五層29 攻め
半身と半身が襲いかかるのに対してアイリッシュは後方に下がって避けていくが、いかんせん相手の手数が多いのですぐに距離が詰まってしまう。
冷や汗を流しながら斬撃を飛ばすが、的が先ほどの半分になっている上に動きが早いので尽くが当たらない。
「下らないことでたった一つしかない命をかけるものですね」
吸血鬼はまだまだ余裕があるのか、心底軽蔑したようにそんな言葉をこぼす。
「まだ人間だった時の私に見せたら発狂することは間違いがないでしょう」
それから吸血鬼の半身同士は同時に足をたわめると片腕から血を滴らせ始めた。
何かを発動すると思ったアイリッシュが防御の姿勢を取ると半身は駆け出す。
跳躍して迫る赤腕を防御し、彼女は反撃を繰り出そうとすると彼女の背後に黒い靄を展開していることがわかった。
「気づいてないでしょうけど、あなた幸せなんですよ」
アイリッシュは反射で前方に飛ぶが、鎧に当たったようで金属の弾ける音が鳴った。
「何も知らないくせに知ったような口を聞かないでください!」
防御をしてはジリ貧になると悟ったアイリッシュはついに腰を入れて、剣を上段に構える。
この迷宮に入って初めて彼女は攻めの姿勢に入った。