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石にされた猫

作者: 茲


 雪がちらちらと舞う季節になった。僕は今日も、空を眺める。別に好きでこうしている訳じゃない。僕にだって事情はある。ただ、それくらいしかやることがないのだ。ぶっちゃけ言えば、ヒマ。非常にヒマである。

「ファイ、オー!」

「「「ファイ、オー!」」」

遠くから陸上部の練習の声が聞こえてきた。…思いっ切り体を動かしているのだろう。さぞかし、気持ちいいのだろうな。

 そう。僕は動けない。百年くらい前に、怪しい女性の怒りを買って、石にされてしまったのだ。…いや、別に僕はなにも特別なことはしていないよ?ただ単にその怪しい女性が過剰な黒猫嫌いだっただけだから、僕が視界に入ってきたこと自体が嫌だったのだろう。速攻で石にされた。

「ねえね、かーしゃん、ここにねこしゃんいる!」

ふと空が暗くなった。男の子だ。無邪気な笑顔で、僕を撫でまわす。石になっても五感は健在で、そのせいでくすぐったい。

「そうだねー、ねこさんだねー」

お母さんは笑いながらうなずき、僕をじっと見つめた。

「それにしてもさ、いくら神社の境内にある像だとしても、リアルすぎない?ね、母さん」

「そうねー、まあ、石像なんてプロにかかればちょちょいのちょいでしょ」

本物なんだけどね。と心の中でつぶやく。

 僕を触ったりして遊んでいた男の子が、何かを思いついたかのように「あ!」と声を上げる。

「ねこしゃん、ひとりでさみしくなーい?ぼくがおともだち、つくってあげる!」

…えっ?一瞬、聞き間違いかと思った。こんな子供が、おともだち…もとい猫の石像を作ろうと言うのだ。そんなの、無理に決まっている。それに、百年(数えてないからわからないけど)ずっと、僕は独りだった。僕を見つけてこの神社の境内に配置した人も、対の像を作ろうなんて言わなかったし、僕に興味があるわけでもなかった。まあ、それ以来、人を観察することができるようになったけどね。

 男の子は近くの土を木の棒でガシガシと削り、こねようとした。ど、どうやら本気らしい。というか、そこら辺の土で作ろうとするのはさすがに無理がある。

「ま、まあまあ、家に帰ってからでも作れるでしょ?それに、境内の土を削ると神様がおこっちゃうよ?」

お母さんもさすがにその行動は見かねたのか、必死に男の子をなだめる。

「…そっかぁ。じゃ、またねぇ、ねこしゃん!」

男の子は少し渋っていたが、すぐに切り替えて、満面の笑みで去っていった。


 翌日。男の子は粘土で作ったらしき猫を抱えてやってきた。ほ、ほんとに作ってきちゃった…。男の子は僕が座っていた石のベンチにその猫をのせ、にぱっと笑う。

「うん!やっぱり、にあってる!ねこしゃんも、よろこんでる?」

男の子はそう言い、僕の目を覗きこむ。別に僕は…うっ。キラキラした目で見られると、聞こえないとはいえ違うよと言うのが凄いプレッシャーになる…。う、うん!喜んでる!僕は必死に喜んでいる風の雰囲気を作り、口角が上がって見えるように顔を上げようとして、体が動かないことに気付いた。…何をやっているんだ僕は。

「よかった!ねこしゃんも、よろこんでるって!」

男の子はぴょんこぴょんこと跳ねまわり、むふーという音が聞こえてきそうな勢いで鼻を鳴らした。

「これ、ぼくとおかーしゃんとねえねでつくったんだよ!ぼくはからだ!おかーしゃんはあたまとてあし!ねえねはね、これ!じゃーん!びーだまっていうのを、おめめにってくれたんだよ!」

と、自慢げに語る男の子。…そんなに頑張って作ってくれたのか。ご家族もわざわざありがたい。僕もその猫をちゃんと見てあげなければ申し訳ない。僕は、男の子——とその家族が作ってくれた猫を見回す。

 猫の体は、凛々しい。この一言で十分だった。輪郭が歪んでいるものの、すらっとした体躯で、その耳をぴんと立てている。お母さんは手先が器用なのか、ひげまでつけてくれた。その双眸は青いビー玉でかたどられ、陽の光を受け、きらきらと輝いていた。こんなものをあの歳で作れるなんて、あの男の子は将来有望だな。

「…あ、もう少しであんたの好きなテレビ番組はじまっちゃうよ。確か、ええと、なんだっけ…」

僕が新居人に見とれていると、ふと、お姉さんがそう言う。

「なんでねえねはぜんぜんおぼえないの?!まったくぅ…」

「じゃ、帰るわよ」

「うん!」

……あっという間に去っていくよな、あの家族は。なんか、久しぶりにこんなに人とかかわったかもしれない。

 僕の隣に引っ越してきた新居人は、不思議と神社の人に撤去されることはなかった。あの家族もたまに顔を見せに来るし、いつしか、僕の周りには暖かい空気が漂うようになっていった。…こんな感覚、久しぶりだ。僕が出来ることなんてないのに。

 だけど、そんな日々も長くは続かなかった。ある日、ぱったりとあの家族が神社に来なくなった。噂によると、お父さんの仕事の事情で他の町に引っ越したらしい。僕の隣の猫は、もう、粘土が溶け始めていた。周りの人々は、残念ねえとか、あの下のお子さん、数検三級とっていたらしいよとか、残念そうな言葉を口にするけど、その目にはすっぱりとした諦めがともっていた。…この町は、人口があまりないらしい。地下には柔らかい土壌が続き、地盤が安定していないため、元々多くの建物が建てられないらしい。しかも辺境、特産物無しとくると、上京したりする人も多く、定住人口が非常に少ないのだとか。僕も噂でしか分からないから、ガセネタが大半だとは思うけど、あの一家が引っ越していったのは事実だ。

 …僕も、弱いな。石にされて、行動を束縛されて、諦めていたと思ったのに。

 ある日、猛吹雪がこの町を襲った。僕も、その時の勢いで耳が少し欠けた。猛吹雪が収まり、隣を見てみると、粘土の猫は跡形もなく崩れ落ち、一つの青いビー玉だけが快晴の空の下に光っていた。


     (終)


ここまで読んでいただきありがとうございます。

最後に評価ボタンをぽちっていただけると、作者が泣いて喜びますのでよろしくおねがいします。

「これどちゃくそつまんねぇなww」って思ったら入れなくてもいいですが、わずかでも面白いと思ってもらえたら一つでいいのでよろしくおねがいします…

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男の子がとても可愛くて優しいところがいいと思った。 [気になる点] この後猫はどうなるのかが気になりました。 [一言] どうももっちーさん。HIMANAHUTONです。この名前はもちろん偽…
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