無限迷宮管理者目覚める
無限迷宮の管理者は目覚めた。
「眩しい……。目があ……」
15年ぶりに使用する虹彩はうまく機能せず、網膜にフル出力の光を叩きつけられ、目が潰れた。
このままぼやける視界で動いても碌な事にならないので光に慣れるまで瞬きしながら、ベッドの横に置いてあった『無限迷宮の管理書』に目を通す。
「えーと、俺が寝てから今日に至るまでの来場者は17人。……ちょっとまだぼやけるな。離して見るか。決して結果が芳しくないから見るのが嫌になったわけじゃない。最高到達層は90。平均到達層は60。来る数が少ない割に到達層は結構高いな。でも攻略達成ではない」
少しずつ調子を戻しつつある視界を使って、そこに記述された小奇麗な筆跡を声でなぞっていく。
靄がかった頭に視覚と聴覚が刺激されることで、中に詰められた寝ぼけた脳みそのエンジンが火が灯される。
「この結果が示していることは。おそらく60層以下の難易度が低いということと、60層以上の難度が高すぎるてことだな。急いで60層以下の補強と60層以上の間にそれぞれ10層新しいダンジョンの作成をしなくちゃ」
管理者はそう結論を出すと続々と迷宮に入って来る挑戦者たちの姿を映す壁にはめ込まれたいくつもの水晶に目を飛ばす。
「大量の団体客も来ている上に、勇者もいるからな。早く仕上げてしまおう」
自分を目覚めさせる感情の奔流――喜び、悲しみ、恐怖、怒り、情熱を生じさせた彼らの姿をしっかりと目に刻み。
それからそのうちの一つの水晶に映った勇者を確認すると、管理者は早速作業に取り掛かり始めた。
―|―|―
あの後、ボスの間に帰還用の転移陣と第二層移動用の転移陣が現れ、俺達は帰還用の転移陣で迷宮入口に帰還した。
昨日のニルヴァーナの話しをよく聞いてなかったので詳しいことは分からないが、第一層で倒したボスについてギルド側に報告に行かねばならないらしい。
「早速来てやったわよ、マイク」
「お前の話しは聞かねえ……」
ギルドに辿り着いて、受付に居た茶髪の大男にミカエルがそう声を掛けると大男は不機嫌そうな声でそう言った。
「なによ、マイク、あんた」
「何よじゃねえだろ、お前。無限迷宮攻略にがねじ込んでやった恩も忘れて、頼んだ仕事すっぽかしやがって、お前の尻ぬぐいで昨日はてんてこ舞いだったんだぞ」
「男のくせにみみちい……」
「なんだとコノヤロー」
ミカエルと大男が言い争い始めたので隣の受付でことを進める事にする。
「すいません、第一層でギガンテスのワイルド種を倒したんですが」
「ギガンテスワイルドですね。こちらがギガンテスワイルドルートの前回までの攻略で判明している第二層から十層までの攻略ルートになります。第十一層からは未到達層になりますので攻略すると報奨金が出ます。是非とも八十層の魔王領まで頑張ってください」
そうするとギルドの受付嬢から儀礼的な文言と「攻略ルート⑧」と書かれた分厚い紙の束を渡された。
どうやら第一層のボスで無限迷宮は攻略ルートが分岐してしまう仕様らしい。
他にも別ルートで攻略層が用意されていると思うとその広大さにビビる。
無限迷宮の地下空間だけ拡張されているのではないのだろうか。
「おお、すごいなあ、これは」
俺が地図と羅列される文章の多さに圧倒されていると
「貸してくださいまし!」
とファイルにそれをひったくられた。
「素晴らしい。生きた媒体がこんなにもたくさん」
ファイルは喜色満面で紙の束をめくっていくとそんなことをごちって閉じた。
「あちらで共有しましょう」
そう言い置くと攻略ルート⑧を持った奴は机に進んでいく。
嫌に積極的だな。
先ほどの発言といい、コイツからマッドな匂いが徐々に立ちこみ始めているが大丈夫なのだろうか。
「あいつ、暴力振るなんて最低……」
(くそ、負けたな。せめてあいつの社会的地位だけは抹殺するか)
最低なことを心の中で呟きながらミカエルが帰ってきた。
こいつ碌な死に方しねえだろうな。
その後第二層の攻略ルートと注意事項を確認すると、明日の攻略開始に備えて我々は解散した。