五十層8 累
「守らねば、守らねばあああぁぁぁ」
大槌を持った魔族の男が絶叫して、同じ魔族たちを血祭りにあげていく。
イルマスがいつぞや出したような赤黒いオーラが周囲に溢れかえり、あたりは鮮血一色だ。
リッチャンの危惧通り、呪具は災いを呼んでいるようだ。
「呪いが宿っていることはわかっておったがここまでか」
人族と災厄の獣の挟み撃ちが起きて、一か月ほどで呪具を持った兵士が呪いに飲まれて暴走するとはリッチャンも予想してなかったようだ。
人のいい奴なので、呪具を持つように誘った男の言をそのままに鵜呑みにしていたことが原因だろう。
ああいう手の役人は自分にとって都合のいい事実しか言わないか、都合のいい言い換えをするのが大好きだからな。
「待ちなさい」
奴のことを考えているとなぜ来たのかは分からないが、あの男がリッチャンの前に現れた。
「彼は呪いで理性を失っているわけではありません。戦場での心労が彼を凶行に及ばせたのです。まだ話し合えば間に合います」
「馬鹿なことを言っとらんで止まれ、もうあれは人ではない」
リッチャンが忠告をすると男は顔に血を登らせて、リッチャンを睨みつけた。
「この私が馬鹿だと! 品位のない愚鈍な大衆には私の明晰さが分からぬか! どいつもこいつも手のひらを返したように呪具使用をこき下ろしやがって! 私は間違ってなどいない!」
「馬鹿者!」
男はリッチャンの制止を無視して、暴れる魔族の肩に手を掛けた。
「“ ”将軍、落ち着きたまえ。大衆に八つ当たりしても――ブピィ!」
すると将軍と呼ばれた男はすかさずに手を掛けた男の頭を握りつぶした。
何も言わずにためらいもなかったところを見ると、反射でやったな。
もう完全に人間をやめてるようだ。
コイツがただのストレス発散でこんなことをやっているというのならば、この世界はとっくの昔に滅んでそうだ。
「目先に流された儂がばかじゃった。呪具は絶対に人の手に渡らせてはいかん」
呪われて我を失った将軍はパワーと頑強さが段違いに上がっていたようで、リッチャンのフックを喰らってもびくともせず、他の武器で攻撃しても傷一つつかなかった。
リッチャンは相手の大槌が振り下ろされると同時に、大槌の持ち手に手をまわし、奪い取ると振り子の要領で降ろされた大槌に勢いを載せて振り切る。
振りぬかれた途上にあったはずの地面は大槌の形に合わせて抉られ、当てられた将軍の上半身はその場から消えうせた。
「呪いの残滓のみでこの威力か……」
リッチャンは疲弊した顔でそういうとその場から立ち去り、呪具持ちの会いに行った。
移動の場面を早送りで飛ばし見ていくと、回収を拒んだものの使い手の呪具の性能、魔界の現状がわかった。
やはり得体の知れぬ武器ということで、そこまで兵士たちにも出回っていなかったものの、生じしているものの半数が回収を拒んだ。
曰く、もう呪具なしでは人族との前線を維持するのが難しい故のことらしい。
伝承では魔族優勢という事なのに実際は偉く異なるようだ。
優勢から引き分けに持ってかれたのでは恰好がつかなかいので、劣勢から持ち直したという構図で恰好だけつけたのだろうか。
そこらの事情はよくも知らないし、歴史を記した人間の真意を知りたくもないのでどうでもいいが、もう少し魔族が優勢だったらすべての呪具をしれたかもしれなかったのが残念だ。
いままで知れた呪具の性能は、初めから知っていた曲刀を除いてさっきの2つ合わせて3つだけだ。
大槌は力と頑強さを強くする代わりに、持ち主を混乱させる。
槍は必ず貫く代わりに、視野狭窄を引き起こす。
弓は追尾をする代わりに、激痛を引き起こす。
3つだけでも心底ろくでもないでもので在るということがくっきりとわかるのがおぞましい。
しかも、前線を維持する為に、リッチャンがこれらの武器を使用してこれから戦わなければならないことになってるのが最悪だ。
呪具で崩壊する前線を維持するためにはそれしか方法がないのでしょうがないのだが、呪具を持ち出したトルーズとあの男のせいでこうなってると思うと胸糞が悪い。
あまり見ていても面白くないので、呪具を使ったところ以外飛ばしてみると、呪いと自責の念からどんどんと心身を気付つけていくリッチャンの姿が飛んでいく映像越しにもわかってしまった。
早く終わらないかと思っていると、五年ほどったところでノルアクアがまた出て来たので早送りを止める。
「“ ”先生、もうやめてください、死んでしまいます」
「止めるな。わしは契約した呪具以外ならば武器からしかフィードバックが来ん。常のもののたかだか4分の一ほどの呪いしか受けん」
「4分の1でもたくさん仕えばそれは大して普通の呪具使いと変わりませんよ……」
リッチャンは身体中血まみれの状態で刀を杖にしながら、強がるが、傍から見たらもう限界ギリギリであるのは目に見えてあきらかだった。
死相が出ているといっても過言ではない。
「何をする……」
ノルアクアはそんなリッチャンから刀を取り上げた。
リッチャンは今までに聞いたことのない低い声で、奴に問い詰める。
「私が先生の負担担えば、先生が助かるでしょう。だから名前を捧げて、契約を結ぶんです」
「ふざけるな!」
その返事を聞くと、リッチャンは初めてノルアクアに怒鳴り声をあげた。
「お主はもう一人の身体ではないじゃろうが、ノルマンと契りを結び、娘も生まれた。ここで自業自得の死にぞこないの身代わりになる必要などない。自分を大切にしてくれ。御願いじゃ」
怒りで勢いを得ていた声はだんだんと勢いを失い、最後には懇願する声音になっていた。
目に入れても痛くもないような弟子なのだろう。
こうして率先して戦っているのも弟子であるノルアクアとノイマンに累が及ぶのを避けるているのかもしれない。
「できません。“ ”先生、あなたは私の第二の母です。死にかけの親を見捨てる親不幸はいません」
「馬鹿者、早まるな」
「それに私は第一にあなたの生徒なのです。師の責任は生徒の責任。やっぱり先生だけに呪具を使わせるわけにもいきません。私もこの剣に名前を贄として与えます」
「やめろ。“ ”」
刀を手に取り、淡く朱色に光らせるかと思うと奴はそれを腰に差した。
それから奴は杖の代わりになるように、リッチャンの肩に手をまわす。
リッチャンがあげるとそこには屈託のない笑顔を浮かべた弟子の顔があった。
「お揃いですね、先生」




