魔界5 矢
目の前に迫る聖剣、襲来する光の刃。
四方八方を刃に塞がれると不屈の勇者の金色の目が見開かれた。
「『バウンドスラッシュ』」
奴が戦技の名を口にすると、大剣の刃が白いオーラを帯び、アイリッシュの聖剣と弾き合ったと思うと奴の刃だけ異様な跳ね返りを見せ、そのままの勢いで加速すると一瞬で周囲にあった光の刃を切り伏せた。
大剣の軌道上にあるアイリッシュが剣を合わせる素振りを見せると、不屈の勇者は剣の軌道を下げ、振りぬく。
大剣はアイリッシュから大きく外れると地面に叩きつけられた。
一瞬その場で火の粉が見えたかと思うと大爆発が起こった。
おそらく燃える大剣を沼に叩きつけることでわざと着火して、爆発を誘発したのだろう。
戦闘狂の奴にとってもあの刃の数で襲い掛かられることは危惧すべき事態だったと考えるのが自然そうだ。
「カアアアアアアア!」
爆発を機に距離を取った両者は一度離れるとすぐに、不屈の勇者が切り込む形でまた斬り合いが始まった。
連続してラッシュを繰り出していることから察するに、奴はアイリッシュに光の刃を生み出す余裕を与えずに勝負に持って行こうという心積もりらしい。
もはやそこまで行くと一刀一足だけで生死を左右するシビアな戦いになる事は想像しなくともわかる。
おおよそ今のアイリッシュならばそれを制することも出来ない事ではないと思うが、職業病『ブレイカーズ』を掛けている俺のスタミナがそろそろ限界に近づいて来た。
そろそろアイリッシュを下がらせなければならない。
やはり格上の勇者ともなるとさすがに加護を全開にしたアイリッシュだけで突破とはいかないようだ。
出来れば魔界のイビルゲートの元を断つこととノルアクアとの衝突に備えて温存したかったが、現状そうも言ってられなさそうだ。
「アイリッシュ、戻れ。俺のスタミナがもうすぐ切れる」
「……わかりました」
バフで嫌に勇猛になっているアイリッシュは少し名残惜しそうな顔をすると、しぶしぶと言った様子で後方に下がっていく。
奴が下がるのを確認すると『ブレイカーズ』を停止させる。
「ハア、ハア、ハア、おお、ゴメス神よ、私は何て危険なことをしていたのでしょう。これでは向こう一週間有給を取って休まねばいけません」
バフが解けるとアイリッシュは精神の安定を図るために、卑怯と怠惰の神ゴメスという奴がオリジナルで作り出した神に懺悔をし始めた。
きっとこいつには加護を与えている神からいつか天罰が下るだろう。
「グラシオ、一番の矢を寄越してくれ」
バフ専用の安弓を収めると、40層で発掘して懇ろにしている『矢を打った際のスタミナ消費を半減させる』効果を持った弓を取り出して、グラシオに声をかける。
「あいよ!」
グラシオは返事をすると簡易鍛冶セットをインベントリから取り出して、ファイルが泥を土魔法で固めて、作り出したしっかりとした地面の上でモンスターの素材から矢を作り始めた。
見ていて非常にもったいないことこの上ないが、これでネックであるスタミナ消費と強力な付与効果を付けられるので背に腹は代えられない。
「出来たぞ!」
五秒もかからず作り終えられたそれを天に向けて撃つ。
天まで上るとそれは、不屈の勇者の元に鏃を下にして落下し始めた。
「ぬるい! あまりにも浅はか、この程度避けるまでもなく切り落としてくれよう!」
不屈の勇者はこちらの攻撃を愚劣と断じると、落ちてくる矢に向けて刃を向けた。
そのまま大剣で矢を破壊しようという魂胆だろう。
だが残念ながら、それは叶わない。
何故なら奴に降り注ぐ矢の数は一つではないからだ。
「ぬるいのはお前だ」
一番の矢――『ハンドレッドエイプ』の素材で作られた矢は空中で分裂し、一気にその数を百に増やした。
矢の濁流が大剣を構えた奴に向けて降り注ぐ。
鮮血がほとばしり、矢が奴を覆った。




