五十層9 メンタリスト
リッチャンが回収した分の一つの呪具をノルアクアが肩代わりすると、ノイマンも呪具を肩代わりした。
どうやら弟子どもはリッチャンの負担を減らし、出来るだけ前線には自分たちが出向くつもりらしい。
その証拠に、今の映像でもリッチャンにまだ赤ん坊の娘を託し、二人で災厄の獣の討伐に向かっている。
リッチャンが身を粉にして戦ったおかげで、人族の前線の勢いが弱まった状態の今ならば災厄の獣を刈り取るのはそこまで難しくないだろう。
どうせならノイマンが解放した双剣の呪具をみるためにも、リッチャンには奴らについていてほしいが、映像で見るからにダウンしているのであまり期待しない方がよさそうだ。
「む! 強者の気配!」
突如、ノルアクアの娘をあやしていたリッチャンがそう叫ぶ。
どうやって感知したんだよ。
俺はそんな気配を一度も感じたことがない。
「そこか!」バン!
そこから何かに気づいたようで、拳から衝撃波を放った。
哀れ、衝撃波は弟子たちの愛の巣の壁を木っ端みじんにする。
ああ、築120年ローンが……。
傍から見たら師匠大乱心である。
「デスウィッシュ!」
空いた壁の穴からなんだかチャラそうな男が吹っ飛ぶのが見えた。
「ディーゴ様、大丈夫ですか!?」
「だいじょウィッシュ!(吐血)」
「いかん! ディーゴ様が死なれる! ケーコ! ケーコ!」
「どうしたのキャッスル。 やだ!ディーゴがミンチになってるじゃない。 アンコール! アンコール!」
「ぜんかウィッシュ!」
ケーコと呼ばれた鎧姿の女がアンコールと言いながら体に、金色のオーラを迸らせるとディーゴが全快して立ち上がった。
回復力がおかしいだろ、虫の息になっていた奴を一瞬だ。
そんな回復見たことがない。
「手練れのようじゃな、すまんな、エイル、学校でババアが迎えに来るのを待っとてくれ」
俺が驚愕しているとリッチャンはそういうと鉄扇を煽り、赤ん坊に赤色の風を送る。
すると赤ん坊はきれいさっぱり消え、空っぽのベッドだけが残された。
「人たちよ、名を名乗るがよい!」
即座に戦闘態勢に移行したリッチャンは相手に名乗るように要求すると、ディーゴは「ウェーイ」と手を挙げた。
「僕、メンタリストのディーゴて言います。よろしウィッシュ!」「私は高潔の勇者ケーコ」「某は不屈の勇者キャッスル」「……俺は矜持の勇者ライド」「アタシは無垢の勇者インスタ」
ええ、お前が偉大なるディーゴかよ。
ぜんぜんおとぎ話の人物像と一致しないんだが。
それに勇者たちもおとぎ話よりも俗っぽい気がする。
「お主らが例の人族の最終兵器か。こんな時によくそろい踏みしてくれたもんじゃ」
「まあそりゃ一気に内側から叩くためですからあ!」
ディーゴはそういうと腰から弓を取り出すと弦をはじき始めた。
何をやってるんだこいつとみると連続で弾かれた弓は形を変えてギターに変化した。
「カラオケジョイサウンドヴィイ! 戦ウィッシュ!」
ディーゴはそういうとギターをかき鳴らし熱唱を始めた。
「ああ、元気出るわね!」「意思を貫く活力が湧いてくる!「勇気が!」「バイブスマジあがるわあ!」
周りに青色のオーラを纏うと勇者たちはリッチャンに殺到した。
―|―|―
「ぐっ、何とかか」
数時間に及ぶ戦いの末、リッチャンは持っている呪具をフル活用して撃退した。
リッチャン自身も呪いのフィードバックでひどいことになっているが、あの五人組は地面に転がっているので結果オーライってところか。
俺がそう判断を下すといきなり倒れていたケーコと言われた女が「アンコール! アンコール!」と叫び始めた。
するとディーゴが立ち上がり、再び熱唱し始める。
周りの仲間はそれにこたえるように、ボロボロの身体で立ちあがった。
まるでゾンビのようだ。
後々は俺もあれが出来るということだが、半分死にかけで何度も立ち上がるのはごめんなので、おそらくあれは使わないだろう。
「はぁ、はぁ」
呪いで至るところから出血したリッチャンが構えるがどちらに軍配が上がるかは、明白だった。
どうなるかとひやひやしていると、二つの影がリッチャンの前に出て来た。
「先生遅れて、すいません。周りの住人から話は聞いています」「こいつら、殺すか」
ノルアクアが詫び、ノイマンが怒りを爆発させる。
「すまんな、二人とも。倒しきれれば良かったんじゃが」
「無茶を成されないでください。そんなことをすれば先生の命が」「あんな奴らにやるほど先生の命は安くない」
リッチャンは2人に奴らの相手を任せると少し遠くにある木陰に移動し、鉄扇を取り出したが途中で景色が暗転した。
暗転から回復した景色には、無垢の勇者インスタの元に姿を現したエイルとそれに手を伸ばすノルアクアとそれを止めようと手を伸ばすノイマンの姿だった。
エイルにノルアクアの手が届く直前で、小さな太陽が奴らの間に発生した。
エイルが一瞬にして消え、ノルアクアの左腕が巻き込まれるかと思うとノイマンが奴を引き寄せて何とか左腕を失うだけで済んだ。
「呪縛解放! 拳中の世界!」
リッチャンの怒号が響くかと思うと、夥しい血がリッチャンから溢れ、大きな手がディーゴや勇者たちを握りつぶした。
掌が開かれ不屈の勇者キャッスルがバラバラになって出てくると、他の奴らが無傷のまま姿を現した。
「アブな。あの子に全部ダメージを施さなきゃ今頃肉塊じゃない」「あぶなウィッシュ!」「チッ」「冷えるわー」
四人組はリッチャンの技を見て、戦況が傾いたのかと思ったのか、逃亡をし始めた。
リッチャンの視界が赤く染まると像がぶれていくと、怒りに染まった顔をしたノイマンが赤いオーラを纏って奴らを追いかけていくのが見えた。
しばらくして映像はまた暗転した。
今の大技のフィードバックでリッチャンが意識を喪失したのだろう。
高潔の勇者、序列が低いわりにえげつない能力を持ってるな。
共闘した時には十分に注意した方がいいかもしれない。
―|―|―
リッチャンが目を覚ますとノイマンがメンタリスト以外の全員の勇者を葬り去った代わりに呪いのフィードバックで死にかけていることと、子を失い、夫を失う只中にあるノルアクアがかなり精神的に不安定な状態にあることがわかった。
かなりえげつない状態のようだが、リッチャンは優先順位をつけて二人と面会することに決めったようだ。
呪いでボロボロの体を引きずってまずリッチャンが行ったのはノイマンのところだった。
外傷も多いが呪いが赤いオーラとして認識出るほどに濃く体に纏わりついた状態でベッドに横たえられていた。
「先生か、呪いが小康に入った時に来るなんてタイミングが良いな」
「かなりひどい呪いのようじゃな」
「先生ほどではないよ。まあ先生の十分の一ほどの呪いが俺には死亡ラインだったみたいだが」
ノイマンは乾いた笑いを浮かべて言葉をつづけた。
「” ”を振り向かせたくて、あいつの憧れのあんたを越える為に研鑽を積んできたが、結局一つもあんたに勝てるところなんてなかったな」
「ノイマン……」
「グッ……!」
ノイマンは己の内心をさらけ出すとすぐに苦しみ始めた。
見ると周りの赤いオーラが荒れ狂い始めていた。
「先生後生だ! 一つ頼まれてくれるか!
「何じゃ言うてみろ!」
「おそらく俺は死ぬ前に酷い醜態をさらす!俺が完全に息絶えるまで“ ”をここには入れないでくれ!」
「……!!」
「頼む!」
「わかった……!」
リッチャンはノルアクアのことを思い、言葉を詰まらせたが、ノイマンに念を押されるとしっかりと頷いた。
「ああああああ!」
呪いを受け絶叫するノイマンを置いて外に出ていくとリッチャンは廊下の向こう側からヨロヨロとノルアクアが歩いて来るのを見て取った。
「先生、ノイマンに会いたいの」
彼女はそういうと距離をどんどんと詰めていく。
眼には光がなく、心細そうに眉尻が下がっていた。
「“ ”、部屋に戻ろう。ノイマンは今寝ておる」
「会いたいの」
「……」
「会わせてよ!」
リッチャンを押し乗けるためなのか、ノルアクアは駆け始めた。
それをリッチャンは肩を掴んで押しとどめる。
「死にざまなんて私は気にしない! せめて一秒でも一緒に居させてよ!」
「“ ”」
リッチャンはどうやら情に絆されて、力を抜いてしまったようで、拘束を振り切ってノイマンの居る部屋に入っていってしまった。
「殺す! 殺す! 殺す!」
部屋を開けた瞬間に聞こえて来たのは怨嗟の声だった。
見るとノイマンは赤いオーラを部屋全体に充溢させ、口と目から血を流していた。
本人はもう見た限り正気ではなく、完全に狂っている。
「ノイマン……」
それを見てもノルアクアは縋るようにノイマンに近づいていく。
「“ ”」
狂った状態でも分かったのか、ノイマンは血走った眼で奴を凝視する。
「殺してくれ。 お願いだ、魔界の民をこんな事にした奴、俺の娘が死ぬ羽目になった原因を作った奴を一人残らず殺してくれ!」
狂ったノイマンは自らの願望――呪いをノルアクアに向けて吐いた。
ノルアクアは虚ろな瞳から涙を流すと、かすかにほほ笑んだ。
「うん、分かった。全員殺すね」
ノイマンは絶望した顔をすると絶命した。
リッチャンはノルアクアに近づいていくが、何を話しかけても奴はしばらく反応しなかった。
飛ばしてさらに映像を手繰ろうと思うと、「そろそろ出発ですよ」と出発を促すアイリッシュの声が聞こえた。
どうやら準備が整てしまったようだ。
51層からまた攻略開始。
今の映像から見て、魔界もかなりエグイ土地のようだし、苦戦しようだ。
しかも今のところの最大戦力であるノルアクアは絶対に説得は不可能だし。
先が思いやられる。




