表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/24

ハッピーエンド(ハッピーエンド)

よろしくお願いします。

「よかった…。これで、ハッピーエンドだ。」


剣で切りつけられたアベルはそう呟いた。

驚愕したヴィルヘルムは突っ込みをいれる。


「お前が。自分が死んだら、バッドエンドだろ…!」


ヴィルヘルムは考える。

意味がわからない。どこがハッピーエンドなんだ。

先の言葉から察するに、こいつは何故かリヒターのことを知っていて、それを俺に教えに来たようだ。


確かに、あともう少しで知らずにリヒターを切るところだった。こいつのおかげでリヒターも助かったし、俺も助かった。それでも、人を助けて自分が死ぬのは、バッドエンドだ。


詳しいことは後で問い詰めることにして、とりあえず怪我の処置をしなければ。この場で出来ることは限られているけれど、止血だけでもしておきたい。


それにしても人を切るというのは妙な感触がするものだと感じた。まるで剣が吸い込まれるようだった。やはりモンスターとは違うのか。


ヴィルヘルムがそう不謹慎なことを思いながらアベルから服を剥ぎ取ると、不思議なことが起きていた。アベルの体のどこにも傷が無いのだ。


ヴィルヘルムは確かに剣がアベルの体を貫くのを感じた。


リヒターも剣が突き刺さっているのを見ていた。彼も何事もないなめらかなアベルの体を見て混乱しているようだった。


「おい、どういうことだ? なんで怪我をしていないんだ…。」


ヴィルヘルムが尋ねると、アベルも不思議そうな顔をして自分の体を見た。


「あれ…? 傷がない。」 


確かに痛かった。死ぬかと思った。でもよく考えると、切られたような衝撃というよりも、殴られたような衝撃だった気もした。切られた経験なんてないからわからないけど。


「なんで? 」


無垢な顔をしてアベルはヴィルヘルムを見上げる。


「…知るかよ。」


不可解なことが多すぎて、投げやりに返事をするヴィルヘルム。


「と言うより、俺の剣はどこだ? 」


ごちゃごちゃしていて気がつかなかったが、剣が見当たらない。黒くて歪な形の禍々しい聖剣。あんな存在感がある物が簡単になくなるわけがない。




立て続けに訳のわからないことが起きて、とうとうイライラし始めたヴィルヘルムを前に、アベルははたと思い当たる。


「あ、スキル。」


「え? 」


「僕のスキル。『剣を納めるもの』」


「は? 」


こんなスキル、アリだろうか? アベルは疑問に思いながらも、剣が突き刺さった場所あたりをさする。


「え、物理的に納めるの? 」


そう自問自答するアベルを見て、ヴィルヘルムはクラクラする頭を抑えながら話しかける。


「…とりあえず、無事なんだな。」


何が起きたのかは全くわからない。アベルに訪ねてもこれ以上解明できるとも思えない。ヴィルヘルムはアベルについては一旦思考を放棄することにした。






次に考えなければならないのは、リヒターのこと。


「おい。」


ヴィルヘルムはまだアベルの体の検分をしているリヒターに声をかける。


「お前、リヒターか?」


「…リヒター。」


包帯の男は頷く。そして、包帯を取る。その下から出てきたのは、大人の顔はしているもののどこか懐かしい面影の残る、弟の顔。


ヴィルヘルムは自分が兜をつけたままだったことを思い出し、自分も素顔を晒す。


今まで何度も剣を交えた相手。倒したかった相手が、なんと一番会いたいと願っていた人物だったなんて。


感極まり、堅い抱擁を交わす。


(殺さなくてよかった。)


お互い無言でそう思った。まさか異民族、異教徒、悪の組織とも言える魔教団に弟が入っているとは思わなかったので、これまでは全く気が付かなかった。瞳をゆっくり覗き込むなんてこともする暇がなかった。


相手リヒターも、まさか騎士になっているはずの兄が破落戸集団のような冒険者になっているとは思わず気がついていなかった。


ヴィルヘルムは改めて弟リヒターに問う。


「お前生きてたんだな…。それは良かったが、なんで魔教団なんかに入ってしまったんだ。」


「アリサハウ マネロ」


しかし、リヒターは首を振り異国の言葉を話すのみ。


「言葉を忘れてしまったのか?そういうこともあるのか…?」


リヒターが死んだと思ったのはまだリヒター5歳の時のこと。そこからどうにかして生き延びて異国で育ったのかもしれない。それにしても言葉を忘れるものかと驚くが、実際に目の前のリヒターは話せていない。


「お前、本当にリヒターなのか?」


「ミミ ニ ドゥグヤング。ミミ ニ リヒター」


リヒターはそう言い、頷く。ヴィルヘルムの言っていることは。何となくわかるようだ。


そして、放って置かれていたアベルがくしゃみをしたので、二人して服を着せてやった。


「お前ガリガリだな。」

「フコ サワ。ジェラハ リカポナ」


ヴィルヘルムとリヒターがそう言うと、アベルが不思議そうな顔をしてリヒターを見つめて動きを止めた。


「どうした?」

「ニニ キメトキヤ?」


同じ表情で見つめる二人。


「リヒターさんの話している言葉、ニニおばあちゃんに似てる。」


ニニおばあちゃん。街の占い師をしているおばあちゃん。街の子供なら皆一度は占ってもらったことがある。


予想外の場所で予想外の人物の名前を聞いて、飲み込めないヴィルヘルム。リヒターはニニおばあちゃんの名に覚えがあったのか、『ニニオバアチャン!』と興奮気味に名前を繰り返しながら頷いていた。どうやら知っている様子だった。


ヴィルヘルムもちょっと間が開いたが、顎に手をあてながら思い出したように言った。


「『フコ サワ』。ばあちゃんがよくまじないのように言っていた言葉だ。」


それを聞いてリヒターはまた頷いて『フコ サワ』といってアベルを撫でる真似をする。もしかしたら泣いている子供などをなだめるときに使うのかもしれない。


「まだわからないが、ニニオバアチャンに頼めばコイツの言っている言葉がわかるかも知れない。通訳を頼もう。…俺も疲れた。一旦みんなで街に、家に帰ろう…。」


こうして長兄の言葉で、長い旅路に出ていた兄弟それぞれは一緒に帰郷することになった。

読んでいただきありがとうございます。


リヒターの言葉はモデルの言語があります。

丸くて可愛らしい言語です。


翻訳

アリサハウ マネロ

言葉を忘れた


ミミ ニ ドゥグヤング

私は弟です


ミミ ニ リヒター

私はリヒターです


フコ サワ

大丈夫


ジェラハ リカポナ

怪我は治った


ニニ キメトキヤ?

どうしたの?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ