電車の中
三題噺もどき―ひゃくじゅうはち。
※流血表現アリ※
お題:赤色・パスポート・演じる
「――ん…」
ガタン―という大きな音に目を覚ます。
膝に抱えていたリュックに顔を埋めた状態で眠っていたせいか、ものすごく首の裏が痛む。
首はもともと、幼い頃に軽い事故にあったせいであまり状態がよろしくないのだ。
その上、酷い猫背なものだから首への負担が大きい。
しかし、私は電車の中で他人に寝顔を晒す趣味はないので、必然この姿勢になるのだ。
もう慣れたものではあるが、痛い…。
というか、普段より痛みが酷い気がしなくもないのだが…。
「……、」
音楽を聴いていたスマホを取り出そうと、片方の腕を動かす。
リュックのチャック部分に下げているパスケースの跡がついていた。
どれだけ力を入れていたのか…。
まぁ、電車に乗っている以上、揺れはするし、横の人に迷惑が掛からないようにと無意識に動いていたのだろう。
「……、」
いつの間にか聴いていた音楽が止まっていたため、再生を押し、ついでに時間を確認する。
…そんなに時間は経っていないようだ。
ということは、想像以上に熟睡していたのかもしれない。
乗り物ではあまり寝ることができないので、せいぜい目を閉じて音楽に集中しているぐらいしかできないのだが…今回は例外だったようだ。
疲れていたのだろう。
最近ろくに眠れていなかったことは事実なので。
「……、」
ふ―と、周囲を見渡すと、人が疎らになっていた。
窓の外には赤く染められた空が広がっていた。
私が乗る電車は海沿いを走るのだが、その海がなんだか赤黒く見えて不思議だった。
「……、」
規則正しく揺れる電車は、一定の速度を保ちつつどこかへと向かっている。
そういえば、今はどのあたりになるのだろう。
寝てしまったから今がどの駅を通過済みなのか分からない。
まぁ、私は終着で降りるから関係ないのだが…なんだかよく分からない焦燥感に襲われて、いてもたってもいられなくなった。
「……、」
キョロ―と電子掲示板があるはずの場所に目を向ける―がその線上に丁度人がいて見えない。
もう少しずれてくれれば見えそうなのだが…ちょっと空気読んで動いてくれないかな…と念じてみるものの無駄なことなのは分かりきっている。
ピクリともせず、まるでそこに縫い付けられてるように固まっていた。
ほぉ、すごい体幹だ…と思いつつ、その人の動きの少なさに、その状態がとても異様に見えて―意識的に目を反らした。
「……、」
次についた駅でわかるだろうから気にすることもないか、と諦めをつける。
視線をそらしたそのまま、なんとなく周囲の人間を見渡し、目の前の景色に視線を動かす。
目の前にはつい先ほどまでの私と同じように俯いた人が座っていた。
やっぱり
―人が、少なすぎる、気がする。
この時間帯は学生が多く利用するため、その集団がどこかに居るはずなのだが、それが見当たらない。
別の車両にまとまっているということもあり得るが、それにしても人が少ない。
あまりにも、少なすぎる。
「……、」
―というか、私は、なぜ、電車に乗っているのだ…??
そもそも自分の車は持っている。遠くへ出かけるときは心配性の親が送ってくれるのだ。
つい先日も、丁度パスポートの更新に行くのに、場所が分からないだの道が分かりづらいだのなんだのと言って目的地まで送ってもらったのだ。
もうそれなりに運転は出来るし、ナビがあれば行けるのだが、楽が出来るので対して困ってはいない。
「……、」
だからこそ、電車に乗っているこの状況が分からなかった。
私は今日、何をしていた、何の用事があってここに居る、何のために、??
そもそも、どこの駅から乗ったのだ―
それすら、思い出せない。
「……」
―そうだ、定期、
『 』
しかし、そこには、何も書かれていなかった。
駅名を書かれているはずの部分だけが、黒く塗りつぶされていた。
―というか、私、定期、持っていたか??
そりゃ、学生の頃は定期を持っていたが、そんなものとうの昔に捨てている。そもそも、期限が過ぎている。
「……、」
それなら、私はどうやってこの電車に乗ったのだ。
たとえ、この定期で乗れたとしても、おかしいではないか。
こんなの認められるわけがない。
「……、」
そういえば、この電車、やけに異臭がするのは、気のせいか。
何かが焼けたような…肉…いや、、、ゴム…?
それに混じって、鉄の、サビのような、、、?
「!?」
瞬間、ガタン―!!と一段と強く揺れた。
その衝撃で、足元に何かが、
ゴロ
と、転がってきた。
誰かの、荷物か何かが、落ちてきたのだろう。
「……」
それを目にしてはいけないと、分かってはいながらも、俯いていた私の視界に、はっきりと、くっきりと、それは写る。
「―――
それは確か、
目の前に、座っていた、人の、
頭――?
先ほど、視界に入った際に変な角度で、曲がっていて、首痛くないのかなとか、思いはしたが、
まさか、首は、置かれていた、だけだったのか?
彼は、彼女は、生者のように、演じていただけなのか、
「――
なんだこれはなんだこれは
目の前に、その首から流れた、赤が、赤が、赤が、赤が赤があかがあかがあかがあかかかかかかああかかかかかかかかああかかかかかあかーーーー赤が―
「
「――ん…」
ガタン―という大きな揺れで目が覚める。
首が酷く、痛む。
「?」
違和感を感じて、す―と触れてみる。
覚えのない跡が、首をぐるりと、一周していた。