ピクニック
よろしくお願いします。
アベルのダンジョン攻略は順調だった。
超小型のダンジョンだけでなく、実証実験を繰り返すうちに、小型ダンジョンから、中型の一歩手前のダンジョンまで潰せるようになってきていた。
基本的に超小型のダンジョンを潰しても雨後の竹の子のようにダンジョンは出現する。そしてそれは大抵オーク達によって中身のゴブリン達が喰われるなどで自然消滅していたため、これまでは中型に発達したもの以外は基本的に無視されていた。
しかし、アベル達の活躍によって短期間で超小型ダンジョンを潰した結果、中型ダンジョンの発生率も格段に下がってきていた。
その報告は領主にも届き、アベルはその功績を評され、表彰状を送られた。また、今後の参考にするために領主から調査員が派遣された。
いくつもダンジョンを埋めて経験を積んだこの頃には、だいぶ色々なことがわかってきていた。
「まず、ダンジョンの中に人間が入っていないか確認します。」
アベルがダンジョンの前に立って、調査員に説明する。調査員はおしゃれなハットを被った紳士然とした人だった。
数日前にやって来た調査員はアベルに表彰状を持ってきてくれて、内容を読み上げて手渡してくれた。
(『よく頑張ったで賞』みたいだな。)
アベルはそう思いながら受け取った。
ダンジョンの中に人間が居ないかどうかの確認作業は、通常の突撃でのダンジョン攻略でも行われる方法だった。まず、3日ほど前に冒険ギルドに告知をする。そして、突撃の一刻前にほら貝を入り口で鳴らす。
中にいるのが騎士団や正規軍ならそもそも届け出が出ている。また、冒険者もダンジョンに潜る届け出が出される。破落戸などはあまり問題視されない。そして、一般人が迷い込んだ場合はそもそもゴブリンに襲われて手遅れになっていると考えられる。
そのため、この手筈は届け出ミスによる冒険者の見落としを防ぐために主に行われていた。
「そして、次に毒煙玉を大量に投入します。」
毒煙玉をこれでもかと言うほど投入する。
「その上から、流動石を流し入れます。」
流動石は毒煙がダンジョンの外に漏れ出さないようにする為の蓋であると同時に、ダンジョン内に新鮮な空気を入れないようにする為の蓋でもあった。
蓋をしてしばらくすると、ゴブリン達の叫び声が地中で木霊してるのが聞こえるようになる。少し大きめな小型ダンジョンだと、より低音のオークの叫び声が聞こえることもある。
また、まれに入口以外かに穴を掘って這い出てくるゴブリンも居るので、見張りをしている。団員達の主な仕事はそれをもぐらたたきの要領で退治することだった。
「スライムも有用です。」
アベルは調査員に説明する。
幾つ目かのダンジョン攻略で、スライムが大量に溢れ出てきてしまうトラブルがあった。その際たまたま近くに這い出てきたゴブリンにスライムを投げつけたところ、顔に貼り付いて窒息してそのゴブリンは死んでしまった。
そこから着想してアベルはダンジョンの入口にスライムのプールを作って蓋をした。大きな枠の中にロープで作った簡易なネットを張って、その上にスライムを入れたのだ。そしてそのまま毒煙玉をいつもの様に投入。
すると、ゴブリン達は空気を求めて入口に向かうが、そこにあるスライムプールに下から頭を突っ込むことになる。そしてそのまま窒息死していった。
この方法だと、僅かな空気穴と光があるためにゴブリンは皆スライムプールに突っ込み、余計な逃げ道も作らなかったために、効率の良い方法に思えた。
しかし、ゴブリンの頭がスライムから浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消えるその光景は流動石を使ったときよりも凄惨なものだったので、団員達からはすこぶる不評だった。
調査員も絶句していた。
スライムを巣に流し込んで燃やし固める方法も確立し、ダンジョンを型どった標本を作ったことを伝えると、学術的価値があると言って、更に評価されるということで、領主に報告しに調査員は一旦帰っていった。
アベルはダンジョン攻略をうまいこと進めてこっそりとヴィルヘルムに近づいているつもりだった。
しかし、その企みは団員達にバレバレだった。なんのことはない。アベルはおしゃべりしすぎたのだ。
「義兄さんに会いたいんだ〜。」
「その為に騎士の訓練を頑張ってたんだよ。」
「偶然だけど、義兄さんが今潜っているらしいダンジョンの近くらしいんだ。偶然だよ? 偶然。」
そんな調子で語るに落ちていた。思いがけずダンジョン攻略で奇策を弄したが、アベルはまだまだ世間知らずの子供だった。
中型のダンジョン攻略にも手慣れてくると、アベルは現場に大量の本を持っていくようになった。まるでピクニックかのように、阿鼻叫喚のスライムプールの傍らに敷布を広げて、携帯食料をもそもそと食べながら本を読むのが日課になっていた。
団員達は近場で狩った動物の肉を焼いて食べていたが、アベルは携帯食の方を好んだ。なんでも、子供の頃に食べていた食事と似ているから食べやすいのだそうだ。
「まだ子供でしょうに。」
アベルを後ろで見守る優男サーヤが、禿頭のゴルゾに小声で話しかける。
アベルを見守る団員たちの目は、最近ではもはや同情をこして憐憫の眼差しだった。
「あいつがここまで頑張る理由を知っているか? 」
ゴルゾが聞くとサーヤは頷く。
「ええ。ヴィルヘルムを追うために。」
「じゃあ、ヴィルヘルムがアイツをどう思っているか知ってるか? 」
「ええ、勿論。」
団員達の殆どはことの経緯を知っていた。
「じゃあ、アイツが、ヴィルヘルムの思いを知ってるってことを、知ってるか? 」
知っているからこそ、サーヤは答えることができなかった。
団員達が複雑な思いで見守っていることを知ってか知らずか、アベルは溢れ出てきたスライムを掴んでスライムプールに放り投げ、再び読書に没頭するのであった。
こうしてアベルは、家族を憎む義兄を助けるために、日々ダンジョン攻略に励むのだった。
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