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ハッピーエンド(バッドエンド)

よろしくお願いします。

ダンジョン攻略で思わぬ才能を発揮して楽しい日々を送るアベルだが、本来の目的も忘れていなかった。(忘れそうにはなっていたが。)


それはヴィルヘルムと会うこと。


あちこちにあるダンジョンの中から、上手に攻略するダンジョンを選んで、ヴィルヘルムに徐々に近づいて行くことができていた。しかし、近づくだけでは駄目なのだった。ヴィルヘルムにはきちんと面と向かって話をしなければならない。






ラノベでは、宿敵の包帯の男を倒した後、その男が弟だったことをあるきっかけで知ることになる。そのきっかけとは、アベルにスキルを使おうとしたこと。もう少し正確に言うと、アベルにスキルが使()()()()()()こと。


実は宿敵の男にも、スキルが使えないことで苦戦していた。しかし、わからないことの方が多いこのスキルなので、原因追求は保留にしていた。そんな中、アベルにもこのスキルが使えなかったことで、ある仮説がたった。


仮説を裏付けるために、母親にもスキルを使ってみた。何も起きなかった。効果が出ないのではなく、体感的に発動していないようだった。


父親にも使えなかったが、アベルの母親には使えた。


ここから導き出される結果は簡単だった。このスキルは、血縁者には使えない。


宿敵の包帯の男は血縁者の可能性が高い。しかし、遠い親戚という可能性もあっただろう。その事実を確認するために、ヴィルヘルムは最終決戦を行った場へ行く。


そこはモンスターボックスのある北の森。戦いの日のままそこに横たわる亡骸の包帯をはずす。そこには、かつての幼い弟の面影を残した男が。


そしてヴィルヘルムは発狂する…。そこまでが、ラノベで読んだ流れ。


だから、ヴィルヘルムが弟リヒターに会う前にアベルはヴィルヘルムに会う必要があった。説得の方法は細かく決めていないが、何とかしてスキルの特性を知ってもらい、包帯の男がリヒターだと気づいてもらいたかった。






今までで一番大きなダンジョンを攻略した翌朝、アベルは散歩をしていた。


だいぶ外歩きにも慣れてきたので、一人で散策に出てきた。ゆっくりと考え事をしたかったのだ。


ここまでいきあたりばったりで計画を進めていた割には順調にことを運べていたが、一つ難関が待ち受けていた。それはヴィルヘルムに会う方法。


ヴィルヘルムを直接呼び出せたらよかったのだが、アベルが呼びつけたら怪しまれて、最悪逃げられてしまう。そこで考えたのが、騎士団から冒険者ギルドへの協力要請。


身分を伏せているヴィルヘルムは本名で登録して居ないのだが、ギルド登録の二つ名をアベルは小説を読んで知っていた。それは『エディター』。単純だなと思った。


素知らぬ顔でエディターを指名して呼び出そう。名案だ。そんなことを考えながら木々の間を歩いていた。


(思えば随分と遠くまで来たものだな。)


貧弱なアベルはあまり遠出をしたことが無かった。我武者羅に前に進んでいたらこんなところまで来てしまっていた。


(目標まではあと少し…。)


思考の海に沈んで足元がおろそかになっていたアベルは、目の前の傾斜が急になっていることに気が付かず、落ちた。






落ちた先は崖のようになっている所の中腹。幸い細い木が所々に生えており、何本か折りながらも途中で引っかかった為に大怪我はせずに済んだ。足場の悪い中、木に絡まった服を慎重に外していると、眼下に二つの動く影が見えた。


先程までアベルが歩いていた所よりも一段下がった、少し薄暗い森の中。動く影の片方はもう片方をこっそりつけているように見える。


追われている側は気がついていないのか、ただ歩を進めている。


暗くてよく見えないが、追う側はどうやら剣を携えているようだ。


「…ヴィルヘルム義兄さん!? 」


剣のフォルムの異様さでわかった。あれは聖剣。それを手にしたのはヴィルヘルム。鎧兜も被っている。


そして、追われる側。もう一つの人影は、異民族の服を着ていた。そして、顔は包帯で覆われている。


「…リヒター」

呆然と呟く。


(何故もう出会う? 小説ではもっと後だったはず。)


混乱するアベル。


小説では、この二人が出会うのはまだ先。この段階ではまだヴィルヘルムはダンジョン攻略で苦戦していたはずだった。


オークだらけの異質な中型ダンジョン。それはここよりももう少し南。北上しているアベルからしてみれば、もう少し手前にあるはず。


(ああ…。ダンジョンの芽をきっと僕がつぶしたんだ。)


作戦は失敗した。もう間に合わない。


目の前、丁度アベルの足元。皮肉にも手の届く範囲に会いたかった人がいるのに、手遅れだなんて。


そして、何も考えず、アベルは飛び降りた。


同じタイミングで剣を振りかぶるヴィルヘルム。


眼下に居た二人の間に飛び込んだアベルは変な体制で飛び込んだので、脇腹を深々と切られる。


切ったヴィルヘルム本人も勿論突然の第三者アベルの出現に驚いているが、背後で突然殺人事件が起きているのを見たリヒターも激しく動揺する。


『どういうことだ? 』とか、『何でこんな所に子どもが…。』とか言いながらワタワタするヴィルヘルム。ひと呼吸おいて、目の前にいるのが義弟アベルだと気がつくと、『何故お前がここに…』と、新たな疑問を抱く。




「この…、ひと、は。」


息も絶え絶えにアベルが言う。


「弟。ウィル義兄さんの。ホントの…」


言っていることは不可解だが、弟という言葉に反応する。義弟が言うのでわかりにくいが、ホントの弟? 


そう思い、目の前の包帯の男を正面から見据える。


包帯の男は剣の突き刺さる少年の応急処置をしようと慌てていたが、ふと視線を感じて目の前の殺人犯(リヒター視点)を見あげる。


目が合う二人。顔は包帯を巻いていてわからない。そして最後に会ったのは何年も前のこと。そもそも死んでいるはず。当初は生存を信じていたが、いつの頃か受け入れた弟の死。


でも、ずっと一緒にいた仲の良い弟。その瞳の色は覚えている。薄暗がりの中でも、わかる。


「…リヒター?」


名を呼ばれた包帯の男リヒターはヴィルヘルムのことを見つめる。兜の中の瞳を見つめる。


先程からこの男は異国の言葉を話していた。こちらの話もよくわかっていない様子だった。しかし、ヴィルヘルムの口から漏れたリヒターの名に反応する。


「ウィルニイサン…?」


リヒターは片言でそう返す。


ヴィルヘルムにはわからないことだらけだった。何故死んだはずの弟が生きている?

そして、宿敵の男が弟?

そして、何故それを義弟が知っている?


しかし、昔の呼び名でヴィルヘルムを呼んだ彼は、リヒターで間違いなかった。




目の前にいるのがリヒターだと言うことも問題だが、目の前にいるもう一人、切りつけた相手がアベルということも大問題だった。


ヴィルヘルムの手の内で呼吸を荒らげている義弟アベル。宿敵は任務の為に切ろうと思っていた。義弟は恨みのために切りたかった。でも、本当に命まで取ろうとなんて考えていた訳ではなかった。


実際彼の手の内にいるアベルは普通の少年だった。むしろ普通よりも弱々しい。そんな幼い少年に剣を突き立てたのだ。後味の悪いことこの上ない。


ごめんと言うのもおかしい気がした。大丈夫かと言うのもおかしい気がした。ヴィルヘルムはただ、黙って応急処置を施すしかなかった。


「なんで、こんなことしたんだ…。」


ヴィルヘルムの口からようやく出てきた言葉も、そんな言い方。もう少し違う言い方もあるだろうと自分でも思った。


「義兄さん、この人、弟だから、切っちゃだめ…」

「わかった。もうわかったから。切らない。喋るな」


返事が聞きたかったわけではなかった。思わず黙らせる。


「よかった…。これで、ハッピーエンドだ。」


その言葉にヴィルヘルムは驚愕する。


「お前が。自分が死んだら、バッドエンドだろ…。」


その言葉は虚しく静かな森に吸い込まれていった。

読んでいただきありがとうございます。


安心してください。生きています。

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