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ヒムかの海へ—―—海幸彦の話  作者: 原作:来栖エドガー 訳:日南田ウヲ
1/5

第一話

 

(1)


 頬に飛び散った血痕を手の甲で拭うと、ホデリは剣を手に握りしめながら、自らが統べるべき都城が火の粉を上げて延々と燃えるのを、隼人としての誇りある剽悍な風貌を変えることなく、唯、黙って見ていた。

 大きな黒瞳に映る都城に攻めかかる者達の姿を見て、尚、彼は信じられなかった。

(まさか、同族に裏切られるとは…)

 剣を握りしめていた手から大きな力が抜け落ちて行くのを感じる。また虚ろ気な視線を都城から移した先に遠くに連なる韓千穂岳が見えた。自分が統べるべき都城は大灘から吹き付ける潮風によって愈々火の勢いが盛んになった。

 ホデリは臍を噛むような思いで眼を濡らし、そして思った。

(…これらは全て彼等を匿ったことによって起きたことで、それはやはり必然だったのかもしれない)

 彼等とは何者か。

 それは纏向(マク)海人(アマ)の貴種達である。

 彼等は纏向王国に抗する敵勢力を抑える為に海人族の阿曇が統べる奴国に入ると、反抗勢力の女酋長の田油津の媛を攻め滅ぼし、倭と言われていた伊都国等の周辺勢力に睨みを効かせた。

 聞けば田油津の媛を殺害した時、彼女が有していた魏王からの授印と鏡を奪い、トヨという女傑を倭王として立てた。

 倭王が立つと一時周辺国は武威を恐れて従ったが、しかし今度は倭王となった彼等が同族達から狙われた。もし纏向から独立して王国を興せば韓との海を抑えられ纏向に鉄が入らなくなる。その事を恐れた纏向の別王族が敵である伊都国と手を結び、奴国へ攻め込んだのだ。

 突如背後を突かれるように急襲された彼等は倭王の拝印と鏡を持ち出す余裕もなく捨てる様に土中に隠すと、倭王共々阿曇族が住む韓へ繋がる対島(ツク)へ逃げ、やがて今度は船に乗り込んでこの日向(ヒムカ)にやって来た。

 その彼等を匿ったのがホデリ達の日向隼人(ヒムカハヤト)族だった。

 隼人は南部に住む海人である。ホデリは隼人の謂れをこう聞いている。

 大陸の周王朝が滅び漢になった頃、周王朝子孫である姫嘉は周氏南君に封じられ、呉に移り住んだ。姫氏は航海術に長けた海人一族であった為、やがて江南の地から海を越えヒムカに辿り着き、隼人になった。また対馬(ツク)へ渡り、北に奴国を興したのが同海人の阿曇である。

 その阿曇の一氏族が内海を行き纏向の王族になり、やがて倭王になったが没落し、ツクから船出してヒムカの南部の岬に着いた。それから彼等は北上すると、この韓千穂岳が見える都城にやって来たのだ。

 日向隼人(ヒムカハヤト)はこの阿曇一族に連なる貴種達を匿い、やがて隼人王族に遇して韓千穂岳が見える山城を与えた。その山城で彼等は代々稲を作り、そして幸を育み、生きる筈だった。

 だが、やはり纏向の王族として力を求める野心と血が権を求めるのだろうか。倭王とその貴種等はこのヒムカを支配しようと海の都城ウドを抑え、やがてホデリの統べるオビの都城を攻めて来たのだ。

 ホデリの不意を突くような倭王達の進軍だったが、それでもホデリは自らを鼓舞し、鎧を着て剣を振るうべく敵を待った。しかしその剣でまさか同族である隼人を切らなければならなければならないとはホデリは眼前に迫った敵戦士を相手に剣を抜くまで毛先の針程も思っていなかった。


 ――は同族に…裏切られたのか…


 衝撃の思いと共に敵の切っ先を躱して敵を剣で薙ぎ払うと、顔面に浴びた血潮の中でホデリはこの隼人の戦士達を率いている将軍は誰だと思った。だからホデリは叫んだ。

「誰だ、将軍は!」

 ホデリの叫びに隼人の戦士が応える。

「ヒムカノミコ!!」

(…まさか!!)

 ホデリは血を拭う暇も無く襲い掛かる隼人の戦士を剣で再び薙ぎ払うと、脳裏に浮かんできた人物の顔をまるで天地を切り裂くように一気呵成に剣を振り下ろした。


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