人は近所では有名な悪童兄弟だった。
ヴィルヘルムに有能なスキルがないと分かった後、明らかに父親はリヒターに期待していた。
反抗的なリヒターはよく「おやじうざい」と言って煙たがってたが。
そんなリヒターが死んだ。死んでしまった。
あの時自分がおもちゃとってこいなんて言わなければ。もしくは一緒に行っていれば、外の様子がおかしいと気がついて間に合ったかもしれない。
そんな後悔がずっと胸に残っていた。
倒壊した家は町長の指示によって撤去された。
遺体は発見されなかったが、モンスターが持ち去ったものとされた。
それ以降、母親は気が狂ったように父親に当たり散らすようになった。
なぜ騎士団長でありながら、息子を助けてくれなかったのだと。
それは無茶な願いであったと誰もがわかっていたが、止められなかった。
父親はヴィルヘルムを何とか鍛えなおそうとしたが、教育方針が母親とあわずに喧嘩となり、やがて家に寄り付かなくなった。
母は厳しいけれど優しかった。母の期待に応えようと頑張った。そんな母との二人暮らしは案外悪くなかった。
ちなみに占い師のおばあちゃんは身寄りをなくしてしまった。一人で町角で占いをしながら住むよと言っていた。たまに会いに行っておしゃべりをしてあげた。ヴィルヘルムにとっての数少ない味方だった。
やがて、父親に騎士団に入れと言われた。
何をいまさらと思ったが、意外と性に合っていたので、楽しかった。
それなのに。
父親はヴィルヘルムを見限った。
そして、家を立場を、弟という立ち位置まで奪い取ったアベルが憎くてならなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。