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ヒムかの海へ—―—海幸彦の話  作者: 原作:来栖エドガー 訳:日南田ウヲ
5/5

第五話

(5)


 やがて空に雲が低く覆いかぶさるように風に流されて来るとホデリの肩に小さな雫が落ちて来た。それに気づいたホデリは掌を広げた。ホデリの運命に天も哭いたのか、小雨がぽつりぽつりと降り始めた。ホデリは空を見上げた。瞼に小雨の雫が落ちて来る。

 雫を瞼に受けながら、ホデリはひとり思う。

(…これで、は何事もこのヒムカに残すことなく、やがて朝露のように消えるだろう)

 その小雨の降り出した中を笛の高い音に導かれたのか、どこからか一羽の白い鳥が現れた。

 それは白鳥だった。

 現れた白鳥は翼を広げると首を回してホデリをじっと見た。まるでホデリの目を通して心の奥底を覗くように。

 その眼にホデリの心が対峙する。

(…白鳥が…を見ている…まるで心の奥底を覗かんばかりに…これは、一体何だというのだ)

 それから白鳥は翼をはためかせながら空を飛ぶと暫くホデリを見ていたが、やがて首を回して視線を外すと三人の頭上を旋回して遠くへと消えて行った。その姿を見ていたホデリは見上げていた瞼に落ちる雨雫を手の甲で拭うと、静かに岩から腰を上げた。

「…では、行こう」

 ホデリの声を聞いてワダツミとトヨタマヒメが先に歩き出す。

 彼等の躰も心も濡れていた。

 ホデリはそんな二人の後に続いて、高天原へ向かって岩山を降りて行った。

 その時、ホデリは何故か白鳥の鳴く声が聞こえた気がして立ち止まり、後ろを振り返った。しかし彼の視界の先に白鳥は見えず、唯、滴り落ちる雨だけが見えていた。

(もしやあの白鳥は…神兆だったのであろうか)

 ホデリは滴り落ちる雨雫の中で立ち止まっている。

「…大君(おおきみ)

 歩みを止めてワダツミが振り返り、ホデリに声を掛けた。その声にホデリは我に返ると、ホデリは首を左右に振った。

「…いや、何でもない。さぁ行こう」

 ホデリはそう言ったが、急に何か思ったのかワダツミに言った。

「ワダツミ、剣をに呉れ」

 それを聞いたワダツミの不審がる顔がホデリに見えたが、彼は微笑して言った。

「何、ここで自死はせぬ」

 そう言うや、ホデリはワダツミから剣を奪い取ると自分が腰掛けていた岩へと戻り、息を吐いてから勢いよく剣を岩に突き刺した。

 その様をワダツミとトヨタマヒメが見ている。やがてホデリは岩に突き刺さった剣を見て言った。

「ワダツミよ。是は日の御子(ヒルコ)の剣、ヒムカ最後の王の剣だ。これを天鉾(アマほこ)として此処に残す、だから大事に奉ってくれ。そうすればやがてが…このヒムカから消えたとしても日向隼人(ヒムカハヤト)の武に御霊(みたま)として宿り、きっとヒムカに降り掛かる危難を振り払う天鉾(アマほこ)はなろう」

 言ってからホデリは雨を肩に受けてトヨタマヒメの先を歩き出した。

 雨は段々と激しくなる。

 そんな岩坂を下るホデリの姿は見て、やがてトヨタマヒメは遠い未来ホオリとの間に生まれた皇子に語るのだった。



 ――彼は決して臆病でも卑怯でもなく、また弟の為に悔やみ事も言わない優しき武威張らぬ隼人であった。

 高天原の潮嶽に奉られた後は長の平穏と安寧を得て、彼を慕う隼人の戦士達に護られて定命を遂げられた。そう、ヒムカ最後の日の御子(ヒルコ)火照命(ホデリノミコト)おと辛苦(たしなみ)つつ降ることを潔しとした強き日向隼人(ヒムカハヤト)だった。

 だから皇子よ。

 子々孫々迄この事を伝え、日の御子(ヒルコ)火照命(ホデリノミコト)を祭ることを忘れてはならない。

 いずれ皇子が日向御子(ヒムカノミコ)となれば纏向に船出するかもしれぬが、それでも遠きヒムカに鎮座される最後の日向隼人(ヒムカハヤト)の王を忘れてはならぬ。

 日向隼人(ヒムカハヤト)の武には火照命(ホデリノミコト)が御霊として宿っている。だから(ミコト)を祭ることを忘れねばきっとその武威で危難を振り払えよう。

 良いな、天津の(アマツヒコ)

 決して、決して忘れてはならぬぞ。

 母は海人の高原(アマタカハラ)から皇子を見ておる。

 それを、忘れるな。

 ならば行け、

 海が小さな君を待っている。

 さぁ、行くがいい、天津の(アマツヒコ)


 ――ヒムカの海へ。


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