十層10 甲冑
目の前の魔族――タックスは高位の術師であることは確かだった。
魔術師の最上位職である【魔導】がやっとこさ使える空間跳躍をあまつさえ無詠唱。
しかも莫大な魔力の消費するというのに、まるでためらうこともなくこの短い期間に幾度も使っている。
俺らと勝負になるかと言われば、間違いなく白旗ものだ。
そいつを今、未来予知が出来ると言った女は涼しい顔で眉一つ動かすことなく、裁いている。
事前に分かっているとはいえ、その一瞬一瞬に対応できる身体能力がいかれているとしか言いようがない。
化け物と化け物がぶつかり合う様見るより他にすることが出来ない。
ミステルトはそれから数合、繰り出されるタックスの蹴りを受け流し、避けると大きなため息をついた。
「……ここまでしてもわからないんですか。私はあなたがどうするかが全て見えています」
「ああ、そんなことは分かってる」
タックスの返事を聞くと顔を歪めて、ミステルトは露骨に嫌悪感を示した。
「いや、分かっていないでしょ。私があなたに付き合ってることの意味が分かって無いんですから。私はあなたに害される危険性――負けることが一切ないからここに居るんですよ。分かっているならあなたはこんな風にがむしゃらに不毛なことをしないでしょう」
タックスはなおも空間跳躍を続けてミステルトに襲い掛かる。
「不毛なことかを決めるのはお前じゃないだろ」
「ええ、私ではないです。私ではなくて未来が決めます」
その時、初めてミステルトが攻勢に移った。
出現したタックスに向けて手から業火を放出した。
タックスはそれを避けて、距離を取る。
それから軽薄な笑みを浮かべて、静止した。
「未来では今俺が焼け死ぬことになってたのか」
「?!」
ミステルトの表情に鮮やかなほどに鮮やかな驚愕の色が生じた。
「ずれた? なぜ?」
「――それは未来じゃなくて過去に決定権があったからさ、ねえ?」
掠れた高い声が響くといつの間にか、黒い甲冑がミステルトの背中に張り付いていた。
「あ? え?」
スッと何かが抜けるような音がするとミステルトの胸から刃が突き抜けて、現れた。
貫かれた本人は何が起きたかわからずに、胸の刃を見たあと天を仰いだ。
「よかったな。お前の命プリン一個分だ」
ミステルトが脱力すると甲冑は刃を引き抜き、そう呟いた。
「やはりか……」
リッチャンは目の前の景色を消し去るように深く瞑目すると、再び眼を開いた。
「屋敷の件以来じゃな、子よ」
「久方ぶりですね、先生」
そして目の前の二人は息を合わせたかのように同じ旨の言葉を交わした。




