五十層4 曲刀
リッチャンは無限迷宮を攻略する面子である五人。
トルーザ、ゴンザレス、ザマス、ポーイリンと合流すると早速攻略に繰り出した。
前情報によると攻略層は80層から始まって、そこから順繰りに進んでいくらしいが、大概は最初の80層で資源調達で終るのが常らしい。
それだというのに俺が見る限り、三十分で5層進んでいるだが、何かのバグか欠落か何かだろうか。
しかもリッチャンの全盛期とはいえ、左フック一発でフロアボスが撃沈しているのはおかしいだろ。
グリズリーVS人みたいだ。
普通は逆だろ。
「す、すごい! 始まって三十分で枯渇しかけた魔界の資源が持ち直しました!」
「馬鹿な! あと一層で最高到達層を更新するぞ!」
「ありえない! ワタクシのパーフェクトな計算が外れるなんて! こんなの嘘ザマス」
「エッ! チョパナイ! マジ卍!」
トルーザから順にリッチャンの様子に対して、驚きの声を漏らす。
やはり同じ魔族連中にしてもリッチャンの戦闘力は異常らしい。
「まだまだ油断はできんき。母上が86層は別格であったと言っておったからな」
リッチャンは戦闘で乱れた外套の裾を直すと、そう言って浮足立す面子を抑える。
他の奴らが戦っている様子を見ている気がしないのだが、そんな難易度の高い場所に行っても耐えられるのだろうか。
―|―|―
86層はリッチャンの母親の行っていた通り、別格だった。
層自体に動けば動くほど凍結が進む呪いが掛かっていた。
前情報として知っていたリッチャンだったが、他の仲間を庇って動くことでかなり凍結が進んでいる。
「クっ!」
フロアボスを倒すとリッチャンの視界は暗転した。
どうやら完璧に凍結してしまったらしい。
そこから視界が戻ると、ひげ面になった男たち――トルーザとゴンザレスと疲れた顔をした女――ザマスとポーイリンが視界に移った。
「どれだけ凍とった?」
「二日くらい……」
二日……。
凍結からの自然回復とはいえ、いくら何でも長い。
普通は五分程度で脱出できるというのに。
「見てくださいこれ、ディアナさんが倒したフロアボスの中から出て来たんです」
トルーザはリッチャンの手に鉄の箱を差し出す。
「ほう、これも武器のようじゃの。開ければここよりも範囲は狭いが、同じような環境を展開できるようじゃな」
厄介なものを手に入れたな。
魔界に突入した時はコイツに気を付けた方がよさそうだ。
二日凍結など、どれだけ頑張ろうが確実に命を取られることが容易に想像できる。
掛かったら、ほぼ絶命したのと同じだ。
俺の場合は使われたら、定点射撃をするしかない。
現地に行った時に使われないことを祈るしかなさそうだ。
リッチャンはそれから攻略を進めていき、混乱、弱体、炎上、封印の呪いがそれぞれかかった87、88、89、90層を攻略するとその向こうに別の部屋があるのを発見したようで、その中を調査しに進んでいく。
「これは……」
そこにはリッチャンが置き土産として残した呪具が安置されていた。
包帯の巻かれていないそれは黒黒とした漆黒の抜き身を晒し、壁に掛けられており、荘厳な雰囲気を感じる。
包帯を巻かれた状態で見た時はまさに呪われたと言った感じだったのに、偉く雰囲気が違うものだ。
傍から見たらひどく高価な武器にしか見えない。
「おお! なんて良質な武器なんだ」
「早まるのはやめい」
トルーザが感嘆の声を上げて、武器に手を伸ばすとリッチャンが止めた。
「ディアナさん、なぜ止めるんです」
「あれには濃い呪いが宿っておる。手に取れば強い呪いが掛かかりかねん。あれはここに捨て置くき」
「……」
忠告を受けたが、トルーザは返事をせず、呆然とした顔で呪具を見つける。
それから様子はおかしかったがトルーザが引き下がったので、リッチャンは層の攻略を切り上げることを申し出た。
褒美のように用意された武具が、呪具だったことは、無限迷宮はきな臭いとリッチャンに思わせる何かがあったようだ。
DPを払い、転移陣で80層まで戻り、地上を目指す。
「こ奴らは魔族ではないか!」
すると目の前に人族が現れ、リッチャンたちを通せんぼした。
「御仁、そういきりたつな。何も取って食おうというわけではない」
「ディアナさん、そんな奴らに気を遣う必要なんてありませんよ」
リッチャンが人族の男を宥めると、トルーズがいきなり横やりを入れた。
「そんなだと? 無礼者!」
「ちょうどいい試し切りにつかえますね」
男がいきりたつと、トルーズは90層に安置されているはずの呪具の曲刀をおもむろに取り出した。
「持ってくるなと言ったはずじゃ! なぜ持ってきた!」
「こんなにいい物があるのに、持ってかないなんてどうかしてるからですよ」
リッチャンが怒声を飛ばすと、薄ら笑いを浮かべて、そう口走た。
「我が名前を食い、威光を示せ」
トルーズはそう口走り、刃を人族の男に振り下ろす。
「“ ”!」
リッチャンが奴の名前を叫ぶが、言葉は空気の上で抹消される。
刃が振り向かれると同時に、周りがモノクロになった。




