五十層1 再生
「ディアナ、矢は適当に当てても効果も薄い上、残弾を減らして自分の首を絞める事になります。どんなに追い詰められたとしても急所に狙いを持っていくことだけは忘れないでください」
まだ未成熟な小さな手と、大人の女の高くそれでいて落ち着いた声。
「弓については、これで終わりです」
「ええ、ほんと!」
「ですが武具修練はこれで終わりではありません。次は槍に行きましょうか。母さんが生きている内にあなたには『ウエポンマスター』を開放してもらわなければいけませんし」
「ええ~、まだやるの~」
「やります。フォスターの血を継ぐ者の仕来りですからね」
目の前のラクリマには俺のよく知る魔人――リッチャンことディアナ・フォスターの記憶が投影されていた。
ファイルがリッチャンの死体からコピーしたというこの記憶を見るまでに、二年の月日が過ぎた。
皆、リッチャンの記憶は武具の使い方や立ち回りによく役立つといい、閲覧していたが、俺は生憎地上の師匠からその事については習得していたので必要がなかったのと、どうにも奴の記憶を見るのに抵抗があったことからいままで見ていなかった。
『死人の仲間になりたくなけりゃ、踏みこむな。懸想は憐みを生み。憐みは躊躇いを生む』
師匠に言われたこの受け売りもこのことに一役買っていたと思う。
だがやはりもう戻らない仲間の記憶に胸を締め付られるといったことが一番だろう。
もう戻らないというのに解放出来ない思いだけがどうしようもなく堆積していくのが、残酷だ。
俺は自ら苦しみたいと思うマゾではないので、出来ればこのまま見ないままですましたかったが、魔界攻略路開通が大きく進展する目途が立ってしまったのでそう行かなくなった。
リッチャンの記憶から魔界のことを出来るだけ知る必要がある。
50層を攻略して地上から大々的な援軍が来る手はずが整った今、残り30層あるとはいえ、地上の精鋭たちと合わせれば息をつく間もなく突破するだろう。
もう時間的猶予はほとんど残されていないと言っても過言ではない。
50層まで攻略したことでギルドから町一つを替えるくらいの報酬は貰ったので、当初の億万長者という目的は果たしたので、最悪退散することもできる。
が、それではリッチャンの願いを無視し、アイリッシュも即死しかねないのでなしだ。
人でなしになった覚えはあるが、薄情者になった覚えはない。
そうなるとやはり記憶の閲覧は避けざるを得ないだろう。
地上からの増援がそろいきるまでの余暇を使って、ラクリマを投影し続けるしかない。




