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十層14 師

「先生、ウォーミングアップももういいだろう。そろそろ終わりにしよう」


「そうじゃな。お互いもう持ったんだろうて」


 ボロボロになった剣でリッチャンの拳を押し返すと、鎧の大半を失ったノルアクアはそう切り出し、血から生じた黒い炎に身体が包まれ始めたリッチャンはそれに答えた。

 十二分に常軌を逸したものを見せられたというのに、まだ上のものがあるらしい。


 ノルアクアは表情に乏しいのでダメージのほどが分からないが、リッチャンの方は確実にダメージが出ているのが分かった。

 胸から出血するだけでも呪いの進行がまずいというのに、今では血から黒炎が立ち上るまでになってしまっているのだ。

 本人から確認するまでもなく、深刻なダメージを負っていることが理解できる。


 こちらの心配をよそにノルアクアは体から赤いオーラを発し、リッチャンは髪の一房を刀に変え、決着への準備を整えていく。

 ノルアクアがオーラを剣身に移動させ、リッチャンが刀から赤黒いオーラを生じさせると両者ともに踏み込んだ。


呪縛解放(カースリリース)――赤子の紡ぎ歌(デビルコーラス)


限定解放(リミテッドリリース)――赤子の紡ぎ歌(デビルコーラス)


 そしてノルアクアは剣を斬り上げ、リッチャンは剣を斬り下ろす。

 互いの刃が触れ合い、ボロボロになったノルアクアの剣が悲鳴を上げる間もなく、切断され、ノルアクアの瞳にわずかに光が灯ったのが見えた。

 刃はそのまま、首から袈裟にノルアクアを両断するかと思うと、触れ合うすんでで止まった。


「やはりわしにはお前を救えんようじゃ、許せ子よ」


「気にするな、期待してない」


 ノルアクアの瞳に浮かんだ光が闇に沈んでいくと、リッチャンは刀の腹で奴を斬りつけた。

 ノルアクアはその場から消え、代わりに地面に大きな陥没が生じる。

 見ると奴が中央に埋まっているのが見えた。


「手癖が悪いの、“      ”」


「これくらいはいいだろ、先生。全部終わったらあなたの悲願は私が叶るんだから」


「全部終わった後に、90層が残っとればの話しじゃがな」


 ノルアクアの左手に視点を移すとリッチャンが持っていた刀を、刀身を持つ形で持っていた。

 奴は腹を叩きつけられると同時にリッチャンの刀を掴んでいたようだ。

 右手に刀を持ち替えると、唐突に奴は自らの赤黒いオーラに侵食され始めた左手を切り落とした。

 呪いがあるとは言え、そこまでやるかと切り落とされた左手の断面を見ると空洞だった。


 ――義手だ。


 ためらいもなく切り落せた理由が理解できた。


 奴はまだリッチャンと継戦するかと思うと、ばたりと地面の上に頽れるように倒れた。


「チッ!」


 虚空で舌打ちする音が聞こえるかと思うと、タックスがノルアクアの傍に現れ、また消えた。


「穀潰し」「あ、師匠☆」


「退散だ」


 それから魔人たちの声が聞こえたと思うと、全員その場から消えうせた。


「少し年甲斐もなく動きすぎたの、さすがに疲れた」


 それを確認するとリッチャンが地面にへたり込んだ。


「疲れたどころじゃないでしょ、あんた身体の中が黒焦げになってるでしょうが、どうして動けるのよ。とっくにあの世にいってもいいはずなのに」


 奴の言葉にエリアが困惑したような声音でそんな事を告げる。


「心配せんでも今から行くき、安心せい」


 リッチャンは減らず口を叩くと、髪の形に変えていた呪具を地面に放り出した。


「お主ら、一つ死にぞこないの願いを聞いてくれるか」


 リッチャンの瞳はよく見ると目の焦点が合っていなかった。

 俺はそれを見て、やっと奴が本当に死に半分足を踏み込んでいることを理解した。

 何を願われるか分かった物じゃないが、これじゃあ断るにも断れない。


「この呪具を元あった場所の90層に封印してくれんか、どうもこれだけが心残りなんじゃが、寿命がもうないのでな。お主らに頼る他ない」


「死にかけで頼まれたらさすがに断れねえよ」


 素直にそう答えるとリッチャンは薄く笑みを浮かべた。


「イルマス、ちこう寄れ」


 それからリッチャンはイルマスを呼び始めた。

 どうにも恨んでいる魔族に命を救われたことで、混乱しているようだが、さすがに命の恩人を無下に出来ないと感じたのかイルマスは近づいていく。


「耳を寄せい」


 イルマスがリッチャンの近くによると、そう要求して耳打ちをし始めた。

 耳打ちをされるイルマスが一瞬目を見開くとリッチャンは口を閉じた。


「伝えることも伝えたわ、達者にせいよ」


 それから別れの言葉を言うとリッチャンの身体から立ち上がっていた黒炎がまるで燃えていたのがウソのように消えた。




 ―|―|―




 癒しの雫が降り注ぐ、世界樹の下でノルアクアは目を覚ました。


「ディアナ先生、元気が過ぎ――」


 いつも呼べないはずの名前が鼓膜を揺らした時に、彼女は自らの師の死に気づいた。

 彼女の瞳の陰が深く、暗くなった。

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