七層53 執着
思ったよりもずっと早く繰り出された小奇麗な貫手を避ける。
俺が後ろに飛んだのと同時に背後に居たイルマスとリッチャンが奴の前に繰り出した。
イルマスはナイフを切り上げ、リッチャンは右手を薙ぐように振りかぶる。
ナイフは先王の股から頭まで一直線に割き、リッチャンによって放たれた拳が骨を砕く音が聞こえた。
「ふむ。痛いな。痛覚は概ね良好といったところか」
かなりおぞましい状態になっているというのに、先王は眉一つ動かさずにそういうと奴の体は何もしていないというのに一人でに回復し始めた。
おぞましい光景に思わず息を飲むと、先王は笑みを浮かべた。
イルマスとリッチャンがその異様に警戒し、バックステップでこちらに戻って来る。
「吸血鬼と同じ様に再生機能のある身体みたいだな。どんだけ生に執着すれば、人工的にそんなものが作れるんだ」
「生への執着? 命を維持することがまるで悪いような言い草だな。余にはまるで悪いようには思えん」
「どうだが、俺には真っ二つにされても、骨を砕かれても生きている人間なんて歪に見えてしょうがないが」
どの口がと思い、奴の言葉に苦言を飛ばすと奴は目を見開いた。
「若いな!」
こちらを驚かすような大声で奴は言うと興味深そうな顔をしてこちらを見つめて始めた。
どうやら何かしらの奴の琴線に触れたらしい。
「側では実際を見よ! 余が生きていたからこそ、余から始まる王族の血筋が絶えず続き、そして最適な管理のもと国民たちは生活を営むことができるのだ。肉体の再生を忌避することも無ければ、呪いの蔓延が起きたことも気にすることではない」
この若作りの爺さん、最初は全て王族の繁栄のためとかほざきながら、自分が不死性を持っていることに対しての正当性の主張みたいになって来た。
鎌をかけただけで崩れるとはコイツの掲げている信念は薄ぺらいものらしい。
自分の我を通すための建前にも思えなくもない。
「大概の悪い奴は自分ためじゃなくて、誰かのためだって嘯くもんだよ。人の目を気にしてる時点で自分可愛さが透けてみえるんだよアンタ」
矢を番え、奴に向けて放つ。
「余には戯言も飛び道具も通用せぬわ」
すると奴の手前で無理やり軌道が変わり、矢は弾けていた。
「雷魔法の一種ですね。鉄系統のものはおそらく彼に打っても弾かれるでしょう」
鉄系統のものって大概の矢には鉄の鏃がついてるんだが。
面倒だが一度取り出して、ナイフで鏃を切り落とすしかないか。
「イルマス、リッチャン悪い。矢を加工する必要がある。少しの間、援護できん」
「いえ、あの人相手に援護は必要ありませんよ」
「武器がダメだというなら素手でやればいいだけじゃからな」
俺がそう進言すると二人は頼もしい言葉を残して先王の下に突っ込んでいた。
「貴様ら場の形式に従って戦わぬか。騎士道精神のかけらもないぞ」
「自分に都合のいいことばかり言いますね、あなた」
「勝負に慣れておらんな」
先王は二人の拳の技量に追いつくことが出来ずに、乱打の餌食になっていく。
ボコボコになりながらもすぐに回復する様を見て、ありゃ生き地獄だなと他人ごとのような感慨が浮かんでくる。
目の前で展開される道徳のかけらのない光景に対して忌避を覚えるが、やられている本人は無事に回復しているし、そんなに問題はないだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると奴の身体から何か粘液を帯びた物体が転がり出るのが見えた。
動体視力を日頃鍛えていないと見れない速度だったので俺以外の奴はどうやら気付いていないようだ。
べちゃりと地面に落ちたそいつはしばらくすると足を生やし、地面をの上を快走しはじめた。
逃すわけにもいかないので矢を奴に当てると奴は転び、動きを止めた。




