魔界48 助言
踏み込むことっで失うものに対する恐怖か。
走り出した代償に自分の命を。
多勢の他者の救済の代償に父の祈りを。
記憶の中のアイリッシュの姿を見ると、何かを選んで踏み込むことで自分の大切なものを代償として払わなければならない恐怖といったところだろう。
「この頃までの私は力が大きくなれば、全てのことが万事うまく行くと思っていたんです。が、現実は全くその逆でした」
「考えれば当たり前のことで。力が大きくなれば嫌がおうでも周りの人間への影響力が大きくなるし、周りのものから干渉されるというのに、それにわたしはことここに至るまで気づけませんでした」
「この日から何かをしようと足を踏み出すたびに脳裏に父の顔が浮かぶんです」
滔々と言葉を途切れ途切れにいう姿から奴の中で相当に大きなものであることがわかる。
常ならば放っておいて本人がするままに任せるのがいいと思うのだが、あいにくそんな時間も余裕も存在しない。
奴の恐怖ーー力を持つもの故の恐怖に対する対処は残念ながら持っていない側の人間である俺には正確にはわからないが、それでも何か助けになるようなことを伝えてやらねばならない。
「深刻だな、お前の恐怖は。嫌な考え方かもしれないが、そこまで他人のことを気遣ったり、後先を考えるのをやめるのはどうだ?」
「ですがそうなると父のように……」
「ならねえよ別に。お前の周りにいる俺たちはそこまで弱いと思ってるのか? それは自惚れだよ、アイリッシュ。お前はお前が思うほど強くはないし、俺たちはお前が思うほど弱くはない」
「何も気にすることはない。お前の自由にやればいい。お前が何かを望んだところで、お前の呪いに俺たちは飲み込まれないし、命をを落とさない。お前が望んだ代償の呪いに呪われるのはお前自身だけだ」
言いたいことを全部言い尽くした。
あとは目の前のこいつ次第だ。
動くならばよし、動かないなら諦めるしかない。
「信じていいんですか……?」
「当たり前だろ。三年来釜の飯食っといて嘘をつくのなら、この世にあることは全部嘘だ」
「嫌に説得力のある言葉ですね」
アイリッシュはそうやって微笑をたたえて言うとトラウマの世界にヒビが入った。
「おかげで自分に素直にしっかりと踏み出せるような気がします」
「そりゃよかった。お前の勇猛さに期待しとくよ」
最後奴にそう言葉を送ると、世界は割れて消えた。




